止まった魔術の向こうから、いくつもの足音が聞こえた。
振り返ると、旧校舎の方からリアス先輩と一誠がこちらへ走ってきていた。その後ろには小猫さんとギャスパーさんもいる。四人とも少なからず消耗しているようだったけれど、大きな怪我をしている様子はない。
「みんな!」
アーシアさんはまだ時間を止められたままだから声を上げることはできない。それでも、戻ってきた四人を確認できただけで胸の奥にあったものが少し軽くなった。
「ギャスパー、大丈夫?」
リアス先輩が隣を見る。
ギャスパーさんはまだ青ざめていた。けれど、部屋から出ることすら怖がっていた頃とは違う。一誠のすぐそばに立ちながら、校庭に残る魔術師たちを自分の目で見ていた。
「ぼ、僕……やります」
震えは残っている。それでも、ギャスパーさんは逃げなかった。
「今度は、自分で……!」
赤い瞳に力が宿る。次の瞬間、辺りを覆っていた重苦しい違和感が揺らぎ、少しずつ薄れていった。
「――っ!」
後ろで息を呑む音が重なる。止まっていたアーシアさんが身体を揺らし、朱乃先輩、ソーナ先輩、椿先輩たちも次々と動き始める。敵味方を問わず巻き込んでいた時間停止が解除されたのだ。
「ギャスパー……」
リアス先輩が微笑む。ギャスパーさんは少し照れたように俯いたものの、一誠の後ろへ隠れることはしなかった。
それを確かめて、私も前へ向き直る。
「まだ終わってないわ。残っている敵を片づけるわよ!」
リアス先輩の号令とともに、動けるようになった全員が防衛へ加わった。それまで少人数で押さえていた戦場へ朱乃先輩たちまで加われば、戦況はすぐに傾いた。雷撃が敵の魔法陣をまとめて焼き、ソーナ先輩たちも別方向へ展開していた術者を押し返していく。私はアストラ・ノヴァを構えたまま、祐斗たちと連携して残った魔術師を退けていった。
そうして最後に近くにいた敵を追い払い、次の相手を探して周囲を見渡したときには、もう一つの戦いも終わっていた。
「……アザゼル?」
少し離れた場所に、アザゼルが立っていた。カテレアの姿はもうどこにもない。その代わり、アザゼルの右腕が肘より先から失われていた。
「その腕……」
「ああ、これか。ちょっとしくじった」
どう見ても「ちょっと」で済む怪我ではない。けれど本人は傷口を一瞥しただけで、それ以上気にする様子もなかった。
「カテレアは?」
「もういねえよ」
答えはそれだけだった。何があったのか聞こうとした、そのときだった。
白い閃光が横切った。
「――!」
アザゼルが身を捻る。それまで立っていた場所へ光が突き刺さり、地面を大きく抉った。
攻撃が飛んできた方向へ視線を向ける。
「ヴァーリ……?」
白龍皇が、こちらへ手を向けていた。アザゼルの表情から、それまで残っていた軽さが消える。
「……なるほどな。そういうことか」
「悪いな、アザゼル」
ヴァーリは悪びれた様子もなく白い翼を広げた。
「お前、あいつらの仲間だったのか?」
「少し違う。俺は俺の目的で動いているだけだ」
アザゼルが小さく舌打ちする。
「シェムハザから報告は上がってた。三勢力の危険分子が集まって、妙な集団を作ってるってな」
「危険分子?」
一誠が聞き返す。
「《カオス・ブリゲード》だ。その中心にいるのが、《無限の龍神オーフィス》」
その名前を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。私は知らない名前だった。けれど、サーゼクスたちの表情を見るだけで、それが簡単に扱える存在ではないことは分かる。
「ヴァーリ。お前、オーフィスと手を組んだのか?」
「ああ。ただ、勘違いはするな」
ヴァーリはあっさりと認めた。
「俺もオーフィスも、世界の覇権なんかには興味がない。俺たちの力を利用したい連中が、勝手に周りへ集まってきただけだ」
「ったく……厄介な連中が集まったもんだ」
アザゼルが顔をしかめ、それから一誠へ視線を向けた。
「ついでだ。赤龍帝、お前にも教えてやるよ。こいつのフルネームはヴァーリ・ルシファー。先代魔王ルシファーの血を引いてる。先代の孫を父に持つ、人間とのハーフだ」
「ルシファー……?」
一誠がヴァーリを見る。白龍皇の力だけではない。かつての魔王の血まで、その身体には流れている。
「兵藤一誠」
ヴァーリが、一誠だけを見た。
「運命とは残酷だと思わないか?」
「何がだよ」
「俺は魔王の血を引きながら、白龍皇にも選ばれた。生まれと力、その両方を持っている」
そこでヴァーリは、わずかに笑う。
「それに対して君は、悪魔へ転生するまではただの人間だった。《赤龍帝の籠手》を除けば、何も特別ではない普通の高校生だ。宿敵同士の神器を持つというのに、俺たちの間にはあまりにも大きな差がある」
一誠は答えない。
「つまらないと思わないか? せっかく俺の宿敵になったというのに、君の人生はあまりにも普通すぎる」
ヴァーリは少し考えるようにしてから、まるで面白い遊びを思いついたように続けた。
「なら、こうしよう。俺が君の両親を殺す」
誰も言葉を発しなかった。
「親を俺に殺されれば、君は復讐者になれる。普通に老いて死んでいくより、君の両親にとってもよほど劇的な最期になるだろう?」
一誠がゆっくりと顔を上げる。
「殺すぞ、この野郎」
低い声だった。怒鳴ったわけでもない。それなのに、その場にいた誰よりもはっきりと聞こえた。
「何で俺の父さんと母さんが、てめえの都合に合わせて殺されなきゃならないんだよ!」
籠手の宝玉が強く輝き、赤い魔力が一誠の身体から噴き上がる。
「てめえなんぞに、親を殺されてたまるかよ!」
『Balance Breaker!!』
一誠の身体が赤い鎧に包まれた。向かい側で、ヴァーリも楽しそうに笑う。
『Balance Breaker!!』
白い鎧が全身を覆う。赤と白の龍帝が同時に地面を蹴り、校庭の中央で激突した。
拳同士がぶつかっただけで衝撃が走り、周囲の砂埃が一気に吹き飛ぶ。一誠はそのまま連続して拳を振るうけれど、ヴァーリは難なく受け止め、白い翼を輝かせた。
『Divide!!』
「ぐっ……!」
一誠の身体が沈む。膨れ上がっていた力が、目に見えて削られていた。
『Boost!!』
赤龍帝の声が響き、一誠の力が再び増える。けれど、ヴァーリの翼がまた輝く。
『Divide!!』
増やしても奪われる。それでも一誠は立ち上がり、再びヴァーリへ向かっていった。
「そうだったな」
何度目かの激突のあと、ヴァーリが距離を取った。
「君はコカビエルのときも、仲間のために戦ったんだった」
その視線が、一誠から外れる。
「なら、家族より先に仲間を殺すべきだったな」
ヴァーリの腕がアーシアさんへ向いた。考えるより早く、私の指がアストラ・ノヴァのパネルへ触れていた。
『シールド、オン』
アーシアさんの前へ防壁が展開され、ヴァーリの放った白い光を受け止める。けれど、衝突した瞬間に分かった。防ぎきれない。光の壁へ亀裂が走り、それが瞬く間に全体へ広がっていく。
「ミライさん!」
私はアストラ・ノヴァから手を離し、そのままアーシアさんの前へ飛び込んだ。直後、防壁が砕ける。残った衝撃が身体へ叩きつけられ、足が地面を滑った。背中の向こうにいるアーシアさんへ通さないよう踏ん張り、そのまま最後まで受けきる。
「……っ」
全身が痛んだ。それでも、後ろから聞こえる声は無事だった。
「ミライさん、大丈夫ですか!?」
「はい……アーシアさんは?」
「私は大丈夫です!」
「なら、よかったです」
息を整えながら顔を上げる。一誠が、こちらを見ていた。次いで、その視線がヴァーリへ戻る。
「ヴァーリ……!」
赤い魔力が再び膨れ上がる。
「俺の家族だけじゃなく、仲間までてめえの都合で殺そうとすんじゃねえ!」
一誠が飛び出した。左腕の籠手からアスカロンが伸び、その刃へ赤龍帝の力が流れ込む。
『Transfer!!』
聖剣を包む光が一段強くなった。
「うおおおおおおっ!」
振り抜かれた左腕をヴァーリが受ける。今度は白龍皇の鎧が完全には耐えきれず、装甲の一部が砕け散った。その隙に、一誠がヴァーリの身体へ手を押し当てる。
『Transfer!!』
「何?」
一誠自身の力が、今度はヴァーリへ流れ込んでいく。当然、白龍皇の翼が反応した。
『Divide!!』
流れ込んだ力を半減させる。けれど、一誠はそれ以上の力を送り込む。
『Transfer!!』
ヴァーリが奪い、一誠が押し込む。それが何度か繰り返されるうちに、白い翼の輝きが乱れ始めた。
一誠が何を狙っているのか、そこでようやく分かった。奪われるなら、それ以上を送り込む。ヴァーリの神器が処理できなくなるまで。
「まさか……!」
ヴァーリの声に、初めて余裕とは違うものが混じった。
「うおおおおおおおっ!」
一誠が踏み込み、アスカロンの力を宿した左拳を白龍皇の胸へ叩き込む。中心にあった蒼い宝玉が弾け飛び、白い鎧が光となって消滅した。
ヴァーリが地面へ着地する。
「……すごいな」
それでも、笑っていた。
「俺の神器を吹っ飛ばした。やればできるじゃないか」
もう一度、白い光がヴァーリを包む。
「それでこそ、俺のライバルだ」
白龍皇の鎧が再び形成された。一方、一誠の腕に着けられた二つの腕輪には、いくつもの亀裂が走っている。アザゼルが渡した補助具にも、そろそろ限界が近づいているようだった。
その一誠の足元に、先ほど砕けた蒼い宝玉の欠片が転がっていた。一誠がそれを見る。そして、拾い上げた。
『面白い』
ドライグの声が響いた。
『だが、死ぬ覚悟はあるか、相棒』
「上等だ!」
一誠が宝玉を握り込んだ瞬間、その身体が大きく震えた。
「ぐっ……ああああああああっ!」
「一誠!」
赤い鎧の内側で何かが暴れ回っているように、一誠の身体が何度も揺れる。それでも宝玉を手放さない。
やがて、その右腕へ変化が起きた。赤龍帝のものとは違う、見覚えのある形の籠手が現れる。白龍皇の籠手だった。
『なっ……!?』
今度はヴァーリ側から声が響く。アルビオンまでが明らかに動揺していた。
一誠が白龍皇の力を取り込んだ。詳しい仕組みは分からない。それでも、目の前で起きていることはそうとしか見えなかった。
「ははっ……!」
ヴァーリは驚きながらも、すぐに楽しそうな笑みを浮かべた。
「いいぞ、兵藤一誠! なら俺も本気でいこう!」
ヴァーリを中心に空間が歪み始める。地面も、周囲の物も、何かに押し潰されるように縮んでいく。
「おい、赤龍帝。兵藤一誠」
アザゼルの声が飛んだ。
「あの能力は《ハーフ・ディメンション》。周囲にあるものを、どんどん半分にしていく」
「半分……?」
「ああ。お前にも分かりやすく言うとな――リアス・グレモリーのバストも半分になっちまうぞ」
「なにぃぃぃぃぃっ!?」
「一誠!?」
リアス先輩の声が重なる。次の瞬間、一誠の魔力がさらに跳ね上がった。
ヴァーリの高速移動へ食らいつき、これまで追うだけだった白い光へ赤い光が並ぶ。拳を打ち込み、避けられてもすぐに追いつき、今度は右腕の白い籠手を使ってヴァーリの力を削っていく。
『Divide!!』
「なっ……!」
「これがお前の力かぁっ!」
ヴァーリが吹き飛ばされる。それでも、すぐに翼を広げて姿勢を戻した。
「最高だ、兵藤一誠!」
白い光と赤い光が何度も空を交差する。やがてヴァーリが大きく距離を取り、その全身から先ほどまでとは比べものにならない魔力を放ち始めた。
「なら――これならどうだ!」
白龍皇の宝玉から、低い声が響き始める。その力が何なのかは分からなかった。けれど、今までのものとは明らかに違う。私も地面へ置いていたアストラ・ノヴァを拾い上げた。
そのときだった。
「おーい、ヴァーリ!」
緊張した戦場には似合わない、妙に軽い声が割って入った。金色の影が二人の間へ降りてくる。
「美猴」
ヴァーリが露骨に顔をしかめた。
「何の用だ?」
「北のアース神族と一戦交えるから、帰って来いってよ」
「今、いいところなんだが」
「知らねえよ。続きは今度にしろ」
美猴がヴァーリの肩を掴む。
「待て!」
一誠が地面を蹴った。
「ヴァーリ!」
追おうとした一誠の鎧が、突然赤い光を散らした。
「一誠?」
全身を覆っていた装甲が次々と消えていく。同時に、両腕に着けていた腕輪の亀裂も一気に広がり、乾いた音を立てて二つとも真っ二つに割れた。
一誠の身体から力が抜け、そのまま前へ倒れ込む。
「一誠!」
私が走り出すのと、アーシアさんたちが駆け寄るのはほとんど同時だった。地面へ倒れる直前に身体を受け止めると、一誠はそれでもヴァーリたちが消えた方向へ手を伸ばそうとした。
「……逃げやがった……」
「一誠、もう喋らないでください」
「でも……まだ……」
「次があります」
一誠がわずかに目を開く。しばらく私の顔を見ていたけれど、やがて張り詰めていた力が抜けるように目を閉じた。
空を見上げる。ヴァーリと美猴の姿は、すでにどこにもない。騒がしかった校庭に残っているのは、壊れた地面と散らばった瓦礫、そして長い戦いを終えた私たちだけだった。
今後の更新について、最も近い希望を教えてください
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このまま続けてほしい
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短く休んでから再開してほしい
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不定期でも続けてほしい
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今回で一区切りでもよい
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作者の判断に任せたい