魔女の遺したもの   作:森山中

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いつの間にか、お気に入り登録が100を超えていて、評価に色が付いていました。こんな作品を読んでくれている読者の方々には、感謝しかありません。こんな自己満足の作品ですが、よろしくお願いします。


迷宮の孤王

 『リヴィラの街』で起こった事件をひとまずは収束させたグラン達は、一度地上へ戻ることとなった。

 

 事件の中心にいたグラン達は、今回の騒動により怪我を負った冒険者達の救護や地上撤退の際の護衛担当し、ボールス等冒険者達を引き連れ帰還した。『リヴィラの街』の冒険者全員が帰還するという事態に、地上は小さくない混乱に陥っていたが、ギルドの迅速な対応により場は収まった。負傷者はギルドの治療院に運ばれ、軽傷な者もその場で治療を受けていた。

 

 事件の顛末の報告はグラン達に任され、ギルドは勿論のこと各主神達へも報告することとなった。ひとまずは考えを纏める。それが主神達の返答であった。一方で、騒動の犯人である赤髪の女──調教師(テイマー)はハシャーナ殺害の犯人とし、【ガネーシャ・ファミリア】の要望のもあり要注意人物(ブラックリスト)に記載されることとなった。

 

 グラン達とルルネ以外に例の調教師(テイマー)と遭遇した者がいない為、モンスター奇襲の真相は、これまでの事例通り異常事態(イレギュラー)として認識されるようになっていった。街の頭領であるボールスには、グランとフィンの口から伝えられたが。

 

 ハシャーナの殺害及び『リヴィラの街』の騒動については、今のところ上級冒険者達の間でとどまっていた。下級冒険者達への公表は余計な混乱を招くだけとなる、というギルド側からの処置であった。『リヴィラの街』であるならば、これまで通り冒険者達の手で修繕され、前と変わらない姿を見せるだろう。

 

 「グランはこれから、どうするつもりだい?」

 

 ギルドでの報告と後処理を終えたグランのもとに、同じく雑務を終えたフィンが声をかける。グランがダンジョンを探索している訳を知っているフィンは、今後の予定を尋ねたのだ。

 

 「再び、ダンジョンに向かおうと思っている。ハシャーナが訪れていたという30階層に、何かあるかもしれないからな」

 

 「僕も同意見だよ」

 

 ハシャーナが殺された要因となった30階層での依頼。そこで入手した緑色の宝玉に関連する何かが、同じ階層に残っているかもしれない。もとより『深層』まで調べようとしていたグランにとって、新たな手掛かりを得られたことになったのだ。この機を逃すわけもない。

 

 「そんな君に頼みがある。僕達はもう一度ダンジョンをもぐろうと考えているんだが、君にも同行してほしくてね」

 

 「私は問題ないが、リヴェリア達は構わないのか?」

 

 「問題ないよ。既に皆には話しているからね」

 

 グランとしては、フィンの提案に異論はなかった。フィン達も目的は同じく極彩色のモンスターの情報収集であり、次の『遠征』の為の資金稼ぎだ。どちらも共通の目的を持つ者同士、協力をしない手はなかった。

 

 「なら、喜んで同行させてもらおう」

 

 「君なら、そう言ってくれると思ってたよ」

 

 旧友であるフィンは、最初からから分かっていたように微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 グランが再びダンジョン探索に向かってから数日後。ハトホルは本拠(ホーム)の執務室にて、眷属であるネルティとグランが持って帰ってきた新たな情報について話し合っていた。

 

 「やはり、敵はある程度統制がとれていそうですね」

 

 「そうだねー。流石にモンスターだけでー、あんなに動けるとは思えないよー」

 

 50階層の芋虫型、フィリア祭、旧地下水路での食人花のモンスター、そして18階層の調教師(テイマー)の存在。一度に多数ではなく、離れた場所でモンスターの姿が確認されていながら、何者の気配を感じなかった。そのことにハトホルは疑念を抱いていたが、赤髪の調教師(テイマー)の登場により、その疑念は晴れたのだ。

 

 「グランの予想通り、敵の正体は闇派閥(イヴィルス)の生き残りなのでしょうか」

 

 「可能性は一番高いと思うよー。とはいえ例の調教師(テイマー)ってー、グランが知らないんでしょー」

 

 「はい。私も特徴は訊きましたが、思い当たる冒険者はいないですね」

 

 同じ女性冒険者で自身と同等の実力がある冒険者を、ネルティも同じく記憶になかった。今の時代で考えれば頂点の一角たる実力者の名と武勇が知られていないなど、ネルティは信じられなかった。

 

 「グランと戦った調教師(テイマー)は強力ですが、一人であれだけのモンスターを調教(テイム)出来るとは思えません」

 

 もし、グランの想像通り新種のモンスターが確認された騒動に、赤髪の女が関係しているなら、あまりにも異常過ぎてしまう。芋虫型、食人花のモンスター達の脅威度は少なくとも第二級冒険者の実力に比肩している。そんなモンスターを大群と呼べる程調教(テイム)が可能など、【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭ですら不可能と言えてしまう技術だ。

 

 「地上のモンスターを卵から育ててるわけでもないだろうしー、そうだとしても時間がかかり過ぎるよねー」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の中には地上で入手したモンスターの卵を一から育成しているが、モンスターの力はやはり弱くなった地上の他のモンスターと同じもの。対する食人花のモンスター達の力とは隔絶した差が存在している。あの戦力を用意するのに、一体どれ程の年月がかかるのか

 

 「だとするなら、敵はどうやってあの数のモンスターを……?」

 

 モンスターはダンジョンによって生み出された存在。地上で繁殖という形に変化したモンスターを除けば、全てのモンスターはダンジョンより生まれる。その疑問を口にしたネルティの言葉に、ハトホルは仮面の下の瞳を細める。

 

 (やっぱり、ダンジョンで何かが起こっている……)

 

 神たるハトホルは、この結論に至った。神ですら掌握し切れていない異常事態(イレギュラー)か。もしくは、モンスターの上(・)位(・)存(・)在(・)が存在する。グラン達が持ち帰った情報から、ハトホルは二つの可能性を思い浮かべた。

 

 「ハトホル様。ロキ様がギルドに訪れたそうですが、何か情報はありましたか?」

 

 熟考していたハトホルの耳朶を震わせたのは、つい最近のことを話すネルティの声だった。

 

 それは数日前の出来事。地下水路を探索し帰還していたハトホル達は、奇遇にもデュオニュソス等と出会った。話を聞いていく中で、フィリア祭での事件がギルドによるものだと踏んでいるデュオニュソスが、自分達では出来ないとハトホル達に対しギルドの調査を頼んだ。じゃんけんに敗北したロキが担当することとなり、その日の会合後ロキはギルドに向かったのだ。

 

 「ウラノスのところまで行ったらしいけどー、フィリア祭の事件は関係ないらしいよー」

 

 「そうでしたか。個人的にはあまり、ギルドの仕業という意見は納得しずらかったでしたので」

 

 「そうだよねー。デュオニュソスの思い違いだったのかもー」

 

 そんなネルティの考えに肯定しながら、ハトホルは一つの隠し事をしていた。

 

 ロキの話の通り確かにギルド──ウラノスは今回のフィリア祭の事件には関与していない。そう、フィリア祭に(・)は(・)関与していないのだ。だがウラノスの言い回しは、別の何かを含んでいる可能性を示唆するものであった。

 

 (ウラノスも抱えているものがあるのは分かったけど……それがどんなものなのか分からないし、今は気にする必要もないかな)

 

 恐らくはロキも同様の判断をしているだろう。今ギルド側の不安を煽るような真似をするのは、逆効果にしかならない。ハトホルはそう考え、ネルティ達眷属に情報を隠すことにしたのだ。

 

 (今は情報が少ないし、グランが帰って来るのを待つしかないかな)

 

 今もダンジョンを進む眷属の帰還を、ハトホルは望んでいた。

 

 

 

 

 

 『リヴィラの街』で勃発した事件から、六日後が経った。一度地上に帰還したグラン達は、再びダンジョン探索を励んでいた。フィン達の部下である少女を連れた、計八人のパーティだ。

 

 現在地は37階層。『深層』と称される階層の一つだ。グラン達は37階層の片隅にある『ルーム』で長時間の休息(レスト)を取っていた。

 

 「グラン、そろそろ出発しよう。準備してくれ」

 

 「ああ。わかった」

 

 フィンの指示により的確に野営道具を片付けていき、ダンジョン探索を再開していった。

 

 37階層は『白宮殿(ホワイトパレス)』とも呼ばれている。

 

 白濁色に染まった壁面と、あまりにも巨大な迷宮構造が名の謂われだ。これまでの階層とは異なり、通路や広間、壁に至るまで全てが広く大きい。また円形の階層全体が城壁の如く五層の大円形で形成されていて、階層の中心に次層への階段が存在している。巨大都市(オラリオ)に匹敵する範囲領域は、正規ルートが確立されているとはいえ、迷い込めば二度と出られなくなる程だ。

 

 遭遇(エンカウント)としたモンスターの群れを殲滅したグラン達は、広大な迷宮の道を進んでいった。

 

 37階層はその広大さもあってモンスターの数は40階層以上の領域では群を抜いていおり、次産間隔(インターバル)も非常に短い。モンスターが階層の各所に散らばっていることが救いだが、今のように気まぐれに固まっている群れとぶつかることもあってしまう。

 

 「流石に腰が引けるよ……リヴェリア、何か聞いていないかい?一度辛酸を舐めさせられたぐらいで、ああにはならないだろう」

 

 「いいや。何でもないと、口を開こうとしない」

 

 「んー。グランは何か知らないかい?」

 

 「私も特に思い当たることはないな」

 

 困ったようにフィンが目を細め、リヴェリアはその心労を語るように嘆息する、二人の目線が向けられているのは、凍てついた相貌で剣を振り鳴らすアイズの姿だった。

 

 この階層では戦士系(ウォーリアー)のモンスターが多く出現する。猛牛(ミノタウロス)に比肩する体格を誇る『バーバリアン』、蜥蜴人(リザードマン)の上位主である『リザードマン・エース』、黒曜石の体を持つ『オブシディアン・ソルジャー』。階層最上級(トップクラス)の戦闘能力を誇る、『スパルトイ』など、人体と同じ構造を持つ中型以上のモンスターが跋扈している。

 

 そんなモンスター達に対し怯むどころか、壮絶な斬撃を浴びせていくアイズの姿に、フィン達は娘の行動を心配する親のように見つめていた。

 

 「仕方ない、自分から口を開くまで待つしかないね」

 

 「ああ。空腹になれば収まるだろう」

 

 そんな娘の扱いに慣れているのか、二人してそう口にしていた。

 

 モンスターを殲滅し、魔石や『ドロップアイテム』を回収していく中、グランは先程のアイズの姿を見て赤髪の女との会話を思い出した。

 

 初めてアイズが魔法を使った時、女はアイズを『アリア』と呼んでいた。その名前を聞いたアイズの表情は、今までに見たことない程のものだった。

 

 (『アリア』というのは名前だろう……アイズの名に似ているが、身近の人物なのか?)

 

 だがそれなら、アイズの姿を見た時からその名を呼んでいただろう。アイズの魔法を見て、赤髪の女は『アリア』とアイズのことを呼んだ。赤髪の女にアイズが負けたという話をグランは訊いていて、その事が今の原因となっている。そう思っていたグランだが、今思い出した事が原因なのかもしれない。

 

 「フィン、リヴェリア」

 

 「どうしたんだい?」

 

 「アイズのことだ。少し気になることがある」

 

 グランは隣に立っているフィン達に声をかけ、要件を口にした。

 

 「アイズのことなら心配しなくていい。そのうち戻るだろう」

 

 フィンもリヴェリアと同様に、問題は無いとグランに伝える。グランは首を横に振り、再び話始めた。

 

 「そうではない、一つ聞きたいことがある。『アリア』……という名前は、彼女の知り合いだろうか?」

 

 『⁉』

 

 その言葉に、フィンとリヴェリアの双眸が大きく見開かれる。あの時の、アイズと同じ表情をしていた。三者の間に異様な静寂が訪れる。ダンジョンの深層域の雰囲気が加わり、どこか重苦しいものになっていた。

 

 「グラン……その名前を、どこで知ったんだい……」

 

 そんな空気を貫くように、フィンの声がグランの耳に届いた。彼にしては珍しく、声色が少し揺れていた。グランはそんなフィンの声に、少し驚いてしまう。

 

 「赤髪の調教師(テイマー)がアイズのことをその名で呼んでいた時に……そうだ、彼女が魔法を発動した時だ」

 

 思い出すように説明するグランに、再びフィン達は瞠目する。次に声を上げたのは、フィンの隣に立つリヴェリアだ。

 

 「本当に……『アリア』と呼んでいたのか?」

 

 「ああ、そうだが……何か知っているのか?」

 

 いつもの調子じゃないのは、リヴェリアも同じだった。美しい翡翠の瞳が、動揺を宿しているようだった。その様子に、グランはたまらず尋ね返したが。

 

 「すまない、グラン。今は教えられないんだ。君の気持を無駄にしてしまうが……」

 

 「……気にしないでくれ。無理に聞こうとも思っていない。それに、私よりもアイズの方を心配してやってくれ」

 

 「ありがとう、グラン」

 

 グランの問いに答えたフィンは、何も話せないことに申し訳なさそうにする。その姿に、グランは無理には聞かないことにした。二人の様子からして只事ではないと察し、アイズの心配を優先するように促した。

 

 戦闘を終えたグラン達は、その場を後にし、階層の奥──中心部で探索を続けた。37階層には闘技場(コロシアム)と呼ばれる、一定数を上限に無限の如くモンスターが湧き出る大空間が存在する。アイズが一人向かおうとしたが、その度にリヴェリアが止めに入っていた。

 

 その後も暫く探索を進めて行く中で、アイズの無茶な探索は続いた。

 

 仲間を危険に晒すことは無かったが、単独でモンスターの群れと戦うことが多かった。今も一人戦う姿を、フィンとリヴェリアが険しい表情で見つめていた。

 

 「……フィン、リヴェリア。私だけまだ残らせてほしい」

 

 そんなアイズの願いが伝えられたのは、そろそろ地上に帰還しようと話し合っていた頃だった。当然、ヒリュテ姉妹、レフィーヤから反対の声が上がる中、ただ一人賛同の声を上げる者がいた。

 

 「フィン、私からも頼みたい。アイズの意思を尊重してやってくれ」

 

 リヴェリアであった。そんなリヴェリアにも疑念の声が向けられ、アイズ自身も反対されると思っていたのか、驚いている様子だ。先程のグランの会話から、どこかリヴェリアはアイズを護っているように見える。

 

 「私も残ろう。それならばいいだろうか?」

 

 アイズのサポーターを担うと提案するリヴェリアに、フィンは顎に手を添え、もったいぶるように頷いた。

 

 「わかった、許可しよう」

 

 副団長の同行に続き、団長の許可に、またも団員達から声が上がる。そんな中、次に口を開いたのは、グランであった。

 

 「なら、私も同行させてくれ。二人の護衛を務めよう」

 

 「いいのか、グラン?お前には関係ない【ファミリア】の問題だが」

 

 「いいんだ、リヴェリア。他派閥の者でも、今のアイズを放っておくことは、忍びないからな」

 

 同行を提案するグランに、リヴェリアは疑問の声を向けるも。次には感謝を告げていた。

 

 団長の許可が降りたこと、何よりグランの同行が決まったことで、誰も反対の声を上げなくなっていた。これ以上の増員は、物資の問題もあり、三人以上が残るのは難しい。

 

 アイズを心配するレフィーヤ達の首が悲しげな声と共に折れ、なくなく退いたのだった。

 

 そんなことで、アイズの我儘は通ることとなった。アイズを心配するレフィーヤ達が、アイズの周りで騒いでいる横で、グランはフィンとリヴェリアと向き合っていた。

 

 「すまないね、グラン。【ファミリア】の問題に巻き込んでしまって」

 

 「気にしないでくれ。もし私が先程君達に言ったことが理由なら、あの赤髪の調教師(テイマー)が現れるかもしれない」

 

 もしそうなってしまったら、対処できるのはこの場でグランとフィンのみ。立場上帰還の指示を出さなくてはならないフィンは、この場に残ることは出来ない。だからこそグランは、アイズ達に同行する方針を示したのだ。

 

 「すまない、フィン。責任は私が持つ」

 

 「ああ。僕の手持ちの精神力回復薬(マジック・ポーション)は全て置いていく。どうか気をつけてくれ。……アイズのことを、頼んだよ」

 

 「わかっている……ありがとう、フィン」

 

 荷物を受け取ったリヴェリアは、撤退の準備を進めるフィン達の姿を眺め、ややあって、彼等と別れる。『ルーム』に存在するたった一つの出入り口の前で、去る団員達からアイズは激励を送られていた。

 

 「……ありがとうございます、グランさん」

 

 「その言葉は、私ではなくリヴェリアに向けてやってくれ」

 

 「あまり手をかけさせるなとだけ、愚痴を言わせてもらおう」

 

 「……ごめん」

 

 赤裸々になった子供のようになるアイズと、それを叱るリヴェリアの姿は、まるで親子のように見える。昔から知る二人の姿に、グランは思わず母親だなと呟くと、次にはリヴェリアの杖が足に飛んできた。

 

 そんな問答を繰り広げていたグランの足が、小さな、本当に僅かな振動を感知する。

 

 「来た」

 

 「そのようだな」

 

 「まさか…」

 

 待っていましたと言わんばかりのアイズとグランに、リヴェリアが問いただそうと口を開きかけたが、彼女も気付いたようだった。地面の揺れが、階層全体に伝わる程大きくなっていることを。

 

 次の瞬間。

 

 グラン達の視線の先で、『ルーム』の中心点が隆起する。大地が割れ、大量の土塊を押し除け、途轍もなく巨大な図体が地面から顔を出す。巨大に連れられた岩と土砂が、雪崩のように降り注ぐ。鼓膜が潰れるような轟音と共に、やがてそれは完全に姿を現す。

 

 『──オオオオオオオオオオオオオッッ‼︎」

 

 37階層迷宮の孤王(モンスターレックス)『ウダイオス』が、グラン達の眼前に姿を見せる。

 

 「手を出さないで、二人とも」

 

 王の叫びに応えるように、アイズは剣を抜き歩み出した。





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