第88刻 逢魔が刻の迷い人
朝の駒王町は、まだ静かだった。
東の空がようやく白み始めたばかりで、通りには車の姿もほとんどない。遠くを走り抜けていく新聞配達のバイクの音が、時折聞こえてくる程度だ。普段なら、私もまだ二階で眠っている時間だった。
時計店の戸締まりを確かめてから、軒先に停めた愛車へ目を向ける。
白を基調にしたカウルに、鮮やかなマゼンタとシアンのライン。スターゲイザーの派手な車体は、薄暗い朝の光の中でもよく目立っていた。
今さら見慣れないということはないけれど、改めて眺めると、なかなか主張の強いバイクだと思う。もっとも、この配色は私自身も気に入っている。
車体には、仕事に必要な工具と書類、それに最低限の着替えを詰めたバッグを積んである。
今日の服装は、黒に近い濃紺のツーリングジャケットとライディングパンツに、ライディングブーツ。長い髪は、ヘルメットに引っかからないよう編み込んで、後ろでまとめておいた。
フルフェイスのヘルメットを手に取り、私は店を振り返った。
お爺さんが残してくれた、小さな時計店。まだ営業は再開していないけれど、工具を整理し直し、在庫の確認も一通り終えて、少しずつ先が見えてきたところだ。今日の仕入れも、そのために必要な仕事の一つだった。
「……それでは、行ってきます」
誰もいない店先に小さく声をかけてから、ヘルメットを被り、スターゲイザーに跨る。
キーを回すと、静かな通りに低い排気音が響いた。近所の迷惑にならないよう、ゆっくりと車体を動かす。
今日の目的地は、静岡にある取引先だ。お爺さんの代から付き合いのある相手で、以前にも何度か部品を仕入れに行ったことがある。
ただ、今日の予定はそれだけではない。
今日から、駒王学園の二年生たちは修学旅行だ。あと数時間もすれば、一誠たちも新幹線で京都へ発つだろう。
私は時計店の再開準備を優先して、不参加ということで学校に話を通していた。それでも今回の仕事が予定どおり終われば、そのまま京都へ向かうつもりでいる。
まずは、目の前の用事をきちんと済ませるのが先だ。
バックミラーで後ろを確かめてから、私はまだ眠っている家々の間を抜け、明るくなり始めた道へ走り出した。
○
早朝に出たおかげで、駒王町を抜けるまでは順調だった。
ただ、都市部へ近づくにつれて、通勤の車や大型トラックが目立ち始める。高速道路に乗ってからも合流のたびに流れが詰まり、首都圏を抜けるだけで、思っていた以上の時間がかかった。
スターゲイザーには普通のバイクにはない機能もあるけれど、公道で好き勝手に使うわけにはいかない。周りの車に合わせて、ひたすら西へ向かう。
交通量が落ち着く頃には、遠くの山並みを眺める余裕も出てきた。休憩を挟みながら走り、取引先に着いたのは、昼に近い時間だった。
「やあ、ミライちゃん。遠いところをよく来たね」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
お爺さんの店をよく知っている人なので、仕事の話の合間に、店の近況も尋ねられた。
「そろそろ開けられそうかい?」
「はい。今回お願いした部品が揃えば、修理の受付も少しずつ再開できると思います。……もっとも、まだお爺さんと同じようにできるとは思っていませんけど」
「最初から同じようにやろうとしなくていいさ。あの人だって、最初から何でもできたわけじゃないんだから」
「……そうですね」
その言葉に、少しだけ気持ちが軽くなった。
持ち帰る部品をバッグに収め、残りは後日配送してもらう手続きを済ませる。店を出ようとしたところで、相手が外のスターゲイザーへ目を向けた。
「それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」
「はい。……ああ、いえ。今日はこのまま京都へ向かう予定です」
「京都? ここから?」
「はい。修学旅行に、途中から合流しようと思いまして」
「……そのバイクで?」
「もちろんです」
しばらく何とも言えない顔で見つめられた後、相手は呆れたように笑って首を振った。
「元気だねえ。若いってのは羨ましいよ。京都まで行くなら、ちゃんと休みながら走りなよ」
「はい。ありがとうございます」
ここまででも、それなりの距離を走ってきた。けれど、本番はむしろここからだ。
○
何度目かのサービスエリアで給油を済ませ、私はヘルメットを脱いだ。
長い時間同じ姿勢で走っていると、肩や腰に少しずつ疲れが溜まってくる。スターゲイザーの乗り心地が悪いわけではないけれど、何時間も風を受け続けるのは、想像以上に身体を使う。
「……さすがに、少し疲れましたね」
売店で飲み物を買い、休憩スペースで肩を回しながら携帯電話を開くと、アーシアからメールが届いていた。
『ミライさん、お仕事お疲れさまです! 京都はとっても素敵なところです!』
添付された写真には、新幹線の車内で並んで笑う一誠といつもの二人や、京都の街並みが写っていた。一誠たちは、予定どおり修学旅行を楽しんでいるらしい。
その中の一枚に、目が留まった。
「……千本鳥居ですか」
鮮やかな朱色の鳥居が、山の奥へ向かって幾重にも連なっている。伏見稲荷大社の写真だった。名前は知っていても、実際に訪れたことはない。
こういう場所は、バイクで通り過ぎるより、自分の足でゆっくり歩いてみたい。時間があれば、一度訪ねてみるのもいいかもしれない。
アーシアに返信を送ってから、もう一通メールを作る。宛先は、アザゼル先生だ。
『仕入れ先での用事が無事に終わりました。現在、京都へ向かっているところです。到着は夕方以降になると思います』
返信は、すぐに届いた。
『おう、待ってるぜ。無理して飛ばすなよ。京都は逃げやしねえんだからな』
「……相変わらずですね」
思わず笑ってしまった。
時計店の準備で忙しくしていた間も、先生は何度か、途中からでも来ればいいと勧めてくれていた。
修学旅行なんて何度も経験できるものではないのだから、少しくらい仕事を休んでも罰は当たらない。そう言われた時は、少々気楽すぎるのではないかと思ったものの、今なら分かる気がする。
お爺さんの店を守りたい気持ちは変わらない。けれど、そのために学校生活のすべてを諦める必要もないのだろう。
携帯電話をバッグにしまい、私は再びヘルメットを被った。
道路標識の地名が少しずつ変わり、サービスエリアの土産物にも、見慣れないものが増えていく。山並みを横目に走り、いくつもの街を通り過ぎ、高速道路を降りて京都の市街地に入った頃には、空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。
○
「……ようやく、京都ですか」
信号待ちでスターゲイザーを停め、ヘルメットの中で小さく息を吐く。
市街地に入ってからも交通量は多く、ホテルまでの道はなかなか進まなかった。それでも、歴史を感じさせる建物や和風の看板が並ぶ景色は、駒王町とは随分と違って見える。
青信号で走り出し、しばらくして交通量の少ない通りへ入った。
建物の間から差し込む夕陽が、道路を橙色に染めている。軒先に伸びる長い影を眺めていると、逢魔が刻、という古い言葉がふと頭をよぎった。
道順を確かめようと、道路脇にスターゲイザーを停めてヘルメットを脱ぐ。携帯電話を取り出そうとしたところで、手首の腕時計が目に入った。
「…………?」
何かがおかしい。
袖を少し持ち上げると、使い込まれた機械式の腕時計が現れた。お爺さんが生前使っていたもので、今は私が整備しながら身につけている。古い時計でも、手入れさえ怠らなければ、今でも十分に正確な時を刻んでくれる。
その秒針が、止まった。
ほんの一瞬だった。私が思わず時計を顔の近くまで持ち上げた時には、秒針はもう、何事もなかったかのように動き始めていた。
「……どういうことでしょう」
グローブを外して確かめてみても、針は正常に進んでいる。竜頭にも異常はなく、見た目からは故障の兆候が見つからない。
この時計は私自身が整備していて、中の部品の状態もある程度は把握しているつもりだ。
今まで一度もなかった異常が、何の前触れもなく起きる。しかも直後には何事もなかったように動き続けているのだから、時計職人としてはどうにも落ち着かなかった。
――りん。
その時、どこからか澄んだ音が聞こえた。
神社の拝殿で鳴らす鈴のような、けれど、もっとずっと遠くから響いてくるような音だった。顔を上げて周りを見回しても、それらしいものは見当たらない。耳を澄ませてみても、同じ音が聞こえてくることは二度となかった。
「……妙ですね」
もう一度腕時計を確かめる。秒針は相変わらず、規則正しく時を刻んでいた。ホテルに着いたら、改めて詳しく調べておこう。
グローブを着け直し、再びエンジンをかけて道路へ戻る。
しばらく走ったところで、私は別の違和感に気づいた。
最初は、建物だった。いつの間にか木造の町家が軒を連ね、通りには提灯が吊るされている。京都には古い町並みが残っている場所も多いと聞くので、そういう通りに入ったのだろうと思った。
ただ、それだけでは説明がつかなかった。
店先で立ち話をしている男性の頭には、立派な角が生えている。その隣を歩く女性には、ふさふさとした尻尾があった。道端の露店で何かを売っている小柄な老人は、顔つきが人間というより、むしろ狸に近い。
仮装かとも考えたが、どう見ても作り物ではない耳や尻尾が、ごく自然に動いている。何より、周りの人々が誰一人、それを不思議がっていなかった。
角のある男性が普通に買い物をし、尻尾を揺らした女性が店先で値段の交渉をしている。その横を小さな子供たちが走り回り、焼いた肉や甘い菓子、何かを煮込む匂いが通りいっぱいに混じり合っていた。
まるで縁日のようでいて、特別なお祭りというわけでもないらしい。これが、この街の日常なのだろう。
「……妖怪、でしょうか」
以前、京都には多くの妖怪が暮らしていると聞いたことがある。だとすれば、私は知らないうちに、普通の京都とは違う場所へ入り込んでしまったのかもしれない。
さすがに、道を尋ねた方がよさそうだ。通行人の邪魔にならない場所にスターゲイザーを停め、エンジンを切る。人間の私が突然話しかけて驚かせないかは分からないけれど、ほかに方法もない。
そう考えた時だった。
「――はいっ! というわけで、皆さん! 今回こそは、私たちの日頃の修行の成果をお見せしたいと思います!」
少し離れた場所から、やけに元気な声が聞こえてきた。
通りの向こうで、三人の少女が何かをしている。背の高い一人がカメラを構え、狐のような耳を持つ一人がその横で目を輝かせていた。そしてその正面では、小柄な少女が妙に張り切った様子で構えを取っている。
「それでは皆さん、刮目してご覧ください! これぞ、日々の修行の成果! 忍法――!」
少女が勢いよく腕を振り上げた、その瞬間。足元がぐらりと揺れた。
「あっ」
「ぶ、部長殿!?」
「ひゃあっ!?」
前のめりに転びかけた少女を、狐耳の少女が慌てて支える。どうにか転倒は免れたらしい。
「だ、大丈夫! 今のはちょっと足場が悪かっただけだから!」
「あ、あの、部長……今のところ、撮れて、しまいましたけど……」
「えっ!? ツクヨ、そこは撮らなくていいから!」
「むむむ……部長殿! 次こそは成功させましょう!」
何とも賑やかな三人だった。千鳥ミチル、久田イズナ、大野ツクヨ。私の知識の中にある、忍術研究部の三人と同じ姿だ。
どうやら、この京都にも神話外装を持つ妖怪が暮らしているらしい。FOX小隊やRABBIT小隊のことを考えれば、今さら不思議がるようなことでもなかった。
それにしても、こんなところで忍術研究部の活動を目にするとは思わなかった。失敗した場面までしっかり撮ってしまうあたりも、何だか見覚えのある光景だ。
そんなことを考えながら眺めていると、ミチルさんがふとこちらへ顔を向けた。目が合い、その視線が私からスターゲイザーへ移る。
「……おおっ!? み、見て見て! なんかすっごいバイクがある! あの子のかな!?」
「おおっ! 本当です、部長殿!」
「これはもしかして、謎のライダー現る!? 絶対に面白い絵になるって! ツクヨ、ちょっとカメラ貸して!」
「えっ!? あ、はい……!」
「よーし! 臨時取材、開始!」
言うが早いか、ミチルさんはカメラを構えたまま駆け寄ってきた。イズナさんが嬉しそうにその後に続き、カメラを取り上げられたツクヨさんが慌てて二人を追ってくる。
「あのー! そこのあなた! ちょっとお話を聞いてもいいですか!?」
「ええ、構いませんが……その前に一つ、お願いしてもいいでしょうか」
「もちろん! 何でもどうぞ!」
私は、彼女の構えるカメラに目を向けた。
「……その映像、どこにも投稿しないでくださいね」
「ええっ!? な、なんで!? 謎のライダー登場回なんて、絶対バズるのに!」
「その『バズる』というのが、少々困るんです」
大勢の人に注目されたかったわけでもないのに、気づけば思いがけない形で話が広がり、随分と面倒なことになった。ああいう経験は、一度あれば十分だ。
「で、でもでも! 忍術研究部の宣伝にもなるし……!」
「お気持ちは分かりますが、申し訳ありません」
「部長殿、本人が嫌がっているなら仕方ありません! 忍者たるもの、相手の気持ちを尊重することも大切です!」
「そ、そうですよ、部長……無理に撮影してしまうのは、よくない、ですし……」
「わ、分かってるよぉ……」
名残惜しそうに録画を止めたミチルさんが、そこでじっと私の顔を見た。
「……って、あれ? ねえねえ、もしかして、私たちのこと知ってたりする? さっきから、なんか見覚えがあるみたいな顔してるし!」
なかなか鋭い。ただ、私が知っているのは目の前の彼女たちではなく、私の知識の中の彼女たちだ。その違いを、初対面の相手に説明するわけにもいかない。
「……まあ、少しだけ」
「やっぱり!」
ミチルさんの表情が、一瞬で明るくなった。
「もしかして! 『少女忍法帖ミチルっち』の視聴者!?」
「いえ、見ていません」
笑顔が、そのまま固まった。
「……えっ?」
「見ていません」
「二回言わなくてもいいじゃん!?」
悲鳴のような声だった。
「うぅ……てっきり、ついに動画を見てくれてる人が現れたのかと思ったのに……」
「あ、あの、部長……まだ、これから見てくれるかも、しれませんし……」
「そうです、部長殿! きっと、これからです!」
「イズナ……ツクヨ……!」
励まし合う三人を眺めながら、私は少しだけ申し訳なくなった。活動を否定したかったわけではない。ただ、見たことのないものを見たと言うのも、それはそれで失礼だと思っただけなのだけれど。
「……よろしければ、後で見せていただけますか? どんな動画を投稿されているのか、興味はありますので」
「本当!? やったぁ! 私たち忍術研究部が、日々どれだけ修行を重ねてるか、ぜひ見ていって!」
落ち込んでいたのが嘘のように、ミチルさんはすっかり元気を取り戻していた。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。天童ミライといいます」
「私は千鳥ミチル! 忍術研究部の部長をやってるんだ!」
「イズナは久田イズナと申します! 立派な忍者を目指して、日々修行に励んでおります!」
「あ、あの……大野、ツクヨです。よろしく、お願いします……」
「よろしくお願いします。ミチルさん、イズナさん、ツクヨさん」
「よろしくね、ミライさん!」
「よろしくお願いします、ミライ殿!」
「よ、よろしくお願いします、ミライさん……!」
改めて並ぶと、三人の身長差はなかなかのものだった。特にツクヨさんは随分と背が高く、私が見上げる形になる。それなのに本人はどこか申し訳なさそうに身体を縮め、少しでも目線を合わせようとしてくれていた。
「ところで、少しお尋ねしたいのですが。ここから京都サーゼクスホテルへは、どちらへ進めばいいでしょうか」
「サーゼクスホテル……?」
ミチルさんが首を傾げ、イズナさんが考え込む。その隣で、ツクヨさんが何かに気づいたように顔を上げた。
「あ、あの……ミライさん、もしかして……表の京都から来た人、ですか?」
「……表?」
今度は、私が首を傾げる番だった。三人が顔を見合わせ、ミチルさんがぽんと手を打つ。
「あーっ! なるほど、そういうことか! だから、あんなバイクでこんなところにいたんだ!」
「確かに、ミライ殿からは妖怪の気配がしません!」
「た、多分、迷い込んで、しまったんだと思います……」
「……ここは、普通の京都とは違う場所なのですか?」
「そうだよ!」
ミチルさんは胸を張り、両手を大きく広げてみせた。
「ようこそ、妖怪たちの暮らす裏京都へ!」
「……裏京都」
その言葉で、ようやく腑に落ちた。角や尻尾を持つ人々も、提灯の連なる町並みも、ここが人間の暮らす京都とは別の場所だと考えれば説明がつく。
「えっ、意外と落ち着いてるね?」
「まあ、これまでにも色々とありましたので」
「色々?」
「ええ。少々、説明が難しいのですが」
悪魔や天使、堕天使に、北欧の神様。これまでの出来事を最初から説明しようとすれば、一晩あっても足りないだろう。
「おおっ! 何だか面白そうな匂いがする!」
目を輝かせたミチルさんの手が、またカメラへ伸びかけた気がした。
「……投稿はしないでくださいね」
「わ、分かってるってば!」
「それで、ミライ殿はどうして京都へ?」
「学校の修学旅行です。事情があって、遅れて参加することになりまして」
「修学旅行! それは素晴らしいです! 京都には、たくさん見どころがあります!」
「うんうん! せっかく来たなら、いろいろ見ていかないともったいないよ!」
「あ、あの……でも、ミライさんはホテルへ行く途中だったんじゃ……」
「あっ、そっか」
ツクヨさんの言葉に、ミチルさんが少し残念そうな顔をした。
ホテルへ向かわなければならないのは事実だ。けれど、アザゼル先生には連絡してあるし、到着が少し遅れたところで、すぐに問題になるわけでもない。
軒先の提灯に灯りがともり始め、夕暮れの通りが少しずつ夜の賑わいへと姿を変えていく。せっかく迷い込んだ場所を、何も見ずに後にするのは、少し惜しかった。
「……もし、ご迷惑でなければ。少しだけ、この辺りを案内していただけませんか?」
ミチルさんが目を瞬かせ、それから、ぱっと顔を輝かせた。
「もちろん! 大歓迎だよ!」
「イズナもご案内いたします、ミライ殿!」
「あ、あの……私でよければ、喜んで……!」
「よーし! それじゃあ、忍術研究部がお送りする裏京都特別観光ツアー、これより開幕!」
「おおーっ!」
「お、おー……!」
勢いよく拳を上げるイズナさんと、少し遠慮がちにそれに続くツクヨさんを見て、私は思わず口元を緩めた。
今日の予定は、仕事を済ませて京都へ向かい、ホテルで一誠たちと合流することだった。それがどういうわけか、妖怪たちの暮らす街に迷い込み、忍者を目指す少女たちに観光案内をしてもらうことになっている。
随分と予定から外れてしまったけれど、不思議と嫌な気分ではなかった。長い道のりを走ってきた疲れは残っていても、見知らぬ街への興味の方が、それを少しだけ上回っている。
三人に近くの駐輪できる場所を教えてもらい、スターゲイザーを停め直す。改めて彼女たちの後に続きながら、私はもう一度だけ腕時計に目を落とした。秒針は、何事もなかったように時を刻んでいる。
……時計のことは、後で確かめればいい。
こうして、参加する予定すらなかった私の修学旅行は、思いがけない形で始まった。