リアス先輩たちとソーナ先輩たちのレーティングゲーム当日。
私は当然ながら、ゲームには参加しない。
リアス先輩の眷属ではない以上、それ自体は最初から分かっていたことだった。それでも、冥界へ来てからそれぞれ別の場所で修行を続けてきた皆が、今日は一つのチームとして揃って本番へ向かおうとしている姿を見ていると、少しだけ不思議な感じがした。
「それでは、行ってくるわね」
「はい。頑張ってください、リアス先輩」
リアス先輩へ答えてから、その後ろにいる皆へも目を向ける。
朱乃先輩、裕斗、アーシアさん、ゼノヴィア、小猫さん、ギャスパー君。そして、一誠。
「皆さんも、頑張ってください」
「おう!」
一誠が元気よく返してから、ふと私を見る。
「……そういや、お前は観戦だけか」
「そうですね」
「なんか気楽そうでいいよなぁ」
「私もこの十日間、グレイフィアさんに何度床へ転がされたか分かりませんけど」
一誠の顔から笑みが消えた。
「……お前、何の修行してたんだ?」
「戦闘訓練です」
「戦闘訓練って、そんなに転がされるもんなのかよ」
「最初はグレイフィアさんの攻撃を避けるだけでした。避けられなかったので、そのたびに転がされていました」
「…………」
何とも言えない顔をされた。
隣では裕斗が苦笑していて、なぜかゼノヴィアだけは真剣な表情で頷いている。
「グレイフィア様が相手なら、そうなるのも当然だろう」
「ゼノヴィア、そこ納得するとこなのか?」
「事実だと思うが」
「そういう問題じゃねぇよ」
一誠とゼノヴィアが言い合い始めたことで、その場にあった緊張が少しだけ薄れる。
けれど、それもリアス先輩の一言で終わった。
「そろそろ行きましょう」
皆の表情が変わる。
これから始まるのは訓練ではない。二十日間、それぞれが積み重ねてきたものを実際のゲームで試す時間だ。
私は最後に、小猫さんへ声をかけた。
「小猫さん」
「……はい」
「頑張ってください」
「……ありがとうございます」
小猫さんは短く答えると、そのままリアス先輩たちの後を追っていった。
小猫さんがどんな修行をしていたのかも、そこで何を考えていたのかも、私は知らない。リアス先輩たちがどんな作戦を立てているのかだって、一つも聞いていなかった。
だからこそ、今日のゲームで初めて見ることになるのだと思う。
皆が、この二十日間で何を身につけたのかを。
◇
「ミライさん。本日は、こちらをお願いします」
「はい」
皆を送り出して間もなく、私はグレイフィアさんに一室へ案内された。
扉の前には使用人が控えていて、明らかに普通の観戦室とは扱いが違う。聞けば、今日はここでVIPへの対応を担当するらしい。
飲み物や軽食を用意し、必要なものがあればすぐに対応する。メイド修行の実地訓練だと考えれば、それほど不思議な仕事ではなかった。
そう思いながら扉を開ける。
「やあ、ミライちゃん」
「…………」
中にはサーゼクスさんがいた。
そして、その隣には。
「お、来たか」
アザゼル先生まで座っている。
私は一度だけ、入ってきた扉を振り返った。案内してくれたグレイフィアさんの姿は、もうそこにはない。
「……VIPって、このお二人だったんですか」
「まあ、そういうことになるかな」
サーゼクスさんが楽しそうに笑う。
確かに、これ以上分かりやすいVIPもそうはいない。
私は気を取り直して二人の飲み物と軽食を用意した。部屋の正面には大きな映像が浮かび上がっていて、ゲームフィールドの各所を複数の視点から確認できるようになっている。
一通りの準備を終え、少し離れた位置へ下がったところで、サーゼクスさんがこちらを見た。
「ミライちゃんは座らないのかい?」
「私は仕事で来ていますので」
「別にずっと立ってなくてもいいだろ」
アザゼル先生が自分の隣にある空席を軽く叩く。
「せっかくだ。お前も見とけよ」
「でも……」
「必要なことがあれば、その時にお願いすればいいさ」
サーゼクスさんまでそう言い始める。
「今日はリアスたちのゲームなんだ。君だって気になるだろう?」
「……それは、まあ」
気にならないわけがない。
結局私は、VIP対応という名目で入った部屋で、そのVIP二人の隣に座ってゲームを見ることになった。
何となく、グレイフィアさんには最初からこうなることを分かっていたような気がする。
◇
試合開始前、今回のゲームについての説明が始まった。
フィールドは、駒王町にあるデパートを再現したもの。制限時間は三時間で、両陣営には《フェニックスの涙》が一つずつ支給される。
そこまでは特に変わったところもないように聞こえたけれど、続いて告げられた特殊条件に、私は少し首を傾げた。
デパートを必要以上に破壊してはいけない。
「……それ、一誠たちにはかなり不利じゃないですか?」
思わず口にすると、アザゼル先生がこちらを見た。
「ほう。そう思うか」
「一誠とゼノヴィアは、あまり周りを壊さないように戦うのが得意には見えませんし、朱乃先輩も広い範囲を攻撃することが多いので」
「リアスの滅びの魔力も同じだな。火力だけならグレモリー側はかなり高いが、今回はそれを好き放題ぶっ放すわけにはいかねぇ」
「ソーナ先輩側は?」
「さてな」
アザゼル先生は楽しそうに映像へ視線を戻した。
「そこをどう利用するかも、ゲームのうちだ」
私はソーナ先輩たちの能力を詳しく知らない。リアス先輩たちの作戦だって知らないのだから、今の段階でどちらが有利なのかを判断できるはずもなかった。
さらに説明が続き、そこで私はギャスパー君に今回だけの特別な制限があることを初めて知った。
「《停止世界の邪眼》が、使用禁止……?」
「あいつはまだ完全に制御できてねぇからな」
アザゼル先生が説明する。
「ゲーム中に暴走でもされたら、それだけで試合が壊れかねん。一誠の血を使った強化も今回は禁止だ。神器を封じる眼鏡を着けて、吸血鬼として元々持ってる能力だけで参加する」
映像に映ったギャスパー君は、見慣れない眼鏡をかけていた。
「それで、どうやって戦うんでしょう」
「見てりゃ分かる」
アザゼル先生の言葉とほとんど同時に、両陣営がゲームフィールドへ転送されていった。
◇
作戦時間を経て、ゲームが始まった。
リアス先輩たちは、最初から全員で固まって動くわけではないらしい。
一誠と小猫さん。
裕斗とゼノヴィア。
ギャスパー君は大量のコウモリへ姿を変え、デパートの各所へ散っていく。
リアス先輩、朱乃先輩、アーシアさんは後方から動き始めた。
「ギャスパー君は偵察なんですね」
「そうみたいだな」
私は画面を見ながら、それぞれの動きを追った。
そこで、少し不思議なことに気づく。
以前なら、裕斗が走っているのを見ても「速い」としか思わなかったはずだ。でも今は、足の運びや身体の向きへ自然と目が行く。
あれだけの速度で動いているのに身体の軸がほとんど崩れず、方向を変えた後も姿勢が乱れない。そのまま次の動作へ移れるように、自分の身体を常に整えているように見えた。
小猫さんも同じだった。
一誠の隣を進んでいるだけなのに、重心が安定していて、何かあればすぐ動けそうな姿勢を保っている。
グレイフィアさんから受け身や足運びを教わるまで、そんなところを気にして戦いを見たことなんてなかった。
「どうした?」
アザゼル先生に尋ねられる。
「いえ……前だったら、速いとか強いとか、それくらいしか見てなかった気がして」
「十日でも多少は見るところが変わったか」
「多分、ほんの少しだけですけど」
「十分だろ」
そうだと思う。
何をしているのか全部分かるわけではないし、次の攻撃を予想できるわけでもない。ただ、以前より見えるものが少し増えた。
今の私には、それで十分だった。
◇
最初の脱落者が出たのは、思っていたよりずっと早かった。
ギャスパー君だった。
「……え?」
画面の一つに、コウモリへ姿を変えたギャスパー君が映る。
ソーナ先輩側の本陣に近い場所で、何人かの眷属が何かをしていた。それを詳しく探ろうとしたのか、周囲へ散っていたコウモリが次々と一か所へ集まっていく。
そこで現れたものを見て、私は思わず目を瞬かせた。
「ニンニク?」
大量のニンニクだった。
次の瞬間にはギャスパー君の動きが一気に鈍り、対応する間もなく捕らえられる。そして、そのままリタイアを告げるアナウンスが流れた。
「…………」
あまりにも早い。
けれど、ただ弱点を突かれただけなのだろうか。
吸血鬼だからニンニクを用意していた。それだけなら分かる。
でも相手は、ギャスパー君が大量のコウモリをそこへ集めるまで待っていた。
「……最初から、あそこへ来るように誘われてたんですか?」
「正解」
アザゼル先生が頷く。
「神器を封じられたギャスパーが、次に何を使うか。吸血鬼として使える能力で偵察する可能性が高い。だったら、その偵察先をこちらで用意してやればいい。ソーナはそこまで読んでたんだろうな」
「ギャスパー君を見つけてから倒し方を考えたわけじゃないんですね」
「ああ。向こうから罠へ入ってくるようにした」
私は画面へ視線を戻した。
「……怖いですね」
「レーティングゲームってのは、強い奴を並べりゃ勝てるもんじゃねぇってことだ」
アザゼル先生の言葉は、妙に納得できた。
◇
その頃、一誠と小猫さんのいる場所でも戦闘が始まっていた。
天井側から何かが飛び込んできたかと思った直後、一誠がそれを受け止める。
「匙さん?」
一誠と匙さんがぶつかり、それとほとんど同時に、小猫さんも匙さんと一緒に行動していたソーナ先輩側の眷属と戦い始める。
二つの戦闘を映像が交互に追った。
私の目は、自然と小猫さんの方へ向かう。
やっぱり、前とは違う。
小猫さんが元々強いことは知っている。小さな身体からは想像できない力で悪魔を殴り飛ばすところも、何度も見てきた。
けれど今は、ただ強く殴っているだけには見えなかった。
相手の攻撃を大きく避けすぎず、必要な分だけ身体をずらし、その動きのまま距離を詰める。拳を振り抜いた後も身体が流れず、次の一撃へ移るための姿勢が残っていて、一つ一つの動きが前よりもずっと繋がっているように見えた。
さらに、小猫さんの身体を包む力の感じまで以前とは違っていた。
「……今のは?」
「仙術だな」
アザゼル先生が答える。
「単純に殴ってるだけじゃねぇ。外からの打撃と一緒に、相手の内部へも力を通してる」
「仙術……」
少し前に聞いた話が頭に浮かんだ。
猫魈。
小猫さんが本来持っている力。
何を考えてその力を使うことにしたのかまでは、私には分からない。
黒歌と会ったことがきっかけなのか、それとも修行を続ける中で自分なりに何かを決めたのか。どちらにしても、本人にしか分からないことだ。
ただ、以前なら使うことそのものを避けていたかもしれない力を、今の小猫さんは自分の意思で戦いの中へ組み込んでいる。そのことだけは、画面越しでも分かった。
やがて相手が倒れ、小猫さんの勝利が告げられる。
私は張っていた息を少しだけ吐いた。
「……勝った」
けれど、安心している暇はなかった。
一誠と匙さんの戦いは、すでに本格的なものへ変わっていた。
◇
二人の戦いは、途中から技の見せ合いというより、互いの意地をぶつけ合うようなものになっていった。
一誠が拳を当てれば匙さんも返し、倒されればすぐに立ち上がって距離を詰め直す。どちらかが綺麗に攻撃を避け続けるような戦いではなく、お互いに相手の攻撃を受けながら、それでも自分の一撃を通そうとしている。
「一誠、禁手は使わないんですか?」
「使わないんじゃなくて、まだ使えねぇんだ」
アザゼル先生が画面に映る一誠の籠手を指した。
「完全な禁手には到達したが、今の一誠は好きな時にすぐ鎧を出せるわけじゃない。発動までに準備時間が必要になる」
「完成したからといって、何でも自由に使えるわけじゃないんですね」
「そんな都合よくはいかねぇよ。それに、出した後だって無制限に使えるわけじゃねぇ」
映像の中で、一誠がまた匙さんの攻撃を受ける。
以前だったら、一誠は丈夫だから耐えられるのだとしか思わなかったかもしれない。でも今なら、ほんの少しだけ違いが分かる。
全部を真正面から同じ場所で受けているわけではない。避けきれない攻撃でも身体をずらし、致命的になりそうな場所だけは外しながら耐えている。もちろん、それで受ける痛みそのものが消えるわけではないし、画面越しに見ても十分すぎるほど無茶な戦い方ではある。
「……前より上手くなってますね」
「一誠も二十日間、遊んでたわけじゃねぇからな」
「でも、やっぱりかなり無茶してません?」
「そこは一誠だからな」
「なるほど」
なぜか妙に納得してしまった。
それでも一誠は、ただ耐えているだけではなかった。匙さんの攻撃を受けながらも、禁手を使えるようになるまで時間を稼ぎ、少しずつ相手へ攻撃を返している。
対する匙さんも、一誠を簡単に変身させるつもりはないらしい。
二人とも何度も倒れそうになりながら、それでも離れようとはしなかった。
◇
途中、映像が立体駐車場へ切り替わった。
そこでは裕斗とゼノヴィアが、真羅椿姫さんを中心とした三人を相手に戦っている。
ゼノヴィアは相変わらず豪快だった。
一誠から借りたアスカロンまで使い、真正面から相手を押し込んでいく。その攻撃力だけを見れば、このまま力で突破できるのではないかと思うほどだった。
だからこそ、次の瞬間に起きたことへ反応が遅れた。
「ゼノヴィア!」
椿姫さんの神器が発動する。
ゼノヴィアが振るった聖属性の力が、何らかの形で利用され、そのまま本人へ返されるように炸裂した。
大きく吹き飛ばされた直後、ゼノヴィアのリタイアが告げられる。
「カウンター系の神器か」
アザゼル先生が低く呟いた。
「真正面から力で押すゼノヴィアとは、相性が悪かったな。あいつ自身が弱いわけじゃねぇが、ああいう相手は単純な火力だけじゃ押し切れん」
ゼノヴィアの姿がフィールドから消える。
残った裕斗は、一人で複数を相手にすることになった。
「裕斗……」
けれど、裕斗は止まらなかった。
一人になったことで焦っているようにも見えず、むしろ必要な相手だけを自分の間合いへ入れるように位置を変えながら、速度と剣を使って戦場そのものを組み替えていく。
一度に全員を倒そうとはしていない。
一人を追わせ、別の一人との間に距離を作り、その一瞬だけ生まれた隙へ入り込む。
その姿を見ているうちに、コカビエルとの戦いが頭をよぎった。
あの時の裕斗は、ファイズの力を使っていた。
あの力がなければ届かなかった場所へ、別の歴史に存在した力を借りて踏み込んだ。
でも、今は違う。
今見えている速度も、剣も、その動かし方も、全部裕斗自身がこの二十日間で磨いてきたものだ。
誰かに説明するほどのことではない。
ただ、その違いが少しだけ分かるようになったことが、私には嬉しかった。
やがて裕斗が二人を倒し、その間に椿姫さんは戦場から離脱する。
裕斗自身も決して無傷ではなかった。それでも剣を下ろすことなく、次の戦いへ備えて周囲を確認している。
「……すごい」
今度は素直にそう思った。
◇
一誠と匙さんの戦場へ映像が戻った時、籠手に示されていた準備時間はほとんど残っていなかった。
それに気づいたのは匙さんも同じだったらしく、それまで以上に激しく一誠へ攻撃を仕掛ける。ここで倒しきらなければ何が起こるのかを、匙さん自身も分かっているのだと思う。
一誠も殴られながら耐え、倒れかけても踏みとどまる。
そして、とうとうその時が来た。
赤い力が、一誠を中心に大きく膨れ上がった。
「……!」
その姿自体には見覚えがある。
和平会談の時、一誠は一度だけ赤い鎧を纏った。けれど、あの時は怒りによって無理やり力を引き出し、さらにアザゼル先生が用意した補助の道具まで使っていた。
今回は違う。
誰かの助けを借りて一時的に届いた形ではない。
一誠自身の力が、一誠自身の身体を赤い鎧で覆っていく。
「……本当に、自分だけで出した」
「ああ」
アザゼル先生の声には、少しだけ満足そうな響きがあった。
「これが今の一誠の《禁手》だ」
少し前、森の向こうから一気に広がってきた赤いオーラ。
あの時は結界の外から感じることしかできなかったけれど、その中心にあったものを今は自分の目ではっきり見ることができる。
《赤龍帝の鎧》。
ただし、禁手になったからといって、そこで戦いが終わるわけではなかった。
確かに一誠の力は大きく上がった。それでも匙さんは引かず、何度吹き飛ばされても立ち上がり、一誠へ食らいついていく。
拳と拳がぶつかり、何度も互いの身体を捉える。
途中から私は足の運びを見ることも、姿勢を見ることも忘れていた。
一誠が強くなったことは分かる。
匙さんがそれでも退かないことも分かる。
それ以上のことを考える余裕がなくなるほど、二人の戦いは単純で、激しかった。
「一誠……」
最後に、一誠の拳が匙さんを捉えた。
匙さんの身体が大きく揺れ、そのまま床へ倒れる。
今度こそ立ち上がることはなく、やがてリタイアのアナウンスが流れた。
私はそこで初めて、自分がかなり強く手を握っていたことに気づいた。
「……勝った」
ゆっくり息を吐く。
あれだけ苦しい戦いだったのだから、一誠もかなり消耗しているはずだ。それでも匙さんを倒し、まだゲームそのものは続いている。
これで一誠もリアス先輩たちと合流できる。
そう思った。
だから、一誠がリアス先輩たちのところへ辿り着いた時、私は少しだけ安心していたのだと思う。
◇
「……?」
その安心が崩れたのは、ほんの少し後だった。
画面の中を歩いている一誠の足取りが、どう見てもおかしい。
匙さんとの戦いの直後なのだから、疲れているのは当然だ。それでも、一歩進むたびに身体がわずかに揺れ、鎧を解除した後の顔色も妙に悪い。
「一誠……?」
何かがおかしいと思った時には、一誠の膝が崩れていた。
「一誠!」
気づけば私は席から立ち上がっていた。
画面の中ではリアス先輩たちもすぐに一誠へ駆け寄っている。
「落ち着け。まだゲーム中だ」
アザゼル先生の声で、ようやく自分が観戦室にいることを思い出した。
「でも、あれ……」
「ただの疲労じゃなさそうだな」
画面が倒れた一誠を大きく映す。
そこで、ようやく原因が分かった。
匙さんとの戦闘中、一誠へ繋がれていたライン。
ただ攻撃のために付けられていたわけではなかった。
匙さんはそれを通して、戦っている間ずっと一誠から少しずつ血液を抜き続けていたらしい。
「……ずっと、ですか?」
「ああ。殴り合いが始まってから、かなり長い間な」
アザゼル先生の説明を聞きながら、私は先ほどまでの戦いを思い返す。
一誠は殴られていた。
何度も倒され、それでも立ち続けていた。
私はその姿を見て、一誠が攻撃に耐えているのだと思っていた。
でも、本当に削られていたものはそれだけではなかった。
「じゃあ、匙さんは……自分が倒された後も、一誠が戦えなくなるように?」
「少なくとも、そうなるだけの仕込みは残したってことだな」
殴り合いには負けた。
それでも、ただ負けただけでは終わらなかった。
自分が倒れるところまで含めて、一誠を削り、リアス先輩たちの戦力を一人減らすところまで繋げていた。
「……匙さんも、ちゃんと役目を果たしたんですね」
「そういうことだ」
戦いに負けたら、そこで全部終わりだと思っていた。
でも、チームで戦うというのはそういうものではないらしい。
一人が勝つか負けるかではなく、その結果が次にどう繋がるかまで含めて戦いなのだ。
倒れた一誠は、完全に意識を失う前に何とか身体を動かし、リアス先輩へ何かを伝えようとしていた。
何をしているのか最初は分からなかったけれど、どうやら一誠が戦っている間に掴んだソーナ先輩側の作戦について、最後の力でリアス先輩へ伝えているらしい。
方法については、あまり深く考えない方がいい気がした。
少なくとも、伝えるべきことを伝え終えたところで、一誠は完全に動けなくなった。
そこで、アーシアさんが走り出した。
「アーシアさん……」
倒れた一誠へ向かって、迷うことなく駆け寄っていく。
私はその姿を見て、少しだけ安心しかけた。
アーシアさんなら治せる。
一誠がどれだけ傷ついていても、アーシアさんの力があれば回復させることができる。
私だけではない。
おそらく、リアス先輩たちもそう考えていたのだと思う。
だからこそ、その行動まで読まれていたことに気づけなかった。
「――アーシアさん!」
ソーナ先輩側の《僧侶》が動いた。
アーシアさんの回復する力が何かに干渉され、傷を癒やすはずだった力が反転するように周囲へ広がっていく。
何が起きたのかを理解するより先に、一誠とアーシアさんの身体がその力に巻き込まれた。
さらに、能力を使った相手側の《僧侶》まで同時に巻き込まれる。
直後、アナウンスが続いた。
ソーナ先輩側の《僧侶》一名。
リアス先輩側の《僧侶》であるアーシアさん。
そして、一誠。
三人が一度にリタイア。
私は反射的に一歩踏み出しかけて、そこでようやく足を止めた。
ここからフィールドへ行くことはできないし、行くべきでもない。
危険な状態になれば運営側がすぐに保護する。これは命を奪い合う戦いではなく、正式なレーティングゲームなのだから、そのための仕組みもちゃんと用意されている。
それでも、目の前でアーシアさんまで倒れるのを見れば、何もしないまま座っていることが簡単になるわけではなかった。
私はゆっくりと席へ戻り、膝の上で強く握っていた手を開く。
「……アーシアさんが一誠を治すことまで、分かってたんですね」
「ソーナちゃんらしいよ」
サーゼクスさんが、画面から目を離さないまま静かに答えた。
「相手がどんな能力を持っているかだけではなく、その人がその状況で何をするかまで考えている。一誠くんが倒れれば、アーシアちゃんが治療に向かう可能性はとても高いからね」
「ギャスパー君の時と同じ……」
「そうだね。ただ弱点を知っているだけなら、ここまで綺麗には決まらない」
ギャスパー君が神器を封じられれば、吸血鬼の能力で偵察する。
一誠が倒れれば、アーシアさんが回復へ向かう。
どちらも、考えてみればとても自然な行動だった。
ソーナ先輩たちは、その自然な行動そのものを利用している。
「……強いですね、ソーナ先輩たち」
「うん。リアスたちとは、かなり違う強さだ」
サーゼクスさんの言葉に、私は小さく頷いた。
◇
一誠とアーシアさんが同時に脱落したことで、試合の空気が一気に変わった。
リアス先輩側に残っているのは、リアス先輩、朱乃先輩、裕斗、小猫さん。
かなり人数を減らされた。
一方のソーナ先輩側も同じように戦力を失っていて、もう序盤のように何人もの眷属が別々の場所で動く余裕はなくなっている。
試合開始からそれほど時間が経ったようには感じていなかったのに、画面に残る人数を見ると、もう完全に終盤なのだと分かる。
そこで大きく映し出されたのは、朱乃先輩だった。
相手側の《僧侶》が朱乃先輩の前へ出る。
先ほどアーシアさんの回復を利用した者とは別の相手らしく、こちらも何らかの反転能力を持っているようだった。
朱乃先輩が雷を放つ。
相手は、それを待っていたように能力を発動した。
「また、返すつもり……?」
雷そのものを利用するなら、先ほどのゼノヴィアと同じように、朱乃先輩自身の力が逆に攻撃へ使われるかもしれない。
でも、次の瞬間に画面を満たした光を見て、私は目を細めた。
「……光?」
雷の中に、明らかに別のものが混ざっている。
ただ眩しいだけではない。
私でも分かるほど、今まで見てきた朱乃先輩の雷とは性質が違っていた。
「雷光だな」
アザゼル先生が答えた。
「雷だけじゃねぇ。光の力まで一緒に叩き込んでる」
「相手は、それを全部返せない?」
「能力にも限界はある。一つを反転できるからって、何でも同じように処理できるわけじゃねぇ」
雷を返そうとした相手へ、処理しきれなかった光がそのまま突き刺さる。
そこから朱乃先輩は止まらなかった。
相手が崩れた一瞬を逃さず、さらに攻撃を重ねる。
やがて相手側の《僧侶》が倒れ、リタイアが告げられた。
私は画面に映る朱乃先輩を見つめた。
今までとは違う力。
でも、どうしてその力を使うようになったのかまでは分からない。
朱乃先輩がこの二十日間で何を考えていたのかも、私は聞いていない。
だから、勝手に理由を決めることはできなかった。
ただ一つ確かなのは、朱乃先輩もまた、冥界へ来た時と同じではないということだった。
「……朱乃先輩も、変わったんですね」
「そうみたいだな」
アザゼル先生の返事を聞きながら、私は再び画面へ目を向ける。
◇
残された椿姫さんも、最後まで戦うことをやめなかった。
ソーナ先輩側の人数がほとんど残っていないことは、私にも分かる。それでも椿姫さんは退くことなく長刀を構え、そのままリアス先輩たちへ向かって最後の攻撃を仕掛けた。
迎えたのは裕斗だった。
裕斗が構えた剣を見た瞬間、私は少し目を見開く。
デュランダル、ゼノヴィアの剣だ。
ゼノヴィア本人はとっくにリタイアしている。それでも、彼女が使っていた剣はまだフィールドに残り、今は裕斗の手に握られている。
自分がいなくなった後まで役に立つものを残す。
匙さんの時とはまったく違う形だけれど、これも同じチームで戦うということなのかもしれない。
裕斗はデュランダルを構え、椿姫さんの突撃を真正面から迎える。
激しい衝突が画面いっぱいに広がった。
椿姫さんの長刀とデュランダルがぶつかり、しばらく互いの力が拮抗したように見えたけれど、最後に押し切ったのは裕斗だった。
椿姫さんの身体が大きく後ろへ崩れる。
そのままリタイアのアナウンスが流れた。
そこで、戦場に静けさが戻る。
ソーナ先輩側に残っているのは、《王》であるソーナ先輩だけだった。
一方、リアス先輩側には、リアス先輩、朱乃先輩、裕斗、小猫さんの四人が残っている。
「でも、ソーナ先輩自身はまだ戦えるんですよね?」
「もちろん」
答えたのはサーゼクスさんだった。
それなら、最後はソーナ先輩自身が戦うのだと思った。
ここまで来たのだから、《王》同士で直接決着をつけるのかもしれない。
けれど、ソーナ先輩は動かなかった。
戦場に残っている人数を確認し、リアス先輩たちを見て、そのまま静かに投了を宣言した。
「……終わるんですか?」
「ああ」
「でも、まだソーナ先輩は戦えますよね?」
私が尋ねると、サーゼクスさんはすぐには答えず、少しだけ画面の中のソーナ先輩を見つめていた。
「ミライちゃん。《王》は、自分だけを見ていればいいわけじゃないんだ」
「自分だけ……?」
「自分がまだ戦えるから続ける。それだけなら簡単だよ。でも《王》は、残っている眷属、相手側の戦力、自分たちの消耗、この先どれだけ続ければ勝つ可能性があるのかまで見なければならない」
今のソーナ先輩側には、もう眷属が残っていない。
対するリアス先輩側には四人がいる。
「ここから一人で戦って、勝てる可能性が極めて低いと判断したのなら、そこで終わらせるのも《王》の責任だ。負けを認めることと、無意味に戦い続けることは別だからね」
「……なるほど」
私はもう一度、画面の中のソーナ先輩を見る。
まだ立っている。
傷だらけで倒れているわけでもない。
それでも、自分から終わらせた。
最初は少し不思議に見えたけれど、サーゼクスさんの説明を聞けば、その選択にもちゃんと理由があることが分かる。
「それも、戦い方なんですね」
「そういうことだね」
そして、正式なアナウンスが流れた。
リアス・グレモリー眷属の勝利。
観戦室の外からも、あちこちで歓声が上がっているのが聞こえてくる。
私はようやく身体から力を抜き、深く息を吐いた。
「……勝った」
確かに、リアス先輩たちは勝った。
でも、簡単な勝利ではなかった。
ギャスパー君は最初から動きを読まれ、罠へ誘い込まれた。
ゼノヴィアは自分の強みだった聖属性を逆に利用された。
一誠は匙さんとの殴り合いには勝ったのに、その時点ですでに戦い続けられないところまで追い込まれていた。
アーシアさんも、一誠を助けようとする行動そのものを読まれていた。
リアス先輩たちの方が、一人一人の力では上だったのかもしれない。
それでも、ソーナ先輩たちは何度も、その力を正面から受けることなく別のところから崩してきた。
グレイフィアさんに戦い方を教わった最初の日、自分の身体能力が高いからといって、それだけで戦えるわけではないことを思い知らされた。
今日見たゲームも、少し似ていた。
一人がどれだけ強くても、それだけで勝敗が決まるわけではない。
誰をどこへ動かし、何を使わせ、その後に何が起こるかまで考える。
私はまだ、自分自身の戦い方すら作り始めたばかりで、こんな大人数の戦いを理解できるほど詳しいわけではない。
それでも、以前ならただ「強い」「速い」としか思わなかったものの中に、少しだけ別のものが見えるようになっていた。
それが今日、皆の戦いを見て一番強く感じたことだった。
◇
「行っておいで」
ゲームが終わり、映像が試合終了後のものへ切り替わったところで、サーゼクスさんに声をかけられた。
「え?」
「リアスたちのところだよ。VIP対応はもう十分だからね」
「……私、ほとんど隣でゲームを見ていただけですけど」
「飲み物も用意してくれたし、十分じゃないかな」
「随分自由な仕事ですね」
私が言うと、アザゼル先生が声を上げて笑った。
「いいじゃねぇか。今日は特別ってことで」
「最初からこれが目的だったんじゃないですか?」
「さて、どうだろうね」
サーゼクスさんは笑うだけで答えない。
グレイフィアさんまで含めて、最初から私をここで観戦させるつもりだったのではないかという疑いが、かなり強くなった。
でも、今さら問い詰めても仕方がない。
「ありがとうございました。とても分かりやすかったです」
「俺たちは解説役か」
「実際、かなり解説してくれたじゃないですか」
「まあな」
二人に頭を下げ、私は観戦室を出た。
◇
試合を終えた皆と、すぐに全員揃って会えたわけではなかった。
フィールドから戻ってきた者はそれぞれ検査や治療を受けることになり、特に一誠はかなりの量の血を失っていたため、すぐに動き回れる状態ではないらしい。
私が最初に会えたのは、最後までフィールドに残っていた四人だった。
「お疲れさまでした」
「ありがとう、ミライ」
リアス先輩が、疲れを隠しきれない様子ながらも笑った。
朱乃先輩も裕斗も小猫さんも、最後まで残ったからといって無傷だったわけではない。ゲームそのものは終わっているので緊張こそ薄れていたけれど、長時間戦った疲労は誰の顔にも残っていた。
私は近くに用意されていた飲み物を取り、まず四人へ渡していく。
「リアス先輩、どうぞ」
「ありがとう」
「朱乃先輩も」
「あら。ありがとうございます、ミライ」
裕斗にも渡し、小猫さんの分を持って近づく。
「小猫さんもどうぞ。まだ疲れてますよね?」
「……ありがとうございます、ミライ先輩」
「座っていた方がいいと思います」
私が近くの椅子を引くと、小猫さんは少し迷ったあと、素直に腰を下ろした。
以前なら、本人が大丈夫と言えば、それ以上は何もしなかったかもしれない。
でも今は、無理に聞き出すのではなく、その時必要そうなことを先に用意しておくくらいならできる。
本人が使うかどうかは、そのあとで決めればいい。
グレイフィアさんから教わったことが、戦い以外でも少しずつ身体に残っている。
「ミライ」
「はい?」
裕斗に呼ばれ、振り返る。
「本当に最初から見てたんだね」
「はい。サーゼクスさんとアザゼル先生の隣で」
「……すごい場所で見てたんだね」
「VIP対応だったらしいです」
「対応?」
「ほとんど解説を聞きながら座っていただけでしたけど」
裕斗が苦笑する。
「それでも、どうだった?」
「裕斗、かなり強くなってました」
「ありがとう」
「前より、どこが変わったのか少しだけ分かった気がします」
それ以上、ファイズのことまで口にする必要はない。
あの時と今日の裕斗が違うことは、私が覚えていればそれでいい。
「それなら、修行した甲斐はあったかな」
「十分あったと思います」
裕斗が少し嬉しそうに笑う。
その横では、小猫さんが静かに飲み物を口へ運んでいた。
「小猫さんも、仙術を使ってましたね」
小猫さんの手が、ほんの少しだけ止まった。
「……はい」
「私には詳しいことまでは分かりませんでした。でも、前とは違うのは分かりました」
「……そう、ですか」
「はい」
それ以上は聞かなかった。
どうして使うことにしたのか。
黒歌と会った後、何を考えたのか。
本人が話したくなった時に聞けばいい。
今はただ、小猫さん自身が選んであの力を使ったという事実だけで十分だった。
◇
その後、治療を終えた者たちも少しずつ戻ってきた。
最初に姿を見せたギャスパー君は、かなり落ち込んでいた。
「うぅ……何もできませんでした……」
「そんなことはないと思います」
「でも、最初に捕まって……」
「ソーナ先輩たちが、ギャスパー君が何をするか最初から予想していたみたいです」
「それって、余計に僕が単純だったってことじゃ……」
「そういう意味ではないです」
さらに沈みそうになったので、私はすぐに否定した。
「アザゼル先生が、ソーナ先輩たちは神器を使えないギャスパー君が何をするかまで考えて罠を作ったと言っていました。それだけ警戒されていたということでもあると思います」
「……そうなんでしょうか」
「少なくとも、何も警戒されていなかった人に、あそこまで準備はしないと思います」
ギャスパー君はしばらく考えたあと、少しだけ顔を上げた。
「……次は、もう少し頑張ります」
「はい」
それでいいと思う。
少し遅れてゼノヴィアも戻ってきた。
「見事にやられた」
第一声がそれだった。
「随分あっさり言いますね」
「実際、相性が悪かった。次に同じ相手と戦うなら、同じやり方はしない」
「もう次のこと考えてるんですか」
「当然だろう」
ゼノヴィアらしい。
でも、その横で裕斗が持ち帰ったデュランダルを見た時だけ、少し表情が変わった。
「使ったのか」
「ああ。最後にね」
「そうか」
それ以上は言わなかったけれど、少し満足そうに見えた。
アーシアさんが戻ってきた時には、私は少し安心した。
「アーシアさん」
「ミライさん。ご心配をおかけしました」
「もう大丈夫なんですか?」
「はい。少し驚きましたけど、治療していただきましたから」
笑っているのを見て、ようやく肩の力が抜ける。
「一誠は?」
「まだ休んでいます。血をかなり失ってしまったので……」
「そうですか」
試合だと分かっていても、倒れた時の一誠の顔色を思い出すと、やはり少し気になった。
でも、今は治療を受けている。
私が何度も様子を見に行ったところで、回復が早くなるわけではない。
だから待つことにした。
◇
一誠がようやく姿を見せたのは、それから少し経ってからだった。
まだ顔色は完全には戻っていない。
それでも、自分の足で歩いている。
「一誠」
「おう」
「もう動いて大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。血も補ってもらったし、傷も治してもらったからな」
「本当に?」
「なんだよ、その疑いの目は」
「一誠は大丈夫じゃなくても大丈夫って言いそうなので」
「俺の信用どうなってんだよ!」
声を出せるくらいには元気らしい。
少し安心して、一誠が座れるように椅子を引き、飲み物を渡す。
一誠はそれを受け取ったところで、私の動きを不思議そうに見た。
「……ミライ」
「何ですか?」
「お前、本当にメイドになってない?」
「なってません」
「いや、今の動き完全にメイドだろ。俺が何も言ってないのに椅子出して飲み物まで渡してるぞ」
「修行しましたので」
「戦闘の?」
「両方です」
「なんで戦闘とメイドを同時に修行してんだよ……」
「私も最初はこうなる予定ではなかったんですけど」
「そこから説明が必要なんだよ」
疲れているはずなのに、一誠はいつも通りだった。
その様子がおかしくて、私も少し笑う。
「それより、一誠」
「ん?」
「匙さんとの戦い、すごかったです」
「見てたのか?」
「最初から最後まで」
「うわ……なんか恥ずかしいな」
「どうしてですか?」
「あんな泥臭い殴り合い、改めて見られてたって言われるとな……」
「でも、勝ったじゃないですか」
「まあな」
一誠が少しだけ得意そうに笑う。
でも私は、続けて聞いた。
「血を抜かれていたのは、気づいてたんですか?」
一誠の笑みが少し引きつる。
「……途中から、なんか変だとは思ってた」
「つまり、ほとんど気づいてなかったんですね」
「仕方ねぇだろ! あんな殴り合いやってる最中に、自分の血がどれくらい減ってるかなんて分かるか!」
「それはそうですけど」
「お前までアザゼル先生みたいなこと言うなよ」
でも、匙さんが倒れた後に一誠まで倒れた時は、本当に驚いた。
勝負に勝つことと、ゲームの中で役目を果たすことは必ずしも同じではない。
そのことを今日の試合で一番分かりやすく教えてくれたのは、匙さんだったのかもしれない。
◇
全員がある程度落ち着いたところで、リアス先輩が皆を見回した。
「まずは、みんなお疲れさま。そして――勝てたことは、本当に嬉しいわ」
一誠たちの表情が少し明るくなる。
それでも、リアス先輩はそこで話を終わらせなかった。
「ただ、反省しなければならないところも多いわね」
誰も否定しなかった。
ギャスパー君は早い段階で作戦を読まれて脱落した。
ゼノヴィアは相手の神器との相性に苦しみ、一誠も匙さんを倒しながら最後には動けなくなった。
さらに、その一誠を助けようとしたアーシアさんまで読まれていた。
「勝ったから全部良かった、とは言えないわ。でも、だからこそ今日のゲームには意味があったと思う」
「次はもっと上手くやればいいってことですよね?」
一誠が言う。
リアス先輩は少し笑った。
「ええ。そういうことよ」
私はその会話を聞きながら、改めて皆を見た。
冥界へ来た時と、同じではない。
一誠は、自分の力だけで完全な《禁手》へ到達した。
裕斗は、この二十日間で磨いた自分自身の戦い方を見せた。
小猫さんは、仙術を使った。
朱乃先輩も、これまでとは違う《雷光》を使っていた。
途中で脱落した皆だって、何もできなかったわけではない。
ギャスパー君は偵察をしようとしていたし、ゼノヴィアが残したデュランダルは最後まで使われた。アーシアさんも、一誠を助けるために迷わず動いた。
勝った人と負けた人。
最後まで残った人と途中で脱落した人。
結果だけを並べれば違って見える。
でも、今日のゲームで皆がこの二十日間に積み重ねてきたものは、ちゃんと見えた。
以前の私なら、その違いを全部「強くなった」で終わらせていたかもしれない。
けれど今は、ほんの少しだけ違う。
立ち方。
足の運び。
攻撃の受け方。
相手をどう動かすか。
そして、一人で勝つのではなく、誰かが残したものを次の誰かへ繋げること。
まだ私には分からないことの方が圧倒的に多い。
サーゼクスさんやアザゼル先生の説明がなければ、ソーナ先輩たちが何をしていたのか理解できなかった場面もたくさんあった。
それでもいいのだと思う。
十日前の私は、戦い方そのものを知らなかった。
今は、少しだけ見ることができる。
だったら、次はもう少し分かるようになればいい。
「皆さん」
声をかけると、一誠たちがこちらを見る。
リアス先輩も、朱乃先輩も、裕斗も、小猫さんも、アーシアさんも、ゼノヴィアも、ギャスパー君も。
少し疲れていて、それでもどこか満足そうな顔をしている。
「お疲れさまでした」
一瞬だけ静かになったあと、一誠がいつもの調子で笑った。
「おう!」
それをきっかけに、皆からそれぞれ返事が返ってくる。
リアス先輩とソーナ先輩のレーティングゲームは、リアス先輩たちの勝利で終わった。
でも、今日見たものは、勝ったという結果だけではなかった。
そのことを、私はきっとしばらく忘れないと思う。
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