あと一、二話幕話を書いていく予定です。
西日の光をガラス窓越しに浴び、グランは思わず目を細める。春の暖かな日の光がグランを包み、同時に体が暖かくなっていく。
窓の外を眺めていたグランの耳に、小さくドアを叩く音が伝わる。次いで部屋の扉が開かれ、
「グラン団長。お身体の具合はいかがでしょうか?」
「もう大丈夫だ。正直、こんなにも手厚く治療しなくてもよかったんだが」
「そのようなわけにはいきません。怪我の度合い関係なく、誰であっても適切に治療するのが私の責務です」
「君は変わらないな、アミッド」
この部屋を手配してくれた彼女の言葉に、グランは感心しそう呟いた。
グランがいる部屋は、【ディアンケヒト・ファミリア】治療院の病室。
アミッド・テアサナーレ。
【
「……グラン団長。
ベットに背を預けるグランを検診するアミッドが、険しい顔付で尋ねる。その表情を見たのは今日で二回目。グランがここに訪れた時のことだった。
「グラン団長がここまでの傷を負う相手など……まさか……!」
熟慮するアミッドが紫紺の瞳を丸くし声を荒げる。彼女はきっと、グランが戦った存在に気付いたのだろう。むしろ、地上でグランと戦える相手など一人しかいない。そんな彼女に対し、グランは冷静に言葉をかける。
「アミッド。このことはどうか、他言無用で頼む。今私がここにいることは、まだ周囲に知らされていない。下手に話を広めれば、大事になるのは間違いない」
オッタルとの戦闘後、グランは主神のハトホルにだけ事の顛末を伝え、この治療院に足を運んだのだ。血にまみれた体を隠す為長衣を纏い、アミッドのもとを訪ねた。グランの怪我をみたアミッドは驚愕していたが、迅速な行動を見せグランの治療を開始し、今に至っていた。
頭を下げて秘密にして欲しいと頼むグランの意志を、アミッドは何も言わず頷き受け取っていた
「何が起こっていたのか、私には想像もつきませんが……そうおっしゃるのでしたら、私はこの口を閉ざします」
「すまない。君には迷惑をかけてしまう」
「私の方こそ、不躾に踏み込んでしまい申し訳ありません」
相手の意をくみ取り、その上で自分にも非があると告げる聖女に、グランは謝罪と感謝の言葉を伝えた。
「お身体の方は完治しています。これでしたら、退院しても問題ございません」
「ありがとう。早く帰らなければ、ネルティ達に怒られてしまう」
恥ずかしそうに笑うグランを見たアミッドが、少し気まずそうに話し始めた。
「……少し前のことですが、グラン団長に面会の方が来られています」
「面会?誰かを呼んだ覚えはないが……」
そう言い扉の方を確認したグランの表情が固まる。視界の先、美しい笑みを浮かべるネルティの姿。だがその瞳には笑っておらず、突き刺すような視線だけをグランに向けている。アミッドは、失礼します、と言い残し逃げるように去って行った。
「何があったか、ちゃんと話してよね。グラン」
「はい……」
妖精の放つ圧に負け、グランは体が小さくなる気持ちを感じながら、昼間の出来事を語って行った。ネルティにわざと伝えなかったハトホルを、グランは少しだけ恨んだ。そんなグランの口から語られた内容に、ネルティの顔付が変わっていった。
「神フレイヤが一連の犯人で、その狙いがベル……そんなことが起こっていたなんて」
「放たれたモンスターは全て、陽動だったのだろう。事実、死亡者はおろか怪我人すら存在しない……私は除いているが」
「オッタルが貴方を止めた理由も、神フレイヤの命令によるものね」
「ああ。全ては神フレイヤがベルを見届ける為。その中で私は、邪魔な存在だったのだろう」
グランならば確実にベルの助けに行くだろうと考えたフレイヤが、ベルの戦いを邪魔させないようオッタルを遣わしたのだ。そう予想するグラン達の考えは正しく、当たっていた。
「問題なのは、今後だ。神フレイヤは確実に、ベルに何かをするだろう」
「ええ。少なからず、何かしらの行動を起こすわね。それがあの子の為になってしまうのなら、私達が直接事を言うのは難しくなってしまう」
グラン達が表立ってフレイヤに申し立てても、仲のいいヘスティアの為に。と言ってしまえば、フレイヤに心酔する神々は口を揃えて支持するだろう。被害はなく、むしろ助けにしかなっていない。今後その状況を作られてしまえば、グラン達が間に入るのは厳しくなってしまう。
「今は、様子見しか出来ないわね」
「ああ。今回の件は大事にし過ぎていた。もし何かするにしても、暫くは大きく動くとは思えない」
「ハトホル様はどうするおつもりかしら?」
「あの方も、神フレイヤの動向を探るつもりだろう」
「これはもう、
まだ、眷属同士の争いならばグラン達にもやりようはあった。だが神が介入しているとなったら、グラン達もハトホルに頼らざる得ない。そんな状況に歯がゆさを感じてしまう。
二人の眷属は夕暮れが迫る空を見上げながら、同時にベルの未来を危惧していた。
都市の南端、煌びやかに輝く繁華街。夜を迎えた都市の景色でありながら、その街並みは昼間のように明るい姿を見していた。
窓の外を眺めれば、種族問わず多くの者が行き交い、冒険から帰ってきたであろう冒険者たちの姿が。誰もが笑みを浮かべ、楽しく、話の花を咲かせていた。
そんな繁華街の高級店酒場の一室にて、ハトホルは待ち合わせていたロキと杯を交わした。
「すまんな、こんな時間に呼び出して」
「気にしないでー。私の方もー、話したいことがあったしー」
杯を手にする女神達は、酒や料理を楽しんでいた。値を張るワインを水のように飲み欲し、ロキが話始める。
「気づいてると思うが、今回のフィリア祭の犯人はフレイヤや」
言葉を濁すことなく告げたロキに、ハトホルは杯の中身を口に運んだ。
「フレイヤの魅了以外、考えられないからね」
「そうや。ガネーシャの子もギルドの連中も全て、あの色ボケの魅了の仕業や」
フレイヤの美万物を魅了する。理性が太刀打ちできない力は、ある時は恍惚から放心状態に喚起させ、またある時は一方的に対象を美の虜にする。
「何より、外に出たモンスター共が誰も傷付けんかった。いや、何かを探し出そうと躍起で、他にもんに意識が向かなかった。そう言った方が当たっとる」
人を一度も襲うとしなかったモンスター奇行を指摘し、ロキは言い直した。
(フレイヤは最初から、ベルを探そうとしていた……)
グランにより裏で何があったか説明されたハトホルは、ロキの結論で改めて今回の事件の全容を理解した。
「どうしてそこまで知ってるのに、ギルドやガネーシャに何も伝えないの?」
普段のロキでならば、フレイヤの弱みなど骨の髄までしゃぶるに違いない。そんな女神が何の行動も起こしていないことに、ハトホルは尋ねる。
「あー、いや、ちょっとな……」
気まずそうに言葉を濁すロキの姿に、ハトホルはため息をつきながら再度尋ねた。
「もしかしてー、ロキの方が弱みを握られてるー?」
いつもの口調に戻ったハトホルの言葉に、ロキは、そうや……と死にそうな声で呟いた。
「ま、そういうことで、うちからは何にも言えん。逆にそっちは何もしないんか?」
「そうだねー」
「その感じやと、そっちも何かあるんやな」
自分はともかくハトホルが何もしないことに、ロキはハトホルにも裏があると隠すことなく口にした。ハトホルは何も答えず、口元を緩ませていた。
「ていうかー、その口ぶりだとー。ロキは直接フレイヤと話したのー?」
「ああ。ここに来る前にな。黙ってやる代わりに、色々聞いてきたわ……アイズが戦った、蛇と花が合体した見た目のモンスターのこともな」
「ネルティが戦ったモンスター……あれも、フレイヤが外に出したやつなの?」
「いや。それはほんまに知らんらしいわ」
さらっと答えるロキであったが、ハトホルからすれば予想外の答えだった。フレイヤでなければ、誰が己の眷属が戦ったモンスターを放ったのか。そして同時に思い出した。グランと共に聞いたモンスターの情報は全部で九匹。今話に出ていたモンスターなど、聞いたことがなかった。
「ロキも、脱走したモンスターの情報は聞いたよね?」
「ああ。それがどうし──そうや、アイズが戦ったモンスターの話なんて、ギルドの連中は話取らんかった!」
「そう。ギルドの子達が知らないなら、当然ガネーシャ達も知らない」
完全に未知のモンスター。神はおろか、日々ダンジョン攻略に励んでいる眷属達ですら知見のないモンスター。ハトホルの考えを聞いたロキは、口元に片手を当て思索する姿を見せる。
「そんな未知のモンスター。うちらは最近、他にも知ったやろ」
「うん。『深層』で発見されたあの二体」
芋虫型とアイズが討伐した女体型。どちらのモンスターも突如出現し、眷属達に牙を向けた存在。
「そう考えると、偶然の出来事とは思えんな」
「何かしらの関連性があるよね」
二柱の女神達は、少なくともこの三体のモンスターが関係していると結論付けた。この短期間に存在を確認し、その全てが敵対しているという事態。
「この件は、フィン達に話さんとな」
「私の方も、グラン達と相談しないと」
この先、事が大きくなる。神の感をもって判断した女神達は、早急に眷属達と話し合う必要性を互いに口にした。
「何か起っとるなら、間違いなくダンジョンなんやが……今んとこ、何も情報がないな」
「こうなると、私達は何にも出来ないからね。子供達に任せるしかないよ」
「せやな。歯痒い気分になるわ」
杯を手にしたロキが、糸目を小さく開き窓の外を眺める。ハトホルも視線を動かし、同じ夜空を眺める。
今作ハトホルF設定3。
今更ですが、今作ネルナッティはアイドルをしていません。
昔、一度だけなろうとしていましたが、当時の主人公がドン引きし、辞退しています。
その光景を、ハトホルは陰で見て笑っていました。