止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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第83刻 鎖を解く夜

ギャスパーの瞳が、赤く輝いた。

 

 《停止世界の邪眼》。

 

 その力が発動した瞬間、ロキの動きが目に見えて鈍った。転移魔法陣の上へ伸ばしかけていた右手が不自然に速度を落とし、完成しかけていた術式が僅かに揺らぐ。

 

「……なっ!?」

 

 けれど、止まってはいない。ロキはゆっくりと、それでも確かに動いていた。

 

 ギャスパーは両目を大きく見開いたまま、必死にロキを睨みつけている。その身体は小刻みに震え、食いしばった歯の隙間から、苦しげな息が漏れていた。

 

「……まだ……そんな力が残っていたんですか……! ですが、無駄ですよ……! こんなもので、私を止められるとでも……!」

 

 ロキの声も震えている。それでも右手は、少しずつ転移魔法陣へ近づいていった。

 

 相手は神だ。ここまで何度も邪眼を使い続けてきたギャスパーには、もうほとんど余力が残っていない。このままでは、ギャスパーの方が先に倒れてしまいそうだった。

 

「……まだ、です……! まだ、逃がしません……!」

 

 ひどく掠れた声だった。膝が折れかけ、身体が大きく揺れる。

 

 俺はもう一度立ち上がろうとした。けれど、脚に力が入らない。ギャスパーがここまで頑張っているのに、俺たちは何もできない。

 

 ロキの指先が、転移魔法陣へ触れようとした――その時だった。

 

「……ったく! 見てらんねえな!」

 

 妙に威勢のいい声が、どこからともなく響いた。

 

 瓦礫の陰から、小さな黒い影が飛び出してくる。蝙蝠――最初はそう思った。けれど、普通の蝙蝠とは明らかに違う。赤い身体に小さな翼、そして妙に人間臭い顔つき。

 

 そいつは一直線にロキへ飛んでいくと、伸ばされていた右腕へ勢いよく飛びついた。

 

「――がっ!?」

 

「へっ! ちょいと大人しくしててもらうぜ!」

 

 鋭い爪がロキの腕へ食い込み、小さな身体が全力で引っ張る。ロキの右手が、転移魔法陣から強引に引き離された。

 

「な、何なんですか、あなたはっ!?」

 

「見て分かんねえか? 蝙蝠だよ、蝙蝠!」

 

 ロキが振り払おうとしても、腕は思うように動かない。邪眼で鈍らされ、ルーンと長い戦いで消耗しきったところへ、あの蝙蝠が爪を立てているんだ。

 

 それでも暴れるたびに小さな身体は大きく振り回され、今にも引き剥がされそうになっていた。

 

「ちょ、ちょっと! 離してください!」

 

「やなこった! そんなに逃げたきゃ、もうちょっと早く逃げとくんだったな!」

 

 そう言いながら、蝙蝠がロキの腕へ牙を突き立てた。爪で押さえられていた腕がさらに引き下ろされ、ロキが悲鳴を上げる。

 

「いたたたっ!? 何をするんですか!」

 

「見りゃ分かるだろ! 噛みついてんだよ!」

 

 こんな状況でなければ、思わず突っ込みを入れていたかもしれない。けれど、あの蝙蝠のおかげで、転移魔法陣は完成できずにいた。

 

「……キバット……?」

 

 呆然とした声で呟いたのは、ギャスパーだった。蝙蝠が、一瞬だけ振り返る。

 

「おう、ギャスパー! お前、ちょっと無茶しすぎだぜ!」

 

「……でも……!」

 

「分かってるって! だから、こうして出てきたんだろ!」

 

 キバット。それがあの蝙蝠の名前らしい。ギャスパーとは以前から面識があるようだけれど、俺には覚えがなかった。

 

 ギャスパーの瞳から、赤い光が少しずつ薄れていく。無理やり維持していた邪眼の力が途切れ、倒れかけた身体を小猫ちゃんが支えた。

 

「……す、すみません……」

 

 小さく謝りながらも、ギャスパーの視線はロキから離れなかった。腕にしがみつくキバットを見つめ、それから少しだけ俯く。今にも泣き出してしまいそうな顔だった。

 

「……僕、まだ……怖いです。今だって、すごく……怖いです……」

 

 その言葉に、俺は何も答えられなかった。俺だって怖い。あれほど大勢で戦って、ようやくここまで追い詰めた神様が、今も目の前で暴れているんだ。怖くないわけがない。

 

「……でも……!」

 

 ギャスパーが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……ここで、逃がしたくない……!」

 

 震える声だった。けれど、今までとは違って、最後まで途切れることはなかった。

 

 まだ小刻みに震えている右手を、ギャスパーは自分から前へ伸ばした。一度だけ大きく息を吸い、そして。

 

「キバット、力を貸して!」

 

 その声が、屋上に響いた。

 

 覇龍に呑まれた俺を止めるために、こいつは皆と一緒に立ち向かってくれた。倒されても、立ち上がろうとしていたと聞いている。怖くないから立つんじゃない。怖くても、立つやつなんだ。

 

 ロキの腕にしがみついたまま、キバットが動きを止める。ギャスパーを見つめるその表情が、少しだけ変わったように見えた。

 

「……へっ。どっかの誰かさんにそっくりだと思ってたんだがな。ちっと、違うみてえだ」

 

 誰のことを言っているのか、俺には分からなかった。

 

「イッセー! こいつを頼むぜ!」

 

「……おうっ!」

 

 俺は残っていた力を振り絞って立ち上がり、素手のまま床を蹴った。脚が痛み、腕ももうまともに動きそうにない。けれど、今だけは止まるわけにはいかなかった。

 

「――おおおおっ!」

 

 ロキの背後へ回り込み、その身体を両腕ごと抱え込む。振り向かれる前に、全身の力で締め上げた。

 

「――捕まえたぜ!」

 

「ちょ、ちょっと! 今度は何なんですか!」

 

「決まってんだろ! ここまで来て、逃がしてたまるかよ!」

 

 ロキが身を捩るたびに鎧の内側まで衝撃が響き、腕の骨が軋む。その間に、キバットがロキの腕を離れ、まっすぐギャスパーへ飛んでいった。

 

「おう! キバっていくぜ!!」

 

 小さな身体が、差し出された右手へ飛び込む。

 

 ――ガブッ!

 

 鋭い牙が、ギャスパーの手の甲へ食い込んだ。

 

 その瞬間、噛まれた場所から色鮮やかな紋様が浮かび上がった。赤や橙、金色の欠片を繋ぎ合わせたような、ステンドグラスにも似た模様だ。それが手首から首筋へ、頬へと這い上がり、血の流れに合わせるように脈打っている。

 

 ギャスパーが僅かに顔をしかめる。けれど、手を引くことはなかった。

 

 ――ジャラリ。

 

 金属の擦れ合う音とともに、ギャスパーの腰の周囲へ、半ば透き通った銀色の鎖が現れた。幾重にも絡み合いながら腰を締めつけ、一本の銀のベルトへ形を変えていく。その表面が、次の瞬間には深紅に染まった。

 

 牙を離したキバットが、宙でくるりと身を翻す。ギャスパーはその小さな身体を右手で受け止め、前へ掲げた。

 

「……変身!」

 

 ベルトの中央へ、キバットが逆さまにぶら下がるように収まる。

 

 ――ガシャンッ!

 

 重い金属音とともに、キバットの両目が赤く灯った。

 

 ギャスパーが、一歩前へ踏み出す。その身体を中心に、透き通った波紋のような輪が幾重にも広がっていった。輪が通り過ぎるたびに、制服も、肌も、髪も、溶けた銀を流し込まれたように色を失い、鏡のような光沢を帯びていく。

 

 銀色の人影が、もう一歩踏み出した。その頭部に、蝙蝠の翼を思わせる輪郭が浮かび上がる。ベルトの赤い光だけが、中心で脈打っていた。

 

 ――パリィンッ!!

 

 銀の殻が、内側から砕け散った。

 

 無数の破片が夜風に舞う中から、赤と黒の鎧が姿を現した。

 

 黒い装甲に深紅の胸部、両肩を覆う銀の装甲と、そこから腕へ、脚へと絡みつく鎖。とりわけ右脚は、膝から足首までを重厚な銀の拘束具が覆い、その上から幾重もの鎖が巻きついていた。

 

 まるで、内側に封じ込められた何かが外へ出てこないよう、厳重に押さえつけているみたいだった。あの鎖は、ギャスパーがずっと自分に掛けてきた鍵なのかもしれない。

 

 蝙蝠の翼を広げたような巨大な複眼に、光が灯る。最初は鮮やかな緑に閃き、それから、夜を照らす琥珀色へと落ち着いていった。口元には、吸血鬼の牙を思わせる銀の装甲が重なっている。

 

 降り注ぐ破片の中を、赤と黒の鎧が静かに歩いてくる。夜の闇の中で、目覚めた獣のようだった。

 

 そこにいたのは、もう見慣れた制服姿のギャスパーじゃなかった。

 

 コカビエルとの戦いで、ミライのライドウォッチを使った木場が変身するところを、俺は見ている。だから、人が装甲に包まれる光景そのものは、初めてじゃない。

 

 けれど、あの時とはまるで違った。電子音とともに黒い強化服と銀の装甲が組み上がり、全身を赤い光の線が走る。木場が機械仕掛けの戦士だとすれば、目の前にいるのは、古い城の地下深くに封じられていた吸血鬼の王だ。

 

 今にも鎖を引き千切って暴れ出しそうな、そんな迫力があった。

 

 それでも、あの鎧の中にいるのがギャスパーだということだけは分かる。いつも怖がって、誰かの後ろに隠れていた後輩が、今は自分の意思でロキの前に立っていた。

 

 ロキを抱え込んだままの腕が、ぎしりと軋んだ。ほんの短い間のはずなのに、もう感覚が薄れ始めている。

 

「……ギャスパー……!」

 

 思わず名前を呼ぶと、琥珀色の複眼がこちらを向いた。

 

「一誠先輩! あと少しだけ……あの人を止めていてください!」

 

 聞き慣れた声に、俺は思わず笑った。

 

「……おう! 任せろ、ギャスパー!」

 

     ○

 

「……いい加減に、離してください!」

 

 ロキが激しく身を捩った。溢れ出した魔力が鎧へ次々と叩きつけられ、腕の感覚が少しずつなくなっていく。

 

 身体は押さえられても、魔術まで止められるわけじゃない。ロキの足元へ、再び転移魔法陣が浮かび上がった。

 

「ま、待ってください! まだ話し合いの余地はあるはずでしょう!?」

 

「だったら、最初から話を聞いてくれりゃよかったんだよ!」

 

 まずい。このままじゃ、間に合わない。

 

「――イッセー!」

 

 部長の声と同時に、赤黒い滅びの魔力が広がり、ロキの足元に形成されかけていた魔法陣の一部を吹き飛ばした。続いて朱乃先輩の雷撃が降り注ぎ、新たに浮かんだ術式を次々と破壊していく。

 

「ギャスパー君、今ですわ!」

 

 頷いたギャスパーが、ベルトの側面から小さな笛を抜き取り、中央のキバットへ咥えさせた。

 

「ウェイクアップ!」

 

 キバットの声に続いて、細く高い笛の音が流れ出した。笛を咥えたまま、キバットがベルトを離れて夜空へ舞い上がる。

 

 短い旋律だった。澄んでいるのに、どこか物悲しい。子守唄のようにも、弔いの歌のようにも聞こえるその音が夜空へ溶けていくにつれ、辺りに赤い靄が立ち込め、闇が一段と深くなっていく。

 

 頭上の満月が、さっきよりも大きく、近くなったように見えた。

 

 ギャスパーが両腕を胸の前で交差させ、それから右脚を夜空へ向けて高々と振り上げる。

 

 舞い戻ったキバットが、その右脚へ飛びついた。咥えていた笛が光となって消え、剥き出しになった牙が拘束具の留め具へ食い込む。

 

 ――ガキンッ!

 

 鍵が外れるような音とともに、右脚を縛っていた鎖が一本、また一本と弾け飛び、重い金属音を立てて拘束具が開いていく。

 

 内側から、蝙蝠の翼のような深紅の装甲が大きく広がった。その中央で、緑色の宝玉が妖しく輝いている。

 

 鍵が、内側から開けられていく。

 

「……何を、するつもりですか……? ま、待ちなさい! その力は……!」

 

 ロキの顔から血の気が引いていく。ギャスパーは答えず、ただ一度だけ、俺たちの方を見た。月光を受けた琥珀色の複眼が、静かに輝いていた。

 

 そして、低く身を沈め――。

 

 ――ダンッ!!

 

 赤と黒の身体が、屋上の床を蹴って夜空へ舞い上がった。

 

 どこまでも高く。やがてその影は、満月の中央へ重なった。まるで最初からそこが舞台だったかのように、月を背負った小さな影が、空中でゆっくりと身を翻す。

 

 あれほど厳重に縛られていた理由が、今なら分かる。あの右脚には、それだけの力が眠っていたんだ。

 

「ここで私を倒したところで、あなた方にも何の利益もありません! でしたら、もう少し冷静に――!」

 

 足元の転移魔法陣が、再び輝きを増す。腕に力を込め直したけれど、もう何秒も押さえていられるとは思えなかった。

 

『Divide!』

 

 電子音とともに、輝きを増していた転移魔法陣が大きく揺らぎ、ロキを包む防御の光も目に見えて薄くなった。アーシアに支えられたヴァーリが、片手をこちらへ向けている。

 

「……兵藤一誠……! これが、最後だ……!」

 

 その言葉を最後に、背中の白い光翼が消え、ヴァーリの身体が力なく崩れ落ちた。アーシアが慌ててその身体を支える。半減された転移魔法陣は、もう形を保てずに散っていった。

 

 ロキの逃げ道は、完全に塞がれた。

 

「――ギャスパー!」

 

 翼を広げた右脚が、月の中からこちらへ向けられる。

 

 俺はロキの身体を前方へ突き放し、背中の翼を一気に噴かせて、その反動で大きく距離を取った。

 

「――いけぇぇぇっ!!」

 

 月から降るように、赤い光を纏った右脚が一直線に落ちてくる。

 

 咄嗟に両腕を持ち上げたロキの顔に、初めてはっきりとした恐怖が浮かんだ。半減されてもなお、神の防御陣がその前へ幾重にも重なっていく。

 

「ちょ、ちょっと……! まだ、私は――!」

 

 赤い光が、防御陣ごとロキの身体を撃ち抜いた。

 

 凄まじい衝撃が夜空へ広がり、屋上全体を激しく揺さぶる。その中心で、赤黒い蝙蝠の紋章が巨大な光となって浮かび上がった。

 

「――ああああああっ!!」

 

 ロキの悲鳴とともに、全身を包んでいた魔術が次々と砕け散り、まとわりついていた黒い魔力が無数の破片となって夜空へ飛び散った。

 

 蹴りに押し込まれたまま、ロキの身体が屋上の床へ叩きつけられる。

 

 ――ドガァンッ!!

 

 床一面に巨大な亀裂が走り、その中心へ、蝙蝠を象った紋章が焼きつくように刻み込まれた。コカビエルを貫いた時に木場が刻んだΦの紋章が、一瞬だけ脳裏をよぎる。舞い上がった粉塵が、ゆっくりと薄れていく。

 

 煙の向こうに、倒れた人影が見えた。身体のあちこちから魔力の光が漏れ、衣服もほとんど原形を留めていない。それでも、呼吸はある。ただ、もう動かなかった。

 

「……やった、のか……?」

 

 呆然と呟いた俺の視線の先で、赤と黒の鎧のギャスパーが、ゆっくりと立ち上がる。その腰には、いつの間にかキバットが戻っていた。

 

「……一誠先輩。……終わりました、よね……?」

 

 頷こうとした、その時だった。

 

 ――パキン。

 

 ロキの身体に浮かんでいたルーンが、一つ、また一つと砕け始めていた。屋上の床へ流れ込んでいた魔力の光も、次々と消えていく。

 

「……まさか」

 

 顔を上げた朱乃先輩が、俺たちの足元を見た。

 

「――皆さん!」

 

 その声が響いた直後、屋上全体が大きく傾いた。

 

「うおおっ!?」

 

 足元が、下へ引っ張られる。いや、違う。屋上そのものが落ち始めたんだ。空中に固定されていた巨大なコンクリートの塊が、支えを失って重力に引かれている。

 

 咄嗟に翼を広げようとしても、身体が思うように動かない。倒れたロキ、気を失ったフェンリル、アーシアに支えられたヴァーリ。全員を抱えて飛ぶなんて、今の俺たちには到底できそうになかった。

 

「――全員、その場から動かないでください!」

 

 振り向くと、朱乃先輩が片手を高く掲げていた。その手には、バラキエルさんから託された、あの宝石が握られている。

 

「朱乃先輩!」

 

「大丈夫ですわ!」

 

 俺たちへ微笑んで、朱乃先輩は迷うことなく宝石を握り潰した。

 

 ――パキンッ!

 

 砕けた結晶から溢れた光が、一瞬で屋上全体へ広がり、巨大な転移魔法陣となって足元を覆っていく。

 

 倒れたロキも、フェンリルも、アーシアとヴァーリも。そして、赤と黒の鎧を纏ったギャスパーも。全員が、その光の中へ包み込まれていった。

 

「――転移します!」

 

 朱乃先輩の声が響いた瞬間、俺たちの視界は真っ白に染まった。

 

     ○

 

 次に目を開けた時、俺は見慣れた天井を見上げていた。石造りの床に、壁へ埋め込まれた照明。何度も使ったことのある、大きな転移魔法陣。兵藤家の地下だった。

 

 周囲には、部長たちが次々と姿を現している。アーシアがヴァーリの身体を支え、小猫ちゃんが気絶したフェンリルの様子を確かめていた。少し離れた場所では、意識を失ったロキが床に倒れている。

 

「……ロキは?」

 

「……意識はありません。ですが、生きています」

 

「分かったわ。すぐに身柄を確保して。フェンリルも、念のため動けないようにしておきましょう。治療が必要なら、そちらを優先して」

 

 部長の指示で、木場たちが動き始める。俺はその様子を見て、ようやく息を吐いた。

 

 全員、いる。誰一人、屋上に取り残されていない。

 

「……はぁぁぁ……!」

 

 その事実を理解した途端、俺はその場へ座り込んだ。身体中が痛いし、鎧ももう限界だった。けれど、それ以上に。

 

「……終わった……」

 

 その時、部長の耳元に通信用の小さな魔法陣が浮かんだ。

 

『おう、聞こえるか、リアス。こっちは全員無事だ。爺さんも天照も、ミライも、あの嬢ちゃんたちもな』

 

 アザゼル先生の声に、全身から力が抜けかけて――そこで、一つの名前が引っかかった。

 

「……ミライ? ちょっと待ってください! ミライもそこにいたんですか!?」

 

『ああ、そういや言ってなかったな。詳しい話は後だ。とにかく、全員生きてる』

 

「……ったく、あいつまで……」

 

 驚きはした。けれどそれ以上に、皆が無事だったことへの安堵の方が、ずっと大きかった。今度こそ、全身から力が抜けていく。

 

 ふと見ると、朱乃先輩が、空になった手のひらを黙って見つめていた。砕けた宝石の欠片が、そこで小さく光っている。

 

 そこへ、すぐ近くから小さな声が聞こえた。

 

「……あ、あの……一誠先輩……」

 

 顔を上げると、ギャスパーがこちらを見つめていた。転移の光の中で、いつの間にか変身は解けていたらしい。見慣れた制服姿に戻ったその肩に、キバットがちょこんと留まっている。

 

「……僕、ちゃんと……できましたか……?」

 

 少し自信がなくて、どこか怯えていて。いつものギャスパーの声だった。けれど、その奥には、今までとは違う何かがあった。

 

「へっ。俺の出番なんざ、最後の一押しだけだったけどな」

 

 肩の上のキバットが、どこか照れくさそうに言う。俺は、ゆっくりと笑って拳を持ち上げた。

 

「……ああ。最高だったぜ、ギャスパー!」

 

     ◇

 

 一誠たちが転移の光へ消えた、直後のことだった。

 

 少し前まで、そこには一棟の高層ホテルが建っていた。幾度となく国際会談の舞台となり、各国の要人を迎えてきた、この国でも指折りの名門ホテルだ。

 

 今はそのすべてが巨大な瓦礫の山へ変わり、崩れた建物から立ち上る黒煙の中で、残った炎が赤く揺らめいている。

 

 その遥か上空、東京の夜空に浮かんでいた最後の構造物が、満月を背にゆっくりと傾き始めた。

 

 ロキの神域は、すでに失われている。オーディンによって押し付けられた術式も、維持する者が意識を失ったことで効力を失った。屋上を支えていた力も、街を覆っていた幕も、もう残ってはいない。

 

 巨大なコンクリートの塊が、重力に引かれて落ちていく。最初はゆっくりと、けれど速度はすぐに増していった。

 

 無数の亀裂、魔術に抉られた床、焼け焦げた瓦礫、そして最後の一撃によって刻まれた、赤黒い紋章の痕跡。そのすべてを抱えたまま、屋上は真っ直ぐ地上へ落ちていく。

 

 ――ドォォォォォォォォンッ!!

 

 凄まじい衝撃が、夜の東京へ響き渡った。

 

 瓦礫の山へ叩きつけられた屋上が粉々に砕け、爆風のような衝撃波が四方へ広がる。隣接する建物の外壁が剥がれ落ち、窓硝子が一斉に砕け散った。

 

 舞い上がった瓦礫が周囲の通りへ降り注ぎ、高架を走る首都高速道路の一部が、轟音とともに崩れ落ちる。向かいに建つ大使館の塀が薙ぎ倒され、遠くの街灯までが大きく揺れた。

 

 幕が守り続けていた街は、最後の最後で、その一撃を受け止めることになった。

 

 やがて轟音が収まり、黒煙と粉塵だけが、夜風に乗ってゆっくりと広がっていく。遠くから、幾重にも重なったサイレンの音が近づいてきた。

 

 北欧の神が自らの目的のために選び、閉ざされた神域へと変えた場所。数多くの神や悪魔、人ならざる者たちが戦い続けた、最後の舞台。そのすべてが、周囲の一区画ごと、今はもう失われていた。

 

 ただ、空には変わらず満月が浮かんでいる。何事もなかったかのように、静かな光を地上へ注ぎ続けていた。

今後、本作で特に見てみたい仮面ライダー要素は?

  • 歴代ライダー本人の登場
  • 歴代ライダーとの共闘
  • 歴代ライダーとの対決
  • ライドウォッチ
  • アーマータイム
  • ミライ独自のライダー形態
  • 他キャラの仮面ライダー化
  • ライダー由来の武器・アイテム
  • ライダーマシン
  • 怪人・敵組織
  • 歴代ライダーの能力再現
  • 歴代ライダーの必殺技
  • 原作ライダーの名場面オマージュ
  • 仮面ライダー側の世界観・設定
  • 昭和ライダー要素
  • 平成一期ライダー要素
  • 平成二期ライダー要素
  • 令和ライダー要素
  • 劇場版・Vシネマなどの要素
  • その他(感想欄で教えてください)
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