止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第74刻 幾重

三十二階のチャペルを抜け、スタッフ用の通路へ飛び込んでからも、背後の足音は途切れなかった。

 

 狭い通路の突き当たりにあった防火扉を押し開けると、その先には非常階段が上へ続いている。手すりへ一度だけ手を添え、私は息を整えた。

 

「……っ」

 

 左脇腹が痛む。右肩も、左上腕も、左太腿も、傷そのものは何一つ治っていない。

 

 それでも、少し前までとは違った。身体の奥に満ちた熱が、まだ引いていない。動くたびに響いていた痛みが、一歩だけ遠くへ下がったままだった。

 

 だからといって、無理をしていい理由にはならない。それは、さっき分かったばかりだ。

 

 階段を上がろうとして、背中を引かれた。

 

 振り返ると、ほどけた長い髪の先が手すりへ絡みかけている。足元まで届く髪をそのままにして、これ以上階段や狭い廊下を走れば、いずれ自分で踏む。

 

 肩には、チャペルを抜ける時に引っ掛かったらしい白い装飾布の切れ端が残っていた。

 

「……少し、お借りします」

 

 誰に断っているのか、自分でも分からない。

 

 その布で、長い髪を背中の低い位置へ一つにまとめる。元の編み込みに結い直すつもりはなかった。時計仕掛けの髪飾りも、片側に残った細い編み込みと一緒に、そのままにしておく。

 

 元に戻すためではない。走るために、それだけ整えた。

 

 背後で扉の開く音がした。

 

 屋上から、また小さな振動が落ちてくる。一瞬だけ上を見て、私は小さく呟いた。

 

「……大丈夫です」

 

 誰に向けた言葉でもなかった。そのまま、階段を駆け上がる。

 

     ○

 

 三十三階の防火扉を抜けた先は、下の客室階よりも明らかに広かった。

 

 壁には落ち着いた色の木材が使われ、廊下の途中にはソファを置いた応接スペースや、ガラス張りの小さな会議室がいくつも並んでいる。エグゼクティブフロアなのだろう。

 

 ただ、今は非常灯しか点いていない。屋上から続く振動で照明の何割かが壊れ、床には天井材の欠片が散っていた。

 

 視界の端では、四つの反応が階段を上がってくる。《レーダー》は、まだ消えていない。

 

 チャペルで《ランチャー》を解除した時も、これだけは残った。あの時は、ほとんど反射だった。

 

 Smoke ON

 

 《アストラノヴァ》から濃い煙が噴き出し、廊下いっぱいへ広がっていく。

 

 表示を確かめる。《スモーク》と《レーダー》が、二つとも灯っていた。今度は、反射ではない。自分で選んで、残している。

 

 煙が、階段側から迫ってきたFOX小隊を飲み込んだ。

 

「煙!」

 

「FOX4、見えるか」

 

『うーん……紫の光は見えるよ~』

 

 やはり、ヘイローまでは隠せない。煙の中に淡い紫が滲み、私の居場所だけを知らせている。

 

 少し前なら、それで《スモーク》を解除していた。

 

「見えていても、構いません」

 

 私からも、見えている。

 

 《レーダー》の中で、クルミさんの反応が先頭へ出る。ニコさんが右、ユキノさんはその後ろ、オトギさんは階段付近で止まった。

 

 私は反対側へ走った。クルミさんが煙の中から盾を突き出した時には、もうその横を抜けている。

 

「えっ!?」

 

「FOX3、右だ!」

 

 ニコさんの銃口がこちらを向くより先に、会議室へ滑り込む。背後で銃弾がガラスを砕いた。そのまま反対側の扉へ抜ける。

 

 煙の中で、私の方が四人より早く動けていた。十階からここまで、初めてのことだった。

 

「……便利ですね、これ」

 

 少しだけ、声が漏れた。

 

 でも。

 

「視認に頼るな」

 

 すぐに、ユキノさんの声が飛んだ。

 

「FOX3を基準に位置を取れ。FOX2はFOX3の右二時。FOX4、発砲音と足音を拾え」

 

「了解!」

 

「はい」

 

『はーい』

 

 煙の中で、クルミさんが盾の縁を一度床へ叩きつける。その音を基準に、ニコさんたちの動きが変わった。互いの姿が見えなくても、音と位置関係だけで隊形を作り直している。

 

「……早いですね」

 

 数秒前に通じた方法が、もう半分しか通じない。

 

 新しい手を使えば、一度は崩れる。けれど二度目には、それを前提に動いてくる。十階から、ずっと同じだった。

 

 それでも、見えているという優位までは消えない。私は《レーダー》の像だけを頼りに、四人の隙間を縫って奥の階段へ向かった。

 

     ○

 

 三十四階は大型の客室が多いらしく、一部屋ごとの間隔がかなり広かった。外周側には小さなバルコニーが連なり、屋上へ近づいたせいか被害も大きい。何枚かの窓はすでに割れ、夜風がカーテンを室内へ大きく膨らませていた。

 

 《レーダー》の中で、オトギさんの反応が室内から遠ざかり、バルコニー側へ回る。クルミさんとニコさんが中、ユキノさんが中央、オトギさんが外。いつもの配置だ。

 

 腹の底へ響く轟音。

 

「っ!」

 

 柱へ身を寄せた直後、すぐ横のコンクリートが砕けた。飛び散った破片が頬へ向かってきて――触れる直前で、何かに弾かれた。

 

 青白い光が、一瞬だけ肌の表面に広がって消える。

 

「……膜?」

 

 手の甲を見る。何も見えない。けれど、さっきまでなら頬を裂いていたはずの破片が、足元へ力なく転がっていた。

 

 傷が治ったわけではない。防いでいる。チャペルで満ちた熱は、身体の中だけではなかったらしい。

 

 もう一度、轟音。今度は柱ではなく、私だった。

 

 Shield ON

 

 展開した防御機構へ、対物弾が叩きつけられる。衝突の瞬間、青白い光が大きく弾け、身体ごと数歩後ろへ押し飛ばされた。右肩が強く軋む。

 

『やっぱり硬くなってるね~』

 

「……それでも撃ちますか」

 

『うん』

 

「ですよね」

 

 防げる。でも、何でも防げるわけではない。

 

 《シールド》を解除して視線を戻すと、室内側からクルミさんが、反対からニコさんが迫っていた。挟まれる前に、割れた窓の外のバルコニーへ。

 

 Hopping ON

 

 跳躍補助機構が展開される。隣のバルコニーまで、これなら届く。ただ、跳んでいる間に後ろから撃たれる。

 

 Aero ON

 

 跳ぶ直前、背後の室内へ向けて突風を叩きつけた。カーテンが一斉に巻き上がり、追ってきたクルミさんとニコさんの視界を覆う。

 

「わっ、前見えない!」

 

 その隙に、手すりを蹴って夜空へ跳んだ。

 

 けれど、外の風は室内とは比べものにならない。横から吹きつけた風に身体を煽られ、着地点が大きくずれていく。

 

 Gyro ON

 

 姿勢制御の機構を加え、空中で身体の向きを立て直す。

 

 《レーダー》。《ホッピング》。《エアロ》。《ジャイロ》。

 

 四つ。

 

「……まだ、消えない」

 

 隣のバルコニーへ、片膝をついて着地した。左太腿に鈍い痛みが走ったけれど、膜のおかげか、いつもほどではない。

 

 少なくとも四つまでは、消えなかった。それが今の私に分かる、全部だった。

 

     ○

 

 三十五階は、小さな宴会場とラウンジが並ぶ階だった。

 

 通路は広く、宴会場の扉は開け放たれたまま、中には白いクロスの掛かった円卓が整然と並んでいる。逃げ場は多い。けれど、それは向こうにとっても同じだった。

 

 四人の反応が、宴会場を囲むように散っていく。

 

 円卓の陰から、クルミさんが大盾を前に出して迫ってきた。足を止めたい。

 

 Launcher ON

 

 発射機構が展開される。クルミさんの盾ではなく、その手前の床へ照準を合わせた。撃ち込んでから床を凍らせれば、少しは動きを止められる。

 

 Freeze ON

 

 けれど、冷却機構は別に展開されなかった。代わりに、《ランチャー》の発射口へ青白い霜が走る。

 

「……え?」

 

 そのまま撃った弾頭は、白い冷気を纏っていた。

 

 着弾した地点で、爆発の代わりに冷気が一気に広がる。床が白く染まり、クルミさんの靴元まで凍りついた。

 

「わっ!? 足、動かない!」

 

 私は《アストラノヴァ》の表示を見た。《ランチャー》と《フリーズ》が、二つとも灯っている。

 

 でも、別々に動いたわけではない。

 

「……重なった?」

 

 同時に使えるだけではない。一つの能力へ、もう一つを重ねられる。

 

 確かめる間もなく、ニコさんが円卓を回り込んできた。

 

 Net ON

 

 今度は《ランチャー》の表示へ、《ネット》の光が重なる。放った弾頭がニコさんの頭上で弾け、爆発の代わりに大きな網が広がった。

 

「――っ」

 

 ニコさんが横へ跳んで避ける。網は空を切り、床へ落ちかけた。

 

 Winch ON

 

 網そのものへワイヤーを重ね、引く。床へ落ちるはずだったネットが横へ滑り、避けたニコさんの背後から巻き付いた。

 

「わっ……!」

 

「捕まえました」

 

「その組み合わせ、ありなんですか!?」

 

「今、私も知りました!」

 

「それで使うんですか!?」

 

 凍った床を砕いたクルミさんが、また前へ出る。

 

 Giant Foot ON

 

 Freeze ON

 

 巨大な圧力がクルミさんの進路へ落ち、同時に床がもう一度凍った。

 

「ちょっ――重いし冷たい!」

 

 その向こうから、ユキノさんの銃口。頭上の窓の外には、オトギさん。

 

 《シールド》を加える。《レーダー》は残している。網は、まだニコさんを縛っている。

 

 必要なら使う。足りなければ重ねる。考えたことへ、《アストラノヴァ》が次々と応えてくれる。何個使っているのかを数える余裕は、もうなくなっていた。

 

 自由だった。

 

 ――その感覚が、ほんの一瞬だけ、あの時と似ている気がした。

 

「……」

 

 胸の奥が、僅かに冷えた。

 

 《オーマ》の時も、使うと決めたのは私だった。けれど、使うたびに、選ぶことへのためらいが薄れていった。

 

 今の私は、どうだろう。

 

 ――怖い。

 

 でも、怖いと思えるなら、まだ見失ってはいない。

 

 だから、使わないことには戻らない。

 

 その時だった。

 

「FOX小隊」

 

 ユキノさんの声が、宴会場に響いた。

 

「以降、スイッチを見るな」

 

「え?」

 

「何を使うか、何を重ねるか。追っても意味がない」

 

 銃口が、こちらへ向く。

 

「天童ミライを見ろ」

 

 背筋が冷えた。

 

 次の瞬間、四人の動きが変わった。

 

     ○

 

 クルミさんが正面から来る。今までと同じ。けれど、狙っているのは《アストラノヴァ》ではなかった。

 

 私だ。

 

 大盾が、私の逃げたい方向そのものを潰してくる。右へ行けばニコさん、左ならユキノさん、上へ逃げようとすればオトギさん。

 

 能力を封じようとしているわけではない。使わせる。全部使わせたうえで、使っている私自身を忙しくする。

 

 見えている。何をされるのかも分かる。なのに、身体が追いつかない。

 

「……嫌なことを考えますね」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 ニコさんのショットガンを《アストラノヴァ》で外へ流したところへ、クルミさんの盾。横へ逃げればオトギさんの轟音、それを防げばユキノさんの弾丸が足元を掠める。

 

 一つでは足りない。二つでも。なら――。

 

 《アストラノヴァ》を両手で支える。右肩が痛み、左上腕も軋んだ。だから、自分の腕力で振るつもりはない。

 

 Hammer ON

 

 大型の打撃部が形成される。

 

 Rocket ON

 

 その後部へ、推進機構が食い込むように組み上がった。

 

 Chainsaw ON

 

 打撃面の外周を、高速回転刃が走り始める。

 

 Spike ON

 

 Claw ON

 

 Giant Foot ON

 

 中央へ鋭い突起が伸び、その周囲を複数の爪が囲む。そこへ《ジャイアントフット》の重圧までが、打撃部そのものへ重なっていった。

 

 最後に――。

 

 Stamper ON

 

「ちょっと待って」

 

 クルミさんの声が、明らかに引きつっていた。

 

「増えてない!?」

 

「はい」

 

「はい、じゃないって!」

 

 もう、ハンマーと呼んでいいのかも怪しい。

 

 《ロケット》の推進が一気に立ち上がった。私がハンマーを振ったのではない。握った《アストラノヴァ》に身体ごと引かれ、その加速へ全身で方向を与える。

 

「行きます!」

 

「来るなら来――」

 

 《アストラノヴァ》ごと、クルミさんの大盾へ飛び込んだ。

 

 《スパイク》と《クロー》が盾へ食い込み、《チェーンソー》が表面を削る。弾かれない。逃がさない。そのまま《ロケット》と《ハンマー》と《ジャイアントフット》の力が一気に重なった。

 

「――っ!?」

 

 クルミさんの身体が、大盾ごと後ろへ吹き飛ぶ。床を何メートルも滑り、円卓を薙ぎ倒しながら壁際まで押し込まれた。

 

 私も、無事ではない。

 

「っ……!」

 

 反動で青白い光が両腕から肩へ大きく弾け、足が床を滑る。右肩、脇腹、左上腕。遠のいていた痛みが、全部戻ってきた。

 

 でも、まだ終わっていない。

 

 クルミさんの盾の中央に、《スタンパー》の印。

 

「……え?」

 

「二段目です」

 

 爆発。

 

「聞いてないんだけどぉ!?」

 

 もう一度、クルミさんが盾ごと吹き飛んだ。

 

 《アストラノヴァ》を握る手に、じわりと熱が残る。今まで感じたことのない熱さだった。

 

 正面から、クルミさん一人を押し切った。これまで、一度もできなかったことだ。

 

「今です」

 

 ニコさんの声。

 

「――!」

 

 網を切ったニコさんが、すぐ横まで来ていた。

 

 七つの力を一つへ集めている間、反対側は何もしていなかった。ショットガンの銃床が《アストラノヴァ》へぶつかり、持ち手がずれる。

 

 そして頭上から、腹の底へ響く轟音。青白い膜が大きく弾け、身体ごと吹き飛ばされた。壁へ背中から叩きつけられる。

 

「かっ……!」

 

 痛い。でも、骨が折れたような感覚はない。膜が衝撃のほとんどを受けてくれたらしい。

 

『うーん、硬いなぁ』

 

「……オトギさんのそれを受けて、これで済んでいる方がおかしいと思います」

 

『それはそうかも~』

 

 私は立つ。壁際では、クルミさんも大盾を支えに立ち上がっていた。

 

「……痛ったぁ……」

 

 盾はかなり傷んでいる。それでも、まだ立つ。

 

 一人を正面から押し切れても、その瞬間に、別の一人が来る。

 

 そこだけは、何も変わっていなかった。

 

     ○

 

 三十六階は、ロイヤルスイートだった。

 

 それまでの客室とは比べものにならないほど広い。大きなリビングに長いダイニングテーブル、バーカウンター、奥には寝室へ続く扉。外側の壁はほとんどが大きな窓で、その先には建物を囲うように幅の広いテラスが続いていた。

 

 屋上の戦いの影響で何枚かのガラスはすでに割れ、夜風が室内へ吹き込んでいる。

 

 広い。ここなら、思い切り使える。

 

 《アストラノヴァ》を構え、操作面へ目を落とした。これまで使ってきたスイッチが並んでいる。同時に使える。重ねられる。今のところ、数に限りがあるようには見えない。

 

 なら、どこまでできるのだろう。

 

 さっき感じた冷たさが、まだ胸の奥に残っていた。それでも、知らないまま頼る方が、ずっと怖い。

 

 だから、確かめる。

 

「……試してみます」

 

「何を?」

 

 追いついてきたクルミさんが聞いた。

 

「私にも、まだ分かりません」

 

「怖いこと言わないでよ!」

 

 Launcher ON

 

 発射機構が展開される。

 

 Gatling ON

 

 砲身が増え、高速連射の機構へ変わる。

 

 Drill ON

 

 弾頭が回転を始める。

 

 Aero ON

 

 その周囲へ、圧縮された空気がまとわりつく。

 

 Water ON

 

 回転する弾頭へ、水の膜。

 

 Freeze ON

 

 水の外側が凍り、透明な氷殻になる。

 

 Elek ON

 

 青白い電光が、その内側を走る。

 

 最後に。

 

 Fire ON

 

 中心部へ、赤い熱が灯った。

 

「……」

 

 自分でも、少し黙った。《アストラノヴァ》の発射機構が、今まで見たことのない姿になっている。

 

「……まだ増えるの?」

 

 クルミさんが、本気で引いていた。

 

「これで全部です」

 

「今のところ、でしょ!?」

 

「……はい」

 

「やっぱり!」

 

「FOX小隊、散開!」

 

 ユキノさんの声で、四人が一斉に動く。

 

 私はテラス側へ銃口を向けた。一人を狙うのではない。四人が使える場所を、全部。

 

 構造柱や外壁の主要な部分は狙わない。撃つのは、テラスの床と家具、それから四人の退路だけだ。

 

「撃ちます!」

 

 引き金を引いた瞬間、一発ではなかった。《ガトリング》で高速化された発射機構から、回転する複合弾頭が次々と吐き出される。

 

 最初の一発がテラスへ着弾した。氷殻が砕け、内側の水が炎熱で一気に白い蒸気へ変わる。そこへ電撃が走り、青白い閃光が蒸気の中を駆け抜け、さらに《エアロ》の圧力が全部を外へ叩き出した。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

 盾を構えたクルミさんの表面へ、次弾が氷を張る。直後に爆発的な蒸気と電撃が重なり、本人ごと大きく押し戻された。

 

 逃げるニコさんの先へ、もう一発。射線を作ろうとするオトギさんの前、銃身を出そうとした手すり際へ二発。ユキノさんの退路へも。

 

 火。水。氷。電撃。爆風。蒸気。

 

 ホテル上層のロイヤルスイートが、ほんの数秒で、何が起きているのか分からない光景へ変わった。

 

「……これは」

 

 さすがに。

 

「少し、やりすぎましたか?」

 

「少しぃ!?」

 

 蒸気の向こうから、クルミさんの声が返ってきた。少しだけ安心する。まだ元気らしい。

 

 けれど、握った手が熱い。さっきの比ではなかった。グリップ越しに、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。《アストラノヴァ》の表面を走る光のラインも、心なしか揺らいで見えた。

 

 数に限りはない。でも、いくらでも撃ち続けられるわけではない。

 

 白い蒸気が、夜風に流されていく。

 

 最初に見えたのは、大盾だった。表面は凍り、焦げ、あちこちが抉れている。その後ろで、クルミさんが立っていた。

 

「……めっちゃ痛いんだけど」

 

 横にはニコさん。別の方向にユキノさん。少し離れた場所で、オトギさんも対物ライフルを構え直している。

 

 四人。誰も、消えていない。

 

「……そうですよね」

 

 驚かなかった。むしろ、どこか納得していた。

 

「FOX小隊」

 

 ユキノさんが、銃を上げる。

 

「能力を見るな。重ねた数にも付き合う必要はない。撃つ本人を崩せ」

 

 さっきと、同じ。

 

 四人が来る。クルミさん、ニコさん、ユキノさん、オトギさん。

 

 同じ攻撃を、もう一度作ることはできる。八つでも、もっと増やすことだって、たぶんできる。

 

 でも、クルミさんへ向けている銃口を、同時にニコさんへは向けられない。オトギさんへ向けた《シールド》で、反対側までは守れない。四人の位置が全部見えていても、身体を四方向へ向けることはできない。

 

 できることは、確かに増えた。少し前まで一つしか選べなかったものを、今はいくつでも繋げられる。

 

 でも。

 

「……私が、増えたわけではありませんね」

 

 当たり前のことだった。

 

 そして、もうそのことを、嫌だとは思わなかった。

 

     ○

 

 なら、四人を倒す必要はない。突破できればいい。

 

 私は周囲を見た。金属製のバーカート、テーブルの脚、照明器具、椅子のフレーム。このロイヤルスイートには、金属がいくらでもある。

 

 N Magnet ON

 

 S Magnet ON

 

 室内の金属が、一斉に動いた。

 

「っ!?」

 

 クルミさんの盾へ、横からバーカートが吸い寄せられる。ニコさんとの間へ金属製のテーブルが滑り込み、ユキノさんの前へは照明器具、オトギさんの射線へは椅子のフレームが割り込んだ。

 

 倒すためではない。四人の間を、ほんの少しだけ切る。

 

 Smoke ON

 

 Aero ON

 

 煙を風で、四人の間へ押し込む。それでも《レーダー》の中で、私には全員が見えていた。

 

「FOX3、前へ!」

 

「今それ無理!」

 

「FOX2、右!」

 

「テーブルが!」

 

『こっちも見えない~』

 

 数秒。それで十分だった。

 

 Winch ON

 

 出口上部へワイヤーを撃ち込む。

 

 Gyro ON

 

 Rocket ON

 

「……行きます!」

 

 ワイヤーに引かれ、推進に押され、身体が一気に出口へ飛んだ。

 

「FOX3!」

 

「分かってる!」

 

 クルミさんが金属家具を押し退け、ニコさんも、ユキノさんも、オトギさんも、すぐに追ってくる。けれど、もう扉は目の前だった。

 

 非常階段へ飛び込み、扉を閉める。その向こうで、大盾がぶつかる音がした。

 

「っ……!」

 

 階段を、二段飛ばしで上がる。

 

 《コズミック》の光は、まだ消えていない。けれど《アストラノヴァ》は、握っている手へはっきり分かるほどの熱を持っていた。さっきの八重掛けを何度も繰り返すのは、さすがに難しそうだ。

 

 それでも、まだ使える。

 

 《レーダー》を見る。後方に、四つ。反応は全部残っている。誰一人、倒してはいない。

 

 でも、それでいい。

 

 私は最初から、この四人を倒すために十階からここまで来たわけではない。十階にいた四人は、今、三十六階にいる。それだけで、ここまでやってきたことには意味がある。

 

 踊り場へ出る。

 

 壁に表示されている数字は――37F。

 

 その先には、もう一枚の防火扉があった。

 

 熱を持った《アストラノヴァ》を握り直す。背後から、四人分の足音が近づいてくる。

 

「……もう少しだけ、付き合ってください」

 

 そう呟いて、私は三十七階へ続く扉へ手を掛けた。

今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?

  • 歴代ライダー本人の登場
  • 歴代ライダーとの共闘
  • 歴代ライダーとの対決
  • ライドウォッチ
  • アーマータイム
  • ミライ独自のライダー形態
  • 他キャラの仮面ライダー化
  • ライダー由来の武器・アイテム
  • ライダーマシン
  • 怪人・敵組織
  • 歴代ライダーの能力再現
  • 歴代ライダーの必殺技
  • 原作ライダーの名場面オマージュ
  • 仮面ライダー側の世界観・設定
  • 昭和ライダー要素
  • 平成一期ライダー要素
  • 平成二期ライダー要素
  • 令和ライダー要素
  • 劇場版・Vシネマなどの要素
  • その他(感想欄で教えてください)
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