止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第43刻 元聖女と悪魔

 放課後のオカルト研究部では、最近になって少し変わったものを見る機会が増えていた。

 今日、部室の中央に置かれたモニターへ映し出されているのも、その一つだ。

 広大なフィールドを悪魔たちが縦横に駆け回り、魔力をぶつけ合っている。これは現在進行形の試合ではなく、少し前に行われた若手悪魔たちのレーティングゲームを記録した映像らしい。

 

「これが、若手悪魔のレーティングゲームですか」

 

「ええ。これから私たちも同じ舞台に立つことになるでしょうし、他の若手悪魔がどんな戦い方をするのか知っておいて損はないわ」

 

 リアス先輩の説明に頷きながら、改めて画面へ目を向ける。

 冥界にいた時にも若手悪魔のゲームについて話を聞くことはあったけれど、こうして他の眷属同士の戦いを落ち着いて見るのは初めてだった。

 

「おおっ!」

 

 隣で一誠が身を乗り出す。

 画面の中では、大柄な男性が相手の攻撃を真正面から受け止め、その勢いにも怯まず距離を詰めていた。

 

 次の瞬間、振り抜かれた拳が相手を捉える。

 派手な魔術が炸裂したわけではない。それなのに、殴られた悪魔は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、そのまま地面を何度も転がっていった。

 

「……強いですね」

 

「サイラオーグ・バアルよ」

 

 リアス先輩の声音には、よく知る人物について話しているような響きがあった。

 

「バアル家の次期当主候補の一人で、私の従兄でもあるわ」

 

「リアス先輩の従兄なんですか?」

 

「ええ」

 

 もう一度、サイラオーグさんを見る。

 相手の攻撃を避けることもあるけれど、多少の攻撃ならそのまま受け切って前へ進み、接近すれば自分の肉体そのものを武器にして敵を崩していく。

 何か特殊な能力を連発しているようには見えない。

 

 ただ、本人そのものが強かった。

 映像越しだというのに、もし自分があの人の正面へ立っていたらと考えるだけで、あまり近づきたくないと思ってしまう。

 怖いというより、正面から戦いたくない。

 

 その感覚には覚えがあった。

 ……少しだけ、ヒナさんを思い出す。

 もちろん、見た目も戦い方もまるで違う。それでも、そこに立っているだけで「この人は強い」と分からせるところだけは、どこか似ている気がした。

 

「ミライ?」

 

 一誠に呼ばれて、画面から視線を外す。

 

「どうした?」

 

「……いえ。少し、知っている人を思い出しただけです」

 

「そいつもあんな感じなのか?」

 

「似ているわけではありませんよ」

 

 それ以上は説明せず、再びモニターへ視線を戻した。

 ちょうどその時、サイラオーグさんが相手の攻撃を突破し、再び懐へ潜り込んだところだった。

 

「でも、バアル家って確か……」

 

 一誠が何かを思い出したらしく、リアス先輩を見る。

 

「《滅びの力》だったよな?」

 

「そうよ。バアル家に伝わる特色の一つね」

 

 リアス先輩の手のひらに、赤黒い魔力が小さく灯る。

 何度も見たことのある《滅びの力》だ。

 

「じゃあ、サイラオーグさんも?」

 

「いや」

 

 答えたのはアザゼル先生だった。

 

「サイラオーグには発現しなかった」

 

「……え?」

 

 一誠だけではなく、私も思わず先生を見る。

 

「バアル家の純血悪魔として生まれたが、一族の特色である《滅びの力》を得られなかったんだ。むしろ強く受け継いだのは、従兄妹にあたるグレモリー兄妹の方だった」

 

 そう言われてリアス先輩を見たあと、私はもう一度画面へ目を戻した。

 

「では……あの強さは?」

 

「鍛えたのさ」

 

 アザゼル先生は簡単に言った。

 

「《滅びの力》がなかったから、自分の身体を鍛えた。魔力に恵まれなかった分まで、徹底的にな」

 

「それだけで、あそこまで……」

 

「その『それだけ』を、普通じゃないところまでやった結果だ」

 

 画面の中で、また一人相手が倒れる。

 持っていなかったものを嘆くだけではなく、自分にできることを積み重ね続けて、あそこまで強くなった。

 それは素直に、すごいと思った。

 生まれた時に何を持っていたかだけで、その人の行く先がすべて決まるわけではないのだろう。

 私は先ほどより少しだけ違う気持ちで、画面の中のサイラオーグさんを見つめていた。

 

     ◇

 

 次に映し出されたのは、別のレーティングゲームだった。

 アガレス家の眷属と、それに相対する若手悪魔たち。その中心に立っている青年を見ながら、リアス先輩が名前を口にする。

 

「ディオドラ・アスタロト」

 

 アスタロト家の若手悪魔。

 この試合も、結果だけを見ればディオドラ側の勝利だった。

 ただ、先ほどのサイラオーグさんとは、見ていて受ける印象が妙に違う。

 もちろん、戦い方そのものが違うのだから同じに見えるはずはない。それでも何となく引っかかるものがあった。

 

 サイラオーグさんの場合、あれだけ強い理由を聞けば納得できた。

 長い時間をかけて身体を鍛えた。

 だから強い。

 単純だけれど、それだけに分かりやすい。

 けれど、ディオドラという青年にはそれがない。

 

 強いこと自体は映像を見れば分かる。以前の彼を知らない私には、どれほど成長したのかまでは判断できないものの、その力がどこか本人に馴染んでいないように感じられた。

 もちろん、ただの印象でしかない。

 

「……やっぱり妙だな」

 

 アザゼル先生の声に、私はそちらを向いた。

 先生も腕を組み、難しい顔で映像を眺めている。

 

「何がですか?」

 

 一誠が尋ねる。

 

「ディオドラだよ。以前より、かなり強くなっている」

 

「強くなるのは普通じゃないんですか?」

 

「もちろんだ。若手なんだから伸びること自体は珍しくない。修行もするし、眷属も鍛える。ゲームを経験すれば成長だってするさ」

 

 そこで一度言葉を切り、アザゼル先生は画面へ目を細めた。

 

「ただ、こいつの場合は少し伸び方が急なんだよな」

 

「私も以前のディオドラを知っているけれど……」

 

 リアス先輩も映像を見ながら、わずかに眉を寄せる。

 

「確かに、ここまでだったかしら」

 

「だろ?」

 

「何か特別な修行でもしたんですかね?」

 

 一誠の問いに、アザゼル先生は肩をすくめた。

 

「そこまでは分からん。証拠もないのに不正だ何だと決めつけるわけにもいかないしな。ただ、ちょっと気になるってだけだ」

 

 どうやら、私だけが妙に感じていたわけではないらしい。

 もう一度モニターを見ると、勝利した眷属たちを従えたディオドラが静かに立っている。

 

「ディオドラ・アスタロト、ですか……」

 

 私がそう呟いた直後だった。

 部室の床に、突然光が走った。

 

「っ!」

 

 一誠たちが一斉に反応する。

 見慣れない紋様を描いた魔法陣が床いっぱいに広がり、中心から魔力が立ち上る。

 やがて光が収まると、そこには一人の青年が立っていた。

 先ほどまでモニターの中にいた人物。

 ディオドラ・アスタロト本人だった。

 

「どうやら、私の話をしていたようですね」

 

 そう言って、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ディオドラ」

 

 リアス先輩がわずかに目を細めた。

 映像で見るのと、実際に目の前に立っているのとでは、やはり印象が違う。

 立ち振る舞いは丁寧で、名門の悪魔らしい落ち着きもある。

 それでも、映像を見ていた時から感じていた違和感が消えることはなかった。

 

     ◇

 

「突然訪ねてしまい申し訳ありません、リアス・グレモリー」

 

「構わないわ。それで、今日はどうしたの?」

 

「少々、お願いしたいことがありまして」

 

 ディオドラさんはそう答えると、部室の中をゆっくり見回した。

 そして、その視線が一人のところで止まる。

 アーシアさんだった。

 

「あなたの《僧侶》についてです」

 

 その一言で、部室の空気がわずかに変わった。

 

「……アーシア?」

 

 一誠の声が低くなる。

 

「ええ。私の《僧侶》と、あなたの《僧侶》――アーシア・アルジェントを交換していただきたい」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 ……アーシアさんを?

 

「断るわ」

 

 リアス先輩の返事は早かった。

 考える様子すらない。

 

「アーシアをトレードするつもりはない」

 

「条件については――」

 

「条件の問題ではないの」

 

 リアス先輩の声は静かだったけれど、その意思ははっきりしていた。

 

「アーシアは私の大切な眷属よ。それだけじゃない。仲間で、私にとっては妹のような子でもあるわ。ゲームの駒として交換するつもりなんてない」

 

 アーシアさんが、少し驚いたようにリアス先輩を見る。

 その表情は、すぐに柔らかなものへ変わった。

 

「そうですか」

 

 ディオドラさんは残念そうに答える。

 それで終わるのかと思ったけれど、そうではなかった。

 

「ですが、私が彼女を望んでいるのは、ゲームのためだけではありません」

 

 その視線が再びアーシアさんへ向く。

 

「私は、アーシア・アルジェントを愛しています」

 

「は?」

 

 一誠から素っ頓狂な声が漏れた。

 

「できることなら、彼女を妻として迎えたいとも考えています」

 

 今度こそ、部室の空気が完全に固まった。

 ゼノヴィアの眉間にも深い皺が寄る。

 私も黙ってディオドラさんを見る。

 最初に《僧侶》同士の交換を持ちかけておいて、その直後に愛していると言われても、どうにも話が噛み合っていない。

 

「おかしいわね」

 

 リアス先輩も同じことを感じたらしい。

 

「愛していて、妻にしたいと思っている女性を、あなたは最初に《僧侶》同士のトレードで手に入れようとしたの?」

 

「それは――」

 

「少なくとも、私には愛する相手への扱いには思えないわ」

 

 一誠は何も言わず、ディオドラさんを睨みつけている。

 その隣では、アーシアさんが困惑した表情を浮かべていた。

 ディオドラさんは少し考えたあと、今度はリアス先輩ではなく、アーシアさん本人へ向き直る。

 

「アーシア」

 

「……はい」

 

「私は以前から、あなたのことを――」

 

 そう言いながら、ディオドラさんが一歩近づいた。

 その瞬間、考えるより先に身体が動いた。

 アーシアさんとの間へ入ろうとして、足を止める。

 一誠も同じように動きかけていた。

 けれど、そのどちらよりも先にアーシアさん自身が一歩前へ出たからだ。

 

「ディオドラさん」

 

 いつもの彼女より、少し強い声だった。

 

「お気持ちは嬉しいです。でも……私は、あなたのところへ行くつもりはありません」

 

「ですが――」

 

「私は今の生活が好きです」

 

 アーシアさんは、はっきりと言い切った。

 

「リアスお姉さまも、一誠さんも、ゼノヴィアさんも、皆さんも……私にとって、とても大切な人たちです。ここを離れるつもりはありません」

 

 その言葉を聞いて、数日前の体育祭の練習を思い出す。

 一誠と足を結び、何度も転びそうになりながら、それでも楽しそうに笑っていたアーシアさん。

 あの時は、ただ楽しそうだと思っただけだった。

 

 今度は、本人の口から聞くことができた。

 アーシアさんは、この場所を自分の居場所だと思っている。

 ディオドラさんが何かを言おうとした、その時だった。

 乾いた音が部室に響いた。

 アーシアさんの手が、ディオドラさんの頬を打っていた。

 

「……ごめんなさい。でも、私は行きません」

 

 そう言ってアーシアさんは後ろへ下がり、一誠たちの側へ戻ってくる。

 私はそこでようやく、無意識のうちに肩へ入っていた力を抜いた。

 

     ◇

 

 その後の話は、思っていた以上に大きなものになった。

 最終的に決まったのは、レーティングゲーム。

 リアス・グレモリー眷属と、ディオドラ・アスタロト眷属。

 五日後、両者が正式に戦うことになった。

 

「では、当日を楽しみにしています」

 

 ディオドラさんは最後まで大きく態度を崩すことなく、再び魔法陣を展開した。

 光がその身体を包み、やがて完全に姿が消える。

 それを確認した途端、一誠が大きく息を吐いた。

 

「……なんなんだよ、あいつ」

 

「気に入らないわね」

 

 ゼノヴィアも隠すことなく言う。

 リアス先輩は何も答えなかったけれど、その表情が穏やかでないことだけは分かった。

 私はアーシアさんを見る。

 

「アーシアさん、大丈夫ですか?」

 

「はい」

 

 少しだけ疲れたようには見えたものの、それでもアーシアさんはしっかり頷いた。

 

「大丈夫です、ミライさん」

 

 その隣には一誠がいる。

 私はそれ以上、何も聞かなかった。

 ふと部室のモニターへ目を向ける。

 映像は途中で止められたままで、そこにはゲーム中のディオドラ・アスタロトが映っていた。

 映像を見ていた時に感じた、あの妙な違和感。

 直接会えば何か違って見えるのかもしれないと思ったけれど、そうはならなかった。

 むしろ、少し強くなったような気さえする。

 理由は分からない。

 

 ただ、一つだけ言えることがあるとすれば――

 私は、あの人を好きにはなれそうになかった。

 五日後。

 リアス先輩たちは、ディオドラ・アスタロトの眷属と戦うことになった。

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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