次回から本編を進めて行きます。
朝の喫茶手は静かで、客の姿も少なかった。カウンターの奥の店主は黙々と、カップを布で拭いている。隣に立つ店員が、原料である豆の準備をし、店内には香ばしいコーヒーの匂いが漂っている。
個室の席に案内されたグランは、対面に座っている人物に声をかけ席に座った。金髪の
「すまない、フィン。遅れてしまった」
「問題ないよ、僕も来たばかりさ。彼にも同じものを」
グランの謝罪を受け取ったフィンは近くの店員を呼び止め、自身が頼んだものを再度注文した。注文を受け取った店員は、頭を下げカウンターの方に向かっていった。すぐさま運ばれてきたコーヒーをグランは受け取る。
「ハトホル様から昨晩ことは聞いている。その件について、団長同士で話して欲しいとおっしゃっていた」
「そうだね、僕の方も同じように言われているよ」
昨晩、帰宅したハトホル達は自身が話し合っていたことを眷属に伝え、団長同士での話し合いを望んだ。無論、ロキはフレイヤの件は伝えていない。今後の予定を決める為、グラン達は早急に場を設けることにした。
「殆どの情報は共有している。今は省くとしよう」
フィンは槍のように鋭い視線をグランに向ける。グランはカップを口に運び、コーヒーを口に含んだ。程よい苦みが口内に広がっていく。
「今話し合うべきことは、あのモンスター達への対策についてか」
「ああ。万全の準備を施さなければ、まともな探索は行えないだろう」
前回の『遠征』の経験から、生半可な装備では返り討ちにあうと分かっている。グランの
「私の武器か、もしくは
「それ以外で考えるなら『魔剣』や魔法……後衛達の動きが重要になる」
「ただでさえ出費が重なる『遠征』に加え、『魔剣』や
【ファミリア】の財政を管理する者同士、今口にした物を用意するだけでどれだけの金が必要になるか、痛いほど理解している。互いにコーヒーを口に運び、そんな気持ちも纏めて飲み込んだ。
「単刀直入に言おう、グラン。僕達の『遠征』に協力して欲しい」
「‼」
深紅色の瞳が、初めて見張られる。
「フィン……」
「君の言いたいことはわかっている。十五年前、競い、食い合おうと決めたのは、他でもない僕達だ」
「疼いているのか?」
グランは視線を碧眼の瞳から、フィンの『親指』に移す。
「ああ。といっても、今までに無かった程のものじゃないんだ。それでも、この疼きを無視することは出来ない」
フィンの親指の疼きは常人の直感を遥かに超え、幾度となくその力を発揮してきた。グランのもその力を信頼し、頼ったことも多々あった。だがそれ以上に、フィンという人間をグランは信じている。だからこそ、フィンの言葉を深く受け止めていた。
「最初から、その話を考えていたのか?犠牲を抑える為に」
「ロキの話を聞いた時から、少し考えていたよ。万全を期す為にね」
フィンの考えを、グランは分かっていた。同じ団長として、未知に挑む冒険者として。多くを背負う者の覚悟を、グランは理解していた。
『深層』の未到達階層を目指す中で、保険を掛け過ぎる、何ていうことはない。あの迷宮の中では、油断も慢心も許されない。犠牲を払わなければいけない時も訪れる。だが決して、自分達のミスで出していい犠牲ではない。
「協力させてくれ、フィン」
勇者が下した決断に、グランも答えを出した。彼の信頼に報いる為に。
「ありがとう。君達なら、安心して背を任せられる」
グランは右腕を差し出し、握手を求める。フィンもその小さな手を伸ばし、その意志に応える。
「私はこれで失礼しよう。この話を【ファミリア】に伝えなければ」
残りのコーヒーを飲み欲し、席を立とうとした瞬間。
「待ってくれ。話はそれだけではないんだ」
テーブルの上で腕を組んでいるフィンが、グランを呼び止める。先程とは異なる、探るような視線がグランに刺さる。
「まだ、話すことがあったのか?」
「ベルについて聞きたいことがある」
「……」
その問いに対し、グランは何も答えなかった。突然の話に動揺していたわけでもなく、答えが見付からなかったからでもない。いつかは問われると、予想していたからだ。
「何故、ベルのことを?」
「ただの興味さ。いつ、彼と知り合ったのか、どうして彼を弟子にしているのか……」
普段の会話と変わらない口調で答えるフィンであったが、ただの好奇心だけで動いていないことが伝わってくる。
無理もない。ただのLv.1の冒険者が、都市最強と仲が良く、その上師弟関係まであるときた。都市の冒険者に限らず、神々までも注目している。
「アイズ達から聞いたよ、昔からベルに色々と教えていたようだね。そう……
「ああ。ベルと初めて会ったのが、ちょうど七年前だからな。あの子を弟子にしたのも、同じ年のことだ」
彼を知る者から『詐欺師』とまで呼ばれる
「フィン。今言えるのは、これだけだ」
「何故か……それは聞かない方がいいかな?」
「ああ。私の為ではなく、ベル為だと思ってくれ」
「‼」
碧眼の瞳が瞠目した。話したくない、話せない、ではなく。ベルの為だということが、フィンの心を揺れ動かした。
「今はまだ、早すぎるんだ。あの子がそれを受け止める覚悟も力も、何もかもが足りない……」
「すまない……不躾だったね」
グランの心情に気付いたフィンは、詰めていた自分を罰し、謝罪する。二人の関係には何かがある。そう察知したフィンであっても、この場で追及することはなかった。
「いいんだ。ベルに対して君のように思っている者は多い。仕方がないことだ」
自分だけでなく、【ハトホル・ファミリア】と交流がある。それだけでベルは全く違う注目を浴びてしまっている。
「だがいつか、あの子には真実を伝えるつもりだ」
「真実?」
「あの子に隠している、私の罪。そのことを」
そう告げるグランの表情は、酷く、悲しいものだった。
同時刻、ネルティはベルと共にダンジョン探索を行っていた。
現在の場所は12階層。ダンジョン上層域の最下部。周囲には白霧が漂い、朝霧を彷彿とさせる薄暗さに包まれており、
前線でベルがモンスターの集団と戦う姿を、ネルティは二人の同族と見守っていた。
「凄まじいな」
「近接戦だけなら、私よりも強いと思うのですが……」
翡翠の瞳を細め、興味深そうに見つめるリヴェリアの横で、レフィーヤの山吹色の長髪が揺らいでいた。そんな二人の感想にネルティはうんうん、と頷いた。
いつも通り、ダンジョン探索を行おうとしていたネルティ達は、道中のギルドでリヴェリア達と出会い、ベルに興味を持っていたリヴェリアに誘われ同行することになった。
リヴェリアもレフィーヤの訓練の為に訪れいた為、ネルティ達は弟子達に戦闘を任せ、サポーターの役割に準じていた。前衛と後衛という疑似的なパーティーが出来上がり、ベルの連携を確認しようとしたが、殆どのモンスターを一人で倒してしまった為に、レフィーヤの出番は全くと言っていい程皆無となった。
「単純な
ベルの動きを観察するリヴェリアの評価に、レフィーヤは静かに息を呑んだ。自身の師でもあり、冒険者としても尊敬する人物の言葉。それが何よりレフィーヤの心を動かした。
「先日のフィリア祭でベルさんは、『インファント・ドラゴン』を倒したんですよね?【ランクアップ】はしなかったのですか?」
「ええ。今のベルには、
現在のベルの【ステイタス】評価は『魔力』を抜いて全てS以上。中でも、『力』と『敏捷』の二つはSSという、グラン達ですら天を仰ぐ数値となっていた。先のフィリア祭での経験もあり、既に実力で言えばLv.2の眷属と戦える。
「ベル・クラネルは【ランクアップ】の方法を知っているのか?」
「グランが教えているわ。それでも、あの子は何も焦っていない。経験も場数も、全部を積み上げようとしている」
グランとネルティが過去に教えてきたのは、戦闘のことだけではない。冒険者として、何より一人の人間として、大切なことを伝えてきた。素直で、誰にでも優しいベルは、グラン達の教えを守り続けている。
「【ステイタス】が上がらず、焦る冒険者は多々存在しているが……彼の場合は、純粋に冒険を楽しんでいるように見える。困難や壁に対しても、諦めずに立ち向かっていくだろう」
「ベルはそういう子よ」
ネルティ達が見つめる先、何の苦戦もなくモンスターも集団を倒していくベルに、レフィーヤは対抗心を燃やしていた。ただの嫉妬という感情からではなく、同じ冒険者としての心に火が付いたからだ。例え今は自分より弱くとも、負けたくない、追い抜かれたくない。そんな熱がレフィーヤを奮い立たせる。
そんな将来有望な同族の娘の姿に、ネルティは面白そうに笑みを浮かべ、師であるリヴェリアは喜びの感情を瞳に映していた。
「お疲れ様、ベル。もう『上層』は
「ありがとうございます」
ネルティから
「彼の強さならば、この先の『中層』でも問題はないと思うが。何か理由があるのか?」
「ベルはパーティーがいないのよ。『中層』に進むなら、最低でも一人か二人は欲しいわね」
「そうだったか。なら、私からレフィーヤを推薦してもいいだろうか?」
唐突なリヴェリアがの提案に、ベルは思いっ切り咳き込み、レフィーヤは驚きを隠せずにいる。慌てふためいている二人を尻目に、リヴェリアは話を続けていく。
「レフィーヤには私の弟子として、更に強くなってもらいたい。そのために、前衛との連携を磨いて欲しいと考えている」
「なるほどね。私としても、ベルには後衛との動きを学んで欲しいと考えてるわ。ベル、貴方はどうかしら?」
服の袖で口元を拭っているベルに、ネルティは訊いた。
「僕は全然嬉しいですけど……レフィーヤさんはいいんですか?僕がパーティーで」
「わ、私も大丈夫です」
互いに緊張しているが、どちらともやる気は十分だった。
「ならこれで、パーティー結成で大丈夫かしら?」
「そうだな。【ファミリア】が異なる以上、常に一緒は難しいだろうが、互いの予定が合う日でいいだろう」
Lv.1の前衛ととLv.3の後衛魔導士という、奇妙なパーティーであるが。二人は都市を代表する冒険者お墨付きの冒険者。今はまだチグハグだとしても、この二人なら大丈夫だという確信が、ネルティ達にはあった。
「よろしくお願いします、レフィーヤさん」
「こちらこそ、お願いします。ベルさん」
迷宮の中で、二人だけのパーティーは結成された。二人を見守る先達のもとで。
個人的に、ベルとレフィーヤはダンまちの中で好きなペア上位です。