崩れ落ちたホテルから十分に距離を取ったところで、ようやく機内の空気が少しだけ緩んだ。頭上では、ローターの音が規則正しく鳴り続けている。あれほど続いていた爆発音も、今はもう遠かった。
ユキノさんは壁際に腰を下ろして銃の状態を確かめ、ニコさんとクルミさんは互いの装備を点検している。オトギさんは長い狙撃銃を膝に載せたまま目を閉じ、サキさんは座り込んだミヤコさんの様子を窺っていた。
私はというと、座席に背中を預けたまま、すっかり光の消えた《アストラノヴァ》を抱えていた。熱は少しずつ引き始めているけれど、指先にはまだ力が戻らない。
窓の外では、夜空に浮かぶ屋上が小さく見えていた。時折そこで光が瞬き、戦いがまだ終わっていないことを告げている。それでも今だけは、ほんの少し息をつくことが許されている気がした。
「ところで、ユキノちゃん♡」
その空気を、妙に弾んだ声が破った。
「……何だ」
いつの間にか、天照様がユキノさんの隣へ移動していた。両手を膝の上で揃え、それはもう嬉しそうに微笑んでいる。
「先ほどは、本当にありがとうございました。まさか、あんなに素敵な方にお姫様抱っこしていただけるなんて。
「任務だ。礼には及ばない」
「まあ! その飾らないところも素敵です!」
天照様が、ぱんと両手を合わせた。
「強くて、凛々しくて、お仕事もできて、そのうえ最高神を前にしても態度を変えない。ああ、決めました! ユキノちゃん、ぜひ高天原へいらっしゃいませんか?」
「行かない」
「即答!? まだ待遇のお話もしていませんよ!? お住まいもお給料も、ご希望に合わせて最高のものをご用意しますし、何でしたら私の専属護衛として――」
「必要ない」
「ううっ……つれないですねぇ。でも、そういうところも素敵です♡」
……会話がまったく噛み合っていないのに、天照様だけはとても楽しそうだった。それどころか、断られるたびに、ますます嬉しそうになっている気がする。
向かいの座席で、オーディン様が呆れたように息を吐いた。
「……お主、相変わらずじゃのう。そやつが何者か、分かって誘っておるのか?」
「まあ。何か特別な方なのですか?」
オーディン様はユキノさんへ目を向け、それから面倒くさそうに肩を竦めた。
「そやつの本来の神格は、神々を焼き滅ぼす炎の巨人じゃぞ。今は、アザゼルの言う神話外装とやらに、随分と引っ張られておるようじゃが……神々にとっては、少々物騒な相手じゃのう」
「……とやら、は余計だぜ。便宜上そう呼んでるだけなのは、否定しねえけどな」
アザゼル先生が小さくぼやいた。それきり、機内が一瞬だけ静かになった。
思わず、ユキノさんを見直す。銃を点検するその横顔は、三十七階で私を追い詰めた、あの冷静な指揮官のままだった。否定も肯定もしない。ただ、その指が一度だけ止まった。
私も、何も言えなかった。
「……炎の、巨人?」
沈黙を破ったのは、天照様だった。その瞳が、次第に輝きを増していく。
「……太陽と、炎」
「……ん?」
「まあまあまあっ! それって、ますます素敵じゃありませんかぁ♡」
天照様の顔が、ぱっと輝いた。
「だって、オーディン様! 私は太陽、ユキノちゃんは炎! こんなにも相性ぴったりの組み合わせが、ほかにありますでしょうか!?」
天照様の勢いは止まらない。
「しかも、神々を焼き滅ぼすほどの炎を持ちながら、私のことはあんなに優しく抱き上げてくださったんですよ? これはもう運命としか思えません♡」
「……やはりそうなるか。まあ、お主がよいなら好きにせい」
オーディン様は手を振ると、それ以上口を挟まずに座席へ背中を預けた。どうやら、こうなった天照様を止めるつもりはないらしい。
「というわけで、ユキノちゃん! 太陽と炎で、二人仲良く高天原を照らしませんか? きっと毎日がアツアツですよぉ♡」
「断る」
「ああん、もう! 少しは考えてくださいな!」
「私には任務がある」
「でしたら、高天原で私の護衛を! 専属ですよ、専属! 何でしたら四六時中お側にいていただいても――」
「行かない」
「ううっ……そのつれないところまで素敵なんですから、困ってしまいますぅ♡」
両手で頬を押さえる天照様は、少しも困っているようには見えなかった。ユキノさんの方は、もう相手をすることを諦めたらしく、黙々と装備の点検を続けている。
「ふふふ……でも、今日は少し疲れてしまいましたし、帰ったらしばらくお部屋で療養しないといけませんねぇ」
「……療養、ですか?」
思わず聞き返すと、天照様がこちらへ顔を向けた。
「ええ。美味しいものを食べて、漫画を読んで、ゲームをして……しばらくは誰にも邪魔されず、のんびり過ごしたいものです♡」
「……それは、療養なんでしょうか」
「もちろんですとも!」
胸を張って答えられてしまった。隣では、オーディン様が小さく溜息をついている。
「……あやつ、また岩戸に引きこもるつもりじゃな」
つい先ほどまで、全員で必死にホテルから脱出していたはずなのに、今はなぜか、最高神がSRTの隊員を熱心に勧誘し、別の最高神がそれを呆れ顔で眺めている。
……神様というのは、よく分からない。
「……あの」
小さな声が機内へ響いたのは、その時だった。声の主は、ミユさんだった。
○
ミユさんは、窓の外を見つめていた。その視線の先にあるのは、ホテルがあった場所だ。巨大な建物の姿はもうなく、夜空に浮かぶ屋上だけが、街の遥か上に取り残されている。
「どうしました、ミユ?」
「……あの場所に、まだ……」
ミユさんが、言葉を探すように口を閉じる。ミヤコさんは急かさず、続きを待っていた。
「……助けられる子が、います。あの子を縛っているものが、分かるんです」
その言葉に、オーディン様が顔を上げた。
「……フェンリルのことかのう」
「……はい。あの子自身を、傷つける必要はありません。別のものが、あの子を動かしていますから」
「ロキの支配か」
アザゼル先生の呟きに、ミユさんは小さく頷いた。
「……そこだけなら、撃てると思います」
撃てる。ここから、あの屋上を。
「ミユさん、ここからですか? でも、相当な距離が……」
「……分かっています」
声はいつもどおり小さかったけれど、その返事に迷いはなかった。オーディン様が、静かに目を細める。
「……やはり、お主には見えるか。ヴィーザルならば、当然じゃろうな」
「オーディン様?」
「フェンリルを討つ定めを負った神の名じゃよ。外装は違えど、その目が、あやつに絡みついた余計なものを見逃すはずがない」
ユキノさんだけではなかった。オーディン様は、最初から皆さんの奥にあるものを知っていたのだろう。
「もっとも、見えることと、撃ち抜けることは別じゃがの」
「……はい。それは、私がやります」
「……あの、オーディン様。屋上の周りには、先ほどの幕が……」
「言うたじゃろう。あれは無関係な者の目と、街へ及ぶ被害を遮るだけのものじゃ。お主らの弾まで止めはせんよ」
それを聞いて、サキさんがすぐに立ち上がった。
「ミユ、ちょっと待ってろ」
機内の奥へ向かったサキさんが、壁際に固定されていた大きなケースを開く。
中から取り出されたのは、ミユさんがいつも持っているものより、さらに一回り大きなライフルだった。太い銃身に大型の照準器、全体を無骨な追加装備が覆っている。
「長距離狙撃用の対物ライフルだ。使わずに済むかと思ってたが……ここから撃つなら、こっちの方がいいだろ」
差し出された銃をしばらく見つめてから、ミユさんは小さく首を振った。
「……ありがとうございます、サキさん。でも、大丈夫です」
「本気か? ここからだと、かなり距離があるぞ。相手も止まってるわけじゃない」
「……分かっています」
ミユさんは、自分の銃へ視線を落とした。普段から使い続けている、細長いボルトアクションライフル――RABBIT-39。
「この銃なら、どこへ弾が飛ぶのか……私が一番、よく分かっていますから」
一度だけ静かに息を吸い、ミユさんは続けた。いつもなら、そこで言葉を飲み込んでしまいそうな彼女だった。
「……それに、私、狙撃に関してだけは、誰よりも自信があります」
その場にいた全員が、一瞬だけ口を閉じた。
大きな声ではなかった。むしろ、いつもどおりの控えめな声だった。それなのに、その言葉は不思議なほどはっきりと耳に届いた。
サキさんは少しだけ目を見開き、すぐに頷いた。
「……分かった。そこまで言うなら、お前に任せる。ただし、無茶はするなよ」
「……はい」
短いやり取りだったけれど、それだけで十分だったらしい。サキさんは対物ライフルをケースへ戻すと、今度はミユさんが狙撃しやすいよう、機内の装備を移動させ始めた。
「RABBIT1。機体の姿勢、安定させてもらえるか」
「はい」
ミヤコさんが、座ったまま通信機を手に取る。
「RABBIT3、現在位置を維持してください。これよりRABBIT4が長距離狙撃を実施します」
『えっ、ここから!?』
「はい。機体の振動を可能な限り抑えてください」
『……了解! だったら、ちょっと向きを変えるね!』
ヘリがゆっくりと機首を巡らせた。
屋上までは、およそ二キロ。窓の外に浮かぶそれは、もう掌に乗りそうなほど小さく見える。それでも、断続的に瞬く光と、月明かりの中を横切る幾つもの影は分かった。
そのうちの一つは、白い龍のように見えた。ヴァーリだ。まだ、あの強化されたフェンリルを一人で抑え込んでいるのだろう。少し離れた場所では、赤い光が何度も瞬いている。一誠も、まだ戦っている。
ミユさんが撃とうとしているのは、そのフェンリルだった。命を奪うためではなく、ロキの支配だけを取り除くために。
「……ミユさん。……お願いします」
ミユさんは少しだけ驚いたようにこちらを見て、それから小さく頷いた。
「……はい」
○
後部ランプを開いたまま、ヘリは夜空に留まっていた。モエさんが細かな位置調整を繰り返し、機体の揺れを可能な限り抑えている。
吹き込む夜風の中、ミユさんはランプの上に伏せ、RABBIT-39を構えて身体を固定した。その隣でサキさんが双眼鏡を構え、ユキノさんたちは邪魔にならない位置まで下がる。
誰も、余計なことは言わなかった。
スコープを覗き込んだまま、ミユさんは動かない。いつもは周囲の視線を気にして、声を掛けられるだけで小さくなってしまう人なのに、今はこの機内の誰よりも落ち着いて見えた。
その周りから、音が引いていくように感じた。ローターの音も、吹き込む風の音も、すぐそこにあるはずなのに、どこか遠い。
「……沈黙の神、か」
オーディン様が、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。窓の外を見上げるその目は、どこか遠いものを見ているようだった。
その眼差しの先に何が見えているのか、私には分からない。それでも、彼女には見えているのだろう。フェンリルの身体ではなく、その支配だけを繋ぎ留めているものが。
「……風、少し変わりました」
「距離、二〇四〇。風、右から三。機体の揺れは私が読む。撃つ瞬間だけ言え」
サキさんの声に、ミユさんはそれ以上何も返さず、静かに呼吸を整えた。
スコープの向こうでは、今も戦いが続いているはずだ。ヴァーリもフェンリルも、止まってなどいない。二キロ先で動き続ける、たった一点。正確に狙うだけでも、気が遠くなるような距離だった。
それなのに、ミユさんには少しも焦った様子がない。何度も撃って当たりを確かめるつもりはなく、最初から、必要な一発を届けるためだけに待っている。
機内に、静かな緊張が満ちていく。ミヤコさんも、サキさんも、ユキノさんたちも、ただミユさんの判断を待っていた。
やがて、引き金に添えられた指が、僅かに動いた。
「……見つけました」
小さな声だった。けれど、はっきりとしていた。
「RABBIT4、射撃を許可します」
「……はい」
ミユさんが、ゆっくりと息を吐く。
「……当てます」
乾いた銃声が、夜空へ響いた。
◇
崩れ去ったホテルの、遥か上空。浮かび続ける屋上の上では、白い龍とフェンリルが、今も激しくぶつかり合っていた。
神域は、すでに失われている。それでも、ロキがフェンリルへ刻んだ支配だけは、依然としてその身体を縛り続けていた。意思を奪い、牙を振るわせ続ける、神のルーン。
普通の攻撃では、そこへ正確に干渉することなどできない。ましてや、二キロ先から放たれた一発の銃弾であれば、なおさらだった。
だが、その弾丸を放ったのは、フェンリルを討つ定めを負った神だった。今は霞沢ミユという外装を纏い、その身には、誰にも負けないと自負する狙撃の腕が宿っている。
神としての目と、少女としての技術。その二つが重なって、初めて届く一撃だった。
夜空を切り裂いた一発が、戦いの只中へ飛び込む。弾丸はフェンリルの肉体には触れず、そこに重ねられていた異物だけを、正確に捉えた。
ロキの支配を繋ぎ留める、たった一つのルーン。
次の瞬間、その文字が――。
砕け散った。
そして、濁りきっていた獣の瞳から、狂気の色が消えた。
今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?
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歴代ライダー本人の登場
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歴代ライダーとの共闘
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歴代ライダーとの対決
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ライドウォッチ
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アーマータイム
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ミライ独自のライダー形態
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他キャラの仮面ライダー化
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ライダー由来の武器・アイテム
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ライダーマシン
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怪人・敵組織
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歴代ライダーの能力再現
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歴代ライダーの必殺技
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原作ライダーの名場面オマージュ
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仮面ライダー側の世界観・設定
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昭和ライダー要素
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平成一期ライダー要素
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平成二期ライダー要素
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令和ライダー要素
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劇場版・Vシネマなどの要素
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その他(感想欄で教えてください)