光の槍が、真っ直ぐこちらへ迫ってくる。
避けるべきか、一瞬だけ考えた。けれど、左右の路地にも建物の上にも、すでに人影が控えている。避けた先に何が待っているのかは、見なくても想像がついた。
だから、アクセルを開いた。
Rocket ON
背後で噴射音が弾け、スターゲイザーが前へ跳ぶ。ヘルメットの上に、紫のヘイローが浮かび上がるのが分かった。
光の槍が、カウルの正面で砕け散った。散った破片が両脇をかすめていくけれど、車体には傷一つない。
同時に、左右の路地とホテルの屋上から、いくつもの攻撃が降り注いだ。炎、氷の礫、圧縮された風。そのどれもが、誰もいない場所を撃ち抜いていく。
……やはり、そうだ。
右へ避けていれば右を、左へ避けていれば左を。最初から、避けた先を撃つように配置されていた。
正面では、前衛の二人が武器を構え直し、その後ろで防御役らしい青年が光の盾を広げている。背後からは、別の一団の足音が迫っていた。
スターゲイザーのカウルが左右に開き、普段は隠している機関銃がせり出す。狙いは、盾と足元だけ。乾いた連射音が交差点に響き、前衛の二人がたまらず跳び退いた。
片手で、ハンドル脇の通信機に触れる。
「こちらミライ。堀川御池で英雄派と接触――」
返ってきたのは、ノイズだけだった。霧が、外との繋がりまで断っているらしい。連絡を優先しろと言われていたのに、これでは伝えようがない。
顔を上げる。正面、背後、左右、そして頭上。人影の動きには、一切の迷いがなかった。号令をかけた様子もないのに、一人が動けば、その穴を別の誰かが埋めていく。
それどころか、誰一人として声を出していなかった。目配せすら交わさないまま、六十四人の動きが噛み合っている。
六十四人の集団ではない。これは、一つの軍隊だ。
まずは、正面の盾を抜ける。ロケットの噴射を保ったまま、もう一つのスイッチを起動した。
Drill ON
前輪の先に、螺旋を描く金色の穂先が形を成す。回転音が噴射音に重なり、スターゲイザーは光の盾へ真正面から突き刺さった。
盾に亀裂が走り、次の瞬間には砕け散る。勢いのまま前衛の間を抜けると、弾かれた二人が路面を転がっていった。手加減はしている。起き上がれないだけで、命に別状はないはずだ。
交差点を抜けた途端、左右に影が並んだ。脚に光の翼を生やした者、路面を滑るように走る者。高機動型の四人が、スターゲイザーの速度にぴたりとついてくる。
右の一人が、光の翼を羽ばたかせて間合いを詰めてきた。振り抜かれた踵を車体を傾けてかわすと、今度は左の一人が、路面すれすれから足を払いにくる。二人が交互に仕掛けてくる間合いに、わずかなずれもない。
Smoke ON
車体の後方から紫煙が噴き出し、一瞬で視界を覆った。その隙に速度を上げ、四人を背後へ置き去りにする。
狙うのは、交差点の北東に建つホテルだ。一番高いあの建物の屋上から、さっきから遠距離攻撃が降ってきている。あそこを放っておく限り、どこへ逃げても頭上を取られる。
Winch ON
Aero ON
ホテルの外壁へワイヤーを打ち込み、車体を振り子のように振り上げる。風をまとった車輪が壁面を捉え、スターゲイザーはそのまま垂直の壁を駆け上がった。窓の列が、足元を次々に流れていく。
屋上の縁を越えた瞬間、射撃部隊が一斉にこちらを振り向いた。弓、砲、光を束ねる籠手。形の違う神器が、すべて私を向いている。
片手を背へ回し、その場でアストラノヴァを生成する。素材のない、即席の砲だ。
引き金を引くと、放たれた光が並んだ神器をまとめて薙いだ。弓が折れ、砲身が砕ける。けれど、狙いがわずかに散った。ただ一人、掠めただけで籠手を構え直している者がいる。
……やはり、即席では精度が足りない。
Elek ON
機関銃で籠手を弾き、その手首へ出力を絞った放電を走らせる。青年は短く呻き、膝から崩れ落ちた。
即席の砲を霧散させ、屋上の縁から飛び出す。エアロの風を受けた車体は空中で向きを変え、背後を塞いでいた一団の、さらに後ろへ着地した。
不意を突かれた一団の陣形が崩れ、包囲の一角に穴が開く。
……いける。
そう思った直後だった。
敵の動きが、変わった。さっきまで車体を止めようとしていた攻撃が、一つもスターゲイザーを狙ってこない。狙われているのは、私の進む先と、私自身だった。
再び煙幕を張る。けれど、煙の外にいた一団が、まるで中が見えているかのように正確な射撃を撃ち込んでくる。
Stealth ON
姿を消しても、同じだった。エンジンの振動か、路面に伝わる重みか。何を拾われたのかは分からないけれど、進路の先にはもう半透明の壁が立っていた。エアロで飛び越えようとした頭上にも、網のような障壁が張られている。
スイッチを替えるたびに、別の一団が、最初から知っていたかのように応じてくる。
……おかしい。
煙の中を見た者はいない。消えた私を見た者もいない。それなのに、全員が、私の居場所を知っている。そもそも、この人たちは声も合図も使っていない。まるで、誰か一人が見たものを、全員が同時に見ているかのように。
考える間もなく、御池通に半透明の壁が次々と立ち上がった。並木を挟んだ広い通りが、見る間に一本の通路へ変えられていく。壁を張っているのは、歩道の端に立つ一人の青年だった。あの人が、道そのものを組み替えている。
通路の出口で、路地から人影が飛び出した。道路より一段低い堀川の遊歩道からも、別の一団が這い上がってくる。
四方から、遠距離攻撃が私一人に集中した。
車体は傷つかない。けれど、私の身体はそうはいかなかった。
肩に、脇腹に、背中に。ヘイローが衝撃を受け止めても、骨の奥まで響く痛みまでは消してくれない。熱い。重い。息が詰まり、ハンドルを握る指がわずかに緩む。
その一瞬を、見逃してはもらえなかった。
足元のアスファルトが割れ、黒い鎖が噴き出した。鈍い光沢を帯びた、指ほどの太さの鎖だ。前輪に、後輪に、そしてハンドルを握る左腕に、蛇のように絡みつく。スターゲイザーが、その場に縫い止められた。
Fire ON
炎で焼き切る。けれど、切れた端から、鎖は何事もなかったように再生していく。路地の奥で、地面に手をついた青年がこちらを見ていた。
動けない私へ向かって、四方の攻撃が収束する。
――組み替える。
スターゲイザーの車体が、光の粒子に解けた。車輪を縛っていた鎖が、締める相手を失って宙を泳ぐ。粒子は私の背中へ集まり、長大な砲身を形作っていく。
けれど、左腕の鎖はまだ残っていた。
身体を捻り、絡んだ鎖を逆に握り込んで、放電を流し込む。電流は鎖を伝って地面を走り、その先の青年へ届いた。短い悲鳴とともに、締めつけが一瞬だけ緩む。
その隙に腕を引き抜き、両腕でアストラノヴァを抱え直した。狙うのは、通路の壁の根元。障壁を支えている光の核だ。
撃ち抜いた瞬間、壁が音を立てて崩れ落ちる。すぐにバイク形態へ組み戻し、崩れた隙間から通路を抜け出した。
背後では、もう立て直しの気配がしている。一団が崩れても、すぐに別の一団がその穴を埋めてくるのだ。
走りながら、目を凝らした。
さっきから、引っかかっていることがある。どの一団も、攻撃に移る直前に、決まった一人が小さく反応しているのだ。顔を上げたり、手にした杖や宝玉が淡く光ったり。その一人が動いた直後に、一団の全員が一斉に動く。
八つの一団に、一人ずつ。
あの八人が、何かで仲間たちを繋いでいる。だから六十四人が、一つの身体のように動ける。
仮説は立った。あとは、確かめるだけだ。
Radar ON
左腕に、レーダーの表示が展開される。霧の中に散らばる、六十四の反応。そのほとんどは、それぞれの神器の強さに応じて、ばらばらに明滅している。
けれど、八つだけが違った。
八つの反応が、まったく同じ周期で脈を打っている。そしてその脈は、八つのうちの一つ――交差点の南西、一番奥にいる一人の脈に、ぴたりと揃っていた。
当たりだ。八人が仲間を繋ぎ、その八人を、あの一人が束ねている。
なら、やることは決まった。八人の手元にある神器だけを、本人たちを傷つけずに撃ち抜く。散らばった八人を、この距離で、一度に。即席の砲では、さっきのように狙いが散る。
だから、まずは全員の目を私に集める。
アクセルを開き、歩道の端に立つ障壁使いの青年へ、真正面から突っ込んだ。
彼が慌てて、今までで一番厚い壁を張る。前衛が左右から迫り、地面からは再び鎖が伸びてくる。六十四人の意識が、一斉に私一人へ向くのが分かった。
壁まで、あと数メートル。
風をまとって、真上へ跳んだ。
鎖が空を掴み、前衛の刃が何もない空間を薙ぐ。霧の夜空へ向かって、スターゲイザーが高く昇っていく。
最高到達点で、車体を解いた。
光の粒子が背中へ集まり、さっきの即席とは比べものにならない密度で、砲身が組み上がっていく。悪魔の技術の集大成である車体を、丸ごと素材にした砲。今の私に組める、最高精度のアストラノヴァだ。
眼下に、交差点のすべてが見えた。
Radar ON
Launcher ON
レーダーが八人の手元を捉え、砲身の脇に展開したランチャーから、七発の小型ミサイルが放たれた。白い尾を引きながら、霧の中の七つの光へ吸い込まれていく。
同時に、引き金を引いた。アストラノヴァの光が一直線に伸び、南西の奥の一人が掲げた宝玉だけを撃ち抜く。
八つの爆ぜる音が、ほとんど同時に響いた。
落下しながら、砲をバイク形態へ組み戻す。車輪が路面を捉え、私は交差点の中央へ着地した。
六十四人の動きが、乱れた。
高機動型の二人が正面からぶつかり、遠距離攻撃の射線が味方の頭上をかすめる。誰もが一瞬、隣にいる仲間の位置を見失っていた。
けれど、それは長く続かなかった。
「声を出せ! 隊ごとに固まれ!」
どこかの前衛が叫ぶと、ばらばらだった人影が少しずつ寄り集まっていく。繋がりを失っても、目と耳だけで陣形を組み直そうとしている。《禁手》に至った人たちは、連携がなくても弱くはないのだ。
立て直しが終わる前に。今しかない。
Rocket ON
Aero ON
Winch ON
Elek ON
四つの音声が重なり、稲妻をまとったスターゲイザーが爆ぜるように飛び出した。
交差点の中心から、外側へ。路面を蹴り、壁を駆け上がり、遊歩道へ飛び降りて、また壁を登る。信号柱にワイヤーを打ち込んでは車体を振り回し、街灯を軸に何度も鋭く切り返す。私の軌跡が、霧の中に光の螺旋を描いていった。
正面で、高機動型の二人が並んで構え直した。また、あの交互の間合いで来るつもりだ。
けれど、今の二人の間には、さっきまでの噛み合いがない。わずかに早く踏み込んだ一人の脇を抜け、遅れたもう一人の背中へ、すれ違いざまに放電を流す。
頭上からは、砲を構えた一団が狙いをつけてくる。ワイヤーを電柱に打ち込み、振り子のように弧を描いて射線の外へ逃れる。その遠心力のまま一団の只中へ飛び込み、車体を横滑りさせながら、手元の武装を順に弾き飛ばした。
すれ違うたび、放電を流す。装甲の継ぎ目に、むき出しの首筋に、神器を握る手元に。一人ひとりの身体つきを見て、そのたびに出力を絞る。倒れればいい。それ以上は要らない。
立て直しかけていた隊が崩れ、また次の隊が崩れる。背後を塞いでいた最後の数人を抜けた時、私は包囲の外へ出ていた。
ブレーキをかけ、振り返る。霧に包まれた交差点に、立っている人影はほとんど残っていなかった。
○
御池通を西へ向けて、スターゲイザーを走らせる。この先を曲がれば、二条城はすぐそこだ。
そう思った時、右側に影が並んだ。
「――まだ、俺が残ってるぜ」
最初に私へ声をかけてきた、あの青年だった。
両脚を覆う装甲が、銀色に輝いている。彼は走っていた。バイクと並んで、自分の脚だけで。
頬には擦り傷が走り、肩で息をしている。仲間との繋がりも、もうないはずだ。それなのに、その目は少しも揺らいでいなかった。
急旋回する。彼も同じ角度で曲がってくる。加速すれば、さらに速度を上げてぴたりと横に並ぶ。
蹴りが、車体の側面を打った。重い衝撃に、スターゲイザーの進路がわずかに逸れる。二度、三度と、そのたびに私は体勢を立て直さなければならなかった。
機関銃で牽制しても、彼は射線を読んで半歩ずつ外してくる。ワイヤーで急に軌道を変えても、壁を蹴ってまた横へ戻ってくる。
速い。繋がりがなくても、この人は速い。仲間の目を借りずに、自分の目と脚だけで、ここまで追ってくる。このまま並走を続ければ、いずれ押し負ける。
前方に、信号柱が見えた。
そこへワイヤーを打ち込み、車体を百八十度振り回す。タイヤが路面を削り、私は彼へ真正面から向き直った。
「いいね、そう来なくちゃ!」
青年が笑い、踏み込んだ。銀の脚が、車体の正面へ振り抜かれる。
その踏み込みを、待っていた。
蹴りが届く寸前で、スターゲイザーを解く。彼の脚は、何もない空間を薙いだ。
体勢を崩した彼の足元へ、組み上がったばかりのアストラノヴァを向ける。狙うのは本人ではない。脚の装甲と、その下の路面だ。
光が弾け、銀の装甲が砕け散った。路面ごと跳ね上げられた青年は、数メートル先のアスファルトに背中から落ち、そのまま動かなくなった。
「……っは、ははっ……参った」
かすれた笑い声が聞こえた。
バイク形態に戻したスターゲイザーを押し、倒れたままの青年のそばで止まる。装甲を失った脚では、もう立ち上がれそうになかった。
「……一つ、聞いてもいいでしょうか」
「勝った奴の質問なら、少しくらい答えてやるさ」
「どうして、そこまで曹操に従うんですか?」
青年は、霧の向こうの夜空を見上げた。
「……ガキの頃に、この神器が目覚めたんだよ。脚が勝手に速くなって、止まれって思っても止まらなくてさ。近所の塀を何枚もぶち抜いた」
彼は、自嘲するように笑った。
「それからは化け物扱いだ。親も周りの連中も、俺を怖がった。……当然だよな。自分でも、自分が怖かったんだから」
「…………」
「そんな時に、曹操さんが来た。俺の脚を見て、『その力は呪いじゃない。俺たちには、キミが必要だ』ってさ」
彼の声が、少しだけ柔らかくなった。
「誰にも必要とされなかった力を、あの人は必要だって言ってくれたんだ」
すぐには、何も言えなかった。
アザゼル先生は、英雄派には拉致や洗脳で引き込まれた人もいると言っていた。けれど、目の前の人の声には、嘘をついている響きがなかった。
「……それは、あなたが自分で選んだことですか?」
青年は少しだけ目を見開き、それから迷いなく頷いた。
「ああ。俺が選んだ」
そして、少し声を落とす。
「……全員がそうだとは言わねえよ。ろくでもない連れて来られ方をした奴だっている。それでも、少なくとも俺は――俺たちの隊の連中は、自分で選んでここにいる」
彼は、まっすぐに私を見た。
「だから、俺たちにとって曹操さんは英雄なんだよ」
昼間、曹操がその言葉を口にした時、私はそれを、自分の知っているヒーローとは違うものだと思った。その考えは、今も変わらない。九重さんのお母様を連れ去った人たちのしていることを、許すつもりもない。
けれど、この人が救われたことも、きっと嘘ではない。
……あの未来の世界でも、幸せにされた人たちは、きっと私のことをそう呼んだのだろう。
「……急げよ」
青年が、顎で北西を示した。
「曹操さんは、二条城だ。今頃、赤龍帝たちは幹部連中とやり合ってる」
「……ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはねえよ。負けたんだからな」
青年はそう言って、目を閉じた。
腕時計に目を落とす。交差点に着いてから、思っていたよりもずっと時間が経っていた。
スターゲイザーに跨り、エンジンをかけ直す。低い唸りが、静まり返った御池通に響いた。
誰かにとっての英雄は、別の誰かにとっての敵にもなる。……私は、それを知ってしまった。
アクセルを開く。霧の奥に、二条城の影が浮かんでいた。