止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第7刻 入部届

呼ばれたのは、放課後だった。

 

 木場くんから「今日、部室に来てほしい」と告げられた時、私はすでに覚悟を決めていた。処遇を決める場だろう、と。廃教会に無断で乗り込んで、勇者の剣のハリボテを振り回して、結局アーシアさんを救えなかった人間の。

 

 旧校舎の廊下は、やはり静かだった。

 

 扉を開けると、全員がいた。

 

 リアス・グレモリー。姫島朱乃。木場祐斗。塔城小猫。兵藤一誠。アーシア・アルジェント。

 

 六人が、それぞれの場所に座っている。

 

 密談の部屋ではない。全員の前で話す場だ、と分かった。

 

 私は扉のそばで立ち止まった。

 

「来てくれたわね」

 

 リアス先輩が言った。

 

「……呼ばれましたので」

 

「座って」

 

 促されて、空いている椅子に腰を下ろす。

 

 部室には時計の音がない。

 

 この沈黙は、慣れない。

 

「まず、礼を言わせてください」

 

 リアス先輩の声は、責めていなかった。

 

「廃教会に来てくれたこと。一誠を守ろうとしてくれたこと。アーシアを助けようとしてくれたこと」

 

 私は少し間を置いた。

 

「結果が伴っていません」

 

 それだけ言った。

 

 アーシアさんが、ソファの端から声を上げた。

 

「でも、来てくれました」

 

 言葉に詰まった。

 

 否定できない。だが肯定する言葉も出てこなかった。私はただ、アーシアさんの方を見て、それから視線を膝に落とした。

 

---

 

 リアス先輩が本題に入った。

 

「ミライさん。単刀直入に聞くわ。あなたは今後、私たちとどう関わるつもり?」

 

 沈黙が、一拍あった。

 

 一誠が横から口を開く。

 

「普通にオカ研来ればいいんじゃねえの? 何か問題でもあるんすか?」

 

「あなたは何でも楽観視しすぎです」

 

 即答した。

 

 一誠が「え」という顔をした。

 

「部活に来ることの意味が、あなたには軽すぎます。私は裏の世界を何も知らないまま廃教会に飛び込んだ人間です。そういう人間が気軽に出入りしていい場所ではないのは説明されなくてもわかります」

 

「でも現に助けようとしたじゃねえか」

 

「それが正しかったかどうか、まだ分かりません」

 

 一誠は何か言おうとして、口を閉じた。

 

 リアス先輩が続ける。

 

「一つ選択肢を提示するわ。グレモリー眷属になる、という方法もある」

 

「申し訳ありませんが、それは拒否します」

 

 間を置かなかった。

 

 リアス先輩は目を細めたが、怒った様子ではなかった。

 

「理由を聞いてもいいかしら」

 

「私は、自分が何者か分かっていません。何者かも分からないまま、誰かの駒になるのは危険です。あなたにも、私にも」

 

 部室が静かになった。

 

 朱乃さんが、微かに息を吸う気配があった。木場くんは表情を変えなかったが、視線だけがこちらに向いた。小猫さんは、菓子の袋を持ったまま動かなかった。

 

「分かったわ」

 

 リアス先輩は言った。その理由の意味を説明して欲しいのだろうが聞いてはこなかった。

 

「強制するつもりはない。眷属にはしない」

 

「……ありがとうございます」

 

「ただ」

 

 彼女は少しだけ前傾みになった。

 

「何の立場もないまま旧校舎に出入りさせるわけにもいかない。それはあなたの身を守るためでもあるわ」

 

「……どういう意味ですか」

 

「正式に所属があれば、私が責任を持てる。宙ぶらりんのまま放置するより、ずっと安全よ」

 

 私は黙って聞いた。

 

「仮入部、でしょうか」

 

「いいえ。本入部よ」

 

 少しだけ、息が止まった。

 

 悪魔の駒ではない。契約でもない。ただの入部届。それだけのことが、なぜか軽く受け取れなかった。

 

「ただし、その前に確認しておきたいことがあるわ」

 

 リアス先輩の声が、少しだけ温度を変えた。

 

「廃教会で出した、あの武器のこと」

 

---

 

 全員が、私を見た。

 

 私は一度、自分の右手を見た。もう何も残っていない。光の欠片すら。

 

「話せる範囲で、お伝えします」

 

「聞かせて」

 

「あの武器は、私が自分で作り出したものです。神器でも、魔術でも、ありません」

 

 木場くんが眉を動かした。

 

「この事件まで、私は裏の世界に関わったことがありません。悪魔も、堕天使も、神器も、何も知りませんでした。みなさんの事情を知ったのも、廃教会の後です」

 

「では、あの力はどこから」

 

「私の中にあるものです」

 

 朱乃さんが、静かに聞いた。

 

「あなたの中に、何があるの?」

 

 私は少し間を置いた。

 

「正確には、二つです。似ているようで、全く異なる二つの力が、私の中に宿っています」

 

「二つ」

 

「はい。ただし、あの武器を出したのはアーシアさんの事件が初めてでした。安定していませんし、自分でも制御しきれていない部分が多い」

 

 リアス先輩が、静かに言った。

 

「その二つの力の事、詳しく聞いてもいいかしら」

 

 部室が静まり返った。

 

 私は一拍だけ待って、答えた。

 

「一つは」

 

 喉の奥が、かすかに軋んだ。

 

「時の魔王」

 

 誰かが、息を飲んだ。

 

「もう一つは」

 

「名もなき神々の王女」

 

「私は、それぞれそう呼んでいます」

 

---

 

 空気が、変わった。

 

 さっきまでの、重いけれど柔らかかった空気が、一枚鋭いものに切り替わった。

 

リアス先輩の目が、細くなった。

「魔王」という言葉に反応した顔だった。

 

私には、その言葉がこの世界の悪魔にとってどれほど重いのか、まだ分からない。

けれど、冗談で流せる響きではないことだけは、彼女の表情で分かった。

 

 朱乃さんの笑みが、少し薄くなった。「神々」という言葉に何かを感じたような、探るような目になった。

 

 木場くんは「王女」という言葉と、廃教会でのあの台詞を繋げているように見えた。仲間を救わんとする勇者の剣、と私が言った時の顔を、思い出しているかもしれない。

 

 小猫さんは無表情のまま、菓子の袋を静かに膝に置いた。危険性を直感している目だった。

 

 一誠は難しい顔をしていた。時の魔王も名もなき神々も、具体的に何を意味するか分かっていないだろう。それでも、何か大層な名前だということは伝わっているようだった。

 

 アーシアさんだけが、少し違う顔をしていた。

 

 怖がっているのではない。

 

 そんなものを、ミライさんは一人で抱えていたのですか、という顔だった。

 

 沈黙が続いた。

 

 リアス先輩が、最初に口を開いた。

 

「正直に言うわ。あなたの話は、まだ分からないことだらけよ」

 

 私は黙って聞いた。

 

「時の魔王。名もなき神々の王女。どちらも、物騒な名前ね」

 

「はい」

 

「でも、私たちはあなたが何をしたのかを見ているわ」

 

 一誠が続いた。

 

「時の魔王とか、名もなき神々とか、正直よく分かんねえけどさ」

 

 彼はまっすぐにこちらを見た。

 

「お前が俺たちを助けようとしたのは分かる」

 

「あなたは何でも楽観視しすぎです」

 

 また同じ言葉が出た。

 

 だが今回は、少しだけ、違う響きだった。

 

 アーシアさんが、小さく言った。

 

「私は、ミライさんが怖いとは思いません」

 

 それだけだった。それだけなのに、胸の奥の何かが、かすかに緩んだ。

 

---

 

 リアス先輩が、一枚の紙を差し出した。

 

 入部届だった。

 

 私はペンを受け取った。

 

 自分が何者か分かっていない。この名前が本当に自分のものなのかも分からない。記憶も、姿も、声も、知識も、どこまでが自分なのか分からない。

 

 時の魔王の力を持ちながら、まともに使えない。

 

 名もなき神々の王女の力を持ちながら、それが何を意味するのかも分からない。

 

 それでも、今この紙に名前を書くのは自分だ。

 

 天童ミライ、と書いた。

 

 眷属になることではない。契約でもない。

 

 ただ、ここにいていい理由を、自分の手で作る。それだけのことだ。

 

 重い沈黙を、一誠が壊した。

 

「字、綺麗だな」

 

「そこですか」

 

「いや、真面目な空気だったから」

 

「壊さないでください」

 

 朱乃さんが小さく笑った。小猫さんは菓子を一つ口に入れた。木場くんは穏やかに目を細めた。

 

 リアス先輩が、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「最後に一つ。アーシアの今後について話しておくわ」

 

「はい」

 

「一誠の家にホームステイすることになった。学校にも、近いうちに転校してくる予定よ」

 

 私は一拍も置かずに言った。

 

「異議があります」

 

「早いわね」

 

「主に兵藤一誠の生活態度に問題があります。朝食を抜く。部屋の整理をしない。目覚まし時計の設定が倫理的に問題のある仕様になっている。何よりこの男は覗きの常習犯です」

 

「俺の扱いひどくねえ!?」

 

「事実です」

 

「全部事実なんですか……」

 

 アーシアさんが、困ったように笑った。

 

「大丈夫です、ミライさん。私、頑張ります」

 

「あなたが違うことに頑張ってください。この場合改善すべきは向こうのほうです」

 

「俺なの!?」

 

 部室が、少しだけ明るくなった。

 

 私は入部届を、机の上に置いた。

 

 部室には時計の音がない。

 

 けれど、机の上には入部届がある。そこには自分の名前が書かれている。

 

 時間は戻らない。名前を書いた事実も戻らない。

 

 なら、進むしかない。

 

 オカルト研究部。悪魔たちの部室。

 

 私の、新しい所属。

 

 まだ慣れないその言葉を、私は胸の中で一度だけ繰り返した。

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
前回のアンケートでは好評をいただけたため、ひとまずエクスカリバー編までは続けて投稿していく予定です。

また、「もっとオーマジオウ要素を出してほしい」という声も多くいただきました。
ただ、ミライ自身がまだ力を恐れている段階なので、すぐに全開で使う形にはせず、しばらくは片鱗や葛藤を中心に描いていく予定です。
オーマジオウ要素自体は物語の根幹に関わるものなので、段階を踏んで出していきます。

エクスカリバー編まで終わった段階で、また続きをどうするかアンケートを取ろうと思います。
引き続きよろしくお願いします。

この物語に求めている成分は?その他を選んだ方は是非感想欄で教えて下さい

  • ハイスクールD×D要素
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