「ネルティは既に着いているのか?」
「はい。別の者が、先に案内しております」
「そうか。ありがとう」
団員に案内されるままハトホルの神室を後にし、グラン達は応接室に向かっていた。ネルティは恐らく自室にいたので、今頃は先に到着しているだろう。彼女も、ベルのと再会を楽しみにしていたのだ。
「副団長。お二人を連れて参りました」
「ありがとう。入って大丈夫よ」
ドアを叩いた直後、中からネルティの声が聞こえてきた。許可を得た団員は、静かに扉を開き、グラン達を応接室の中へ招き入れた。
「お久しぶりです。グランさん」
「ベル……三年前に会った時より、随分と見違えている。驚いたよ」
「ネルティさんにも、そう言われました」
応接室の右側に置かれた
今のベルの見た目は、グランの目算でも身長は172C。幼い顔付きを残しながらも、中肉中背の体格になっていた。三年前の時が150Cと少しだったので、子供の成長は早いなと改めて実感した。
「思っていたより来るのが早かったな。いつオラリオに着いたんだ?」
「ほんの数時間前です。最初から、まずはグランさん達に会いに行こうって、決めていたんです」
「そうだったのか。よく来てくれた、ベル」
「ベル。君に案内したいところがあるのだが、何か予定があったりするか?」
「いえ、特には。グランさん達に会ってから決めようかと」
「そうか。ちょうど良かった。前に話した、君の
「はい。僕の母も、生前はこのオラリオで住んでいたんですよね」
「そうだ。そんな君の母親が生前に大切にしていた場所が、このオラリオにある。どうしても、君に見てもらいたいんだ」
グランはベルの母親について詳しくはなかったが、村での滞在中にゼウスから話を聞いていた。【ヘラ・ファミリア】中で、一番弱く才能もない。アルフィア以上に病弱で、一人で動くこともできなかったという程に。
だからこそ、誰よりも生きることを大切にし、地獄のような苦しみにも耐えていた。そんな、白く優しい女性であったと。ゼウスは穏やかな表情でグランに語っていた。ベルの性格や白髪は、母親の影響なのだろう。
「お母さんが、大切にしていた場所……」
「君がオラリオに来た時、真っ先にそこへ案内しようと考えていた。これは君のお祖父様のお考えではなく、私の独断だ。一度でもいいから君に、あの場所を見て欲しかったんだ」
「そこって、どんな場所なんですか?何かの建物とかですか?」
「
教会、という単語に、ベルは頭を悩ませている。ベルの住んでいた村に教会などなく、自分にとっては無縁の場所だからだろう。
「その教会は、グランさん達が所有しているですか?」
「違うわ。
グランの代わりに、対面するネルティが答える。
「そうなんですね……なんだか、申し訳なくなってきました」
「気にしないでくれ。お金のことも、他のことも。私達がやりたいと思い、行動したことだ。君が責任を負うことではない」
顔を知らなくとも、家族の為にしてくれたことに、ベルは責任を感じてしまっているらしい。そういったところは、ベルの美徳であるとグラン達は知っている。
「わかりました。グランさん達が言うなら、ありがたく受けとります」
「ああ、そうしてくれ」
静かに頭を下げるベルに、グランは僅かに頬を緩ませ答えた。
「あの……ネルティさんが言っていた、ヘファイストス様って……」
初めて聞く名前が出てきたからか、ベルは困惑した表情をしている。そのことに気付いたグランは、申し訳ない、と言い話し始める。
「ベルはオラリオに来たばかりだから、知らなくても無理はない。軽く説明しよう」
【ヘファイストス・ファミリア】。
女神ヘファイストスが運営する
「そんな凄い女神様が……!」
「この都市には私達のような探索系の【ファミリア】だけでなく、様々な分野の【ファミリア】が存在する。『世界の中心』とも呼ばれいるのには、そういった背景もあるんだ」
「もしかして、グランさん達は……」
「お察しの通りー、探索系【ファミリア】の中ならー、オラリオでトップの派閥だよー」
今まで黙っていたハトホルが、誇らしげに語り出した。改めてグラン達の凄さを知ったベルは、目を輝かせている。こういったところは、まだ子供らしい部分がある。
「話が逸れてしまったが、ベル。早速、その教会に行ってみるか?」
「お願いします」
「よし。なら、向かうとしよう」
「行こ、行こー」
「行きましょうか」
三人と一柱は、応接室を出て、【ファミリア】の門に向かっていく。案内をしてくれた団員達に留守を頼み、門の外に足を踏み出した。
「着いたぞ。ここが、話していた協会だ」
「ここが……」
目の前に広がるのは、赤い屋根を持つ二階建ての教会。正面玄関の真上の女神像が、グラン達を優しく微笑んでいる。都市内にある他の教会に比べれば、質素とも言える教会であるが、穏やかな空気を漂わせている。
「入っても、大丈夫ですかね」
「ああ。先も言ったが、ヘファイストス様から許可はいただいている。中の物を壊さなければ、どこを見てもいいとも仰っていた。最悪、壊しても私達が弁償をするから、安心してくれ」
「流石にそんな真似は……」
苦笑いを浮かべながら、ベルは一人で扉を開いた。グラン達も続くように、ベルの後に中に入っていく。
「凄い……」
左右に見えるのは、祈りを捧げる為の長い木の椅子。縦に三、四個並んで配置され、奥には木で造られた祭壇が置かれている。一番奥には船の舵取りのような形をした置物が。
「ここが、君の母親が愛していた場所だ。何度か訪れたことがあるが、君の母が好む理由も何となくだが分かってくる」
静かで、暖かく、落ち着いた場所。日々喧騒の絶えないオラリオにおいて、この地だけは
(アルフィアも、ここを気に入っていたのだろう)
何よりも雑音を嫌い、妹を愛していた彼女ならば、間違いなくこの地を好いていたのだろう。そう思い耽っていたグランは、そんな彼女と血の繋がりのあるベルが気になり、彼の方を向いた。
「どう思う、ベル?この場所は、君にとって何か感じるだろうか?」
「正直……お母さんとの繋がりみたいなのは、感じないですけど。……お母さんがここを愛していたのは、僕も分かります。ここは、なんだか安心できる場所ですね」
ベルの表情は、故郷にいた時のように穏やかだった。その表情が見れただけでもグラン達にとっては大きなことだ。
「そうか……気に入ってくれて、良かった。ここに君を連れてきて、正解だったようだ」
「ありがとうございます、グランさん。僕をここに連れてきてくれて」
「君のその顔をが見れただけで、私達は満足だ」
向けられた純粋な笑みに、グランも微笑みを浮かべ答えた。二人の様子を見ていたネルティ達も、同じ気持ちなのだろう。感じる視線が、それを表している。
「さて、そろそろ──」
帰るとしよう。グランが言いかけた時、祭壇の横の扉が開き、グラン達のいる場に声が伝わる。幼いような、それでいて芯が通った声にも聞こえた。
「誰だい、こんな時間に?僕は眠いんだよー」
声が聞こえてきた方角を向くと、黒髪を左右に結んだ、小柄な少女──いや感じられる神威から、彼女が
「
「君は……ハトホルじゃないか!!君こそ、どうしてこんなところに?」
「むしろ、聞きたいのはこっちなんだけど……」
どうやら顔見知りらしく、ハトホルはヘスティアと呼んだ女神に歩み寄った。ベルは勿論、グラン達さえも置き去りにされている。唖然とする思考を捨て去り、グランは状況を纏める為ハトホル達に近寄る。
「ヘスティア様……で、よろしかったでしょうか?」
「ああ、大丈夫だよ。ところで、君は……?」
「申し遅れましたヘスティア様。私は、ハトホル様の眷属の、グランバルトと申します」
「同じく眷属の、ネルナッティです」
「凄い子だね、ハトホル。良い出会いに恵まれてるじゃないか」
「そうだよー。二人は自慢の子だもん」
はっきりと告げるハトホルに、グランとネルティは気恥ずかしくなってしまった。そんな様子も見て、良い子供達じゃないか、とヘスティアは続けた。
「不躾かもございませんが、ヘスティア様は何故、この教会に?」
「実はね……僕は最近『下界』に降りてきたんだけど、最初は頼るとこがなくて、神友のヘファイストスのところにいたんだけど……追い出されちゃってね。最後の施しで、ここを紹介されたんだ」
「なるほど……確かに祭壇の横の扉からは、地下室に行かれます。あそこなら、人が住むには充分の設備がございましょう」
「そうなんだよ。だから僕は少し前からここに住んでいるんだけど……ここって、ハトホルの教会でもあるのかい?」
グランの補足から察したのか、ヘスティアは気まずそうな視線をハトホルに向ける。
「いえ。この土地の所有者は、間違いなくヘファイストスです。私達は、ここの修理にお金を出した者です」
「そうなのかい⁉︎そうとは知らずに使っていたなんて、なんだか申し訳なくなってくるよ……」
「どうかお気になさらず。私達もここの管理はヘファイストス様に任せきりでしたので、あの方が許可を出したのでしたら、問題ございません。よろしかったでしょうか、ハトホル様?」
「うん。気にしないでー、ヘスティアー」
「ありがとう、ハトホル」
ヘスティアが安心した顔を見せた後、一番後ろにいたベルが、ヘスティアに近づいていった。グラン達の間を通り、ただヘスティアの方に歩いていく。
「あの……女神様」
「ん?君も、ハトホルの
「違うよー。ベルは、グランの知り合いの家族でねー。ここの教会はベルの家族が愛してた場所なんだー」
「そうだったのか……。確かに僕にも分かるよ。ここは良い場所だからね」
ここに住んでいるからか、ヘスティアもこの教会の良さが分かるらしい。その言葉が嬉しかったのか、ベルは目元が下がっている。
「それで、ベル君だっけ?僕に何か用かい?」
「はい。実は、お願いがあります」
ヘスティアの前に立ち、ベルは深呼吸をする。グラン達はこの先何が起こるか、予想できた。そしてそれは、グランが望むものでもあった。だからこそ、グランは何も言わず見守ることにした。
「僕を……女神様の眷属に加えてください!」
真っ直ぐな目で、ベルはヘスティアを見つめた。ベルから告げられた申し出に、ヘスティアは丸い目を大きく開いている。
「い、良いのかい……?僕は、生活するのもままならない。そんな女神だけど……。どうして、僕なんだい?」
「ハトホル様が言ってくださったように、ここは僕の母が愛した場所です。そんな場所で、女神様に出会えた……。僕はこれが、単なる偶然だとは思えないんです」
グラン達がこの場にベルを導いたのも、ヘファイストスがヘスティアにこの場を紹介したのも、ただの偶然ではない。誰かを大切に想う者が、神も人も関係なく、この教会に引き寄せられた。そのことに、ある種の運命のようなものを、ベルはきっと感じたのだろう。
「ベル君は、ハトホルの【ファミリア】に入るんじゃないのかい?」
「最初は、そんなふうに考えていました。でも……誰かに手を差し伸べられてばかりじゃ、僕は『英雄』にはなれない。進むべき道も、目指すべき理想も、自分で決める。僕は、そう教わりました」
それは、グラン達が伝えてきた言葉。いつしか訪れる『冒険』を、己だけで乗り越える為に、グラン達は教えてきた。そして遂に、ベルは自らの道を歩むと決めたのだ。ヘスティアの眷属になると申し出たのは、それがベルにとって
「だからどうか、僕を眷属に迎え入れてください!!」
力強く、思いを込め、ヘスティアに伝える。そんな子供の姿に、ヘスティアは慈愛に満ちた表情をする。
「子供に頭を下げさせるなんて、僕はダメな女神だね」
ベルの手を優しく包み、ヘスティアは見上げた。
「僕からもお願いだよ、ベル君。どうか、僕の
「はい!神様!!」
教会の天井から光が差し込む。まるで、ベルの新たな物語を祝福するように。暖かく、優しい光がベル達を照らしている。
(……この音は)
静かに見守っていたグランの耳に届いた、
無理矢理かもしれませんが、正直同じ【ファミリア】で書き続けられる自信がなかったので、原作と同じヘスティアルートです。