止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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今回はアーシア視点です
ミライは出ません


第35刻 今日だけ便利屋

 若手悪魔の方々との顔合わせが終わってから、少しだけ時間が空いた。

 これから始まるシトリー眷属の皆さんとのレーティングゲームに向けて本格的な修行へ入るまでの、ほんの短い空白だったけれど、リアス先輩たちはそれぞれ用事があるらしく、気がつけば予定が空いていたのは私と一誠さんだけだった。

 

「せっかく冥界まで来てるんだし、ちょっと街でも歩いてみようぜ」

 

 一誠さんがそう言ったのは、お昼を少し過ぎた頃だった。

 

「街、ですか?」

 

「ああ。俺も冥界の街をゆっくり見たことなんてないしさ。アーシアなんて今回が初めてだろ?」

 

「はい」

 

 私にとっては、冥界へ来ること自体が今回初めてだった。

 一誠さんも、以前ライザーさんの婚約パーティーへ来たことがあるだけで、冥界の街をのんびり歩いて回ったことはないらしい。せっかくリアス先輩の故郷まで来ているのだから見ておきたい、という一誠さんの言葉を聞いているうちに、私も少しずつ興味が湧いてきた。

 昔の私なら、悪魔の方々が暮らす場所へ自分から出かけてみたいなどとは、きっと考えもしなかったと思う。

 でも今は、私自身も悪魔だった。

 

「……行ってみたいです」

 

「よし、決まりな!」

 

 一誠さんが嬉しそうに笑ったのを見ていると、それまで少しだけ感じていた不安も薄れていき、私も自然と笑っていた。

 実際にグレモリー領の街へ出てみると、そこは私が想像していたよりもずっと明るく、賑やかな場所だった。

 道の両側には様々なお店が並び、買い物袋を下げた人たちが行き交い、店先ではお客さんと店員さんが楽しそうに言葉を交わしている。小さな子供の手を引いて歩く方や、道端で立ち話をしている方までいて、そうした光景だけを見ていると、人間界の街とそれほど変わらないようにも思えた。

 けれど、ふと視線を上へ向ければ翼を広げた悪魔の方が建物の間を飛んでいき、店頭には私の知らない魔法道具や、何に使うのかさえ分からない不思議な品物が当たり前のように並んでいる。

 

「すごいですね、一誠さん」

 

「ああ。なんかこう……もっと怖い感じだと思ってた」

 

「私もです」

 

 そう答えてから、少しだけ恥ずかしくなった。

 以前の私は、悪魔というだけで怖いものだと思っていたけれど、目の前にいる方々も普通に笑い、買い物をして、家族や友人と一緒に暮らしている。

 そんな当たり前のことを実際に目にすると、自分がこれまで知っていた世界は本当に狭かったのだと思わされた。

 

「アーシア、あっちも見てみようぜ」

 

「はい」

 

 一誠さんの後について大通りから少し外れたところで、私は建物と建物の間にある細い路地へ何気なく目を向け、そこで壁に貼られた一枚の紙に気づいて足を止めた。

 

「……便利屋?」

 

「ん?」

 

 先へ行きかけていた一誠さんが戻ってきて、私の横から紙を覗き込む。

 大きく書かれていたのは、

 

『便利屋68』

 

 という文字だった。

 その下には、護衛、運搬、調査、回収、その他相談、といくつかの仕事が並んでいて、一番下には少し小さな文字で、

『表では頼みにくい案件も応相談』

 と書かれている。

 

「……少し怪しくありませんか?」

 

「怪しいな」

 

 一誠さんはすぐにそう答えたのに、その顔はどう見ても楽しそうだった。

 

「行ってみようぜ」

 

「えっ」

 

「住所、すぐ近くだろ?」

 

「で、でも……私たち、お願いしたいことなんてありませんよ?」

 

「ないけど」

 

 一誠さんは迷いなく答えた。

 

「じゃ、じゃあ、どうして……」

 

「気になるから」

 

 やっぱり一誠さんだった。

 こういう時、一誠さんは本当に迷わない。

 私は少し心配だったけれど、一誠さんを一人で行かせる方がもっと心配だったので、結局一緒についていくことにした。

 チラシに書かれた住所へ向かうと、そこには小さな店舗のような建物があり、表には簡単な看板が掛けられていた。

『便利屋68』

 

「本当にありましたね」

 

「普通に店構えてるな」

 

 一誠さんが扉を開けると、小さな鈴が鳴り、その音に反応して奥にいた少女が勢いよく立ち上がった。

 最初に目を引いたのは、腰よりも下まで伸びた赤みがかった桃色の髪と、その頭から伸びる黒い角だった。

 私たちとそれほど年齢は変わらないように見えるのに、毛皮の付いた長いコートを羽織った姿には妙に大人びた雰囲気があり、すぐそばに置かれた長い銃も相まって、最初の一瞬だけは少し怖そうな人なのかもしれないと思った。

 

 けれど本人は、そんな私の警戒など知らないまま机に片手をつき、いかにも自信満々といった不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ようこそ、便利屋68へ!」

 

 よく通る声だった。

 

「どんな難題でも、この陸八魔アルと便利屋68に任せなさい!」

 

「いや」

 

 一誠さんが言った。

 

「チラシが気になって見に来ただけなんだけど」

 

「…………」

 

 少女――アルさんの笑顔が、そのままの形で止まった。

 

「……依頼は?」

 

「ない」

 

「…………」

 

 何とも言えない沈黙が流れた直後、部屋の奥から「くふふっ」と堪えきれないような笑い声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、白い長髪の少女がソファに腰かけたまま肩を震わせていて、赤と黒を基調にした服装と、すぐ横に置かれた大きな銃は十分に物騒なはずなのに、本人があまりにも楽しそうに笑っているせいで、不思議と四人の中では一番話しかけやすそうに見えた。

 

「アルちゃん、また張り切りすぎ~♪」

 

「ム、ムツキ!」

 

 アルさんの顔が一気に赤くなる。

 その少し離れたところでは、白と黒がはっきり分かれた髪の少女が、パーカーのポケットへ手を入れたまま静かにため息をついていた。

 赤い目とほとんど動かない表情のせいなのか、初めは怒っているようにも見えて、私は思わず少しだけ背筋を伸ばしてしまった。

 

「だから客かどうか確認してから始めた方がいいって言ったでしょ」

 

「カヨコまで!」

 

「ア、アル様は悪くありません!」

 

 今度は部屋の端にいた、暗い紫色の髪に帽子を被った少女が勢いよく立ち上がった。

 四人の中では一番身体を縮めるように立っていて、こちらと目が合っただけでも今にも謝り出しそうな様子だったので、私は少しだけ安心した。

 私も知らない方の前では緊張してしまうことが多いから、何となく自分と似ているような気がしたのだ。

 

「これは私が事前にお客様を確認しなかったせいで……! すみません! すみません!」

 

「ハルカ! あなたが謝る必要はないから!」

 

 私は思わず一誠さんの方を見た。

 一誠さんも私を見る。

 何となく、お互い同じことを考えている気がした。

 ……とても賑やかな方々だった。

 それから、私はもう一つ気になっていたものへ視線を上げた。

 四人の頭の上には、それぞれ色も形も違う輪のようなものが浮かんでいる。

 どこかで見たような気がして少し考えたあと、和平会談でお会いしたミカエル様の姿を思い出した。

 

 もちろん、まったく同じものではない。

 けれど、頭の上に光の輪のようなものが浮かんでいるというところだけなら、少し似ているような気がした。

 一誠さんも一度だけ四人の頭上を見たけれど、特に何も言わなかったので、私も何となく尋ねない方がいいような気がして、そのまま黙っていた。

 

「それで」

 

 先ほど少し怖そうだと思った少女――カヨコさんが私たちへ目を向けた。

 

「二人とも転生悪魔?」

 

「分かるのか?」

 

「ここ、冥界だから。普通の人間が何の理由もなく歩いてる方が珍しいでしょ」

 

「ああ……そりゃそうか」

 

 一誠さんは簡単に納得したようだったし、私も言われてみればその通りだと思った。

 声を聞いてみると、カヨコさんは見た目から受けた印象とは違って、とても落ち着いた話し方をしていて、怖いというよりも静かな方なのかもしれないと感じた。

 

「……せっかく来たのに、本当に何も頼むことないの?」

 

 アルさんが少し残念そうに聞き、一誠さんが「今は特に」と答えると、先ほどまであれほど堂々としていた肩が分かりやすいほど落ちた。

 最初は怖そうな方だと思ったけれど、思っていたよりずっと表情に出る人なのかもしれない。

 

「じゃあさ」

 

 ムツキさんが楽しそうに笑った。

 

「この二人、今日の仕事に連れてけば?」

 

「え?」

 

「暇なんでしょ?」

 

「まあ」

 

「ちょうど人手も増えるし~」

 

「ちょっと待ちなさいムツキ。勝手に――」

 

「面白そうじゃん」

 

 アルさんが止めるより先に一誠さんが答えてしまったので、私は慌てて彼を見る。

 

「一誠さん?」

 

「いや、便利屋ってどんな仕事するのか気にならない?」

 

 気になるか、気にならないかと言われれば、確かに少し気にはなる。

 

「……少しだけ」

 

「ほら~♪」

 

「決まりにしないで!」

 

 アルさんは頭を抱えていたけれど、しばらく悩んだ末にこちらへ向き直ると、改めて背筋を伸ばした。

 

「……分かったわ。特別に、今日だけ便利屋68の臨時要員として雇ってあげる」

 

「なんで上からなんだよ」

 

「ただし、働いてもらう以上は報酬もちゃんと出すわ」

 

「別にいらないけど」

 

「ダメよ」

 

 その時だけは、さっきまでの慌てた様子とは違うしっかりした声になった。

 

「仕事をさせるなら、対価を払う。当然でしょう?」

 

 一誠さんも少し意外だったらしく、アルさんを見ながら「……真面目だな」と呟いた。

 

「アウトローにも流儀があるの!」

 

 胸を張って言い返したアルさんの隣では、ムツキさんがまた楽しそうに笑っている。

 最初は少し怖そうな人だと思ったけれど、やっぱり悪い人には見えなかった。

 今回のお仕事は、聞けば聞くほど少し変わったものだった。

 

「つまり、依頼人が金を払った荷物を、相手が渡してくれないから取り返す?」

 

 一誠さんが確認すると、カヨコさんが「大体合ってる」と頷いた。

 

「仲介業者が代金を受け取った後から追加の保管料を要求してきた。払わないなら渡さないって」

 

「じゃあ普通に役所に言えばいいんじゃないか?」

 

「依頼人側にも少し問題があるのよ」

 

 アルさんが腕を組みながら説明を引き継いだ。

 

「輸入申告を、少しだけ誤魔化していたらしいわ」

 

「少しだけってどのくらいだよ」

 

「そこまでは聞いてない」

 

 カヨコさんの答えを聞いた一誠さんが私を見る。

 どうやら私にも感想を求めているらしい。

 

「それは……どちらも、あまり良くないことだと思います」

 

「そういう仕事もあるってこと。でも依頼されたのは、もう代金を払った品物を回収するだけ。余計なものは取らない」

 

 カヨコさんが淡々と説明するのを聞いても、やっぱり胸を張って正しいことだと言える仕事には思えなかった。

 

「なんか微妙な仕事だな」

 

「便利屋だからね」

 

 私は、本当に一緒についていってもいいのでしょうか、と少し不安になったけれど、一誠さんは相変わらず興味津々だったので、結局小さく息を吐いた。

 ……やっぱり一人で行かせなくてよかったと思う。

 目的地までは歩いてしばらくかかるらしく、大通りへ戻るとアルさんが先頭に立ち、その隣をカヨコさんが歩き、ムツキさんは大きな銃を抱えながら少し後ろを気ままについていく。ハルカさんはショットガンや荷物を抱えたまま、アルさんからあまり離れない位置を選んで歩いていた。

 私と一誠さんも、その後へ続く。

 

「ねえねえ」

 

 少し歩いたところで、ムツキさんが歩調を変えずに身体だけをこちらへ向けた。

 

「二人って、付き合ってるの?」

 

「えっ!?」

 

 あまりに突然だったので、何を聞かれたのか理解するより先に声が裏返ってしまった。

 

「ち、違います! 一誠さんと私は、その……!」

 

「お、おいムツキ! いきなり何聞いてんだよ!」

 

「くふふっ、二人とも分かりやす~い♪」

 

 ムツキさんは、私たちが揃って慌てたことがよほど面白かったのか、ますます楽しそうに笑った。

 

「ムツキ、初対面の相手で遊ばない」

 

 カヨコさんが前を向いたまま注意したけれど、ムツキさんは「え~? ちょっと聞いただけなのに」と悪びれる様子もない。

 

「顔が楽しんでる」

 

「カヨコだって見てたでしょ?」

 

「巻き込まないで」

 

 私はまだ熱くなった頬を両手で押さえながら、最初に笑顔を見て一番話しかけやすそうな人だと思った自分の判断は、少しだけ間違っていたのかもしれないと思った。

 ムツキさんはどうやら、人が困ったり慌てたりする姿を見るのがとても好きらしい。

 けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 本当にただ、私たちの反応そのものを楽しんでいるように見えたからだ。

 

「ムツキ! 仕事中なんだから、もう少し緊張感を持ちなさい!」

 

 前を歩いていたアルさんが振り返って叱ると、ムツキさんは「はーい、社長~」とまるで反省していない声で返した。

 

「返事が軽い!」

 

「アルちゃんも昔は――」

 

「それ以上言ったら減給するわよ!」

 

「横暴だ~♪」

 

 怒られているのに、ムツキさんはまったく怖がっていない。

 

「お前ら、昔からの知り合いなのか?」

 

 一誠さんが尋ねると、ムツキさんは待っていましたと言わんばかりに「うん。アルちゃんとは幼馴染」と答えた。

 

「ムツキ!」

 

「別にそこは隠すことじゃないでしょ?」

 

「そうだけど……!」

 

「だからアルちゃんのことなら何でも――」

 

「言わなくていい!」

 

 アルさんは本気で慌てているのに、ムツキさんは楽しそうに笑っている。

 一誠さんまでつられて笑い始めた。

 アルさんは怒っていたけれど、本当に嫌がっているようには見えなかったし、ムツキさんもあれだけからかっているのに、アルさんから離れようとはしない。

 きっと二人は、ずっと昔からこうなのだと思う。

 

「アーシア」

 

「はい?」

 

 気がつくと、カヨコさんが私のすぐ横を歩いていた。

 

「歩くの、速くない?」

 

「え?」

 

「さっきから少し遅れてるから」

 

 言われて初めて、自分が珍しい景色へ目を奪われるたびに少しずつ皆さんから遅れていたことに気づいた。

 

「す、すみません!」

 

「謝らなくていいよ」

 

 カヨコさんはそう言ってから、前を歩いているアルさんへ「アル、少しペース落として」と声をかけ、それ以上何かを言うでもなく私の横へ残った。

 

「冥界、慣れてない?」

 

「はい。今回が初めてなんです」

 

「そう」

 

 短い返事だったけれど、しばらく歩いた後に「……怖くない?」と尋ねられたので、私は少し意外に思いながらカヨコさんを見た。

 

「最初は、少しだけ」

 

「今は?」

 

 私は周りを見た。

 買い物をしている人、友達同士で笑っている人、私たちの横を楽しそうに走り抜けていく子供。

 

「思っていたより、普通のところなんだなって」

 

「そっか」

 

 カヨコさんはそれ以上何も言わなかったけれど、ほんの少しだけ口元が柔らかくなったように見えた。

 最初に会った時は、赤い目と動かない表情のせいで怒っているのかと思った。

 でも、話してみれば怖い人ではなかったし、むしろ私が遅れていることに真っ先に気づいてくれるくらい、周りをよく見ている人だった。

 その少し後ろでは、ハルカさんが大きな鞄を抱えながら歩いていた。

 

「ハルカさん、大丈夫ですか?」

 

「ひゃっ!?」

 

 声をかけただけで肩が大きく跳ね、ハルカさんは慌てて私の方へ振り向いた。

 

「す、すみません! 邪魔でしたか!?」

 

「い、いえ! そうではなくて……重くないのかなと思って」

 

「こんなもの全然! 私なんかにはこれくらいがちょうどいいです! むしろもっと持たないと皆さんのお役に――」

 

「ハルカ、無理しなくていいからね?」

 

 前からアルさんの声が飛んでくると、それまで縮こまっていたハルカさんの顔が目に見えて明るくなった。

 

「は、はい! アル様!」

 

 その様子を見ていると、初めて会った時から何となく感じていた親近感が、少しだけ強くなった。

 ハルカさんは帽子の下で目を伏せ、何かあるとすぐに自分が悪いのだと思ってしまうところが、以前の自分と少し似ている気がしたのだ。

 

「ハルカさんは、アルさんのことが大好きなんですね」

 

「えっ」

 

 今度は別の意味で固まった。

 

「そ、そんな……私なんかがアル様を……!」

 

「違うんですか?」

 

「ち、違わないです! 違わないんですけど! アル様は私なんかにはもったいないくらい素晴らしい方で……!」

 

 言葉を続けるほど声が小さくなり、やがて「私なんか、何の役にも立てなくて……」と呟いたハルカさんへ、私は少し考えてから首を振った。

 

「そんなことないと思います」

 

「え?」

 

「まだ今日会ったばかりですけど、ハルカさんは皆さんの荷物も持っていますし、さっきからずっと周りを見ていらっしゃいます。それでも、誰かの役に立てることは素敵なことだと思います」

 

「そ、それくらいしかできませんから……」

 

「私も、よく自分なんてと思ってしまいますから」

 

「アーシアさんも……?」

 

 ハルカさんは少し驚いたようだった。

 

「はい。でも、一誠さんや皆さんに何度も助けてもらいました。だから今は……少しずつでも、私にできることをしたいと思っています」

 

 ハルカさんはすぐには答えず、何かを考えるように俯いていたけれど、しばらくしてからほんの少しだけ笑った。

 

「……アル様も、私を助けてくださったんです。だから、私もアル様のお役に立ちたいんです」

 

 それだけの言葉だったけれど、その声はこれまでよりずっとはっきりしていた。

 

「はい」

 

 その気持ちは、私にも少し分かる気がした。

 

「おーい、二人とも置いてくぞー」

 

 少し先から一誠さんに呼ばれ、私は慌てて返事をする。

 

「あ、はい!」

 

「す、すみません!」

 

「だからハルカさんは謝らなくていいですよ」

 

「す、すみ――」

 

 そこまで言ってからハルカさん自身も気づいたのか、慌てて口を閉じた。

 私は思わず笑ってしまい、ハルカさんも少しだけ困ったように笑った。

 皆さんに追いついたところで、一誠さんが何気なく尋ねた。

 

「お前ら、ずっとこの街で仕事してんのか?」

 

「まさか。一流のアウトローは一か所に留まったりしないものよ」

 

 アルさんが即座に答えた横から、カヨコさんが「仕事が終わったら移動する」と補足する。

 

「結構あちこち行ってるよ~。人間界も冥界も、追いかけっこしながらね♪」

 

「ムツキ!」

 

「追いかけっこ?」

 

 一誠さんが聞き返すと、アルさんは明らかに焦った様子で「何でもないわ!」と遮った。

 

「ここを選んだのだって、ちゃんと私の完璧な計算が――」

 

「アル」

 

「……何よ」

 

「喋りすぎ」

 

「分かってるわよ!」

 

「でもアルちゃん、ここなら絶対大丈夫って自信満々だったよね~。『まさかこんなところにいるとは思わないでしょう』って」

 

「言わないでえええ!」

 

 またアルさんが叫び、一誠さんが不思議そうに首を傾げる。

 

「誰かに追われてんのか?」

 

「ち、違うわ! 例え話よ、例え話!」

 

「追いかけっこって言ったじゃん」

 

「ムツキは黙りなさい!」

 

 私は少しだけ気になったけれど、アルさんがそこまで隠したがっているのなら、こちらから聞かない方がいいと思った。

 昔の私も、聞かれたくないことをたくさん抱えていた。

 ふとカヨコさんへ目を向けると、彼女もこちらを見ていたけれど何も言わなかったので、やっぱりそれ以上は聞かないことにした。

 倉庫は大通りからかなり離れた場所にあり、外から見ただけでは普通の商業用倉庫とほとんど変わらなかった。

 近くまで来るとカヨコさんが先頭へ出て、周囲を一度見回してから小さな声で説明を始める。

 

「見張りは二人で、交代まで二十分くらい。裏口から入って三箱回収したら、それで終わり」

 

「なんか慣れてるな……」

 

 一誠さんが感心すると、アルさんがなぜか自分のことのように得意げな顔をした。

 

「当然でしょう?」

 

「調べたのはカヨコだけどね~」

 

「ムツキ!」

 

「事実でしょ」

 

 カヨコさん本人まで淡々と肯定したので、アルさんは一瞬言葉に詰まったものの、すぐに胸を張り直した。

 

「そ、そう! 社長は最後に決めるのが仕事なのよ!」

 

「今考えたでしょ」

 

「考えてない!」

 

 また始まったやり取りを聞きながら、私は少しだけ笑った。

 一緒に過ごしているうちに、四人がそれぞれ違う役割を持っていることも何となく分かってきた。

 アルさんが決めて、カヨコさんが準備をして、ムツキさんが楽しそうに場をかき回し、ハルカさんがアルさんの言葉を真っ直ぐに受け止めて動く。

 不思議だけれど、ちゃんとまとまっている。

 そんな四人だった。

 

 裏口から倉庫の中へ入ると、私と一誠さんはカヨコさんから荷物の番号を書いた紙を渡され、その番号と一致する箱だけを探すよう頼まれた。

 内部は薄暗く、同じような箱がいくつも積み上げられていたけれど、順番に番号を確かめていくうちに一つ目と二つ目を見つけ、少し離れた棚の奥で最後の箱も見つけることができた。

 

「あ、ありました」

 

 私が小声で呼ぶと、近くにいたアルさんがすぐに来て番号を確認してくれた。

 

「間違いないわね。助かったわ、アーシア」

 

「い、いえ」

 

 名前を呼ばれて、少し嬉しくなる。

 最初はただ一誠さんについてきただけだったのに、実際に役に立てていると思うと、それまで感じていた不安も少しだけ小さくなった。

 あとは三つの箱を持って外へ出るだけ。

 そう思った時、倉庫の外から男の人の声が聞こえた。

 

「おい、扉開いてるぞ!」

 

 その一言で、それまで荷物を運び出そうとしていた全員の動きが止まり、カヨコさんが入口へ目を向けながら「……予定より早い」と小さく呟いた。

 

「な、なんでよ!?」

 

 予定外だったのか、アルさんは明らかに顔を引きつらせ、隣ではムツキさんがそんな彼女の様子を面白そうに覗き込みながら「アルちゃん、どうする~?」といつもの調子で問いかけている。

 

「どうするって……!」

 

 さっきまで堂々としていたアルさんが一気に慌て始めたので、私も不安になって一誠さんへ目を向けた。

 一誠さんは入口を見たまま、いつでも動けるように少しだけ姿勢を変えていた。

 その直後だった。

 

「ムツキは右。カヨコは出口を確保して。ハルカは荷物を守って!」

 

 アルさんの声が変わった。

 さっきまでの慌てぶりが嘘だったかのような、迷いのない声だった。

 けれど、それ以上に驚いたのは三人の反応だった。

 

「了解~♪」

 

「分かった」

 

「はい、アル様!」

 

 誰一人として理由を尋ねず、アルさんの言葉を聞いた瞬間には、それぞれが決められた場所へ動き始めていた。

 

「一誠とアーシアは下がって!」

 

「俺もやる」

 

「臨時要員に無理は――」

 

「平気だって」

 

 一誠さんはこういう時、やっぱり前へ出てしまう。

 止めてもきっと聞かないことは分かっていたので、私は「気をつけてください」とだけ声をかけた。

 

「おう」

 

 それとほぼ同時に数人の男の人たちが倉庫へ入ってきて、私たちの姿を認めた一人が怒鳴ろうとした。

 

「てめぇら、何して――」

 

 言葉が終わるより先に銃声が倉庫の中へ響き、私は反射的に肩をすくめた。

 アルさんが構えた長い銃から放たれた一発は男の人自身ではなく、その手に握られていた武器だけを正確に弾き飛ばしていた。

 

「なっ!?」

 

「残念だけど、これはもう依頼人の品物なの。返してもらうわ」

 

 銃口を向けたままそう言って笑うアルさんの顔は、最初に事務所で見た時と同じ不敵な笑顔だった。

 けれど今度は、それが格好をつけるためだけのものには見えなかった。

 

「はい、プレゼント~♪」

 

 横から楽しそうな声が聞こえたかと思うと、ムツキさんが何かを放り投げ、小さな爆発と共に白い煙が倉庫の一角へ広がった。

 

「ムツキ! やりすぎないで!」

 

「これくらい大丈夫だって~」

 

 本人は相変わらず楽しそうだったけれど、ただ適当に爆発させているわけではないらしく、煙は私たちから離れた場所だけに広がり、こちらへ近づこうとしていた人たちの足をまとめて止めていた。

 それを見ていた私が少し安心した、その直後だった。

 

「アーシア、こっち」

 

「え?」

 

 カヨコさんに腕を引かれて数歩下がった途端、先ほどまで私が立っていた場所へ何かが飛んできて床を叩いた。

 驚いて振り向くと、カヨコさんはもう私の方を見ておらず、片手に構えた拳銃を相手へ向けながら「怪我は?」と短く尋ねてくる。

 

「だ、大丈夫です!」

 

「ならいい」

 

 それだけ確認すると、カヨコさんは再び戦いへ意識を戻した。

 最初に会った時には、こちらを睨んでいるようにさえ見えた人だった。

 でも今なら分かる。

 あの人は怒っていたわけではなく、きっと元々そういう表情をしているだけなのだ。

 

「アル様のお仕事の邪魔を……しないでください……!」

 

 つい先ほどまで私と笑って話していたハルカさんの声が聞こえた。

 振り向くと、大きなショットガンを構えたハルカさんが荷物へ近づこうとした男の人へ迷いなく踏み込み、その勢いのまま銃床を叩き込んで相手を大きく吹き飛ばしていた。

 

「…………」

 

 私はしばらく何も言えなかった。

 あれほど自信がなさそうに身体を縮めていた人と同じ人物には、とても見えなかったからだ。

 別の男の人がハルカさんへ向かって攻撃を放ったので、私は思わず名前を呼んだ。

 

「ハルカさん!」

 

 けれどハルカさんは一瞬身体を揺らしただけで止まらず、そのまま相手との距離を詰めていく。

 むしろ近づかれた男の人の方が顔を引きつらせ、明らかに怯えていた。

 

「ア、アル様のお仕事を……!」

 

「ハルカ、そこまで!」

 

 アルさんの声が飛んだ瞬間、今にも相手へ飛びかかりそうだったハルカさんの足がぴたりと止まった。

 

「は、はい!」

 

 振り返った顔は、さっきまでの怖い表情が嘘だったかのように、いつものおどおどしたものへ戻っている。

 私は少し前に交わした会話を思い出した。

 アルさんのお役に立ちたい。

 あれはきっと、私が思っていたよりもずっと強い気持ちだったのだ。

 

 一誠さんもこちらへ向かってきた一人の腕を掴み、その勢いを利用するように床へ転がしていた。

 

「君も結構やるね~」

 

 ムツキさんが楽しそうに声をかける。

 

「転生悪魔だからこれくらい普通だろ」

 

「そうかな~?」

 

「おい、なんで嬉しそうなんだよ」

 

「だって面白いじゃん♪」

 

「何が!?」

 

 戦っている最中なのに、ムツキさんは本当に楽しそうだった。

 けれど、一誠さんの死角から別の男の人が武器を向けた瞬間だけ、その笑顔から楽しそうな色が消えた。

 すぐに銃声が響き、狙いをつけていた男の手から武器が弾き飛ばされる。

 

「人の新しいバイト君に、何してるのかな?」

 

 口元には笑みが残っていたけれど、その声は私たちをからかっていた時よりもずっと冷たく聞こえた。

 

「ムツキ」

 

「分かってるって、アルちゃん」

 

 アルさんに呼ばれると、ムツキさんは何事もなかったようにいつもの笑顔へ戻る。

 最初は、ずっと笑っている明るい人なのだと思っていた。

 けれど、それだけではないらしい。

 ムツキさんが誰かをからかっている時と、本当に怒っている時では、同じ笑顔でもまったく違うのだと、その時になってようやく分かった。

 戦い自体はそれほど長く続かず、私たちは目的だった三つの箱を無事に持ち出すことができた。

 

 依頼人のところまで荷物を届けると、商人の方は中身を一つずつ確認したあと、安心したように何度も頭を下げた。

 

「確かに全部ある。助かったよ」

 

「仕事だから当然よ」

 

 アルさんは堂々と答えた。

 ほんの少し前まで倉庫の中で慌てていた姿を思い出すと、少しだけおかしくなったけれど、笑うのは失礼な気がして私は我慢した。

 仮の事務所へ戻る途中、隣を歩いていたハルカさんが、何度かこちらを見ては目を逸らした末に、ようやく意を決したように声をかけてきた。

 

「アーシアさん、その……さっきは、すみませんでした」

 

「何がですか?」

 

「怖がらせてしまって……」

 

 言われて、ようやく倉庫でのことだと分かった。

 確かに驚いた。

 とても驚いた。

 最初に会った時、自分と少し似たところのある人なのかもしれないと思っていただけに、余計に驚いたのだと思う。

 

「少しだけ、びっくりしました」

 

「やっぱり……! す、すみません! 私なんかが近くにいると――」

 

「でも、アルさんのお仕事を守ろうとしていたんですよね?」

 

 また自分を責め始めたハルカさんを止めるように言うと、彼女は少し戸惑ったあと、小さく「……はい」と答えた。

 

「だったら、謝らなくてもいいと思います。それに、助けていただきました」

 

 ハルカさんはしばらく何も言わず私を見ていたけれど、やがて小さな声で「……ありがとうございます」と答えた。

 今度は謝罪ではなかった。

 それだけのことが、私は少し嬉しかった。

 少しして、今度はカヨコさんが私の様子を確かめるように近づいてきた。

 

「アーシア、怪我は?」

 

「ありません。カヨコさんが助けてくださったので」

 

「仕事だから」

 

 相変わらず短い返事だったけれど、何となく少しだけ照れているように見えた。

 

「カヨコってそういうところあるよね~」

 

 いつの間にかムツキさんまで隣へ来ていて、カヨコさんが「何」と嫌そうな顔を向けると、「別に~?」と楽しそうに笑っている。

 

「ムツキさんは、ずっと楽しそうでしたね」

 

 私がそう言うと、ムツキさんは何を当たり前のことを聞くのだろうという顔をした。

 

「うん。楽しかったよ?」

 

「怖くないんですか? 戦うこと」

 

「ん~」

 

 ムツキさんはしばらく考えたあと、肩に担いだ銃を軽く揺らした。

 

「怖い時もあるんじゃない?」

 

「あるんですか?」

 

「そりゃね。でも、怖いから面白くないとは限らないでしょ?」

 

 私には、少し難しい考え方だった。

 

「それに」

 

 ムツキさんは前を歩いているアルさんへ目を向け、その横顔を見ながら何でもないことのように続けた。

 

「アルちゃんがいるしね」

 

「え?」

 

「ムツキ!」

 

 前からアルさんの声が飛んでくる。

 

「何でもなーい♪」

 

 ムツキさんはすぐに笑って誤魔化してしまった。

 けれど今の言葉だけは、いつもの冗談には聞こえなかった。

 仮の事務所へ戻ると、アルさんは受け取った報酬の中から私たちの分まできっちり取り分け、一誠さんへ差し出した。

 

「はい」

 

「いや、本当にいいって。俺たち、面白そうだから勝手についてっただけだぞ?」

 

 一誠さんは受け取ろうとしなかったけれど、アルさんも引かなかった。

 

「それでも仕事をしたでしょう? 労働には対価を払う。それが筋よ」

 

 一誠さんはしばらくアルさんを見たあと、少し笑った。

 

「やっぱお前、アウトロー向いてないんじゃないか?」

 

「なっ!?」

 

「一誠さん、失礼ですよ」

 

「だって真面目すぎるだろ」

 

「これはアウトローとしての流儀なの!」

 

「アルちゃん、今日も格好いいね~♪」

 

「ムツキは黙って!」

 

 また皆さんが騒ぎ始める。

 私はその様子を見ながら、少しだけ笑ってしまった。

 最初に会った時は、アルさんのことを少し怖い方だと思った。

 カヨコさんは怒っているように見え、ムツキさんは一番話しかけやすそうに見えて、ハルカさんには自分と少し似たところがあるような気がした。

 

 けれど、一緒に歩き、お話をして、お仕事を手伝ってみると、最初に感じたものとは随分違っていた。

 ムツキさんは人を困らせて楽しむけれど、大切な人が傷つけられることは嫌いらしい。

 カヨコさんはあまり表情を変えないけれど、誰よりも周りをよく見て、必要な時には何も言わず助けてくれる。

 ハルカさんは自分のことを悪く言ってばかりいるけれど、アルさんのためなら誰よりも迷わず前へ出る。

 そしてアルさんは、格好をつけたがって、予想外のことにはすぐ慌てるのに、いざという時には迷わず皆さんへ指示を出し、働いた人にはきちんと報酬を払おうとする。

 

 だから皆さんも、アルさんの言葉ならあれほど迷わず動けるのだと思う。

 少し変わっているけれど、とても仲の良い方々だった。

 

「それじゃあ、そろそろ戻るか」

 

 一誠さんが立ち上がったので、私も一緒に席を立った。

 

「今日はありがとうございました」

 

「また何かあったら来なさい! 今度はちゃんと依頼を持ってね!」

 

 アルさんが胸を張ると、一誠さんは笑いながら「分かった分かった」と答えた。

 

「アーシアさんも、また……」

 

 ハルカさんが控えめに声をかけてくれたので、「はい。またお会いしましょう」と答えると、少しだけ嬉しそうに笑ってくれた。

 

「今度はもっと面白い仕事にしようね~♪」

 

「危ない仕事は嫌です!」

 

「くふふっ」

 

「ムツキ、客を怖がらせない!」

 

「まだ客じゃないよ?」

 

「細かいわね!」

 

 最後まで、本当に賑やかな方々だった。

 そのまま帰ろうとした時だった。

 

「そういえば」

 

 アルさんが何かを思い出したように私たちを呼び止めた。

 

「あなたたち、随分自由に動いてるけど、主人は何も言わないの?」

 

「ああ」

 

 一誠さんは、本当に何でもないことのように答えた。

 

「俺とアーシアは、リアス・グレモリー様の眷属だから。この辺ならそこまで心配されないと思うぞ」

 

 その言葉が終わった途端、それまであれほど賑やかだった室内が、不自然なくらい静かになった。

 アルさんは口を少し開いたまま動きを止め、カヨコさんもこちらへ顔を向ける。ハルカさんはまだ何が起きたのか分かっていないようだったけれど、ムツキさんだけは何かに気づいたらしく、今まで以上に楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「……今、なんて?」

 

 アルさんが聞き返した。

 

「俺とアーシアは、リアス・グレモリー様の眷属」

 

 一誠さんは、どうして聞き返されたのか分からないまま同じことを繰り返した。

 

「ここの領主の娘だろ?」

 

「リアス……グレモリー……」

 

 アルさんはその名前を確かめるように呟いたあと、しばらく何も言わなかった。

 私には、どうしてアルさんが急に黙ってしまったのか分からない。

 リアス先輩がグレモリー家の方だということは、この土地ではそれほど驚くような話ではないと思っていたからだ。

 けれど、ムツキさんにはアルさんが何を考えているのか分かっているらしく、横からその顔を覗き込みながら楽しそうに笑った。

 

「アルちゃん、それってサーちゃんの妹だよね~?」

 

「…………」

 

 サーちゃん?

 知らない名前に私は首を傾げたけれど、アルさんの反応はまったく違った。

 目が大きく見開かれ、私と一誠さんを見たあと、今度は窓の向こうに広がる街へ視線を向ける。それからカヨコさんを見て、最後にもう一度こちらへ顔を戻した時には、先ほどまでの堂々とした表情が跡形もなく消えていた。

 

 何かに気づいた。

 それだけは、私にも分かった。

 

「な、なな……」

 

 アルさんの口が震える。

 そして次の瞬間。

 

「なななな、なっ、何ですってーーーーーーー!!!???」

 

 突然の絶叫が仮事務所いっぱいに響き渡り、私は驚いて思わず一誠さんの方へ身を寄せた。

 

「うおっ!?」

 

 一誠さんまで肩を跳ねさせている。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 思わず尋ねたけれど、アルさんは答えるどころではないらしく、両手で頭を抱えながらその場を行ったり来たりし始めてしまった。

 

「ちょ、ちょっと待って! リアス・グレモリーって、サーゼクスの妹よね!? 間違いないわよね!?」

 

「そうだけど……」

 

 一誠さんが困惑したまま答えると、アルさんはさらに顔を青くした。

 そこでようやく、先ほどムツキさんが言っていた「サーちゃん」がサーゼクス様のことなのだと私にも分かった。

 けれど、それが分かったところで、どうしてここまで大変なことになっているのかまでは分からない。

 

「くふふっ、アルちゃんすご~い♪」

 

 そんな私たちとは対照的に、ムツキさんはもう笑いを隠すつもりもないらしく、楽しそうにアルさんの肩をつついた。

 

「サーちゃんたちから隠れるために、わざわざグレモリー領まで来たのにね~?」

 

「ムツキ!」

 

「まさか、そのサーちゃんの妹の眷属が自分からお店に来てくれるなんて思わないよね~♪」

 

「言わないで!」

 

 アルさんが慌てて止めようとするけれど、ムツキさんは止まらない。

 

「しかも今日一日ずっと一緒に行動して、事務所の場所までばっちり知られて――」

 

「ムツキ!」

 

「ちょっとグレーなお仕事まで手伝ってもらっちゃったね♪」

 

「それ以上言わないでぇぇぇぇ!!」

 

 アルさんの悲鳴に近い声が響く。

 その横では、カヨコさんが片手で額を押さえながら深いため息をついていた。

 

「……最悪」

 

「カ、カヨコさん?」

 

「アーシアたちが悪いわけじゃないから」

 

 私が心配になって声をかけると、カヨコさんは疲れたような顔のまま、それだけはすぐに言ってくれた。

 どうやら私たちが何か失礼なことをしてしまったわけではないらしい。

 少し安心したけれど、今度はハルカさんが急に青い顔で立ち上がった。

 

「ア、アル様! これは私が責任を取ります! 今すぐ証拠を全部――」

 

「何もしなくていいから!」

 

「で、ですが!」

 

「特にあなたは何もしないで!」

 

「は、はいっ!」

 

 何をしようとしていたのでしょう。

 少し気になったけれど、今は聞かない方がいいような気がした。

 一誠さんも状況についていけていないらしく、私と目が合うと困ったように眉を寄せた。

 

「……アーシア、俺たちなんかまずいことしたか?」

 

「わ、私にも分かりません……」

 

 本当に分からなかった。

 私たちはただチラシを見つけて、少し気になって訪ねて、それから今日一日お仕事を手伝っただけのはずだった。

 それなのにアルさんは頭を抱え、カヨコさんはため息をつき、ハルカさんは今にも何か大変なことを始めそうになり、ムツキさんだけが心の底から楽しそうに笑っている。

 

「アルちゃん、やっぱりここ選んだの大正解だったね~♪」

 

「どこがよぉぉぉぉ!!」

 

 アルさんの二度目の絶叫が響く中、私は結局最後まで、何がそこまで大変なのかよく分からないままだった。

 




Unwelcome Schoolオチ

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