十五階へ続く防火扉を押し開ける。
この階には複数のレストランが入っており、これまで通ってきた宴会場とは雰囲気が大きく異なっていた。
廊下の左右には和食や洋食を扱う店の入口が並び、その間には個室へ続く短い通路や厨房へ繋がるスタッフ用の扉もあるため、表から見える以上に内部の移動経路は複雑だった。
事前の下見で、この階の構造も一通り確認している。次の階へ最短で向かうなら正面の通路を抜ければいいけれど、十四階までと同じように真っ直ぐ逃げ続ければ、こちらの行動を読まれやすくなる。
私はあえて最短経路を外れ、複数の店舗前を横切る少し遠回りの通路へ入った。
間もなく背後の防火扉が開き、聞き慣れた足音とともにFOX小隊が十五階へ入ってくる。
「FOX3、追跡を継続。FOX2はその後ろにつけ」
ユキノさんの指示に続いて銃声が響いた。私はレストランの入口に設けられた装飾壁を遮蔽物にしながら、《アストラノヴァ》で後方へ何発か撃ち返す。
クルミさんが大盾を上げて弾を受け、その脇からニコさんのショットガンが火を噴いたため、すぐに身体を戻して次の遮蔽物へ移った。何も妨害を置かなければ、やはり三人の追跡速度はかなり速い。
「あ」
そんな銃撃戦の最中、不意にニコさんの声が聞こえてきた。それまでとは明らかに違う、何かを見つけたときの声だったので、私も反射的にそちらへ意識を向けてしまう。
「お寿司屋さんありますね」
「……はい?」
廊下の右側には、確かに和食店があった。営業していないため暖簾の向こうは暗いものの、入口には握り寿司や刺身の写真が並んだメニューが置かれている。ニコさんはショットガンを抱えたまま、そちらを指さしていた。
「そろそろ休憩しません? 私、お寿司食べたいです」
「なぜ今なんですか!?」
「十階からずっと走ってるじゃないですか。そろそろ休んでもいいと思うんですけど」
そう言いながら、ニコさんは普通にショットガンを撃ってくる。私は散弾を装飾壁の陰へ逃れてやり過ごし、すぐに次の通路へ走った。
「撃ちながら休憩を提案しないでください!」
「止まってくれたら撃たなくて済みますよ?」
「それで止まるほど信用していません!」
「残念です」
声だけを聞いていれば、本当に食事へ誘われているようにしか聞こえない。ところが、その横を走っていたクルミさんまで寿司店へ視線を向けた。
「あ、本当だ。美味しそう」
「FOX3まで何を見ているんですか!?」
「だってお腹空かない?」
「空いてはいますけど、それとこれは別です!」
思わず普通に答えてしまった。
「ほら、ミライちゃんもお腹空いてるじゃないですか」
「今は食事をしている場合ではありません!」
「じゃあ終わったら?」
「どうして私まで一緒に食べる前提なんですか!?」
何を話しているのだろう、と自分でも思う。銃撃を受けながら逃げ続け、ついさっきまで対物ライフルを警戒していたはずなのに、なぜか今は追ってくる相手と寿司の話をしている。
しかもニコさんの声音を聞く限り、冗談だけで言っているわけでもないらしい。
「私はサーモン食べたい」
「いいですねぇ。私はお稲荷さんも欲しいです」
「それ寿司屋まで来ていつも食べてるやつじゃない?」
「好きなので」
「……本当に休憩する気なんですか?」
呆れながら前方の角へ差しかかったところで、ふと違和感を覚えた。銃声も、クルミさんとニコさんの声も、ユキノさんの指示も後ろから続いている。それなのに、十四階までずっと意識の隅にあったものが一つだけ消えていた。
次の遮蔽物へ移るついでに、ほんの一瞬だけ背後を確認する。大盾を構えたクルミさん、その後ろのニコさん、さらにユキノさん。けれど、一番後ろにいるはずの姿が見当たらない。
「……オトギさんは?」
口にした瞬間、自分でも気づいた。最後に彼女の姿を確認したのは、十五階へ入って間もない頃だ。そのあとニコさんが寿司店を見つけ、クルミさんまで会話へ加わり、私も思わずそちらへ何度か視線を向けている。
時間にすれば数秒程度でも、一人が隊形から抜けるには十分だったのかもしれない。
「……まさか」
Radar ON
索敵機能が立ち上がり、周囲の反応が表示される。後方には三つ。それは予想通りだった。問題は、右前方――壁を何枚か挟んだ先のスタッフ用通路を、こちらとほぼ同じ方向へ移動しているもう一つの反応だった。
「……やられましたね」
「何がです?」
「お寿司の話です!」
「お寿司食べたいのは本当ですよ?」
「そこは本当なんですか!?」
「もちろんです」
ニコさんの返事には、悪びれた様子がまるでない。おそらく本当に寿司を食べたかったのだろう。
けれど同時に、私の注意が店や会話へ向いていることにも気づいていて、その数秒を利用して誰か一人が隊形から抜けることを止めなかった。完全な演技ではないからこそ、こちらも余計に引っ掛かった。
《レーダー》に映る反応が、私が本来使うつもりだった上階への経路へ近づいていく。このまま最短ルートを進めば、どこかで正面からぶつかることになる。
「……そう来ますか」
すぐに予定を変え、右側のルートを捨てて西側のサービス通路へ向かう。私は目の前の角を左へ曲がり、レストラン脇にある従業員用の扉を目指した。
「FOX3、そのまま追え。FOX2は左側を押さえろ」
ユキノさんの指示も、それまでとは少し変わっている。ただ三人で後ろを追うのではなく、こちらが選べる通路を減らしながら追い込むつもりなのだろう。
私は後方へ牽制射撃を送りながら従業員用の扉を押し開けた。その先には、厨房裏へ続く細い業務通路が伸びている。
左右には倉庫や厨房へ続く扉が並び、途中で何度か曲がっているため、長い射線を作られにくいのも都合がよかった。オトギさんの反応はまだ右側にある。このまま西へ抜ければ、一度は離れられる。
そう判断して《レーダー》を解除し、速度を上げた。ところが、二つ目の角へ差しかかったところで、前方から腹の底へ響くような轟音が響いた。
「――っ!」
考えるより先に壁の陰へ飛び込んだ直後、大口径弾が通路を横切り、反対側の壁を大きく抉った。先ほど確認した位置より早い。
「……もう、そこまで来ているんですか」
角から一瞬だけ顔を出すと、数十メートル先の別通路との合流地点で、オトギさんが対物ライフルを構えていた。私が西側へ進路を変更すると分かった時点で、向こうもさらにルートを変えたらしい。
『見つけた~』
「見つけなくて結構です!」
返した直後、再び対物ライフルが轟いた。すぐに壁の陰へ身体を戻すと、角の一部が削られ、細かな破片が頬を掠める。
前へ進めばオトギさん、後ろからは残り三人。相手が人数差を利用して別方向へ回り込むようになった以上、これからは後方だけでなく、進行方向そのものまで警戒しながら逃げなければならない。
それでも、まだこちらには一つだけ明確な強みが残っている。このホテルの構造を、私は事前に確認している。
今いる業務通路から少し戻った場所には厨房へ入れる別の扉があり、そこから店舗内を横切れば、個室区画を経由して西側のサービス階段へ抜けられる。
私は前方のオトギさんへ二発撃ち込み、相手が身を引いた一瞬を利用して踵を返した。
「戻った!?」
クルミさんの声が、今度は前方から聞こえてくる。けれど、正面からぶつかるつもりはない。完全に通路へ戻る直前、私は横にあった厨房用の扉へ身体を滑り込ませた。
「FOX2、右へ回れ!」
ユキノさんの指示を聞きながら厨房内を横切ると、ニコさんの足音が別の方向へ離れていくのが聞こえた。
一つの通路へ入れば別の一人が隣へ回り、こちらが方向を変えれば、それに合わせて別の経路から出口を押さえようとしてくる。FOX小隊が、四人いるという人数差を本格的に利用し始めたのだ。
「……十四階までが楽だったように思えてきました」
これからは、選んだ道の先に別の誰かが待っている可能性まで考えなければならない。
厨房を抜け、個室レストランの裏側へ続く扉を押し開ける。《レーダー》を短時間だけ起動し、前方に反応がないことを確認した。背後では、複数の足音がそれぞれ違う方向から聞こえてくる。完全に囲まれる前に抜けるしかない。
私は速度を上げ、西側のサービス階段へ飛び込んだ。次の階では、もっと確実に視界を切らなければならない。
○
十六階へ続く扉を押し開けた瞬間、周囲の明るさが一気に落ちた。
この階にあるのは、ホテルのバーとナイトラウンジだった。最低限の間接照明しか点いておらず、窓の外の夜景の方が室内より明るく感じられるほどだ。
ソファ席の間を装飾壁や大きな観葉植物が区切り、薄暗さまで含めれば、姿を隠せる場所はいくらでもあった。
私は入口から数歩進んだところで、それまでより少しだけ速度を落とした。十五階では、後ろだけを警戒して走っていたせいで先回りされた。
同じように全力で走り続ければ、今度は別の誰かが前へ回り込んでくるかもしれない。それなら、一度こちらの位置そのものを見失わせた方がいい。
ラウンジ中央へは出ず、壁際に並んだボックス席の間へ入り込み、ソファの背を利用しながら姿勢を低くして移動を続ける。全力で走れば、それだけで足音から自分の位置を教えることになる。
今は少しでも長く、こちらがどこにいるのか分からなくする方が重要だった。
間もなく、背後で階段の扉が開く。
「十六階に入った。目標を確認できるか?」
「見えない!」
「こちらからも確認できません」
ボックス席の陰からわずかに顔を出すと、クルミさんが盾を前へ構え、その後ろにニコさんとユキノさん、少し離れた位置にはオトギさんもいた。十五階で一度別ルートへ回った四人は、ここへ入る前に再び合流したらしい。
「FOX4」
「見えてないよ~。暗すぎるかも」
「全員、暗視へ切り替えろ。FOX3を先頭に、間隔を詰めすぎるな」
予想通りだった。これだけ暗ければ、当然そうする。ならば、それを利用する。
私はタッチパネルへ指を伸ばしたものの、すぐには押さなかった。暗視へ切り替えた直後、四人全員が暗闇の中へ意識を集中させた時の方が、突然の強い光は効くはずだった。
「FOX3、前方を確認」
「何もいない。右も……いないかな」
「FOX2は左を確認。FOX4、奥を見ろ」
四人の視線が、それぞれ違う方向へ向く。今なら――私はボックス席の陰から一気に身体を出した。
「いた!」
Flash ON
クルミさんがこちらに気づいた瞬間、《アストラノヴァ》から放たれた強烈な閃光が、薄暗かったラウンジ全体を真昼のように照らし出した。
「っ!?」
「うわっ!」
四人の動きが一斉に鈍る。暗所へ合わせていた視界へ強い光を叩き込まれたことで、暗視装備だけでなく本人たちの目まで一時的に眩んだらしい。
「暗視を切れ! 目を閉じろ!」
ユキノさんの指示がすぐに飛んだものの、こちらにとってはそれだけで十分だった。私は《フラッシュ》を解除し、ここからは足音を遠慮せず、ラウンジ中央を横切って反対側の通路へ一気に加速する。
「待ちなさい!」
クルミさんの声が、いつもより明らかに遠い。
「今のはずるくない!?」
「暗視を使ったのはそちらでしょう!」
「そうだけど!」
返事をしながらソファを飛び越える。後ろから銃声も聞こえ始めたが、弾道はかなり散っていた。そして何より大きかったのは、あの重い発砲音が聞こえてこないことだった。
十五階までなら、開けた場所を走ればほぼ間違いなくオトギさんの対物ライフルが飛んできた。今は来ない。それだけで、走りやすさがまるで違った。
「……やっぱり」
対物ライフルに正面から対抗するより、そもそも狙えない状況を作った方がずっといい。
「FOX3、目標を追え。FOX2は左側から回れ。FOX4は視界が戻るまで無理に撃つな」
「まだちょっと眩しい~」
オトギさんの声を聞いて、少しだけ安堵した。その間にできるだけ距離を稼ぎ、ソファや装飾壁の陰を何度か横切って射線を切っていく。
視界が戻る前に、自分がどこを走っているのかまで分からなくしてしまえば、さらに数秒は稼げるはずだった。
少し遅れて銃声が増え始める。クルミさんたちの視界が戻ってきたらしい。それでも、足音そのものがはっきりと遠くなっていた。初めて四人全員へ同時に妨害が通り、短時間とはいえ追跡そのものを鈍らせることができたのだ。
そんな手応えを感じた直後、背後から腹の底へ響くような轟音が響いた。
「っ!」
反射的に横へ飛んだ直後、大口径弾が少し離れたソファを撃ち抜き、中の詰め物を周囲へ撒き散らした。
「……もうですか」
『見えた~』
「報告しなくて結構です!」
続けてもう一発。私は装飾壁の陰へ飛び込み、そのまま進路を変えた。完全に無力化できるわけではないし、同じ方法を繰り返せば次からは警戒されるだろう。暗視を使わない状態では《フラッシュ》もここまでは効かない。
それでも、この階では十分だった。背中へ張りつくように追ってきていた足音は、まだ数秒分ほど後ろにある。
事前に確認した構造が正しければ、この先は大浴場とスパの区画だ。十六階では視界を奪うことでどうにか距離を作った。それなら次は、足元そのものをもっと大きく変えてしまえばいい。
私は《アストラノヴァ》を抱え直し、十七階へ続く階段へ飛び込んだ。
○
十七階へ続く扉を押し開けると、最初に鼻先へ触れたのは、少し湿った暖かい空気だった。
この階にはホテルの大浴場とスパ施設が集められており、廊下の先には脱衣所や休憩スペース、そのさらに奥には広い浴場がある。
営業時間外とはいえ設備そのものが完全に止まっているわけではなく、浴場へ足を踏み入れると床にはまだ水気が残り、浴槽から立ち上る薄い湯気が室内を覆っていた。
十四階でカトラリーを撒いたときにも多少の効果はあったけれど、あれは踏み込みを慎重にさせただけで、走れなくしたわけではない。けれど、この浴場なら床そのものへ手を加えられる。
私は浴場を横切りながら、手近なシャワーを二つほど掴んで栓を開いた。勢いよく噴き出した水が床へ広がり、もともと濡れていたタイルの上をさらに薄く覆っていく。
わざわざ立ち止まる必要はなく、蛇口を捻ってシャワーを床へ落とし、そのまま次へ向かえばいい。
背後では、少し遅れて防火扉が開く音がした。
「十七階へ移動した。FOX3、足元に注意しながら追え。FOX2はその後方、FOX4は無理に射線を取るな」
十六階で《フラッシュ》を受けた直後だけあって、ユキノさんもこちらが環境を利用してくることを警戒しているらしい。特にオトギさんへ無理に撃たせようとしていないあたり、ただ追えばいい相手ではないと判断され始めている。
浴場の奥まで走って一度だけ背後を確認すると、最初に入ってきたのはやはりクルミさんだった。大盾を前へ構えながら足元を確認し、そのすぐ後ろにニコさんとユキノさんが続いている。
少し距離を空けたところにはオトギさんも見えたものの、湯気や複数の仕切りに邪魔され、いつものような長い射線は作れていない。
「……今度はここですか」
Freeze ON
銃身へ冷気がまとわりつく。狙うのは四人ではない。走りながら濡れたタイルへ冷気を放つと、白い霜が一気に広がり、水に濡れて光っていた床が次々と薄い氷に覆われていった。
「……え?」
「FOX3、止まれ!」
ユキノさんの警告は早かったものの、クルミさんはすでに氷の上へ一歩踏み込んでいた。
「わっ――!?」
盾を持ったまま身体が大きく前へ流れる。転倒こそしなかったものの、慌てて足を開いて姿勢を立て直し、その後ろにいたニコさんも急停止しようとして靴底を滑らせ、壁へ手をついてどうにか身体を支えた。
「危なっ……!」
「走るな。足場を確認して進め」
効いている。今度は足元を見るだけでは解決しない。どこへ踏み込んでも床そのものが滑る以上、全力でこちらを追うことはできない。
ただし、当然ながら氷は私だけ避けてくれるわけではない。それは最初から分かっていた。
Board ON
私は《フリーズ》を解除して足元へボードを展開し、ほとんど速度を落とさないままその上へ飛び乗った。走ってきた勢いを殺さず、そのまま氷の上へ滑り出す。
「えっ!?」
身体を低くして浴場内の通路に沿ってボードを走らせると、床との摩擦が減った分だけ、走っていたとき以上の速度が乗った。
「ちょっと、それあり!?」
「私が作った氷ですので!」
「そういう問題!?」
クルミさんの抗議を背中で聞きながら、浴槽の横を一気に抜けていく。後ろでも追跡は再開されていたが、速度が明らかに違った。クルミさんは盾を支えながら慎重に足を運び、ニコさんも重心を落として歩幅を小さくしている。
そして何より、オトギさんがほとんど撃ってこない。湯気で視界が安定せず、こちらとの間にはクルミさんたちまでいる。そのうえ自分自身も滑る床の上にいるとなれば、いつものように構えて狙う余裕はないのだろう。
「……やっぱり、この方がいいですね」
四人全員が同じ足場を使う以上、その条件を変えるだけで全員へ同時に影響を与えられる。自分まで巻き込まれないための《ボード》があってこその方法だけれど。
「FOX2、壁際を使え。FOX3も盾で無理に踏ん張るな」
クルミさんは大盾の端を壁へ軽く当て、それを支えにしながら進み始めた。ニコさんも手すりや仕切りを利用し、ユキノさんもその後ろから滑る床を抜けようとしている。対応が早い。
完全に止めることはできないけれど、今までのようにこちらと同じ速度で追ってくることもできない。
ここでわざわざ撃ち合う必要はない。作った距離を、そのまま次の階まで持っていく方がいい。そう判断した直後、ようやく背後から対物ライフルの轟音が響いた。
「っ!」
反射的に身体を伏せると、大口径弾が頭上を抜け、少し先の壁へ突き刺さった。
『やっと撃てた~』
「撃たなくていいんですよ!」
それでも、いつもの狙撃とは明らかに違った。こちらの動きを読んで撃ったというより、射線が通った瞬間にどうにか一発通しただけに近い。オトギさんが厄介なのは、威力だけではない。
こちらを見続け、動きを読み、その先へ弾を置ける状況が揃っているからこそ正確に撃てるのだ。湯気と氷だけで、それは崩せる。
大浴場を抜け、氷が途切れる直前にボードから降りる。少しだけ足がもつれそうになったものの、そのまま走行へ戻った。背後を確認すれば、クルミさんたちはまだ凍った浴場を抜けきっていない。
ただし、次の階はそう簡単にはいかない。事前に確認した構造が正しければ、十八階には屋内プールがある。十二階で散々痛い目を見た、FOX小隊が自由に展開しやすい広い場所だ。
けれど、今度はただ逃げ切るつもりはない。十階からずっと先頭に立ち、こちらの妨害を一番多く受け止め続けてきたクルミさんを、一度だけでも追跡隊形から外す。そのために使えそうなものが、次の階にはある。
私は《ボード》を解除し、十八階へ続く階段へ駆け込んだ。
○
十八階へ続く扉を押し開けると、目の前に大きな屋内プールが広がった。
天井はこれまでの階より高く、中央にはホテルの利用客向けとしてはかなり広いプールが横たわっている。
周囲にはデッキチェアやテーブル、壁際には植栽や柱もあるものの、大半を占めているのは水面と、その周囲に広がる開けた空間だった。十二階の大宴会場を思い出すには、十分すぎる景色だ。
このまま反対側の出口まで真っ直ぐ走れば、クルミさんを先頭に左右へ広がられ、ユキノさんに逃げ道を絞られたところを、最後にはオトギさんの射線へ押し込まれるだけだろう。だから今回は、ただ逃げるだけでは終わらせない。
十階からここまで、クルミさんはほとんど常に先頭に立っていた。投げた家具を盾で受け、切り倒した物を押し退け、床を荒らしても最初に踏み込み、それでも隊形を崩さずに追ってくる。
あの大盾が正面にある限り、後ろの三人までまとめて動きを止めるのは難しい。それなら、一度だけでもクルミさんを先頭から外せばいい。倒す必要はなく、ほんの数秒でも隊形を崩せれば十分だ。
私はプールサイドを走りながら、水面までの距離や柱の位置、入口からこちらまでの直線を確認していく。クルミさんがいつも通り先頭で入ってくるなら、どこを通るかもだいたい分かる。
使える。そう判断したところで、背後の扉が勢いよく開いた。
「十八階。目標を確認。FOX3、前へ。FOX2は右側から距離を詰めろ。FOX4、射線を確保できる位置へ」
予想通り、最初に姿を見せたのはクルミさんだった。
大盾を構えながらこちらへ向かい、その後ろからニコさんとユキノさんが広がり始め、最後に入ってきたオトギさんもプールの縁へ沿うように移動しながら射線を探している。
ここでいつものように撃ちながら逃げても、すぐに囲まれる。
Stealth ON
電子音声が響いた直後、私の姿が周囲へ溶け込むように薄れていく。
「消えた!?」
「FOX3、止まれ。全員、周囲を確認しろ」
クルミさんは大盾を構えたまま左右を確認し、ニコさんとユキノさんも無理に前へ出ず、その場でこちらの位置を探し始めた。オトギさんも対物ライフルの銃口をわずかに下げ、周囲へ視線を巡らせている。
長く隠れるつもりはない。欲しいのは、クルミさんがほんの一瞬こちらを見失うことだけだ。私はプールサイドを回り込みながら距離を詰め、その斜め後ろへ出た。大盾は正面から外れている。それで十分だった。
《ステルス》を解除し、全速力で踏み込む。
「クルミさん!」
「えっ――」
振り向いたクルミさんへ、勢いを殺さず身体ごとぶつかった。盾を持っている分だけ姿勢は安定しており、私一人の体当たりで簡単に吹き飛ばせる相手ではない。
それでも不意を突いたことで、クルミさんの身体が一歩だけ後ろへ下がり、プールの縁までの距離が縮まった。
「ちょっ、何!?」
Hammer ON
銃口側へ巨大な打撃機構が展開される。
「離れていてください!」
「それ絶対、今言うことじゃ――!」
クルミさんが盾をこちらへ向け直すより早く、展開したハンマーを大盾へ叩き込んだ。重い衝撃音とともにクルミさんの身体が盾ごと押し出され、一歩、さらにもう一歩と下がった先に、もう床はなかった。
「うそっ!?」
盛大な水音とともに、クルミさんが大盾ごとプールへ落ちた。
「FOX3!」
ユキノさんの声が飛んだ時には、私はもう《ハンマー》を解除して次の操作へ移っていた。水へ落としただけでは、数秒もあれば上がってくる。だから、もう少しだけ時間をもらう。
Elek ON
「クルミさん、すみません!」
「待って、それはちょっと――」
水面へ向けて撃つと、青白い電撃が水の中へ一気に広がり、プールの表面が激しく揺れた。
「~~~~っ!?」
クルミさんの身体が大きく跳ね、大盾を握ったまま動きが止まる。これだけで意識を失うとは思っていない。それでも、一瞬身体が動かなくなれば目的としては十分だった。
「FOX2、前へ! FOX3の代わりに目標を押さえろ!」
クルミさんが抜けたからといって、追跡そのものが止まるわけではない。むしろ正面を遮っていた盾がなくなったことで、ニコさんのショットガンとユキノさんの射撃が直接こちらへ通るようになった。
《エレキ》を解除してプールサイドを横へ走る。直後にショットガンの散弾が床を叩き、ユキノさんの弾丸が肩の近くを抜け、さらに一発が脇腹へ当たって身体が横へ揺れた。
「っ……!」
「止まってください、ミライちゃん!」
「それで止まれる状況ではありません!」
返しながら撃つと、ニコさんが身体をずらして避け、その間にユキノさんは別の角度へ移動する。クルミさん一人を外しても、当然まだ三人いる。それでも、大盾を中心とした押し込み方はもうできない。隊形は崩れていた。
狙い通りだった。だからこそ、ほんの一瞬だけ意識が前の二人へ集中した。
腹の底へ響くような轟音が聞こえたのは、その直後だった。
「――っ」
避ける暇はなかった。右の背中、肩甲骨の少し下へ、巨大な何かを叩きつけられたような衝撃が走る。
「がっ……!」
身体が前へ弾かれ、視界が大きく揺れた。足がもつれて膝をつきかけたものの、倒れきる前に左手を伸ばしてプールサイドへ手をつく。一瞬、呼吸が止まった。
右肩から背中にかけて熱い痛みが広がり、《アストラノヴァ》を持つ腕まで痺れたように重くなる。
分かっていたはずだった。姿を見せて体当たりをし、《ハンマー》を使ったあとに水面へ《エレキ》を撃つ。これだけ大きな動きを続ければ、その間はどうしても進路が単純になる。
隊形を崩すことには成功した代わりに、最後尾の一人へ、これ以上ないほど狙いやすい時間を渡してしまった。
『……当たった』
遠くから、オトギさんの声が聞こえる。
「FOX4、そのまま牽制を続けろ。FOX2、詰めろ!」
立たなければならない。けれど、右側へ力を入れた瞬間に背中から肩へ鋭い痛みが走り、身体が思うように動かない。ニコさんとの距離はすでに縮まりつつあり、プールの中ではクルミさんも動き始めていた。
「っ……あーもう! 本当にやってくれたわね!」
まだ痺れが残っているのか動きは鈍いものの、大盾を抱えたままプールの縁へ向かっている。せっかく崩した隊形が、もう元へ戻ろうとしていた。
「……まだ、です」
左手に力を込め、痛む身体を無理やり起こす。ここでそのまま逃げても背中を撃たれる。それなら、せっかく作った数秒をもう少しだけ広げる。
Water ON
すぐ横にあるプールの水面が大きく揺れた。
「え?」
こちらへ走っていたニコさんの表情が変わる。大量の水が一気に持ち上がり、私の横へ集まっていく。全部を操る必要はなく、近づいている三人をまとめて押し返せるだけの量があればいい。
「FOX2、下がれ!」
ユキノさんの警告とほぼ同時に、私は集めた水を勢いよく放った。
「わっ――!」
ニコさんが正面から水圧を受け、数歩分まとめて後ろへ押し戻される。ユキノさんも腕で顔を庇いながら体勢を崩し、さらに後方で射線を取っていたオトギさんの前にも大量の水飛沫が広がった。
直接大きなダメージを与える攻撃ではないけれど、水の壁が一瞬でも視界を塞げれば十分だった。
「今度は水!?」
ようやくプールから上がりかけていたクルミさんが叫ぶ。
「元からここにあったものです!」
「そういう話じゃないって!」
もう一度水を叩きつけると、縁へ手を掛けていたクルミさんが慌ててしがみつき直した。その隙に《ウォーター》を解除し、私は出口へ向かって走り出す。
右の肩甲骨周辺は一歩踏み込むたびに痛み、深く息を吸うだけでも背中が引きつる。オトギさんの一発が、それまで積み重なっていた疲労まで一気に表へ引きずり出したように感じた。それでも、止まるわけにはいかない。
「FOX3、状況は?」
「大丈夫! ちょっと痺れてるけど!」
「FOX2、FOX3の復帰まで前衛を継続。FOX4は目標が出口へ入ったら射線を切れ。無理に撃つな」
一度だけ背後へ目を向けると、クルミさんはすでにプールから身体を引き上げ始めていた。
姿を消して背後へ回り込み、体当たりをして、《ハンマー》で押し込み、《エレキ》まで使ったのに、クルミさんを隊形から外せたのはほんの数秒。その数秒と引き換えに、背中へこれまでで一番重い一発を受けた。
それでも、無駄ではなかった。四人のうち一人だけをどうにかしても、残った三人がすぐに穴を埋める。だからこそFOX小隊は厄介なのだと、改めて分かった。そして、もう一つ。
視界を奪い、足場を悪くし、水飛沫で遮っている間は、あの対物ライフルは撃ってこない。
オトギさんに自由な射線を与えないこと。ここから先、それだけは絶対に忘れてはいけない。
私は痛む右肩を庇いながら出口を抜け、十九階へ続く階段へ飛び込んだ。
今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?
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歴代ライダー本人の登場
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歴代ライダーとの共闘
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歴代ライダーとの対決
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ライドウォッチ
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アーマータイム
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ミライ独自のライダー形態
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他キャラの仮面ライダー化
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ライダー由来の武器・アイテム
-
ライダーマシン
-
怪人・敵組織
-
歴代ライダーの能力再現
-
歴代ライダーの必殺技
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原作ライダーの名場面オマージュ
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仮面ライダー側の世界観・設定
-
昭和ライダー要素
-
平成一期ライダー要素
-
平成二期ライダー要素
-
令和ライダー要素
-
劇場版・Vシネマなどの要素
-
その他(感想欄で教えてください)