私生活が忙しくなっていまして、投稿が遅れてしまいました。少しずつ投稿を再開していきます。
フィンの指示により封鎖された『リヴィラの街』は、いつにないざわめきと狼狽が伝播していた。
街の中で殺人事件が起こっただけでなく、その犯人が第一級冒険者に匹敵する
「思っていたより、早く集まったね」
「応じない奴は脅したからな。店の奴も冒険者も関係なく、この
「それに、今の状況で一人になる気はないだろう」
グランの見解にフィン達は頷きながら、眼前に広がる群衆を眺めた。犯人がまだこの街にいる可能性がある中で、個人行動を危惧するのは当然の成り行きだった。
グラン達が集まっているのは街の中心にある水晶広場。見通しの良いこの空間は街中で最も広く、広場中央には白と青の双子水晶が寄り添っている。その側には
「お前等以外に第一級冒険者がいりゃあ、わかりやすかったんだがな……」
「初めから騒動を起こすつもりでいたんだろう。変装しているか、公式
「フィンの推察通り、犯人は油断できない人物だ」
双子水晶の下で冒険者達を見渡すグラン達。集まった冒険者達の数は五百に届くもので、迷宮探索の拠点として賑わう『リヴィラの街』の平均的な総数と比較すると、数に上下は無かった。
「犯人が女性だと分かっていても、この人数は骨が折れるな」
現在18階層の時刻は『昼』。水晶広場に設置された巨大な砂時計の機器の内部の砂が僅かとなる中、犯人捜しの準備は整った。
「それなら、いい方法があるぜ!」
冒険者達が男女に分かれている中、グランの言葉に反応したボールスが声を荒げる。数歩前に踏み出し、嫌らしく笑いながら、片腕を上げて大声を上げる。
「なら、女どもぉ!体の隅々まで調べてやるから脱げーッ‼」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ‼』
ボールスの命令が告げられた矢先、水晶広場に集まっていた男性冒険者達の歓喜の声が轟いた。諸手を上げ急激にやる気を見せる浅ましい男達に、女性の冒険者達が侮蔑の声を荒げる。歓声と罵声が混じり合う水晶広場で、グラン達の横に立っていたリヴェリアが呆れ声で告げた。
「そのようなこと、させるわけないだろう。お前達、我々で検査するぞ」
リヴェリアが検査の為に歩み出る中、声をかけられたアイズ、ヒリュテ姉妹、レフィーヤが返事をしながら横一列に並ぶ。
「ボールスにも困ったものだね」
「ああ。とはいえこれで、何事もなく検査を行え──」
リヴェリア達の様子を尻目に、ボールスの奇行に呟いたグラン達であったが。
『グラン、早く検査して⁉』『フィンも一緒に!』『体の隅々まで見て‼』。
自身の目の前で長蛇の列を作り、猫なで声で懇願する女性冒険者達の姿に、派閥の首領達は絶句してしまう。
【閃光】グランバルト。【勇者】フィン・ディムナ。
オラりオにおける女性冒険者人気の一、二位を争う、第一級冒険者達だ。
そんな同性の冒険者達の蛮行に、フィン一直線のティオネが暴れ出そうとし、妹のティオナが羽交い絞めで抑え込んでいる。
「すまない、フィン。犠牲になってくれ」
「グラン⁉」
眼前に殺到する女性冒険者達に向かい、グランは後ろからフィンを持ち上げ、餌をやるようにフィンを投げ込んだ。
『フィンが裏切られたぞー!』『持ち帰られてしまうー!』『押し倒されたー!』
「──うがァああああああああああああああああああああああ‼」
一連の様子を見ていた男性冒険者達の悲鳴が木霊し、
「グランさん、大丈夫ですか?」
「ありがとう、問題ないが……これでは犯人探しもまともに出来ないな」
「あはは……」
逃げ出したグランは離れた先にいたアイズに声をかけられ、すぐ横で起こっている乱闘にレフィーヤが苦笑を浮かべる。今も揉みくちゃにされているフィンに心から謝罪をし、グランは周囲に視線を移すと。
(彼女は……)
騒がしい人混みの中、双子水晶のある広場の中心を愕然と見つめたまま、怯え震えている
「見えたか」
「はい。レフィーヤ、あの人を追おう」
「は、はい!」
その不審な行動を見逃すことはなく、グラン達は少女の背を追った。
18階層の時刻が『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた頃、グラン達は逃げ出していた
現在地は中心地である水晶広場から北西、街壁を近くにする街の片隅、巨大な水晶と岩壁に挟まれた谷間のような一本道。その真ん中で
「話を聞こう。何故、あの場から逃げ出したんだ?」
「あ、あんたは……!」
グランを見上げる
「何でも話すっ、だから、私を
そんな彼女の姿に違和感を感じたグランは、背後にいるアイズ達を一瞥する。グランの表情から只事ではないと察したアイズ達が、自然と身構えてしまう。
「場所を移そう。人がいない場所が好ましい」
「分かりました」
グラン達は怯える
辺りには運搬用のカーゴが放置されていて、
「ここならば、君も落ち着いて話せるだろう」
「あ、ああ……それに、あんたがいれば大丈夫だ……」
「あ、あの。さっきの守ってほしいっていうのは、どういうことなんですか?」
少し表情が和らいだ
彼女の名前はルルネ・ルーイ。【ヘルメス・ファミリア】所属の冒険者。秘匿しているらしく、本来の
「私は依頼を受けてたんだ。誰かも分からない、真っ黒なローブのやつから。で、この荷物を
依頼、という単語から、ハシャーナの荷物から出てきていた血塗れの羊皮紙が頭に浮かんだ。
依頼内容は指定された酒場で
「見覚えのある鎧が広場に出されていて、荷物を渡してきたやつが殺されたって分かって……きっと犯人はこの荷物を狙ってるって思って、逃げようとしたんだ……」
それがグラン達が水晶広場で目撃した、ルルネの異様な怯えようだったのだ。グランに助けを求めたのも、自分が殺されると思ったからだろう。か細い声で語り終えたルルネに、グランは尋ねた。
「その荷物の中身を、確認してもいいだろうか?」
グランの要望に、ルルネは瞠目した。
毅然とした都市最強の視線にたじろぎながら、
「検索しないことと、絶対誰にも見せるなって言われてたんだけど……」
荷物が入っている
(球体の形に、水晶のような硬さ……何だこれは?)
ダンジョンで採取されたということから、何かしらの鉱石類か、もしくはドロップアイテムだとグランは予想するが、全く見当が付かない。
グランはアイズ達の視線で思考を止め、袋の中身を取り出した。
「……!」
「な、何だよっ、これっ」
「わ、わかりませんっ」
「……」
アイズ達の反応を耳にしながら、グランは両手より小さい球体を観察する。
緑色の宝玉と、薄い透明の膜の内部には同色の液体と、不気味な胎児だった。小さく丸まった体には不釣り合いな大きさの眼球。雌であることを象徴するように髪が生えていて、曲線を描くように頭部から背筋まで伸びている。
理解不能な代物を前にするグランであったが、すぐ隣で荒い呼吸音が響いたと思ったら、次には地面を擦る音に変わった。
「アイズさん⁉」
「ど、どうしたんだ?」
レフィーヤが地面に膝をつくアイズを支え、ルルネも支えんとアイズに歩み寄る。次第に座り込んだアイズは薄目となり、胸当ての上を手で押さえていた。
「アイズ、これが何か分かるか?」
「いえ……。でも、嫌な気分になります……」
「そうか……これは袋に戻しておく。見ていても、良い気分にはなれないからな」
胎児が入った宝玉を袋に戻したグランは、座り込むアイズに気休めかもしれないが
(このことを、フィン達にも相談しなければ)
一瞬の内に思考したグランは、アイズ達に向け指示を出した。
「ひとまず、フィン達と合流を──」
直後だった。
遠方から土砂崩れのような轟音と、甲高い悲鳴、そして破鐘の咆哮が届いたのは。
「⁉」
グラン達は弾かれるように倉庫を飛び出し、水晶と岩壁でできた薄暗い路地に向かった。今の止まることのない絶叫に導かれるように走っていき、グラン達は視界が広がる高台に出た。
一同の目に飛び込んできたのは街の方から上がる煙、そして、天井を目指さんと首を伸ばす、食人花のモンスターだった。
「ま、街が襲われて……⁉」
「何が起こってんだ⁉」
視界の先で広がる光景に、レフィーヤとルルネが声を荒げる。
断崖から蛇のようによじ登るモンスターの群れ。数えるのが億劫な程の大群が、街の殆どを埋め尽くしている。毒々しい花弁が広がり、宙を泳ぐ無数の触手が辺りを吹き飛ばす。途切れることのない阿鼻叫喚に、階層全体が揺らいでいた。
「私達も広場に戻る。フィン達が指揮を執っている筈だ」
グランの判断に異論はなく、アイズ達はすぐさま行動に移った。
広場を見れば翡翠色の
激戦地であるが、間違いなくあの場が街の安全地であった。何よりグランが到着すれば、戦況は大きく一変する。
高台を発った矢先。周囲の気配にグランが大剣を抜きだした、直後。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』
破鐘の叫び声を轟かせ、複数の食人花のモンスターが眼前に飛び出した。
グランは一瞬で肉薄し、モンスターの頭部を両断してみせた。
「アイズ、二人の護衛を頼む」
「はい」
現在地である街の片隅で留まるならば、グランが先行し敵を殲滅する方がいい。岩壁から出現するモンスター達を瞬殺し、今いる北西から街に直進できる道を目指す。
モンスター達に襲われながらも、グランが全てなぎ倒していく中、一同は水晶広場まで直進できる道に辿り着いた。広く、直線に伸びる道は見開きが良く、モンスターの襲撃を受けやすくなるだろう。だが第一級冒険者が二人もいる状況で、遠回りをする選択などなかった。
「誰だ」
長大な道を進んでいると、先行していたグランの動きが止まった。アイズ達が不審にグランの後ろからずれ、目の前の光景に目を見開いた。
全身を防具で包んだ男性冒険者が、グラン達の前に現れた。首にはボロ布のような襟巻をし、頭には兜を被っている。漆黒の肌の半分は包帯に隠されていて、無感動な瞳がグラン達を見つめている。
「止まれ」
だが男は、グランの警告を無視するように足を踏み出す。ぐんぐんと迫る漆黒の鎧に、グランは大剣を構える。
次の瞬間──男の姿がかき消えた。
腰に装備していた長剣による横薙ぎ。グランは片腕の大剣で受け止め、流した。がら空きの兜に向け、グランは振り下ろしを繰り出した。兜だけを斬り、包帯に包まれた顔を見せる。
「君が、ハシャーナを殺したのか?」
距離を取った漆黒の冒険者に向け、グランは問うた。情報によれば犯人は女性だが、グランの勘が目の前の人物こそが犯人だと告げる。
「だったらどうした?」
その声を聞いた瞬間、グラン達は目を見開いた。高く響いたその声は外見とはかけ離れた──
「だ、男性じゃない……⁉」
その事実にレフィーヤが戸惑いの声を上げ、ルルネが狼狽の空気を出している。包帯に包まれているとはいえ男性であることに疑いがなく、薄ら寒い表情に加え、浅黒い肌の精悍な顔立ちは女性には見えなかった。
「死体からから顔の皮を引き剥がして、被っているだけだ」
「……なるほど、
首を折って殺害したハシャーナから、顔の皮を無残にも剝ぎ取った。あの亡骸の惨状は癇癪によるものではなく、肉の皮を引き剥がしたことを悟らせない為の手段だった。包帯をしているのは恐らく、大きさの合わない皮を隠す為のものだろう。
「こんなもの、邪魔でしかなかった」
女はグラン達を無視し、苛立ったように身に纏う鎧を脱ぎだした。強引に破壊して取り外すと、剥がれた鎧内のインナーから豊満な胸がまろび出る。同時に、白い首筋やしなやかな肢体をあらわにした。
次第に防腐使用の作用が切れたのか、肉の
「いい加減、
「生憎だが、それは出来ないな」
長剣を構え睨む女性に、グランも大剣を構え向き合う。女性から放たれた鋭い殺気が、グラン達に押し寄せる。