止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第66刻 神喰らいの夜

――決戦の夜。

 

 都内に建つ高層ホテルの屋上には、冷たい夜風が絶え間なく吹きつけていた。

 

 眼下にはいつもと変わらない街明かりが広がり、少し離れたビルにはまだ多くの窓明かりが残っている。

 

 ホテル周辺の危険区域には事前に人払いと認識阻害の術が施されているものの、そのさらに外側では、今夜ここで神々の会談が開かれていることなど誰も知らないまま、いつもの夜が続いているはずだった。

 

「……やっぱり、戦う場所じゃないよな」

 

 屋上の端から下を見て、俺は思わず呟いた。

 

 会談が行われているのは、ここから何十階も下――低層階にある特別室だ。オーディンの爺さんと日本神話側の要人、会談を仲介するアザゼル先生、それに警護を担当するFOX小隊をはじめ、多くの関係者がそこにいる。

 

 空から来る敵に備えて、それより上の階はすべて人払いされ、何層もの防御術式が重ねられている。足元の人たちを守る壁になる一方で、いざという時、屋上から駆けつけるにはあまりにも遠い。

 

「だからこそ、こちらも可能な限り被害を抑えます。ですが、すべてを受け止められるとは思わないでください」

 

 ソーナ会長が眼鏡の位置を直しながら答えた。

 

 シトリー眷属は屋上とその直下の上層階へ分かれ、転移術式の維持や防御、戦闘が始まった際の支援を担当している。ただし、匙の姿だけはない。あいつは今もグリゴリ側で特訓中で、アザゼル先生があえて残した以上、任せるしかなかった。

 

 少し離れた場所ではロスヴァイセさんが北欧式の魔方陣を確認しており、その近くにはバラキエルさんが立っていた。朱乃先輩から大きく離れない位置を保ちながら、いつでも遠距離から援護へ入れるよう周囲へ目を配っている。

 

 上空には、一般人から姿を隠したタンニーンさん。そして俺の隣には――。

 

「緊張しているのか?」

 

「……そりゃするだろ」

 

「そうか」

 

 ヴァーリはそれだけ言って、興味深そうに夜空を見上げた。どうしてこいつは、神と戦う直前までいつも通りなんだ。

 

 その少し後ろでは、美猴、黒歌、アーサーもすでに準備を終えている。

 

 俺は一度だけ拳を握った。怖くないわけじゃない。それでも、逃げるつもりはなかった。

 

「時間よ」

 

 部長が時計を確認する。会談開始の時刻――それとほとんど同時に、夜空が歪んだ。

 

「来る!」

 

 ホテル上空に黒い亀裂が走り、大きな穴となって広がっていく。膨大な魔力が屋上へ押し寄せ、その中心から二つの人影がゆっくりと降りてきた。

 

 一人は、前に襲ってきた時と同じ、どう見ても神様には見えない少女の姿をしたロキ。

 

 もう一人は、あの夜と同じ、警察官のような制服姿で拳銃を握った女性。一見すれば普通の人間と変わらない姿なのに、そこから漂う気配だけは明らかに異質だった。

 

 神を喰う狼――フェンリル。

 

「……本当に正面から来やがった」

 

 ヴァーリが苦笑する。

 

「回りくどいことをする必要がありますか?」

 

 ロキは穏やかに答えた。

 

「ここには私の目的があり、あなた方もそれを守るために集まっている。でしたら、ここへ来れば済む話でしょう」

 

「始めるわ!」

 

 ソーナ会長の声が響いた直後、ホテル上層部に仕込まれていた術式が一斉に輝いた。

 

 足元だけじゃない。屋上の四方と直下の階から魔力が流れ込み、巨大な転移魔方陣が俺たちもろともロキとフェンリルを包み込んでいく。

 

 作戦通りなら、ここから採石場跡へ飛ぶはずだった。そこでなら、足元にいるオーディンの爺さんたちを巻き込む心配も減る。

 

 眩しい光が視界を埋め――消えた。

 

「…………は?」

 

 夜空も、ホテルの屋上も、遠くの街明かりも、景色は何も変わっていなかった。

 

「転移してない!?」

 

「術式は正常です!」

 

 シトリー眷属の一人が叫ぶ。ソーナ会長はすぐに足元の魔方陣へ視線を落とし、数秒もしないうちに顔を上げた。

 

「違う……転移術式そのものを壊されたわけじゃない」

 

「ソーナ?」

 

「ホテルとその上空を覆っている空間が、外側との接続を断たれているのよ。転移先へ繋ぐための道そのものが存在しない」

 

 上空を飛んでいるタンニーンさんまで、同じ閉鎖空間の中に飲み込まれている。ということは――。

 

「外から入ることも……?」

 

「難しいでしょうね。少なくとも通常の転移では」

 

 ロキが小さく拍手した。

 

「正解です」

 

「最初から、転移を……?」

 

「高層ホテルで私を迎え撃つ以上、周囲への被害を気にせず戦える場所へ移そうと考えるのは自然なことでしょう? ですから、まずその道を塞がせていただきました」

 

 ロキは穏やかな笑みを崩さない。

 

 ホテルそのものを檻にした。俺たちだけじゃなく、下にいる人たちまでまとめて。

 

「だったら、ここで倒すだけだ!」

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!』

 

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!』

 

 赤と白、二つの鎧がほとんど同時に夜空へ姿を現した。

 

「行くぞ、ヴァーリ!」

 

「ああ!」

 

 先に飛んだヴァーリが白い翼を広げ、ロキの右側へ一気に回り込む。俺は正面だ。

 

『Boost! Boost! Boost!』

 

 倍加した力を拳へ集め、真正面から叩き込む。

 

 ロキの周囲に、幾重もの北欧式魔方陣が開いた。一部はヴァーリへ向かって追尾する光を放ち、別の何枚かが俺の拳の正面へ重なっていく。

 

「うおおおおおっ!」

 

 一枚、二枚、三枚と拳が防御陣を砕いていく。それでも、まだ奥にある。

 

「多すぎるだろ!」

 

『上だ、相棒!』

 

 ドライグの声に反応して飛び退いた直後、さっきまで俺がいた場所へ魔力の光が降り注いだ。

 

「一誠君、下がれ!」

 

 バラキエルさんの声と同時に、上空から巨大な雷がロキへ落ちる。ロキは左手を上げるだけで、俺に向けていたものとは別の術式を展開し、雷と魔方陣が激突した。

 

「逃がしません!」

 

 反対側からはロスヴァイセさんが幾重もの北欧式魔方陣を展開し、ロキの術式と空中でぶつかり合う。さらに上空からは、タンニーンさんが火炎を吐き出した。

 

 五方向からの同時攻撃。それなのにロキの周囲では、それぞれ異なる術式がほとんど同時に展開されていた。

 

「こいつ……何個同時に使ってやがるんだ!?」

 

 俺には障壁、ヴァーリには追尾魔術、バラキエルさんの雷には相殺術式。ロスヴァイセさんとは北欧魔術を撃ち合い、タンニーンさんの炎には巨大な防御陣。

 

 それでも、全部を完璧に処理できているわけじゃない。ロスヴァイセさんの術式が一枚を砕き、そこへ雷が突き刺さって、ロキの身体がわずかに揺れた。

 

「ヴァーリ!」

 

「分かっている!」

 

 左右から踏み込んだ俺たちの拳が届く寸前、ロキを中心に圧縮された魔力が一気に弾けた。

 

「ぐっ!」

 

 まとめて吹き飛ばされ、屋上を転がりながら、どうにか姿勢を立て直す。

 

「こんな場所であんなの撃つなよ!」

 

「あなた方ほど、この建物の一つ一つへ気を遣う必要はありませんので」

 

「この……!」

 

 ロキ自身も、ホテルを即座に崩壊させるほど無茶な撃ち方はしていない。ただ、俺たちはその下にいる人たちのことまで考えなきゃならない。

 

 同じ場所で戦っているのに、最初から条件が違う。

 

 だったら――こっちにも切り札がある。

 

 俺は懐から、オーディンの爺さんに借りたミョルニルのレプリカを取り出した。オーラを流し込むと、槌が一気に巨大化する。

 

「くらええええっ!」

 

 振り下ろす。

 

 ――何も起こらなかった。

 

「…………あれ?」

 

 雷が出ない。慌ててもう一度振っても、やっぱり雷は落ちない。

 

 ロキが小さく笑った。

 

「なるほど。そうなりましたか」

 

「何がおかしい!」

 

「その槌は、ただ力を流し込めば本来の力を発揮するような代物ではありません。扱う者の心も問われるのですよ」

 

「心?」

 

「邪念のない、澄んだ心とでも言いましょうか」

 

「…………」

 

 嫌な予感しかしない。ロキが、俺を上から下まで眺める。

 

「あなたの場合は、説明するまでもありませんね」

 

「爺さん! そんなの聞いてねえぞ!」

 

 当然、ホテル内部にいるオーディンの爺さんから返事はない。横を見ると、ヴァーリが笑ってやがる。

 

「笑うな!」

 

「いや。実に君らしい」

 

「うるせえ!」

 

 くそ、絶対あとで爺さんに文句言ってやる!

 

     ○

 

 その頃、フェンリルを取り囲んだリアスたちも、人数の多さとは裏腹に押し切れずにいた。

 

 乾いた銃声が連続する。木場が聖魔剣を展開して飛んできた一発へ斬りつけた次の瞬間、刀身が中央から砕け散った。

 

「っ!」

 

 木場はそのまま身体を捻り、二発目を回避する。

 

「まともに受けないで!」

 

 ソーナが叫ぶ。あの拳銃から放たれる弾丸は、ただの魔力弾ではない。神をも殺すフェンリルの《牙》だ。

 

「はああああっ!」

 

 ゼノヴィアが正面から踏み込み、デュランダルを振り下ろした。フェンリルは受け止めず、刃の軌道から半歩だけ外れると、そのまま身体を沈めて懐へ入る。

 

「なっ――」

 

 肩からの体当たりで、ゼノヴィアの身体が大きく吹き飛んだ。

 

 そこへ小猫が側面から仙術を込めた拳を叩き込む。フェンリルはそれを腕で受け止め、身体をひねった勢いのまま小猫を投げ飛ばした。

 

「小猫!」

 

 椿姫が前へ出ると同時に、シトリー眷属の防御術式が展開され、地面へ叩きつけられる寸前の小猫を受け止める。

 

 フェンリルは追撃しなかった。できた隙間を見逃さず、そのまま包囲の外へ抜ける。

 

「逃がさねえぞ!」

 

 美猴の如意棒が伸び、巨大な棒が進路を遮った。だがフェンリルは飛び越えない。拳銃が火を吹き、《牙》が如意棒を横から叩く。壊せなくても、軌道を逸らすには十分だった。生じた隙間を、フェンリルは低く滑り抜けていく。

 

「おいおい……!」

 

「ただ暴れてるだけじゃないにゃ」

 

 黒歌が目を細めた。

 

「こちらの配置を見ていますね。どこが薄く、どこへ抜ければ次の射線を作れるか」

 

 アーサーも静かに剣を構える。

 

「右を閉じて!」

 

 リアスの指示に応じて、シトリー眷属が短時間だけ防壁を展開し、フェンリルの進路を限定する。そこへ木場、反対側からゼノヴィア、正面には小猫。イリナの光の槍も飛来した。

 

 フェンリルは拳銃で一本を撃ち落とし、残りを身体を沈めて避ける。その着地点へ美猴の如意棒が振り下ろされたが、届く寸前に方向を変えた。

 

 だが、その先には黒歌がいる。足元を走る仙術にもう一度進路を変えると、今度はアーサーが立ちはだかった。

 

「こちらは通しません」

 

 コールブランドの一閃に、フェンリルが大きく後退する。すぐさま拳銃がアーサーへ向けられ、銃声が一発、二発、三発と続いた。

 

 しかしアーサーは無理に受けようとはせず、射線から最小限の動きで外れていく。美猴も如意棒を足場代わりに位置を変え、黒歌も踏み込まれる寸前にするりと退く。三人には、まだまともな一撃が入っていない。

 

 一方で、木場やゼノヴィア、小猫、それにシトリー眷属の何人かには、少しずつ傷が増え始めていた。

 

「ゼノヴィアさん!」

 

「すまない、アーシア」

 

 吹き飛ばされた際に床で裂いた腕へ、緑色の治癒光が注がれる。近くではシトリー眷属の一人も肩の傷を治療されていた。

 

 傷が塞がる。二人は再び前へ戻っていく。

 

 少しして、小猫も打撲と裂傷を負って一度後退した。アーシアが治し、小猫も前へ戻る。

 

 また一人、治されて、戻っていく。

 

 フェンリルは何度もそれを見ていた。

 

 やがて、動きが変わった。

 

「――アーシア!」

 

 リアスの声。それまで前衛を翻弄していたフェンリルが、突然ほかの全員を無視して、後方のアーシアへ一直線に向かった。

 

「させない!」

 

 割り込んだ木場の聖魔剣が、銃声とともに砕ける。それでも木場は退かない。イリナがアーシアの前へ入って光の槍を連続して放ち、ゼノヴィア、小猫、椿姫が続く。さらにシトリー眷属の防御術式が何枚も重なった。

 

 《牙》がその一枚を貫き、二枚目、三枚目と貫いていく。それでも止まらない。

 

「そこまでです」

 

 アーサーが踏み込んだ。コールブランドの刃がフェンリルの進路を断ち切り、あと数歩というところで、フェンリルが自ら大きく退く。

 

「回復役を見抜いたのね」

 

 リアスが険しい表情で呟いた。アーシアを失えば、この人数であっても戦線は一気に保たなくなる。

 

「囲むのはやめるわ!」

 

「リアス?」

 

「倒そうとするから抜かれる。行かせたくない方向だけ塞ぐわ」

 

 ソーナもすぐに頷いた。

 

「分かったわ。シトリー眷属は防壁を点で展開。追い込むのではなく、進路を選ばせます」

 

 木場とゼノヴィアが前方を牽制し、小猫は正面で競り合わず、踏み込んだ瞬間だけ横から仙術を叩き込む。

 

 シトリー眷属は防壁と負傷者の回収に徹し、美猴が一方の逃げ道を潰して黒歌が足場を変える。アーサーは、もっとも危険な進路へ立った。

 

「ギャスパー!」

 

「は、はい!」

 

 無数のコウモリが飛び出し、フェンリルの周囲へまとわりついて視界を覆う。さらに邪眼。完全には止まらないものの、一瞬だけ動きが鈍った。

 

「そこです」

 

 小猫の拳が腹部へ突き刺さり、仙術が内部へ響いてフェンリルの身体がわずかに浮く。

 

「はああああっ!」

 

 ゼノヴィアの斬撃、朱乃の雷、リアスの滅びの魔力。連続した攻撃がフェンリルを飲み込んだ。

 

 爆煙を突き破るように、フェンリルが再び飛び出す。そして、今度はギャスパーへ顔を向けた。

 

「ひっ!」

 

「ギャスパー!」

 

 自分の動きを妨害した相手へ、迷わず食らいつこうとする。木場がギャスパーを抱えて飛び、その背後で連続する銃声とともに、防御術式を貫いた《牙》が屋上へ穴を穿っていく。

 

「そのまま!」

 

 リアスの声に、ソーナも意図を理解した。

 

「拘束地点へ誘導して!」

 

 シトリー眷属が進路を一つずつ閉じていく。フェンリルがギャスパーを追うたびに、動ける方向が少しずつ限定されていった。

 

「こちらですよ」

 

 最後に正面へ出たアーサーのコールブランドを、フェンリルが回避する。その着地点へゼノヴィア、反対側から美猴の如意棒、背後には黒歌の術式。

 

 残された進路は一つ。フェンリルが、そこへ踏み込んだ。

 

「今よ!」

 

 ソーナの声とともに、屋上四方に仕込まれていた魔方陣が一斉に輝き、巨大な鎖が飛び出した。

 

 強化されたグレイプニル。

 

 フェンリルは一条目を避け、二条目を拳銃の《牙》で弾き、三条目を腕で振り払う。

 

「まだ!」

 

 シトリー眷属が術式へ魔力を注ぎ込み、さらに鎖が放たれた。木場とゼノヴィアが左右を塞ぎ、小猫が正面から押し返す。美猴が背後の逃げ道を潰し、黒歌の仙術が一瞬だけ足元を乱した。

 

 一本が脚へ絡みつく。次が胴体、肩、もう片方の脚。

 

 フェンリルが拳銃を持ち上げる。その腕へ最後の鎖が巻きつき、銃口が強引に逸らされた。

 

 咆哮。グレイプニルが激しく軋み、ホテルの屋上そのものが揺れる。

 

「維持して!」

 

 ソーナの指示で、後衛のシトリー眷属が一斉に魔力を流し込む。黒歌も、固定が安定するまで仙術を重ねた。

 

 フェンリルが何度も鎖を引き千切ろうとする。それでも、鎖は持ちこたえた。数秒、十数秒――ようやく、フェンリルの動きが封じられる。

 

 鎖の軋みがようやく弱まっても、誰一人として気を緩めなかった。これだけの人数で追い込み、何人も傷を負って、それでもようやく動きを封じただけなのだ。

 

     ○

 

「フェンリルを捕らえたか」

 

 ロキが、拘束されたフェンリルへ一度だけ視線を向け、どこか感心したように呟いた。

 

「余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ」

 

「余裕、ですか」

 

 ロキが微笑むと、その左右の空間が歪み始めた。

 

「では、もう少し増やしましょう」

 

「……何を?」

 

 二つの黒い穴の奥から、低い唸り声が聞こえる。そして現れたのは――二匹の巨大な狼だった。

 

 屋上へ降り立った二匹が牙を剥く。その気配は、さっきまでフェンリルから感じていたものと嫌になるほど似ていた。

 

「嘘だろ……」

 

「紹介しましょう」

 

 ロキが静かに手を広げる。

 

「スコル。そしてハティ」

 

 二匹の狼が、夜空の月へ向かって咆哮した。

 

「フェンリルの子供たちです」

 

「聞いてねえぞ、あの寝坊助ドラゴン!」

 

 ミドガルズオルムからそんな話は一言も聞いていない!

 

「力ではフェンリルに多少劣ります。ですが――」

 

 ロキの笑みが深くなる。

 

「神を喰らう牙は、十分に受け継いでいますよ」

 

 二匹が動いた。

 

 別々の方向へ走ったように見えたが、すぐに違うと分かった。一匹が正面から獲物を追い、避けた先にはもう一匹が待っている。片方が右へ追えば、もう片方が左から回る。反撃しようとすれば、死角から牙が迫る。

 

「こいつら……!」

 

 ただ二匹で戦っているんじゃない。

 

 群れで狩っている。

 

     ○

 

 そこから、戦況は一気に悪くなった。

 

 フェンリルの拘束を維持するため、ソーナ会長たちの一部はその場を動けない。黒歌は固定が安定したところで前線へ戻ってきたが、それでも拘束に取られている人員は多い。

 

 その隙間を、スコルとハティが容赦なく食い破ってくる。そして目の前には、まだロキがいる。

 

「兵藤一誠、左だ!」

 

 ヴァーリの声と同時に、ロキから七色の魔力が放たれた。

 

「くっ!」

 

 ヴァーリが光の翼を大きく展開する。

 

『Divide! Divide! Divide!』

 

 巨大な魔力の波から力が削がれ、少しずつ威力が落ちていく。だが、いつものようには削り切れない。

 

「神格相手では、やはり効率が悪いか」

 

 ヴァーリは迷わず、掌に北欧式の魔方陣を重ねた。あの夜に見て覚えた術式が、ロキの魔力の流れへ割り込み、残った波を横へ逸らしていく。

 

「そんな分析してる場合か!」

 

「ならば、君が止めてみろ」

 

「言われなくても!」

 

『Boost! Boost! Boost!』

 

 倍加した力を腕へ集める。

 

「ドラゴンショット!」

 

 一直線に飛んだ赤い魔力を、ロキは避けなかった。片手を前へ出し、それだけで正面から受け止める。

 

「なっ!?」

 

 爆発。煙の向こうから現れたロキは、わずかに手を振っただけだった。

 

「興味深いですね」

 

「何がだよ……!」

 

「白龍皇は技術が洗練されている。状況への適応も速い」

 

 ロキがヴァーリへ視線を向ける。

 

「対して赤龍帝は粗い」

 

「悪かったな!」

 

「ですが――」

 

 ドラゴンショットを受け止めた手を見る。

 

「想いを乗せた一撃だけは、妙に重い」

 

 その声には、馬鹿にしているだけではないものが混じっていた。

 

「でしたら、先にこちらを落としましょうか」

 

「っ!」

 

 ロキの手が俺へ向き、複数の魔方陣が重なった。

 

『相棒!』

 

 魔力が来る。俺が避けようとした、その瞬間。

 

「隙だ」

 

 ロキが俺へ意識を向けた隙に、ヴァーリが一瞬で背後へ回り込んでいた。白龍皇の両手へ、膨大な魔力が集まる。

 

「もらったぞ!」

 

 完璧な位置――そう見えた。

 

 けれど、その少し前から、スコルとハティは俺たちの周囲を回っていた。

 

 一匹が俺とヴァーリの間へ割り込む。

 

「邪魔だ!」

 

 俺が反射的にそちらへ意識を向けた時、もう一匹は反対側――ロキへ踏み込んだヴァーリの死角へ回っていた。ヴァーリ自身も、攻撃へ集中している。

 

「ヴァーリ!」

 

 叫んだ時には遅かった。

 

 巨大な顎が閉じる。白銀の鎧が信じられないほど簡単に砕け散り、牙がヴァーリの身体へ食い込んだ。

 

「ぐ……っ!」

 

 ヴァーリの口から血がこぼれる。

 

「ヴァーリッ!」

 

 反射的に飛び出しかけた俺の前へ、もう一匹の子狼が回り込む。噛みついた一匹はヴァーリを咥えたまま首を振り、白銀の破片が屋上に散った。

 

 背後では、子狼たちに一度引き裂かれた部長たちの陣形が、まだ立て直せていない。負傷者が増え、アーシアの治癒も追いつかなくなっていく。バラキエルさんの雷も、ロスヴァイセさんの術式も、ロキの防壁に阻まれたままだ。

 

 どこを見ても、手が足りない。

 

「……これで十分ですね」

 

 ロキの声が聞こえた。追撃するでもなく、あいつは一度だけ戦場全体へ視線を巡らせる。

 

 子狼に噛みつかれたヴァーリと、その周囲を走るもう一匹。グレイプニルに拘束されたフェンリルと、その維持に人員を取られているソーナ会長たち。陣形を立て直せずにいる部長たち。

 

 俺はヴァーリを放っておけない。バラキエルさんたちも、ロキから目を離せない。

 

 ロキは満足そうに目を細めた。

 

「……盤面が整いましたね」

 

「何……?」

 

 懐から取り出したのは、北欧のルーンが刻まれた小さな器具――通信機だった。

 

「では――次の手を」

 

 ロキはそれを隠そうともしなかった。むしろ、俺たちへ聞かせるために声を通す。

 

「FOX1、行動を開始してください」

 

「――っ」

 

 一瞬、意味が分からなかった。でも、その呼び名を俺は知っている。

 

「……FOX1……?」

 

 ユキノさん。そして、あの人たちが今いる場所は――。

 

 部長の顔からも血の気が引いた。

 

 オーディンの爺さん。アザゼル先生。日本神話側の人たち。

 

 そのすぐ近くにいるのは――FOX小隊だ。

 

 そして、ここからあの階までは、あまりにも遠い。

 

     ○

 

『FOX1、行動を開始してください』

 

 北欧式の通信機から届いた声を聞き、ユキノはほんの一拍だけ沈黙した。

 

「……了解しました」

 

 通信を切る。

 

「FOX2、FOX3、FOX4」

 

 一斉に視線を向けたニコ、クルミ、オトギへ、ユキノは告げた。

 

「行動を開始します」

 

 問い返す者はいなかった。各々が武器を確認し、四人はそれぞれの持ち場を離れ、低層階の特別室へ向けて歩き始める。

 

 ホテル内部は静かだった。完全な無音ではなく、頭上からはときおり鈍い振動が伝わってくる。屋上で戦闘が続いていることだけは、嫌でも分かった。

 

 ユキノを先頭に、四人が長い廊下を進む。一つ目の角を曲がり、さらに先へ。特別室へ続く最後の通路へ足を踏み入れようとしたところで――ユキノが止まった。

 

 後ろの三人も、ほとんど同時に足を止める。

 

 通路の中央に、一人の少女が立っていた。

 

 黒と白のメイド服に、小柄な身体。頭上には淡い光を帯びたヘイロー。その傍らには、すでに巨大な《アストラノヴァ》が展開されている。

 

 FOX小隊の銃口が、一斉に持ち上がった。

 

 それでもミライは発砲しなかった。静かに四人へ一礼する。

 

「主様の命により、ここから先は何人たりともお通しすることはできません。ご用件をお伺いします」

今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?

  • 歴代ライダー本人の登場
  • 歴代ライダーとの共闘
  • 歴代ライダーとの対決
  • ライドウォッチ
  • アーマータイム
  • ミライ独自のライダー形態
  • 他キャラの仮面ライダー化
  • ライダー由来の武器・アイテム
  • ライダーマシン
  • 怪人・敵組織
  • 歴代ライダーの能力再現
  • 歴代ライダーの必殺技
  • 原作ライダーの名場面オマージュ
  • 仮面ライダー側の世界観・設定
  • 昭和ライダー要素
  • 平成一期ライダー要素
  • 平成二期ライダー要素
  • 令和ライダー要素
  • 劇場版・Vシネマなどの要素
  • その他(感想欄で教えてください)
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