評価、お気に入り登録、ありがとうございます。
(ベル、君は……あの頃のままなのだな)
純粋で、ただひたすらに夢を追っていた幼少の頃。グランにとって当時のベルは、あまりに眩しく輝いていた。誰もが持つ『願望』を、ベルは誰よりも求めて続けていた。そんなベルの姿を、グランは追憶していた。
「グラン?」
手にしている紙──ベルの【ステイタス】写しを見つめ思い耽るグランに、隣に座るネルティが上目遣いとなって声をかける。
「いや、何でもない。少し、考え事をしていたんだ」
「この『スキル』のこと考えてたの?」
「ああ。驚き以上に、懐かしさを感じていたんだ」
「確かに、あの頃を思い出すわね」
懐かしさに耽るのは、ネルティも同じだった。グランと同じくベルの成長を見てきた彼女も、発現した『スキル』に懐かしさを感じていた。それ程までに、ベルとの日々が深く心に根付いていた。
・早熟する
・
・
・偉業達成時、取得
「早熟するっていうのは……【ステイタス】が上昇しやすくなる。でいいのよね」
「これがアビリティ数値だけなのか、それとも発展アビリティも含めているのか……この段階ではまだわからないな」
(それにこの、三つ目の効果……偉業が【ランクアップ】のことを指すのなら)
──通常より多く得られる
「どちらにせよ、今までに知見もない『スキル』だ。私達以外は勿論、ベル本人にも伝えない方が良いだろう」
「そうね。知ってしまうことで、この『スキル』にもベル本人にも、
グラン達が危惧しているのは、効果がベル本人によって左右されること。この『スキル』を知ってしまい、彼の生き方を縛る鎖となってしまったら、どのような結末が起こるかは容易に想像できる。
「ヘスティア様もよろしいでしょうか?」
「うん。僕は大丈夫だよ。僕一人でもベル君には伝えていなかっただろうし、情報を共有できる相手がいて良かったよ」
対面の長椅子に座るヘスティアに、グランは確認を求める。即席で作られた話し合いの場で、『スキル』の件をベルに秘密にするべきか。その相談を持ち掛けたヘスティアとの話し合いが始まり、結果は他言無用となった。
「すみません、皆さん。お待たせしました」
祭壇の横の扉が開き、中からベルが姿を現す。
「気にしないでくれ、ベル君。荷解きは終わったのかい?」
「はい。大きな荷物は持ってきていないので、すぐに終わりました」
この場にいなかったベルは、地下室で荷解きをしていた。その間グラン達は教会内部で話し合い、先の通りの結果となった。
「でもさー、あの地下室って、ベット一つしかないよねー」
「僕としては、ベル君と一緒に寝ても良いんだけどね」
「いえ。そんな畏れ多いこと、僕にはできません」
期待を込めた視線をベルに送るが、ベルはさりげなく断りを入れる。そういった対応に関しては、主にネルティやハトホルが教えていた。グランが教えたのは、いかにその場をやり切るか、だ。自分の身を守れぬ者に、英雄を目指す資格はない。
「これから、『ギルド』に向かうんですよね?」
「ああ。冒険者登録をする為にも、一度ギルドに行かなくてはならない。ハトホル様とネルティはどうなさいますか?」
「私は留守番でー」
「私は一応ハトホル様達の護衛を。あまり人混みは得意じゃないし……」
ハトホルはヘスティアと思い出話に花を咲かせ、ネルティは二柱の様子を見守りつつ、飲み物やお菓子の準備を進めている。ネルティは言動こそ明るいが、根は陰の者なので人の多い場所は苦手なのだ。
「僕一人でも大丈夫何ですか?」
「眷属の者が一人でいれば大丈夫だ。まあ、ヘスティア様の眷属は君しかいないのだがな」
そんなグランの言葉に、ベルは苦笑いを浮かべている。グラン達の背後から、ごめんよー、とヘスティアのか細い声が伝わってくる。
「ここが……!」
グラン達が見上げるのは、巨大な神殿だった。
白い石柱と壁で造られた神聖な
ギルド本部。この迷宮都市を管理する巨大機関、『ギルド』の本拠地。
ダンジョンにもぐる全て冒険者がこの門を通り、冒険に挑む。
「建物の観光は後にして、先を急ぐか」
「そ、そうですね。すみません」
恥ずかしそうに頭を掻き、ベルは
門をくぐった先は、白大理石で造られた広大なロビーだった。
屋内を行き交う沢山の冒険者達にベルは圧倒的にされながらも、グランの案内により窓口へと向かっていく。複数ある窓口、そこから一つの列に並び、グラン達は待つこととなった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で……」
グラン達の番が訪れ、ハーフエルフの受付嬢は定例の文句を口にした次の瞬間、グランの姿を確認した受付嬢は形の良い目を丸く開いた。が、一瞬にして冷静さを取り戻し、職員用の笑みを浮かべる。
「驚かせてすまない。この子の冒険者登録を頼みたいんだ」
「【ハトホル・ファミリア】のご登録でよろしいですか?」
「いや、別の【ファミリア】なんだ。ちょっとした知り合いでね」
「そうでしたか。かしこまりました。少々お待ちください」
受付嬢は姿勢良く頭を下げ、隣の受付嬢に話をして、再びグラン達の方に視線を向ける。
「これから冒険者登録を行いますが、グランバルト氏はどうなさいますか?」
「付いていっても、構わないのか?」
「はい。問題ございません。冒険者の方からのご意見も、貴重ですからね」
「そうか。ならお言葉に甘えよう」
「どうぞこちらへ」
席を立った受付嬢に誘導され、人気のない一室に足を運んだ。左右に本棚が置かれ、中央に
「あらためまして、オラリオへようこそ、ベル・クラネル氏。ギルドともども私達は貴方を歓迎します」
「ありがとうございます」
定例の文句であるが、ベルはそれでも礼儀正しく返事する。だがその目には抑えきれない興奮と、喜びが浮かんでいる。
「申し遅れました。私の名前はエイナ・チュールです。それではこれより、契約内容、諸注意をご説明いたします」
受付嬢──エイナの話す説明を、ベルは静かに聞いていた。グランはもう何十年前に聞いているが、懐かしさを感じながら耳を傾けている。やがて一通りの確認を終えると、エイナは一つの質問を投じた。
「迷宮アドバイザーはお付けになられますか?」
「アドバイザー……?」
「君のような新規冒険者や、新造【ファミリア】が受けられる、ギルドからのダンジョンに探索のバックアップのことだ。確か……任意だっただろうか?」
「はい。その通りです。クラネル氏にはグランバルト氏から教えになられるのでしたら、お付けにならなくとも大丈夫でしょうが。どういたしますか?」
再び投じられた質問に、ベルはグランの方を向いた。
「私個人で言えば、ぜひ頼みたいところだ。私やネルティも教えられるところはそうするが、立場上会えない時がある。穴埋めのような形になって申し訳ないが、アドバイザーを付けてほしいと思っている」
「かしこまりました。クラネル氏も、そちらでよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
ベルが了承するとエイナ別の書類を取り出し、次々にベルに希望を尋ねていく。性別、種族、などなど。個人の嗜好を曝け出され、ベルは恥ずかしそうになりながらも、『エルフ』の項目に丸をつける。
「ご記入ありがとうございます。それでは、あらためて自己紹介を」
書類を回収し終え、エイナは眼鏡の奥の
「本日から貴方のアドバイザーを務める、エイナ・チュールです。今日からよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします!」
ベルのはきはきとした声に、エイナは温和な笑みを浮かべ頭を下げる。それから二度目の確認作業に入った。大抵のことはグラン達が解決するので、アドバイザー以外ギルドの手を借りることはなかった。
「一つ提案があるのですが……クラネル氏に対する話し方を砕けさせてもよろしいでしょうか?」
書類の詰まったファイルを両手で胸に抱え、エイナはどこか人懐こい笑みをベルに向ける。ベルは軽く目を見開きながらも、こくこくと頷いた。
「ふふっ、ありがとう。これから二人三脚をしていくからね、良好な関係を作っていきたいんだ。よろしくね、ベル君」
「ありがとうございます……ええと、チュールさん?」
「エイナ、でいいよ」
「分かりました、エイナさん」
冒険者登録も何事もなく終わり、グラン達はギルドを後にする。夕陽が差し込むメインストリートを、二人は歩いている。新たな旅立ちを祝福するような、黄金色の光に包まれながら。
「これで、ベルも晴れて冒険者か……あの頃から、あっという間に時が過ぎたな」
「七年。グランさん達と出会ってから、僕の人生は大きく変わりました」
ふと過去を振り返ったグランの言葉に、ベルも思い出すように答える。
「ただ夢を見ていた僕が、ここまで来れたのは、間違いなくグランさん達のおかげです」
「そう自分を卑下することはない。君の人生が変わったのは私達のおかげかもしれないが、その道を進み強くなったのは君の力だ」
「グランさん……」
断言をするグランの姿に、ベルは嬉しそうにグランを見上げる。誰よりも認めてほしかった相手に、ここまで言われたからだ。そんなベルの姿を見て、グランは確信を口にする。
「そしてこれからも、君は進んでいく。『英雄』への道のりを」
「はい。それが、僕の夢ですから」
夢を語るだけだった少年は、理想へと至る
「ベル。いつか君と、『冒険』ができる日が楽しみだ」
誰よりもベルを期待するグランは、いつか訪れる夢を口にする。
そんなグランの期待に応えるように、ベルは成長──飛躍としか言いようのない変化を遂げた。元々、グラン達により武器の扱いと対人戦はLv.1とは思えない程であり、グラン達は対モンスター戦を優先した。
たった数日で3階層まで踏破し、一週間で5階層まで辿り着いていた。最早異常とも呼べる速度に、グランだけでなくネルティはハトホル、主神のヘスティアでさえ驚きを隠せなかった。
「凄いね……うん、凄いや」
どこか遠くの空を眺め呟くヘスティアを、グラン達は忘れないだろう。5階層までのモンスターでは、最早話にならず。グランとネルティは下の階層に進むことを決めた。
「はぁあああ!」
迫り来る『ウォーシャドウ』の黒爪を、ベルは右手に装備したナイフで弾き、ガラ空きとなった体にナイフを一閃する。一撃で『魔石』を斬られた体は、一瞬にして灰となった。
初の6階層の戦闘。事前知識はあったが、それでもこの一瞬の攻防。二週間にも満たない日々で、ベルの【ステイタス】のアビリティ数値は、殆どが
「まさかここまでとは」
「ええ。この『スキル』の効果、想像以上のものね」
ベルのダンジョン探索を交互に同行していたグランとネルティは、互いに提出していた報告書を纏め、驚愕の表情を見せる。まさしく下界の未知であり、人類の持つ可能性。今のベルは、その両方を象徴する存在となった。
「どうするの?このままだと、『上層』は一月もしないうちに攻略するかもしれない。更に下に進ませるの?」
「ベル一人でも探索を行わせているが、6階層程度なら一人でも問題はない。
グラン達の考え通り、ベルは一人でも探索も難なくこなしていた。グラン達が与えていた課題も、問題を起こすことなく終わらせる。それだけでなく、対人戦の訓練もこなしている状況だ。
そんなベルの姿に配慮し、ヘスティアは奉仕活動をベルに勧めた。都市の観光ついでに、ベルは様々な場所に向かい、活動を始めていた。グラン達も暇な時は参加し、休息を織り交ぜながら日々を過ごした。
そんな日々の中で、運命の転換期は訪れた。
「今日はどうするんですか?」
「今日から更に下の階層に向かう。今日一日で攻略できる階層まで進み、それを判断した上で今後の活動を決める」
「わかりました」
気を引き締めるベルの声に、グランは問題ないと判断し、先を進んでいく。現在の階層は4階層。先程までの戦闘も難なく終わらせ、少しの休憩を挟んでいた。
「何だか、静かですね」
「『上層』とはいえ、こうも何も聞こえないのはおかしい」
Lv.7の聴覚をもって、グランは5階層の異変に勘付く。モンスターの気配を感じないわけではなく、確実に周囲に存在している。
周囲を見渡した次の瞬間。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
異変の正体は姿を現す。
「あれって……!」
「『ミノタウロス』だと⁉︎」
確かな
「下がれ、ベル」
ベルを守る為、前に出たグランの耳に、地を走る足音が伝わってくる。迫り来る音は一切の躊躇もせず、『ミノタウロス』の肉体を刻み込んだ。
『グブゥ⁉︎ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオ──⁉︎』
ばらばらにされた肉体から、血飛沫が舞うが、グランは難なく回避する。巨大が遮っていた先で見えた景色には、剣を構える
「……大丈夫ですか?」
「……あ」
まるで、視界を奪われたかのように、ベルは目の前の女性に釘付けとなっていた。顔が赤くなり、呼吸も小さく荒くなっている。
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?
そんな神の言葉を、グランは何故か思い出していた。
今作ハトホルF設定。
等級はS。第一級冒険者人数四人。到達階層は58階層。