魔女の遺したもの   作:森山中

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共同戦線

 「レオンの関係者ということは、君は『学区』の者なのか?」

 

 「いや、私は『学区』に所属している者ではない。彼とは個々的な取引をしている者だ。そして……君が使用している武器の制作に協力した一人でもある」

 

 「!」

 

 黒衣の人物から告げられた事実に、グランは驚きの反応を見せ、同時に思い出した。魔法大国(アルテナ)の魔改精霊炉の設備を使用する為に、とある魔術師(メイジ)の手を借りたと、武器の受け渡しの際にレオンが呟いていたのを。ならば目の前の人物は、敵対関係を築く必要のない存在だ。

 

 「知らなかったとはいえ、失礼な態度を取ってしまった。謝罪させてほしい」

 

 「君の態度は当たり前のことだ。気にしないでほしい」

 

 話に付いていけないアイズはグラン達を交互に見ているが、グランの態度からアイズも警戒の構えを解いた。場の空気が変わったことで、黒衣の人物は名を名乗った。

 

 「まずは名を名乗ろう。私のことは愚者(フェルズ)と呼んでほしい。しがない魔術師(メイジ)さ。加えるなら、依然ルルネ・ルーイに依頼をした人物でもある」

 

 黒衣の人物──フェルズの発言に、グラン達ははっとした。18階層で遭遇した彼女は確かに、『真っ黒なローブ』『男か女か分からない』依頼人(クライアント)だと語っていた。フェルズの特徴は全てその情報に当てはまっていた。

 

 「君達に声をかけたのは、冒険者依頼を(クエスト)を託したいからだ。既に耳に入ってるかもしれないが、内容は24階層で怪物(モンスター)の大量発生だ」

 

 報酬は勿論用意する。フェルズはそう付け足し話を続ける。ことの原因は階層の最奥に存在する食糧庫(パントリー)である可能性が高いと。

 

 「依然、ハシャーナを向かわせた30階層で、今回と酷似した現象が起こっていた。このことから、『リヴィラの街』を襲撃した人物……例の『宝玉』と関係している可能性が高い」

 

 『‼』

 

 フェルズの予想にグラン達は目を見開いた。何故18階層のことを知っているのかと、問いただしたい気持ちを抑え、グランは依頼を了承する。

 

 「深刻な事態のようだな。私もあの存在達の情報を探っている、引き受けよう……アイズ、君はどうする?」

 

 襲撃者──赤髪の調教師(テイマー)の存在を思い出したからか、懊悩しているように見えた。だがそれ以上に手掛かりが欲しい、そんな思考が渦を巻いているようだった。

 

 「わかりました……引き受けます」

 

 ややあって、アイズはその細い顎を引いた。了承したグラン達にフェルズは感謝を告げる。互いの協定が結ばれた中、グランはフェルズに頼みごとをする。

 

 「こちらからも、一つ頼みたい。私達の【ファミリア】に伝言をしてほしい」

 

 「ああ、そのくらいは頼まれよう」

 

 グラン達は腰の小鞄(ポーチ)から携帯用の羽根ペン──少量の血をインクとして活用出来る魔道具(マジックアイテム)と羊皮紙を取り出し、主神達への文面を綴った。本人だと分かるように【神聖文字(ヒエログリフ)】を書き記しておく。

 

 「まず、『リヴィラの街』に寄ってくれ。『協力者』が既にいる」

 

 「わかった」

 

 特定の酒場に向かい『合言葉』を伝える、という指示の内容に、グラン達は頷いた。伝えるべきことを伝えたフェルズ姿を消し、後退し霧の中に消えていった。それを見届けたグラン達は無言で向かい合い、最初の目的地である18階層へ足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 グラン達がフェルズからの依頼を受け18階層に向かっていた、同時刻。ハトホルは眷属のネルティを連れ、『黄昏の館』を訪れていた。理由は新種のモンスター達の情報のすり合わせと、近日に控えている『遠征』について話し合う為だった。

 

 場所は塔の前の狭い庭園。そこには卓と椅子が設置されている。ネルティはハトホルの少し後ろで立っている。

 

 「結局ー、ウラノスは白とみていいのー?」

 

 「なんか隠してそうやけど、今回の騒動には関係ない気はするなぁ……」

 

 勘やけど、とロキは根拠のない自身の直感を告げる。それは十日前、地下水路を調べていた際にデュオニュソスから頼まれ、ロキは一人ウラノスのもとを訪れたこと。何か得たものはないかと、ハトホルは尋ねたのだ。

 

 「そっかー。まあー、今のところは警戒はしなくてもいいかもねー」

 

 「せやな。変に探って面倒ごとになるのは嫌やしな」

 

 そう女神達は結論付け、ひとまずこの話し合いを終わらせた。次に話題に出たのは、18階層についてのことだった。事件の元凶である赤髪の調教師(テイマー)、そしてモンスターを変異させる不気味な胎児の『宝玉』。

 

 「調教師(テイマー)の女に、『宝玉』……手掛かりどころか、謎が深まったからなぁー。唯一情報があったのは、調教師(テイマー)の女の方やけど」

 

 「グランでも知らない存在だって言ってたよー」

 

 「その上、うちのフィンとリヴェリアの二人がかりでようやく辛勝(かった)って……中々のバケモンや。そっちのグラン以外では、あまり相手にしたくはないな」

 

 ロキの言葉にハトホルはうんうん、と頷いている。二柱の会話を聞いていたネルティも、相手にしたくないと心の底から思っている。

 

 「じゃ、次は『遠征』についてやな。ファイたんとは話がついたから、鍛冶師(スミス)を同行してくれることに決まったで」

 

 「『深層』の武器素材(ドロップアイテム)を回すんだっけー?中々の条件を出されたねー」

 

 以前の『遠征』では芋虫型のモンスター腐食液によって、苦戦を強いられた両派閥。撤退を余儀なくされた経験を活かし、武器の修復を出来る鍛冶師(スミス)の同行を団長達は求め、【ヘファイストス・ファミリア】への協力を主神達に頼んでいた。

 

 「それに『不壊属性(デュランダル)』の武器に加えて、大量の『魔剣』……相当な金が飛ぶなー」

 

 特殊武装(スペリオルズ)以外の対策として、後方から安全に攻撃が可能な『魔剣』を都市中から集めている。前回の『遠征』で稼いだ資金どころか、これまで溜めてきた資金を崩すことになるだろう。

 

 「大切な子供達を失うよりはいいでしょー。子供達が万全な状態で戦えるなら、それに越したことはないよ」

 

 「ああ、同感や」

 

 誰よりも自分の子を愛している女神達は、子供達が生きて帰ってくることを一番に臨んでいる。故に、【ファミリア】の決定を見守るつもりなのだ。

 

 必要事項の会議を終わらせたハトホルが席を立とうとした瞬間、女性の団員がロキに話しかける。耳打ちの会話だったので聞こえてはいないが、ロキの表情から面倒ごとだと読み取れた。

 

 ロキはすまん、といい席を外し、門の方に向かっていった。ハトホルはネルティと目を合わせ、一緒に待つことにした。数分後、ほとほと嫌な顔をするロキとデュオニュソス、眷属のフィルヴィスが姿を見せる。デュオニュソスはハトホルと同じ卓に座り、フィルヴィスはすぐそばで立っている。

 

 「デュオニュソスじゃんー。今日はどうしたのー?」

 

 「気になる情報を仕入れたんだ。その事を伝えたく、ロキのところに訪れたのだが、ハトホルもいてちょうどよかったよ」

 

 「挨拶はええから、はよ話せや」

 

 心底嫌な顔をするロキに、デュオニュソスは呆れ笑いを浮かべながら話し始めた。

 

 24階層でモンスターの大量発生が起こっていると。『リヴィラの街』ではその話題に揺れ動き、20階層以降の探索を控えようとする動きもあると。

 

 「あまり知られていないが、30階層でも似たような大量発生が起こっている」

 

 30階層、という単語にハトホルは目を細める。殺害されたハシャーナが宝玉を回収したのも件の階層であると、グラン達から報告を受けていた。

 

 事件は三週間程前のことであり、上級冒険者の間でも取り沙汰されていなかったと。『下層』に進出出来るものは上級冒険者でも限られ、それ故に目撃者も僅かだったと、デュオニュソスは語った。そして次には、ギルドが情報を制限しているのだと続けた。ウラノスが裏で暗躍し、私兵を送り込んでいるのではないか、とも。

 

 「やっぱり、ギルドは信用ならんか?」

 

 「……ウラノスに探りを入れたのはロキだ、君が白だと見たのなら私も異論はないが……どうも、ね」

 

 きな臭いところがギルド側にあるのは確か、という発言にロキが同意する。その点だけを見ればハトホルも賛同している。

 

 「それでー、デュオニュソスは私達に何させたいのー?」

 

 「そうや。自分、報告だけ来たわけじゃないやろ」

 

 「ははは、何かあったら報告に来ると言っただろう?他意はないさ」

 

 胡乱な視線を送るハトホルとロキに対し、デュオニュソスは清々しい笑みを浮かべる。面倒ごとの押し付け合いをする主神達を、眷属達は静かに見守っている。

 

 「うちんとこの子は今で払ってるから、調査なんて無理やー」

 

 「私もー。みんな忙しいー」

 

 「二人して、例の地下水路の調査かい?」

 

 勘のいいやつ。と女神達は思いながら頷いた。魔導士たちを除いた団員達を派遣させていることを話す。他の子も、『遠征』の準備でいないと付け加えて。

 

 一瞬の静寂が訪れ、ロキが声を発しようとした直後。ぼとり、と頭上から小さな羊皮紙の巻物が落ちる。ハトホル達が真上を仰ぐと、空には一羽の梟が飛んでいた。

 

 ハトホルとロキが自身の手元に落ちた巻物を確認すると、嘆くような声とあー、という気の抜けた声が伝わる。

 

 「アイズが24階層に行きおった……」

 

 「グランもだよー」

 

 告げられた内容にネルティが驚きの反応を見せる。グランはベルを見守る為に行ったのだが……ベルの方の安全は確認できたのだろうか。

 

 「ハトホル様……」

 

 「グランが向かってるということは、ベルの方は大丈夫だと思うけど……街(リヴィラ)の騒動と無関係だと思えない。ネルティ、グラン達を追って」

 

 「はい」

 

 すぐさまネルティがその場を離れようとした時、ロキの声が横から入る。

 

 「うちからも、レフィーヤとベートを向かわせる。何があるかわからんからな」

 

 ロキは自身の団員に二人を呼んでほしいと頼む。

 

 そう決める女神達に対し、デュオニュソスも眷属であるフィルヴィスを同行させると。フィルヴィスは声を荒げ聞き返すが、ハトホル達の信用を得たいデュオニュソスの判断に、フィルヴィスは渋々頷いた。

 

 ややあって、ハトホル達に見守られる正門前には、ネルティ、ベートとレフィーヤ、そしてフィルヴィスが集結する。既に殺伐とした空気を漂わせる、ベートとフィルヴィス。そして二人を仲裁しようとするレフィーヤ。

 

 (このパーティ、大丈夫かしら……)

 

 ネルティは一人、不安な気持ちに襲われてしまう。そんなネルティに向けハトホルは心の中で応援(エール)を送るのだった。

 

 

 

 

 

 「指定された酒場は、ここか」

 

 「こんなところに、酒場があったんだ……」

 

 10階層から出発したグラン達は18階層に辿り着き、街の北部に存在する酒場の前に立っていた。フェルズが指定した酒場は『黄金の穴蔵亭』という、洞窟の中に設けられた酒場だった。

 

 グラン達は木製の階段を下り切り、扉も仕切りもない空洞へ足を踏み入れると、そこには同業者達がたむろする酒場が広がっていた。

 

 「んん?あれっ、【剣姫】に【閃光】じゃないか⁉こんなところで、奇遇だな!」

 

 「君は……」

 

 「……ルルネ、さん?」

 

 グラン達に気付いた犬人(シアンスロープ)のルルネが、驚きの後に笑みを浮かべる。彼女は席を立ちあがり、グラン達に歩み寄ってくる。

 

 「前は世話になったな、特に【閃光】には。おかげで死なずにすんだよ。改めて礼を言わせてくれ」

 

 「あれから会うことはなかったが、元気そうでよかった」

 

 「久しぶりです……」

 

 グラン達はルルネと会話を広げながら、フェルズから指定されたカウンターの二、三番目の席──ルルネの隣に座る。

 

 「二人で探索かい?この店を知っているとは、中々に通じゃないか」

 

 「知り合いに教えてもらったんだ」

 

 軽快に話ルルネの相手をグランはしながら、カウンターの中を見た。ドワーフの主人(マスター)は不愛想な顔のまま近寄り、問いかけてくる。

 

 「注文は?」

 

 グラン達は、フェルズから教えられた『合言葉』を、ここで口にする。

 

 「「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」」

 

 その直後だった。隣に座るルルネが──いや酒場内にいる冒険者達全員が、慌ただしく席を立ち放心した状態でグラン達を見つめていた。

 

 「……あ、あんた達が、『援軍』?」

 

 グラン達は悟った。この酒場の冒険者のだれかではなく、全員がフェルズの言う『協力者』だったのだと。

 

 「このお二人で本当に間違いないんですか。ルルネ」

 

 「あ、ああ。そうだよ……アスフィ」

 

 グラン達を囲むように立ち上がった者達の中で、水色(アクアブルー)の髪を靡かせる女性冒険者が歩み出てくる。

 

 「まさか、君達が『協力者』だったとは」

 

 「ええ。こちらも驚きです」

 

 グランは眼前の美女に声をかけると、彼女の方も片手を銀製の眼鏡に当てながら返した。

 

 彼女の名は、アスフィ・アル・アンドロメダ。【ヘルメス・ファミリア】の団長にして、【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ稀代の魔道具作成者(アイテムメイカー)である。

 

 そしてグラン達と同じく、ベルの出自を知る数少ない人物でもあった。ベルにとっては少し歳の離れた姉のような存在だ。

 

 「あの子は元気ですか?最後に会ってから数ヶ月も経ってますので」

 

 「ああ、元気に冒険者をしているよ。君も時間があったら会いに行ってやってくれ」

 

 「ええ。その時は、ヘルメス様も連れて」

 

 なんて親戚同士のような会話を広げるグラン達の横で、アイズがアスフィに問いかけた。

 

 「……貴方達も、依頼を受けたんですか?」

 

 「この金に目がない駄犬のせいで、【ファミリア】全体が迷惑を被っています……はぁ」

 

 「ア、アスフィ~」

 

 容赦のない言葉とため息の後に、ルルネの情けない声が店内に木霊する。グラン達が目を向けると、彼女は決まりが悪そうな表情で事情を話した。

 

 18階層の騒動後、ルルネは再びフェルズから依頼の話を持ち掛けられたが、前回の依頼で危険に晒された経験から断った。のだが、Lv.を偽っていることをバラすと脅され、泣く泣く依頼を受けたのだと。

 

 「そのせいで、私達に皺寄せがきたということです……」

 

 アスフィ達の状況を理解したグラン達は、同情の視線を彼女達に向ける。そんなグラン達を尻目にアスフィはルルネに憤懣をぶつけ、周囲に立っている尻拭いで集められた団員達が半眼を向けている。

 

 「……これからのことだが」

 

 「……すみません、見苦しいところを見せしました」

 

 グランが控えめに声をかけると、アスフィは瞑目した後に表情を引き締め、目下に当たることになった冒険者依頼(クエスト)の話に戻す。

 

 「依頼の目的地は24階層の食糧庫(パントリー)及び、モンスターの大量発生の原因を探り、排除すること。間違いはありませんか?」

 

 「はい」

 

 「ああ。問題ない」

 

 次にアスフィは自身達の戦力を伝える。アスフィ含め総勢十五名、能力(ステイタス)は大半がLv.3の実力者だと。この戦力だけでも、『下層』以降でも戦えるとグランは感じた。

 

 他にも道具(アイテム)や手持品(ストック)、前後衛の役割分担など、攻略をする上で最低限の情報交換をし合う。男女混ざった冒険者達が気さくに挨拶をする中、グラン達もそれに応える。

 

 「【剣姫】、並びに【閃光】。貴方達がいてくれるなら心強い。短いパーティになりますが、どうかよろしく」

 

 「こちらこそ」

 

 「よろしく、お願いします」

 

 他派閥同士の共同戦線。同じ冒険者依頼(クエスト)を受けた物同士、互いに出来ることを全力で発揮する。グラン達は【ヘルメス・ファミリア】のパーティに臨時加入した。

 

 グラン達はアスフィ達と共に『黄金の穴蔵亭』を後にし、街(リヴィラ)で最後の補給(かいもの)を済ませ、一同は24階層を目指す。

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