アイズの戦闘が主になってしまいましたが、次回から視点を戻していきます。
『
特定の階層に出現する階層の主。一定周期の
『ウダイオス』はその中で『深層』初の階層主であり、その実力は冒険者換算にしてLv.6。約三か月前、グランが
グランの横でその巨躯を見上げながら、リヴェリアが半ば呆然と呟く。
「そうか……もう、三ヶ月経ったのか」
『ウダイオス』は骸骨系のモンスターであり、全身が漆黒に染まっている。その黒い骨格を見ているだけで吸い込まれそうで、不気味さや剣呑さとも取れる鋭い光沢を帯びていた。
下半身は地面に埋まったままで、骨盤の上のみの体でありながら高さ10Мに迫る程である。背骨を構成する椎骨が波打つように動き、まるで意思を持っているようだ。頭部には
巨躯の中心──胸部内部には、規格外の
「本当に、一人で挑むつもりなのか?」
「そうだろうな。更なる強さを求める為に」
アイズは最初から、狙っていたのだろう。階層主という強大な相手を単独で撃破出来る、この瞬間を。これ以上伸びることのない己の器を昇華させ、次の
同じ冒険者としてアイズの気持ちを察したグラン達は、一人の冒険者の背を見守ることに。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼』
自身に突貫してくる金の風に、ウダイオスは剥き出しの黒骨が照る歪な左腕を薙いだ。大気を抉りながら繰り出された一撃に、アイズは風を纏い加速する。懐に潜り込んだ矮小な影を見失い、ウダイオスの動きが止まる。その隙を見逃すことなく、アイズはがら空きとなっている左脇中段に横切りを放つ。
『ウゥゥッ⁉』
「惜しい!」
「だが、傷を付けられていない」
アイズの『魔石』を狙った一撃は上下に動く肋骨に防がれた。リヴェリアの言う通りもう少しで
アイズは攻撃の手を緩めることなく、ウダイオスの背部に回り込んでいく。完全に背骨を晒す背中にアイズが剣を向け走り出した瞬間──踏み抜いた地面から槍の如く伸びる漆黒の杭が放出された。目下から突き上がる一撃を、アイズは上半身の動きで避ける。
(これを対処しなければ、ウダイオス攻撃を加えることはおろか、近づくことすら不可能だろう)
地中から放たれる槍衾、剣山にも似た
『ルゥオオオオオオオオオオオオッッ!』
その巨体に見合った速度で振り返る上半身と反するように、恐ろしい勢いで放出される剣山が絶えずアイズに襲いかかる。既にアイズの周囲には無数の柱が立ち並び、アイズの体はウダイオスの正面に誘導されていた。
連続の回避行動を専念されるアイズに対し、ウダイオスは両腕による攻撃を再開する。地面からの
「アイズ!」
防戦一方なアイズに対し、手を出さないでと懇願されているリヴェリアが叫んだ。ルームの出入り口付近は未だウダイオスに補足されていない影響か、嵐の前の静けさのような沈黙を漂わせているが。戦闘の趨勢を見守っていたリヴェリアの心情は穏やかではなかった。
本来ならば何十人のパーティで攻略し分散する
「まだだ、リヴェリア」
「グラン……っ!」
杖を持ち踏み出そうとするリヴェリアを、それよりも早くグランの声が止める。そん光景を見ていたアイズの視線に気付き、グランはアイズに向け無言で頷いた。
「止めるな、グラン!このままではアイズはっ!」
「彼女を思うなら、まだ手をだしてやるな」
「……っ!」
グランの諭す言葉に、リヴェリア顔が何かを耐えるように歪む。二人は再びアイズの戦場に視線を戻した。
足場の殆どを埋め尽くす
(『魔石』の破壊が不可能ならば、次に狙うのは関節部分)
『魔石』に似た輝きを放つ関節を破壊できれば、核関節によって骨の体を動かすウダイオスの体は脱落し、大きく力を削ぐことが出来る。攻勢へ転じようとするアイズは魔法を最高出力に達し、細かい竜巻を纏う銀のサーベルが、ウダイオスの右腰を斬り抜いた。
『ゴッッ⁉』
『グオオオオオオオオオオオオオオオ⁉』
腰椎の一椎を破壊され、
『グウゥゥゥゥッ⁉』
上半身を激しく揺れ動かし近づけまいとし、倒れ込んだ体の側からでたらめに剣山を放出し、アイズを退けようとした。だがアイズは疾走するままに全てをやり過ごし、凄まじい硬度を誇る紫紺の核に対し、風を流し込んだ剣身を叩き込んだ。刃が埋まった核関節は瞬く間に撃砕する。
『────────────────ッッ⁉』
ウダイオスの顎骨から絶叫が迸り、風の爆発と共にはじけ飛んだ関節から右肩が離れ、轟音を響かせ脱落する。ウダイオスは、右腕を丸ごと失った。
「何てやつだ……!」
「お見事」
視線の先で起こった光景に、戦慄に近しい感情を抱くリヴェリアが呻くように呟き、グランは心からの称賛を口にした。
攻撃の余波で自らも吹き飛ばしたアイズは、地面に着地したと同時に駆けだした。苦痛と怒りに燃え狂うウダイオスは連続で
アイズは剣山の上から本体を叩き斬ろうとした瞬間、地に伏せるウダイオスが吠えた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオ‼』
王の咆哮に応えるように、雑兵の如く大量の『スパルトイ』が地面から生まれる。
「下がれ、リヴェリア」
「すまない……!」
武器を携えた白骨の戦士はアイズのもとだけでなく、グラン達のもとにも出現した。
魔導士であるリヴェリアを下がらせ、グランが
(何だ、あれは……)
視界の先、ウダイオスの眼前で巨大な柱が現れた。全長六М程の漆黒の柱──一本の黒大剣。それを残る左腕で掴んだウダイオスが、体を捻った。それぞれの核関節が星々の如く煌々と発光している。
「逃げろ、アイズ!」
グランの叫びが轟き、アイズが場を駆けだした同時、ウダイオスの左手が霞んだ。
階層主ではありえない速度で薙ぎ払われた、黒大剣。生み出した剣山とスパルトイがい一瞬で消滅し、効果範囲から逃れたアイズでさえ衝撃波に殴り飛ばされる。
核関節に大量の『魔力』を注ぎ込んだ爆発と、ウダイオスの規格外の膂力が合わさった一撃は、剣の射程内の全てを粉砕する。
「アイズ、一度下がれ‼距離を作れば剣は届かない!」
グランに守られるリヴェリアの呼びかけ。だがアイズは忠告に従わなかった。修羅の如く執念をもって、アイズは黒骨の王に肉薄する。
「馬鹿者……!」
グランの後方で、リヴェリアの痛罵の声が響く。今もなお死地に向かうアイズに、リヴェリアは痛哭の表情を浮かべている。それでもなお、リヴェリアはアイズを助けに行こうとしている。
「リヴェリア、既に私達も補足されている!
グラン達のもとにも
迫りくる白骨の兵士たちを斬り伏せながら、グランは漆黒の巨体に挑むアイズを見やる。魔法の最高出力、更に長時間の連続発動によって、アイズの体は限界を迎えていた。
隙を見せるアイズに剣山が牙を向き死に物狂いで逃げるアイズと、一〇〇Мは離れているグラン達は、その光景を瞳に捉えた。左手を背に溜める、ウダイオスの姿を。
「逃げろ、アイズ‼」
リヴェリアの悲鳴が木霊すると同時、グランの姿が搔き消えた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』
ウダイオスの咆哮が轟き、黒大剣をアイズ目掛け振り下ろす寸前、両者の間にグランの姿が現れる。
「おおおおおおおおおおッ‼」
グランの振るう《覇獣の大崩剣》とウダイオスの黒大剣が衝突する。次には、けたたまし轟音と、凄まじい爆風が起こった。ルーム全体が揺れる衝撃と風圧に、アイズの体が後方に吹き飛ぶ。
「ぐッ⁉︎」
ウダイオスの左手が後方に弾かれたのと同刻、グランの両足が地を削りながら激しく後退する。ルーム出入口近くまで地を削り、受け止めた両腕が衝撃に震えている。
「アイズ!」
グランと同じく、後方に跳んだアイズの体をリヴェリアが受け止める。額から血が溢れようとも、お構いなしにアイズは叫ぶ。
「リヴェリア……!手を、出さないでっ」
「グランが間に入らなければ、直撃していたかもしれないのだぞ⁉︎」
「……っ!」
事実、グランが一撃を相殺しなければ、アイズは致命傷を負っていたであろう。突き付けられた言葉に、アイズの顔が歪む。
「私は、お前を見殺しには出来ないっ!」
杖の柄を握る手を震わせ、リヴェリアの怒鳴る声が響く。だがそれよりも大きく、アイズの声がリヴェリアに届く。
「強く、ならなきゃ……!お願いっ、リヴェリア……!」
泣きそうな声で懇願するアイズ。リヴェリア表情が悲痛に歪んだ直後。二人の前にグランが姿を見せる。
「手を出さない約束だったが、すまない。だがら、これで最後にしよう」
グランは自分の持つ
「勝つこと以外考えるな。己を超える強者との戦いで、必要なのは超える意志だけだ」
「⁉」
グランの言葉に、初めてアイズ表情が苦痛以外に染まる。細まるグランの瞳に、アイズの体が糸の切れた人形のように固まる。
「君が何に囚われ、目指しているか、私には分からない。だが、これだけは言える。今の敵はあのモンスターだけだ」
グランにはアイズと赤髪の
「はい……!」
そして、母親のようにアイズの体を支えるリヴェリアに視線を移し、グランは言葉を続ける。
「君もだ、リヴェリア。この娘を想うならば、信じて待っていてやれ。
その言葉に、リヴェリアが瞠目する。アイズを守ろうとしてきたリヴェリアにとって、それは見殺しに等しいものだったが、グランが伝えたいのはそうではない。それを瞬時に理解したリヴェリアは、自身の腕で抱くアイズを見やった。
「グラン……ああ、そうだな。忘れていたよ」
何かを思い出したように、リヴェリアの表情が一転する。微笑みの表情を浮かべ、唇を綻ばせ告げた。
「勝ってこい、アイズ。説教も何もかも、全てが終わってからだ」
「リヴェリア……うん。ありがとう」
意志を固めたアイズが手渡された
『アアアアアアアアアアアアアアッッ‼』
今も戦意の炎を燃やす王の咆哮が上がる。瞳の火を揺らし、アイズの姿を捉える。
「っっ‼」
同時にアイズが疾走する。意志の力で呻吟を告げる体をねじ伏せ、全ての
一陣の風となり、漆黒の王へと決戦を仕掛ける。
一時間に及ぶ激戦を制したのは、アイズであった。
黒大剣の剣身は半分も失われ、無残にも地に突き刺さっている。唯一残っていた右腕は風の矢となったアイズに破壊され、王は身一つで死闘に挑んだ。
そして最後。
少女の放った斬撃が、銀の三日月を描き、ウダイオスに致命傷を与えた。
『オォォォォォォッ──────…………』
破損した顔面、砕け落ちた何本もの肋骨、斬られた頭部の角。
全身の至る所にひび割れたように亀裂が走り、下顎が破壊され剥き出しの口内から掠れた絶叫を木霊させ、大樹が倒れるかのようにゆっくりと地面に倒れる。
限界を迎えた腰椎から、揺れる木の葉のように漆黒の巨体が傾き、砂埃を巻き起こし崩れ落ちる。
「勝ったのか……」
「ああ」
安堵したからか、強張っていた体から力が抜け、リヴェリアは杖の底を地面に付けた。同じくその光景を見ていたグランは、新たな英雄の誕生を感じた。試練を乗り越え、次の
「どうした、グラン?」
「いや、何でもない」
そんなグランの様子に気付いたリヴェリアが尋ねるが、グランはその気持ちを晒すことをしなかった。そうか、と答えたリヴェリアがルーム中央に視線を移し、グランも習うように前を向いた。
二人の視界の先、アイズはウダイオスに歩み寄っていた。
地中と繋がっていた骨盤と切り離されたウダイオスに、
無数の柱の横を縫うように歩き、アイズはウダイオスにの胸骨に飛び乗った。堅牢な鎧を誇っていた胸骨は既にひび割れ、その下に存在している『魔石』は煌々たる輝きを失い、儚い点滅を繰り返している。闇が広がる眼窩の奥で朱色の火が今にも消えそうになっており、己を見下ろすアイズを力なく見つめていた。
アイズは無言のまま剣を両腕で持ち、剣身が風を帯びる。大上段に構えた銀の剣の一撃を、静かに、薄光を纏う『魔石』へ振り下ろした。
紫紺の大結晶に罅が走り抜け、甲高い音を立てて弾ける。次の瞬間、ウダイオスの全身が崩れていき、漆黒の骨が灰に変わっていき、風と共に地面へ広がっていく。同様に、漆黒の剣山も音を立て、崩れ落ちていく。
「アイズ……」
怪物の屍の上に力なく立つアイズのもとに、リヴェリアが歩み寄っていく。
無茶をやらかした娘を叱る親か、もしくは偉業を成しえた冒険者を称賛する先達なのか。そのどちらも含んでいるようなリヴェリアの表情に気付き、グランはその場を動かなかった。
「……リヴェリア」
自身に歩み寄るリヴェリアに気付いたアイズが、叱られるのを待つ子供のように視線を横に揺らしている。
翡翠色の長髪と、金色の長髪を揺らす彼女達の姿を、グランは静かに見守っていた。
主人公とアイズの関係は、師匠と弟子の関係が近いです。
幼少期のアイズはよくハトホルFのホームに訪れ、主人公やネルティに修行に付き合ってほしいとねだり、主人公達もよく付き合っていました。
が、大抵はリヴェリア達に連れ帰され、不機嫌になっていることが多かったです。