裏京都特別観光ツアー。ミチルさんが高らかに宣言したそれは、どうやら行き先までは決まっていないらしい。
「まずはこっち! この通り、面白いお店がたくさんあるんだよ!」
「部長殿! イズナもおすすめのお店があります!」
「あ、あの……二人とも、あまり急ぐと、ミライさんが……」
先頭を行くミチルさんと、その横で元気よく手を挙げるイズナさん。二人を追いかけながら、ツクヨさんが申し訳なさそうにこちらを振り返る。
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
「そ、そうですか……? それなら、よかった、です……」
ツクヨさんはほっとしたように微笑み、歩幅を緩めて私の隣に並んだ。並ぶとどうしても見上げる形になるのだけれど、本人もそれを気にしてか、時折そっと肩を縮めている。
通りの賑わいは、少しずつ増していた。提灯に次々と明かりがともり、木造の店々から客を呼び込む声が聞こえてくる。
八百屋の店先では、首の長い女性が高い棚の籠へ難なく手を伸ばし、隣の露店では、顔の大半を一つ目が占める店主が細工物の提灯を確かめている。
水桶の脇で胡瓜を齧っている緑色の肌の子供は、おそらく河童だろう。
「……本当に、いろいろな方がいらっしゃるんですね」
「うん! 裏京都には、いろんな妖怪が住んでるからね! 見た目が人間とあんまり変わらない妖怪もいるし、変化が得意なら、好きな姿にもなれるよ!」
「そうです! 変化の術も、立派な忍術の一つなのです!」
イズナさんが勢いよく胸を張った。
「……妖怪の変化と忍術は、少し違うのでは?」
「むむっ! 確かに、その可能性もあります!」
「そこで納得するんですね……」
「あはは! イズナって、そういうところ素直だから!」
「ですが、変化ができると便利なのは本当です! 表の京都へ行く時は、イズナもこうして――」
言いかけたイズナさんの狐耳が、ぴょこんと髪の中へ引っ込んだ。瞬きを一つする間に、そこにはごく普通の少女が得意げに立っている。
「――耳を隠して出かけるのです!」
「なるほど。それは確かに便利ですね」
感心してみせると、イズナさんは満足そうに頷いて、耳をぴょこんと元に戻した。
外見は違っても、ここで行われていることは、表の京都とそれほど変わらない。買い物をして、友人と話し、時には道端で足を止めて世間話に花を咲かせる。
私にとっては珍しい光景でも、ここで暮らす妖怪たちにとっては、ごく当たり前の夕方なのだろう。
「こちらは、いつもこんなに賑やかなんですか?」
「うん! だいたいこんな感じかな。お祭りみたいでしょ?」
「ええ。最初は、何か催し物でも開かれているのかと思いました」
「ふっふっふ。これこそ裏京都の魅力ってやつだよ! それじゃあ、まずはあっち!」
○
最初に案内されたのは、食べ物の露店が並ぶ一角だった。
湯気の立つ鍋を客が囲む店もあれば、甘い匂いを漂わせる菓子屋もある。焼きたての団子を並べた店先では、小柄な店主が忙しそうに串を返していた。
「ここのお団子、美味しいんだよ! 特にみたらしがおすすめ!」
「イズナは、あんこの方も好きです!」
「どちらも美味しそうですね。では、みたらしを一本」
店主は私を見て一瞬だけ不思議そうな顔をしたものの、ミチルさんたちが一緒だったからか、何も尋ねずに串を差し出してくれた。
「はいよ、お嬢ちゃん。熱いから気をつけてな」
甘辛いタレの香りと、もちもちとした食感。焦げ目の香ばしさが、走り通しだった身体に染みていく。
「……美味しいですね」
「でしょ!」
なぜかミチルさんが、自分のことのように胸を張った。
団子を食べ終えて少し歩くと、古い道具や工芸品を並べた店が目に入った。木彫りの置物や細かな金具、古びた箱に交じって、小さな置時計が一つ置かれている。
思わず、足が止まった。金属の外装にはところどころ擦れた跡が残っているものの、文字盤の装飾は丁寧で、今ではあまり見かけない意匠だ。
「どうしたの、ミライさん?」
「いえ。少し、気になるものがありまして」
「時計、ですか……?」
「はい。古いものですが、面白い造りをしています」
「へえ。ミライさんって、時計が好きなの?」
「好きというより、仕事にしていると言った方が近いですね。実は、私の家は時計店なんです。今は営業再開の準備中ですが、普段は修理などをしています」
「ええっ!? 時計職人!? じゃあ、壊れた時計とかも直せるの!?」
「状態によりますが、修理できるものなら」
「おおーっ! まるで、忍者の秘密道具を作る職人さんみたい!」
「……時計と忍具は、少し違うと思いますが」
「いやいや! 忍具だって、精密な仕掛けが大事なんだよ!」
「もしや、ミライ殿はからくり忍具にもお詳しいのですか!?」
「いえ、そこまでは……」
お爺さんに教わったのは時計の修理で、忍具の作り方まで習った覚えはない。
「あ、あの……二人とも、ミライさんが、困ってしまいますから……」
「あっ、ごめんごめん! ちょっと興奮しちゃって!」
「申し訳ありません、ミライ殿!」
「いえ、お気になさらず」
悪気がないのは分かっているし、そこまで興味を持ってもらえるのは、むしろ嬉しいくらいだった。何かにつけて忍術の話へつながっていくあたり、二人の忍者好きは筋金入りだ。
店先の時計をもう一度だけ眺めてから、私は三人と歩き出した。
○
「そうだ! ミライさん、さっきの約束!」
通りの端の長椅子で一息ついていた時、ミチルさんが思い出したように声を上げた。
「約束、ですか?」
「ほら、私たちの動画! 後で見せるって言ったでしょ!」
「ああ、そうでしたね」
「ふっふっふ……それでは、ご覧あれ!」
ミチルさんが携帯電話の画面をこちらへ向け、再生ボタンを押す。『少女忍法帖ミチルっち』というチャンネル名の下で、忍装束のミチルさんが、妙に気合いの入った口上とともに登場した。
『忍びの道は一日にして成らず! 今日も今日とて、日々の鍛錬を積み重ね――』
……長い。
そう思ったけれど、隣のミチルさんが期待に満ちた目でこちらを見ているので、口には出さないでおく。
やがて画面の中のミチルさんは、煙玉とともに勢いよく姿を消した。次の場面では、木の陰から髪の一部がはみ出している。どうやら、隠れているつもりらしい。
「ど、どう? すごいでしょ?」
「……なるほど」
演出と実際の出来栄えには、少々差があるような気もする。それでも、イズナさんの身のこなしは見事なもので、画面の中でも彼女だけは終始真剣そのものだった。
時折カメラが慌てたように揺れるのは、撮影担当のツクヨさんだろう。今日見た光景と、それほど変わらない。
「それで!? どうだった!?」
「そうですね……皆さんが、とても楽しそうに活動されていることは伝わりました」
「そ、それって褒めてる!?」
「はい。少なくとも、嘘ではありません」
「なんか微妙に引っかかるー!」
頬を膨らませるミチルさんに、私は言葉を足した。
「……でも、素敵だと思いますよ。好きなことを、皆さんで一緒に続けられるというのは」
上手くいかない場面があっても、画面の中の三人は笑い合い、次の挑戦へ向かっていた。見ているこちらまで、少し頬が緩んでしまうような動画だった。
ミチルさんは目を瞬かせ、それから照れくさそうに笑った。
「……えへへ。そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいかも」
「部長殿! これからも、もっともっと修行を頑張りましょう!」
「あ、あの……私も、頑張ります……!」
「うん! もちろん! ……あっ、そうだ! 次の動画、ミライさんにも出てもらうのはどうかな!?」
「遠慮しておきます」
「即答!?」
○
それからも、私たちは裏京都の通りを歩き回った。
面白そうな店を見つければ立ち寄り、忍者に関係のありそうなものを見かければ足を止める。そのたびにイズナさんが嬉しそうに話へ加わり、ツクヨさんは二人に振り回されながらも、私がはぐれていないか時折確かめてくれていた。
そんな中、通りの向こうを歩く数人の妖怪が目に留まった。
買い物客とは、明らかに様子が違う。周囲を注意深く見回し、路地の奥まで覗き込みながら、何かを確かめるように歩いていた。少し離れた場所にも、似たような一団がいる。
「あれ? 今日も見回りの人、多いなあ」
私の視線を追ったミチルさんが、首を傾げた。
「いつもは、もっと少ないのですか?」
「うん。最近ちょっと増えてる気はしてたけど、今日は特に多いかも。……まあ、何かあったら知らせが来るだろうし、大丈夫じゃないかな!」
「そ、そう、ですね……」
ツクヨさんが困ったように笑う。周りの住民たちも、特に気にしている様子はなかった。
ところが、しばらく進んだ先では、通りに簡単な柵が置かれていた。数人の妖怪が、通行人を別の道へ案内している。
「あれ? あっちの道も通れなくなってる。こっちから行くと近道なんだけど……」
「むむっ! ならば、別の道を探しましょう!」
「そうだね。よーし、それじゃあこっち!」
ミチルさんはあっさり進路を変え、イズナさんも元気よく後に続いた。二人とも、深刻には考えていない様子だ。
それでも、あの見回りの目つきは、ただの夜回りにしては鋭すぎた。もっとも、初めて訪れた私には、それが普段とどれほど違うのか判断のしようもない。
「あっ! ナグサだ!」
ふいに、ミチルさんが声を上げた。
指差した先には、香ばしい煙を上げる焼き鳥屋がある。暖簾の下の長椅子に並ぶ客の中に一人、見覚えのある姿の女性が座っていた。
御稜ナグサ。私の知識の中では、百鬼夜行の治安を担う、百花繚乱紛争調停委員会の一員だった人だ。忍術研究部の三人といい、裏京都には、私の知っている姿をした妖怪が少なからず暮らしているらしい。
「ナグサー!」
ミチルさんの声に、串を手にした女性がゆっくりと顔を上げた。
「……ミチル?」
「こんばんは! 今日は何してるの?」
「見れば分かると思うけど。……焼き鳥を食べてる」
「あはは! そうだよね!」
「こんばんは、ナグサ殿!」
「あ、あの……こんばんは……」
「うん。イズナとツクヨも、こんばんは」
ナグサさんは二人に軽く頷くと、私へ視線を向けた。
「そっちの子は?」
「今日、裏京都で知り合ったミライさん!」
「はじめまして。天童ミライといいます。実は、表の京都から迷い込んでしまいまして」
「……表から?」
「そうなんだよ! しかもミライさん、バイクで来たんだって!」
「ずーっと遠くから走ってきたそうです!」
イズナさんが、両手を大きく広げてみせる。
「……どこから?」
「駒王町からです。途中で、静岡の取引先にも寄ってきましたが」
「…………」
ナグサさんが、しばらく黙り込んだ。何かおかしなことを言っただろうかと思った頃、彼女は小さく息を吐いて、隣の空いた席へ目を向けた。
「……座ったら? それだけ走ってきたなら、お腹も空いてるでしょう」
言われてみれば、その通りだった。昼過ぎにサービスエリアで軽く食べたきりで、さっきの団子一本では、さすがに空腹は満たされない。
「……実を言うと、少し」
「なら、ちょうどいい」
ナグサさんは店主に声をかけ、何本か追加で注文してしまった。
「あの、お代は……」
「いいよ。私が誘ったんだから。それより、冷めないうちに食べた方が美味しい」
初対面の相手にご馳走になるのは気が引けたけれど、ここまで言ってもらって断るのも失礼だろう。
「……それでは、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
「うん」
三人も嬉しそうに、長椅子へ腰を下ろした。
○
運ばれてきた串は、どれも見事な焼き色をしていた。塩のものもあれば、甘辛いタレが絡んだものもある。
「まずは、これがいいと思う。焼きたてだから、気をつけて」
ナグサさんが勧めてくれたのは、鶏肉と葱を交互に刺したねぎまだった。
一口かじると、柔らかい鶏肉から肉汁が広がり、少し遅れて葱の甘みが追いかけてくる。余計な味つけがない分、素材の美味しさがよく分かった。
「……美味しいですね」
「でしょう?」
ナグサさんが、少しだけ嬉しそうに笑った。
「ここは焼き加減がちょうどいいんだ。外は香ばしいけど、中まで火を通しすぎてないから。それと、こっちのつくねもおすすめ。タレとの相性がいい」
口数の少ない人だと思っていたのに、焼き鳥の話になった途端、言葉が次々に出てくる。
「よく、こちらへ来られるんですか?」
「時間がある時は。……焼き鳥、好きだから。特に焼きたてがいい。冷めても美味しいものはあるけど、やっぱり肉の食感が違うし……」
そこで言葉を切り、ナグサさんが私を見た。
「……どうかした?」
「いえ。随分とお好きなんだな、と」
「…………うん」
ふいと視線が逸れる。どうやら、照れているらしい。その様子が少し意外で、私は思わず口元を緩めた。
「ナグサって、焼き鳥のことになるとすっごく詳しいんだよ! ほかにも美味しいお店、いっぱい知ってるんだ!」
「イズナも以前、おすすめのお店を教えていただきました!」
「別に、詳しいわけじゃないよ。好きで食べてるだけだから」
「そこまで好きなものがあるのは、素敵なことだと思います。私も時計のことになると、つい長く話してしまいますので」
「……時計?」
「ミライさん、時計職人なんだって! 細かい機械を直せるんだよ!」
「へえ。……それなら、細かい作業が得意なんだね」
「得意かどうかは分かりませんが、好きではあります」
「……そっか」
そこで会話が途切れた。不思議と、気まずくはなかった。
ナグサさんはお喋りな人ではない。それでも、こちらが話しかければ丁寧に答えてくれるし、私の皿が空くたびに、さりげなく次の串を寄せてくれる。最初に感じた近寄りがたさは、いつの間にか消えていた。
「……もう一本、食べる?」
「いえ、さすがにそろそろ……」
「……そう」
少し残念そうにされてしまった。
「ナグサ、ミライさんはずっとバイクに乗ってきたんだから、あんまり食べさせすぎちゃ駄目だよ!」
「……そうだね」
それからしばらく、私たちは他愛のない話を続けた。忍術研究部の次の企画に、裏京都のおすすめの店、それから私の時計店のこと。
話題が変わるたびにミチルさんが身を乗り出し、イズナさんが真剣に頷き、ツクヨさんが控えめに言葉を添える。ナグサさんは聞き役に回っていたけれど、焼き鳥の話になった時だけは、自然と口数が増えていた。
「そういえばナグサ、最近忙しそうだよね? 前に会った時もちょっと疲れてたし。今日も見回りの帰り?」
「……うん。まあ、そんなところ」
「何かあったの?」
何気ない質問だったのだろう。けれど、ナグサさんはすぐには答えなかった。手元の串を皿へ置き、視線を落とす。
「……最近、少し立て込んでて」
「そっか。大変なんだね」
「うん」
それ以上、ナグサさんが話すことはなかった。ミチルさんも深く尋ねるつもりはないらしく、すぐに次の動画の話へ移っていく。
増えている見回りと、通れなくなっていた道。そして、見回りの帰りだというこの人の、どこか疲れた横顔。
何か関係があるのかもしれない。それでも、初対面の相手に仕事の事情を根掘り葉掘り尋ねるのは失礼だろう。私は残っていたお茶を一口飲んで、それ以上考えるのをやめた。
食事を終えて店を出ると、ナグサさんがこちらへ向き直った。
「それじゃあ、私はこの辺りで。まだ、用事が残ってるから」
「ナグサ、今日はありがとう!」
「ナグサ殿も、お気をつけて!」
「今日はご馳走になってしまって、ありがとうございました。どれも、とても美味しかったです」
「……それなら、よかった」
ナグサさんは小さく笑った。
「また京都に来ることがあったら、寄ってみて。ほかにも美味しい店、あるから」
「はい。その時は、ぜひ」
短く頷いたナグサさんは、三人にも軽く手を振って、夜の通りへ歩いていった。その背中はどこか疲れて見えたものの、足取りに迷いはない。おそらく、仕事へ戻るのだろう。
○
気づけば、裏京都の街はすっかり夜の賑わいに包まれていた。提灯の灯りが通りを照らし、露店からは相変わらず美味しそうな匂いが漂ってくる。いつまでも歩いていたくなる街でも、さすがにそろそろホテルへ向かわなければならない。
「皆さん、今日はありがとうございました。そろそろホテルへ向かわないと、先生方に心配をかけてしまいますので」
「あー、そっか。修学旅行だもんね」
「はい。おかげさまで、とても楽しかったです」
「えへへ! それならよかった!」
「イズナも、とても楽しかったです!」
「あ、あの……私も、です……!」
ほんの数時間前に会ったばかりとは思えないほど、三人とは自然に話せるようになっていた。まだ見ていない場所も、きっとたくさんある。
「……そういえば。皆さん、明日はお時間がありますか?」
「明日?」
「私はもともと修学旅行に参加する予定ではなかったので、学校の班には入っていないんです。先生に確認は必要ですが、明日は自分で京都を見て回ろうと思っていまして」
「もしかして!」
「ええ。もしご都合がよろしければ、明日も案内していただけないでしょうか」
「もちろん! 大歓迎だよ!」
返事は、驚くほど早かった。
「部長殿! イズナもぜひご一緒したいです!」
「あ、あの……私も、明日は、特に予定がありませんので……」
「ありがとうございます。表の京都なら、どこがおすすめでしょう?」
「表京都? うーん、いろいろあるけど……あっ! 二条城はどうかな! あそこには、歩くと音が鳴る床があるんだよ!」
「……ああ、鶯張りですね」
「そう、それ! 忍者が忍び込んできても分かるように作られたって話があるんだ!」
「おおっ! それは素晴らしいです、部長殿! イズナも、ぜひ見てみたいです!」
「でしょ!? 忍者を目指すなら、一度は見ておかないと!」
鶯張りが本当に忍者対策なのかはともかく、二条城には私も興味があった。
「では、二条城へ行ってみましょうか」
「やったぁ!」
「あ、あの……それなら、近くの京都国際マンガミュージアムにも、行ってみませんか……? いろいろな漫画が、あるそうなので……」
「おおっ! それもいいね! 忍者の漫画もいっぱいあるかも!」
「そ、それから……錦市場も、おすすめです……。食べ物のお店が、たくさんあるので……」
「おおーっ! それは楽しみです!」
イズナさんが嬉しそうに声を上げる。今はナグサさんの焼き鳥でお腹がいっぱいで、食べ物の話を聞くだけで少し苦しいけれど、明日になればきっと食欲も戻っているだろう。
「では、二条城とマンガミュージアム、それから錦市場ですね」
「うん! 決まり!」
「あ、あの……待ち合わせの場所も、決めておいた方が……」
「あっ、そうだった!」
ツクヨさんの指摘で、私たちは連絡先を交換することにした。
「ふっふっふ……これで、いつでも連絡できるね! あっ、ついでに私たちのチャンネルも登録してくれない!?」
「……それは、もう少し動画を拝見してから考えます」
「ええーっ!? さっき見てくれたじゃん!」
「一本だけでしたので。ほかの動画も見てから判断したいと思います」
「うぅ……なかなか手強い……!」
「部長殿! ここは修行の成果を、もっともっと見ていただくしかありません!」
「そうだね! よーし、次の動画こそ、絶対に登録してもらうぞー!」
「あ、あの……頑張りましょう、部長……!」
妙に気合いの入った三人を眺めながら、私は小さく笑った。本当に、仲のいい三人だ。
○
スターゲイザーを停めておいた場所へ戻ると、愛車は何事もなくそこにあった。荷物を確かめ、ヘルメットを手に取る。
「こっちの通りから出れば、表の京都につながってるんだよ! この辺りの道はちょっと分かりにくいけど、慣れれば簡単だから!」
「……私が迷い込んだのも、そういう道だったのでしょうか」
「多分ね! でも、普通の人が入ってくるのは珍しいんだよ? だから最初に見た時、びっくりしちゃった!」
どうやって境界を越えたのか、私自身にも分からない。あの時の腕時計の異常が関係しているのかもしれない。ただ、今のところ確かめる方法はなかった。
三人に案内されて通りの端まで来たところで、ミチルさんが足を止めた。
「ここから先に行けば、もう表京都だよ!」
「ありがとうございます。助かりました」
「明日も楽しみにしております、ミライ殿!」
「わ、私も……楽しみに、しています……!」
「うん! また明日ね、ミライさん!」
「はい。皆さんも、どうかお気をつけて」
ヘルメットを被り、スターゲイザーに跨る。エンジンをかけると、聞き慣れた排気音が夜の通りに響いた。手を振る三人に軽く手を挙げて応え、教えてもらった道をゆっくりと進む。
提灯の並んでいた通りに、いつの間にか現代的な街灯が交じり始めた。木造の町家の間に見慣れた建物が姿を現し、行き交う姿からも、角や尻尾が消えていく。
速度を緩め、手首の腕時計へ目を向ける。
その秒針が、また一瞬だけ止まった。
そして、何事もなかったように動き出す。裏京都へ入る前と、そこから出たところで、一度ずつ。偶然と呼ぶには、少しばかり出来すぎている気がした。
ホテルに着いたら、もう一度動作を確かめてみよう。詳しい点検は、駒王町へ戻ってからでも遅くない。
「……本当に、不思議な場所でしたね」
ヘルメットの中で、小さく呟く。
長い道のりの疲れは、まだ身体に残っていた。それでも、裏京都で過ごした時間を思い返すと、自然と気持ちが明るくなる。
妖怪たちの暮らしを見られたことも楽しかったけれど、それ以上に、あの三人やナグサさんと知り合えたことが嬉しかった。
参加する予定のなかった修学旅行は、思いがけず賑やかなものになりそうだ。
道路標識を確かめ、京都サーゼクスホテルへ向けてスターゲイザーを走らせる。辺りはすっかり夜で、みんなもとっくにホテルへ戻っている頃だろう。
遅れて合流する私を、一誠たちはどんな顔で迎えるだろうか。
少しだけそれを楽しみにしながら、私は夜の京都を進んでいった。