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「うん、良い調子ね。これなら10階も問題ないわね」
「ありがとうございます。ネルティさん」
周囲に散らばっている魔石や『ドロップアイテム』を、ネルティは持参した袋にしまっていく。
「この階層は
「はい。分かりました」
「そういえば神様とハトホル様、今日も帰ってなかったですね」
「ご友神のところにお邪魔しているらしいわ。グランが様子を見に行っているから、大丈夫だと思うけど」
「ご無事ならいいんですけど……やっぱり心配で」
『神の宴』から2日後の朝。今だ帰ってきていないヘスティアに、ベルが不安そうに呟いた。そんなベルの姿にネルティはそっと、昔のように頭を撫でた。それだけでベルの表情は緩んでいく。手を離したネルティに、ベルが尋ねる。
「確か……ヘファイストス様のところにいらっしゃるんですよね?」
「ええ。グランの話だと、お願い事をしているようだけど……私も詳しくは聞いていないわ」
ヘスティアが武器の制作を頼んだことを、実のところネルティは知っていた。ヘスティアの願いにより、サプライズをしたいということで、心苦しいがネルティは噓をついていた。
「
「そうですね」
ネルティの言葉に励まされたのか、ベルの顔に笑顔が戻っていった、次の瞬間。
『ブグォオオオオオオオッ!』
空気が震え、怒号が響き渡る。黄色の壁面を突き破り、三Мはあろう巨体が姿を現した。
「『オーク』……」
ベルが呟きを落とし、オークの姿を視認する。茶色の肌に豚頭。剥がれ落ちた古い体皮が、ぼろ布のスカートのようになっている。巨腕には木から生成された、
「大型のモンスターとの戦い方は覚えてるわね?」
「はい!」
勢いのある返事とともに、腰からナイフを抜く。同時に、一切の怯えを見せることなく、オークの群れに疾走していく。
「……ねえ、いつまでそうしているつもり?」
「……」
「ハトホル。貴方からも何か言ってちょうだい」
ベルがオークとの戦闘に挑んでいた、同時刻。地上の【ヘファイストス・ファミリア】の支店にて、ヘファイストスの呆れ声が伝わる。机で実務作業をする彼女の声が向かう先は、床に跪いているヘスティアであった。
「ヘスティアー、流石に何か言った方がいいんじゃないー?」
小さく丸まった姿勢──土下座をするヘスティアに向かい、ハトホルが呼びかけるが、微動だにしていない。『神の宴』があった二日前、ベルに武器を作って欲しいというヘスティアの願いを、ヘファイストスはばっさりと切り捨てた。
容赦のないヘファイストスの対し繰り出したのが、一日も続いた土下座だった。時折ハトホルが軽食を持ち込み、健康状態には問題がなかったが、ただ時間だけを消費していた。
「……教えてちょうだい、ヘスティア。何があんたを突き動かすの?」
根比べに負けたのは、ヘファイストスの方であった。神友の彼女が何故そこまでするのか、それだけがヘファイストスの心を揺さぶっていた
「……僕は、あの子の為に何もできていない!」
ヘスティアは姿勢を崩さず、吐き出すように答えた。
「グラン君やネルティ君に任せてっ、僕は見ていることしかできない……!こんな主神だけど……あの子の力になりたいんだ!」
視線を床に縫い付けたまま、胸の内の無力感を曝け出した。神が神に願う行為。それは本心を全て打ち明け、自分という存在をぶつける儀式でもある。そんな彼女の横で、ハトホルも頭を下げていた。
「私からもお願い、ヘファイストス」
「ハトホル……貴方まで」
二柱の神が、たった一人の子供の為に懇願している。その光景にヘファイストスは驚きを禁じ得ない。場が静まり返り、誰も声を発さない状況の中。ヘファイストスは覚悟を決めるように息を吐き、席を立った。
「わかったわ。作ってあげる」
ばっと目を見張った顔を見せるヘスティアに、ヘファイストスは肩をすくめてしまう。彼女は認めたのだ。ヘスティアの想いを、揺るがない覚悟を。
「ありがとう……ヘファイストス!」
溜め込んだ感情を吐き出すように、ヘスティアは感謝の声を上げた。同時に立ち上がろうとするが、足が固まってしまい倒れそうになるヘスティアを、ハトホルが支える。
「気をつけなよー。ずっと座ってたんだからー」
「助かったよ、ハトホル」
そんな彼女たちのやり取りをしり目に、ヘファイストスは壁に作り付けされた棚へ向かった。細長い棚から紅緋色の
「も、もしかして、君が武器を打ってくれるのかい?」
「当たり前でしょ。これは個人的な仕事。団員たちを巻き込むわけにはいかないわ。文句でもあるの?」
眼帯をしていない左目でジロリと睨み、ヘスティアは物凄い速さで首を横に振った。
「あんたにも手伝ってもらうからね」
「ああ、もちろんさ!」
ヘスティアが奥の部屋に向かっていく横で、ヘファイストスはハトホルに声をかける。
「貴方はどうする、ハトホル?ヘスティアはここに残るけど」
「私は帰ろうかなー。ずっと開けるわけにもいかないからねー」
「わっかたわ。気を付けてね」
ハトホルは一足先に支店を出ていき、外の景色を味わっていた。外はすっかり夕焼け色に染まり、行き交う人の数も少なくなっていた。
「ハトホル様」
「グランー。お出迎えごめんねー」
前方から近付いてきた自身の眷属に、ハトホルは手を合わせて謝罪をした。
「いえ、お気になさらないでください。そのご様子ですと、うまくいったようですね」
「今頃、作り始めていると思うよー」
「そうでしたか。それは楽しみですね」
そう笑みを溢すグランの姿に、思わずハトホルも微笑んでいた。
「帰ろっかー。明日はフィリア祭だしねー」
「ええ。帰りましょうか」
黄金色に輝く道を、ハトホルは大切な子供と歩いて行った。
「グランー。準備できたー?」
翌朝。部屋を訪れにきたハトホルの呼び声に、グランは扉越しで返事をする。護衛用の長剣を腰に装備し、扉を開け廊下に出ていった。
「行きましょうか、ハトホル様」
「ごー、ごー」
通りには既に多くの人で混み合っていた。この日の為に立ち並んだ多くの露店が賑わっており、雑踏の流れをいたるところで止めさせている。グラン達も流れに逆らわず、目に入った露店に寄って行った。食べ歩きをするグラン達が目指している場所は、都市東端に存在する
(獣の遠吠え?)
途中、聞こえてきたモンスターの雄たけびに、グランは怪訝そうな顔をした。
(まだ開演時間ではないが……)
闘技場で戦うモンスターが運ばれていると、納得しようとするも、釈然としない表情をする。
「ようやく着いたー……あれ?何か騒がしいねー」
飲み物を片手に持つハトホルが、視界の先で動く回るギルド職員を見つめる。祭りの環境整備の為に配置された職員達が慌ただしく動いていて、その様子は不安を掻き立てる程。何より、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達が武器を携え散らばる姿は、異変が起きていると断定するのに十分だった。ハトホルに頭を下げ、グランは少数で集まっているギルド職員に近づいていった。
「すまない。何かあったのか?」
弾かれるように振り返ったギルド職員は、グランを見るなり目を見開いた。
「グ、グランバルト……」
唖然とする彼等の横から、必死の形相をする女性職員がグランに詰め寄り、必死の形相で現在の状況を説明した。
聞くと、祭りの為に捕獲されたモンスターの一部が脱走し、この東の区画へ散らばっているとのこと。恐らく外部犯の仕業か、地下の檻を警備していた【ガネーシャ・ファミリア】 の団員達が、魂を抜き取られたように放心し、動けない状態だという。
「お願いしますっ……どうかお力を!」
その懇願を断る理由もなく、後ろを振り返り、己の主神に視線を飛ばした。
「ハトホル様」
「行って、グラン」
にわかに沸き立つギルド職員達とグラン達が言葉を交わし、モンスターの数、種類、人員の状況を確認する。何故モンスターが脱出したのか。今はそんなことを考えている暇はなく、グランは建物の屋根に飛び上がり、モンスターを探していく。
光源が少ない、暗く湿り気のある場所だった。天井に吊るされた魔石灯は一つをに残し光を失い、部屋の隅々に影を作り出していた。周囲には木箱が乱雑に置かれ、壁際には武器を始めとした道具が立てかけられている。一見倉庫と思える空間を、女神と眷属が歩いていた。彼等の背後には、魂を抜き取られたように倒れる──『魅了』された人の姿が。
彼女達の視線の先には、モンスターを閉じ込めている檻が存在していた。鎖に繋がれたモンスターが身じろぎをする度に、金属音と荒々しい息遣いが耳に伝わってくる。
「誰にしようかしら」
大部屋の中心で、モンスターの檻に囲まれながら、女神はまるで洋服を選ぶように視線を動かしている。彼女の後ろに立つ
「フレイヤ様。【ハトホル・ファミリア】……グランはどうなさいますか?」
「そうね……【閃光】は確実に邪魔に入るだろうけど、貴方なら止められるわね?」
「ご命令とあれば」
「ふふ。じゃあ、その時になったら頼んだわ」
一切の杞憂なく断言する眷属に、フレイヤは笑みを溢した。後ろに立つ
「ねえ、オッタル。貴方は誰がいいと思う?」
この先に起こるであろう戦闘の光景を想像し、僅かに心が奮い立つ眷属に、フレイヤはフードを被ったまま振り振り返った。その様子は、始めて送り物を渡す娘のようだった。
「あんまり弱過ぎると、あの子の為にならないから……貴方の意見もちょうだい」
「僭越ながら、あちらのモンスターがよろしいかと」
オッタルが手で示した檻の中には、オレンジ色の鱗を纏う四足歩行の竜の姿が。
「『
インファント・ドラゴン。『上層』最終階層で出現する、希少種。『階層主』の出現しない上層域ににて、実質的な『階層主』として扱われる、最強のモンスター。
「こちらを」
「ありがとう、オッタル」
【ガネーシャ・ファミリア】の団員から入手した檻の鍵を受け取り、フレイヤは檻の方に歩み寄っていく。
「出てきなさい」
手渡された鍵を使い檻の錠を解く。開かれた鉄格子から、インファント・ドラゴンはフレイヤに従うように一歩歩み出た。繋がれたままの鎖がジャラリと鳴り、オッタルが大剣を抜き出し切断する。
モンスターを解き放つ、誰が見ても危険な行為。自由奔放な女神の傍迷惑過ぎる気まぐれ。目的はたった一つ。ただそれだけの為。
(あの子も、ここに来ている……)
フレイヤは想う。一人の少年、ベル・クラネルを。まだ未熟で、小さい魂。けれど、誰よりも白く輝く魂。
(本当は、様子を見ようと思っていてけど……ちょっかいを、出したくなってしまった)
子供のように、愛しい相手の気を引こうとし、反応を楽しもうとする。その想いを止めることはできない。見初めてしまった相手に対する衝動が、体を火照らせる激情が、愛が、フレイヤを突き動かす。
あの子が死ぬことはない。大事になればグランが介入し、ベルを助けるだろう。だからこそフレイヤは、大胆な行動に出られた。
(ああ……貴方が欲しい。でも……今は見ているだけ)
慈愛と優しさに染まる銀瞳の中に、確かな愛情の色を宿しながら、フレイヤは目を細め愉悦の笑みを浮かべた。
やがて笑みを残したまま、両手で頬を包み込んだインファント・ドラゴンに顔を寄せる。竜の体が可哀想な程震え、喉がなっている。
(だから……貴方をみせて)
次の瞬間、フレイヤモンスターの額に唇を落とす。理性の鎖を断たれたモンスターの咆哮が、暗い部屋の中に轟いた。
原作でハトホルFの描写が見たいと思うこの頃。