人生を充実させたい転生者、やたらと周囲に師匠と呼ばれる 作:弟子三号
転生すれば人生をやり直せるって言うのは、異世界転生小説の大きな魅力だ。
今の自分が上手くいかなくても、転生すれば素晴らしい人生を送れるはず。
そんな願いは、ある意味で普遍的なものだと思う。
だが、実際に転生しても物語のようにうまくいくかといえばそんなことはありえない。
俺はそのことを、自分自身で証明してしまった。
まさか本当に転生なんて事象が起こるとは思ってもみなかったが、だからこそ心構えなんてものができるはずもなく。
俺の人生は、成功もあれば失敗もある、ごくごくありふれた人生に収まったのである。
ただ、転生したことに意味がなかったかといえば、そんなことは絶対にない。
前世をうまくやれなかったという反省は、今度こそ上手くやるという決意に繋がった。
結果として、俺は異世界でもそこそこ長い年月生きてきたわけだが、一つの答えを得たのだ。
それは人生を上手くやっていくには、いかに人生を充実させるかが大事だということ。
そもそも転生して成り上がっても、その結果仕事が忙しすぎて前世と変わらない社畜人生を送りました……じゃ意味がない。
だから俺は、人生の充実を第一に掲げて生きてきた。
ただ、そうすると不思議なものなんだが、どういうわけかやたらと周囲は俺を頼ってくるんだよな。
別にそんな一角の人物であるつもりなんてないのに。
どうして周囲は、やたらと俺を“師匠”なんて呼称で呼ぶんだろうな。
◯
ロサインの街の朝は、その規模に対して人の通りが少ない。
ここがダンジョンを要する冒険者の街であるということが大きく、冒険者というのは基本的に朝に弱い生き物だからだ。
夜通し飲み歩いているから、とも言う。
そんな冒険者の街の冒険者である俺、ラクトは一人朝早くから仕事に出かけていた。
その移動中、通りすがった街の住人に挨拶する。
「おはよう、ラベンダさん」
「あらおはよう、“師匠さん”」
で、そんな俺の挨拶に、ラベンダさんは師匠さんと返す。
ラベンダさんとは、顔を合わせたら挨拶する程度の関係で、決して師匠と呼ばれるような間柄ではない。
だというのに呼ばれてしまうのだ。
俺が普段からどれだけ師匠と周囲から呼ばれていて、どれだけ師匠と認識されているかわかるというもの。
「朝早いわね、今日はどうしたの?」
「今日は溝浚いの監督だよ、子供達は朝早いからな」
「まあ、大変ねえ。でも師匠さんが監督なら安心だわ、うちの子が行ったらよろしくね」
「ああ」
そんな話をしてから仕事場へと向かう。
今日の仕事は溝浚いの監督。
溝浚いは基本的に新人の冒険者や、街の成人していない子供の仕事だ。
だから俺みたいなベテランの冒険者がやることでもないんだが、監督役は必要である。
本来ならそれは街の住人が担当することが多く、俺みたいなここ出身じゃない冒険者には回ってこない仕事なんだが、なんか俺には普通に回ってくるんだよな。
まあ、やりがいのある仕事なので嫌いではない。
「ししょー! おはよー!!」
「おはよー!!」
「おう、おはよう」
んで、早めにやってきて準備をしていると、街の子供達が元気に挨拶をしてくる。
今日はこの子供達と溝浚いだ。
この少し後に新人冒険者組がのそのそとやってきて、適当に挨拶してから作業に入る。
作業自体は単純に、側溝から泥やらなんやらを掻き出していくだけの単純なものだ。
子供達でも簡単にこなせるし、新人冒険者達も身体強化が使えるかららくらく進められる。
時折、引っかかっていて取り出せないものは俺が見に行って、取り出せそうなら取り出し方を解説。
そうでない場合は俺がなんとかする。
基本は子供達と新人冒険者だけで対応し、俺がなんとかするのは一日に一回あるかないかだ。
どちらかというと、どう片付ければいいかわからないゴミが出てきた時が俺の仕事だな。
後は――
「身体強化っていうのは、使えば何でも持ち上げられるようになる魔法の技じゃない。あくまで自分の身体の動きを拡張させるのが大事なんだ」
「えーっと、よくわかんないよししょー」
「物を持ち上げる時は、足腰を使ったほうがラクだろ? それは身体強化をしてても同じってことだ」
「なるほど!」
困っていることがあったら、それにアドバイスを送る、とか。
これが結構大事なんだよ。
俺が拠点にしている街は、そこまで大きな街ではない。
コミュニティもまた小さく狭く、こういうアドバイスは横に広がっていくものだ。
そうすれば少しでも仕事の効率がよくなるし、すぐにゴミも片付く。
気がつけば、午前中まるまる使って片付ける予定の溝浚いが、一時間早く終わったり、とかな。
「おーし、お疲れみんな。よく頑張ってくれたな。今日はいつもより更に早く終わったんじゃないか? 新記録かもだぞ?」
「やったー! おつかれししょー!」
「お疲れ様でしたー」
んで、そうやって皆に激励の言葉を送ってから、俺は全体を見渡す。
子供達は今か今かと待ちわびるような様子で、新人冒険者達もどこかソワソワした様子で俺を見ている。
俺は満足げな雰囲気を出しつつ頷くと、いたずらっぽく笑って言った。
「じゃあ、残りの時間は稽古に当てようか。今日は、身体強化の特訓の仕方について教えよう」
「やったー!」
作業終了までの時間はあと一時間。
業務はその一時間まできっちりやりきって、それで終わりだ。
一時間早く終わってしまうと、それはそれで困ってしまう。
だから、開いた時間にこうして子供達や新人に稽古をつけるわけ。
まぁもちろん、業務中にやることとしてはあまり褒められたことではないが――
「もちろん、このことは大人たちには内緒だぞ?」
――これもまた、人生を充実させるには必要なことなのだ。
○
「これは俺の持論なんだが、人生を充実させるコツは承認と尊敬、それからちょっとのズルだと思うんだよな」
「へぇ、師匠のそういう哲学は初めて聞くな」
夕方、知り合いの冒険者と呑みながらそんなことを話す。
冒険者なんて常に誰かしら飲んで酔っ払ってる生き物なので、ギルドに行けば酔っぱらいの話し相手に事欠かない。
というか、俺がそいつらに捕まったのが正しいと言うか。
んで、今日もこっそり子供達や新人に稽古をつけたことについて、どうしてそんなことをやってるのか聞かれたという流れだ。
子供達には内緒だと言ったが、当然実際には裏で根回しをしているに決まってる。
ギルドにはちゃんと許可を貰っていて、なんなら追加で報酬まで出ているくらいだ。
それはそれとして、話は人生を充実させるコツについて。
「承認と尊敬ってのは、自尊心を満たすための一番手っ取り早い報酬だ。どれだけ恵まれた生活を送っていても、それを恵まれていると思えなかったら人はそれに息苦しさを感じるものなんだよ」
「まぁ、お貴族様とか羨ましい限りの贅沢な生活をおくってらっしゃるけど、しがらみは多そうだよな」
「俺としちゃあ、こうやってそれを満たしながら充実した生活を送るのが、性に合ってるってわけだ」
「ちなみに、ズルってのは?」
その言葉に、一つ頷く。
「何もあくどいことをしろってわけじゃない。たまたま値引きされてるいい剣を見つけたとか、ダンジョンの宝箱でいいものを見つけたとか、そういう話でいいんだ」
「その点で言えば、溝浚いのガキ共はお前さんにこっそり稽古をつけてもらって、いいズルをしてるってわけか」
「そういうことだな」
言いながら、二人で酒を飲む。
「なぁ師匠」
「なんだよ」
「やっぱお前は師匠だよ」
「そうかぁ?」
なんてやり取りをしながら。
結局のところ、俺は別にそんな大層な人間ではない。
子供達にアドバイスを送るのも、そうして尊敬されるのが気持ちいいからだ。
俗で自分勝手で、自分本位。
でも、別にそれでいいんじゃないか、とも思う。
生活を充実させるというのが、この世界で生きてきた俺の結論。
それを周囲が師匠だなんだと言ってこようが、俺にとっては別にどうでもいい話である。
ただまぁ、どうして周囲が俺を師匠だなんて呼ぶかはともかく、師匠という呼び方が定着した理由についてははっきりしていた。
「師匠! 戻りましたよ! 貴方の弟子のアヤノです!」
ばーんと、元気よくギルドの扉が開かれる。
そこに現れたのは、小柄な一人の冒険者。
オレンジに近い栗色の長髪、鎧だの何だので無骨になりがちな冒険者の装いを、できるだけ女性らしく見せようというスカート姿。
そんな少女が、俺の方に目を輝かせながらすっ飛んできた。
「師匠! 師匠!」
「お疲れ、今日は一段と機嫌がいいな」
「えへへ、いいことがあったんです! 後でお話しますね!」
「まずはギルドで報告だ。そそっかしいから、報告を忘れて帰りそうでこちとら心配なんだよ」
「さ、流石に報告を忘れたりはしませんよ!」
――彼女はアヤノ。
いろいろな事情があって俺が預かっている、俺のことを師匠と呼ぶ少女。
愛嬌があって、そして何より声が大きい。
「こんなカワイイ子に慕われて、羨ましい限りだなあ、師匠?」
「知り合いの娘だぞ? そういう目で見るのはないだろ」
こんな少女が、四六時中俺を師匠と呼んでいたら、まぁ。
俺の呼び名が師匠で定着するのも、無理のない話ではあるよな、なんて思いつつ。
俺は今日も仕事終わりの酒を楽しむのだった。