42刻 青春は続いていく
夏休みが終わった。
そう言葉にすると簡単だけれど、今年の夏は、ずいぶん長かったような気がする。
冥界へ行って、グレモリー家のお屋敷に泊まり、グレイフィアさんからメイドとしての仕事を教わった。最初は食器の扱い方や掃除の仕方を覚えていただけだったはずなのに、気がつけばモップを持って戦う方法まで身につけていたのだから、改めて考えてみても随分と変わった夏休みだったと思う。
それより少し前まで遡れば、モモタロスさんたちもいた。
ほんの一か月ほど一緒に暮らしただけなのに、彼らが帰ったあとの時計店は、以前よりもずっと静かに感じられるようになった。
けれど今朝は、その静けさもそれほど嫌ではなかった。
鏡の前で久しぶりに着た制服の襟を整え、鞄を肩に掛ける。店の中では、大小さまざまな時計がいつもと変わらない音を刻み、壁掛け時計の振り子が一定の間隔で左右に揺れている。
一通り店内を確認してから玄関へ向かい、靴を履いた。
「行ってきます」
返事はない。
お爺さんが亡くなってからは、これがいつものことだった。
それでも今日は、扉の向こうに行く場所がある。
学校へ行けば、一誠たちがいる。リアス先輩も、朱乃先輩も、裕斗も、小猫さんも、アーシアさんも、ゼノヴィアも、ギャスパー君もいる。
そう考えながら時計店の鍵を閉めると、久しぶりに制服で学校へ向かうことも、悪くないように思えた。
◇
「天童、免許どうだった?」
二学期最初のホームルームが終わって間もなく、前の席に座っていたクラスメイトが振り返ってそう聞いてきた。
「免許?」
「バイクのだよ。夏休みに取るって言ってただろ?」
「ああ」
言われて思い出した。
確かに夏休みへ入る前、何人かにはそんな話をしていた。
「取れましたよ」
「おお、マジで?」
「はい」
その会話を聞きつけたらしく、近くにいた別のクラスメイトまでこちらへ寄ってくる。
「じゃあ、もうバイク乗ってんの?」
「……一応」
「何乗ってるんだ?」
その質問には、少し困った。
正直に説明するわけにはいかない。
冥界の技術者たちが最高級の素材を使って作り上げた、普通の公道用バイクとは比較にならない性能を持つ車両で、しかも私がその気になればアストラノヴァへ分解・再構築することまでできる。
そんな説明をしたところで、冗談だと思われるだけならまだいい方だろう。
「知り合いから譲ってもらったものです」
「へえ、中古?」
「……分類するなら、たぶん違います」
「じゃあ新車?」
「それも、少し違うような……」
「なんだそれ」
笑われた。
自分でもどう説明すればいいのか分からないので、仕方がない。
「今度乗ってこいよ」
「学校にですか?」
「せっかく免許取ったんだろ?」
「機会があれば」
スターゲイザーは人間界でも正式に登録できるよう調整されているので、学校まで乗ってこようと思えば乗ってこられる。
ただ、あの白い車体に鮮やかなラインが入ったバイクを駐輪場へ置いたら、かなり目立つ気がした。
「それで、他には夏休み何してたんだ?」
「知り合いの家で、お手伝いをしていました」
「バイト?」
「似たようなものですね」
これも嘘ではない。
グレモリー家で働いた分については、きちんと対価まで受け取っている。
ただ、その手伝いの途中で冥界でも最大級のパーティーへ給仕に出たり、悪魔の《女王》と何日も戦闘訓練をしたり、最終的にはモップを武器として扱う方法まで覚えたりしたことは、説明しなくてもいいだろう。
「天童って夏休みも真面目なんだな」
「……そうでしょうか」
少なくとも、夏休みへ入る前に想像していた過ごし方とはかなり違った。
けれど、嫌だったわけではない。
そんなことを話しているうちに次の授業を知らせるチャイムが鳴り、教室のあちこちで話していた生徒たちが、それぞれの席へ戻っていった。
ようやく、二学期が始まったのだという実感が湧いてきた。
◇
昼休みになると、一誠から少し意外な話を聞かされた。
「イリナが転校してきた」
「……イリナさんが?」
「ああ。それも俺たちのクラス」
一誠の横では、アーシアさんが嬉しそうに頷いている。
「私も驚きました。朝、突然紹介されたので」
「ずいぶん急ですね」
「俺も理由まではまだ聞いてないんだ。詳しい話は放課後、部室でするってさ」
そういうことなら、おそらく裏側の事情があるのだろう。
ただ一誠やゼノヴィアに会いたくなったから駒王学園へ転校してきた、というだけではなさそうだった。
◇
放課後、オカルト研究部の部室へ向かうと、すでにほとんどのメンバーが揃っていた。
そして、その中には見慣れた顔が、見慣れない制服姿で座っている。
「ミライちゃん!」
「お久しぶりです、イリナさん」
駒王学園の制服を着たイリナさんが、元気よくこちらへ手を振った。
以前会った時とは服装が違うだけなのに、それだけで随分と印象が変わって見える。隣に座っているゼノヴィアは、そんな幼馴染の様子をどこか呆れたように眺めていた。
「これからよろしくね!」
「こちらこそ。……それで、どうして急にこちらへ?」
「それについては私から説明するわ」
リアス先輩が話を引き継いだ。
三大勢力の和平が成立したことで、駒王町は以前にも増して重要な場所になっているらしい。悪魔、堕天使、天使、それぞれが協調していくうえで、この町は一種のモデルケースにもなっている。
そのため天界側からも、正式な連絡役兼支援役を置くことになった。
その役目を担うのがイリナさんらしい。
「なるほど」
「あとね、ミライちゃん。私、ちょっと変わったんだよ」
「変わった?」
そう言われても、見た目に大きな違いはない。
首を傾げる私の前で、イリナさんは少し得意そうに胸を張った。
「私、転生天使になったの!」
「…………」
一度、言葉の意味を頭の中で組み立て直す。
「……天使も、転生するんですか?」
「するようになったのよ」
答えたのはアザゼル先生だった。
悪魔の《悪魔の駒》や、堕天使側で研究されていた転生技術などを参考にして、天界でも新しい仕組みが整えられつつあるらしい。
もちろん悪魔とまったく同じ仕組みではないらしいけれど、もともと人間だった者を天使へ転生させるという点では似ている。
「和平が成立した以上、それぞれ昔のやり方だけにこだわる必要もないからな」
「……ずいぶん変わるものなんですね」
三大勢力が争っていた頃なら、考えることすら難しかった仕組みなのだろう。
けれど今では、悪魔の学校へ転生天使が通い、その学校で堕天使の総督が教師をしている。
改めて考えると、とても奇妙な学校だった。
「それで、住むところなんだけど」
イリナさんが話を続ける。
「一誠くんのお家にお世話になることになりました!」
「……また増えるんですか?」
「その言い方やめろ!」
一誠が即座に反応した。
「でも事実では?」
「事実だけど!」
アーシアさんが困ったように笑い、ゼノヴィアは腕を組みながら当然のように頷いている。
以前の兵藤家を知っている身としては、あの家が最終的にどこまで人数を受け入れることになるのか、少しだけ気になった。
◇
二学期が始まって数日が経つと、学校全体が今度は体育祭の準備で騒がしくなり始めた。
授業が終わればグラウンドへ出て競技の練習をしたり、クラスごとに必要な道具を運んだりする。私も自分のクラスで用具を運びながら、慣れない体育祭の準備に参加していた。
特別なことは何もない。
机を運ぶために時間を操る必要もなければ、テントを立てるためにアストラノヴァを作る必要もない。
誰かと声を掛け合って、普通に運べばそれで済む。
そんな当たり前の作業をしている途中、グラウンドの向こうから聞き慣れた声が飛んできた。
「アーシア! 右、右!」
「はい!」
「そっちじゃなくて俺の右!」
「えっ!? きゃっ!」
二人が揃って大きくよろめく。
危うく地面へ倒れそうになったところを一誠がどうにか踏ん張り、二人とも転ばずに済んだ。
「……何をしているんですか、あの二人は」
よく見ると、二人の足首は一本の布で結ばれている。
二人三脚らしい。
どうやら一誠とアーシアさんは同じ競技へ出ることになったようだった。
「一誠、アーシアさん」
「あ、ミライ!」
「ミライさん!」
こちらに気づいた二人が練習を止める。
「二人三脚ですか?」
「そうなんだよ。アーシアとペアになってさ」
「難しいですけれど、とても楽しいです」
アーシアさんはそう言って笑った。
額にはうっすら汗が浮かび、慣れない運動のせいか頬も少し赤くなっている。それでも、その表情は本当に楽しそうだった。
「本番までに、もう少し息を合わせた方がよさそうですね」
「俺は合わせてるぞ」
「さっき転びかけたのは?」
「あれはアーシアが――」
「一誠さんが急に右と言うからです!」
「だから俺の右って――」
二人が言い合いを始める。
けれど途中でアーシアさんの方が耐えきれなくなったように笑いだし、一誠もそれ以上は何も言えなくなった。
私もつられて笑う。
アーシアさんには、いろいろなことがあった。
教会を追われ、堕天使に利用され、一度は命まで失った。
それでも今は制服を着て、学校のグラウンドで体育祭の練習をしている。
アーシアさんが今の生活をどう思っているのか、そのすべてを私が知っているわけではない。
ただ少なくとも、今ここで笑っている彼女が楽しそうだということだけは、私にも分かった。
◇
練習が終わる頃には、空が少しずつ夕方の色へ変わっていた。
校舎からはまだ生徒たちの声が聞こえ、グラウンドのあちこちでは最後まで残ったクラスが片付けを続けている。
夏休みも楽しかった。
冥界で過ごした時間も、モモタロスさんたちと過ごした時間も、私にとっては大切なものだった。
けれど、こうして制服を着て学校へ来て、誰かと話して、放課後になれば部室へ行き、くだらないことで笑う時間も、いつの間にか私の日常になっている。
特別なことではないから、普段はいちいち考えたりもしない。
きっと、それでいいのだと思う。
「ミライー! 帰ろうぜ!」
遠くから一誠の声が聞こえた。
振り向けば、一誠の隣にはアーシアさんがいて、その少し後ろをゼノヴィアとイリナさんが歩いている。
「今行きます」
鞄を持ち直して、私は彼らのところへ向かった。
二学期は、まだ始まったばかりだった。
ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。
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Vol.1 対策委員会編 1&2章
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Vol.1 対策委員会編 3章
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Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編
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Vol.3 エデン条約編 1&2章
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Vol.3 エデン条約編 3&4章
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Vol.4 カルバノグの兎編
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Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
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Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
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Vol.5 百花繚乱編
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Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
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Vol.EX デカグラマトン編
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第2部 Vol.EX ロア追跡編
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第2部 Vol.1 炎と影編
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第2部 Vol.2 オデュッセイア編
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メインストーリーをほとんど知らない
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ブルアカ未プレイ