止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第30刻 神がいなくても

ヴァーリたちの姿が空の向こうへ消えた直後、一誠を覆っていた赤い鎧が光の粒となって崩れた。両腕に着けられていた腕輪も限界を迎え、乾いた音を立てて真ん中から割れる。それでも一誠は二人を追おうとしたのか、一歩だけ前へ踏み出した。

 

 けれど、その足がふらついた。

 

「一誠!」

 

 すぐそばにいたリアス先輩が腕を伸ばし、一誠の身体を支えた。

 

「……悪い、部長」

 

「謝る前に自分の状態を考えなさい。あれだけ無茶をしたのよ」

 

「いや、でも……別に大怪我したって感じじゃ……」

 

 一誠はリアス先輩の肩を借りながら何度か深く息をした。それから足に力を入れ直すと、ゆっくり身体を離して自分の足で立つ。少しふらついてはいるけれど、意識を失うほどではないらしい。

 

「一誠さん!」

 

 アーシアさんが慌てて駆け寄り、その身体へ両手を添える。柔らかな光が一誠を包んだ。

 

「大きな怪我は……ありません。でも、身体がすごく疲れています。魔力もほとんど残っていません」

 

「ほら」

 

「う……」

 

 リアス先輩に睨まれ、一誠が小さくなる。その様子を見て、私もようやく息を吐いた。

 

「ミライさんもです!」

 

「私もですか?」

 

「当然です! さっき、ヴァーリさんの攻撃を直接受けたじゃないですか!」

 

 今度はこちらへ来たアーシアさんに腕を掴まれる。確かに背中と肩には、まだ鈍い痛みが残っていた。けれど腕も動くし、呼吸にも問題はない。

 

「私は大丈夫です。少し痛むくらいですから」

 

「そう言う人ほど心配なんです!」

 

「……では、お願いします」

 

「はい!」

 

 素直に治療を受けながら、周囲を見渡す。戦いを終えた人たちは、それぞれ被害の確認を始めていた。グレイフィアさんは壊れた校舎や結界を調べ、ソーナ先輩たちも負傷者の確認をしている。

 

 小猫さんも戻っている。ギャスパーさんは見るからに疲れていたけれど、もう部屋の中へ逃げ込もうとはせず、一誠たちの近くに立っていた。

 

 カテレアの姿はない。ヴァーリも去った。校庭に残っていた魔術師たちも、ほとんどが倒されるか撤退している。

 

 ようやく、本当に戦いが終わったらしい。

 

「いやー……とんでもない会談になっちゃったね」

 

 聞こえてきた声に振り向く。ミカエルが、手にしていた短機関銃を消しながらこちらへ歩いてきていた。

 

「ミ、ミカエル様……?」

 

 イリナさんが戸惑ったような声を出す。

 

「ん?」

 

「いえ、その……」

 

「あ」

 

 ミカエルは自分の口調に気づいたらしく、少しだけ目を逸らした。

 

「……ちょっと砕けすぎちゃったかな」

 

「い、いえ! そんなことは!」

 

 イリナさんが慌てて首を振る。それでもミカエルは、会談中のような完全に整った話し方へ戻ろうとはしなかった。

 

 戦っているときに見せた表情。楽しそうな笑い方。今の話し方。

 

 どれも、私の記憶にある少女と重なっている。

 

「あの、ミカエルさん」

 

 一誠が呼びかけた。

 

「うん?」

 

「ひとつ……一つだけ、お願いがあります」

 

 ミカエルが一誠へ向き直った。

 

「何かな?」

 

 一誠は少し迷ってから、アーシアさんとゼノヴィアさんを見る。

 

「アーシアとゼノヴィアが、また祈れるようにしてもらえませんか?」

 

 アーシアさんが目を見開いた。

 

「一誠さん……」

 

「二人とも、ずっと神様に祈ってきたんですよね。でも悪魔になってからは、祈ろうとすると頭が痛くなるって聞いたから」

 

 ミカエルはすぐには答えなかった。アーシアさんとゼノヴィアさんを順番に見てから、静かに問いかける。

 

「神がもういないと知っていても、それでも祈りたいですか?」

 

 最初に頷いたのはアーシアさんだった。

 

「はい」

 

 迷いのない声だった。

 

「私は、神様がそこにいるから祈っていたわけではないと思うんです。辛いときも、嬉しいときも、ずっと祈ってきました。だから、それをなくしたくありません」

 

 ゼノヴィアさんも頷く。

 

「私も同じです。神がすでに不在であることと、これまで自分が信じてきたものまで否定することは、別だと考えています」

 

「……そう」

 

 ミカエルは二人を見つめていた。その表情は、会談の中でアーシアさんのことを話したときと少し似ている。

 

「なら、私の方で何とかしてみるよ」

 

「本当ですか!?」

 

「うん。天界に戻ったらシステムを調整してみる。今の二人は悪魔だから、そのままだと天界側の仕組みとぶつかっちゃうんだよね。でも、祈っただけで身体を傷める必要なんてないから」

 

 アーシアさんの顔が明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます、ミカエル様」

 

 ゼノヴィアさんも頭を下げた。その隣で、イリナさんが二人を見つめている。

 

「……ゼノヴィア」

 

「どうした?」

 

「ごめんなさい」

 

 ゼノヴィアさんが少し不思議そうに首を傾げた。

 

「何がだ?」

 

「あなたが悪魔になったって知ったとき。私、ちゃんと話も聞こうとしなかったから……」

 

「気にするな。あの状況なら、お前がそう考えるのも仕方がなかっただろう」

 

「でも……」

 

「私は今の生活に不満はない。それに、お前ともこうして話せている。それで十分だ」

 

 ゼノヴィアさんらしい、簡潔な答えだった。それでもイリナさんの顔から、少しだけ緊張が抜ける。

 

 今度はアーシアさんへ向き直った。

 

「アーシアさんも、ごめんなさい。教会があなたを異端として扱ったことを、私はずっと当然のことだと思っていました」

 

「イリナさん……」

 

「あなたがどんな人なのか知ろうともせずに」

 

 アーシアさんは少し困ったように笑った。

 

「私は今、幸せです」

 

 そう言って、一誠たちを見る。

 

「リアスさんに拾っていただいて、一誠さんや皆さんに会えました。だから……もう大丈夫です」

 

「……ありがとう」

 

 イリナさんが小さく頭を下げる。

 

 ミカエルは三人のやり取りを静かに見ていた。やがて、ほんの少しだけ口元を緩める。

 

「……そっか」

 

 会談中に聞いた、整えられた言葉よりもずっと素直な声だった。

 

 それからミカエルは、何かを思い出したようにこちらを見る。

 

「そうだ。ミライちゃん」

 

「はい?」

 

「今度は私から聞いてもいい?」

 

 その視線が、私の頭上へ向いた。

 

「さっき出てたヘイロー。あれ、いつから出るようになったの?」

 

「初めて現れたのは、コカビエルとの戦いです」

 

「自分で出したの?」

 

「いいえ。戦っている途中で、気づいたら」

 

「そっか……」

 

 ミカエルは腕を組み、今度は私の顔をじっと見る。

 

「実はね、ミライちゃんのこと、最初に見たときからちょっと気になってたんだ」

 

「私を?」

 

「うん。どこかで見たことがあるような気がして。でも、それ以上は全然思い出せなかった」

 

 自分のこめかみを指先で軽く叩く。

 

「私の記憶って、ちょっと変なところがあるから」

 

 その言葉で、ずっと胸の奥に残っていた名前が浮かんだ。

 

「……聖園ミカ」

 

 ミカエルが瞬きをする。けれど驚いたのは一瞬だけだった。すぐに楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「わーお。よく知ってるね」

 

「……やはり、その名前を知っているんですか?」

 

「うん。知ってるよ」

 

 あまりにも自然な返答だった。

 

「全部覚えてるわけじゃないけどね。聖園ミカっていう女の子がいたことも、その子がどんな場所で暮らしていたのかも、少しは覚えてる」

 

「では、あなたは……」

 

「聖園ミカなのか、って?」

 

 先回りして聞かれ、私は頷いた。

 

 ミカエルは少し考えてから、首を横に振る。

 

「私はミカエルだよ。ここで生きてきて、天使として過ごしてきた。それは間違いない」

 

 自分の胸へ指を当てる。

 

「でもね、聖園ミカだった記憶みたいなものも、確かにここにあるんだ」

 

「記憶……」

 

「全部が同じように残ってるわけじゃないよ。夢を思い出そうとしてるみたいに、ぼんやりしたものもあるし、逆に昨日のことみたいにはっきり覚えてる場面もある」

 

 ミカエルは少し遠くを見るような目をした。

 

「学校のこと。友達のこと。楽しかったことも、あんまり思い出したくないことも。それが本当に私自身の記憶なのか、それとも誰かの記憶を見せられているのか、自分でも区別しにくいものもあるよ」

 

 だから、あの戦い方を知っていた。あの短機関銃を自然に扱えた。そして、素の性格まで私の知るミカとこれほど重なっていた。

 

「そのことは、天界では知られているんですか?」

 

「ううん」

 

 ミカエルはすぐに首を振った。

 

「知ってるのは、本当に近い人たちくらいかな。別に隠してるってほどじゃないけど、わざわざ広く話すようなことでもないしね」

 

「それに、ミカエルだけじゃねえ」

 

 別の声が入った。アザゼルが、失った右腕をそのままにこちらへ歩いてくる。

 

「同じような現象が、他にも確認されてる」

 

「他にも?」

 

「ミライちゃんに分かりやすく言うなら――ナギちゃんとセイアちゃんかな」

 

 ミカエルが答えた。

 

「……ナギちゃん?」

 

「うん。ナギちゃんは、こっちではラファエル。セイアちゃんはガブリエルだよ」

 

「桐藤ナギサと……百合園セイア?」

 

「正解」

 

 ミカエルが嬉しそうに指を立てた。

 

「二人にも、その世界の記憶が?」

 

「あるよ。ただし、私とまったく同じじゃない。覚えている量も違えば、どんな記憶が残っているのかも違うみたい」

 

「外見だけじゃねえんだ」

 

 アザゼルが続ける。

 

「姿が変わる。性格や癖が妙に似る。そいつが使っていたらしい武器まで現れる。さらに、断片的な記憶まで持ってる例がある」

 

「ですが、その影響の出方にも個人差があります」

 

 ミカエルが補足する。

 

「姿はかなり変わっているのに記憶がほとんどない人もいるし、私みたいに比較的いろいろ覚えている人もいる。今のところ、そこにも共通した決まりは見つかっていません」

 

 アザゼルが軽く肩をすくめた。

 

「俺たちは、こういう現象を便宜上――《神話外装》って呼んでる」

 

「……神話外装」

 

 初めて聞く言葉を、そのまま繰り返す。

 

「正式な名称というわけではないんです」

 

 ミカエルが続けた。

 

「姿や性質、武装、記憶。そういった別世界の誰かに由来すると思われる要素が、この世界の神話存在に重なっている。そんな似た事例を整理するために、私たちがつけた仮の呼び方に近いですね」

 

「まだ、一つの現象として完全に証明されたわけでもねえ」

 

 アザゼルが付け加える。

 

「似た特徴を持つ連中が何人も見つかった。だから、とりあえず同じ原因なんじゃねえかってまとめてる段階だ」

 

「原因も?」

 

「推測しかねえ」

 

 アザゼルの口調から少し軽さが消えた。

 

「現状、一番有力なのは、数百年前に聖書の神が何らかの形で別世界を観測したんじゃねえかって説だ」

 

「別世界を……」

 

「神が何を見たのか、どうやって見たのか。それすら正確には分からねえ。何より、その観測と今起きてる現象に本当に因果関係があるのかも証明できてない」

 

「ただ、時期やいくつかの情報を照らし合わせると、そこが怪しいというだけなんです」

 

 ミカエルが自分の髪へ触れる。

 

「もしその推測が正しいなら、神が観測した別世界の情報が、何らかの理由でこちら側の存在に重なったんじゃないか――と、私たちは考えています」

 

「重なった……」

 

「上書き、って言うと元の人が消えちゃったみたいでしょ?」

 

「はい」

 

「だから、重なった、かな。少なくとも私はそう思ってる」

 

 ミカエルが微笑む。

 

「私はずっとミカエル。でも、聖園ミカっていう女の子の一部も、今の私の中にある」

 

 完全な別人でもない。

 

 同一人物でもない。

 

 別の世界にいた誰かの一部が、この世界で生きる人物の上へ重なっている。

 

 それが一番近いらしい。

 

「でも、天使にしか起きていないわけではないんですよね?」

 

「だったら話は楽だったんだがな」

 

 アザゼルが苦笑する。

 

「他所の神話体系でも確認されてる。神そのものだったり、それに近い連中だったりな」

 

「神にも?」

 

「ああ」

 

 そこで、会談中に聞いた妙な話を思い出した。

 

「……銀行強盗をしている死の神も?」

 

 アザゼルの口元が僅かに上がる。

 

「さてな」

 

「誤魔化しましたね」

 

「世の中には、知らねえままの方が面白いこともあるんだよ」

 

 その返答だけで十分怪しかった。

 

「それだけじゃないよ」

 

 ミカエルが続ける。

 

「悪魔側にも、同じような現象だと思われる事例があります。それも、生きている悪魔だけではありません」

 

「死亡した悪魔にも?」

 

「ああ」

 

 アザゼルが答える。

 

「記録上じゃ、とっくに死んでるはずの古い悪魔の一部にもな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、一人の姿が頭に浮かんだ。

 

 以前参加した、フェニックス家とグレモリー家の婚約パーティー。

 

 あの会場で見かけた女性。

 

 赤い髪に眼鏡をかけた姿は、私の記憶にある少女と見間違えようがなかった。

 

 火宮チナツ。

 

 もちろん、あの女性が何者なのか私は知らない。分かっているのは、あの婚約パーティーの会場にいたこと。そしてサーゼクスと、まるで対等な相手であるかのように自然に言葉を交わしていたことだけだ。

 

「……もしかして」

 

「どうした?」

 

 アザゼルがこちらを見る。

 

「以前、フェニックス家とグレモリー家の婚約パーティーで、私の知っている別世界の人物とまったく同じ姿をした女性を見ました」

 

「へえ」

 

「誰なのかは知りません。ただ、サーゼクスと普通に話していたので、かなり高い立場の人なのだとは思います」

 

 あのときは、理由を考えても答えなど出なかった。

 

 けれど今なら、一つの可能性は浮かぶ。

 

「……その人も、《神話外装》だった可能性があるんでしょうか」

 

「可能性はある」

 

 アザゼルは頷いたものの、すぐに続けた。

 

「だが、それだけじゃ断定できねえ。見た目が別世界の誰かと同じだった。それだけなら、今の俺たちには候補の一つとして扱うのが限界だ」

 

「その人が神話外装なのかどうかも、実際に調べなければ分かりません」

 

 ミカエルも同意する。

 

「……そうですか」

 

 それでも、以前から残っていた違和感の一つに、少なくとも名前をつけられる可能性はできた。

 

「それから、死亡していた奴に現れたからって、《神話外装》が死者を蘇らせる能力だとも考えるなよ」

 

 アザゼルが続ける。

 

「復活したのか、実は死んでなかったのか、俺たちが見てる存在が本当に昔の本人なのか。それすらまだ分からねえ」

 

「そして、さらに分からないのが発生条件です」

 

「発生条件?」

 

「さっぱりだ」

 

 アザゼルはあっさり言った。

 

「俺みたいな古い堕天使に起こってるわけじゃねえし、古ければ古いほど発生するなんて傾向もない」

 

「悪魔側も同じです」

 

 ミカエルが続ける。

 

「古い悪魔の一部に不可解な例があるからといって、亡くなった初代悪魔が次々戻ってきているわけではありません」

 

「初代グレモリーも初代シトリーも復活しちゃいねえ。死んだ奴の大半は、今も死んだままだ」

 

「天使も、高位であれば必ず神話外装が現れるわけではありません。私たちの中にも何も起きていない方はいます」

 

「種族も、立場も、生きてるか死んでるかも関係なさそうってわけだ」

 

 アザゼルが指を折るような仕草をする。

 

「しかも、いつ発生するのかまでバラバラだ」

 

「時期もですか?」

 

「ああ」

 

 最初からその特徴を持っていたように見える者もいる。

 

 長い間それまでと変わらなかったのに、ある時を境に姿や性質が変わった者もいる。

 

 そして、死後になって初めて類似した異常が観測されたとされる例まであるらしい。

 

「誕生したときなのか、何かをきっかけに途中から発現するのか、それとも別の条件があるのか。そこも統一されてない」

 

「記憶が現れる時期まで同時とは限りません」

 

 ミカエルが自分の胸へ触れる。

 

「最初から何となく知っていたこともあれば、ずっと後になって急に思い出したこともあります」

 

「……では、誰に起きるかだけではなく、いつ起きるかも分からない」

 

「そういうこと」

 

 ミカエルが頷く。

 

 古いからでもない。

 

 強いからでもない。

 

 天使だからでも、悪魔だからでもない。

 

 生きているか死んでいるかも条件になっていない。

 

 発現する時期すら一定ではない。

 

「今んところ、かなりランダムに見える」

 

 アザゼルが結論づけた。

 

「だから言っただろ。《神話外装》は完成した理論じゃねえ。起きてることに名前をつけて、似た事例を集めてる段階だ」

 

「明日、新しい例が見つかって、今までの推測がひっくり返る可能性だってあります」

 

 ミカエルの視線が、再び私の頭上へ向く。

 

「だから、ミライちゃんのヘイローも気になったんだよね」

 

「コカビエルとの戦いで突然現れたから?」

 

「それもある。でも、それだけじゃないよ」

 

 ミカエルは改めて私の顔を見る。

 

「最初から、どこかで見たことがある気がしてた。でも名前も何も思い出せなかった。それなのに、今度は私たちと同じようなヘイローまで出てきた」

 

「では、私にも《神話外装》が?」

 

「そこまでは言えないかな」

 

 答えはすぐ返ってきた。

 

「似てる。でも、似てるから同じだって決めるには、分からないことが多すぎるよ」

 

「俺も同意見だな」

 

 アザゼルが私を上から下まで眺めた。

 

「時の魔王の力を持ってて、別世界じゃ世界を滅ぼすための最終兵器だった力まで持ってて、今度はヘイローまで生えてきやがった」

 

「……はい」

 

「しかも、自分が何者なのか本人にも分からねえ」

 

「はい」

 

 アザゼルはしばらく私を見てから、妙に真剣な顔をした。

 

「……お前、どこかの神格だったりしねえよな」

 

「違う……と思います」

 

「そこは言い切れよ」

 

「自分が何者なのか分かっていないので、保証はできません」

 

「そうだったな。聞いた俺が悪かった」

 

 アザゼルが額へ手を当てる。

 

「ふふっ」

 

 ミカエルが楽しそうに笑った。

 

「でも、ちょっと分かるかも。ミライちゃん、知れば知るほど謎が増えるんだもん」

 

「自覚はあります」

 

「とりあえず」

 

 ミカエルは少し身を屈め、私と目線を合わせる。

 

「今は無理に答えを決めなくていいんじゃないかな」

 

「……はい」

 

「ミライちゃんのヘイローが《神話外装》なのか。それとも全然別のものなのか。私たちにもまだ分からない」

 

 そこで柔らかく笑う。

 

「こっちで何か分かったら教えるよ。だから、ミライちゃんも何か分かったら教えてね」

 

「ありがとうございます」

 

「それと――」

 

 ミカエルの表情が、急に明るくなった。

 

「やっぱり、ヘイローも銃もお揃いだったね!」

 

「……そこへ戻るんですか」

 

「大事なことだよ?」

 

 どうやら、こちらの方が本当に素らしい。

 

     ◇

 

 あの会談から数日が経った。

 

 世界の行く末を決めるような話をして、学校を巻き込む戦いまで起きたというのに、駒王学園の授業はいつも通り再開された。先生はいつも通り黒板へ文字を書き、生徒たちはいつも通り授業が終わるのを待っている。

 

 放課後になり、私は旧校舎へ向かった。

 

 オカルト研究部の部室の扉を開ける。

 

「よう」

 

 閉めた。

 

「待て待て待て!」

 

 すぐに向こう側から扉を開けられた。

 

「何で閉めるんだよ!」

 

「知らない人がいましたので」

 

「知ってるだろ! 時計まで直してもらった仲だろうが!」

 

 扉の向こうにいたのはアザゼルだった。失った右腕についてはすでに処置が済んでいるらしく、少なくとも数日前のような状態ではない。

 

「それで、何をしているんですか?」

 

「今日からここの顧問になった」

 

「……はい?」

 

 改めて部室へ入ると、一誠たちも何とも言えない顔でアザゼルを見ていた。

 

「サーゼクスとの約束でね」

 

 リアス先輩が説明する。

 

「和平後、アザゼルにはこの学校へ残って、神器所有者たちの指導をしてもらうことになったの」

 

「お前ら、面白い神器持ってるくせに使い方が雑なんだよ」

 

 アザゼルが真っ先に一誠を指さした。

 

「特にお前」

 

「何で俺だけ!?」

 

「赤龍帝のくせに毎回身体ぶっ壊す勢いで戦ってる奴が何言ってやがる」

 

「ぐっ……」

 

 次にアーシアさんやギャスパーさんへ視線を移し、最後に私を見る。

 

「お前は神器じゃねえけどな」

 

「でしたら放っておいてください」

 

「嫌だ。お前が一番訳分からん」

 

「顧問という立場を悪用しないでください」

 

「研究者として当然の好奇心だ」

 

 胸を張るところではないと思う。

 

「それと、ミライ」

 

 リアス先輩に呼ばれ、そちらを見る。

 

「はい?」

 

「あなたの仮入部は今日までよ」

 

「……え?」

 

 一瞬、言われた意味が分からなかった。

 

「私、何かしましたか?」

 

「どうして退部させられる前提なのよ」

 

 リアス先輩が呆れたように笑う。

 

「これからは、正式なオカルト研究部の部員として扱います」

 

「私を?」

 

「今さらでしょう?」

 

 一誠が横から笑った。

 

「会談にまで一緒に出て、あれだけ一緒に戦っといて仮入部も何もないだろ」

 

「そうですよ、ミライさん!」

 

 アーシアさんも嬉しそうに頷く。

 

 部室を見回す。リアス先輩がいる。一誠がいて、朱乃先輩がいて、祐斗、小猫さん、アーシアさん、ゼノヴィアさん、ギャスパーさんもいる。

 

 何度も来た場所だった。

 

 けれど今までは、自分がここにいることについて、どこかで「仮だから」と考えていたところがあった。

 

「……私でいいんですか?」

 

「だから、今さら何を聞いているの?」

 

 リアス先輩の答えは早かった。

 

「あなたが嫌でなければ、ここにいなさい」

 

「……はい」

 

 小さく頭を下げる。

 

「では、改めて。よろしくお願いします」

 

「よろしくな、ミライ!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 いくつもの声が返ってきた。

 

「で、もう一つ話がある」

 

 アザゼルが手を叩いた。

 

「今度は何ですか?」

 

「お前ら、一誠の家に住め」

 

「は?」

 

 一誠の声が裏返った。

 

 そこから始まった説明は、さらにひどかった。

 

 サーゼクスが残した話によれば、眷属同士の交流は成長にも影響するらしい。特に一誠の場合、精神状態や仲間との繋がりが赤龍帝の力へ大きく影響する傾向があるため、普段から距離を縮めておいた方がいいという。

 

「だからって全員うちに住む必要あります!?」

 

「あるんじゃない?」

 

「部長!?」

 

 リアス先輩があっさり頷く。そのまま話が進みかけたところで、何人かの視線がこちらへ集まった。

 

「ミライもどう?」

 

「私は遠慮します」

 

 すぐに答えた。

 

「早いな!?」

 

「ありがとうございます。でも、私は今の家がありますので」

 

 時計店がある。

 

 モモたちもいる。

 

 地下には、まだ完全には直っていないデンライナーもある。

 

「ここへは今まで通り来られますし、必要なら泊まることもできます。ですが、引っ越す必要はないと思います」

 

「そう」

 

 リアス先輩は無理に勧めなかった。

 

「なら、ミライは今まで通りね」

 

「はい」

 

 そこからしばらく、一誠の家へ誰が移るかという話が続いた。

 

「人数多すぎません!?」

 

「なら、お兄様にお願いして家を広くしてもらいましょう」

 

「家ってそんな簡単に広げるものなんですか!?」

 

 一誠の声が部室に響く。アーシアさんが困ったように笑い、朱乃先輩も楽しそうにその様子を見ている。小猫さんはいつの間にかお菓子を食べ始め、ゼノヴィアさんは真面目な顔で部屋割りを考えていた。

 

 数日前まで、神がいなくなった世界の行く末について話していた。

 

 今日話しているのは、一誠の家で誰がどの部屋を使うかだった。

 

「……何というか」

 

 一誠が疲れたようにソファへ沈み込む。

 

「神様がいなくなっても、普通に学校行って、部活やって、家のことで騒ぐんだな」

 

「そりゃそうだ」

 

 アザゼルが答えた。

 

「神が居なくても、世界は回るのさ」

 

 私はその言葉を聞きながら、騒がしい部室を見回した。

 

 リアス先輩がいて、一誠がいて、アーシアさんたちがいる。

 

 そして今は、その中に私の席もある。もう仮ではなかった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

感想や質問などありましたら、ぜひ気軽に送ってください。

特になければ、皆さんの推し生徒や推しライダーへの愛を語っていただけると嬉しいです。

もしかすると、今後どこかで登場するかもしれません。

それでは、次の刻もよろしくお願いします。

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