止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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どうしても一話にまとめたいのですが長いので5話にしています。
その代わり今日は5回投稿します


第52刻 最初の綻び

 そこから何度打ち合ったのかは、もう数えていない。

 

 一誠君は両腕の爪だけでなく、尾や翼まで全身を武器として使い、獣のように低い姿勢から地面を抉りながら突進してくる。真正面から来たかと思えば、こちらがかわした直後には翼を広げて身体を持ち上げ、空中で無理やり向きを変えて再び襲いかかってくることさえあった。

 

 一つの攻撃をしのいだからといって、息をつく暇はほとんどない。

 僕が最初の爪をかわし、その後から振るわれた尾をゼノヴィアがデュランダルで押し返す。それでも止まらず飛んでくる翼や爪は、ミライさんが携帯砲の広い砲身を斜めに差し込み、真正面から受けることなく軌道だけを外へ逸らしていた。

 

 その間にも小猫ちゃんは一誠君の背後や死角へ回り込み、仙術を使って姿勢を崩す機会を狙い続け、朱乃さんの雷は一誠君が自由に動ける範囲を狭めるように次々と地面へ落ちていく。

 

「裕斗、右!」

 

「はい!」

 

「ゼノヴィア、そのまま!」

 

「ああ!」

 

「小猫、今よ!」

 

「はい!」

 

 部長から飛んでくる指示はどれも短かったけれど、これまで何度も一緒に戦ってきた僕たちには、それだけで次に何をすればいいのか十分に伝わった。

 

 僕が右へ回れば、ゼノヴィアは反対側から一誠君の注意を引きつける。そこへ小猫ちゃんが入り、一誠君の動きが僅かに鈍った瞬間を朱乃さんや部長が拾う。誰か一人で一誠君を止めるのではなく、それぞれが作った僅かな隙を次の誰かへ渡し続けることで、どうにか一誠君を自由に動かせない状態へ持ち込んでいた。

 

 もちろん、僕たちに余裕があるわけではない。

 

 一誠君の爪がほんの少し遅れていれば避けられたはずの頬を掠め、そこから流れた血が顎を伝っていく。翼の軌道を聖魔剣で外すたびに両腕へ強い痺れが残り、次の剣を振るうまでに指先の感覚を取り戻さなければならなかった。

 

 ゼノヴィアも無傷ではなく、服のあちこちには新しい血が滲んでいる。それでもデュランダルを握る力は弱めず、小猫ちゃんも次第に呼吸を荒くしながら、一誠君の懐へ飛び込むことを止めようとはしない。

 

 朱乃さんも雷を落とすたびにかなりの魔力を消耗しているのが見て取れたし、ミライさんも一誠君の攻撃を携帯砲で逸らすたびに数歩、時にはそれ以上の距離を押し流されていた。

 

 それでも、まだ誰も倒れてはいなかった。

 

 一人が一誠君の攻撃を受け切れなくなりそうになれば、次の一人がすぐにその間へ入り、追撃を許さない。最初から示し合わせていたわけではないのに、戦いが続くほど僕たちの動きは少しずつ噛み合っていった。

 

「スイッチ!」

 

 僕が一誠君の正面から抜けるのと同時に、ゼノヴィアが入れ替わるように前へ出た。

 デュランダルを振り下ろそうとした彼女へ一誠君の尾が迫る。

 

「ゼノヴィア先輩、下です!」

 

 小猫ちゃんの声を聞いたゼノヴィアが迷わず身を沈めると、巨大な尾がその頭上を通り過ぎた。

 

 僕は勢いのついた尾を飛び越え、そのまま空中から一誠君の肩へ聖魔剣を叩き込む。着地した頃には、すでに小猫ちゃんが反対側から一誠君の腰へ掌底を打ち込み、その衝撃で体勢が僅かに崩れたところへ朱乃さんの雷が直撃した。

 

 さらに部長の魔力が正面から押し寄せ、一誠君の身体を数歩分後方へ押し戻していく。

 鎧そのものへ大きな傷を与えることはできていなかった。

 

 それでも、最初の頃と比べれば一誠君を好き勝手に動かせてはいない。僕たちが連携を途切れさせない限り、一誠君も一人へ集中して攻撃を続けることができず、誰かを決定的に仕留める前に次の攻撃へ対応しなければならなくなっている。

 

 この状態を維持できれば、いつか一誠君の方が先に動きを鈍らせるかもしれない。

 少なくとも僕は、そう考え始めていた。

 

 けれど、その直後。

 それまでほとんど休むことなく爪や翼を振るい続けていた一誠君が、何の前触れもなく動きを止めた。

 

 あまりにも唐突だったため、僕たちもすぐには踏み込めない。

 一誠君は攻撃を受けて動けなくなったわけではなく、自分から何かを探すようにその場へ立ち止まっていた。

 

 やがて、兜の奥にある赤い眼だけが、ゆっくりと周囲を見渡し始める。

 僕ではない。

 ゼノヴィアでも、小猫ちゃんでもなかった。

 その視線は僕たち前衛を素通りし、さらに後ろへ向かっていく。

 

 何を見ているのか気づいた瞬間、胸の奥に嫌な予感が走った。

 一誠君が見つめていたのは、戦線の一番後ろで部長の指示を待ちながら、能力を温存していたギャスパー君だった。

 

「ギャスパー!」

 

 一誠君は低く沈めていた身体を一気に伸ばし、僕たち前衛を無視するようにギャスパー君へ向かって飛び出した。

 

「っ!」

 

 自分が狙われていると気づいたギャスパー君も、ほとんど反射的に神器の力を発動する。

 こちらへ飛び込んでくる途中だった一誠君の身体が、見えない何かによって空間へ縫い止められたように空中で静止した。勢いに乗ったまま止められたにもかかわらず、異形の鎧に包まれた身体は微動だにせず、その姿だけが不自然なほど静かに宙へ固定されている。

 

「今のうちに陣形を戻して!」

 

 部長の指示を聞いた僕とゼノヴィアは、考えるより先に一誠君の正面へ戻った。小猫ちゃんもすぐに背後へ回り込み、朱乃さんは僕たちを巻き込まずに攻撃できる位置へ移動して新しい射線を確保する。ミライさんもギャスパー君へ直接向かわせないよう、一誠君との間へ割って入る位置で携帯砲を構えた。

 

 さっきまでの突進で崩されかけていた陣形が、ギャスパー君の作ってくれた僅かな時間を使ってもう一度組み直されていく。

 全員が位置についたことを確認してから、部長が後方へ声を飛ばした。

 

「ギャスパー、もういいわ!」

 

「は、はい……!」

 

 返事をしたギャスパー君の鼻からは、すでに細い血が流れていた。顔色も明らかに悪く、呼吸も浅くなっていることから、最初に一誠君を止めた時よりも大きな負担がかかっているのだろう。

 

 それでも、僕たち全員が元の位置へ戻るまで能力を解かなかった。

 やがて一誠君を縛っていた停止が途切れ、空中で止まっていた身体が再び動き始める。

 そして、動けるようになった一誠君の兜の眼が最初に捉えたのは、やはり後方にいるギャスパー君だった。

 

「来る!」

 

 今度こそ、好きにはさせない。

 僕は一誠君がギャスパー君へ向かうより早く真正面から踏み込み、振り下ろされた右の爪を身体を捻ってかわしながら、聖魔剣を肩へ叩き込んだ。一誠君の視線が僕へ向いたところで、横からゼノヴィアがデュランダルを重ねるように打ち込み、その衝撃を利用して一誠君の身体をギャスパー君とは反対側へ押し流していく。

 

「ギャスパー、そのまま下がって!」

 

「はい!」

 

 部長の指示を受けたギャスパー君がさらに距離を取っていく。

 その間も一誠君が再び後方へ意識を向けないよう、僕はわざと真正面へ入り込んだ。

 

「こっちだ、一誠君!」

 

 聖魔剣をもう一度鎧へ叩き込むと、兜の眼が完全に僕を捉える。

 少なくとも今は、注意をこちらへ戻せた。

 

「スイッチ!」

 

 追ってきた爪が届く直前に僕が横へ抜けると、入れ替わるようにゼノヴィアが正面へ飛び込み、デュランダルの一撃で一誠君をさらに後方へ押し込んだ。

 

 一誠君がゼノヴィアへ振り向こうとしたところへ、小猫ちゃんが背後から腰へ仙術を込めた掌底を叩き込み、その衝撃で姿勢が僅かに崩れた瞬間には、朱乃さんの雷が頭上から降り注ぐ。

 

 ギャスパー君がもう何度も能力を使えない以上、ここからは残った僕たちだけで一誠君の動きを抑えなければならない。それでも、ここまで何度も繰り返してきた連携そのものが失われたわけではなかった。

 

 一誠君の爪が僕へ伸びれば、横からミライさんが携帯砲を差し込んで軌道を逸らし、その隙へ僕が踏み込んで聖魔剣を叩き込む。追撃される前にゼノヴィアへ交代すれば、今度はデュランダルの重量を利用して一誠君を押し返し、そこへ小猫ちゃんと朱乃さんがさらに攻撃を重ねていく。

 

 そうして何度か攻防を繰り返すうちに、一誠君をギャスパー君から少しずつ引き離すことにも成功していた。

 僕自身も、ようやく一誠君の注意を完全にこちらへ戻せたのではないかと思い始めていた。

 

 けれど、それはただの思い込みだった。

 一誠君は僕へ向かって右の爪を振るい、こちらがそれをかわした直後にはゼノヴィアへ身体を向ける。ゼノヴィアもすぐさまデュランダルを構え、正面から迎え撃つ姿勢を取ったものの、一誠君はそのまま攻撃を続けようとはしなかった。

 低く身体を沈めたまま、一瞬だけ動きを止める。

 

「――っ!」

 

 次の瞬間、背中の翼が大きく開いた。

 その動きを見た瞬間、何をするつもりなのか理解した。

 

「ギャスパー君!」

 

 一誠君はゼノヴィアの横をすり抜けるように加速し、そのまま一直線に後方へいるギャスパー君を狙った。

 

「え――」

 

 ギャスパー君が反応するより早く、僕も地面を蹴って追いかける。ゼノヴィアもすぐに後へ続いたけれど、最も早く一誠君とギャスパー君の間へ入り込んだのはミライさんだった。

 

「下がってください!」

 

 僕たちよりも内側から進路へ割り込み、大きな砲身を一誠君の爪が届く直前へ滑り込ませる。

 直後、巨大な爪と分厚い砲身が激突し、耳を打つような金属音が響いた。

 

 ミライさんはこれまでと同じように真正面から受け止めようとはせず、砲身を斜めに傾けた状態で一誠君の爪を受け、その瞬間に腰と肩を捻って衝撃を横へ逃がしていく。完全に力を殺すことはできず、ミライさん自身も地面を削りながら数歩分押し流されたものの、そのわずかな時間があれば十分だった。

 

「ギャスパー君!」

 

「は、はい!」

 

 ギャスパー君が慌てて後ろへ飛び退き、一誠君の爪は誰もいなくなった空間だけを薙ぎ払う。

 

「今だ!」

 

 僕は逃さず横から踏み込み、一誠君の肩へ聖魔剣を突き立てた。

 ほとんど同時に反対側からゼノヴィアも飛び込み、デュランダルの一撃を重ねる。二人分の衝撃を同時に受けた一誠君の身体が大きく横へ押し流され、どうにかギャスパー君との距離をもう一度引き離すことができた。

 

「ギャスパー、もっと離れて!」

 

「は、はい!」

 

 部長の指示を受け、ギャスパー君は今度こそ十分に距離を取ろうと後方へ走り出す。

 一誠君は地面へ爪を食い込ませながら押し流された身体を止めると、すぐに姿勢を立て直し、再び僕たち前衛へ向き直った。

 

「もう行かせないよ」

 

 僕はその正面へ入り、一誠君が後方へ意識を向ける暇を与えないよう、こちらから先に仕掛けた。

 右から振るわれた爪を身体をずらしてかわし、その直後に迫った翼へ二本の聖魔剣を斜めに当てて軌道を変える。翼が頭上を通り過ぎるのと同時に懐へ踏み込み、一撃を入れてからすぐに合図を飛ばした。

 

「スイッチ!」

 

 僕が横へ抜けると、入れ替わるようにゼノヴィアが正面へ入り、デュランダルを一誠君の胴へ叩き込む。その衝撃で一誠君の身体が後方へ押されたところには小猫ちゃんが回り込み、さらに姿勢を崩そうと仙術を重ねた。

 

 そこへ朱乃さんの雷が落ち、一誠君がこちらへ向き直ろうとした瞬間にはミライさんも携帯砲を構え直して進路を塞ぐ。

 僕たちは、どうにかして一誠君の意識を前へ縛りつけようとしていた。

 

 ギャスパー君へ視線を向ける余裕を与えず、誰か一人への攻撃が終わるより前に次の誰かが入り、後方へ向かおうとすれば横から押し戻す。ここまで繰り返してきた連携をさらに細かく繋ぎ、少しでも一誠君の注意をこちらへ集中させ続けるしかなかった。

 

 けれど、それでも一誠君はギャスパー君の存在を忘れてはいなかった。

 僕へ向けていた身体を突然大きく捻り、前触れもなく横へ跳ぶ。

 

「させるか!」

 

 その進路へゼノヴィアが回り込み、真正面からデュランダルを叩き込んだ。

 強烈な一撃を受けた一誠君の身体が大きく吹き飛ぶ。

 これでまた前へ戻せたと思ったのも一瞬だった。

 一誠君は飛ばされながら背中の翼を大きく開くと、空中で強引に身体を捻って向きを変え、そのまま再びギャスパー君のいる方向へ進路を取り直した。

 

「また――!」

 

 一誠君が空中で無理やり向きを変えたのを見て、僕もすぐに後を追った。ミライさんもほとんど同時に進路へ割り込もうとしていたけれど、一誠君はこちらの動きを読んでいたのか、その前に大きく尾を振るった。

 

 尾が地面を薙いだ瞬間、砕けていた瓦礫や土砂が一斉に跳ね上がり、視界を覆い尽くすほど濃い土煙が広がる。

 

「っ!」

 

 咄嗟に腕で顔を庇った。

 完全に何も見えなくなったのは、ほんの一瞬だったと思う。けれど、今の一誠君が相手なら、その僅かな時間だけでも十分すぎた。

 

「ギャスパー!」

 

 けれど、先ほどまでのように一誠君の動きが止まる気配はなかった。

 すでに二度も能力を使い、限界まで消耗していたギャスパー君に、もう一度あの力を発動するだけの余力が残っていなかったのかもしれない。

 誰かが叫んだ直後、煙の向こうから鈍い衝撃音が響いた。

 

「がっ――!」

 

 次の瞬間、土煙を突き破るようにギャスパー君の身体が飛び出してくる。

 小柄な身体は僕たちの視界を横切り、そのまま地面へ叩きつけられた。一度大きく跳ねても勢いは止まらず、二度、三度と地面を転がった末に、積み上がっていた瓦礫へ背中から激しく激突する。

 

「ギャスパー君!」

 

 反射的に駆け寄ろうとしたものの、その間にはまだ一誠君がいる。ここで全員がギャスパー君へ意識を向ければ、次の攻撃を防ぐ人間がいなくなるため、僕は踏み出しかけた足を無理やり止め、聖魔剣を構えたまま一誠君から視線を外さないようにした。

 

「……まだ……」

 

 瓦礫のそばから、掠れた声が聞こえた。

 見ると、ギャスパー君は完全に意識を失ったわけではなく、自分の力で身体を起こそうとしていた。

 

 片腕を震わせながら地面へつき、もう片方の手まで使って上半身を持ち上げようとする。どうにか身体が僅かに浮いたものの、すぐに支えていた腕が大きく震え始め、口元からは新しい血が零れ落ちた。

 

「無理しないで!」

 

 思わず叫ぶ。

 けれど、ギャスパー君は首を横へ振ろうとした。

 

「ぼ、僕も……まだ、みんなと……!」

 

 途切れ途切れの声を絞り出しながら、もう一度両腕へ力を込める。

 

 今度はどうにか片膝を地面へつくところまで身体を持ち上げた。けれど、そこから立ち上がろうとした瞬間、支えていた腕から完全に力が抜け、そのまま前へ崩れるように倒れ込んだ。

 

「……ごめん、なさい……」

 

 それでも、ギャスパー君は最後まで僕たちの方を見ていた。

 悔しそうに、まだ戦えるはずなのにと言いたげに。

 最初に戦線から離れることになったのは、確かにギャスパー君だった。

 

 だからといって、簡単にやられたわけではない。

 一誠君の動きを二度も完全に停止させ、そのたびに崩れかけていた僕たちの陣形を立て直す時間を作ってくれた。最初に止めてくれた時も、今回ギャスパー君自身が狙われた時も、あの僅かな時間がなければ、一誠君の攻撃をまともに受けていたのは別の誰かだったかもしれない。

 

 それだけではない。僕たちがここまで連携を続けられていたのも、いざという時にはギャスパー君が一誠君の動きを止めてくれるという余裕が、ほんの少しでも残されていたからだ。

 

 その切り札を失った。

 しかも、一誠君はそれを理解した上で真っ先にギャスパー君を狙ったようにさえ見える。

 そう考えた瞬間、嫌な感覚が胸の奥へ広がった。

 

 今までの一誠君は、ただ目の前にいる相手へ無差別に襲いかかっていたわけではないのかもしれない。

 自分の動きを止められる相手を覚え、何度前衛へ注意を引き戻してもギャスパー君の位置を探し続け、最終的には土煙で僕たちの視界まで奪って確実に戦線から外した。

 

 もし、それが偶然ではないのなら。

 

「止まらないで!」

 

 部長の鋭い声が、考え込みかけていた僕たちを現実へ引き戻した。

 ギャスパー君を助けに行きたい気持ちは、きっと全員同じだった。それでも今は、一誠君の前から一人でも多く離れる方が危険だった。

 

 もう、ギャスパー君の停止能力には頼れない。

 ここから先は、残った僕たちだけで一誠君を止めなければならなかった。

 

「……はい!」

 

 ギャスパー君が倒れたからといって、ここで足を止めるわけにはいかない。僕は両手の聖魔剣を握り直し、隣でデュランダルを構えているゼノヴィアへ声を掛けた。

 

「行くよ、ゼノヴィア!」

 

「ああ!」

 

 互いに頷き合うと、僕たちは再び一誠君へ向かって地面を蹴った。

 それでも小猫ちゃんは怯むことなく一誠君の背後へ回り込み続け、僕が正面で爪をかわすたび、次にどこから攻撃が来るのかを先回りするように教えてくれた。

 

「裕斗先輩、次は翼です!」

 

「分かった!」

 

 声を聞くと同時に身を沈める。

 その直後、巨大な翼が頭上を轟音とともに通り抜けた。

 

 僕は翼が通り過ぎた直後の隙へ踏み込み、右手の聖魔剣を一誠君の脇腹へ叩き込む。鎧を斬り裂くことはできなかったものの、一誠君がこちらへ振り返ろうとした瞬間には、小猫ちゃんが反対側から膝へ仙術を込めた一撃を入れていた。

 一誠君の片膝が僅かに沈み、身体の軸が崩れる。

 

「ゼノヴィア!」

 

「任せろ!」

 

 僕の声に応じて、ゼノヴィアが正面から一気に踏み込んだ。

 小猫ちゃんによって体勢を崩された一誠君の胴へ、両手で握ったデュランダルを容赦なく叩き込む。重い衝撃を受けた一誠君の巨体が横へ押し流されたものの、その程度で攻撃を止める相手ではなかった。

 

 一誠君は吹き飛ばされながら上半身を強引に捻ると、その勢いを利用して背後へ右腕を伸ばした。

 狙われたのは小猫ちゃんだった。

 

「小猫ちゃん!」

 

 けれど、一誠君の巨大な手が届いた時には、もうそこに彼女の姿はなかった。

 腕が伸びてくるより早く反対側へ回り込んでおり、一誠君が振り返ろうとした瞬間には、今度は腰へ仙術を込めた掌底を叩き込んでいた。小柄な身体から繰り出された一撃でも、仙術を通して内部へ衝撃を与えられているのか、一誠君の巨体が僅かに傾く。

 

「ふっ!」

 

 一撃を入れた小猫ちゃんは、その場へ留まらなかった。

 一誠君が振り返り切るより早く間合いから抜け、伸ばされた爪が届く頃にはすでに射程の外へ移動している。だからといって安全な場所まで退くわけではなく、僕とゼノヴィアが正面から一誠君の注意を引きつけると、すぐにまた死角へ入り込んでいた。

 

 僕が正面から聖魔剣を叩き込み、振り下ろされた爪をかわしながら右へ抜ける。その動きを追おうとした一誠君の背後へ小猫ちゃんが潜り込み、膝の裏へ一撃を入れて姿勢を崩す。

 

 一誠君が小猫ちゃんを捉えようと身体を捻れば、今度はゼノヴィアが開いた正面へ飛び込み、デュランダルを叩きつけて強引にこちらへ向き直らせる。その間には小猫ちゃんもすでに一誠君の視界から消えており、次に腕が伸ばされた時には別の位置から新しい一撃を狙っていた。

 

 同じことを一度や二度繰り返しただけではない。

 一誠君も途中から明らかに小猫ちゃんの動きを警戒し、死角へ回り込まれるたびに爪や尾を向けて捕まえようとしていた。それでも彼女は、一度としてまともに捕まらなかった。

 

 見ているうちに、その理由も少しずつ分かってきた。

 小猫ちゃんは攻撃を見てから避けているのではないようだった。一誠君が爪を振り始める頃にはすでに逃げる方向へ身体を動かし、翼が開く前にはその軌道から外れ始めている。仙術によって一誠君の気や身体の動きを感じ取り、実際に攻撃が始まるより僅かに早く次の動きを読んでいるのかもしれない。

 

 しかも、小猫ちゃんは避けることだけに徹しているわけではなかった。ほんの一瞬でも一誠君の意識が僕やゼノヴィアへ向けば、その隙を逃さず背後へ戻り、膝や腰といった姿勢を支える部分へ正確に攻撃を入れてくる。

 

 一誠君へ大きな傷を与えることはできなくても、その一撃があるたびに動きが僅かに乱れ、その僅かな遅れが僕たち前衛にとっては次の攻撃へ繋げるための貴重な隙になっていた。

 

「小猫ちゃん、そのまま頼むよ!」

 

 僕が呼びかけると、小猫ちゃんは一誠君から視線を外さないまま、小さく頷いた。

 

「はい!」

 

 僕は再び一誠君の正面へ踏み込んだ。

 右から振るわれた爪を身を沈めてかわし、そのまま懐へ潜り込んで脇腹へ聖魔剣を叩き込む。鎧を斬り裂くことはできなかったものの、一誠君はすぐにこちらへ身体を向け、今度は続けざまに尾を横薙ぎへ振るってきた。

 

 僕はその軌道を見てすぐに地面を蹴り、尾が足元を薙ぐより先に飛び越える。

 そのまま僕を追ってくるものだと思っていた。

 けれど、一誠君は僕の頭上を尾が通り抜けた直後、振り切った勢いを利用するように空中で身体を大きく捻った。

 

「小猫ちゃん!」

 

 一誠君は背中の翼を一度だけ強く羽ばたかせ、無理やり進行方向を変える。

 僕へ向けられていたはずの身体が一気に反転し、その先には一誠君の背後へ回り込もうとしていた小猫ちゃんがいた。

 

「っ!」

 

 小猫ちゃんもすぐに狙われたことへ気づき、真正面から迫ってきた右腕を身体を僅かに傾けて紙一重でかわす。僕も着地と同時に方向を変えて追いかけ、反対側からはゼノヴィアがデュランダルを構えながら距離を詰めていた。

 

 最初の一撃は避けた。

 そう思った直後、一誠君は振り抜いた右腕の勢いを止めることなく、今度は身体ごと回転させた。

 一誠君の動きを見て、次に何が来るのか分かった。

 

「後ろ!」

 

 巨大な尾が、身体の回転に乗って小猫ちゃんへ向かう。

 小猫ちゃんもすぐに振り返り、両腕を前へ構えて衝撃に備えようとしたけれど、あれを真正面から受ければ無事では済まない。

 

「させない!」

 

 僕は横から一気に飛び込み、迫る尾へ聖魔剣を全力で叩き込んだ。

 もちろん、僕一人の力で完全に止められるような威力ではなかった。剣が触れた瞬間、腕から肩まで強い衝撃が突き抜け、それでも身体を押し込むようにして横から力を加える。

 そのおかげで、尾の軌道がほんの僅かに上へずれた。

 

 完全に避けさせるところまでは間に合わず、尾の先端が小猫ちゃんの肩口を掠める。まともな直撃ではなかったにもかかわらず、その衝撃だけで小猫ちゃんの小さな身体は横へ弾き飛ばされ、そのまま地面を何度か転がった。

 

「小猫ちゃん!」

 

 呼びかけると、小猫ちゃんはすぐに片手を地面へつき、勢いを殺しながら片膝を立てて身体を起こした。

 

「大丈夫です!」

 

 声もしっかりしており、すぐに立ち上がろうとしているところを見る限り、戦線から外れるほどの怪我ではなさそうだった。

 しかし、一誠君は一度狙った小猫ちゃんをそのまま逃がすつもりがないらしく、身体を低くしてすぐに追撃へ移ろうとする。

 

「スイッチ!」

 

 その進路へゼノヴィアが割り込み、両手で振り抜いたデュランダルを一誠君の胴へ叩き込んだ。

 重い金属音とともに一誠君の巨体が横へ押され、小猫ちゃんへの追撃が強引に途切れる。その時間を使って小猫ちゃんはすぐさま距離を取り、僕も一誠君の正面へ戻ってゼノヴィアと並んだ。

 

 それからも、一誠君が小猫ちゃんを狙う動きは何度も続いた。

 僕やゼノヴィアへ爪を振るっていたかと思えば、その途中で突然身体を反転させて小猫ちゃんへ腕を伸ばし、尾の一撃を僕たちへ向けた直後に翼を使って急激に進路を変えることもあった。

 

 正面にいる僕たちと戦いながらも、小猫ちゃんの位置だけは常に把握しているようだった。

 おそらく理由は、さっきのギャスパー君と同じだ。

 

 小猫ちゃんは仙術によって一誠君の動きを先回りし、こちらへ次の攻撃を教えながら、自分でも何度となく姿勢を崩している。今の一誠君にとって、自由に暴れる上で邪魔になる存在として認識されても不思議ではなかった。

 

 それでも簡単には近づかせない。

 一誠君の意識が小猫ちゃんへ向けば、僕が真正面から踏み込んで注意を引き戻し、それでも後方へ抜けようとすればゼノヴィアが進路へデュランダルを叩き込む。小猫ちゃん自身も仙術で動きを読みながら可能な限り距離を取り、一誠君の爪や尾が届く寸前で何度も射程から抜けていた。

 

 完全に止めることはできなくても、三人で動きを繋げれば、一誠君が小猫ちゃんだけへ攻撃を集中することは防げている。

 少なくとも、その時の僕はそう思っていた。

 

 ただ、その攻防を繰り返すたびに、小猫ちゃんの動きが少しずつ鈍っていることにも気づいていた。

 最初に一誠君の尾を掠めた肩を庇うような動きが増え、呼吸もさっきまでより明らかに荒くなっている。仙術で一誠君の動きを先読みしながら、何度も死角へ回り込み続けているのだから、身体への負担が大きくなっているのは当然だった。

 

「小猫ちゃん、一度下がって!」

 

「まだ大丈夫です!」

 

 そう答えた直後にも、一誠君の爪が僕へ向かって振り下ろされる。僕は身をずらしてそれをかわし、そのまま後方へ抜けながらゼノヴィアと位置を入れ替えた。

 

「スイッチ!」

 

 合図に合わせてゼノヴィアが正面へ入り、デュランダルを叩き込んで一誠君の巨体を押し返す。その瞬間、小猫ちゃんはまたしても背後へ潜り込み、脚へ仙術を込めた一撃を叩き込んだ。

 

 一誠君の身体が僅かに沈む。

 その隙を逃さず、僕の聖魔剣とゼノヴィアのデュランダルが続けて鎧へ叩き込まれた。

 ここまで疲労が溜まっていても、連携そのものはまだ崩れていない。

 そう思った。

 

 けれど、その直後から一誠君の動きが少しずつ変わり始めた。

 これまでなら小猫ちゃんが背後へ回り込んだ瞬間に振り返っていたのに、今度はすぐには反応しない。むしろ僕へ爪を振るい、ゼノヴィアへ尾を叩きつけ、正面にいる僕たちへ意識を集中しているように見せながら、そのまま何度も攻撃を繰り返してくる。

 

 最初は、小猫ちゃんへの警戒をやめたのかと思った。

 僕たちが正面から攻撃を重ね続けたことで、ようやく優先順位を変えたのだと。

 けれど、それは違った。

 何度か打ち合ったあと、一誠君は突然背中の翼を大きく振り下ろし、そのまま地面へ叩きつけた。

 

「っ!」

 

 凄まじい衝撃で砕けた石材と土砂が一斉に舞い上がり、周囲の視界が一瞬だけ白く塞がれる。

 その向こうでは、小猫ちゃんが今までと同じように一誠君の背後へ回り込もうとしていた。

 そして、土煙がまだ晴れ切らないうちに、一誠君の身体が大きく反転した。

 

「小猫ちゃん!」

 

 その動きを見た瞬間、胸の奥に冷たいものが走った。

 一誠君は、小猫ちゃんがそこへ来ることを最初から分かっていたようにしか見えなかった。

 背後へ回られるのを許していたのではない。

 そこへ来るまで待っていた。

 一誠君の身体が振り返った時には、すでに巨大な尾が勢いよく振り抜かれている。

 

「っ!」

 

 小猫ちゃんも咄嗟に反応し、これまでと同じように軌道から外れようとした。

 けれど、身体がついてこなかった。

 

 最初に負傷した肩を無意識に庇いながら戦い続け、ここまで何度も仙術を使って一誠君の攻撃を読み、避け、反撃を繰り返してきた疲労が重なっている。その僅かな遅れが、今までなら避けられていたはずの一撃を避け切れない差になった。

 

 今度は、尾が完全に小猫ちゃんの身体を捉えた。

 鈍い衝撃音とともに小さな身体が大きく吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。一度転がっただけでは勢いが止まらず、そのまま何度も地面を跳ねた末に、崩れかけていた石柱へ背中から激しく叩きつけられた。

 

「小猫!」

 

 部長の声と、僕の声がほとんど同時に響いた。

 小猫ちゃんは石柱の根元へ崩れ落ち、額と口元から血を流していた。右腕も力なく下がったままで、さっきまでのようにすぐ動かせる状態には見えない。

 

 それでも、意識は残っていた。

 小猫ちゃんは僅かに顔を上げると、動かない右腕の代わりに左手だけを地面へつき、もう一度自分の身体を起こそうと力を込めた。

 

「……まだ……やれます……」

 

 小猫ちゃんは掠れた声を絞り出しながら、動く左腕を地面へ伸ばして身体を起こそうとした。一度は胸が地面から浮き、止まっていた膝も僅かに動いたものの、その動きだけで全身に激痛が走ったのか、表情が大きく歪む。

 

「小猫、駄目!」

 

 部長がすぐに止める。

 

「でも……まだ、一誠先輩を……」

 

 それでも小猫ちゃんは諦めようとせず、もう一度左腕へ力を込めた。細い腕が目に見えて震え始め、どうにか上半身を持ち上げようとするものの、途中で支え切れなくなって力が抜けてしまう。

 

 歯を食いしばり、それでも最後にもう一度だけ起き上がろうとしたけれど、今度は身体がほとんど地面から離れなかった。

 

「……すみません……」

 

 悔しさを滲ませた声とともに、小猫ちゃんの身体からようやく力が抜ける。

 それまで戦いの最中、何度も背後から聞こえていた声も、そこで途切れた。

 

 一誠君の攻撃を避けるたびに、次に爪が来るのか、翼が来るのか、それとも尾を振るうのかを先回りして教えてくれていた声だった。自分自身も一誠君の死角へ飛び込み続けながら、それでも僕やゼノヴィアの動きまで見てくれていた小猫ちゃんが、とうとう戦線から離れることになった。

 

「小猫ちゃん……」

 

 胸の奥へ重いものが沈んでいく。

 けれど、いつまでもそちらを見ていることは許されなかった。

 

「裕斗!」

 

「っ!」

 

 ゼノヴィアの鋭い声に反応して前へ視線を戻した時には、一誠君はすでに次の攻撃へ移っていた。

 

 正面から迫ってきた爪を聖魔剣で外へ流しながら横へ抜ける。小猫ちゃんの声がなくなったことで、さっきまでなら事前に分かっていた次の攻撃を自分で見極めなければならず、ほんの僅かな判断の遅れさえ命取りになりそうだった。

 

「私が小猫の分まで補いますわ!」

 

 朱乃さんの声とともに、周囲へそれまで以上に激しい雷光が集まり始める。

 紫電が何本も空中を走り、崩れた神殿跡を白く照らした。これまで朱乃さんは僕たちの攻撃を補助するように雷を使っていたけれど、小猫ちゃんが抜けたことで、その役割までまとめて引き受けようとしているのが分かった。

 

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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