止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

71 / 72
第67刻 逃げるだけでは、終わらない

「主様の命により、ここから先は何人たりともお通しすることはできません。ご用件をお伺いします」

 

 そう告げながら、《アストラノヴァ》を胸の前で構え直す。

 

 廊下の向こうに立つ四人は、こちらの警告を聞いてもすぐに武器を向けてくることはなかった。

 

 先頭のクルミさんは大きな盾を持ったまま、どうしたものかと言いたげに隣へ視線を向け、その後ろのニコさんもショットガンを下げたまま。

 

 さらに後方のユキノさんだけが、私と背後の会談室へ続く廊下を静かに見比べている。最後尾のオトギさんに至っては、狙撃銃を肩に預けたままだ。

 

 ――油断している? そう見えなくもないけれど、おそらく少し違う。少なくとも向こうにとって、ここで私と戦うことは最初から予定に入っていなかったのだろう。

 

 だからこそ、四人とも武装しているというのに、こちらへ向けられている空気には妙な緩さが残っていた。

 

「……そこを通してもらいたい」

 

 最初に口を開いたのはユキノさんだった。

 

「できません」

 

「こちらには、この先へ進む必要がある」

 

「こちらにも、通すことのできない理由があります」

 

「そうか」

 

 短い返事だけで会話が途切れる。もう少し何か言われると思っていたので、逆にこちらの方が少し困ってしまった。

 

 すると、クルミさんが盾の横から顔を覗かせる。

 

「えーっと……本当にダメ?」

 

「ダメです」

 

「ちょっとだけでも?」

 

「ちょっとでもダメです」

 

「そっかぁ……」

 

 どうしてそこで、そんなに残念そうな顔をするのだろう。しかも隣では、ニコさんまで困ったように笑っている。

 

「ミライちゃん、そこを退いてくれたら、こっちとしても助かるんですけど」

 

「申し訳ありませんがお断りします」

 

「ですよねぇ」

 

 あまりにも普通の会話だった。武装した四人と廊下の中央で向かい合っているはずなのに、まるで少し道を塞いでいる私へ声を掛けているだけのような調子で、その自然さがかえって警戒心を強くする。

 

 この四人が本当は何を目的としてここへ来たのか、私はほとんど何も知らない。分かっているのは、主様から彼女たちを通すなと命じられていることだけだった。

 

「FOX3」

 

「うん」

 

 ユキノさんにコードネームで呼ばれ、クルミさんが盾を正面へ向けた。その瞬間、それまでどこか緩かった空気が一変する。クルミさんはほんのわずかに腰を落とし、そのままこちらへ一歩踏み出してきた。

 

「……止まってください」

 

 警告しても、足は止まらない。

 

「できれば大人しくしててほしいんだけど!」

 

「こちらの台詞です!」

 

 私は《アストラノヴァ》を持ち上げ、クルミさん本人ではなく、その正面に構えられた大盾へ照準を合わせて引き金を引いた。轟音とともに放たれた一撃が盾の中央へ叩きつけられ、クルミさんの身体がわずかに後ろへ押し戻される。

 

「わっ!?」

 

 その瞬間、残る三人も一斉に動いた。

 

「交戦開始。FOX3は正面を維持。FOX2、右から圧力をかけろ。FOX4は後方から射線を確保」

 

 ユキノさんの指示が飛ぶと同時に、複数の銃声が廊下へ響き渡る。

 

「っ!」

 

 私はその場から横へ飛び、今まで立っていた壁へ次々と弾痕が刻まれていくのを視界の端で捉えた。

 

 反撃しようと《アストラノヴァ》を向けたものの、その時にはすでにクルミさんが盾を押し出しながら前へ出ており、その脇からニコさんのショットガンがこちらを捉えている。

 

 まずい。

 

 最初から、ここで四人全員を相手にするつもりはなかったし、この廊下を最後まで死守することが目的でもない。私がやるべきことは、この四人全員を会談室から少しでも遠くへ連れていき、時間を稼ぐことだ。

 

 そう判断すると同時に、《アストラノヴァ》を抱えたまま親指を側面へ滑らせ、埋め込まれたタッチパネルへ触れる。短い電子音が鳴った。

 

 Aero ON

 

 次の瞬間、廊下を満たしていた空気が一気に荒れた。会議室前の案内台に積まれていたパンフレットが舞い上がり、壁際のラックに置かれていた資料やコピー用紙まで次々と風に巻き込まれていく。

 

「なにこれ!?」

 

 クルミさんの声が聞こえた頃には、通路の大半が白い紙片に埋め尽くされていた。一時的に視界を塞ぐには十分だ。私は結果を確認することなく踵を返し、そのまま廊下を走り出した。

 

「逃げた!」

 

「追う。隊形を維持しろ」

 

 背後から聞こえてきたユキノさんの声に続いて、四人分の足音が重なる。予想通り、全員が追ってきた。それでいい。むしろ一人でも下へ残られる方が困る。

 

 走りながら再び側面のタッチパネルへ指を伸ばし、《エアロ》を解除して別のアイコンへ触れた。

 

 Hand ON

 

 右腕へ一気に力が宿る。壁際に並んでいたオフィスチェアを掴み、振り返ることなく後方へ放り投げると、直後に金属同士がぶつかる大きな音が響いた。おそらくクルミさんの盾に当たったのだろう。

 

「ちょっ――!」

 

 続けて案内板、ゴミ箱、小さなサイドテーブルと、走る途中で手の届くものを次々と後ろへ送っていく。

 

「もう! こっちに投げないで!」

 

「追いかけるのをやめていただければ投げません!」

 

「それは無理!」

 

 返答と同時に銃声が響き、背中へ強い衝撃が走った。

 

「っ……!」

 

 さらに腕へもう一発。身体が前へ押されるものの、倒れるほどではない。痛みを無視して足を動かし続けるうち、前方に会議室用の少し大きな机が見えた。これなら、さすがに簡単には処理できないはずだ。

 

 Magic Hand ON

 

 右腕とは別に生まれた力が机を持ち上げる。私は走ったまま身体を捻り、横倒しにした大きな机を、廊下いっぱいを塞ぐようにFOX小隊へ投げ飛ばした。

 

 さすがに盾だけでは――。

 

 ドンッ!

 

 そう思った直後、机の中央が弾け飛んだ。

 

「……え?」

 

 思わず振り返ると、砕け散った破片の向こうから、クルミさんが盾を構えたまま勢いを落とさず走ってきていた。そのすぐ後ろでは、ニコさんが煙の残るショットガンをこちらへ向けている。

 

「あれくらいなら壊せますよー」

 

「そういう問題ですか!?」

 

 再び銃声。慌てて前を向いて頭を低くすると、弾がすぐ横を抜けていった。

 

 止まらない。椅子を投げても、机を投げても、紙で視界を埋めても、先頭のクルミさんが受け止め、盾だけでは処理しきれない大きな障害物はニコさんが壊してしまう。しかも、その二人が対処している間にも後方からの射撃は止まらない。

 

 ――想像していたより、ずっと厄介です。

 

 さらに銃声が響き、私は咄嗟に壁際へ身体を寄せた。次の瞬間、それまで私がいた位置へ別の弾が突き刺さる。音が少し違う。ニコさんでもユキノさんでもない、もっと遠く――最後尾からだ。

 

「……四人目まで、ちゃんと撃ってくるんですね」

 

 誰に聞かせるでもなく呟いた直後、返事の代わりのようにもう一発が壁を抉った。

 

 この時点ではまだ、その最後尾から飛んでくる弾が、後になって一番厄介なものになるとは思っていなかった。

 

 私は《マジックハンド》を解除し、《アストラノヴァ》を抱え直す。前方には十一階へ続く階段、背後からは変わらず四人分の足音が迫ってくる。

 

 ホテルに置かれている物を投げつける程度では、この四人を止めることはできない。ならば、次を試すしかない。

 

「……まだ始まったばかりです」

 

 私は階段へ飛び込み、二段飛ばしで十一階へ駆け上がると、防火扉を押し開けた。

 

 十階とは違い、この階には中規模の宴会場や会議室がいくつも並んでおり、広めの廊下には移動式のパーティションや、片付けの途中らしい円卓と椅子がいくつも残されていた。

 

 事前に下見したときの記憶を頼りに迷わず左へ曲がるが、背後からはすでに階段を上ってくる足音が聞こえている。十階であれだけ物を投げつけたというのに、ほとんど距離を作れていない。

 

「FOX3、先行。FOX2はその後ろにつけ。FOX4、射線が通り次第撃て」

 

 ユキノさんの指示を聞きながら、タッチパネルへ指を走らせる。

 

 Chainsaw ON

 

 電子音声と同時に、銃身の側面から鋸刃が展開された。

 

 私は速度を落とさず廊下を駆け抜け、円卓の横を通過する。抱えた《アストラノヴァ》から伸びた鋸刃が、その脚へ触れた瞬間に甲高い音を立てて切断した。

 

 振り返らず次の机、その次の机へと走り続けるうちに、高速で回転する刃が家具の脚を次々と断ち切っていく。私が通り過ぎた数歩後ろで、支えを失った円卓や長机が大きな音を立てて崩れ始めた。

 

 ガタンッ、ガラガラッ!

 

「うわっ、ちょっと!」

 

 クルミさんの声が背後から響いた。十階のように一つずつ掴んで投げる必要はなく、ただ走り抜けるだけで、後ろの通路に障害物が増えていく。こちらの方がずっと速い。

 

 これなら、少しは距離を作れる――そう思った直後だった。

 

「FOX2」

 

「見えてます」

 

 銃声に続いて、背後で何かが派手に砕け散る。わずかに振り返ると、倒れかけていた大きな机の中央がニコさんのショットガンで吹き飛ばされ、その破片をクルミさんが盾で押し退けながら進んできていた。

 

「……やっぱり、壊しますか」

 

 それでも十階よりはいい。障害物を処理するために、ニコさんへ一発使わせることはできる。ならば、数を増やせばいい。

 

 Claw ON

 

 チェーンソーが消え、今度は鋭い爪が展開される。私はそのまま、パーティションの並ぶ区画へ減速せずに突っ込んだ。

 

 通り過ぎるたびに爪が支柱や固定具へ引っ掛かってそれらを切り裂き、支えを失った仕切りが互いにもたれかかるようにして廊下へ倒れ込んでいく。

 

「また!?」

 

「そのまま進まない方がいいですよ!」

 

「やった本人が言わないで!」

 

 クルミさんの声を背中で聞きながら角を曲がった直後、銃声が続いた。一発が身体の脇を抜け、もう一発が背中へ当たる。

 

「っ……!」

 

 衝撃で上体が揺れるものの、足は止めない。そのまま会議室前の直線へ飛び込んだところで、前方まで遮る物がほとんどないことに気づいた。

 

 ――まずい。

 

 背後から、これまでとは少し違う乾いた銃声が響く。

 

「――っ!」

 

 右肩へ強烈な衝撃が叩き込まれた。《アストラノヴァ》が大きく跳ね上がり、身体まで横へ流される。咄嗟に壁へ片手をつき、転倒だけは避けた。

 

 痛い。十階から何発も撃たれてはいるけれど、今の一発は明らかに違った。偶然ではなく、こちらの走る位置を見たうえで、正確に通されている。

 

 体勢を立て直しながら一瞬だけ背後を見る。先頭にクルミさん、その後ろにニコさんとユキノさん。そしてもっと遠く、長い直線の向こうで、オトギさんが狙撃銃を構えていた。

 

「……あなたですか」

 

 返事はない。けれど、こちらへ向けられた銃口そのものが答えだった。

 

「FOX4、そのまま射線を維持」

 

 私は右肩の痛みを無視して《アストラノヴァ》を抱え直し、さらに速度を上げた。十階では、最後尾からも撃ってくる程度にしか考えていなかった。

 

 けれど、前の三人が障害物を処理している間でも、あの人だけは後ろからこちらを狙い続けられる。最後尾だからといって、後回しにしていい相手ではない。

 

 《クロー》を解除する。家具を倒しても通路を塞いでも、多少遅らせることはできるが、それだけでは振り切れない。そして長い直線へ出れば、後ろからあの弾が飛んでくる。

 

 まだ対処方法までは分からないけれど、その事実だけは頭へ刻み込んでおく。

 

 前方には十二階へ続く階段。私は右肩に残る痛みを押し殺し、そのまま次の階へ駆け上がった。

 

     ○

 

 オトギさんに撃たれた右肩には、まだはっきりとした痛みが残っていた。腕が動かないほどではなく、《アストラノヴァ》を構えることもできるけれど、無理に振り回せば照準へ影響が出る程度には重い。

 

 そんなことを考えながら十二階へ続く扉を押し開けた私は、その先に広がっていた光景を見て、思わず顔をしかめた。

 

「……広いですね」

 

 そこは、大規模な催しに使われる大宴会場だった。天井は高く、視界を遮る柱も少ない。

 

 壁際には片付けられたテーブルや椅子が並んでいるものの、中央部分にはほとんど遮蔽物がなく、端から端まで見渡せるほどの空間が広がっている。

 

 しかも、この階からさらに上へ向かうには、その中央付近を横切らなければならない。

 

 ――嫌な場所です。

 

 十一階の長い廊下ですら、最後尾から飛んでくるオトギさんの弾は厄介だった。こんな場所で四人に広がられてしまえば、どこへ動いても別の方向から狙われることになる。

 

 とはいえ、立ち止まって考えている時間はなかった。背後から階段を駆け上がってくる足音が迫っている。私はそのまま宴会場へ飛び込み、反対側の出口へ向かって走り出した。直後、背後の扉が勢いよく開く。

 

「FOX3、正面。FOX2は左へ展開。FOX4、距離を取って射線を確保」

 

 ユキノさんの指示を受け、四人の動きが一斉に変わった。

 

 十一階までは狭い廊下を追ってきたため、どうしてもクルミさんを先頭にした縦長の隊形になっていたけれど、ここではその必要がない。

 

 大盾を構えたクルミさんが中央から真っ直ぐ距離を詰め、その左側へニコさんが大きく広がる。ユキノさん自身もクルミさんの後ろには付かず、こちらの逃走方向を見ながら別の角度から銃口を向けていた。

 

 そしてオトギさんだけは宴会場へ深く入ってこず、入口近くで足を止めると、長大な対物ライフルをこちらへ向けた。

 

「……やっぱり、そうなりますよね」

 

 複数の銃声が重なる。私は全力で走りながら上半身だけを捻り、《アストラノヴァ》で後方へ撃ち返した。

 

 放った弾は正面から迫っていたクルミさんの盾へ叩き込まれたものの、その脇からすぐにニコさんのショットガンが火を噴き、散弾が足元の床を激しく削る。

 

 そちらを避ければ反対側からユキノさんの射撃が飛んできて、さらに距離を取ろうとすれば、クルミさんが盾を押し出しながら前へ出てくる。

 

 四人が一列に並んでいない。ただそれだけの違いなのに、十一階までとは比べものにならないほど対応しづらい。このまま出口まで一直線に走ったところで、途中で何発受けるか分からない。

 

 ならば、こちらも火力を使って一度押し返す。

 

 Elek ON

 

 電子音声とともに、銃身へ黄色い電光が走る。走りながら身体を反転させ、正面から迫ってくるクルミさんへ照準を合わせて引き金を引くと、電撃をまとった弾丸が大盾の中央へ直撃した。

 

「っ!」

 

 盾の表面を走った電流が周囲へ弾け、クルミさんの足が一瞬だけ止まる。近くまで来ていたニコさんも、巻き込まれるのを避けるように一歩横へ退いた。

 

 普通に撃つよりは効いている。そう判断した私は続けて足元へもう一発撃ち込み、クルミさんの進路を強引にずらした。

 

「FOX3、無理に受けるな。FOX2、回り込め」

 

 けれど、こちらが効果を確認するより早くユキノさんの指示が飛び、ニコさんが大きく外側へ回り始めた。このままでは横へ入られる。私はそちらへ《アストラノヴァ》を向けようとして――。

 

 宴会場に、それまでの銃声とは明らかに違う、腹の底へ響くような轟音が響いた。

 

「――っ!」

 

 反射的に身体を捻ったものの、完全には避けられない。左脇腹へ、巨大なハンマーで殴り抜かれたような衝撃が叩き込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

 上半身ごと横へ持っていかれ、足が二歩ほど流れる。危うく転倒しかけたものの、床へ手をつく寸前でどうにか踏みとどまった。

 

 左脇腹を押さえる余裕もなく視線を上げると、宴会場の入口付近で、オトギさんが対物ライフルをこちらへ向けたまま次の射撃に備えていた。

 

「……攻撃しようとすると、そこを撃ってくるんですね」

 

 今ので少し分かった。ただ走っている間よりも、誰かを狙った瞬間の方が、こちらの動きは単純になる。狙う対象が決まれば身体の向きも決まり、ほんの一瞬とはいえ姿勢も固定される。オトギさんは、そこを見逃していない。

 

 考えている間にもユキノさんの射撃が飛び、胸元と腕へ立て続けに衝撃が走った。誰か一人へ意識を向ければ、その瞬間に別の方向が空く。それでも、このまま一方的に押し込まれるわけにはいかない。

 

 Fire ON

 

 銃身を包んでいた黄色い電光が消え、代わりに赤い炎が走る。

 

「今度は何!?」

 

「私にも全部説明している余裕はありません!」

 

 クルミさんへ返しながら引き金を引く。炎をまとった弾丸が床へ着弾して爆ぜるように火炎を広げ、正面から迫っていたクルミさんが盾を構えたまま進路を変えた。横から回り込もうとしていたニコさんも一度足を止める。

 

 さらにユキノさんの前へ一発、続けてクルミさんとニコさんの間にも撃ち込み、三人が同時にこちらへ寄ってこられないよう強引に距離を広げた。

 

 一瞬ではあるけれど、確かに押し返せている。そう思ったところで、ユキノさんの短い声が聞こえた。

 

「FOX4」

 

「うん」

 

 嫌な予感がして、私は反射的にその場から走り出す。直後、再び対物ライフルの轟音が響き、弾丸が身体を掠めるように抜けていった。まともには受けていないのに、すぐそばを大口径弾が通過しただけで姿勢が崩れる。

 

 そこへニコさんのショットガンが飛び、避けた先をユキノさんの射撃が潰す。さらに正面では、先ほど炎で押し返したはずのクルミさんが、もう盾を構えて距離を詰め直していた。

 

「……っ!」

 

 押し返したのは、ほんの数秒だけ。その数秒を作るためにこちらも攻撃する必要があり、そのたびに動きを読まれて何発も受けている。右肩と左脇腹に残る強い痛みを抱えたまま同じことを続ければ、こちらの消耗だけが増えていく。

 

 ――駄目です。

 

 ようやく、それを認める。

 

 クルミさんが正面から動きを制限し、ニコさんが横から圧力をかけ、ユキノさんがこちらの逃走方向を絞る。そして限定された移動先へ、最後尾のオトギさんが対物ライフルの一発を通してくる。

 

 廊下では十分に広がれなかった四人が、この大宴会場では本来の連携をそのまま使える。ここで正面から撃ち合い続ければ、先に倒れるのはこちらだ。

 

「……これは、付き合っていられませんね」

 

 私は《ファイヤー》を解除した。そもそも、彼女たちを倒す必要はない。私が稼ぐべきなのは勝利ではなく時間であり、四人全員を会談室から遠ざけられているのなら、ここで無理に勝負する理由などなかった。

 

 視線を上へ向けると、高い天井の下には照明や舞台演出に使われる大型のトラスが組まれていた。

 

 Winch ON

 

 《アストラノヴァ》へワイヤー射出機構が展開される。

 

「……上?」

 

 私の視線に気づいたニコさんが呟いたが、その時にはもう狙いを定めていた。天井近くの固定トラスへワイヤーを射出し、先端が噛みつくように固定された直後、一気に巻き取りを開始する。身体が床から引き上げられた。

 

「えっ!?」

 

 クルミさんの声と同時に、下から銃声が集中する。上昇中の身体へ何発か当たり、そのたびに姿勢が揺れるものの、巻き取りは止めずに床との距離を一気に広げていった。

 

「FOX4!」

 

「狙ってる~」

 

 遠くでオトギさんの対物ライフルがこちらを追う。私は巻き上げられながら身体を振り、ワイヤーを中心に軌道をずらした。轟音とともに大口径弾がすぐ横を抜け、その先にあった天井設備の一部を吹き飛ばす。

 

「危なっ……!」

 

 今の一発だけは、まともに受けたくない。

 

 ワイヤーを利用して身体を大きく振り、上階へ続く通路へ向けて勢いをつける。最も近づいた瞬間に接続を解除すると、一瞬だけ何もない空間を抜け、そのまま通路の床へ転がり込んだ。

 

「っ……!」

 

 着地の衝撃で右肩と左脇腹が同時に痛んだものの、すぐに床へ手をついて立ち上がる。下を振り返れば、FOX小隊は誰一人として倒れていない。

 

 それどころかクルミさんはすでにこちらへ続く経路を探し始め、ユキノさんも次の追跡に向けて指示を飛ばしていた。

 

「……やはり、正面から四人は無理ですね」

 

 今度こそはっきり認める。向こうが自由に展開できる広い場所で撃ち合っても、こちらが不利になるだけだ。

 

 私は《ウインチ》を解除し、《アストラノヴァ》を抱え直した。次は十三階。もう、広い場所であの四人の正面に立ち続ける気はなかった。

 

     ○

 

 上層の通路から従業員用の通路へ飛び込み、十三階へ続く階段を駆け上がる。十階から何発撃たれたのか、もう正確には数えていない。それでも、足は動く。なら、止まる理由はなかった。

 

 十三階の防火扉の先は、宴会場を裏側から支えるバックヤードだった。細長い通路の左右には配膳用のラックやワゴンが並び、棚には皿やグラス、金属製のトレーが大量に積まれている。

 

 遮蔽物の少なかった十二階とは正反対に、とにかく物が多い。

 

 Chain Array ON

 

 《アストラノヴァ》から長い鎖と、その先端に繋がれた重量物が展開される。私は走る勢いのまま鎖を振るい、通路脇の配膳ラックを横倒しにした。皿やグラスが一斉に床へ雪崩れ落ち、派手な破砕音が背後へ広がる。

 

 振り返らずに次のワゴン、壁際の棚と巻き込んでいくと、私が走り抜けたあとだけが急速に通りづらい場所へ変わっていった。

 

「何この音!?」

 

「FOX3、前方注意。FOX2、障害物を処理しろ」

 

 クルミさんが倒れたラックを盾で押し退け、その向こうのワゴンはニコさんのショットガンが吹き飛ばす。やはり止まらない。それでも、押し退けるたび、撃ち壊すたびに、二人の速度はほんのわずかに落ちている。

 

 今は、その僅かな遅れを積み重ねるしかなかった。

 

「ミライちゃん! これ全部、あとで片付けるんですか?」

 

「……今それを聞きます!?」

 

「ちょっと気になって」

 

「私も気にはしています!」

 

「気にしてる人の壊し方じゃないでしょ!」

 

 クルミさんの声を背に厨房へ飛び込む。作業台に大型の鍋、食器棚と、使えそうなものはいくらでもあった。ただし、火元やガス設備には触れない。

 

 時間を稼ぐためとはいえ、このホテルそのものを燃やしたいわけではない。狙うのは、倒してもすぐ大事故には繋がらない物だけだ。

 

 壁際のラックへ重量物を叩きつけると、金属製のボウルやトレーが一斉に落ち、厨房中へ騒々しい音が響いた。その直後、通路の奥から腹の奥へ響く発砲音が轟き、すぐ横のステンレス製の作業台が大きくへこむ。

 

 物を倒せば射線は減るけれど、完全に切れるわけではない。

 

 倒して、壊して、床まで散らかしたのに、四人分の足音は消えなかった。

 

「……これでも駄目ですか」

 

 クルミさんが先頭にいる限り、細かな障害物は盾で押し切られ、大きな物はニコさんが壊す。物を投げる、倒す、壊すという方法だけでは、この四人を引き離すことはできないらしい。

 

 私は《チェーンアレイ》を解除し、十四階へ続く階段へ飛び込んだ。次は相手へ物をぶつけるのではなく、追いかけることそのものを、もっと面倒にする。

 

     ○

 

 右肩と左脇腹には、まだはっきりと痛みが残っている。

 

 十階から何度も銃弾を受け続けたせいで、身体にも少しずつ重さが出始めている。それでも背後の四人分の足音は一向に遠ざからず、ほとんど同じ間隔を保ったままついてきていた。

 

「……本当に元気ですね」

 

 思わずそんな言葉が漏れたけれど、向こうも私に対して似たようなことを思っているのかもしれない。

 

 十四階の防火扉を押し開けると、その先には大人数の宿泊客を受け入れるためのバイキング会場が広がっていた。大きな窓に面したフロアには、いくつもの料理台とテーブルが規則正しく並べられている。

 

 十二階の大宴会場ほど何もないわけではないものの、四人が横へ展開するには十分すぎる広さだった。

 

 広い場所で四人に自由に展開されればどうなるか、右肩と左脇腹に残る痛みがもう教えてくれている。今度は足を止めず、私は最初から反対側の出口へ向けて走り出した。直後、背後で防火扉が勢いよく開く。

 

「十四階へ入った。FOX3は先頭を維持。FOX2はその後ろにつけ。FOX4、無理に距離を詰める必要はない。射線を確保しろ」

 

 ユキノさんの指示に続いて銃声が響く。私は料理台の陰を横切りながら上半身を捻り、《アストラノヴァ》を後方へ向けて何発か撃ち返した。

 

 クルミさんを倒すためではなく、盾を上げさせて、その後ろに続く三人の進路を少しでも制限できれば十分だった。

 

 弾丸が大盾へ叩き込まれ、その脇からすぐにニコさんのショットガンが返ってくる。

 

 ユキノさんの射撃まで進行方向へ飛んできたため、私は料理台やテーブルを遮蔽物にしながら細かく進路を変え、同じ方向へ長く真っ直ぐ走らないようにした。

 

 そこで目に入ったのが、少し先に置かれていたサービス台だった。フォークやスプーン、トングなどを種類ごとにまとめたケースが並び、その隣には取り皿を積んだラックまで置かれている。

 

 十三階までは、大きな物を倒せば多少は足止めになると考えていた。けれど、クルミさんは大抵の物なら盾で押し退け、それで処理できないほど大きな物はニコさんがショットガンで壊してしまう。

 

 だったら今度は、壊すほどでもなく、盾で受け止める意味もない物を床いっぱいに広げればいい。

 

 私はサービス台へ進路をずらし、横を通り抜ける瞬間に片手を伸ばして、カトラリーの入ったケースを思いきり引っ掛けた。

 

 ガシャァンッ!

 

 ケースが床へ落ち、フォークやスプーン、トングが一斉に飛び散る。磨かれた床へ落ちた金属製の食器類は広い範囲へ滑っていき、私はさらに隣のケースにも手を掛けて、FOX小隊が通るはずの場所を次々と小さな金属片で覆っていった。

 

「ちょっ!?」

 

 背後からクルミさんの声が聞こえたが、振り返らない。こんな物を踏んだからといって大怪我をするとは思っていないし、傷つけるために撒いたわけでもない。

 

 ただ、盾で防ぐことはできず、ショットガンで撃ったところで散らばった物が消えるわけでもない。無視して踏み込めば足を滑らせる可能性がある以上、ほんの一瞬でも足元を確認させられれば十分だった。

 

「FOX3、足元に注意しろ!」

 

「見えてるって!」

 

 ユキノさんの声と同時に、クルミさんの速度がわずかに落ちる。完全に止まったわけではないものの、盾を構えたまま床のカトラリーを確認し、一歩ごとに踏み込む場所を選びながらこちらを追っている。その後ろのニコさんも同じだった。

 

「……なるほど」

 

 そこで初めて、今までとは違う手応えを感じた。追ってくる四人そのものを何とかしようとするのではなく、追跡に使っている場所そのものを走りづらくしてしまえば、こちらから無理に押し返さなくても距離を作ることができる。

 

 私は次のサービス台へ向かい、今度はカトラリーケースだけでなく、その横の小さなトレーまでまとめて床へ落とした。甲高い金属音とともに食器や器具がさらに広い範囲へ散らばり、床が全力疾走には明らかに向かない場所へ変わっていく。

 

「もう! また!?」

 

「踏まない方がいいですよ!」

 

「だから、やった本人が言わないで!」

 

 クルミさんの声を背中で聞きながらテーブルの間へ飛び込んだ直後、後方から銃声が響いた。反射的に身体を低くすると、弾丸が頭上を抜けて料理台の側面へ突き刺さる。

 

 さらにもう一発が右腕へ当たって上体が揺れたものの、足を止めるほどではなかった。

 

「っ……!」

 

 当然ながら、足元を乱しただけで向こうが撃てなくなるわけではない。そして厄介なのは、最後尾から射線を探しているオトギさんだった。

 

 すでに聞き慣れ始めてしまった対物ライフルの轟音が響いた瞬間、私はほとんど反射だけで身体を左へ投げる。大口径弾がすぐ後ろを抜けて料理台へ突き刺さり、木材と金属がまとめて弾け飛んだ。

 

「……そうですよね」

 

 床を踏み越えなければならないのは前の三人だけで、最後尾のオトギさんには関係ない。ここで効果を確かめようと留まれば、射撃の機会を与えるだけだ。

 

 必要なのはFOX小隊を完全に止めることではなく、ほんの数秒でも距離を作ること。それができたのなら、すぐに次へ移ればいい。

 

 私は料理台の陰を横切りながらさらに速度を上げ、身体だけを捻って後方へ数発撃ち込んだ。クルミさんの盾へ弾が当たる重い音が続き、返ってきたニコさんのショットガンをテーブルの間へ身体を滑り込ませてかわし、次の区画へ抜ける。

 

 背後の足音は、ほんのわずかに遠くなっていた。せいぜい数メートルほどの差だけれど、その数メートルが生まれた理由は、それまでとは明らかに違っている。

 

 前へ障害物を置くのではなく、走るための床そのものを変えた。視界を悪くすれば盾の頑丈さは関係なくなるし、射線を切ればオトギさんも好きに狙えない。四人の強さへ正面から付き合わず、その強さを発揮しづらい状況を作ればいい。

 

「……これですね」

 

 ようやく、今の自分に合った戦い方が見えてきた。倒す必要はない。数秒の遅れでも、積み重ねる価値は十分にある。

 

 そんなことを考えながら出口へ向かっていると、背後からユキノさんの声が聞こえてきた。

 

「FOX3、無理に踏み込むな。FOX2、周囲の通路を確認しろ」

 

 その指示に、私はわずかに眉を動かした。今までのユキノさんは、クルミさんを先頭に置き、基本的には四人揃ったままこちらを追ってきた。

 

 けれど今は、クルミさんに無理な追跡をさせず、ニコさんには周囲の通路を確認させようとしている。

 

 当然だった。一度も下へ戻らず上へ逃げ続けていれば、意図的に引っ張っていると疑われてもおかしくない。私が四人の戦い方を覚え始めたように、あの四人も私の逃げ方を見続けている。しかも向こうには四人いる。

 

 一人か二人を別の経路へ回し、逃げ道を先に塞ぐこともできるのだ。

 

「……ですよね」

 

 私は十四階の出口を抜け、十五階へ続く階段へ飛び込んだ。次の階からは、ただ後ろを振り切ろうとするだけでは済まない。

今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?

  • 歴代ライダー本人の登場
  • 歴代ライダーとの共闘
  • 歴代ライダーとの対決
  • ライドウォッチ
  • アーマータイム
  • ミライ独自のライダー形態
  • 他キャラの仮面ライダー化
  • ライダー由来の武器・アイテム
  • ライダーマシン
  • 怪人・敵組織
  • 歴代ライダーの能力再現
  • 歴代ライダーの必殺技
  • 原作ライダーの名場面オマージュ
  • 仮面ライダー側の世界観・設定
  • 昭和ライダー要素
  • 平成一期ライダー要素
  • 平成二期ライダー要素
  • 令和ライダー要素
  • 劇場版・Vシネマなどの要素
  • その他(感想欄で教えてください)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。