※怜奈視点
12.星川怜奈の葛藤
『見方が変われば世界も変わる』とは誰の発言だったか。
少なくともその言葉はきっと真実で、あの頃の私は自分から袋小路に飛び込んでいたんだろうということはわかる。
ネットで『星川怜奈』をヒカリと比べている人たちの反応ばかり探して、気にして……私を応援している人たちのことは視界から消していた。
確かに私はヒカリよりも凡人かもしれない。だけど、それがなんだ?
私のことを好きでいてくれているファンはいつだってずっといた。ただ、私が自分から目を逸らしていただけだった。
そんな簡単なことにも気づけなかったあの頃の私が、きっと一番アイドルとして最低だっただろうなと思う。
――今は、それがよく見える。
『あ、あのっ……い、いつも応援してますっ!!』
握手会でどもりながらも熱く思いを伝えてくれた若い男の人。
『アイドルなのにアーティスト並に歌もダンスもレベル高いの神。ステージの上の真剣な表情がまじで良すぎる』
SNSで熱心に私の『好き』を発信してくれているアカウント。
『幼馴染ユニットてぇてぇ……』
私とヒカリがユニットを組んでいることを肯定してくれる人。……まあ、これはちょっと様子が違うかな。
そして何より、私たちを逸材だと言ってくれていた社長と……一番近くで私たちを見ていてくれたマネージャー。
あの頃悩んでいたことを打ち明けた私に、二人は言ってくれた。
『何を言っているのかね? 初めに言っただろう、君たち二人を見てティンと来た! と。私の気持ちは変わらないよ。怜奈くんにはアイドルとしての輝きがある!!』
『ヒカリちゃんは色々と常識外れの子だから思い悩む気持ちはわかるけど……いえ、悩ませてしまった私の責任ね。でも怜奈ちゃん、知っておいて。私にとってはあなたもヒカリちゃんも、どちらもとっても大事な……自慢のアイドルです』
それを聞いたとき、私は恥ずかしながら子供のように泣きじゃくってしまった。
本当に私は周りの人に恵まれている。いや……恵まれていたんだ、ずーっと前から。
とにかく、視界が晴れた私の目に映るモノは決して苦しいモノばかりではなかったのだ。だから、私はもう迷わない。私は私のまま、アイドルとして努力し続けるだけ。
いま、私はアイドルとして最高に充実していた――。
「うぁ~、あっづい……」
さて、それはそれとして。
私は最近少し……イラついていることがある。
その原因となっている幼馴染を横目で見ると、いつものように私のベッドで寝転がっていた。
学校から帰ってきた制服の状態のままのその姿は、ひどく無防備に見える。
暑い暑いと言いながら前のボタンを開け、腰回りのシャツを捲り上げている。チラリと見える胸元と真っ白でスベスベなお腹を隠そうともしていない。
二転三転姿勢を変えていたせいかスカートもまともに機能しておらず、肉付きの良い太ももが惜しげもなく露出されていた。
夏の暑さに苦しめられているその顔は熱を帯び、ほんのり赤いほっぺたが嫌に扇情的に見えてしまう。
……本当に、ヒカリにはイラつかせられる。
「……暑いからって、はしたないわよ」
「えーでも服脱ぐまではしてないし~。学校じゃないんだからいーじゃん」
良いわけないでしょふざけんなよ押したおされたいの?
喉元まで出かかった本音をすんでのところで抑え込み、眉間の皺を指でほぐす。……自然と、自分を落ち着かせるようなため息がこぼれた。
そんな私を見てヒカリは眉尻を下げてほにゃりと笑う。私が一番好きで……一番イラつく笑顔だ。
私とヒカリは晴れて正式に付き合うことになった。
私の告白を受け入れてくれたヒカリのことを、私は最初の間ちょっとだけ『流されただけ』なのかと疑っていたけれど……私を見るその目が前と変わっていることに気づいて安堵した覚えがある。
私とヒカリは、たぶん世間一般で言う同性愛者ではないと思う。未だに私は他の女性を見てもそういう衝動は一切覚えないし、ヒカリも他の女の子には特に反応しない。たまたま好きになった人が同性だっただけ。
それでも、ヒカリのことはそういう目で見ていると私はしっかりと宣言したはずなのだ。だというのにヒカリの態度のなんと無頓着なことか。
こっちがほっぺやおでこにキスをしたり迫ってみると可愛いお顔を真っ赤にして動揺するのに、普段一緒にいるときのヒカリは驚くほどに無邪気で。そのくせ自分から近づくときは何の気負いもない様子で私のパーソナルスペースへと入り込んでくるのだ。あの純粋無垢な笑顔で……すべてを信頼しきったような眼差しで。
正直、つらい。
最近はずっと自分の中の理性と戦っている気がする。……そろそろ頭がおかしくなりそうだし、妄想の中ではすでに二桁回数はヒカリを鳴かせている。
有り体に言って、最近の私は発情しているのだろう。だがしかし、それは仕方のないことでもある。
だって!! 考えてもみてほしい!!! この世で最も美しくて可愛い絶世の美少女が自分のことを大好きだと言って憚らず、日常的にスキンシップをしてくるんだよ!? 他の誰にも見せない、『アイドル』ではない『月島ヒカリ』の無防備な姿を惜しげもなく目の前に晒して! 目が合っただけで嬉しそうにぽわぽわな笑顔を浮かべて!!! なんなんだよ!!!!
……正直、私は最近『もしかして誘い受けなのでは?』なんてバカなことまで考えている。
だって、流石にヒカリといえども私と同じ高校生なのだ。そういう知識は持っているはずだし、意図して私を煽っているのではないか。
そう思うと、私が我慢なんてする必要がないのではないだろうか。むしろ待っているというのなら今すぐにでも――。
「怜奈ちゃん、明日って9時に事務所前でいいんだっけ?」
「え゛っ!? いや事務所前でなんて大胆すぎ!?」
「ん……? どゆこと?」
「あっ、いやいや何でもない! 9時ね! そう、9時で合ってるわよ……!」
危ない危ない……。思考がそっちに寄っているときにいきなり話しかけられたものだから、突飛な答えを返してしまった……。
ちょっと冷静じゃなかったかもしれない。そうだ、ヒカリのこの純粋無垢な顔を見ればわかる……そんなことを考えているわけがない。私とは違うんだ。
ミニテーブルに置いてあるコップを手に取り、麦茶を飲む。ほのかな苦味と冷たさが私の火照った頭を冷ましてくれた。
ヒカリが自分の魅力に気づいてないのは、今に始まった話ではない。まあ自分のことを客観的に評価するというのは存外難しいことではあるのだけれど……一歩間違えるとナルシストと呼ばれかねないし。
だとしてもヒカリのそれは度が過ぎていると私は思う。ヒカリは自分のことを少し容姿が良いくらいの人間だと思っているのだ! ありえないでしょうが!!
私は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の幼馴染をわからせなければならぬと決意した。
腹の立つことに、ヒカリのそういう態度は私にしかしないということだ。
つまりちゃんと警戒心自体は持っている……? 私のことを信頼しているから故の行動なのだろうか。
あれ……? じゃあやっぱり私のことを誘っているのでは……?
感情が堂々巡りになって結局元の結論に戻ってきて。私の心は最近こうやっていつも乱されている。
仕事をしているときはスイッチが入って仕事に集中できるからある程度は平気なのだが、それが終わってしまうと嫌でも意識してしまう。
いかんいかん、と気を紛らせるようにもう一度麦茶を飲む。横目でチラリとヒカリを見ると、相変わらず無防備な姿で私のベッドに横になっている。
目に毒なその姿から私が目を逸らそうとしたとき、小さくつぶやく声が私の耳に届く。
「……へへ……怜奈ちゃんの香りだ」
………………。
……は?
子犬のような仕草で私の枕に顔を擦り付けているその姿は……私の中の最後の防波堤をいとも容易く破壊した。
「……ぅえ?」
立ち上がって、ダンスをしているときのような俊敏さでベッドの上に飛び乗る。困惑したヒカリの声を無視した私はヒカリの顔の左右に両手を突いて膝立ちになった。
遅れて、少し身じろぎするヒカリの身体を挟んだ両膝で押さえつけてやると、おとなしくなる。……逃がすわけないでしょ。
「あ、えと……怜奈、ちゃん?」
「…………」
見下ろしたヒカリの眼は困惑と、少しの不安。空のような青い瞳が潤んでいて、それが逆に私の感情を逆撫でする。
桜色に染まった柔らかいほっぺたに右手を這わせると、ピクリと小さく震えた。
「……れ、怜奈ちゃん。目、怖いよ……?」
私はいま自分の目を見ることはできない。でもきっと、ギラギラとした目をしているだろうことだけはわかる。
「……ヒカリが悪いんだからね」
「え……?」
「私、好きって言ったわよね? 私たち、付き合ってるわよね? それなのに、いつもいつも煽ってきて……」
「え? え?」
……きっと、微塵もそんな気はないんでしょうね。その可愛いお口からか細い声で動揺した声が漏れてるんだもの。
それでも、ずーっとこんなことされたらもう我慢なんてできない。
顔をぐぐっと近づけると、反発することもなくこぼれそうな目を細くする。
同じ女の子なはずなのにヒカリからは甘い匂いがして、それがより一層私を興奮させた。汗をかいているはずなのに……いや、汗をかいているからかもしれない。フェロモンのような魔性の香りが私の衝動を加速させる。
「責任、とって?」
「ふぁっ……」
耳元で囁くと、ヒカリの口から聞いたことのない艶めいた声が出た。元々赤くなっていた顔がさらに真っ赤に染まっていく。
私の行動でこうなっていると思うと、ひどく官能めいた快感に脳が満たされる。
「あぅ、え、その……はい……」
「はー……可愛い♡」
ヒカリはもごもごと何事かを言いかけてやめて、最終的に弱々しい声で頷いた。潤んだ目が熱っぽく、仄かな期待を滲ませて私を見る。本当に、こういうところだと思う。
あまりに押しに弱すぎて心配になってくるが、これも私にだけなんだろうと思うとゾクゾクとした感覚が背中を駆け巡る。
ちっちゃくて、なのに何故か色っぽく見える唇。
「ヒカリ……好きよ……」
「ッ……」
目を瞑るヒカリの顔に、私の顔が近づいていく。息が当たるぐらいに密着した距離。
そのまま私の唇とヒカリの唇が触れ合って――。
「ただいま~! 外あっつい~!!」
キスになる前に、玄関のドアが勢いよく開け放たれる音に動きが止まる。同時に、いつも聞いている母の能天気な明るい声。
「…………」
「…………」
張り詰めた糸が切れたかのように、さっきまでの雰囲気は消え去ってしまう。
身体を起こすと、ドクンドクンとうるさいぐらいに鳴っていた心臓の音をようやく認識できた。気づけば、お互いに汗もびっしょり掻いている。
……やばい、やっちゃった。
魔法が解けると、残っているのは気まずい空気と少しの罪悪感。
いくら恋人同士だとしても、そういうのはちゃんと合意の上じゃないといけないはずなのに。ヒカリがそういうのに疎いことぐらいわかっていたから、ゆっくり、ゆっくりって思ってたのに。
だって、あんまりにもヒカリが可愛いから。
暑くて理性が抑えられなくて。
ずっと我慢してきたから。
頭の中には言い訳の言葉が次々と出てくるけど、それをそのまま口に出すわけにもいかず。とりあえず体勢を立て直してベッドの縁へと腰かけた。
ほどなくして起き上がったヒカリも服を整えて、私の隣に座る。なんとなくお互い顔を向けられず、正面を見ながら無言でいた。
10秒ぐらい、だろうか。沈黙を切り裂いて私は謝罪の言葉を口に出す。
「……ごめん、ヒカリ。ちょっと、その、暴走しちゃって。気をつける、から」
本心ではあったけど、次に同じことがあって理性は持つのだろうか。自分で言って、ひどく白々しい言葉に聞こえた。
「……え、えと! 怜奈ちゃん!」
私の言葉を受けて数秒、ヒカリは少し大きな声で私を呼ぶ。何かしらの決意を秘めた声に私が思わずヒカリを向くと、そこには変わらず真っ赤な顔のヒカリ。
閉じかけかと思うぐらい目を細くしたヒカリが、振りむいた私を見て少し目を逸らし……もう一度潤んだ瞳でこちらを見つめる。
何回か口ごもったあと、隣にいる私がギリギリ聞き取れるぐらいの声量でヒカリは言った。
「ぁの……嫌じゃなかった、から……」
――こいつ、絶対今度わからせる。
両親に恩返しも兼ねて旅行でもプレゼントしようと私は誓った。
他意はない。
怜奈…初めてですよ…私をここまでムラつかせたおバカさんは…
ヒカリ…前世は自分を救ってくれた恩人として崇拝していたため、実は怜奈を性愛の対象として見たことはなかった
アペンドディスクなので基本的にコメディイチャラブでお送りします。対戦よろしくお願いします!