「一誠ッ!!」
遠くから響いた声に、一誠君の動きが止まった。
僕のすぐそばまで迫っていた異形の赤龍帝は、獲物の気配を拾った獣のように頭だけを大きく巡らせる。その視線を追うように、全身を襲う痛みで首すらまともに動かせない僕も、どうにか目だけをそちらへ向けた。視界の端は熱を持ったように赤く滲み、焦点を合わせるだけで頭の奥が鈍く軋んだ。
そこに、ミライさんが立っていた。
ついさっきまで瓦礫の中に倒れ、何度呼んでも動かなかったはずなのに、身体をふらつかせながらも両脚で地面を踏みしめている。制服はあちこちが裂け、土埃と血で酷く汚れており、立っていること自体が不思議に思えるほど痛々しい姿だった。
それだけなら、まだ分かる。
けれど、彼女の頭上を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
さっき一誠君の攻撃を真正面から受けた時、欠け、亀裂が広がり、最後には完全に消えてしまったはずの青紫色の輪が、再びそこへ現れている。
新しい光が形を作っているわけではない。輪に刻まれていた亀裂が、壊れていった順番を逆向きに辿るように閉じていき、欠け落ちていた部分までもが元の形へ戻っていく。まるで輪にだけ時間が逆向きに流れ、壊れる前の状態へ巻き戻されているようだった。
「……なんだ、あれ……」
声にしたつもりだったけれど、喉から漏れたのは掠れた息だけだった。舌の先まで痛みで痺れていて、うまく言葉の形を作れない。
おかしいのは、それだけではない。
ミライさんの身体から僅かに滲んでいた黒と金の気配も、先ほどまでとは明らかに違っていた。何かが爆発したわけでも、魔力を一気に放出したわけでもない。それでも、そこに立っているだけで周囲の空気が少しずつ重くなっていくような圧力が強まっている。倒れたまま動けずにいる僕の肌にまで、その重さが伝わってくるようだった。
一誠君も、それを感じ取ったらしい。
僕のことなどもう眼中にないように身体を低く沈めると、次の瞬間には地面を砕きながらミライさんへ飛び出した。
ミライさんもすぐに動いた。
ただし、その場で迎え撃つのではなく、一誠君が迫るのに合わせて後方へ下がっていく。最初は単純に逃げようとしているのかと思ったけれど、何度か攻防を繰り返すうちに、その意図が僕にも分かってきた。
一誠君の爪が迫れば、いつの間にか手元へ現れていた大きな箱型の携帯砲を斜めに差し込み、まともに受け止めるのではなく軌道を外へ流す。その勢いを利用して本体を一誠君の胸へぶつけ、身体の向きを僅かにずらすと、自分はさらにその先へと下がっていった。
その先には誰もいなかった。ミライさんは、部長たちが倒れている場所から一誠君を遠ざける方向へ下がり続けている。
そこでようやく理解した。
ミライさんは逃げているんじゃない。僕たちから一誠君を引き離しているんだ。
その意図に気づいても、今の僕には止めることも、声を届けることもできなかった。
気づいた頃には、二人と僕たちとの間にはかなりの距離ができていた。一誠君はミライさんだけを追い、彼女は攻撃を捌きながら、瓦礫の奥へ奥へと誘導していく。
そして、倒れている僕たちを巻き込む心配がなくなるほど離れたところで、彼女の戦い方が変わった。
一誠君の右腕が横から振るわれると、ミライさんは箱型の携帯砲を盾のように差し込み、爪をその広い面に沿わせるように外へ流した。そこから武器を引き戻すことなく、そのまま両腕で押し込むようにして一誠君の兜へ本体を押し付ける。
一誠君の視界が、大きな箱によって完全に塞がれた。
普通なら、そのまま武器を守りながら次の攻撃へ備えるはずだ。
けれど、彼女は違った。
押し付けた瞬間にはもう手を離し、携帯砲の陰へ身体を沈めると、そのまま一誠君の側面へ抜けていった。直後に一誠君の爪が邪魔な箱を粉々に砕き、破片が宙を舞う。夕暮れのような赤い光の中で、砕けた欠片が一瞬だけ小さな星のように輝いて、すぐに地面へ落ちて消えた。
その向こう側が見えるようになった頃には、もうミライさんの姿はそこになかった。
一誠君が頭を巡らせているのだろう。
その時にはすでに、側面へ回り込んだ彼女の手に、新しい箱型の携帯砲が収まっていた。
――待て。
僕は目を疑った。
早すぎる。
ミライさんが物を作り出せることは知っているし、これまでにも大きな物を作るところは何度か見ている。けれど、あれほど複雑な武器を、何の間もなく完成させられるようなものではなかったはずだ。
それなのに今は、最初からそこに存在していたようにしか見えない。
彼女は何の迷いもなく新しい携帯砲を横殴りに一誠君の脇腹へ叩きつけ、そのまま砲口を鎧へ押し当てる。
至近距離で轟音が弾け、凄まじい衝撃をまともに受けた一誠君の巨体が、地面の上を何メートルも押し流されていった。
それでも、鎧には傷一つ見えない。
一誠君は地面へ爪を立てて身体を止めると、何事もなかったかのように再びミライさんへ突進した。
そこからの彼女の戦い方は、僕がこれまで見てきたものとはまるで違っていた。
いつものように距離を取り、大きな携帯砲を射撃武器として使う余裕などない。一誠君は一度距離が開いても瞬く間に詰めてくるため、ミライさんはあの大きな武器を、もはや大砲としてだけ扱ってはいなかった。
爪を流すための盾にし、そのまま身体へ叩きつける鈍器にし、兜へ押し付けて視界を奪う壁にもする。時には一誠君の顔へ向かって武器そのものを投げつけ、それを払わせた瞬間には、その陰から自分が懐へ滑り込んでいた。
一誠君が飛んできた巨大な箱を腕で払いのける。
その裏から彼女が現れた時には、すでに別の一基がその手にある。
胸へ叩きつけ、そのまま撃つ。
一誠君が押し戻されても、すぐに距離を詰め直す。迫る爪を彼女が盾で流せば、間髪入れず翼が続き、それを身を沈めてかわしたところへ今度は尾が横薙ぎに迫る。ミライさんは武器ごと身体を回してその軌道を僅かに外し、回転の勢いを殺さないまま反撃へ繋げていった。
その動きには無駄がほとんどなかった。
一誠君の腕だけを見ているわけではない。肩がどちらへ向くのか、腰がどれほど沈んだのか、翼がどちらへ開こうとしているのかまで見ながら、攻撃が始まるより僅かに早く身体を動かしている。
力で勝てないことを、最初から理解した上での戦い方だった。
受け止められないなら流す。守る意味のない武器なら躊躇なく捨てる。一誠君に掴まれたところで取り戻そうとはせず、その場で手を離して次を作り、一誠君が古い方を握り潰している間に別の角度から攻撃する。
あれほど大きな武器を、まるで使い捨ての道具のように扱っていた。
いつしか二人の周囲には砕かれた箱型武器の残骸がいくつも散乱し、いったい何基壊されたのか、途中からは僕にも分からなくなっていた。瓦礫と武器の残骸が入り混じり、そこだけ戦場の中でもひときわ荒れた地面になっている。
何度壊されても、彼女の手には次の武器がある。その光景を見ているうちに、僕は得体の知れない違和感を覚え始めていた。
けれど、一誠君の方もただ圧倒的な力に任せて暴れているだけではなかった。
ミライさんが爪を外へ流した直後、それまでなら勢いにつられて僅かに横へ崩れていたはずの一誠君の背中から、突然凄まじい魔力が噴き出した。
一度流された巨体が、その勢いを無理やり殺すように空中で止まる。
そのまま一誠君は方向を変え、彼女が離脱しようとしていた先へ一気に踏み込んだ。
「――っ!」
ミライさんはすぐに新しい武器を構えた。
一誠君の拳を流した直後には反対側の腕が迫り、それを逸らした瞬間には翼が横から叩きつけられる。身を沈めて翼の下へ潜り込んだところへ尾が追いかけ、それすら避けた彼女へ、今度は背中から魔力を噴き出した一誠君が一気に距離を詰めていく。
一つ防いでも、それで終わらない。
何度も死線を越え、修行を積み重ねてきた一誠君の身体には、理性を失った今でも戦うための動きが残っているのかもしれない。
それでも、ミライさんは喰らいついていた。
もう一度、箱型の武器を一誠君の兜へ押し付ける。
また視界が塞がれる。
これまでと同じように手を離し、横へ抜けようとする彼女を見て、一誠君が武器を砕くものだと僕も思った。
けれど、今度は違った。
一誠君は目の前を塞いでいる武器には手を出さず、視界を奪われたまま大きく腰を捻った。
「ミライさん――!」
声が出るより早く、巨大な尾が周囲ごと薙ぎ払った。
逃げようとしていた彼女の脇腹へまともに叩き込まれ、小さな身体が弾丸のように宙を飛ぶ。そのまま瓦礫の山へ激突すると、崩れ落ちた石や土砂が姿を覆い隠した。埃が渦を巻きながら舞い上がり、しばらくの間、そこだけ視界が白く濁ったままだった。
今のは駄目だ。
そう思った。
僕たちだって、一誠君の攻撃をまともに受けた者から順番に倒れていった。あれほどの一撃を受けて、立てるはずがない。
そう思っていたのに、積み重なった瓦礫が僅かに動いた。
「……え……?」
まず、手が見えた。
その手で地面を押し、ミライさんがゆっくりと身体を持ち上げる。一度大きくふらついたものの、そのまま両脚で地面を踏みしめた。
脇腹を押さえることもしない。
血が制服を濡らし、口元まで赤く染まっている。
それでも一誠君だけを見たまま、何事もなかったかのように次の箱型武器を構えていた。
いや、何事もなかったはずがない。
明らかに傷ついているし、立っている身体だって僅かに揺れている。
なのに、どうしてもう立っている。
一誠君が再び襲いかかった。
今度は翼が彼女の肩から胴へまともに叩きつけられ、身体が地面を何度も転がっていく。それでも止まった直後には手をつき、また一誠君へ向き直った。
次の爪では盾ごと吹き飛ばされ、さらに携帯砲を投げて視界を塞ぎながら懐へ潜ろうとすれば、それまでの動きを覚えたかのように一誠君の逆腕が先回りする。
まともに殴られたミライさんが再び瓦礫へ叩きつけられ、口から血を吐いた。
それでも、また立ち上がる。
一度ではない。
一誠君に打ち据えられ、吹き飛ばされるたびに身体へ新しい傷が増えていくのに、少しもしないうちに地面へ手をつき、新しい武器を手にして再び前へ出る。
「どうして……」
喉は動いたけれど、声にはならなかった。目の前で繰り返される光景が、痛みで霞む頭の中でどうしてもうまく繋がらない。助けようと指先を動かしてみても、それすら彼女には届かなかった。
おかしい。
さっき完全に消えていたはずの頭上の輪は、今では傷一つない完全な形へ戻っている。
黒と金の気配も、彼女自身が消耗していくのとは反対に、戦いが続けば続くほど濃くなっていた。
あの武器もそうだ。
何度砕かれても、何度捨てても、次の瞬間には新しい一基が完全な形で現れる。
そして何より、ミライさん自身が止まらない。
無傷なのではない。むしろ、その逆だった。
戦えば戦うほど身体は酷い状態になり、制服に付着する血も増えている。それなのに、倒れている時間だけが異常なほど短い。
何が彼女を立たせているのか、僕にはまるで分からなかった。
『Boost!!』
聞き慣れた音声が戦場へ響いた。
一誠君の爪へ、ミライさんがこれまでと同じ角度で携帯砲を差し込む。
判断は間違っていない。
それまでなら、あの角度なら流せたはずだった。
けれど、今度の一撃は流れなかった。
「くっ――!」
突然跳ね上がった力に押し込まれ、箱型の武器全体へ一気に亀裂が走る。そのまま粉々に砕け散ると、彼女自身も巻き込まれるように地面へ叩きつけられた。
それでも、また立った。
その時、一誠君が不意に遠くへ頭を向けた。
その視線の先にいるのは、倒れたまま動けない僕たちだった。
ミライさんはそれを見逃さなかった。
手元へ現れたばかりの新しい携帯砲を、一切の躊躇なく一誠君の顔へ投げつける。一誠君の腕がそれを弾き飛ばした時には、彼女自身がすでに正面まで踏み込んでおり、さらに新しい一基を一誠君の胸へ叩きつけ、そのまま至近距離から撃ち抜いた。
轟音とともに一誠君の巨体が再び僕たちとは反対側へ押し戻され、赤い眼もミライさんへ向き直る。
――やっぱり
最初からずっと、彼女は一誠君を僕たちのところへ戻さないためだけに戦っている。自分の身体がどれだけ壊れても、視線の先にいるのは常に僕たちではなく、一誠君だけだった。
けれど、その戦いもいよいよ限界に近づいていた。
箱型の武器が現れる速さだけは、まったく変わらない。彼女が手を伸ばせば、その時にはもう完全な一基がそこにある。
しかし、それを使うミライさん自身の身体が追いつかなくなっていた。
武器は間に合うのに、持ち上げる腕が遅れる。盾は作れるのに、受け流すために身体を十分捻ることができない。足も何度ももつれ、踏ん張るたびに膝が大きく揺れている。
それでも一誠君の爪が迫れば盾を出し、それが砕かれれば次を作る。新しい一基を横から叩きつければ一誠君は腕で弾き、さらに出した一基を兜へ押し付けた。
けれど今度の一誠君は、それすら壊さなかった。
巨大な箱で視界を塞がれたまま、そのまま前へ出る。
一誠君の力に押され、携帯砲ごと彼女の身体が後ろへ下がっていく。ミライさんも横へ抜けようとしたけれど、もう脚がついてこなかった。
そこへ一誠君の尾がまともに横から叩き込まれた。
彼女の身体が宙を舞い、これまでよりも遥かに遠くまで吹き飛ばされ、そのまま瓦礫の山へ落ちていった。
今度は、すぐには動かなかった。
崩れた石の隙間から覗く小さな手も、汚れた髪の先も、ぴくりとも動かない。
一誠君がゆっくりとそこへ向かう。
もう立たなくていい。もう十分だと、そう声を掛けたかった。
それでも、瓦礫の中でミライさんの腕が動いた。
一度身体を起こそうとするものの、腕から力が抜けて地面へ倒れる。それでも諦めずにもう一度手をつき、どうにか片膝を立てたところで、また身体が崩れた。
「……もう……」
最後まで声にはならなかった。喉の奥に絡みついた血の味だけが、言葉の代わりに滲み出てくるようだった。
その時、倒れている彼女のすぐ横へ、新しい箱型の携帯砲が現れた。
それだけは、相変わらず傷一つない完全な姿だった。
ミライさんはその武器へ手を掛ける。
今度は盾にするためでも、撃つためでもない。
杖のように縋りつきながら、まともに力の入らない身体を無理やり持ち上げようとしている。
一誠君はもう目の前まで来ていた。
巨大な腕が持ち上がる。
彼女はまだ立ち切れていない。それでも携帯砲を構えようとしているが、どう見ても間に合わない。
そう思った瞬間だった。
白い影が、僕の視界を横切った。
激しい轟音とともに一誠君の巨体が真横へ弾き飛ばされ、そのまま地面を大きく削りながら遠ざかっていく。土煙が高く舞い上がり、遅れて重い衝撃が地面を伝って僕の身体の下まで届いた。
代わりにミライさんの前へ降り立ったのは、白い鎧を纏った人影だった。
霞み始めた視界の中でも、それが誰なのかだけは分かった。
「……ヴァーリ……?」
◇
来ると思っていた衝撃が、来なかった。
顔を上げると、私と一誠の間に白い鎧を纏った人影が立っている。
「ヴァーリ……?」
「その状態で、まだやるつもりか?」
「でも、一誠が――」
「だから俺が前に出た」
ヴァーリはこちらを振り返ることもなくそう言うと、すぐに一誠へ向き直った。
吹き飛ばされた一誠はすでに身体を起こしており、次の瞬間には地面を蹴ってヴァーリへ襲いかかる。
振り下ろされた爪を、ヴァーリは真正面から受け止めなかった。僅かに身体をずらしながら腕を添えて軌道を外へ流し、続けて振るわれた反対側の腕も翼で弾く。その直後に横から尾が迫ってきても、軽く地面を蹴るだけでその軌道から外れてみせた。ここまで幾度となく私たちを弾き飛ばしてきた攻撃を、ヴァーリは真正面から受けることなく、必要最小限の動きだけで次々といなしていく。
一誠はそれでも止まらない。
ヴァーリが着地するより早く背中から魔力を噴き出し、空中で無理やり進行方向を変えながら再び食らいついていく。それでもヴァーリは余計な動きをせず、一誠の勢いを横へ逃がしながら、自分との距離だけを僅かに広げた。
「一誠は……どうなっているんですか?」
一誠から目を離さないまま尋ねると、ヴァーリは迫ってきた爪を腕で受けるのではなく、その勢いに沿わせるように横へ流しながら短く答えた。
「覇龍だ」
「覇龍……?」
聞いたことのない言葉だった。
けれど、その意味を詳しく尋ねる余裕さえ、この戦場にはない。私が聞き返した時には、一誠はもう体勢を立て直しており、背中から魔力を噴き出しながらヴァーリとの距離を一気に詰めていた。
振り下ろされた拳をヴァーリが僅かに身体をずらしてかわし、続けざまに迫った翼も身を沈めてやり過ごす。
「本来なら、神器に封じられた存在の力を無理やり引き出す禁じ手だ。もっとも、今のこいつは完全な『覇龍』になっているわけじゃない」
一誠の尾が横薙ぎに迫る。
ヴァーリは白い翼を広げると、一瞬だけ身体を浮かせてその軌道から外れた。そのまま上から迫る一誠の腕へ触れ、白龍皇の力を発動させる。
『Divide!!』
機械的な音声が戦場へ響いた。
けれど、一誠の身体を包んでいた膨大な力は、ほとんど衰えなかった。
「……やはり、この状態じゃまともには削れないか」
ヴァーリは小さく呟くと、間髪入れずに振るわれた反対側の爪を受け流した。
「完全な『覇龍』じゃないから、このまま元に戻る場合もある」
「戻れる……?」
「ああ。ただし――」
一誠が背中から魔力を噴き出し、無理やり体勢を変えながらヴァーリへ食らいつく。
今度は爪だけではない。振り抜いた腕から翼、さらに尾へと攻撃を繋げ、そのすべてをヴァーリは最小限の動きで外していく。それでも一誠は少しも止まらず、距離を取らせる暇すら与えようとはしなかった。
「このまま元に戻れなければ、命を削り続けることになる」
「……命を?」
思わず聞き返した。
ヴァーリは迫る一誠の爪を外へ流し、その勢いで開いた胴へ蹴りを叩き込む。一誠の巨体が地面の上を大きく滑ったものの、すぐに爪を突き立てて勢いを殺し、そのまま再びこちらへ向かってきた。
ヴァーリが、ちらりとこちらへ目を向けた。
「最悪、そのまま死ぬ」
「――――」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の音が遠くなったような気がした。
瓦礫の崩れる音も、一誠が地面を蹴る音も、ヴァーリの白い翼が空気を切る音も聞こえているはずなのに、何も頭へ入ってこない。
一誠が死ぬ。その事実だけが、頭の中に残った。
私は今まで、一誠を止めることしか考えていなかった。みんなのところへ戻さないこと、これ以上誰かを傷つけさせないこと、一誠が振るう爪や翼をどうにか受け流して、少しでもみんなから遠ざけること――それだけで精一杯だった。
けれど、違う。
こうして戦っている間にも、一誠自身の命が削られている。私たちが一誠を止められないまま時間だけが過ぎていけば、それだけ一誠は死へ近づいていく。
頭の中に、アーシアさんの顔が浮かんだ。
ついさっきまで、そこにいた。ようやく助けられたと思った。一緒に帰れると思った。それなのに、アーシアさんは私たちの目の前から光の中へ消えてしまった。
でも、死んだところを見たわけじゃない。まだ何も決まっていない。もしかしたら、どこかで生きているかもしれない。
そう思っているのに。
今度は、一誠まで――。
「……嫌です」
気づけば、そんな言葉が口から零れていた。
震える腕で地面へ手をつく。身体のあちこちが痛み、脚にもまともに力が入らない。少し身体を起こすだけで全身が軋み、そのまま地面へ倒れてしまいそうになる。
それでも、歯を食いしばった。ここで倒れているわけにはいかない。
腕に力を込め、何度も崩れそうになる身体を無理やり持ち上げる。膝を伸ばし、どうにかもう一度、自分の両脚で地面を踏みしめた。
一誠は今もヴァーリへ襲いかかり続けている。私の声なんて、もう届かないのかもしれない。返事が返ってこないことだって分かっている。
それでも
「アーシアさんが死んだなんて、まだ決まってないでしょ!!」
喉が痛むほど声を張り上げた。
一誠の動きは止まらない。ヴァーリへ振るった爪を外され、そのまま翼を広げて追いかけていく。それでも構わなかった。
「だから一誠までいなくならないでください……!」
声が掠れる。胸の奥に溜まっていたものが、次から次へと込み上げてくる。
「私たちを置いていかないで!!」
ずっと、怖かった。あの力を使うことが怖かった。その力へ近づいていくことが怖かった。何より、使うたびに少しずつ抵抗が薄れていき、いつか自分自身の意思で、それを当たり前のように選んでしまう日が来ることが怖かった。
だから、できる限り使わないようにしてきた。恐れている限りは、まだ大丈夫だと思っていた。あの力を恐ろしく感じている限り、自分はまだそちらへ行かずに済む。恐れそのものが、自分を止めるための最後の線になってくれる。
そう思っていた。
けれど、その線を守るために一誠を失うのなら、そんなものに何の意味があるのだろう。
アーシアさんが消えてしまった。それだけでも、まだ何一つ受け入れられていないのに。このまま一誠まで失うなんて、そんな未来だけは絶対に嫌だった。
一誠まで失わないためなら、今だけは迷いも躊躇いも要らない。
私は一誠から目を逸らさなかった。
その瞬間、一誠の攻撃をいなし続けていたヴァーリが、ほんの一瞬だけこちらへ視線を向けた。
何を見たのかは分からない。ただ、それまで一誠を相手にしてなお余裕を崩さなかった彼の目が、僅かに鋭くなったことだけは分かった。
そして――。
『――祝福の刻』
低い男の声が響いた。私の声ではない。ヴァーリの声でもない。知らないはずなのに、どこかで聞いたことがあるようにも感じる、不思議な声だった。
けれど、その声が何なのかを考える余裕すらなかった。今はただ、一誠しか見えていなかった。
◇
血と土埃に汚れ、所々が裂けた制服は、そのままだった。
けれど、その下に刻まれていたはずの傷だけが、まるで最初から存在しなかったかのように一つ残らず消えていた。
完全な形へ戻った青紫色の輪の下で、黒と金の禍々しい光が静かに膨れ上がっていく。
そして、その腰にはいつの間にか、中央に黒い表示部を抱え、左右へ巨大な黄金の機構を張り出した重厚なドライバーが収まっていた。
ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。
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Vol.1 対策委員会編 1&2章
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Vol.1 対策委員会編 3章
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Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編
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Vol.3 エデン条約編 1&2章
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Vol.3 エデン条約編 3&4章
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Vol.4 カルバノグの兎編
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Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
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Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
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Vol.5 百花繚乱編
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Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
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Vol.EX デカグラマトン編
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第2部 Vol.EX ロア追跡編
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第2部 Vol.1 炎と影編
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第2部 Vol.2 オデュッセイア編
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メインストーリーをほとんど知らない
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ブルアカ未プレイ