渡月橋から戻った後、私たちはアザゼル先生の指示で、そのままホテルへ引き上げた。今夜の動きについては、改めて説明があるらしい。
とはいえ、ホテルでの時間は思っていた以上に普段どおりだった。夕食のバイキングには和洋中の料理が並び、周りでは明日の予定や買い忘れたお土産の話で盛り上がっている。
湯船に浸かっている間だけは、昼間の騒動を少し忘れられた気がした。明日は、いよいよ修学旅行の最終日だ。京都駅の周りでお土産を買ったら、もう帰ることになる。
伏見稲荷での出来事も、忍術研究部の皆さんと過ごした時間も、今日の映画村も、思い返せば随分と色々なことがあった。イズナさんには、撮った写真を後で見せてあげよう。
そんなことを考えながら髪を乾かし、一誠と使っている部屋へ戻ったところで、私は足を止めた。
部屋の中が、人でいっぱいだった。
グレモリー眷属とシトリー眷属の面々に、アザゼル先生とセラフォルー様まで揃って、畳に広げた京都の地図を囲んでいる。もちろん、全員が座れるほど広い部屋ではない。
部屋の隅に目を向ければ、押し入れの中からゼノヴィアとイリナが顔を覗かせていた。
「……この押し入れ、随分と人気ですね」
「おっ、ミライ。戻ったか」
「ええ。それで、私たちの部屋はいつから会議室になったんでしょうか?」
「細かいことは気にするな。場所が足りなかったんだよ」
悪びれる様子もなく笑うアザゼル先生に、それ以上は言わないことにした。荷物を端へ寄せて腰を下ろすと、隣のロスヴァイセ先生の顔色が、いつになく青白いことに気づく。
「ロスヴァイセ先生、大丈夫ですか?」
「……ええ。薬も飲みましたし、任務に支障はありません」
「その割には、随分とお顔の色が……」
「問題、ありません」
妙に力強く言い切られてしまった。昼間のことを思えば、あまり触れない方がよさそうだ。
「全員揃ったな。始めるぞ」
アザゼル先生の声で、ざわめきが収まった。
「まず状況だ。二条城と京都駅を中心に警戒を強めてる。こっちにいる悪魔と堕天使の関係者、それに妖怪連中にも協力してもらってな」
先生の指が、地図の上を滑る。二条城の周囲には、特に多くの印が書き込まれていた。
「英雄派は、あれから目立った動きを見せてない。ただ――京都中の気の流れが、二条城に向かって集まり始めてる」
京都は、古くから陰陽道や風水に基づいて造られてきた都市なのだという。各地の神社仏閣も、街全体に広がる大きな流れの一部として機能しているらしい。昨日訪れた伏見稲荷も、その一つなのだろう。
「放っておいたら、どうなるんですか?」
一誠の問いに、先生は珍しく難しい顔をした。
「正直、わからん。だが、ろくな結果にはならんだろうな。何しろ奴らが捕まえてるのは、京都の気脈を司る九尾の狐だ」
九重さんのお母様であり、京都の妖怪たちを率いる八坂様。その力を使って、英雄派は何をするつもりなのだろう。
昼間の曹操は、私たちが来ることを待ち望んでいるような口ぶりだった。今夜の実験は、私たちを誘い出すためのものでもあるのかもしれない。
「今夜の作戦だ。シトリー眷属は、ホテルと京都駅周辺の守りを頼む。ここには一般の生徒が大勢いるからな」
「はい!」
シトリー眷属の皆さんが、真剣な表情で頷く。
「グレモリー眷属とイリナは、二条城へ向かう攻撃役だ。目的は八坂姫の救出。全員を倒そうとするな。救出できたら、すぐに離脱しろ」
「わかりました」
答えた一誠の表情は、いつになく引き締まっていた。
先生はさらに、各地で『禍の団』と戦っている強力な助っ人を呼んであると付け加えた。誰なのかは、何度聞かれても「楽しみにしておけ」と笑うばかりだ。
「それと、悪い報せだ。今回使えるフェニックスの涙は三つだけだ」
「三つ!? 少なくないですか!?」
「俺だってそう思う。世界中でテロが起きてるせいで、どこも回復手段が足りてねえんだよ」
涙は二つがグレモリー側へ、一つがシトリー側へ渡された。それから先生は、匙さんへ視線を向ける。
「匙、おまえはグレモリーの連中と一緒に行け。ヴリトラの龍王形態は、こういう戦いでこそ役に立つ」
「俺が、ですか?」
匙さんは少し迷うような顔をした。ロキとの戦いで龍王形態を使った時のことを、気にしているのだろう。
「また制御が怪しくなったら、こいつに頼れ。前にも止めてもらっただろ?」
先生に肩を叩かれ、一誠が「えっ、俺ですか?」と目を丸くする。それでも、すぐに頷いた。
「……わかりました。匙が危なくなったら、俺が何とかします!」
「お、おう。頼むぜ、兵藤」
照れくさそうな匙さんから、私は地図へ目を戻した。
皆さんは、まとまって動いた方が連携しやすい。けれど相手が昼間と同じように《絶霧》で空間を隔ててくるなら、一方向からの接近だけでは対応しきれないかもしれない。それに、曹操は今夜、私の返事を聞くと言っていた。
「先生。私だけ、別の経路から二条城へ向かっても構いませんか?」
一誠をはじめ、何人かがこちらを振り向いた。
「スターゲイザーがありますから、移動には困りません。曹操は私に興味を持っているようでしたし、今夜、あそこで返事をすることになっています」
私は、地図の二条城を指さした。
「私が別口から向かえば、英雄派の注意を少しは割けるかもしれません」
「なるほどな……」
先生は腕を組み、地図と私の顔を見比べた。
「バイクなら別経路からの接近も難しくない。周辺の警戒も任せられるか。……だが、おまえ自身が狙われるぞ」
「それは、皆さんと一緒にいても変わらないと思います」
一誠が何か言いかけたけれど、それより先に先生が結論を出した。
「よし。ミライは別動隊だ。敵を見つけても無理に仕掛けるな、連絡を優先しろ。それと、おまえの目的も八坂姫の救出だ。曹操に付き合うためだけに、危険を冒すんじゃねえぞ」
「……はい」
もっともな話だった。曹操にどう答えるかは、私自身の問題だ。けれど、それを九重さんと八坂様のことより優先するつもりはない。
「大丈夫か、ミライ?」
隣から、一誠が小声で尋ねてきた。
「ええ。一人で全部何とかしようという話ではありませんから」
「……ならいいけどさ。無茶すんなよ?」
「一誠こそ。私より先に突っ込んでいかないでくださいね」
「うぐっ……」
思い当たる節があるらしく、一誠が言葉に詰まる。近くで聞いていたアーシアが、小さく笑った。
その後も先生は、京都の外周をセラフォルー様の指揮で各勢力が固めていること、部長たちがグレモリー領の暴動への対応で来られないことを、手短に伝えた。
「以上だ。一時間後までに持ち場につけ。何か見つけたら必ず連絡しろ。独断で突っ込むんじゃねえぞ」
一度言葉を切り、先生は口調を少しだけ改めた。
「それから、全員ちゃんと帰ってこい。修学旅行ってのは、家に帰るまでが修学旅行だからな」
「はい!」
揃った返事が、狭い部屋に響いた。
○
支度を済ませてロビーへ降りると、テーブル席で一誠がアザゼル先生と話していた。その手には、赤い宝玉が握られている。
「一誠、それは?」
「あ、ミライ。新幹線で俺から飛び出してったやつが、戻ってきたらしくてさ」
「……ああ。あの箱の中身、ですか」
確か、一誠自身の可能性に関わるものだったはずだ。けれど、どうして京都で見つかったのかを尋ねようとすると、一誠は妙に複雑な顔になった。
「いや、その……色々と」
「ミライ。悪いことは言わん。その件は、詳しく聞かない方がいい」
なぜか、アザゼル先生まで疲れた顔をしている。
「……わかりました。聞かないことにします」
「助かる……」
心底ほっとした様子の一誠に首を傾げつつ、私は近くの椅子に腰を下ろした。一誠は宝玉をしまうと、思い出したように顔を上げる。
「そうだ、先生。曹操って、歴史だとどんな人だったんですか? 昼間の奴じゃなくて、三国志の方です」
「おまえは、どんな奴だと思ってる?」
「えーっと……劉備の敵で、悪い奴、みたいな?」
「まあ、『三国志演義』だとそういう印象だろうな」
先生は苦笑した。歴史上の曹操は非情な行いもしたけれど、優れた政治と軍事の手腕を持ち、何より人材の登用に長けていたのだという。
「生まれや立場に関係なく、才能がありゃ引き上げた。……皮肉なことに、今の曹操も人材集めは得意らしい」
先生の表情が、少し険しくなる。
「ただし、あいつが目を向けるのは人間だけだ。英雄の血筋や神器持ちを集めて、中には拉致や洗脳で引き込まれた奴もいるって話だ」
「……洗脳、ですか」
「才能を見つけることと、本人の意思を無視して使うことは別だろ?」
昼間の曹操は、少なくとも私には友好的だった。返事を保留にしたことにも、結論を迫ってはこなかった。けれど、あの笑顔と、英雄派がしてきたことは、切り離して考えなければならない。
「……人間、か」
一誠が、小さく呟いた。
「俺たちって悪魔じゃないですか。で、相手は人間で……なんか、変な感じだなって。もちろん、悪いことしてるなら止めます。八坂さんを攫ったのだって許せないし。ただ、あいつら英雄派を名乗ってるでしょう?」
一誠は顔を上げ、まっすぐ先生を見た。
「先生。そもそも、英雄って何なんですか?」
先生は少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「特別な力や才能を持っていて、大きな功績を残した奴。……一般的には、そんなところだろう。神器持ちなんかは、生まれた時から英雄になれる可能性を与えられてるとも言える」
そこで一度、言葉を切る。
「だが、力を持って生まれたからって、英雄になれるとは限らねえ。それを何に使うかは、本人次第だ」
……本人次第。
その言葉が、妙にはっきりと耳に残った。与えられた力がどれほど大きくても、それだけで、その人が何者になるのかまで決まるわけではない。
「そう考えると、俺って英雄とは正反対かもしれませんね。何しろ悪魔ですし」
「別に、そんなことはねえさ。……ところで、おまえは何になりたいんだ?」
「そりゃあ、上級悪魔になってハーレム王ですよ!」
迷いも遠慮も照れもない即答に、私は思わず口元を押さえてしまった。
「ぶはっ! おまえ、本当にぶれねえな!」
「当然です! 俺の夢ですから!」
「だったら、それでいいじゃねえか。英雄になれるかどうかなんて、気にする必要はねえ」
「……あ」
一誠は目を瞬かせ、自分の手を見下ろして、ゆっくりと握りしめた。
「……そうですよね。俺、別に英雄になりたいわけじゃないんだ。九重の母ちゃんが攫われて、あいつが困ってる。だったら、助けに行けばいい。それだけなんですよね」
「ああ。小さな女の子が泣いてるんだ。放っておく理由なんてねえだろ」
「はい!」
先生に頭を乱暴に撫でられ、一誠は少し嫌そうな顔をした。それでも、その手を振り払おうとはしなかった。
「そういや、ミライ。おまえはどうなんだ?」
不意に、先生がこちらを向いた。
「……私、ですか?」
「ああ。おまえは何になりたい?」
昼間、曹操に向けられた言葉が一瞬だけ頭をよぎる。けれど、答えはそれほど難しくなかった。
「……時計屋です。お爺さんから引き継いだお店を、これからも続けていきたいので」
先生は一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。
「そうか、時計屋か。いいんじゃねえか? おまえらしいぜ」
「だよな! ミライが時計屋やめたら、俺の目覚まし時計、誰に直してもらえばいいんだよ!」
「……一誠。あの時計を、壊すつもりなんですか?」
「いやいや! そういう意味じゃねえって!」
「でしたら、大切に使ってくださいね。あれ、結構手間がかかったんですから」
慌てて両手を振る一誠に、つい笑ってしまった。
止まってしまった時計を直して、もう一度、針が進めるようにする。そこに英雄という肩書きは要らない。私が、そうしたいと思っている――今は、それで十分だった。
○
出発の時刻が近づくと、ロビーには二条城へ向かう皆さんが集まり始めた。シトリー眷属の方々が匙さんを囲み、心配そうに、あるいは冗談めかして声をかけている。
その輪の外に、小さな人影があった。
「……九重さん?」
妖怪側の護衛らしい方々に付き添われて、九重さんがこちらへ歩いてくる。その表情は、昼間よりもずっと硬かった。
「赤龍帝。妾も、二条城へ連れていってほしいのじゃ」
「九重!? いや、でも危ねえって」
「分かっておる。足手まといになるかもしれぬことも。……それでも、母上を最初に迎えるのは、妾でありたい」
小さな拳が、着物の袖の中で握りしめられていた。一誠が困ったようにアザゼル先生を振り返る。先生は護衛の方々と短く言葉を交わし、やがて頭を掻いた。
「……妖怪側の了承は取ってある、か。仕方ねえ。ただし、アーシアのそばから絶対に離れるな。それが条件だ」
「うむ! 約束する!」
九重さんは大きく頷くと、それから私の方へ向き直った。
「ミライ。母上を取り戻したら、約束どおり京を案内してやろう。おぬしには、まだ見せておらぬ場所がたくさんあるのじゃ」
「……楽しみにしています。ですから、九重さんも無茶はしないでくださいね。お母様と一緒に、案内してもらえるように」
「約束じゃぞ」
「はい。約束です」
差し出された小さな手を、そっと握る。母親を失うかもしれない不安を抱えながら、それでも前を向こうとしているこの子との約束を、守りたいと思った。
九重さんがアーシアのもとへ駆けていくと、裕斗が一誠の隣へ歩み寄った。
「一誠君。今夜は、君に僕たちの指揮を任せたい」
「……へ? いや、俺なんかが部長の代わりでいいのか?」
「昼間の戦いでも、君は僕たちに指示を出してくれただろう? それに、将来は自分の眷属を持つつもりなんだろうし」
「私も異論はない。イッセーが指示を出す方が動きやすい」
「でも、一人で飛び出していくのは駄目なんだからね!」
ゼノヴィアとイリナが続き、アーシアとロスヴァイセ先生も、賛成するように微笑んでいる。一誠はしばらく黙っていたけれど、やがてゆっくりと頷いた。
「……わかった。絶対に八坂さんを助けて、全員で帰ろうぜ!」
仲間たちの声が、それに応える。一誠には信じてついていく仲間がいて、一誠自身も彼らを信じている。私が別動隊として動く間も、きっと大丈夫だろう。
「ミライ、そっちは任せたぜ」
こちらへ歩いてきた一誠に、私は小さく笑みを返した。
「はい。一誠たちも、気をつけてください」
「おう! みんなで帰ろうな」
「……ええ。必ず」
○
駐車場の片隅で待っていたスターゲイザーに跨り、ヘルメットを被る。エンジンを始動させると、低く力強い音が夜の空気を震わせた。
向かう先は、二条城。八坂様が囚われ、曹操が私の返事を待っている場所だ。
夜の京都は、昼間とはまるで違う顔をしていた。街灯に照らされた道路を車が行き交い、歩道には仕事帰りの人や、夕食を終えた観光客の姿がある。信号で止まるたび、建物から漏れる明かりがシールドに映り込んだ。
悪魔の技術をふんだんに取り入れたこの車体なら、街中などすぐに抜けられる。けれど今は、必要以上に速度を出すつもりはない。
異変に気づいたのは、いくつ目かの交差点を過ぎた頃だった。
街灯の光が、白く滲んでいる。薄い靄はやがて霧になり、道路の先にある信号の輪郭さえ曖昧にしていった。
速度を落とすと、前を走っていた車のテールランプが霧の向こうへ消え、それきり二度と見えてこなかった。
対向車も来ない。歩行者の声も、他の車の音も、いつの間にか途絶えている。自分のエンジン音だけが、やけにはっきりと耳に届いた。
……また、だ。
昼間、渡月橋で味わったものと同じ、不自然な静けさ。ゲオルクの《絶霧》だろう。けれど今回は、霧の向こうから誰かが呼びかけてくる様子はない。
どうやら、歓迎されているらしい。
進路は変えずに走り続けると、やがて霧が薄れ、広い交差点が見えてきた。堀川御池。二条城は、もう目と鼻の先だ。
私は、アクセルを緩めた。
交差点の向こうに、人影があった。道路の中央に数人、その左右にも別の集団がいて、脇道や建物の上にまで立っている。気づけば、後方からも複数の足音が近づいてきていた。
偶然集まった人たちではない。どの方向へ動いても対応できる、隙のない配置だった。
交差点の手前でスターゲイザーを止めたけれど、エンジンは切らなかった。正面の集団から、一人の青年が歩み出てきた。歳はそれほど離れていないように見えるけれど、身のこなしからして戦い慣れているのだろう。
「よう。あんたが天童ミライだな?」
「……そうですが。どちら様でしょうか」
「英雄派の者だよ。曹操さんから話は聞いてる。赤龍帝が《覇龍》になった時、人間の身であいつを圧倒したんだって?」
……その話まで、伝わっているのか。
「あんたからの返事、曹操さんは今夜聞くつもりなんだろ? まあ、どうせ断るつもりなんだろうけどさ」
「…………」
「だったら、その前に一度くらい手合わせしておきたくてな。あの人がそこまで気にする相手なんて、そうそういないんだぜ?」
青年の表情には、私を憎んでいる様子も、必要以上に敵視している様子もない。むしろ、珍しい相手と戦える機会を楽しみにしているようにさえ見えた。
「……随分と大勢でいらっしゃるんですね」
「まあな。相手は赤龍帝を圧倒した女の子だ。中途半端な人数じゃ失礼だろ?」
青年は、背後の仲間たちへ目を向けた。
「八人ずつ、八つのチーム。合わせて六十四人だ。それと、一つ教えておいてやるよ」
その笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「ここにいる六十四人、全員が《禁手》に至ってる」
ヘルメットの内側で、私は静かに息を吐いた。
神器の力の、さらに先にある到達点。そこへ至った人間が、六十四人。人数だけでも異常なのに、全員がそうだというのなら、話はまるで変わってくる。
これだけの戦力を、たった一人の相手に差し向ける。それも、私の実力を試すためだけに。曹操は、一体どれほどの人間を従えているのだろう。
……どうやら私は、昼間に会ったあの青年のことを、まだ何も知らないらしい。
「……随分と豪華な歓迎ですね」
「だろ? こっちも、それなりの準備をしてきたんだ」
青年が、背後へ片手を上げた。
その瞬間、交差点のあちこちで、異なる力の気配が一斉に膨れ上がった。
正面の数人の身体を装甲が覆い、手にした武器が形を変える。隣では別の青年が光をまとい、後方の地面には複雑な紋様が広がっていく。
道路の左右から、建物の上から、そして背後から。霧に包まれた交差点が、別の世界へ塗り替えられていくようだった。
想像していたよりも、ずっと面倒な相手らしい。
けれど、引き返すつもりはなかった。今夜、二条城には一誠たちと九重さんが向かっている。ここで足を止めているわけにはいかない。
アクセルに指を添えると、エンジンが低く唸り、車体がわずかに震えた。
「それじゃあ、始めようか」
青年が楽しそうに笑う。正面の戦闘員の一人が腕を振り上げ、その手に集まった光が、鋭い槍の形へ変わっていった。
ハンドルを握り直す。
次の瞬間、光の槍が放たれた。