止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第64刻 明日の備え

ロキとフェンリルに襲われた翌日。俺たちは兵藤家の地下にある大広間へ集まっていた。

 

 グレモリー眷属にイリナ、アザゼル先生とバラキエルさん、ソーナ会長たちシトリー眷属。そして向かい側には、当然のような顔でヴァーリたち――美猴、アーサー、黒歌が座っていた。

 

 少し前までなら、同じ部屋にいるだけで身構えていた連中だ。部長は腕を組み、露骨に不満そうな顔でヴァーリたちを見ている。

 

 当然だ。部長は最初、ヴァーリチームとの共同戦線には反対していた。それでもアザゼル先生とサーゼクスさまの意見を聞いて、最後には渋々受け入れたらしい。

 

 俺だって全面的に信用したわけじゃない。何度もぶつかってきた相手だし、こいつらは《禍の団》だ。そんな連中と組んで神さまを相手にするなんて、どう考えても普通じゃない。

 

 ただ、サーゼクスさまがそれを認めたのは少し気になった。甘いところはあっても、魔王として何も考えずにこんな判断をする人じゃない。

 

 オーディンの爺さんとロスヴァイセさんは、本国と連絡を取るため別室にいる。北欧の神が、フェンリルまで連れて爺さんを日本まで追ってきたのだ。向こうも大騒ぎだろう。

 

「本来なら三大勢力からもっと戦力を集めたいところだが、そう簡単にはいかねえ」

 

 大広間の中央に立ったアザゼル先生が、俺たち全員を見回した。

 

「英雄派の連中があちこちで襲撃を続けてる。悪魔も天使も堕天使も、それぞれ守らなきゃならん場所を抱えてる状態だ。今いるメンバーで、どうにかするしかねえ」

 

 軽く言ってくれるけど、相手は神さまだぞ。しかも昨日、嫌というほど思い知らされた。厄介なのはロキだけじゃない。

 

「ロキ本人も当然危険だ。だが一番警戒しなきゃならんのはフェンリルだ。神を殺せる牙を持った化け物で、今のあいつはただ噛みついてくるだけの狼じゃない。二天龍が本来の力を引き出せるなら話は変わるが――一誠はまだそこまで届いてない」

 

「うっ……」

 

『事実だ、相棒』

 

 ドライグまで追い打ちをかけてくるなよ。

 

「ヴァーリなら正面からある程度やり合えるだろうが、それでも一対一で確実に仕留められるとは言えねえ」

 

 灰色の巨狼と、途中から人の姿へ変わったあいつ。拳銃から撃ち出されたのが《牙》だったと知った時の感覚は、今も腹の傷と一緒に身体へ残っている。

 

 誰も反論しなかった。ヴァーリの《Half Dimension》すら、あの弾丸に破られているのだ。

 

「だから、その前に確認しておく」

 

 先生が、ヴァーリをまっすぐ見た。

 

「お前は、なんで俺たちに協力する?」

 

 全員の視線を浴びながら、ヴァーリはほんの少しだけ口元を上げた。

 

「単純な話だ。ロキとフェンリル――あれほどの相手と戦える機会を、逃す理由がない」

 

 ……やっぱり、それかよ。昨日あれだけの目に遭った相手を前にして、こいつは本当に楽しそうだった。

 

「……相変わらずだな、おまえは」

 

「不満か?」

 

「相手がそこらの雑魚なら好きにしろと言ってやるさ。だが今回はロキとフェンリルだ。おまえ一人が暴れて済む話じゃねえ」

 

「それに、君たちが共同戦線を断っても、結果は大して変わらない。組むなら一緒にロキを倒す。組まないなら、俺たちは俺たちで挑む。君たちが戦っている最中でもな」

 

「むしろ邪魔になるじゃねえか!」

 

「だから最初から組んだほうがいいだろう?」

 

 悪びれもせず言いやがった。美猴たちも止める気配すらない。ヴァーリがこういう奴なのは、とっくに了承済みらしい。

 

「まったく……」

 

 アザゼル先生が額を押さえる。

 

「サーゼクスも相当悩んだらしいがな。おまえを好き勝手に動かせるより、こっちの目が届くところで協力させたほうがまだマシだ、って判断だ」

 

 それには俺も納得できた。勝手に戦場を引っかき回されるくらいなら、最初から作戦に組み込んでおいたほうがずっといい。

 

「……納得できないことは多いわ」

 

 部長が、腕を組んだままヴァーリを睨む。

 

「けれど、お兄さまが認めたのなら従うわ。ただし、私たちに妙な真似をした場合は別よ」

 

「私も同意します。何をしているか分からない場所にいられるよりは、行動を把握できるほうがいいでしょう」

 

 ソーナ会長も眼鏡を押し上げながら続いた。二人とも、明らかに渋々だ。

 

 それに、アーシアを次元の狭間から連れ帰ってくれたのはアーサーだ。全員を最初から敵と決めつける気にもなれない。怪しいことをしたら、そのとき遠慮なくぶん殴ればいい。

 

「さて。ここからが本題だ」

 

 先生が手を叩いた。

 

「ロキとフェンリルをどうするか。俺たちだけで頭を捻るより、あいつらをよく知ってる奴に聞いたほうが早い。五大龍王の一角――《終末の大龍》ミドガルズオルムだ」

 

『ヨルムンガンドとも呼ばれる龍だ』

 

 北欧神話に出てくる、とてつもなく巨大な蛇みたいなドラゴンだったはずだ。

 

「本体は北欧の深海で寝てる。だから意識だけをこっちへ引っ張る。赤龍帝と白龍皇に、俺のファーブニル、匙のヴリトラ、それからタンニーン。これだけ龍の力を揃えて術式を組めば、呼べる可能性は高い」

 

「俺もですか!?」

 

 突然名前を出された匙が、素っ頓狂な声を上げた。

 

 二天龍に龍王を何体も集めて、さらに別の龍王を呼び出す。最近、俺の周りの規模がおかしくなりすぎてる気がするぞ。

 

 先生がタンニーンさんへ話を通しに、バラキエルさんとヴァーリを連れて出ていくと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。その直後だった。

 

「なあ、イッセー。おまえん家、地下にプールあるんだろ? ちょっと泳いできていいか?」

 

「なんでだよ!」

 

 さっきまで神との戦いの話をしてたよな!?

 

「勝手なことは許さないわよ。ここはイッセーと私の家でもあるの」

 

 すぐ横から、部長がずいっと前へ出た。笑顔は綺麗だけど、妙に圧が強い。

 

「へいへい。相変わらず固いねえ、スイッチ姫」

 

 一瞬、大広間の空気が止まった。

 

「――誰がスイッチ姫ですって?」

 

「だって冥界じゃ結構有名みたいだぜ? 赤龍帝専用の――」

 

 そこから先は続かなかった。部長の手刀が、美猴の頭へ見事に突き刺さったからだ。

 

「いってぇぇぇっ!」

 

「あなたたちが面白がって広めるからでしょう!」

 

 涙目で怒鳴る部長から、俺はそっと視線を逸らした。……元をたどれば、原因のかなり大きな部分は俺なんだよな。黙っておこう。

 

 そこへ、アーシアが俺の袖を引いた。アーサーにお礼を言いたいらしい。

 

 あのとき、もしアーシアが戻ってこなかったら――。そこまで考えて、俺は一度頭を振った。

 

「もちろんだ。行こうぜ」

 

「先日は、助けてくださって本当にありがとうございました」

 

「礼を言われるほどのことではないよ。必要だったから、そうしただけだ」

 

「それでも……本当に、ありがとうございました」

 

「そうか。なら、受け取っておこう」

 

 相変わらず静かな奴だけど、ヴァーリよりはよっぽど話が通じる。

 

 アーシアがほっとしたように笑う横で、俺は大広間を見回した。

 

 アーサーはいつの間にかゼノヴィアとイリナに捕まって聖剣の話を始めているし、黒歌は小猫ちゃんにちょっかいを出して思いきり睨まれている。その小猫ちゃんの背中では、ギャスパーが半分隠れて震えていた。

 

 ……みんな、色んなことしてるな。

 

 ふと部屋の隅を見ると、朱乃先輩が小さくため息をついていた。いつものように笑ってはいるけれど、バラキエルさんが来てから、ふとした瞬間に沈んだ顔を見せることが増えている。

 

「まだ言ってるの、この猿!」

 

「やってみろよ、スイッチ姫!」

 

 反対側では、部長と美猴がまだ言い争っていた。……こっちも大丈夫じゃなさそうだ。

 

     ○

 

 しばらくして戻ってきた先生に連れられ、俺と匙、それにヴァーリは転移魔方陣で白い空間へ移った。待っていたタンニーンさんを前に、匙はガチガチに固まっている。

 

 先生が床いっぱいに広げた魔方陣を起動すると、俺の赤、ヴァーリの白、匙の黒、タンニーンさんの紫、そして先生の手元からファーブニル由来の金色の光が中央へ集まっていく。

 

 やがて、その空間が歪み始めた。

 

「で、でか……」

 

 現れた龍の像は、頭だけでタンニーンさんが小さく見えるほどだった。蛇のような胴体がどこまでも続き、見上げても全体が把握できない。

 

『大きさだけなら、グレートレッドすら上回る』

 

 ドライグまでそんなことを言う。ところが、その巨大な龍は目を閉じたまま、地鳴りみたいないびきをかいていた。

 

「ミドガルズオルム! 起きろ!」

 

 タンニーンさんの怒鳴り声が二度響いて、ようやく巨大な瞼がわずかに動く。

 

『……ふぁぁぁぁ……久しぶりだねぇ、タンニーン。ドライグとアルビオンもいるのかぁ……もしかして、世界の終わりが来た?』

 

「来ていない! おまえに聞きたいことがあって、意識だけ呼び寄せたのだ」

 

『そうなんだぁ……ぐぅぅぅ……』

 

「寝るな!」

 

 ……この二匹、普段からこんな感じなんだろうな。

 

「おまえの兄弟と父親についてだ」

 

 ようやく話を聞く気になったミドガルズオルムに、タンニーンさんが切り出した。

 

 フェンリルとロキのことだ、と先生が教えてくれる。ミドガルズオルムもロキの子で、フェンリルとは兄弟にあたるらしい。この世界最大級のドラゴンまでロキの子供なのかよ。

 

『ダディとワンワンのことなら、別に話してもいいよ。僕にはあまり関係ないし』

 

 ……フェンリルのこと、ワンワンって呼ぶのか。

 

『たぶん厄介なのは、ダディよりワンワンのほうかなぁ。あの牙は危ないからね。噛まれれば、神だって死ぬことがある』

 

 腹を撃ち抜かれた感覚が蘇って、俺は無意識に傷のあった場所へ手を当てた。今のフェンリルは、その牙を銃で撃ち出してくる。二度と食らいたくない。

 

『でも昔から弱点もあるよ。ドワーフが作った魔法の鎖――《グレイプニル》。あれならワンワンを縛れる』

 

「それはこちらも把握している。だが北欧側の報告では、今のフェンリルには従来のグレイプニルでは十分な効果が得られなかったそうだ」

 

『あれぇ? ダディがワンワンを強くしたのかなぁ』

 

「可能性は高い。神話外装まで使って、戦い方そのものを変えてやがるからな」

 

「先生。グレイプニルで縛れても、あいつが銃を使えるなら危なくないですか?」

 

「ああ。まず鎖を今のフェンリルに通用するところまで引き上げる。そのうえで、拘束した後も腕と射線まで封じる。『縛ったから終わり』とは思わねえことだ」

 

『それなら、北欧に住んでるダークエルフを頼ってみたら? そこの長老なら、ドワーフの道具に宿ってる魔法を強化する方法を知ってるはずだよ』

 

 ドワーフの次はダークエルフか。本当に何でもいるな、この世界。

 

 先生たちはそのまま、北欧の古い魔法について細かい話を続けた。俺には半分も分からなかったけど、強化したグレイプニルを用意できる。それだけ分かれば十分だ。

 

 ダークエルフの居場所も、ミドガルズオルムからヴァーリを通じて先生へ送られた。

 

「ロキ本人への対策はどうだ?」

 

『ダディはワンワンと違って、ちゃんと強い攻撃なら傷つくよ。そうだねぇ……《ミョルニル》でも叩き込めばいいんじゃない?』

 

「ミョルニルって……あの雷神トールが持ってるハンマーですよね?」

 

『そうそう。それならダディにも結構効くと思うよぉ』

 

 まるで倉庫から適当な武器でも持ってくればいい、と言わんばかりの口調だった。

 

「本物をトールが貸してくれるとは思えねえな」

 

『じゃあ、レプリカでも作れば? オーディンのところにも、似たものくらいあるんじゃないかなぁ』

 

「……なるほどな」

 

 先生の表情が変わった。どうやら心当たりがあるらしい。

 

『それじゃ、僕はもう寝るねぇ。久しぶりに喋って疲れたけど、楽しかった。また何かあったら起こして』

 

 巨大な姿が少しずつ薄れていく。最後に見えた大きな口元は、なんとなく笑っているようにも見えた。

 

 フェンリルには、強化した《グレイプニル》。ロキには、《ミョルニル》。

 

 手掛かりは、二つ揃った。

 

     ○

 

 翌朝。学校を休んで地下の大広間に集まっていると、アザゼル先生がロスヴァイセさんを連れて入ってきた。

 

「オーディンの爺さんからだ。おまえに貸してやるってよ」

 

 先生の手にあるのは、どう見てもハンマーだった。柄と頭部に細かな紋様こそ刻まれているが、伝説の武器にしてはあまりにも普通に見える。

 

「《ミョルニル》のレプリカです。北欧で保管されていたものを、オーディン様が赤龍帝に貸し出すようにと」

 

「試してみろ。自分のオーラを流すんだ。ただし――」

 

「分かりました!」

 

「あ、おい、待て。加減を――」

 

 先生が言い終えるより早く、俺はハンマーへ力を流した。

 

 強烈な光とともに、ハンマーが急激に巨大化した。あっという間に俺の身長を超え、支えきれずに床へ落ちる。大広間全体が、ズンッ! と揺れた。

 

「何やってんだおまえは!」

 

 先生に止められ、ミョルニルは先生の手の中で元の大きさへ戻った。

 

「流すオーラとサイズが連動してるんだよ。こいつは本来、神が使うことを前提にした代物で、悪魔向けじゃない。バラキエルの雷で、一時的に使えるよう調整してある。中の雷は洒落にならん量だから、調子に乗って振り回すなよ」

 

 神と戦うだけでも十分怖いのに、今度は自分の武器まで危険物になってきた。

 

「おまえはどうする? 爺さんに頼めば、何かしら用意できるかもしれんぞ」

 

「必要ない。俺はアルビオンの力を磨く」

 

 迷いのない答えだった。特別な武器に頼らず、自分の力だけでロキに挑むつもりらしい。……少しだけ、悔しかった。

 

 でも、俺がヴァーリと同じ方法で強くなれるわけじゃない。あいつにはあいつの、俺には俺のやり方がある。

 

「さて。作戦を詰めるぞ」

 

 先生が手元の魔方陣を操作すると、大広間の中央にいくつもの映像が浮かび上がった。あの夜の戦闘記録に、会談会場となる高層ホテルと、その周辺の地図。

 

 人数が多いせいで、ミライも俺たちの間を回りながら茶を配っている。

 

 先生がロキの姿を拡大した。桃色がかった髪に、小柄な少女の姿。

 

「……不知火、カヤ……?」

 

 俺のすぐ近くで、かろうじて聞き取れるほどの小さな声がした。振り向くと、茶を置こうとしていたミライが、ロキの映像をじっと見つめている。

 

「ミライ?」

 

「……失礼しました」

 

 一瞬遅れていつもの無表情へ戻り、ミライは何事もなかったように次の茶を配り始めた。

 

「ロキには、一誠とヴァーリを中心に当てる。真正面からの力押しで済む相手じゃないが、ミョルニルがある。二天龍で食いついて、決定打を狙う」

 

「俺とヴァーリで、神さまを相手にするんですよね……」

 

「今さら怖じ気づいたか?」

 

「怖いに決まってんだろ! こっちは腹に穴開けられたばっかりなんだぞ!」

 

 楽しそうなヴァーリに言い返している間に、先生が映像を切り替えた。

 

 灰色の巨狼。続いて、途中から変化した人間の姿。

 

 カチャッ、と小さな音がした。

 

 ミライの持つ茶托が、わずかに傾いている。普段ほとんど変わらないその顔から、はっきりと無表情が消えていた。目を見開き、信じられないものを見たように映像を凝視している。

 

「……ミライ?」

 

「…………いえ」

 

 今度は、名前すら口にしなかった。すぐにいつもの顔へ戻ったけれど、ロキの時よりも明らかに反応が大きかった。

 

「フェンリルには、強化したグレイプニルを使う。ダークエルフ側には話を回してあるから、決戦には間に合う見込みだ」

 

 先生は、一度全員を見回した。

 

「縛った後の話は、前にも言った通りだ。人型のフェンリルは、口を封じたところで《牙》を撃てる。拘束した後も、武器を持つ腕と射線まで潰す。あいつに『撃たせない』ところまでやって、ようやく拘束成功だと思え」

 

 全員が真剣な顔でうなずくと、映像の中でホテルと、少し離れた採石場跡地が線で結ばれた。

 

「会談会場にロキとフェンリルが現れた時点で、シトリー眷属が転移術式を発動する」

 

「転移先はこの採石場跡地です。周囲への被害を抑えられ、十分な広さもあります」

 

 ソーナ会長が補足する。

 

「ロキとフェンリル、戦闘要員をまとめてここへ飛ばす。一誠とヴァーリがロキ、残りの連中でフェンリルを押さえ込む。タンニーンも当日は来てくれる」

 

 あれだけのドラゴンが味方に来てくれると聞くだけで、ずいぶん心強い。

 

「FOX小隊の人たちは?」

 

「今回は前へ出さねえ。前回は戦力が足りなかったから、あいつらまでRAVENから引き離す羽目になった。今回はヴァーリチームがいる。FOX小隊は爺さんの直衛に専念させて、フェンリルが転移を逃れたり戻ってきたりした場合だけ迎撃させる」

 

 あの夜、FOX小隊の人たちはフェンリルをオーディンの爺さんから引き離してくれた。でも本来、あの人たちの仕事は爺さんを守ることだ。

 

「最優先は、爺さんにフェンリルを近づけないことだ。あの《牙》は主神だろうが関係なく殺せる」

 

「それと匙。おまえにはヴリトラの力で、前線組を支援してもらう。そのための調整と訓練が要るがな。ソーナ、こいつ少し借りるぞ。グリゴリの研究施設だ」

 

「俺がですか!?」

 

 先生が、すごく楽しそうな顔をしている。俺は匙の肩へそっと手を置いた。

 

「……匙。先生の特訓、マジで地獄だからな。短い付き合いだったな」

 

「勝手に殺すな!」

 

 匙の悲鳴ごと、先生と匙は転移の光の中へ消えていった。

 

     ○

 

 打ち合わせが終わったあと、ヘルメットを手に玄関へ向かうミライに気づいた。

 

「ミライ、どっか行くのか?」

 

「少し、行く場所が二か所ほどできました。遅くならないうちに戻ります」

 

 それだけ答えると、ミライはヘルメットを被って外へ出ていった。間もなく、聞き慣れたバイクのエンジン音が遠ざかっていく。

 

 何を思いついたのかは分からない。ただ――ロキと、あの人の姿をしたフェンリルを見てから、ミライの様子が少しだけ変だったことは気になった。

 

     ○

 

 それから少しして、自室で部長とミョルニルの資料を確認していると、転移魔方陣からグレイフィアさんが現れた。

 

「《グレイプニル》についての最終報告です。強化作業は予定通り進んでおり、当日は戦場へ直接届けられる手筈となっています」

 

「間に合ったのね」

 

 必要なものが、一つずつ揃い始めている。

 

 部長とグレイフィアさんが揃っている今なら、聞けるかもしれない。少し迷ってから、俺はずっと気になっていたことを口にした。

 

「……朱乃先輩のことなんです。前に、お母さんが亡くなった時、バラキエルさんがその場にいなかったって話は聞きました。でも、どうしてそうなったのかまでは知らなくて」

 

 部長とグレイフィアさんは、一瞬だけ顔を見合わせた。

 

「朱乃さまのお母さまは、姫島朱璃という方でした」

 

 グレイフィアさんが、静かに話し始めた。

 

 古くから続く神道系の家に生まれた朱璃さんは、ある日、戦いで重傷を負って倒れていたバラキエルさんを見つけ、助けた。それをきっかけに二人は結ばれ、朱乃先輩が生まれた。

 

「でも、朱璃さんの家はそれを認めなかったの」

 

 部長の声が少し沈む。

 

「堕天使、それも幹部と結ばれたことを、姫島の一族は受け入れられなかった。朱璃さんが騙された、操られたと思い込んだ者もいたそうよ」

 

 朱璃さんを連れ戻そうと差し向けられた術者たちは、バラキエルさんに退けられた。

 

「問題は、その後でした。敗れた者たちの中に、バラキエルさまを強く恨んだ者がいたのです。その者が、朱璃さまと朱乃さまの居場所を、堕天使と敵対する勢力へ漏らしました」

 

「襲撃があったのは、バラキエルさまが家を離れていた日でした。朱璃さまは朱乃さまを守り――命を落とされました」

 

 グレイフィアさんの声音は変わらない。だからこそ、内容の重さだけがまっすぐ伝わってきた。

 

 前に聞いた話が、ようやく一つにつながった。朱乃先輩は目の前で母親を失い、そのとき父親はそこにいなかった。

 

 まだ幼かった朱乃先輩が、何を感じたのか。想像しようとしても、簡単に分かったつもりになれる話じゃない。

 

「朱乃も、お父さまのせいじゃないことは理解していると思うわ。でも、分かることと受け入れることは別なの」

 

 ……そういうことなんだろうな。俺だって、頭では分かっているのに気持ちが追いつかないことなんていくらでもある。まして朱乃先輩の場合は、母親の命がかかっているのだ。

 

 部長が、少しだけ寂しそうに笑う。

 

「居場所を失って、各地を転々として――それから私と出会った。私の眷属になって、少しずつ明るくなったわ。イッセーと出会ってからは、さらにね」

 

「俺と?」

 

「ええ」

 

 そう言われても、自分ではよく分からなかった。

 

     ○

 

 そのあと、最上階のVIPルームで資料を広げていたアザゼル先生に、朱乃先輩のことを聞いたと伝えた。

 

 先生の手が止まった。

 

「……そうか」

 

 先生は椅子へ深く腰を沈め、しばらく天井を見上げた。

 

「あの日、バラキエルを家から呼び出したのは俺だ。会合でどうしても必要でな。俺が襲撃を命じたわけじゃねえし、バラキエルもそう言うだろうさ。それでも――だから朱乃のことは、できる範囲で見てやろうと思ってる」

 

 普段なら軽口の一つでも挟む先生が、このときだけは本当に静かだった。

 

 何を言えばいいのか分からず黙っていると、入口から声がした。

 

「戻ったぞ」

 

 ヴァーリだった。右手を前へ出すと、その掌に小さな魔方陣が浮かび上がる。細かな紋様が組み合わさった、見覚えのある形式だった。

 

「それ……北欧の術式か?」

 

「あの夜にロキが使っていたものを、北欧の魔術書と照らし合わせた。基本だけだが、仕組みが分かれば妨害や相殺はしやすくなる」

 

「もう覚えたのかよ!?」

 

 そういえば、少し前からこいつが難しそうな本を読んでいたのは、このためだったのか。

 

「相変わらず器用なことするな、おまえ。十分だ。あの夜みたいに好き放題術式を重ねられるよりは、遥かにマシになる」

 

 先生は感心したように術式を確認すると、肩を回しながら立ち上がった。

 

「よし。俺は少し休む」

 

「先生、まだ仕事残ってるんじゃ?」

 

「だから休むんだよ。ぶっ倒れてからじゃ遅えだろ」

 

 そう言い残して、先生は部屋を出ていった。

 

 特別な武器を受け取らなかった代わりに、こいつは敵の術そのものを覚えて帰ってきた。やっぱり俺とは違う。たったこれだけの時間で、自分に必要なものを身につけてしまう。

 

 残されたのは、俺とヴァーリだけ。急に静かになったVIPルームで、ヴァーリは何事もなかったようにソファへ腰を下ろし、北欧の魔術書を開いた。

 

 俺はそんな奴を横目に見ながら――なぜか、そのまま部屋を出る気にはならなかった。

 

 一昨日、《神喰狼》フェンリルを相手にしたばかりだというのに、ヴァーリはもう普段通りとでも言いたげな様子でページをめくっている。

 

 こっちはアーシアと小猫ちゃんの治療で、ようやく腹の傷が塞がったところだというのに、随分な差だ。

 

 少し迷ってから、俺はソファの方へ歩いていった。

 

「なあ、ヴァーリ。ちょっとだけいいか?」

 

 声を掛けると、ヴァーリは本から顔を上げた。

 

「珍しいな、兵藤一誠。君の方から話しかけてくるとは」

 

「ロキのことで、ちょっと気になったんだよ」

 

 本を閉じたヴァーリが続きを促すようにこちらを見る。

 

「神って、みんなあんな感じなのか? もちろん、オーディンの爺さんみたいなのもいるし、ロキみたいなのが全部じゃないってことくらいは分かってる。でもさ……悪魔とか堕天使とか、違う神話の連中と仲良くすることが、そこまで嫌なもんなのか?」

 

 一昨日のロキの言葉が、どうにも頭へ残っていた。

 

 神であるだけでは足りない。《超神》として他者の上へ立ち、自分たちの神話を自分たちだけで導くべきだと、あいつは本気でそう考えていた。

 

「善い神もいれば、悪い神もいる。それ自体は人間や悪魔と大して変わらないさ。ただ、善悪だけで全部を分けようとすると、本質を見誤ることもある」

 

「本質?」

 

「ああ。例えば君は、リアス・グレモリーたちと普通に学校へ通い、くだらない話をして、時々戦いながら毎日を過ごせれば、それなりに満足なんだろう?」

 

「それなりっていうか、普通に最高だと思うけどな」

 

 修学旅行へ行ったり、部室で騒いだり、アーシアたちと飯を食ったりする。俺としては、それで十分楽しい。

 

 ヴァーリは小さく笑った。

 

「だが、それを退屈だと思う者もいる。何も起こらない日常に耐えられず、強敵と戦うことにしか生きている実感を得られない者だっている。俺も、どちらかといえばそちら側だ」

 

「やっぱり戦闘狂じゃねえか」

 

「否定はしない。これだけ広い世界に強者がいくらでもいるんだ。戦わずにいる方が、俺にはよほど理解できない」

 

 本当に楽しそうに言いやがる。けれど、言いたいこと自体は何となく分かった。

 

 俺が幸せだと思う生活を、全員が同じように幸せだと思うわけじゃない。だからといってロキのやったことを納得する気はないけれど、少なくとも「悪い神だから悪いことをした」だけでは片付けられないのだろう。

 

「それでも俺は、今みたいな生活の方がいいけどな。戦うとしても、この前みたいに誰かが死ぬかもしれない戦いを毎日やりたいとは思わねえよ」

 

「それでいいんじゃないか? 君と俺が同じなら、赤龍帝と白龍皇が二人いる意味も薄い」

 

「そういうもんかね」

 

「そういうものだろう」

 

 ヴァーリはそこで一度言葉を切り、俺の身体へ視線を落とした。

 

「それより、君はこれからどうするつもりだ?」

 

「どうするって?」

 

「一昨日も随分無茶をしただろう。フェンリルの攻撃をまともに受ければ死ぬと分かっていて、それでもリアス・グレモリーの前へ出た。次も同じことをするつもりか?」

 

「……耳が痛いな」

 

 小猫ちゃんにも、ついこの間ほとんど同じことを言われたばかりだ。

 

 《覇龍》には頼らないという約束は守った。でも結局、部長が狙われた瞬間、俺は自分のことなんて考えずに飛び出していた。

 

「だから、もっと強くなりたいんだよ」

 

「ほう」

 

「この前みたいに、守りたい奴の前へ身体を突っ込むしか方法がないんじゃなくてさ。ちゃんと敵をぶっ飛ばして、俺も生き残って、みんなも守れるくらい強くなりたい」

 

 もちろん、俺の夢そのものが変わったわけじゃない。

 

「それに、いつかはもっと上を目指したいしな。部長の《兵士》としてもっと強くなって、上級悪魔にもなって、自分の眷属だって持って――」

 

「その先には、例の夢もあるわけか」

 

「当たり前だ! そこは絶対に譲らん!」

 

「君らしい」

 

 ヴァーリは呆れるどころか、少し楽しそうに笑った。

 

 その顔を見て、俺はもう一つだけ言っておきたかったことを思い出す。

 

「あと、お前にも勝つ」

 

 今度は真正面からヴァーリを見る。

 

「いつになるか分からねえけど、絶対にお前を超えるからな」

 

 一瞬の沈黙のあと、ヴァーリの口元がさらに大きく上がった。

 

「それは楽しみだ」

 

「余裕そうに言いやがって」

 

「実際、楽しみにしているからね。初めて会った頃の君を見て、期待外れだと思ったこともあった。赤龍帝でありながら、力の扱いは荒く、才能だけなら歴代の中でも特別優れているようには見えなかったからな」

 

「そこまで言う!?」

 

『だが、ヴァーリの言っていることは間違っていない』

 

「ドライグまで!?」

 

 頭の中から追い打ちが飛んできた。

 

『しかし、相棒。お前にはお前なりの成長の仕方がある。俺の力について何度も尋ね、自分に何ができるのかを考え、使い方を変え続けてきた。少なくとも、俺とこれだけ頻繁に話す宿主は珍しい』

 

「褒められてる……んだよな?」

 

『そのつもりだ』

 

「なんで微妙に自信なくなる言い方なんだよ」

 

 ヴァーリが小さく笑う。

 

「力があるだけの相手より、持っている力を理解しようとし続ける相手の方が厄介なこともある。アルビオンも似たようなことを言っていたよ」

 

『ああ。完成した強さよりも、戦うたびに使い方を変えてくる相手の方が読みにくい』

 

 白龍皇の宝玉からアルビオンの声が響く。

 

「……お前ら二匹に揃って分析されると、なんかむず痒いな」

 

「なら、そのままもっと強くなればいい。そうすれば――」

 

 ヴァーリが少し考えるように目を細めた。

 

「いつか面白いことができそうだ」

 

「面白いこと?」

 

「将来、君が自分の眷属を持つようになったら、俺のチームと戦ってみないか?」

 

 予想していなかった言葉に、思わず目を瞬かせた。

 

「俺の眷属と、お前たちで?」

 

「ああ。レーティングゲームに近い形式でもいい。俺一人と君一人ではなく、それぞれが選んだ仲間を率いて、どちらが上か決める」

 

 想像してみる。自分の眷属を率いた俺の正面に、ヴァーリ、美猴、黒歌、アーサーたちが並んでいる。

 

 ……なんだそれ。

 

「めちゃくちゃ面白そうじゃねえか!」

 

「そうだろう?」

 

「やる! その時は絶対やろうぜ!」

 

「なら決まりだな。もっとも、その前にリアス・グレモリーの眷属とも一度まともに戦ってみたいところだが」

 

「部長たちだって強いぞ。お前ら相手でも簡単には負けねえからな」

 

「それも楽しみにしておこう」

 

 ほんの少し前まで、こいつと一緒に戦うことさえ想像していなかった。なのに今は、いつかもっと強くなったら、同じ敵を倒すためではなく真正面から勝ち負けを決めるのも悪くないと思っている。

 

「いやはや、青春じゃのう」

 

「うおっ!?」

 

 いつの間に来たのか、オーディンの爺さんが俺たちの間へ顔を出していた。

 

「いつからいたんだよ!」

 

「若者二人が実に楽しそうな話をしておったのでな。邪魔するのも悪いと思って黙って聞いておった」

 

「十分邪魔してるだろ!」

 

「ほっほっほ。しかし、今代の二天龍は随分と変わっておる。昔なら顔を合わせれば殺し合いになっていたものを、今では一緒に戦った挙げ句、次にどう戦うかまで相談しておるとはな」

 

「別に仲良しになったわけじゃねえぞ」

 

「そこは俺も同意する」

 

「そういうところだけ息を合わせるでない」

 

 愉快そうに笑っていた爺さんが、ふと俺とヴァーリを交互に眺めた。

 

「しかし、赤い方は相変わらず乳、乳と言っておるようじゃが、白い方はどうなのじゃ?」

 

「なんで急にその話になるんだよ!?」

 

「二天龍の好みが同じでは面白くないじゃろう。ヴァーリよ、お主は女のどこが好みなのじゃ?」

 

「俺を巻き込むな」

 

「まあまあ、そう固いことを言うでない」

 

 爺さんがしつこく食い下がると、ヴァーリは本当にどうでもよさそうな顔で少し考えたあと、女性の身体なら腰から脚へ続くラインは綺麗だと思う、とだけ答えた。

 

 途端に爺さんの顔が輝く。

 

「なるほど。赤は乳、白は尻というわけじゃな!」

 

「勝手に決めるな!」

 

『ヴァーリ……』

 

「アルビオン!? なんでお前までそんな絶望した声なんだよ!」

 

 俺の中ではドライグまで妙な共感を示し始め、一昨日、神殺しの狼と戦ったばかりとは思えない空気になってしまった。

 

 ひとしきり笑ったあと、爺さんはふと窓の外の夜空へ目を向けた。好色爺さんそのものだった表情から、少しだけ笑みが薄れる。

 

「長く生きておるとな、自分は色々なことを知っているような気になるものじゃ」

 

「……急にどうしたんだよ」

 

「何千年も生き、数え切れぬほど失敗も成功もしておれば、若い者より自分の判断の方が正しいと思ってしまう。わしも長いこと、年寄りの知恵と経験さえあれば、大抵のことはどうにかできると思っておった」

 

 爺さんはそこで自嘲するように笑った。

 

「じゃが、それもまた年寄りの傲慢なのじゃろうな。時代は動くし、若い者はわしらが思いもしなかったところへ進んでいく。この前の戦いや、今のお主らを見ていると、特にそう思うわ」

 

 言っていることは何となく分かる。でも、どうして今そんな話になったのかは、よく分からなかった。

 

「だったらさ」

 

「うん?」

 

「爺さんだって、これから覚えていけばいいんじゃねえの? 分かんないことがあったら聞けばいいし、間違ってたなら次は直せばいいだろ。長く生きてるからって、そこで終わりってわけじゃないんだろ?」

 

 俺としては、本当にそれくらいのつもりで言った。

 

 ところが爺さんは目を丸くし、しばらく俺の顔をじっと見つめている。

 

「な、なんだよ、その反応……」

 

 すると、爺さんは堪えきれなくなったように喉を鳴らして笑い始めた。

 

「……若いというのは、やはり良いものじゃな。年寄りにも思わぬ刺激を与えてくれる。ああ――そうじゃ。その通りじゃな」

 

 何がそんなに気に入ったのか、俺には最後までよく分からなかった。

 

 けれど、オーディンの爺さんはひどく満足そうな顔をしていた。

今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?

  • 歴代ライダー本人の登場
  • 歴代ライダーとの共闘
  • 歴代ライダーとの対決
  • ライドウォッチ
  • アーマータイム
  • ミライ独自のライダー形態
  • 他キャラの仮面ライダー化
  • ライダー由来の武器・アイテム
  • ライダーマシン
  • 怪人・敵組織
  • 歴代ライダーの能力再現
  • 歴代ライダーの必殺技
  • 原作ライダーの名場面オマージュ
  • 仮面ライダー側の世界観・設定
  • 昭和ライダー要素
  • 平成一期ライダー要素
  • 平成二期ライダー要素
  • 令和ライダー要素
  • 劇場版・Vシネマなどの要素
  • その他(感想欄で教えてください)
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