TS転生者は推しのアイドルを救いたい   作:アキレスけん

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 前回感想欄であまりにもみんなワゴン車を褒めてて笑いました


 ※ヒカリ視点





10.約束したから

「…………」

 

 

 海の中のような浮遊感で、フワフワと浮いていて……身体の感覚すらない。

 

 ただぼーっとした自意識みたいなものに呼び起されて、俺は気づけば真っ暗闇の中にいた。自分がどこにいるかもわからないままただ暗闇を見ている感覚だけがある。……何だか、変な感じだ。

 

 

「あっ……」

 

 

 そうしていると、ふいに一人の女の子が暗闇から急に現れた。

 

「ふっ……うぇっ、ぐっ……」

 

 黒髪の女の子は泣くまいと口を引き結んでいるのだが、感情が抑えきれないようでか細い声を出しながら涙をこぼしていた。ちっちゃい手で目をゴシゴシと擦っても、擦ったぶんだけ新しい涙がこぼれ落ちて……その子の手を濡らしていく。

 その姿に、ひどく見覚えがあった。

 

「怜奈、ちゃん……」

 

 10歳の頃、怜奈ちゃんのお爺ちゃんは病気で亡くなってしまった。ずいぶんと祖父母に可愛がられていた怜奈ちゃんはそれは落ち込んで、その頃よく泣いていたことを覚えている。

 俺の前ではいつも元気で、頼りない俺を引っ張っていてくれた怜奈ちゃん。そんな怜奈ちゃんがこの時はまるで世界に一人取り残されたかのように寂しそうで、悲しくて。俺はショックを受けると同時に、思ったんだ。

 

「怜奈ちゃん、泣かないで!」

 

「……ヒカ゛り」

 

 怜奈ちゃんは俺の前世の推しのアイドルである前に、一人の普通の女の子なんだって。

 俺は悲しむ怜奈ちゃんが見たくなくて……ただ、笑っていてほしくて。

 

「一緒にいるから! おれ、お゛れがずっと一緒にいるから……! 怜奈ちゃんのおじいちゃんの分まで、ずっど、一緒にッ!!」

 

「だがら……泣がないでぇ」

 

「…………」

 

 言ってる本人が釣られて号泣してる、みっともない啖呵だった。何の根拠もないし保証もない……気休めに過ぎない言葉。

 

「……う゛ん。ずっと、一緒」

 

 でも、怜奈ちゃんは確かに笑ってくれた。泣きはらした目で鼻水が垂れていて、不格好だったけど……世界で一番美しい笑顔だった。

 アイドルだからじゃなく、目の前の女の子が……『星川怜奈』ちゃんが大好きなんだって、そのときようやくわかったんだ。

 

 

 過去の怜奈ちゃんと俺がぐにゃりと歪んで薄くなり、幻のように消えていく。

 そして、ただの暗闇に戻ったかに思えた空間に……また一人の姿が現れる。

 

 艶のある黒髪に、意志を感じさせる大きなツリ目。それは俺が良く知る……今の怜奈ちゃんだった。

 

 

「ヒカリ……」

 

 彼女はもう、泣いてはいない。だけど目元は少し赤くなっていて、『いま』泣いていないだけだと見てすぐにわかる。

 胸の前で右手を握りしめこちらを見据える目と、ふと、視線が合ったような気がした。

 

 決意を秘めた目が、俺を射抜く。

 

「帰ってきて。まだ、あなたに謝っていない。伝えたいことがあるの。また、声を聞かせてよ……いつものように」

 

「まだ早いわよ、ヒカリも私も……やりたいこと、いっぱいあるでしょ? だから、だから……起きて」

 

 力強い声なのに、何故だかとても寂しそうで。

 

 

「ずっと一緒にいるって……約束したじゃないッ」

 

 祈るような声に、ハッとした。

 

 ……そうだ、約束したんだ……怜奈ちゃんに、あのとき。

 

 バカは死んでも治らないって言うけど……ほんとみたいだな。嫌われたと思って勝手に落ち込んで、車に轢かれて、勝手に諦めて。

 何が『俺で良かった』だよ。()()()()()()だろッ!! 怜奈ちゃんを置いていって満足するなんて、バカみたいだ!!!!

 

「帰るから……生きて、帰るんだ!」

 

 だって、約束したから。

 

 

 『ずっと一緒』って。

 

 必ず守るよ……守るから。

 

 

「だから、泣かないで……怜奈ちゃん」

 

 

 ――暗闇が真っ白に反転して、弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

「…………ぅ」

 

 蚊の鳴くような声とともに、目を覚ます。

 ゆっくりと目を開くとぼやけた視界に白が見えた。

 段々と輪郭のはっきりする視界と意識で、それは白い天井と蛍光灯だということがわかる。事故にあったことまでは覚えているから、きっとここは病院なんだろうか。

 

 身体にも少しだけ感覚が戻ってきて、膝の近くに感じる温かみに気づく。

 ぎこちないながらも首をそちらに向けた。

 

 

「あ……」

 

 

 そこには、頭をベッドに乗せて寝息を立てている怜奈ちゃんの姿があった。

 自分の腕を枕にして顔をこちら側に向けているその寝顔を見て、じわじわと現実感に包まれる。

 

 ……ずっと俺のこと、見ててくれたんだ。

 

 

 そのうちに、いつの間にか寝てしまったんだろう。もしかしたら満足に寝れていなかったのかもしれない。

 

「……ただいま」

 

 なんだか無性に嬉しくて、言葉が漏れた。

 

「……ん……ぅ……?」

 

 嬉しくて、そのまましばらく怜奈ちゃんの顔を見ていたら……俺の声に反応したのか、怜奈ちゃんが小さく身じろぎをした。

 ゆっくりと開かれていく(まぶた)。トロリと焦点の定まっていない目をしぱしぱと2、3回またたかせて、完全に目を開ける。

 

 その両の瞳が、大きく見開かれた。

 

 

「……え?」

 

「おはよう、怜奈ちゃん」

 

「ヒカ……リ……?」

 

 俺を確認した怜奈ちゃんに声をかけるけど、どうにも喉がカスカスだ。思ってたよりもずいぶんと小さい声が出て、思わず苦笑してしまう。

 

 しばし停止していた怜奈ちゃんが、弾かれたように立ち上がった。

 

「ヒカリ……!!」

 

 それだけ言って、怜奈ちゃんの目に涙が滲んだ。

 

 あぁ、ダメだ。怜奈ちゃんを泣かせたくないって言ってたのに。俺も涙腺を抑えられそうにない。

 ……まあでも、許してもらってもいいだろう。だってこれは、悲しくて泣いているわけじゃない。

 

「ヒカリッ!! 良がった! よがっだぁ……!!!!」

 

「怜奈ちゃぁん……!!」

 

 

 嬉しくて嬉しくて仕方がなくて出た涙なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり再会を喜んだ怜奈ちゃんが俺の意識が戻ったことを知らせにいって、そこからはもう大騒ぎだった。

 来るわ来るわ人、人、人。俺を診てくれたお医者さんや看護師さんに始まって、俺のお父さんとお母さん、怜奈ちゃんのご両親、マネージャーさん、そして社長までもが次々に押し寄せる。

 まだ日中だというのに社長なんて仕事をほっぽり出して来たというからびっくりだ。でもまあ……そこまで心配をかけてしまって申し訳ない反面、嬉しくもあった。

 

 みんな泣いていて、すごくやつれていた。怜奈ちゃんも顔色が悪かったし、とんでもない心労をかけてしまっていたのだろう。お父さんとお母さんにぎゅうぎゅうに抱きしめられたときは、思わず俺もまた泣いてしまった。

 

 聞くところによると、どうやら俺は2日間眠っていたらしい。

 命を繋ぐために手術までして、一時は生死の境を彷徨っていたらしいが無事に回復。なんと身体に残る傷跡や後遺症とかもなく、治れば元通り生活できるだろうとお医者さんが教えてくれた。『奇跡』のような出来事だと言っていたけどそれはあなたが全力を尽くしたからだろうと言いたい。ありがとうございますと何度も頭を下げた。

 

 そんな奇跡の生還を遂げた俺だが、実は忘れていたかもしれないが俺ってアイドルなんだよね。

 こんなセンセーショナルな話題をマスコミが放っておくはずもなく、一命を取りとめた俺の元にもマスコミが取材をしようと殺到していたらしい。だけど全て病院がシャットアウト。心身が健康になるまでの取材は認められないと容赦なく叩き出していたらしい。あまりにしつこいようなのには社長も対応してたとか。

 ……ほんとうに、俺の周りは良い大人に恵まれていると実感した。

 さすがにこの状態でマスコミ対応とかできる気がしないし、とても助かった思いだ。

 

 休む分は取り戻さないといけないが、もちろんアイドルも続けられる。元々俺は歌もダンスも怜奈ちゃんより下手だから、遅れはしっかり取り戻さないといけないけどね。

 

 

 俺の目が覚めてから2日後。慌ただしい色々が終わり、今日も面会に来た怜奈ちゃんと俺は今……病室で二人っきりだった。

 

 

「話したいことがあるの……ヒカリ」

 

「え? ……う、うん」

 

 真剣な顔で見つめられて、ドキリと胸が跳ねる。

 ……事故のことと無事にまた会えた嬉しさで忘れてたけど、そういえばその直前の出来事があったんだった。

 

「……あのとき言ったこと、本当にごめんなさい。私、ヒカリにたくさん酷いこと言った」

 

「うぅん……あれは俺が――」

 

「甘やかさないで、あれは私が悪いの……謝ることぐらい、させてよ」

 

「……うん」

 

 怜奈ちゃんはそう言ってしばらく頭を下げ続けた。謝罪なんていらないけど、それが怜奈ちゃんなりのケジメとして必要なら……俺は受け入れる。

 少しの沈黙が病室を包み、やがて怜奈ちゃんがゆっくりと頭をあげる。

 

「……ありがとう」

 

 どこかすっきりとしたような顔だった。

 やばい……こんな真面目な場面なのに怜奈ちゃんが美しすぎる……。

 

「その……散々悩んでたんだけどね、もうそれは解決したの」

 

「え……そうなの?」

 

 微笑む怜奈ちゃんに首を傾げてしまう。

 あれ……? すごい思い詰めてた感じだったのに……俺が寝込んでいる間に何か進展したんだろうか。

 

「私、周りからヒカリに釣り合ってないと思われてることに悩んでたけど……考えれば簡単なことだったのよね」

 

「……?」

 

「私がヒカリの隣に立ちたいのはヒカリが好きだから。だから他人が私をどう思うかなんて関係ない」

 

「ぅえっ!?」

 

 思わず、素っ頓狂な声が飛び出た。

 聞き間違いかと思って目を何度もパチパチさせても、目の前にいる怜奈ちゃんの清々しい笑顔は変わらない。

 

「私、怖かっただけなの。いつか周りみたいにヒカリも私に失望しちゃうんじゃないかって」

 

「……! そんなこと、絶対にない!!」

 

「そう……ほんとバカよね、ヒカリより他人を信じるなんて」

 

 声を荒げた俺に、怜奈ちゃんは自嘲して笑う。でもそれは、この間のような悲観的なものではなくて……前向きさを感じる笑みだった。

 

「ヒカリを失いかけて気づいたの。私はただ、ヒカリと一緒にいたいだけ。周りにふさわしくないって思われていようと関係ない……ヒカリが私を拒絶しない限り、私は自信をもってヒカリの隣に立ち続けるわ」

 

「……うん!!」

 

 力強い断言だった。

 葛藤を乗り越えて、不敵な笑みを浮かべる怜奈ちゃんの姿に動悸がする。

 

 キラキラと輝いているよ、怜奈ちゃん……! 後光が差して見える……やはり、女神様か……。

 

 好戦的な表情をひっこめた怜奈ちゃんは俺の手を握りよせて、にっこりと可愛らしく笑う。

 

 

「だから、ずっと一緒にいよーね?」

 

「う゛っ……かわいい……います……」

 

 可愛い声で、可愛いお顔で、可愛いお手々で殴りつけてくる!! こんなの頷くしかないやん!

 ていうか元々俺は怜奈ちゃんに嫌われたらどうしようって思ってたぐらいだし、俺のほうから怜奈ちゃん嫌うとかありえないからね!

 良かった……これからも怜奈ちゃんと一緒にいれて、アイドル一緒にやれる。

 

 頑張ろうね、怜奈ちゃん。俺もはやく退院してすぐ復帰するからさ。

 

 そんな想いを込めて笑いかけると、怜奈ちゃんは何故か眉を顰めた。

 え……? なんで……?

 

 何かしてしまっただろうかと焦る俺。そんな俺を見て怜奈ちゃんは不機嫌そうに目を細める。

 

 ぐいっと身体が引き寄せられ、柔らかい感触。怜奈ちゃんに抱きしめられたと気づいたときには、俺の顔のすぐ上には怜奈ちゃんの顔があって。

 

「やっぱり気づいてないか。……ねぇ、ヒカリ? 私、もう一個気づいたことがあってさ」

 

 顔を寄せた怜奈ちゃんの声が、耳元で聞こえる。吐息までが感じられて、なんだか嫌に艶めかしかった。

 ドキドキと心臓が早鐘を打ち、顔が熱い。

 

 クスッ、と小さく笑う声が聞こえた。

 

 

 続けて、頬に柔らかい感触。手のひらでも、ほっぺたでもない……少しだけ水気を含む、覚えのない感触。

 その感触は一瞬で離れていって、俺が顔をあげたときにはそこには怜奈ちゃんが上から俺を見下ろす視線だけ。

 

 目を薄く細めて、口は閉じている。口角だけが上がった状態の怜奈ちゃんは、右手の人差し指をゆっくりと唇に当てた。

 

「っっ……!?」

 

 思わず、さっきのほっぺたを手で触る。はくはくと口を開けて何かを言いたいのに、俺の口からは息と変な音が漏れるだけで、言葉にはならなかった。

 カァーッと、顔に熱が集まるのが自分でもわかった。

 

 えっ……えっ!? い、いい、今のって……もしかして……?

 

 

 

「私の好きって……こっちの意味だからね?」

 

 

 

 蠱惑的な表情で笑う怜奈ちゃんの瞳は、じっとりとした熱を帯びていた。




 ヒカリ……前世は壮絶なイジメを受けて不登校でずっと引きこもっていたため、実は人間関係の情緒がとても幼い。恋愛関係は実質赤ちゃん。

 怜奈……ふ っ き れ た。本来少しずつ折り合いをつけていこうとしたところ、一方的なケンカからの交通事故というジェットコースターで、ヒカリを失うかもしれない恐怖を過剰摂取した結果自分の本当の気持ちに強制的に気づかされた。

 曇らせが…裏返ったァッッ 復ッ 活ッ 星川怜奈復活ッッ


怜奈「……なんで私ヒカリ以外の目に怯えてたんだ?」 
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