「ともかく、お待たせしました」
「だから待ってねえよ! 俺たち今着いたところだって!」
一誠の声が駅に響いた。その声だけなら、いつものことだった。問題は、その周囲だった。
改めて見渡してみると、駅にはかなりの人数が集まっている。整列した兵士たち。黒を基調とした服装の使用人。何列にも並ぶメイド。そして少し離れた場所には、先ほどまで演奏していたらしい楽隊までいた。
その全員が、少なからず落ち着かない様子で空を見ていた。正確には、デンライナーが走り去った方向を。
大声を上げたり、隊列を崩したりする人はいない。けれど、兵士の何人かはまだ警戒するように空を見上げているし、メイドたちの間にも小さな囁きが生まれている。楽器を構えていた人たちは、再び演奏を始めていいのか分からないようだった。
無理もないと思う。私にとっては見慣れてきたデンライナーでも、彼らにとっては、何もなかった空に突然線路を作りながら現れ、そのまま駅を走り抜けていった謎の列車だ。
「……思ったより目立ちましたね」
「思ったよりどころじゃねえよ!」
一誠がまだ何か言っている。すると、別の方向から声が飛んできた。
「ミライ」
「はい」
リアス先輩だった。声を荒らげてはいない。けれど、一誠に問い詰められている時とは別の意味で、逃げられない気がした。
リアス先輩がこちらへ歩いてくる。
「あなた、後から来る時は連絡をちょうだいって言ったわよね?」
「言われました」
「私、いつでも迎えを寄越すとも言ったわよね?」
「はい」
「それで?」
そこで言葉が止まった。私は少し考える。
「こちらで来られることになりましたので」
「……あの列車で?」
「はい」
リアス先輩が、デンライナーの消えていった方向を見る。もう空中に線路はない。先ほどまでそこに列車がいたことが嘘のように、紫色の空だけが広がっていた。
「あれは何なの?」
「デンライナーです」
「名前はさっき一誠との会話で聞いたわ」
そうでしたか。
「誰の列車なの?」
「時計店に居候していた皆さんのです」
「……居候?」
リアス先輩の眉が動いた。
「誰?」
「少し前まで時計店にいた人たちです」
「それは今聞いたわ」
「はい」
「私は、その人たちの話を聞いた覚えがないのだけれど」
「話していませんから」
「…………」
リアス先輩が額へ手を当てた。横から一誠が勢いよく頷く。
「そうなんだよ! こいつ、聞かないと何も言わねえんだよ!」
「一誠に言われるのは少し納得できません」
「なんでだよ!」
「それで、その人たちは何者なの?」
リアス先輩が話を戻した。
「色々ありまして」
「色々?」
「説明すると長くなります」
「ミライ」
「はい」
「私、あなたのそういうところは一度きちんと話し合った方がいいと思っているわ」
どういうところだろう。聞こうとしたところで、別の声が入った。
「リアスお嬢様」
静かな声だった。それだけで、周囲のざわつきが少しだけ小さくなった気がした。
グレイフィアさんが立っている。婚約パーティーの時にも、三勢力の会談でも見た女性。相変わらず表情はほとんど崩れていない。ただ、一度だけデンライナーが消えていった方向へ目を向け、それから私を見る。
「お久しぶりです、天童ミライ様」
「はい。グレイフィアさんも、お久しぶりです」
軽く頭を下げる。
「事情については後ほど伺うとして、まずは皆様をお屋敷へご案内するのがよろしいかと存じます」
「でも、グレイフィア」
「駅で立ち話を続けるより、お屋敷でお話しになった方がよろしいでしょう」
「……それもそうね」
リアス先輩が小さく息を吐いた。助かった。
「ミライ」
「はい」
「終わったと思わないでね?」
「はい」
助かっていなかった。
グレイフィアさんが周囲へ目を向ける。それだけで、兵士たちが姿勢を戻した。数名がまだ空を気にしているものの、警戒態勢らしきものは解かれていく。メイドたちもすぐに列を整え、楽隊もようやく動き始めた。
あれだけ突然の出来事があった直後なのに、戻るのが早い。グレイフィアさん自身も、デンライナーについて気になっていないはずはない。それでも、今やるべきことを先に進めている。
以前会った時とは少し違って見えた。三勢力の会談では、サーゼクス様の傍らに控えていた。婚約パーティーでも同じだった。けれど、ここでは彼女自身が多くの使用人を動かしている。これが、グレモリー家での彼女の仕事なのだろう。
「それでは参りましょう」
グレイフィアさんの言葉に従って、私たちは駅を後にした。
*
用意されていた馬車に乗り、グレモリー家の屋敷へ向かう。窓の外には、見慣れない景色が続いていた。
空はやはり紫色だった。けれど、地上には森もあれば道もある。遠くには建物らしきものも見える。冥界と聞いた時、もっと何もかもが人間界とは違う場所を想像していた。実際には、違うところもあれば似ているところもあるらしい。
「どう? 初めての冥界は」
向かいに座っていたリアス先輩が訊いた。
「思っていたより普通のところもあるんですね」
「もちろんよ。悪魔だって生活しているんだから」
「そうですよね」
言われてみれば当然だった。
その隣で、一誠は窓へ顔を近づけて外を見ている。
「いや、それにしても広すぎだろ……」
その感想には同意した。駅に着く前から大きな土地だとは思っていた。けれど馬車に乗ってからも、見える景色のほとんどがグレモリー家の領地だという。規模の感覚がおかしくなりそうだった。
やがて、前方に巨大な建物が見えてくる。
「……あれですか?」
「ええ。私の家よ」
リアス先輩は普通に答えた。
私は窓の外を見る。城に見える。どう見ても城だった。
「家……」
「家よ」
「そうですか」
兵藤家を見た時にも似たようなことを考えた気がする。最近、大きな家を見る機会が多い。
*
馬車が屋敷へ到着し、私たちは中へ案内された。外から見ても大きかったけれど、中へ入るとさらに広く感じる。
天井が高い。廊下も広い。置かれている調度品も、何となく高そうなものばかりだった。
一誠たちも落ち着かない様子で周囲を見ている。
「すげえな……」
「大きいですね」
アーシアさんも感心したように見上げている。
その時だった。
「リアスお姉さま!」
高い声が響いた。階段の方から、小さな影が走ってくる。赤い髪の男の子だった。そのまま勢いよくリアス先輩へ飛びつく。
「おかえりなさい!」
「ただいま、ミリキャス」
リアス先輩が笑う。部室で見る笑顔とは少し違う。本当に家族へ向ける顔だった。
「誰だ?」
一誠が小声で祐斗に訊いている。
「僕に聞かれても」
私も知らない。赤い髪を見る限り、グレモリー家の人なのだろうとは思う。
リアス先輩がこちらを見る。
「紹介するわ。ミリキャス・グレモリー。私の甥よ」
「甥?」
一誠が声を上げた。私も少し驚いた。
「サーゼクスお兄様の息子」
「魔王様、子供いたのか!?」
「いるわよ」
一誠は目を丸くしている。私も、サーゼクス様に息子がいるとは知らなかった。
ミリキャスくんは私たちを順番に見ている。知らない人が一気に増えたからだろう。
「リアスお姉さまのお友達?」
「ええ。大切な仲間たちよ」
リアス先輩が一誠たちを紹介していく。私の番になる。
「こちらは天童ミライ。オカルト研究部の部員よ」
「天童ミライです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
元気よく返された。そのままミリキャスくんは、またリアス先輩の方を向く。本当に慕っているらしい。少し微笑ましかった。
「まあまあ。リアスったら、帰ってきたばかりなのに随分と賑やかね」
今度は女性の声がした。階段から一人の女性が降りてくる。亜麻色の髪。見た目だけなら、リアス先輩とそれほど年齢が離れているようには見えない。
一誠も同じことを考えたらしい。
「部長のお姉さん……?」
「母よ」
「え?」
「私のお母様」
「…………え?」
一誠の顔が止まった。私も女性とリアス先輩を見比べる。
「……お母様?」
「あら」
女性が微笑んだ。
「そんなに意外かしら?」
「すみません。もっと年上の方を想像していました」
「ふふ。正直なのね」
ヴェネラナ・グレモリー。リアス先輩のお母様。悪魔は見た目で年齢を判断してはいけない。頭では分かっていたはずなのに、改めて実感した。
一誠はまだ理解が追いついていないらしい。
「いやいやいや……若すぎるだろ……」
「一誠」
「はい!」
リアス先輩に名前を呼ばれただけで姿勢を正した。ヴェネラナさんは楽しそうに笑っていた。
*
しばらくして、それぞれの部屋へ案内された。
私にも一室用意されていた。時計店の自室より広い。たぶん、かなり。荷物を置き、少しだけ部屋の中を見回す。
ベッド。机。椅子。窓の向こうには、紫色の空と広い庭が見える。あれだけ騒がしかった時計店から、急にこんな場所へ来た。静かだった。少しだけ、変な感じがする。
廊下へ出ると、何人ものメイドが忙しそうに行き交っていた。それでも、誰かとぶつかることもなければ、動きが乱れることもない。その中心にグレイフィアさんがいる。
「そちらは夕食前に確認を。客室側の準備は予定通りにお願いします」
「かしこまりました」
「食堂については――」
次々と指示が出る。それなのに慌てているようには見えない。自分でも手を動かしながら、周囲の状況も見ている。以前会った時には、ここまでじっくり仕事をしている姿を見たことはなかった。
「……すごいですね」
思わず小さく口にした。ちょうど近くにいたメイドが、不思議そうにこちらを見た。
「何かございましたか?」
「いえ。何でもありません」
私は自分の部屋へ戻った。
*
夕食の時間になると、大きな食堂へ案内された。
テーブルも大きい。並んでいる食器の数も多い。料理が運ばれてくるたび、一誠の表情が少しずつ硬くなっていく。
「……これ、どうやって食うんだ?」
「一誠、声が大きい」
祐斗が小声で注意する。
「だってよ、フォーク何本あるんだよ」
言いたいことは分かる。私も詳しくは知らない。普段の食事なら、箸かフォークかスプーンがあれば大体どうにかなる。今はそういう雰囲気ではなかった。
隣を見る。アーシアさんも困った顔で食器を見ている。ゼノヴィアも表情こそ変わらないが、明らかに周囲を確認していた。
「外側から使えばいいのよ」
リアス先輩が教えてくれる。
「なるほど」
一誠が真剣な顔で頷いた。私も覚えておく。
料理自体はとても美味しかった。ただ、食べ方を間違えないように考えていると、味へ集中しにくい。こういう食事にも技術が必要らしい。
料理が進むうちに、少しずつ慣れてきた。そこで、ふと気づいた。
小猫さんの手がほとんど動いていない。目の前には料理が残っている。最初は単に食べるのが遅いのかと思った。でも違う。いつもの小猫さんなら、とっくにもっと減っているはずだった。
一誠も気づいたらしい。何度か小猫さんの方を見ている。
「小猫ちゃん、食わねえのか?」
「……あまり、お腹が空いていないので」
短い返事だった。一誠が少し心配そうな顔をする。
「具合悪いのか?」
「大丈夫です」
それ以上、小猫さんは何も言わなかった。
リアス先輩も一瞬だけ小猫さんへ視線を向けた。でも、その場で問い詰めることはしない。私も同じだった。
体調が悪いのかもしれない。疲れているだけかもしれない。そう思うことはできる。
ただ。小猫さんが食事を残している。それだけのことが、どうしてか妙に気になった。
*
夕食を終え、自分の部屋へ戻った。
窓を開ける。人間界とは違う空気が入ってくる。紫色の空は、まだ見慣れない。
今日一日だけでも色々あった。デンライナーで冥界へ来た。モモタロスたちと別れた。一誠たちと合流した。グレモリー家の屋敷へ来た。ミリキャスくんやヴェネラナさんにも会った。初めて見るものばかりだった。
それなのに。頭に残っているのは、夕食の時の小猫さんだった。いつもなら、あれだけ料理が並んでいればもっと食べていたはずだ。
「……体調でも悪いのでしょうか」
誰もいない部屋で呟く。答えはない。今の私には、それ以上分かることもなかった。
窓の外へ目を向ける。初めて過ごす、冥界の夜。
私の冥界での生活は、こうして始まった。
推しのゲヘナ生を教えてください 推しが選択肢にいない場合は、感想欄で教えてください!
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空崎ヒナ
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天雨アコ
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銀鏡イオリ
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火宮チナツ
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陸八魔アル
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