放課後のオカルト研究部では、最近になって少し変わったものを見る機会が増えていた。
今日、部室の中央に置かれたモニターへ映し出されているのも、その一つだ。
広大なフィールドを悪魔たちが縦横に駆け回り、魔力をぶつけ合っている。これは現在進行形の試合ではなく、少し前に行われた若手悪魔たちのレーティングゲームを記録した映像らしい。
「これが、若手悪魔のレーティングゲームですか」
「ええ。これから私たちも同じ舞台に立つことになるでしょうし、他の若手悪魔がどんな戦い方をするのか知っておいて損はないわ」
リアス先輩の説明に頷きながら、改めて画面へ目を向ける。
冥界にいた時にも若手悪魔のゲームについて話を聞くことはあったけれど、こうして他の眷属同士の戦いを落ち着いて見るのは初めてだった。
「おおっ!」
隣で一誠が身を乗り出す。
画面の中では、大柄な男性が相手の攻撃を真正面から受け止め、その勢いにも怯まず距離を詰めていた。
次の瞬間、振り抜かれた拳が相手を捉える。
派手な魔術が炸裂したわけではない。それなのに、殴られた悪魔は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、そのまま地面を何度も転がっていった。
「……強いですね」
「サイラオーグ・バアルよ」
リアス先輩の声音には、よく知る人物について話しているような響きがあった。
「バアル家の次期当主候補の一人で、私の従兄でもあるわ」
「リアス先輩の従兄なんですか?」
「ええ」
もう一度、サイラオーグさんを見る。
相手の攻撃を避けることもあるけれど、多少の攻撃ならそのまま受け切って前へ進み、接近すれば自分の肉体そのものを武器にして敵を崩していく。
何か特殊な能力を連発しているようには見えない。
ただ、本人そのものが強かった。
映像越しだというのに、もし自分があの人の正面へ立っていたらと考えるだけで、あまり近づきたくないと思ってしまう。
怖いというより、正面から戦いたくない。
その感覚には覚えがあった。
……少しだけ、ヒナさんを思い出す。
もちろん、見た目も戦い方もまるで違う。それでも、そこに立っているだけで「この人は強い」と分からせるところだけは、どこか似ている気がした。
「ミライ?」
一誠に呼ばれて、画面から視線を外す。
「どうした?」
「……いえ。少し、知っている人を思い出しただけです」
「そいつもあんな感じなのか?」
「似ているわけではありませんよ」
それ以上は説明せず、再びモニターへ視線を戻した。
ちょうどその時、サイラオーグさんが相手の攻撃を突破し、再び懐へ潜り込んだところだった。
「でも、バアル家って確か……」
一誠が何かを思い出したらしく、リアス先輩を見る。
「《滅びの力》だったよな?」
「そうよ。バアル家に伝わる特色の一つね」
リアス先輩の手のひらに、赤黒い魔力が小さく灯る。
何度も見たことのある《滅びの力》だ。
「じゃあ、サイラオーグさんも?」
「いや」
答えたのはアザゼル先生だった。
「サイラオーグには発現しなかった」
「……え?」
一誠だけではなく、私も思わず先生を見る。
「バアル家の純血悪魔として生まれたが、一族の特色である《滅びの力》を得られなかったんだ。むしろ強く受け継いだのは、従兄妹にあたるグレモリー兄妹の方だった」
そう言われてリアス先輩を見たあと、私はもう一度画面へ目を戻した。
「では……あの強さは?」
「鍛えたのさ」
アザゼル先生は簡単に言った。
「《滅びの力》がなかったから、自分の身体を鍛えた。魔力に恵まれなかった分まで、徹底的にな」
「それだけで、あそこまで……」
「その『それだけ』を、普通じゃないところまでやった結果だ」
画面の中で、また一人相手が倒れる。
持っていなかったものを嘆くだけではなく、自分にできることを積み重ね続けて、あそこまで強くなった。
それは素直に、すごいと思った。
生まれた時に何を持っていたかだけで、その人の行く先がすべて決まるわけではないのだろう。
私は先ほどより少しだけ違う気持ちで、画面の中のサイラオーグさんを見つめていた。
◇
次に映し出されたのは、別のレーティングゲームだった。
アガレス家の眷属と、それに相対する若手悪魔たち。その中心に立っている青年を見ながら、リアス先輩が名前を口にする。
「ディオドラ・アスタロト」
アスタロト家の若手悪魔。
この試合も、結果だけを見ればディオドラ側の勝利だった。
ただ、先ほどのサイラオーグさんとは、見ていて受ける印象が妙に違う。
もちろん、戦い方そのものが違うのだから同じに見えるはずはない。それでも何となく引っかかるものがあった。
サイラオーグさんの場合、あれだけ強い理由を聞けば納得できた。
長い時間をかけて身体を鍛えた。
だから強い。
単純だけれど、それだけに分かりやすい。
けれど、ディオドラという青年にはそれがない。
強いこと自体は映像を見れば分かる。以前の彼を知らない私には、どれほど成長したのかまでは判断できないものの、その力がどこか本人に馴染んでいないように感じられた。
もちろん、ただの印象でしかない。
「……やっぱり妙だな」
アザゼル先生の声に、私はそちらを向いた。
先生も腕を組み、難しい顔で映像を眺めている。
「何がですか?」
一誠が尋ねる。
「ディオドラだよ。以前より、かなり強くなっている」
「強くなるのは普通じゃないんですか?」
「もちろんだ。若手なんだから伸びること自体は珍しくない。修行もするし、眷属も鍛える。ゲームを経験すれば成長だってするさ」
そこで一度言葉を切り、アザゼル先生は画面へ目を細めた。
「ただ、こいつの場合は少し伸び方が急なんだよな」
「私も以前のディオドラを知っているけれど……」
リアス先輩も映像を見ながら、わずかに眉を寄せる。
「確かに、ここまでだったかしら」
「だろ?」
「何か特別な修行でもしたんですかね?」
一誠の問いに、アザゼル先生は肩をすくめた。
「そこまでは分からん。証拠もないのに不正だ何だと決めつけるわけにもいかないしな。ただ、ちょっと気になるってだけだ」
どうやら、私だけが妙に感じていたわけではないらしい。
もう一度モニターを見ると、勝利した眷属たちを従えたディオドラが静かに立っている。
「ディオドラ・アスタロト、ですか……」
私がそう呟いた直後だった。
部室の床に、突然光が走った。
「っ!」
一誠たちが一斉に反応する。
見慣れない紋様を描いた魔法陣が床いっぱいに広がり、中心から魔力が立ち上る。
やがて光が収まると、そこには一人の青年が立っていた。
先ほどまでモニターの中にいた人物。
ディオドラ・アスタロト本人だった。
「どうやら、私の話をしていたようですね」
そう言って、穏やかな笑みを浮かべる。
「ディオドラ」
リアス先輩がわずかに目を細めた。
映像で見るのと、実際に目の前に立っているのとでは、やはり印象が違う。
立ち振る舞いは丁寧で、名門の悪魔らしい落ち着きもある。
それでも、映像を見ていた時から感じていた違和感が消えることはなかった。
◇
「突然訪ねてしまい申し訳ありません、リアス・グレモリー」
「構わないわ。それで、今日はどうしたの?」
「少々、お願いしたいことがありまして」
ディオドラさんはそう答えると、部室の中をゆっくり見回した。
そして、その視線が一人のところで止まる。
アーシアさんだった。
「あなたの《僧侶》についてです」
その一言で、部室の空気がわずかに変わった。
「……アーシア?」
一誠の声が低くなる。
「ええ。私の《僧侶》と、あなたの《僧侶》――アーシア・アルジェントを交換していただきたい」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
……アーシアさんを?
「断るわ」
リアス先輩の返事は早かった。
考える様子すらない。
「アーシアをトレードするつもりはない」
「条件については――」
「条件の問題ではないの」
リアス先輩の声は静かだったけれど、その意思ははっきりしていた。
「アーシアは私の大切な眷属よ。それだけじゃない。仲間で、私にとっては妹のような子でもあるわ。ゲームの駒として交換するつもりなんてない」
アーシアさんが、少し驚いたようにリアス先輩を見る。
その表情は、すぐに柔らかなものへ変わった。
「そうですか」
ディオドラさんは残念そうに答える。
それで終わるのかと思ったけれど、そうではなかった。
「ですが、私が彼女を望んでいるのは、ゲームのためだけではありません」
その視線が再びアーシアさんへ向く。
「私は、アーシア・アルジェントを愛しています」
「は?」
一誠から素っ頓狂な声が漏れた。
「できることなら、彼女を妻として迎えたいとも考えています」
今度こそ、部室の空気が完全に固まった。
ゼノヴィアの眉間にも深い皺が寄る。
私も黙ってディオドラさんを見る。
最初に《僧侶》同士の交換を持ちかけておいて、その直後に愛していると言われても、どうにも話が噛み合っていない。
「おかしいわね」
リアス先輩も同じことを感じたらしい。
「愛していて、妻にしたいと思っている女性を、あなたは最初に《僧侶》同士のトレードで手に入れようとしたの?」
「それは――」
「少なくとも、私には愛する相手への扱いには思えないわ」
一誠は何も言わず、ディオドラさんを睨みつけている。
その隣では、アーシアさんが困惑した表情を浮かべていた。
ディオドラさんは少し考えたあと、今度はリアス先輩ではなく、アーシアさん本人へ向き直る。
「アーシア」
「……はい」
「私は以前から、あなたのことを――」
そう言いながら、ディオドラさんが一歩近づいた。
その瞬間、考えるより先に身体が動いた。
アーシアさんとの間へ入ろうとして、足を止める。
一誠も同じように動きかけていた。
けれど、そのどちらよりも先にアーシアさん自身が一歩前へ出たからだ。
「ディオドラさん」
いつもの彼女より、少し強い声だった。
「お気持ちは嬉しいです。でも……私は、あなたのところへ行くつもりはありません」
「ですが――」
「私は今の生活が好きです」
アーシアさんは、はっきりと言い切った。
「リアスお姉さまも、一誠さんも、ゼノヴィアさんも、皆さんも……私にとって、とても大切な人たちです。ここを離れるつもりはありません」
その言葉を聞いて、数日前の体育祭の練習を思い出す。
一誠と足を結び、何度も転びそうになりながら、それでも楽しそうに笑っていたアーシアさん。
あの時は、ただ楽しそうだと思っただけだった。
今度は、本人の口から聞くことができた。
アーシアさんは、この場所を自分の居場所だと思っている。
ディオドラさんが何かを言おうとした、その時だった。
乾いた音が部室に響いた。
アーシアさんの手が、ディオドラさんの頬を打っていた。
「……ごめんなさい。でも、私は行きません」
そう言ってアーシアさんは後ろへ下がり、一誠たちの側へ戻ってくる。
私はそこでようやく、無意識のうちに肩へ入っていた力を抜いた。
◇
その後の話は、思っていた以上に大きなものになった。
最終的に決まったのは、レーティングゲーム。
リアス・グレモリー眷属と、ディオドラ・アスタロト眷属。
五日後、両者が正式に戦うことになった。
「では、当日を楽しみにしています」
ディオドラさんは最後まで大きく態度を崩すことなく、再び魔法陣を展開した。
光がその身体を包み、やがて完全に姿が消える。
それを確認した途端、一誠が大きく息を吐いた。
「……なんなんだよ、あいつ」
「気に入らないわね」
ゼノヴィアも隠すことなく言う。
リアス先輩は何も答えなかったけれど、その表情が穏やかでないことだけは分かった。
私はアーシアさんを見る。
「アーシアさん、大丈夫ですか?」
「はい」
少しだけ疲れたようには見えたものの、それでもアーシアさんはしっかり頷いた。
「大丈夫です、ミライさん」
その隣には一誠がいる。
私はそれ以上、何も聞かなかった。
ふと部室のモニターへ目を向ける。
映像は途中で止められたままで、そこにはゲーム中のディオドラ・アスタロトが映っていた。
映像を見ていた時に感じた、あの妙な違和感。
直接会えば何か違って見えるのかもしれないと思ったけれど、そうはならなかった。
むしろ、少し強くなったような気さえする。
理由は分からない。
ただ、一つだけ言えることがあるとすれば――
私は、あの人を好きにはなれそうになかった。
五日後。
リアス先輩たちは、ディオドラ・アスタロトの眷属と戦うことになった。
ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。
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Vol.1 対策委員会編 1&2章
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Vol.1 対策委員会編 3章
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Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編
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Vol.3 エデン条約編 1&2章
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Vol.3 エデン条約編 3&4章
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Vol.4 カルバノグの兎編
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Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
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Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
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Vol.5 百花繚乱編
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Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
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Vol.EX デカグラマトン編
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第2部 Vol.EX ロア追跡編
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第2部 Vol.1 炎と影編
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第2部 Vol.2 オデュッセイア編
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メインストーリーをほとんど知らない
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ブルアカ未プレイ