「今日のゲストの『Contrast』のお二人でーす!」
「どうもこんにちは! Contrastの星川怜奈です!」
「こんにちは~、Contrastの月島ヒカリです」
「あ~……緊張したぁっ」
「ヒカリ、それ毎回言ってない?」
生放送の番組出演が終わり、戻ってきた控室で俺はなんとか息を吐きだした。机に頭を投げ出した俺を怜奈ちゃんが呆れた様子で笑う。
あれから2か月。すっかりアイドルに復帰した俺はまた怜奈ちゃんと一緒に2人ユニット『Contarst』としてバリバリ活動中である。
怜奈ちゃんは本当に吹っ切れたみたいで、前と同じように……いや、前にも増して生き生きと仕事をこなしている。
精神面が回復した怜奈ちゃんはまさに無敵である。忙しいスケジュールでも俺と違って楽しそうにしている姿は、生粋のアイドルだと言えるだろう。
少しそのパワーを俺にも分けてもらいたいぜ……。
「生放送は特に緊張するんだよぉ……編集できないし」
「別にやることはどっちも変わんないでしょ」
「全然空気が違うぅ……俺、トーク苦手だもん」
さっきだって、芸人さんのフリに対して上手く返せずにスタジオがちょっと気まずい感じになっちゃったし……。まあそこはやっぱプロだから、芸人さんに自分がスベッた感じにしてフォローしてもらったけど。
うぅ……前世のコミュ障を直すために今世はちょっとずつ頑張ってきたけど……やっぱり根っからのトーク強者にはなれん!
テーブルに両手まで投げ出してイヤイヤ揺れてる俺の頭に、手が置かれた。顔をあげると、そこには何も気にしてなさそうなあっけらかんとした顔の怜奈ちゃん。
「気にしなくていいわよ。ヒカリは存在してるだけで番組に貢献してるんだし」
「えぇ、なにそれ……」
「? 可愛いヒカリが見られて出演者も視聴者も幸せでしょ? 何も問題ないじゃない」
これだ……最近の怜奈ちゃんは、なんかすごい。当然のような顔で俺を甘やかしてくるのだ。俺への好意を隠すこともなく……むしろ誇るように普段の態度から出力してくるので、なんというか、その……対応に困る。
だって! めっちゃ恥ずかしいもん!! 大好きな人が自分をデロデロに甘やかしてくるのって心臓に悪いよ!?
「れ、怜奈ちゃん……そういう恥ずかしいこと言うの、やめて」
「イヤ。……ふふ、だって照れるヒカリも可愛いんだもの」
怜奈ちゃんの右手が、頭から俺の左頬へとゆっくりと下りてくる。俺を見つめる黒の瞳には、さっきまでなかった熱がこもっていて。
この怜奈ちゃんに俺は抗う術を持っていない。
「ぅ……」
「はぁっ……本当に、可愛い。好きよ」
カァッと、頭が一瞬でのぼせ上がる。まるで燃えているように熱くて、心臓の音がうるさくて……何度聞いても、慣れない。
『好き』って言葉。
「……俺も、好き、です」
怜奈ちゃんと俺は、恋人同士になった。
最初好きだと言われたときは色々な考えが脳裏をよぎった。精神的にはともかく、今世としては同性同士なこととか。元々一人のファンだった俺が怜奈ちゃんと付き合うなんて不誠実なんじゃないか、とか。
一番悩んだのは、俺の『好き』は果たして怜奈ちゃんと同じ好きなのかっていう部分だったけど。
「ヒカリってすぐ赤くなるわよね」
「う、だって……」
「……可愛い♡」
「ッ……」
それはどうやら、要らぬ心配だったようだ。
怜奈ちゃんに触れられると、意識してしまって落ち着かない。笑顔を見るとドキドキして、胸が痛いほどに苦しい。『好き』と言われると……何かが満たされたような感覚になる。
ハッキリと口に出して言われたそれは、俺の中で受け入れ、噛み砕かれて、咀嚼され……気づけばストンと馴染んでいた。
俺は……怜奈ちゃんのことが、かけがえのない唯一の人として『好き』。
きっと、ずっとそうだったんだろう。無意識なのか、気づかないようにしていたのかまではわからない。でも、受け入れてしまえば答えはすでに出ていたのだ。
「ヒカリ成分補充しなきゃ」
「じゃ、じゃあ俺も怜奈ちゃん成分補給」
抱きついてきた怜奈ちゃんに、俺は恐る恐る手を伸ばした。まだ全然慣れないけれど、少しずつ、少しずつ。
「ふふ」
子供っぽく笑う怜奈ちゃんは、この上なく幸せそうだった。
俺たちが付き合っていることは、身内には伝えてある。怜奈ちゃん曰く『誠意』らしい。
怜奈ちゃんのお父さんとお母さんはしばらく言葉を失っていたけど、怜奈ちゃんの真剣な顔を見て……少し息を吐いて、それから笑っていた。二人が幸せならそれでいいって、言ってくれた。
さすがは怜奈ちゃんのご両親である。俺は拒絶されるかもしれないという不安で口数が少なくなっていたというのに、『怜奈のことをよろしく』とまで言ってくれた。なお、感情が入りすぎて返事は裏返ってしまったもよう。どうか俺を殺してくれ。
うちのお父さんとお母さんは……なんというか、相変わらずマイペースで。俺と怜奈ちゃんが恋人だと知ってもそれに関しては何も思うところはなかったようでニコニコと笑っていた。
そしてその後、孫の顔が見られないという事実に気づいてそこだけ悔しがってた。最終的には同性同士で子供ができないこの世界へ不条理さを嘆いていて……やっぱりうちの両親は変だなぁと俺は思うのだった。
見た目はほんとに美男美女で理想の夫婦みたいなんだけどね……。
事務所では、社長と俺たちのマネージャーである塚原さんにだけは伝えてある。
社長は『うーむ、確かに今はそういうのも珍しくないか。まあ、仲睦まじいことは良いことじゃないか!』とのんきに笑っていた。こんなおおらかな人だから俺たちも安心して話すことができたのだけど……こんなに人が良くて芸能界をやっていけるのだろうかとふと思った。
いや、やっていけてるからこんなに事務所が大きく育っているんだろうけど。……ちょっと芸能界への偏見がすぎるか。
塚原さんは『最近の子はこんなに距離が近いのかと勘違いするところだったからよかった』と何か納得したような顔をしていた。公私混同はしないように、とも窘められたが……最後には優しい笑顔を見せて祝福してくれた。
もちろん、恋愛にかまけてファンのことを疎かにするつもりはない。アイドルは夢を与える仕事。そのためにはいつだって全力でいなければいけないからね。
最後に、世間への公表はしなくてもいいということで話はまとまった。怜奈ちゃん的には別にやましいことはないからいいらしいけれど、社長も社長で絶対に隠すようにということでもない。
ただ、恋愛事情なんてプライベートなものなのだからわざわざ自分から言わなくてもいいよ、というだけのこと。芸能人というのはある種プライベートを売る仕事な部分もあると俺は思っていたのだが、社長はあくまでパフォーマンスでファンを魅了するという方針らしい。
だから俺たちのことは、いまのところ少数の人だけの秘密。
「ん! このクレープほんとに美味しい! ヒカリも食べてみなって!!」
「食べたい食べたい! え、れ、怜奈ちゃん?」
「はい、あーん?」
「あ、え、あっ……あーん」
「ふふふふふ」
「か、からかってるー!!」
そして今日は俺たちのデートの日である。
秘密じゃねえじゃねえかと思うだろうが、しかしちょっと待ってほしい。俺たちは肉体的には同性同士……! 昨今異性恋愛以外への風当たりが優しくなったとはいえ、やっぱりマイノリティであることには変わりないのだ!
つまり女の子が二人で一緒に出かけて遊んでいても、世間一般の感覚では恋人関係だと認識しないということ……!
スキャンダルを気にせずに怜奈ちゃんとデートができるのだ! これが法の抜け道だ……!
今はテレビで話題になってた人気のクレープを買い食いしながら街を歩いているところで、隣にいる怜奈ちゃんは今日もご機嫌で可愛らしい。
「あ、あのっ……!」
二人で楽しんでいると、知らない人から話しかけられる。
そちらを見てみると、年の頃は中学生ぐらいだろうか……黒髪を小さいポニテにした女の子がこちらを見つめていた。大きなお目目をさらに大きく見開いて、頬を紅潮させているその姿は何やらとても必死そうだ。
一瞬身構えていた怜奈ちゃんは、その姿を見て緊張を緩める。
「……えっと、私たちのこと?」
「はわっ、こ、声も……! やっぱり……!!」
宥めるように優しく話しかけると、女の子は興奮したように目をキラキラとさせた。
……何か言ってたな、小さくて聞こえなかったけど。
女の子はそれから俺と怜奈ちゃんを交互に見て、頷く。そして、何回か深呼吸をしたあとに意を決した表情で言った。
「あのっ……こ、『Contrast』のお二人……ですよね……!?」
思わず、怜奈ちゃんと顔を見合わせた。
……そうかぁ! そういうのかぁ!!
意外にも、外でファンの人に声をかけられるってことはまだ経験していなかった。学校のクラスメイトは全員俺たちのことを元から知ってる知人だし、学校以外は仕事が結構忙しい。昔に比べて二人だけで一緒にどこかへ出かけることも少なくなっていたからというのもある。
……別に毎日ずっと一緒にいることは変わってないけどね、えへへ。
いちおうメディアに露出しているときとは髪型を変えたり、伊達メガネを着用したりとかはしているけど絶対にバレないように気合を入れて変装とかをしているわけではない。気づく人はまあ、気づいてもおかしくはないだろう。
でもなんか……へへ、嬉しいな。こうやって街中で直接声をかけられると、本当にアイドルになったって感じ。
「……うん」
「や、やっぱりっ! ひか、ヒカリちゃん!? 怜奈ちゃん!? わわ私、大ファンなんです!!!!」
コラコラ、人に指をさすのはやめなさい。あと声が大きいって。
まあ、気持ちはわかるけど。俺だって街中で推しに会えたら絶対変なテンションになる自信がある。声なんてかけられないけど。
ま、まぁ! 今の俺は人生の推しといつも一緒なんだけどな!! はっはっは!!
ファンの子よ、生怜奈ちゃんは可愛いだろう!!?
しょーもない優越感に浸っている俺を一瞥して、怜奈ちゃんは眼鏡を外す。
「わっ……!」
「いつも応援ありがとう、嬉しいわ」
その声は、とても包容力に満ちていて。
「でも、今日はオフでヒカリとデートなの。だからそっとしておいてくれると嬉しいな……ね?」
「はわっ……は、はいっ……!」
左手の人差し指で『しーっ』のポーズを作りウィンクをする怜奈ちゃんに、女の子は顔を真っ赤にして何度も頷いた。
「か……かっこいい……!!」
はー、えぐいファンサ……そんなんされたら怜奈ちゃん沼からもう一生抜け出せないよ。まあ俺はそもそも抜け出す気なんてないんだけど!
こんなの思春期の女の子にしたらダメですよ! 女神かな? 女神だったわ。
「……なんでヒカリもそっち側になってんの」
ジトっとした目でこちらを見てくる怜奈ちゃんも、最高に可愛かった。
「それにしても怜奈ちゃん、対応すごく上手かったね。もしかして声かけられたの初めてじゃない?」
怜奈ちゃんが一人でいるときにすでにさっきのような体験をしている可能性はある。
その場に俺がいられなかったのはものすごく悔しいけど! 見たかった、初めてのリアルファン遭遇で照れる怜奈ちゃん!!
「初めてだけど? でもアイドルやる以上は想定しておくことじゃない。だから上手くできたように見えただけ」
違ったみたい。なんだ……良かった、怜奈ちゃんが俺の知らないところで可愛いところを見せていなくて。
「……それに」
涼しい顔をしていた怜奈ちゃんの頬に、朱が差した。
「騒ぎになっちゃったら、ヒカリと二人っきりでいられる時間が減るじゃない。……せっかくのデートなのに」
「えっ……!」
最後のほうは街の喧騒にかき消されるような小さい声で……でも、俺の耳はその言葉をしっかりと聞いていた。
「…………」
「…………」
腹の底から喜びがジワジワと膨れ上がってきて、なんだかムズムズする。恐らく、俺の顔は真っ赤だろう。でも、とても幸せな気分だった。
――始まりは、後悔からだった。
前世のアイドルとしての怜奈ちゃんを事故から救うため。確かに俺は本気だったし、怜奈ちゃんを本気で好きだった。
でもそれは、きっと今の好きとは違うんだろう。
怜奈ちゃんの事故は偶然にも俺が引き受けることで終わった。最初俺が思っていた目標はすでに果たしたといえる。
だけど俺たちはこれからも一緒にいる。
義務じゃない。怜奈ちゃんを救いたいからでもない。
……俺が一緒にいたいから。俺が、怜奈ちゃんを好きだから。
きっと、これから先もたくさん辛いことや悲しいことだって起こるだろう。その全てを、怜奈ちゃんと一緒にいる俺で受け止めたい。
こんな感情、知らなかった。だけど……嫌じゃない。
生まれ変わって……怜奈ちゃんに出会えて、本当に良かった。
怜奈ちゃんの肩に、ピタっと寄り添う。同じく顔を真っ赤にした怜奈ちゃんが一瞬こちらを見て……前に向き直った。
伝えたい言葉はいっぱいあったけど、どれか一つにするなら。
「ねぇ……怜奈ちゃん」
「……なに」
やっぱり、これなんだろう。
「……だいすき」
「知ってる」
返された言葉は、どこまでも深い愛に満ちていた。
『TS転生者は推しのアイドルを救いたい』、これにて完結です!
……と言いたいところですが、散々曇らせ書いた後にその後を書かないのはウソだよなぁ!?ということで。
タイトルとしては回収は終わりましたが、恋人になったあとの二人のお話もちょっとずつ投稿していきたいと思いますのでもう一度対戦よろしくお願いします。
とりあえず一つの区切りです。
※構想にはなかったのですが何やらすごく希望が多かったのでifのお話も鋭意製作中です!