魔女の遺したもの   作:森山中

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迷宮街攻防戦②

 強烈な殺気が放たれた直後、グラン目掛け女は襲いかかった。対するグランも前方に疾走し、長剣による一撃を防ぐ。

 

 「やはり、強いな」

 

 「君の方こそ」

 

 互いの武器が衝突し、金属音に似た音が響き、激しい火花を散らせる。続く女の攻撃を、グランは難なく対処していく。振り下ろされる長剣、弾かれた一撃からの斬り上げ、右足を軸にした回転斬り。舞い狂う女の剣撃を、グランはその場を動(・)く(・)こ(・)と(・)な(・)く(・)防御をこなしていく。

 

敵の情報を少しでも集める為に、グランはこの剣戟に応えていく。だが女はそんなグランの心情などお構いなしに、強烈な攻撃を浴びせていく。

 

 長大な道を縦横無尽に動き女は攻撃を繰り出すが、傷を負わせるどころか、かすりもしないことに舌打ちをする。次第に純粋な剣技だけではなく拳と蹴り技を交えた連撃を放つ。凄絶な攻撃の洪水にもグランは怯むことなく、全て防ぎきる。

 

 包帯が靡き、感情を感じさせない瞳がグランへ疾走する。籠手(ガントレット)の拳撃が黒い残像を生み出し、長剣と足刀が美しい弧を描く。酷烈とも言える攻撃の流れに、グランは応戦しながら思考を巡らせる。

 

 (これ程の実力者の存在を、私(・)は(・)知(・)ら(・)な(・)い(・))

 

 対峙する女の実力がLv.6と同等のものだと感じ、グランは敵の正体を探ろうとするが、何一つ思い付かない。この迷宮都市で二十年以上冒険者をしていたグランですら、目の前の女の存在を見聞きしたことが無い。

 

 (過去の強豪達(オシリス・ファミリア)のような可能性が無いわけではない……もしくは、闇派閥(イヴィルス)の残党の一人)

 

 七年前の『抗争』、六年前の『27階層の悪夢』。これらによって消失したと思われている闇派閥(イヴィルス)の精鋭達。その中の生き残りが彼女であり、この数年で【ステイタス】を昇華させてきたのか……グランはこのどちらかの可能性が高いと踏む。

 

 敵の斬撃の質が格段に上がっていき、壮絶な凶剣がグランへと襲い掛かる。女の振り下ろしを平然と地面に向け受け流し、グランの一閃が残る皮の仮面(マスク)を斬り飛ばした。

 

 「ちっ」

 

 反応することも出来なかった一撃に、女は舌打ちと共に後方へと跳躍し、ゆっくりと顔を上げた。

 

 血のように鮮やかな赤髪、よく見ればもとは長髪だったのか、刃で雑に斬り落とした跡が存在する。そして、貴石の如く透き通った緑色の瞳。切れ長の眼光がグランを射抜く中、グランは後方のアイズに指示を飛ばした。

 

 「アイズ。二人を連れて広場まで向かってくれ」

 

 アイズは無言で頷きレフィーヤ達を連れ、その場を動いた瞬間。

 

 「行かせると思うか」

 

 離れた距離にいた女が懐に手を伸ばし、取り出したのは草笛だった。次には唇と草の間から高い笛の音が響き、周囲から地響きが伝わってくる。

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』

 

 「なっ⁉」

 

 動き出したアイズ達を封じるように食人花のモンスター達が現れ、ルルネの短い悲鳴が戦場に木霊する。アイズが二人を守ろうとし飛び出した瞬間、連動するように残る食人花のモンスターと女がグランに迫る。

 

 「そろそろ、宝玉(たね)を返してもらうぞ」

 

 アイズが食人花のモンスターの群れと、グランが女との戦闘を開始する中、レフィーヤ達は動けない状況に陥った。Lv.3の二人では食人花の群れを突破するのは不可能であり、グランとアイズ達に守られるしかない。

 

 女の渾身の一撃を弾き、地を滑るように伸びる触手を斬り落とし、続く食人花の突撃を回避し首と胴を両断したグランは、後方の光景に叫び声を上げた。

 

 「逃げろ!」

 

 「えっ……」

 

 唖然とした呟きを落としたレフィーヤの横には、複数の食人花のモンスターが迫っていた。次の瞬間には凶悪な牙を見せ、レフィーヤ達を捕食せんと動き出す。

 

 その瞬間、食人花のモンスターを倒したアイズが『魔法』を発動させ、レフィーヤ達へ急行する。風の増幅(ブースト)により爆発的に高まった速度をもって、食人花のモンスター達を斬り伏せた。グランも何故か呆然としている女と離れ、レフィーヤ達の援護に向かう。

 

 「今の風……お前が『アリア』か」

 

 名前のような単語を呟き、女の鋭い瞳がアイズだけに向かう。女の発した言葉にグラン達が疑念を感じる中、アイズだけはその金の双眸を大きく見張っていた。女とアイズの視線が混じり合い、戦場に奇妙な沈黙が走った。

 

 『──ァアアアアアアアアアアアアアアッ‼』

 

 直後の事だった。グランが持っていた小鞄(ポーチ)の内部から、女の絶叫のような高音が響いた。すぐさま小鞄(ポーチ)が不気味に揺れ動き、それを感知したグランが小鞄(ポーチ)ごと遠くへ投げ飛ばす。同じくその声を聞いた女が、焦燥を浮かべながら動きだそうとするよりも早く、何かが小鞄(ポーチ)を突き破った。

 

 『アァアアアアア‼』

 

 空中で奇声を上げ、姿を見せたのは、緑色の宝玉に存在していた雌の胎児であった。まるでアイズの魔法が切っかけだったかのように動き出した胎児は、小さな体とは思えない程の力を発揮し、自分の体躯以上の飛距離を飛礫のように跳んだ。

 

 急激に迫りくる胎児にアイズが大きく回避すると、胎児は全身から液体を垂らしながら、残る一体の食人花のモンスターへ接触し、寄(・)生(・)し(・)た(・)。

 

 「なっ──」

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ⁉』

 

 女の呟きが零れる中、食人花のモンスターが絶叫を木霊させる。

 

 長大な体の体皮に同化した胎児は刻印のように刻まれ、その部位を中心に変化が起こった。

 

 血が流れるように赤い脈状の線が体を流れ、連動するように唾液にまみれた悲鳴を腔内から吐き出し、同時に食人花の体が大きく揺れ、膨れ上がった。肉が隆起していく。

 

 その様子を眺めていたグランは気味の悪い感覚に襲われ、レフィーヤ達は凍り付くように固まっている。

 

 常軌を逸したその成長は、もはや変異と呼ぶにふさわしい。あの宝玉はモンスターを強制的に別の存在に至らせてしまう、禁断の果実であったのか。慄然とする冒険者達の前で、胎児が寄生した部分から何かが盛り上がっていった。

 

 蛹が羽化するかの如く、人の体のような影が、音を立て体皮の下で誕生しようとしていた。

 

 『────────────アアッオオオオッ⁉』

 

 藻掻くモンスターは変異の途中でありながら襲いかかった。暴れ回るモンスターの巨体の攻撃に、アイズが疾走しレフィーヤ達を抱え込む。グランが暴走するモンスターを蹴り飛ばし、再びアイズ達に指示を飛ばす。

 

 「そのままフィン達と合流するんだ!」

 

 アイズが水晶広場を目指し突き進む中、一連の様子を視界に収めていた女が口を開いた。

 

 「何もかもが台無しだ……!」

 

 盛大な舌打ちを放ち赤髪の女もその場を離脱していく。

 

 ただ一人残ったグランは、羽化を遂げたかのようにモンスターの体皮を破る、女体の姿を視界に捉えた。

 

 

 

 

 

 「フィン!」

 

 「無事だったか、アイズ!」

 

 レフィーヤとルルネを抱えたアイズの呼びかけに、リヴェリアが反応する。

 

 水晶広場に辿り着いたアイズはフィン達と合流し、レフィーヤ達をその場に降ろした。フィンが渡してきた回復薬(ポーション)を受け取り、アイズ達は身体を癒す。

 

 「アイズ。あのモンスターがどこから現れたか、知っているかい?」

 

 フィンの問いに振り返ったアイズは、視界の先の光景に驚きを隠せずにいた。レフィーヤ達もその光景に目を奪われている。

 

 先程まで食人花のモンスターであった存在は、別種と言っていい程の進化を遂げていた。

 

 蛸のような十本の足はすべて食人花のモンスターからなり、全て意思を持っているかのように蠢いている。複数の足の付け根より上は、極彩色の女体を象った上半身が形成され、遠目から確認出来る姿は半人半蛸(スキュラ)のようだ。

 

 アイズの記憶を刺激するのは、前回の『遠征』にて50階層で遭遇(エンカウント)した女体型のモンスターだった。異なる点を挙げるならば下半身が芋虫であったことだ。無貌の顔に極彩色の体、他の全てが記憶のモンスターと酷似している。

 

 アイズはここに来るまでに起こった全てをフィンに伝えた。ルルネ・ルーイの受けた依頼、小鞄(ポーチ)の中身である緑色の宝玉、それを狙う赤髪の女。

 

 それらの情報を統合したフィンは。モンスターが出現した祭から考えていた可能性を口にする。

 

 「恐らくだけど、アイズ達を襲ったその女性は調教師(テイマー)の可能性が高い」

 

 『‼』

 

 「この街(リヴィラ)が接近の予兆さえ感じさせずにいたこと、崖下にモンスター達が潜伏していたことから、その女性が統率をしていたと思われる」

 

 突如として出現したモンスターの群れ、何より怪物には不可能な戦略的な行動を目の当りにしたフィンが、赤髪の女と調教師(テイマー)を結びつける。その話を聞いたアイズに異論はなく、無言の肯定を見せる。自身もあの赤髪の女がモンスターを呼び寄せる瞬間を見ていたことが、フィンの考えを支持させる。

 

 「ハシャーナ荷物が元々は、その女性の物だったか不明だけど……少なくとも何かしらの関係がありそうだね」

 

 「ですが、アイズさん達と戦う前に、良い加減返してもらう。と言っていましたが……」

 

 「ならば、その荷物は調教師(テイマー)の物だったのか?」

 

 フィンの考察にレフィーヤが聞いた言葉を伝えると、リヴェリアは蛸のようなモンスターを一瞥し口にした。レフィーヤが見聞きした通りであるならば、ハシャーナが受けた依頼の内容に疑念を抱く。

 

 30階層で内密に単独で採取。血塗られた羊皮紙に残っていた単語から、犯人に狙われる何かを採取し、ハシャーナは殺されたと予測を立てた。だが採取ではなく奪取であるならば、敵のこの大掛かりな作戦を決行した理由が取り返す為だと繋がる。

 

 とはいえ、赤髪の女が善性の人物である可能性は既にない。『遠征』での一件、フィリア祭の出来事、そして今回の騒動。全てに未発見のモンスターが確認され、敵を調教師(テイマー)と仮定した場合それらと関係していた可能性が高い。

 

 冒険者達が赤髪の女について思考する中、リヴェリアの凛とした声が場に伝わった。

 

 「その調教師(テイマー)が所持していたと思われる、緑色の宝玉だが……モンスターを変異させる代物など、聞いたこともない」

 

 「50階層のモンスターも、あの宝玉のせいでこんな風になったのでしょうか……?」

 

 リヴェリアと同じく

 

 「そうだろうね。リヴェリアの言う通り気になるけど、まずはモンスター達を掃討しないと」

 

 フィンの言葉通り、依然『リヴィラの街』は戦火に包まれている。白と青の水晶のきらめきに彩られる夜の街並みは、モンスター達の侵略によって破壊されている。水晶の柱は砕かれ、木屑に成り果てた天幕や小屋が、無残に散りばめられている。

 

 食人花のモンスターは未だ存在し、冒険者達に襲いかかっている。フィンの的確な指示によって対応しているが、苦戦している者が多い。第一級冒険者のアイズに加え、後衛魔導士のレフィーヤが参戦すれば、戦況を変えることが出来るだろう。

 

 「あの変異したモンスターはグランに任せ、僕達は周囲のモンスターの殲滅に当たる」

 

 フィンの号令によりリヴェリアはレフィーヤを連れ高台に移動し、アイズは二人とは反対方向に向かい、フィンとルルネはその場に残ることに。

 

 

 

 

 

 

 地を這い接近してくる二頭の食人花の首に向け、グランの大長剣が振り下ろされる。大黒塊の斬光を浴びて断たれた足から絶叫が迸る。失った足の光景に女体型の上半身のが動き、腕の触手をグランに向け槍の如く放出する。

 

 押し寄せる無数の触手を大剣の横薙ぎで斬り払う。直線だけでなく曲線も描き四方から伸びる触手ですら、グランにかすることはなく斬り落とされる。お返しとばかりにグランは八本の足の内、三本を瞬く間に斬り伏せる。

 

 (やはり、アイズを狙おうとしている)

 

 無貌の顔が向く先は水晶広場──屋根を伝い戦うアイズに向けられていた。グランの斬撃を受けてなお、食人花の足が止まることはない。

 

 (あの宝玉が動き始めたのも、アイズが魔法を行使した瞬間……食人花のモンスター同様、魔力に反応する性質があるのか)

 

 だがそれだけではアイズだけを狙う理由には足り得ない。今も魔法を放っているリヴェリア達ではなく、アイズだけに執着をしている。その異常な行動に、グランはモンスターの本能以外の何かを感じる。

 

 (あの赤髪の女性が言っていた『アリア』という単語……アイズの魔法(かぜ)を見てから告げられていた)

 

 その瞬間のアイズの反応は、グランが見たこともないものだった。昔に比べ感情を表にすることは多くなったが、それでもあれ程の反応を見たことはなかった。

 

 (赤髪の女性、そしてこのモンスター……アイズとの関係性は分からないが、彼女に近づかせない方が良いことだけは確かだ)

 

 情報を探ろうとしたグランであったが、危険性を無視することなどせずに、速やかに討伐に移行する。

 

 女体型の上半身は敵味方関係ないのか、道中に存在する食人花のモンスターを捕食していっている。

 

 (本能のまま襲っているのが……それとも、魔石を喰らい『強化種』になろうとしているのか)

 

 モンスターの側面を走りながら、グランは敵の行動に疑念を抱く。どちらにせよ、このまま放置させてしまえば、面倒なことになってしまう。

 

 グランはモンスターの眼前に飛び出し、詠唱を開始した。

 

 「【示せ、頂点の威光を。輝け、不滅の光。汝は、光の道を受け継ぐ者なり】」

 

 真下に感じる魔力の高まりに、モンスターは両腕から触手を射出するが、グランは一振りで全てを断った。

 

 「【セケム・セプター】」

 

 白銀の光粒がグランの体を包んでいく。次第に両手で構えている大長剣まで光が伝わり、吸い込まれるように収束していく。

 

 初めて表情を歪める女体型の上半身が、再生させた触手を向けるよりも早く、グランは大剣を振り上げていた。

 

 「『残光』」

 

 名を呼び、振り下ろした大長剣から生まれたのは、『光の大刃』。白銀の光流は間に入ってきた全て食人花の足を消し去り、女体型の上半身さえも貫いた。

 

 『──────────ァアアアッ⁉』

 

 女体型の悲鳴すら光に飲み込まれ、体の破片が儚い紫紺の輝きと共に灰となった。

 

 モンスターの討伐を終えたグランは、すぐさま広場に向かい、残る食人花のモンスター達の掃討に参戦する。グランの登場により冒険者達の底力が発揮され、瞬く間にモンスターの侵攻を押し返していく。破鐘の啼き声が消え去り、食人花のモンスターは全滅した。

 

 グランは中央広場で姿が見えないフィン達を探していると、街の西側からの戦闘音を耳にする。モンスターの被害を受けた西部のは更地のような様相を呈している。

 

 グランが西部に向け火片が舞う空間を疾走し、蒼い薄闇に包まれた荒れ果てた街並みを進んでいく。西部に辿り着いてもフィン達の姿はなく、モンスターの破壊した街壁を抜け街の外へ出た。

 

 『リヴィラの街』の西方、島の中心部へと向かう。街を離れると、そこは荒野と言うべき景色に変わっていった。そのまま荒野を駆け抜け島の西端に到達した。

 

 「何かあったのか?」

 

 「ああ、君と戦った赤髪の調教師(テイマー)に逃げられてしまってね」

 

 フィン達の背に向け声をかけたグランの言葉に、フィンが答える。フィンの視線は暗い崖下に向けられている

 

 「ここに飛び込んだのか……」

 

 「こうなってしまった以上、追跡は不可能だろうな」

 

 18階層はそれ程までに広く、大草原、湿地帯、広大な森林。と身を隠すところは至るところに存在し、闇雲に探してもほぼ間違いなく見つけられないだろう。

 

 未だ多くの謎を残してはいるが、18階層の攻防戦は幕を閉じた。

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