止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

67 / 67
第63刻  白龍皇からの提案

 穴の縁から、血が流れていた。

 

「ぐっ……!」

 

 遅れて、痛みが来た。焼けた杭を腹の奥へ捩じ込まれたみたいな痛みに、身体から力が抜けていく。

 

「イッセー!」

 

「イッセー君!」

 

 落ちかけた俺の身体を、飛んできた木場が支えた。

 

「木……場……」

 

「喋らないで!」

 

「でも……部長……」

 

「僕が見る!」

 

 木場は俺を支えたまま部長の前へ出る。ゼノヴィアと小猫ちゃんも、すぐに部長の周りを固めた。

 

「……なんなんだよ、あの銃」

 

『相棒。分かった』

 

 ドライグの声は、いつもより低かった。

 

『問題は銃そのものじゃない。撃ち出しているものが、普通の弾丸じゃない』

 

「……どういう、ことだよ」

 

『あれは――フェンリルの《牙》だ』

 

 一瞬、意味が分からなかった。人型フェンリルの手にあるのは、どう見ても拳銃だ。

 

『狼の時、牙に気をつけろと言っただろう。同じものだ』

 

 背中が冷たくなった。

 

 噛み砕かれたみたいなクルミさんの盾。そして、俺の鎧。神殺しの牙なら、それも当然だ。

 

「狼の牙を……弾丸にしてんのか……?」

 

『そういうことだろう』

 

 狼なら、噛みつかなければ届かない。だったら近づかなければいい――普通はそう考える。でも人型になったフェンリルは、その牙を銃で飛ばしてくる。

 

 より適した形へ。ロキの言葉の意味が、ようやく分かった。

 

「イッセーさん!」

 

 馬車の陰から、アーシアが飛んでくる。

 

「動かないでください!」

 

 淡い緑の治癒の光が腹の傷を包み、少しずつ痛みが和らいでいく。

 

「大丈夫……俺は……」

 

「大丈夫じゃありません!」

 

「はい……」

 

 怒られた。でも、まだ終わっていない。人型フェンリルは拳銃を持ったまま、じっとこちらを見ていた。

 

『FOX3、DRAKE前面! FOX2、治療役を守って!』

 

『了解!』

 

『了解。アーシアさんの周囲を取ります』

 

 クルミさんが俺とアーシアの前へ滑り込み、ニコさんが側面に入る。オトギさんは上空、ユキノさんはどこへ動いても撃てる位置へ。

 

 クルミさんの盾は、さっき《牙》を受けた場所が大きく抉れたままだった。

 

「クルミさん、その盾――」

 

『まだ使える!』

 

 そう言いながらも、クルミさんは盾を真正面には立てていない。少し斜めに、身体を隠すためだけに構えている。また撃たれても、受け止めるつもりはないんだ。

 

「すみません、もう少しです……!」

 

「焦らなくていいぞ……」

 

「焦ります!」

 

「……ですよね」

 

 手を止めないアーシアに、俺は苦笑した。……つもりだった。

 

 喋るたびに腹の奥が脈打ち、息を吸うだけで傷口が焼けるように痛む。笑った顔になっていたかどうかは、自分でも分からない。

 

「治療されてしまうと、少々困りますね」

 

 ロキの声。

 

 あいつは、木場やゼノヴィア、部長たちの攻撃を全部防ぎながら、まだ余裕そうに浮いていた。

 

「フェンリル。赤龍帝を処理してください」

 

 ぞくり、と背筋が冷えた。人型フェンリルの銃口が、俺へ向く。

 

「くそ……!」

 

「ダメです! 治療中です!」

 

 立とうとした俺を、アーシアが止める。

 

「なら僕が――」

 

「待て、木場! あれは普通の弾じゃねえ! まともに食らうな!」

 

 前へ出ようとした木場を止めて、俺は気づいた。

 

 俺の後ろには、部長がいる。アーシアも、小猫ちゃんもいる。

 

 俺が退けば、射線が通る。

 

『相棒』

 

「ああ……」

 

 分かってる。

 

 自分の命を簡単に使うな。《覇龍》を使うな。小猫ちゃんにそう言われて、ちゃんと約束した。

 

「……これじゃ、あんまり変わってねえな」

 

「先輩?」

 

「いや、なんでもねえ」

 

 でも、それとこれとは別だ。後ろに誰かがいるなら、ここで避けるなんて無理だ。

 

 木場の肩を借りて、無理やり身体を起こす。腹の奥で、塞がりかけた傷が引き攣れた。

 

「イッセー、下がりなさい!」

 

「無理です」

 

「イッセー!」

 

「後ろに部長たちがいるのに、どうやって下がれっていうんですか」

 

「……っ」

 

 部長が、何も言えなくなる。

 

「させるかよ!」

 

 その時、別方向から巨大な光が走った。

 

 アザゼル先生の光槍と、バラキエルさんの雷。二つが並んでロキへ迫る。

 

「少しばかり好き勝手やりすぎじゃねえか、ロキ!」

 

「そうでしょうか?」

 

 ロキの前へ、何枚もの術式が重なって二人の攻撃を受け止める。

 

「まだです!」

 

 今度はロスヴァイセさんが前へ出た。

 

「北欧の術式であるなら、私にも分かります!」

 

 その周囲へ、魔法陣が次々に現れる。十、いや、もっと。色も形もばらばらの魔法陣が、扇のように夜空へ広がっていく。

 

「一斉に撃ちます!」

 

 炎、氷、雷、風。いくつもの属性の魔法が一斉砲撃となってロキへ降り注ぎ、夜空を光で埋め尽くした。

 

 凄え。あんなに撃てるのか、ロスヴァイセさん!

 

「どうだ!」

 

「イッセー、あなたが言わないで!」

 

「すみません!」

 

 部長に怒られた。でも、今度こそ少しくらい――。

 

 爆発の光が収まり、煙の中で、北欧文字が光った。

 

「嘘だろ……」

 

 ロキは、そこにいた。何重もの術式が回転し、ロスヴァイセさんの魔法を一つずつ受け止めている。

 

 しかもその間も、フェンリルへの命令は止まっていない。俺たちへの妨害術式まで残ったままだ。

 

「何個同時に使ってんだよ、あいつ……!」

 

『相当な使い手だな』

 

「相当で済むか、これ!」

 

 アザゼル先生も、バラキエルさんも、ロスヴァイセさんも、俺たちもいる。なのに、ロキ一人を押し切れない。

 

「グルルッ!」

 

「来ます!」

 

 アーシアの声。フェンリルの銃口が、俺へ向く。

 

 クルミさんが前へ出る。木場も、ゼノヴィアも、小猫ちゃんも、部長と俺たちの前へ集まっていく。

 

「私も――」

 

「部長は下がっててください! 今度ばかりは聞いてください!」

 

 身体が痛い。治療も途中だ。それでも、フェンリルから目を離せない。

 

 引き金に掛かった指が、動く。

 

『Half Dimension』

 

 聞き覚えのある声がした。

 

 フェンリルの周囲の空間が、水面に映った景色を指でかき混ぜたみたいに、ぐにゃりと歪む。

 

「グルッ!?」

 

 初めて、人型フェンリルの動きが明らかに鈍った。拳銃を持ち上げる腕まで遅い。

 

『白龍皇か!』

 

 ドライグが叫ぶ。

 

 俺たちとフェンリルの間へ、白銀の鎧を纏った男がゆっくりと降りてくる。背中の光翼が、月明かりよりも白く夜空を照らしていた。

 

「ヴァーリ!」

 

「随分と派手にやられたな、兵藤一誠」

 

「うるせえ……! 助けに来たんなら、もう少し優しい言葉かけろよ!」

 

「まだそれだけ喋れるなら問題ないだろう」

 

「どんな基準だ!」

 

 こいつ!

 

 でも、正直、助かった。

 

「気をつけろ! そいつの銃、普通の弾じゃねえ!」

 

「分かっている」

 

 ヴァーリの視線の先で、動きを鈍らせた人型フェンリルが、それでも止まらずに拳銃を持ち上げていく。

 

 狙っているのは、ヴァーリじゃない。銃口の先には、誰もいない。

 

「まさか」

 

 ヴァーリが呟いた。

 

 パンッ、と今までとは比べものにならないほど普通の銃声が鳴る。

 

 何もないはずの空間の着弾点に、ピシッ、と亀裂が入った。亀裂は一本だけじゃない。着弾点から何本も広がり、まるで巨大な狼の顎が、その場所へ噛みついたみたいに――。

 

 バキィンッ!

 

 空間が砕けた。

 

 ガラスの割れるような音と一緒に、歪んでいた景色が一気に元へ戻る。フェンリルの動きも、元の速さを取り戻していた。

 

「Half Dimensionが……!」

 

 部長が息を呑む。

 

「……なるほど。やはり、あの弾丸自体がフェンリルの《牙》か」

 

「お前、楽しんでないか?」

 

「興味深いとは思っている」

 

「それを楽しんでるって言うんだよ!」

 

 フェンリルがヴァーリへ拳銃を向け、ヴァーリも構える。白龍皇と神喰狼が、正面から向かい合った。

 

「おーい、ヴァーリ! 先に行きすぎだって!」

 

 そこへ、場違いに軽い声が飛んできた。

 

 夜空の向こうから、金色の雲が近づいてくる。その上で棒を肩に担いでいるのは、見覚えのある男だった。

 

「美猴!」

 

「よっ、赤龍帝。酷い目に遭ってんな」

 

「軽く言うな!」

 

「喋れてんなら平気そうじゃん」

 

「お前もヴァーリと同じこと言うのかよ!」

 

 なんなんだ、この集団!

 

 でも、美猴まで来たということは、まさか、まだ他にも――。

 

 ヴァーリは俺たちのやり取りなど気にも留めず、フェンリルから視線を外さないまま、ロキへ声をかけた。

 

「初めましてだな、ロキ」

 

「白龍皇ですね。赤龍帝と並ぶ二天龍の一角を、知らないはずがありません」

 

「なら話は早い。今日はお前に用があって来た」

 

 白銀の鎧が、月明かりを反射する。

 

「お前を倒すためにな」

 

 その言葉を聞いて――初めてだった。ロキの笑顔が、ほんの少しだけ変わった。

 

 驚いた、というほどの変化じゃない。穏やかな笑みはそのままで、声にも余裕が残っている。

 

 ただ、それまで観察する側だった奴が、初めて観察される側へ回った。俺には、そんなふうに見えた。

 

「私を倒すために、ですか」

 

「お前がオーディンと日本神話の会談を狙っていることは把握している。好きにさせるつもりはない」

 

「白龍皇まで他神話間の協調に積極的とは、少々意外でした」

 

「勘違いするな。世界平和のために来たわけじゃない」

 

「こいつの場合、強い奴と戦えるなら大体それでいいからな」

 

「余計なことを言うな、美猴」

 

 お前ら、こんな時までいつも通りだな……。

 

 そう口に出しかけて、アーシアに腹を押さえられた。

 

「イッセーさん、喋らないでください!」

 

「はい……」

 

 ヴァーリが人型フェンリルを見る。頭上の輪も、警察官みたいな服も、人間らしい顔立ちも変わらない。なのに、喉から漏れるのは獣の唸り声だけだ。

 

「その姿でも、フェンリルであることに変わりはない、か」

 

「当然です。外見や戦闘形式が変わった程度で本質まで失われるようでは、再構成とは呼べませんから」

 

「再構成、ねぇ」

 

 アザゼル先生が嫌そうな顔をした。

 

「神話の怪物を好き勝手に弄くって、それを進歩だと思ってんのか?」

 

「性能を理解し、欠点を補い、より適した運用方法を与える。合理的な改善ですよ」

 

「本人がそう思ってるのが一番性質悪いんだよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだよ」

 

 ロキは少しだけ首を傾げた。本気で分かっていないらしい。

 

「ここで続けるつもりなら、俺も相手になる」

 

「あなた一人で?」

 

「やってみるか?」

 

 ロキは返事をしなかった。

 

 代わりに、周囲をゆっくり見回す。俺たちグレモリー眷属、アザゼル先生とバラキエルさん、ロスヴァイセさん、配置を戻しつつあるFOX小隊、そしてヴァーリと美猴。頭の中で何かを計算し直しているような目だった。

 

『相棒。あの女、退くかもしれんぞ』

 

「ヴァーリが来たからか?」

 

『それだけじゃないだろう。最初からここで決着をつけるつもりなら、もっとやりようはあったはずだ』

 

「……十分ですね」

 

「何が十分なんだよ」

 

「本日の確認事項です」

 

 ロキは指を折るように、淡々と並べた。

 

「赤龍帝の戦闘能力。グレモリー眷属の連携。堕天使総督とバラキエルの対応力。そして――北欧側の護衛部隊が、想定以上に優秀であること」

 

 ユキノさんは反応しない。ただ、銃口だけはロキから外していなかった。

 

 ドライグの言う通りだ。あいつは最初から、ここで決着をつけるつもりなんてなかった。俺たちの戦い方も、FOXの対応も、ヴァーリの能力まで、全部確かめていた。

 

「白龍皇まで介入するのであれば、今日ここで無理に続ける必要はありません。誤解しないでください。恐れているわけではありませんよ。戦闘とは、目的を達成するために行うものです」

 

「最初から様子見だったってことかよ!」

 

「必要な情報を集めるための確認、としていただければ」

 

「同じようなもんだろ!」

 

「赤龍帝、あいつと口喧嘩しても疲れるだけだぞ」

 

 美猴に言われるまでもない。分かってる。でも、腹立つものは腹立つんだ!

 

「まさか『今日はここまでです』で帰れると思ってるわけじゃねえよな?」

 

「止めたいのであれば、止めていただいて構いません。ただし、こちらもそれなりの抵抗はさせていただきます」

 

 アザゼル先生の問いに笑ったまま答えるロキの足元では、既に新しいルーンが円を描き始めていた。今までとは違う並びの文字。

 

 転移だ、と直感した。

 

 ロキの視線が、最後にオーディンの爺さんへ向く。FOXに囲まれた位置から動かずにいた爺さんは、腕を組んだままロキを見返していた。

 

「オーディン様。本当に、考え直すつもりはないのですね」

 

「くどいのう。わしは日本神話側と会う。おぬしに何を言われても変えるつもりはない」

 

「……そうですか」

 

 ロキは目を細めた。怒っているようには見えない。でも、何かを完全に切り捨てたような顔だった。

 

「でしたら、会談の日に改めてお伺いします」

 

「来なくていいぞ?」

 

「残念ながら、それは承諾できません」

 

「なら聞くな」

 

「一応、確認ですので」

 

「おぬし、本当に面倒臭いのう」

 

 オーディンの爺さんにまで言われてるぞ。

 

「次にお会いする時には」

 

 ロキの周囲のルーンが、強く輝く。

 

「今日のように、護衛の後ろから状況を見ているだけでは済まないと思います」

 

『FOX1より全員。JESTER、転移術式。RAVEN周囲を固める』

 

 FOX小隊が素早く配置につく。損傷した盾を抱えたクルミさんが爺さんの前に入り、ニコさんが側面、オトギさんは高高度、ユキノさんは全体を見られる中央へ。

 

 ロキに呼ばれ、人型フェンリルが拳銃を下ろしてその傍らへ戻っていく。ヴァーリは止めなかった。ただ、その動きをずっと目で追っている。

 

「次は、この子に、あなたの喉を噛み切らせて差し上げましょう」

 

 思わず、フェンリルの拳銃を見た。

 

 噛み切る。あの銃弾で。

 

 いや、あれも《牙》なのだから、ロキにとっては本当に噛みつかせるのと同じなのかもしれない。

 

「会談の予定を伝えた覚えはないんじゃがな」

 

「調べれば分かることです」

 

「ストーカーみたいじゃのう」

 

「……その表現は訂正を求めます」

 

 初めて、ロキの眉が少し動いた。こんな時なのに、爺さんは爺さんだった。

 

「では、また」

 

「待ちやがれ!」

 

 俺の声を、広がった光が飲み込んだ。

 

 人型フェンリルが、最後にこちらを見る。

 

 頭上の輪、手の中の拳銃、警察官みたいな姿。それでも、最後まで、人の言葉は一つも発さなかった。

 

 次の瞬間、ロキとフェンリルの姿が消えた。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

 あれだけ激しかった夜空が、急に静かになる。聞こえてくるのは、高空を吹き抜ける風の音と、スレイプニルの荒い鼻息だけだった。

 

『……気配は消えた』

 

 ドライグの言葉を聞いた途端、全身から力が抜けた。

 

 《赤龍帝の鎧》が赤い粒子になって解けていく。支えを失った身体が、夜空の中で傾いた。

 

「イッセー!?」

 

「イッセーさん!」

 

「わり……ちょっと……」

 

 腹が痛い。治してもらっているはずなのに、急に痛みが強くなった。

 

 いや、今まで戦っていたから、まともに感じていなかっただけか。

 

「イッセー君!」

 

 木場とアーシアが、俺の身体を抱え直す。

 

「大丈夫……大丈夫だって……」

 

「大丈夫な人は、そんな顔しないわよ!」

 

 部長に怒られた。

 

「部長……」

 

「なに?」

 

「無事で……よかったです」

 

「……っ」

 

 そこまで言ったところで、視界が暗くなった。

 

 部長が何か叫んでいる。アーシアの声もする。

 

 だけど、もう聞き取れなかった。

 

     ◇

 

「……イッセーさん……」

 

 声がする。

 

 重い瞼を開くと、見慣れた馬車の天井が見えた。木目の上に北欧の紋様が彫り込まれた、ここ数日ですっかり覚えてしまった天井。

 

「イッセーさん! 目が覚めました!」

 

「うおっ」

 

 起き上がろうとした瞬間、アーシアの顔が視界いっぱいに入ってきた。泣きそうな顔で、目元が少し赤い。

 

「ごめん、心配かけた」

 

「本当です!」

 

「……ごめんなさい」

 

「どうしてイッセーさんが謝るんですか!」

 

「いや、今怒られた気がして……」

 

「怒ってます!」

 

「やっぱり怒ってた!」

 

 腹を見ると、鎧は解除されていた。服の上から、アーシアの治癒の光が傷のあった場所を包んでいる。

 

 反対側では、小猫ちゃんが俺の腹へ手を添えて仙術を使っていた。掌から伝わってくる温かさが、治癒の光とは違う形で、身体の奥にじんわり染み込んでくる。

 

「目、覚めましたか」

 

「うん」

 

「そうですか」

 

 いつも通りの無表情。でも、なんか怖い。

 

「……怒ってる?」

 

「別に」

 

「絶対怒ってるよね?」

 

「先輩」

 

「はい」

 

 条件反射で返事をした。

 

「約束したばかりです」

 

 来た。

 

「いや、待ってくれ! 今回は《覇龍》使ってないぞ!? 本当だぞ!?」

 

「そういう意味ではありません。先輩は、すぐ自分のことを後回しにします」

 

 何も言えなくなった。

 

「今回もそうでした」

 

「いや……でも、部長が狙われてたし」

 

「分かってます」

 

「なら――」

 

「分かってるから、困ってるんです」

 

「……はい」

 

 完全に負けた。アーシアまで横で頷いている。

 

「私も、小猫ちゃんと同じ気持ちです」

 

「アーシアまで……」

 

「もし次も同じことがあったら、またイッセーさんは同じことをしますよね?」

 

「……たぶん」

 

「イッセーさん!」

 

「だって、目の前で誰かが危なかったら無理だって!」

 

 そこだけは、たぶん何を言われても変えられない。

 

「俺だって死にたいわけじゃないぞ? 《覇龍》も使わない。でも、誰かがやられそうなのに、自分だけ避けるなんてできないって」

 

 小猫ちゃんが、小さく息を吐いた。

 

「だから困ってるんです」

 

「ごめん」

 

「謝らなくていいです。もっと、自分も守ってください」

 

「……努力します」

 

「絶対ですよ」

 

「はい」

 

 そこはちゃんと返事をしておく。守れるかどうかは、その時にならないと分からないけど。

 

「ところで、部長たちは?」

 

「外です。ヴァーリさんたちと話しています」

 

「……あいつ、まだいたのか」

 

「イッセーさん、まだ横になっていてください」

 

「でも話聞きたい」

 

「ダメです」

 

「ちょっとだけ」

 

「ダメです」

 

 アーシア強い。

 

「傷はほとんど塞がっていますが、完全ではありません。それに……前の《覇龍》で失った生命力までは、今回の治療で戻ったわけではありませんから」

 

「……そっちは別なんだよな」

 

「はい」

 

 小猫ちゃんの仙術で、かなり良くなってはいる。でも、一度減ったものが全部元通りになったわけじゃない。そこは忘れちゃいけない。

 

「分かった。無茶はしない」

 

「本当ですか?」

 

「そこ疑われんの!?」

 

「さっきのことがありますから」

 

「ぐうの音も出ねえ……」

 

     ◇

 

 しばらく治療を受けてから、俺たちは駒王学園近くの公園へ移動した。

 

 夜の公園に人の姿はない。街灯の白い光の下で、誰も乗っていないブランコが風に揺れて小さく軋んでいる。念のため、アザゼル先生たちが周囲に人払いもしているらしい。

 

「イッセー。もう大丈夫なの?」

 

「はい。アーシアと小猫ちゃんに治してもらいました」

 

「本当に?」

 

「本当です」

 

「無理してない?」

 

「してません!」

 

 たぶん。

 

 部長はまだ何か言いたそうだったけど、それ以上は追及しなかった。

 

 FOX小隊は、もう本来の護衛態勢へ戻っている。クルミさんの盾には、フェンリルから受けた傷がそのまま残っていた。遠目でも分かるくらい、ひどい。

 

 あれを腹へ直接食らったのかと思うと、今さらぞっとする。

 

「……よく生きてたな、俺」

 

『鎧と治療役に感謝しろ』

 

「してるよ」

 

『それと、運にもな』

 

「それも」

 

 少し離れた街灯の下には、朱乃先輩とバラキエルさんがいた。並んでいる、と言うには間が空きすぎている。

 

 二人とも何も話していない。バラキエルさんが一度だけ朱乃先輩の方を見て、何か言いかけて、結局口を閉じた。朱乃先輩はそれに気づいているのかいないのか、ずっと夜空の方を見ていた。

 

 俺は声をかけずに、そっと視線を外した。

 

 そして俺たちの少し先には、ヴァーリと美猴、それから――。

 

「アーサーと黒歌までいるのか」

 

「にゃはは。久しぶり、イッセー」

 

「その呼び方で気軽に話しかけてくんな!」

 

「お身体は大丈夫ですか、兵藤一誠」

 

「まあ……なんとか」

 

 アーサーは普通なんだけどな。こっちの猫又は相変わらずだ。

 

「姉さま……」

 

 小猫ちゃんが、俺の隣で露骨に嫌そうな顔をする。

 

「そんな顔しなくてもいいじゃない、白音」

 

「小猫です」

 

「相変わらずつれないにゃあ」

 

「はいはい、そのへんにしとけ」

 

 アザゼル先生が会話を切り、ヴァーリへ目を向けた。

 

「本題だ。お前らがロキの動きを知ってた理由と、今後どうするつもりか。そこまで話してもらう」

 

「ロキがオーディンと日本神話側の接触を嫌っていることは把握していた。今日動く可能性も考えていたから、様子を見ていた。それだけだ」

 

「様子見の割には、随分いいところで出てきたな」

 

「お前たちがどこまで戦えるか見ておきたかった」

 

「最初から来いよ!」

 

「結果として間に合っただろう」

 

「そういう問題じゃねえ!」

 

 ヴァーリは本当にヴァーリだ!

 

「でも、今日のあれで分かっただろ? ロキとフェンリルを同時に相手するのがどれだけ面倒か」

 

 美猴の言葉は否定できなかった。

 

 ロキだけで、俺たち全員をまとめて相手にしていた。フェンリルはFOX小隊の四人が引き離してくれたから、どうにか戦場が分かれていただけだ。最初から二体が揃って同じ相手を狙ってきていたら、もっと酷いことになっていたはずだ。

 

「英雄派の動きもある。各勢力があちこちへ戦力を割いている今、会談一つのために最上級戦力を何人も集めるのは難しい」

 

「冥界も、完全に余裕があるわけではないわ」

 

「天界も同じだよ」

 

「それに、会談へ大軍を連れていけば、別の意味で問題になります」

 

 部長、イリナ、木場が続く。日本神話との会談に大量の戦力を連れていったら、そっちの方が喧嘩を売っているみたいに見えるだろう。

 

 少数で、何とかするしかない。

 

「そして今日、はっきりした。ロキは強い」

 

「……知ってるよ!」

 

 嫌というほど!

 

「フェンリルもな。特に今のフェンリルは興味深い。小型化と、牙の射出。怪物としての強さを残したまま、戦術面だけを大きく変えている」

 

「お前、絶対戦いたいだけだろ」

 

「否定はしない」

 

「やっぱりかよ!」

 

 こいつ、本当に一切隠さねえ!

 

「ヴァーリ。一つ聞いていいか?」

 

 今日見た光景を思い出しながら、俺は訊いた。

 

「お前なら、ロキとフェンリル、二人まとめて倒せるのか?」

 

「無理だ」

 

「即答かよ!」

 

「できないものをできると言う意味がない。ロキだけなら戦える。フェンリルだけでも戦える。だが、ロキに俺を抑えられ、その間にフェンリルを自由に動かされれば厄介だ。逆も同じだ」

 

「白龍皇だからって万能じゃねえってことだ」

 

 アザゼル先生も頷く。

 

「じゃあ、どうすんだよ。会談の日に、今日みたいなことになったら」

 

「それについて、提案がある」

 

 ……なんか、こいつの視線。さっきから、俺に向いてないか?

 

「兵藤一誠。俺一人なら、ロキとフェンリルの二体同時は難しい」

 

「それは今聞いた」

 

「だが、一人である必要はない」

 

 意味が分からず首を傾げる俺に、ヴァーリは続けた。

 

「赤龍帝と白龍皇。二天龍が同じ側へ立てば、状況は変わる」

 

 周りが静かになった。部長も、木場も、アザゼル先生も、みんなヴァーリを見ている。

 

「今回に限っては――」

 

 ヴァーリの口元が、少しだけ上がった。

 

「俺は、お前と共に戦ってやってもいい」

 

「……は?」

 

 俺の口から出たのは、それだけだった。

 

「お前と……俺が? 一緒に?」

 

「そう言っている」

 

「……マジで?」

 

「何度言わせるつもりだ」

 

 いやいやいやいや、待て。

 

 こいつは白龍皇で、俺は赤龍帝だ。本来なら、いつかぶつかる相手。それが――。

 

「俺とヴァーリが……共闘?」

 

「不満か?」

 

「いや、不満っていうか……」

 

 頭が追いつかない。

 

「いいじゃん。赤と白が並ぶんだぜ? 見栄えもいいじゃん」

 

「そういう話じゃねえ!」

 

 笑う美猴に叫び返した横で、アザゼル先生が口元を上げた。

 

「……なるほどな。赤龍帝と白龍皇が、同じ敵を相手にする、か」

 

 部長も驚いたままだ。ヴァーリだけが、最初から当然そうなると決めていたみたいに、静かに俺を見ていた。

 

 神喰狼フェンリル。悪神ロキ。そして、赤龍帝と白龍皇。

 

 どうやら今度の日本神話との会談は、ただの会談では終わってくれそうになかった。

 

今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?

  • 歴代ライダー本人の登場
  • 歴代ライダーとの共闘
  • 歴代ライダーとの対決
  • ライドウォッチ
  • アーマータイム
  • ミライ独自のライダー形態
  • 他キャラの仮面ライダー化
  • ライダー由来の武器・アイテム
  • ライダーマシン
  • 怪人・敵組織
  • 歴代ライダーの能力再現
  • 歴代ライダーの必殺技
  • 原作ライダーの名場面オマージュ
  • 仮面ライダー側の世界観・設定
  • 昭和ライダー要素
  • 平成一期ライダー要素
  • 平成二期ライダー要素
  • 令和ライダー要素
  • 劇場版・Vシネマなどの要素
  • その他(感想欄で教えてください)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

願えば、きっと叶う。(作者:吉野家)(原作:ハイスクールDxD)

京都で、母を呼び続ける少女がいた。▼その願いに応えるように現れたのは――白い狐の仮面ライダー。▼「願えば、きっと叶う」▼九尾の狐・八坂を救った浮世英寿だったが、どうやらここは自分のいた世界ではないらしい。▼帰る道は、まだない。▼ならばそれまでは、この世界を見て回ればいい。▼悪魔も、堕天使も、龍も、英雄も。▼願いを持つ者がいるのなら――きっと、退屈はしない。


総合評価:424/評価:8.67/連載:25話/更新日時:2026年08月17日(月) 00:00 小説情報

仮面ライダージオウ Re:Starting Life in Another World(作者:吉野家)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

全ての戦いを終えた常磐ソウゴ。▼未来の魔王となる運命を乗り越え、新たな世界を創り、平穏な日常を取り戻したはずだった。▼だがある日。▼目を覚ますと、そこは見知らぬ異世界だった。▼精霊。▼魔法。▼魔女。▼そして死に戻り。▼ソウゴの知るどの世界とも違う理で動く世界。▼未来の王たる力は失われていない。▼しかし、この世界はその力を受け入れきれない。▼オーマジオウになれ…


総合評価:45/評価:-.--/連載:31話/更新日時:2026年06月24日(水) 13:20 小説情報

夢の力で青春を手助け(作者:ライダー志望)(原作:ブルーアーカイブ)

何故かゼッツ由来の夢の力を持ってキヴォトスで生活する青年の日記。


総合評価:1186/評価:8.59/連載:50話/更新日時:2026年10月03日(土) 00:00 小説情報

俺は兵藤一誠、呪術師だ!(作者:朝日)(原作:ハイスクールD×D)

もしもイッセーの祖父が呪術師で、そんな祖父がイッセーの体に眠る『神器』の波動を感じ取って幼少期から彼に稽古を付けていたら。▼※原作イッセーからスケベ成分を抹消して、呪術師成分を追加しているためご注意ください。


総合評価:1553/評価:8.25/連載:19話/更新日時:2026年07月12日(日) 17:00 小説情報

Be The ZENLESS Z:One / from ビルド ZEW WORLD(作者:ZENIUS)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

時空の狭間にて、宿敵「エボルト」を打倒した「桐生 戦兎」。しかしその際、計らずも次元の崩壊に巻き込まれ、自らが創った新世界とは違う「ホロウに蝕まれた終末世界」へ飛ばされてしまった。▼一時はベルトと記憶を失うも、この世界に存在するハズのない怪人「スマッシュ」の登場を機に、「仮面ライダービルド」として完全復活。▼今や世界唯一の都市となった「新エリー都」を舞台に、…


総合評価:820/評価:8.62/連載:3話/更新日時:2026年08月03日(月) 14:47 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>