先に会話パートを終わらせました。
ベートの脚技がモンスターの顔面を蹴り上げると、激しい鈍音を響かせ長大な体が大きく仰け反った。ネルティはその隙を見逃さず、長剣による一閃を繰り出し頭部を切断する。
ハトホル達の護衛とベートの援護が行える距離内で行動し、迷いなく攻撃を繰り出していく。その動きに、ベートは口元に弧を描く。すぐさま別のモンスターに向け、ベートは獰猛な牙を振るう。
「うーん、全く見えん」
「でもー、これなら大丈夫そうだねー」
「それ、
他方、大貯水室の入り口付近、石柱に身を隠しているハトホル達が戦闘を見守っていた次の瞬間。
『アアアアアアアアアアアアッ‼』
「どひゃー!」
「うわぁー!」
頭上から吠声が散らされ、鞭のような触手が足元まで迫る。緊張感の抜けた悲鳴を上げながら、ハトホル達はその場から逃げ出す。背に殺気を感じながら、必死に足を前に出していく。
「ハトホル様!」
ネルティは即座に身を翻し、鞄から紫紺の結晶──『魔石』を周囲に投げ出した。すると、食人花のモンスターは目の色を変えたように転身し、標的を変更した。餌に飛びつく魚のように、体をうねらせ速度を上げる。
(ハトホル様の予想通り……!)
フィリア祭での戦闘から、件のモンスターが『魔力』に反応することを知ったハトホルが、もしもの為に用意した『魔石』。采配通り敵の誘導に成功し、ハトホル達は難を逃れた。再び石柱の陰に隠れ、ネルティの右方──『魔石』のばらまかれた空間に突撃するモンスターを見つめる。
モンスターの動きを誘導させたネルティは、右手に装備している長剣を振りかざし頭部を斬り飛ばした。落下する下半身を足場に飛び上がり、魔石の存在する頭部を両断した。口腔の奥の魔石を回収し、すぐさま懐にしまう。
「ありがとー。ネルティー!」
ハトホル達の無事を確認し、ネルティはベートが戦う前線に疾走する。
「ごめんさい。遅れてしまったわ」
「敵はこいつら以外、いねえだろうな」
「ええ。残るはこの三体だけ」
ネルティの言葉で後方の懸念が無くなり、ベートは再びモンスター達に突撃する。ネルティも後に続き、戦闘を仕掛けていく。
今までの戦闘から、あの食人花のモンスターは打撃に強く、斬撃への耐性が無いことが確認されている。有効打となる攻撃を持つネルティは、ベートが吹き飛ばし、蹴り上げたモンスターを確実に仕留めていく。瞬く間に二体を処理し、冒険者達は最後の一匹に
「てめえで最後だ!」
僅か一瞬で最高速度に達する
「収穫はあったけど、犯人の手掛かりは何もなかったなー」
「まあー、簡単には見つからないでしょー」
手の中の魔石を見上げるロキの呟きに、同じく魔石を観察するハトホルが答える。食人花との戦闘を終えた一同は来た道を引き返し、地上を目指して地下水路を歩いていた。戦闘後、貯水室を探索したが得られるものはなく、何が待ち受けているかも定かではない為、危険を考慮し今回の探索を打ち切った。
旧地下水路の道を抜け、主水路の道が少なくなった最中、ネルティもハトホルから渡された魔石を見下ろす。
食人花のモンスターから摘出した魔石は、本来の紫紺一色の魔石とは異なり、中心が極彩色に染まっていた。【ロキ・ファミリア】のティオネが入手した芋虫型のモンスターの魔石と、同色の物であった。モンスターと同じように、毒々しい光沢を放つ結晶をネルティは不気味に感じた。
「やっぱり、50階層のモンスターと関係がありそうね」
「あのバケモンどもとどことなく似てやがった。同種かなんかだろうよ」
そんなネルティの考えに、共に戦った
ほどなくして、ここに来るのに使用した螺旋階段に辿り着く。円を描きながら階段を上がり、小屋の木戸を開け、数時間ぶりの陽の光が一同の身を照らす。狭い路地を進み、多くの宿が並ぶ街路に向かう。人の姿が多くなってきた通りを、街路に沿って歩いていく中だった。
横道に分かれる道の一角で、一同はとある神に遭遇した。
「お、デュオニュソスやん」
「……ロキ?それにハトホルか?」
デュオニュソス。
肩まで伸びた柔らかい金髪に、貴族の青年のような美顔。硝子に似た瞳が、今はハトホル達を見つめている。側には【ファミリア】の団員であろう、美しい黒髪のエルフの少女が控えている。
奇遇だとばかりにハトホルとロキが声をかけようとした瞬間。
「待て」
歩み寄ろうとした女神達にベート静止が入る。ネルティが彼の横顔を覗けば、琥珀色の瞳を細め、神と眷属を睨みつけていた。
「そいつらだ」
「……何がや?」
自身の声に振り向いたロキを見ようともせず、ベートは鋭い視線のまま、告げた。
「あの地下水路に残ってた臭いは、そいつらのだ」
ロキの糸目がすっと見開き、ハトホルの仮面の下の瞳が細まる中、デュオニュソスとエルフの少女は、強張った表情を浮かべていた。
場の空気は、午後のうららかな日差しが当たる街路に反し、緊迫した様相を呈していた。
ベートの警告から刹那、狂猛な狼の睨みに対し、エルフの団員は主神を守ろうと身を挺した。
「止せ、フィルヴィス。お前では彼等に敵わない。何より、【黒褐の魔女】に手を出すわけにはいかないだろう」
「っ……デュオニュソス様」
主神の言葉に、フィルヴィスと呼ばれた少女は、それでもなおその場を退こうとはしなかった。
フィルヴィス・シャリア。
【デュオニュソス・ファミリア】の団長にして、Lv.3の冒険者。二つ名は【
エルフ特有の美しい顔の造形に、宝石のような赤緋の瞳が白い肌に映えている。腰まで届く緑の黒髪と、白一色の服も相まって、極東の巫女という言葉が浮かんでくる。
そんな少女の肩に手を置き、デュオニュソスがハトホル達の前に歩み寄る。
「何も隠すつもりはない。だから、私の話を聞いて欲しい」
「……分かったわ。聞いたる」
「じゃあ、何処かに移動しようか」
潔い態度と、迷いのない硝子色の瞳に、女神達はその申し出を了承した。
街路の側にあった赤煉瓦のホテルの一階、外と窓で仕切られた
「よろしいのですか、ハトホル様」
「流石に、この状況で何かするつもりはないと思うけど……何かあったら、助けに来てね」
耳打ちするネルティに言葉を返し、待機していて欲しいと頼んだ。他の席とは離れた個室に通され、ハトホル達は腰を降ろした。
「ほら、さっさと話せ」
威圧するようにテーブルに片肘をついたロキの隣で、ハトホルは静かに男神を見つめていた。
「まずは誤解を解きたい。私は、二人が思う首謀者ではない」
「……」
「……どういうことや?」
無言を貫くハトホルと、彼を容疑者扱いしていたロキは眉を訝し気に曲げる。
「確認したいのだが、二人が追っているのは……あの食人花のモンスターにまつわることで間違いないかい?」
「ああ。合っとる。そんな中で、自分が現れたっちゅうわけや」
ロキの言葉を咀嚼するように、目の前の男神は口を閉ざしている。
「私は、あの食人花のモンスター達を探っていた……理由は一月前、私の団員が殺されたからだ」
「「‼」」
語り出された内容に、女神達は驚きを見せる。
「正確に言うならば、私の団員達はあのモンスターの何かを知ってしまった……故に消された。それを示す証拠もある」
胸の内を明かすように話すデュオニュソスは、同時に懐から小さな結晶──極彩色の魔石をテーブルに置いた。
「これは?」
「私の団員が殺された現場──都市東の寂れた街路で入手した物だ」
「それが、あの食人花のモンスターの魔石、ちゅうわけか」
ハトホルの問いに答えたデュオニュソスは、ロキの出した答えに静かに肯定した。
「今日君達とばったり出くわしたのも、下水道に残り香があったのも、私達もあの食人花のモンスターを追っていたからだ。……生憎、フィルヴィスよりあのモンスター達の方が強く、中途半端に終わったけどね」
最期に自嘲するように話を切り上げ、ロキの質問に答えたいく。旧地下水路の入り口の錠前を破壊し、新しい物を設置したのも彼だという。ガネーシャの『宴』の時も、彼はさりげなく揺さぶりをかけ、団員を殺した【ファミリア】を探していたのだと。
殺された団員の中にはLv.2の団員もおり、正面から殺したとなれば、Lv.4の
「私にとって都市の全ての神は、子供の仇だ」
「うちとハトホルはどうなんや?」
「……限りなく白になった、かな」
その言葉にロキが悪態をつき、ハトホルは不満の声を溢す。
「犯人の狙いはわからんけど、これで終わりってことはないやろ」
「そうだね。、まだ、何か起こるだろうね」
「それで、そっちは目星をつけてんのか?」
ロキの問いに対し、デュオニュソスは表情を消し、目を細めた。心なしか身を乗り出し、声量を落とし話す。
「逆に訊きたい。あの食食人花のモンスターはどうやって運び込まれたと思う?」
「フィリア祭の為に、モンスターを運んできたガネーシャの子供達だね」
「まさか……ガネーシャを疑ってんのか?子供大好きのガネーシャやぞ、自分から子供を危険に陥れるような真似すると思えないんやが……」
と、そこまで語ったロキの言葉を遮り、デュオニュソスは首を横に振った。
「前提が違う。ガネーシャ達にモンスターの捕獲を頼み、
その言葉に、ハトホルは息を呑み、ロキの目が今度こそ見開かれる。
「全部、ギルドの仕業だと言いたいんか?」
尋ね返すロキに、デュオニュソスは無言の肯定を見せる。
「正直、ありえないと思う。この都市の平和を守ってきたのは、間違いなく
「そうや。ガネーシャしかり、ウラノスしかり……都市に牙を向ける理由が無いやろ」
「だが、私はギルドを黒だと疑っている。少なくとも、疑うだけの理由が存在する」
口を噤んでいる女神の様子を窺がっていたデュオニュソスは、おもむろに切り出した。
「そこで提案なんだが、二人にはギルドに探りを入れてもらいたい」
呆気に取られる女神達が動き出すまで、しばらく時間がかかった。
「はあっ⁉」
「噓でしょー⁉」
「はは、ウラノスがどんな私兵を抱えているか分からない以上、私の【ファミリア】が動くわけにはいかないのでね。その点、二人の【ファミリア】は問題ないだろう?」
「ふざけんなやっ。誰がそんな面倒な真似するかッ」
「右に同じくー」
怒気を含めて返すロキと、めんどくさそうに答えるハトホルに、デュオニュソスはどこ吹く風だ。
「君達だってこのまま、何事も無いように引き返すのは無理だろう?」
デュオニュソスの言葉通り、大切な子供たちが巻き込まれている以上、ハトホル達に退く選択はなかった。それを見越している男神に、女神達はビンタをしたい衝動に襲われる。
「……自分、うちらを巻き込むつもりやったな?」
「えー。嵌められたってことー?」
「いずれ、誰かに頼ろうとはしていたよ。偶然、最初が二人だっただけさ」
それでもなを微笑みを貫く男神に、女神達はため息をついた。一杯食わされた感覚を味わいながら。
「私達も調査を進めて行く。もしよかったら、考えておいてくれ」
そう言い残し、一笑を漏らしたデュオニュソスは席を立ち、
「で、どうするロキー?」
「ま、デュオニュソスの言葉に乗るのは癪だけど、間違ったことは言っとらん。行くしかないやろな」
「どっちが行く?」
ハトホルの言葉と同時に、ロキが立ち上がり、ハトホルも腰を上げる。その様子に外の眷属達は、訝しむように視線を送っている。
「最初は、グー!」
「じゃんけん、ぽん!」
ロキの掛け声に始まり、ハトホルも続く。次に両者の間に出されたのは、人差し指と中指以外を丸めた拳と、精一杯力ずよく握る拳であった。
「いえーい!」
「も、もう一回やっ!」
「無理ー。頼んだよー、ロキー」
鼻歌をしながら
「ハトホル様、中で一体何をしていたのですか?」
「真剣勝負かな」
そう答える主神の姿は、ふざけているようにも、気取ったようにも見え、ネルティは首を傾げるしか出来なかった。
今作ネルナッティの立場は、リヴェリアと同等か近しいものにします。
原作の描写から多少盛るようにしました。