お気に入り登録、ありがとうございます。
無数の冒険者達が行き交う北西のメインストリート、通称『冒険者通り』。その名の通り、グランの周りには多くの冒険者が存在している。雲一つない青空から陽の光が露店の防具を照らす横で、
そんな通りを進んでいるグランが辿り着いたのは、光玉と薬草のエンブレムが飾られた清潔な白一色の建物。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。この施設は、グランが治療を受けた診療室、薬品の販売場、待合室の区画に分かれている。
「いらっしゃいませ、グラン団長。本日はどのようなご用件で?」
「ダンジョン探索に向かう予定なんだ。
「【ロキ・ファミリア】の方々も先程同じ理由で当店を訪れていましたが……ご一緒のご予定でしょうか?」
カウンターでグランの対応をしたアミッドは、珍しそうにグランに尋ねる。都市最大派閥の冒険者が短時間に訪れれば、気になるのも仕方のないことだ。
「いや、特にフィン達と共に向かう予定は無いな。彼等が来ていたのか?」
「はい。正確には、ティオネさん達ですが。フィン団長やリヴェリア様もご一緒だと」
「そうだったか。なら、何処かで会うかもしれないな」
「ええ。商品を準備いたしますので、少々お待ちください」
礼儀正しく頭を下げるアミッドは、後方に振り返った。彼女は背後にある棚に並べられた様々な色の
「お待たせいたしました。ご注文の商品となります」
「ありがとう、相変わらずいい品だ」
「ありがとうございます」
グランの素直な賛辞に、アミッドは先程と同じように頭を下げた。持参してきた鞄に
治療院を後にしたグランが向かうのは、無論ダンジョン。目的はフィリア祭にて出現したモンスターの情報収集。『深層』で発見された芋虫型と同種と考えているグラン達は、フィリア祭にて出現した食人花のモンスターも同じく、深層域のモンスターと予想している。何より、実際に戦ったネルティによれば、第二級冒険者と同等の強さがあると評価していた。
(『魔力』に反応したという話から、『魔石』自体も狙う習性が存在する可能性がある)
他のモンスターも魔石を狙う時はあるが、それは特定条件下での事態。本来ならば人間を優先して狙うモンスターが、それ以外に強い反応を示したことに、グランは疑問を抱いた。
(『魔力』を持っている人間を狙うのは理解できるが、推測通り『魔石』も狙うとしたら……その理由は何だ?)
先日のフィリア祭のようにフレイヤによる魅了ならば、特定の何かに執着する理由は理解できる。だが、あの食人花のモンスターはそうではない。
操られたわけでも、命じられたわけでもない。生来のモンスターのように、本能のまま動きを見せていたという。習性だと言われれば、納得できないわけではないが、それでもグランは何かがあると考えてしまう。
(今のところ、どれだけ考えても推察の域を出ない……やはり、直接調べるしかないようだ)
思考を巡らせていたグランは、広大な
グランも自身の装備と物資を確認し、白亜の塔を見上げ門に足を進めて行った。一連の真相を探る為に。
青い昼空から見える太陽が煌々と輝いている。
快晴が広がるオラりオは喧騒に包まれ、繁華街を始めとした盛り場は賑わいを見せ、石畳で造られた通りには人が溢れている。
そんな都市の東のメインストリートを、ハトホルは眷属のネルティを連れ進んでいる。通りの脇に並ぶ店先や、すれ違う者達からの視線が集まっていた。その全てはエルフ達のものだ。
玉のようにきめ細やかな褐色肌に、太陽の光を浴び輝く金髪。高貴だと一目で分かる雰囲気に、エルフ特有の整った顔立ちも合わさり、同族だけでない者の視線も集めている。
「やはり……情報は少ないですね」
「そうだねー。あの食人花のモンスターは、脱走したモンスターの内の一体だからー、情報が少なくても仕方ないよー」
ハトホル達がこの通りに訪れた理由は一つ、先日のフィリア祭で発見された食人花のモンスターの情報を探す為。グランがダンジョン内を調べている間に、ハトホル達は地上で再び探りを入れることとなっている。フィリア祭の情報誌を集め、モンスターに関する記事を見たが、どれも食人花のモンスターの手掛かりは載っていなかった。
多くの記事には、【ガネーシャ・ファミリア】の不手際、他国の密偵による犯行、もしくは神の気まぐれによる愉快犯。など様々な憶測が書かれている。
「ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】はどうでしたか?」
「訪ねてみようと思ってたけどー、後始末とかで忙しそうだったからねー。それどころじゃなかったよー」
ネルティと会話をしつつ、ハトホルはメインストリートを離れていく。他の区画とは異なり、高い建物が続く道を進み、三階建て以上の宿屋が目立つ入り組んだ路地に入る。段々と豪華な建物から古びた木造の宿屋に変わる中、やがてハトホル達の足が止まる。視界の先にある狭い路地には、周囲を建物で囲まれた小さな空間が存在していた。
「街中は調べ尽くしましたので、残るはここしかありませんね」
「よし、行ってみよっかー」
ハトホルが声を上げ、分厚い木製の扉に手をかけようとした瞬間。
「お、ハトホルやん。やっぱりここに目を付けたんか」
「ここしかないからねー」
ハトホル達が振り返った先にいたのは、朱色の髪を一つに束ねたロキと、両手をポッケに突っ込んでいるベートの姿だった。
「うし。無駄話もあれやし、さっさと行こうか」
「そうだねー」
互いの目的を理解している女神達は、挨拶だけを済ませ扉の先に進んでいく。気を引き締めるネルティの隣で、厄介事になってきたとげんなりしたベートも主神の後に付いていく。
螺旋状の階段を数度周り、一同は薄暗い地下──下水道へと出る。魔石灯の光が空間に広がり、周囲を照らしている。
「こんなことなら、来るんじゃなかったぜ」
「こっちとしては、人手が増えたのは嬉しいわ」
「そうやで、ベート。今のこの状況は、実質ハーレムや。もう少し喜んでも──」
言葉を続けようとしたロキの背に、ベートは舌打ちと共に蹴りを打ち込んだ。狭苦しい道にロキの悶絶声が響き、四つん這いとなったロキの背をハトホルがため息をつきながらさすっている。
しばらく道を進んでいくと、先程よりも音を立てて水が流れる広い主水路に着いた。石材で構築された管状の隧道で、長さはおおよそ六М程。左右には足場が広がっており、一同は右側の細道を進んでいった。
壁に開いているいくつもの横道、段数がばらばらな階段、そして対岸にかかる小さな橋。薄暗い下水路を冒険者は難なく探索し、水面から飛び出してきた魚のモンスターも、瞬時に対処していく。
あてずっぽうに下水路を調べ回り、時間が経った頃。一同の前に、今までに目にしたことのない鉄の門が現れた。古く、所々錆が見える両開きの門。重量感を感じさせる巨大な錠前が取り付けられていて、左右の扉を固く閉じている。
「これは……」
「旧式の……地下水路のようです」
ロキの呟きに答えたネルティは、手にしている魔石灯を扉に近づける。光を帯びた黒の錠前は、人によって何度か使用された形跡が残されていた。
「ロキ」
「んー。臭うなぁ……ベート。頼むわ」
指示を受けたベートは、億劫な顔を見せながらも、錠前を破壊する。二つに割れた鉄の塊を捨て、一同は門扉の先に進んでいく。
「水浸しだねー」
門扉前の小さな階段の先は、通路すら纏めて水没していた。ネルティは魔石灯で水深を確認し、持ってきていた鞄から水色の短剣──『氷の魔剣』を取り出した。そのまま闇夜の河川のような水路に向け、ネルティは『魔剣』を振るった。瞬く間に水面が凍結し、即席の通路を作り出す。
「用意がいいじゃねか」
「ありがとう。さ、早く行きましょう」
ベートの賛辞に感謝を告げ、ネルティ達は先に進んだ主神達を追う。氷の上を歩くことが新鮮なのか、女神達は滑るように進んでいる。時折、体勢を崩しかけていたが。
「ギルドの連中はここも調べたんかなー」
「人の臭いが残ってやがる。水のせいで薄れてやがるが」
獣人の優れた嗅覚を発揮し、ベートつい最近ここを出入りした人物がいると見抜いた。氷の道が途切れる度に『魔剣』を使用し、一同は複雑な下水道の上流を目掛け進んでいくと、次第にその『穴』は出現した。
「ぼろぼろだねー」
「せやな。派手にやられとる」
大破した水路の壁面からは、水が流れ出ている。きな臭さが増してきた現場に神々が呟きを落とす中、冒険者達は警戒を高める。
「見つけた、わね」
「ああ。残ってやがる」
闇が広がる大穴を、ベートが先行していく。間に神々を挟み、後方をネルティが担当する。巨大な何かが通ったような跡は、数枚の壁を突き破っており、何度も辻を超えることとなった。
迷うことなく進んでいき、幅広い階段を上り、次第に広い空間に出た。周囲を照らすと太い柱が立ち並び、天井を支えている。辺りを見渡す一同の耳に、何かを引きずるような音と、最奥の空間を蠢く存在が。探し求めていた、食人花のモンスターだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』
途端に破鐘の絶叫が轟く。巨大な体をくねらせ、黄緑の体があらわになる。先端部分が開花し、毒々しい花弁を向ける。体を持ち上げ頭上高くから一同を見下ろした。
「俺が行く。そっちを守っとけ」
「分かったわ」
複数の食人花のモンスター目掛け、ベートが疾走する。ネルティは神々を守るように前方に立ち構える。
正午過ぎにバベルを発ったグランは、あっという間に『上層』を超え、『中層』の18階層に辿り着いていた。
頭上から降りそそぐ暖かな光、木々がまばらに群生した森の入り口をくぐり進んでいく。モンスターの出現しない階層は、
階層の天井には水晶が存在し、光量によって時間帯を表している。今の時刻は昼のようだ。グランは現在地の南の森から、階層の西部に存在する『街』を目指していた。
『リヴィラの街』。
中層域に到達可能な冒険者が経営する、ダンジョンの宿場街。もとは効率的に探索を進める為にギルドが建造したが、度重なるモンスターの進行に加え、費用の問題により蹉跌に来た計画を、冒険者達が引き継ぎ、この街を築き上げた。『世界で最も美しい
木の柱と旗で造られたアーチ門を通り、グランは街へと足を踏み入れた。高さ二〇〇Мはある断崖に建てられ、水晶と石の地形に囲まれている。様々な施設があり、中には魔石やドロップアイテムを換金する店も存在している。
そんな普段は冒険者達で賑わう街が、異様な静けさに包まれていた。すれ違う冒険者の数は少なく、街の広場ですら同じだった。違和感を感じたグランは、近くの店に足を運んだ。
「今大丈夫だろうか?街の様子が変だが、何かあったのか?」
「ん?おお、【閃光】か。そうか……あんたは来たばっかだったか」
道中で倒したモンスターの魔石やドロップアイテムを渡しながら、グランは街の様子を尋ねるが、店主の表情は暗い。その姿に、グランは更に違和感を覚える。
「殺しだよ。この先のヴィリーの宿でな。少し前に見つかったんだ。この街で人が死ぬなんて、随分前の喧嘩以来だよ」
「誰かに殺されたのは、確実な情報なのか?」
「ああ。宿に入った人間は二人だけで、そのうち片方が死んだんだ。しかも……凄惨に殺されたらしいぜ」
「そうか……教えてくれてありがとう」
店主は情報料込みの買値を提示し、グランは何も言わずに受けとった。普段よりも安値過ぎる買値だが、仕方のないことだった。
この街の上部に建造されたヴィリーの宿を目指し、勾配した道を進んでいく。次第に密集する人だかりが、洞窟の前の入り口に出来上がっていた。
「すまない。中に入りたいのだが、通してもらえるだろうか」
「ど、どうぞ……!」
グランの姿に驚きながらも、一人の冒険者が道を空ける。グランの存在に気付いた人波が、左右に分かれていく。感謝を告げグランは先を道を進み、宿の中に入っていく。
洞窟の構造を利用した宿の広い通路が、曲がりぐねった形で奥へ続いていた。左右には臙脂模様の天幕が垂れ下がっていて、この帳を扉の代わりにしているようだ。グランは数人の冒険者が待機している部屋を見つけ、見張りの冒険者に頼み込み中へ踏み入れてもらう。
足を踏み入れた瞬間、強烈な血の臭いが鼻腔を襲う。視界の下にあるのは、頭部が潰され、四肢が一部千切られた死体。血が飛び散り、床や壁に血痕を残している。店主の言う通り、無惨な殺され方だ。
「何が起こったのか、聞いてもいいだろうか?」
『!!』
静寂に包まれた一室に、グランの声が伝わる。同時に、弾かれたように場の全員が振り返った。
「グラン。君も来ていたのか」
「ああ。つい先程だが、騒ぎの件は聞いている。詳細が知りたくここを訪ねたのだが……何が起こったか判明しているのか?」
「おおよそ、だけどね」
部屋に入ったグランに声をかけたフィンが、事の詳細を語った。
殺されたのは【ガネーシャ・ファミリア】の【剛拳闘士】ハシャーナ・ドルリア。Lv.4の第二級冒険者。
昨日の夜に起こった事件で、犯人と思わしき人物は連れの女。死因は首を絞めたことによる絞殺で、それ以外の凶器は見つかっていない。ハシャーナは単独で依頼を受けており、30階層の何かを回収し、その荷物を狙った犯行であると。内部に争った跡がなく、荷物だけが散乱したことからその線が高いのが見て取れる。
店主のヴィリーの顔は青く染まっており、力なくベットに座っている。
「第二級冒険者を正面から殺害出来る人物……少なくとも相手は、第一級冒険者に準ずる実力者か」
「それに……まだ犯人はこの街にいる可能性がある」
「犯人がまだ、ハシャーナが手にした代物を探しているからか……」
「ボールス。一度、街を封鎖してくれ。リヴィラに残っている冒険者を出さないでほしい」
グランと共に推理していたフィンの要請に、黒の眼帯をしたボールスが答える。
街の大頭にして上級冒険者でもある。筋骨隆々の肉体に、凶悪な人相も相まって、見るものを委縮させる迫力を備えている。
「わかった。おい、北門と南門を閉めろ。街中の冒険者を広場に集めるんだ。逆らうやつは、犯人だと決めつけて押さえつけてもいい」
「は、はいっ」
ボールスの舎弟達が慌ただしく外に飛び出し、ヴィリーも後を追っていった。外からはいくつもの足音が響き、声を荒げる者もいる。
場に残った冒険者達は物言わぬ遺体に向け、そっと目を伏せ追悼の念を抱く。静かに顔を上げ、グラン達も行動を始めた。
リヴィラの街は、今まさに揺れ動こうとしていた。