※前半ヒカリ視点、後半怜奈視点。
最近、ちょっと気になっていることがある。
怜奈ちゃんと過ごす毎日は非常に楽しい。これはわざわざ言うまでもなく世界の真理であることは間違いないのだ。アイドルとして一緒に仕事をすることも、一人の恋人としてプライベートを一緒に過ごすことも幸福である。
忙しいけれど、前世を含めてもいまが一番人生で充実しているといっても過言ではないだろう。
じゃあ何が気になっているのかというと。
「んっ……」
「……ふふ、おやすみ。明日、寝坊しちゃダメだからね?」
重なっていた唇が離れて、少しの名残惜しさを覚える。慈愛に満ちた表情に見惚れる俺の頭を怜奈ちゃんは優しく撫でると、玄関のドアを開けて去っていった。
ぽーっと、さっきまで触れていた自分の口元に手を当てる。まだ熱が残っているような気がして、胸の鼓動がドキドキとうるさい。
「……ハッ!? や、違う違う!!」
ようやく我に返り、頭をブンブンと振り回す。真っ赤になった顔を両手で覆って玄関にしゃがみ込んで……結局、お母さんが様子を見に来るまでその場を動けなかった。
そう、気になっていることというのは……俺のあまりにもな雑魚っぷり。
実は俺、前世は男だったんだよね。ナ、ナンダッテー!!
最近うっすら俺も忘れかけてるんだけど、これでも俺は前世20年弱ぐらいを男性として過ごしてきたのである。そう、つまり女性を本来ならリードしてあげなければいけない存在なのだ。
それなのにこの現状! 怜奈ちゃんに1から10までリードされている今の状態は、あまりにも不甲斐ないのではないかと思うのである!!
……まあ、男だなんだって言っても今残っているのはもはや残滓みたいなものだし、そもそもいじめられてほとんど引きこもっていた対人恐怖症の記憶なんてマイナスじゃねえかという話もあるのだが。
だがしかし! そんなことは関係ない!! 男にはやってやらねばならぬときがあるのだ!! 今は女だろとかいう指摘は一切受け付けない!!
そんなわけで……たまには俺も少しぐらい怜奈ちゃんをカッコよくリードしてあげたいと考えている。具体的には次のオフのデート!
まずは問題点を考えてみよう。分析というものは何事においても大事なことだからな。
一つ目。そもそもの話、俺が怜奈ちゃんに弱すぎるというのがいけない。
怜奈ちゃんがカッコ良くて可愛い最強の存在であることは事実だとして、そんな姿を見てしまうと俺はすぐに頭がショートして余裕がなくなってしまう。ずーっと幼馴染として過ごしてきてある程度耐性もついたと思っていたんだけど、恋人になってからの怜奈ちゃんのパワーはそれはすごい。ドラ〇ンボールのようなインフレに次ぐインフレで、俺の防御力をやすやすと貫通してくるのである。戦闘力53万どころの話ではないのだ。
対策としては、俺がダメージを受けてしまうのは仕方がない。なので表面上だけでも余裕を取り繕えるようにしよう。それが恋人関係における頼りがいに通ずるのだ!
二つ目。怜奈ちゃんがいわゆるスパダリ*1すぎるのもまずい。
デートのプランとか全部怜奈ちゃんが考えてきてくれるし、俺はそれに甘えてただ享受しているだけ。日常生活でも抜けている俺のことをフォローしてくれているし、道を歩くときに怜奈ちゃんはさりげなく車道側を歩く。
しかも怜奈ちゃんの気遣いはどれも空回りしていないのだ。俺が嬉しいことを先回りして考えてくれるし、あまりにも俺に都合が良すぎてもう思考が読まれているのかと思うぐらい、デロッデロに甘やかされている。こんな奴が頼りがい(笑)とか言ってもそれは無理な話なのである。
つまり、怜奈ちゃんにスパダリをさせる隙を与えないのが対策になるだろう。俺が全ての事象に先回りして準備して、怜奈ちゃんに喜んでもらう。そうすることで怜奈ちゃんのスパダリ
そうと決まれば、今度のデートのプランを考えよう! そして怜奈ちゃんに連絡しなければ……次のデートは俺に任せて楽にしていてって!
怜奈ちゃんにたまにはカッコ良いところを見せて、それで……その。
……俺のほうから怜奈ちゃんにキスする!!
気合を入れるように、俺は鼻息荒くガッツポーズをするのだった。
◆
――ヒカリから、変な決意表明が届いた。
今度のオフにデートのお誘い……これはまあ良い。普段私から誘っているのもあって、ヒカリのほうからデートに誘ってくれたのはむしろ喜ばしいことだから。
ただ……『俺が全部エスコートするから、怜奈ちゃんは何も準備しなくて大丈夫だから!!』という文面。ヒカリの真意を想像する。
ヒカリは昔っから、自分のことを『俺』と呼ぶ。その内面も結構やんちゃな少年っぽい部分もあるし、それの延長線上だろうか。
大方、『俺だって怜奈ちゃんをカッコ良くリードしてあげられるんだ!』とかそういう感じの動機ではないかと思う。
それ自体は別に全然構わない。私はヒカリ相手ならリードしようがされようが幸せだし、どんなヒカリでも飽きずにずっと見ていられる自信がある。
ただ、ヒカリにいくら男っぽい部分があろうと大前提として……ヒカリは宇宙一可愛いカワイイ女の子なのだ。あのほにゃほにゃしたヒカリに、自らの望むようなカッコ良いエスコートができるのだろうか。
そもそもヒカリの男っぽい部分は成人男性のような頼りがいだったり、スポーツ選手のようなワイルドさだったりとはまったく違う。
天真爛漫で、物事を良い意味であまり深く考えない純真さ。そしてストレートに好意を伝えてくる素直さ。どちらかといえば反抗期も来ていない小さな男の子のようだと思う。
……どう考えても恋人をリードするようなタイプの男らしさではないのだけれど。
………………。
……まあ、いいか。
上手くできたとしても上手くできなかったとしても、可愛いヒカリを見られることには違いない。だったら私はそれを堪能するだけだ。
「ふふ……楽しみ」
背伸びをして私を引っぱろうとするヒカリを想像して、私は笑みをこぼす。
今日も、安らかに眠れそうだ。
アイドルの仕事と学校の両立。そんな目まぐるしい忙しさに流されていると時間の流れはことさらに早く感じるもので……気づけばデート当日となっていた。
今日の私のコーデは夏らしくシンプル。腰下まである白のオーバーサイズTシャツに黒のスキニーパンツ、足元は黒サンダル。モノトーンコーデに差し色としてオレンジの肩掛けバッグに、最近は特に暑いからベージュのキャップと、いちおうのサングラスをシャツに引っかけている。
私たちは家がかなり近いから普段はどちらかの家に集合してから一緒にデートに向かうのだが、今回はヒカリの案にすべてお任せである。近くの駅前で待ち合わせをすることになっていた。
歩いて数分で駅前にたどりつくと、赤い自動販売機の前にすでに立っていたヒカリを発見した。
白い無地のキャミワンピに、紺のカーディガン。薄い青色のフラットサンダルに、クリーム色の少し大きめな手提げバッグを持っていた。ベージュのストローハットを被っているその姿はまるで物語から抜け出したお嬢様のような出で立ちで、一瞬見惚れてしまう。
……はぁ、今日も私の幼馴染のビジュが世界一良い。
ヒカリは身長が小さく、色素は薄め。さらに胸もお尻も大きくてカッコ良い系のファッションはあまり似合わない。本人は最初の頃ちょっと私を羨ましそうに見ていたが、今は受け入れて自分に似合うファッションをしっかり着こなしている。
こんなに可愛いんだからカッコ良いまで求められても困る! 私の心臓は一つしかないんだぞ!!
「ヒカリ!」
「あ、怜奈ちゃん!」
心頭滅却して愛しの幼馴染を呼べば、気づいたヒカリが太陽のような笑顔で私を迎えてくれた。陽光を浴びてきらめく金髪が、風でそよそよと揺れている。誰かこの光景を絵画に残してくれ。
やかましい脳内とは裏腹に手早く合流して、私はヒカリの正面に立った。
「今日はヒカリに任せるからね。どこ行くの?」
「……む」
軽く笑って話しかけると、何やらヒカリは唇を尖らせる。
……え? なんでちょっと不機嫌そうなの? さっきまであんなに笑顔だったのに……私、何かした?
「……怜奈ちゃん、俺、先に着いてたよ?」
笑顔のまま固まった私に、ヒカリが私にだけ聞こえるような声で言った。上目遣いでチラチラとこちらを見やるその様子は何かを期待しているようにも見える。
……え?
もしかして、あれかな。
私は頭の中に思い浮かんだ言葉を恐る恐る口にする。
「……ごめん! 待った?」
「! ……うぅん、俺も今来たとこ」
私の言葉にヒカリはパァッと満面の笑顔を浮かべ、その後取り繕ったようにクールぶってお決まりのセリフを言い放った。気持ちいつもより声を低めに……心なしかどや顔で。
「ッッ……!!」
予想外の方向から来た攻撃に私は思わず顔を背けてしまう。
なんだこの女……!? 可愛いがすぎるだろ……!!!!
世の中のカップルがやる、女性側の『ごめ~ん、待った?』に対しての男性側の『うぅん、今来たとこだよ』がやりたいがために待ち合わせをして? 自分は先に着いて待ち合わせの相手を待って?
許せない……こんなにカワイイの暴力をこっちに仕掛けておいて本人はただ満足してるなんて……! わからせなきゃ……!!
「……違う違う」
危ない危ない。思考がこんな朝から邪なものに支配されるところだった。ヒカリが悪いとはいえ、ここは往来だ。そういう考えは良くないね、うん。
「ふっふっふ……今日は怜奈ちゃんのために色々考えてきたからね!」
「へぇ、じゃあ期待しちゃおっかなぁ」
「うん! ……じ、じゃあ、行こっか!」
元気いっぱいかと思いきや、私の手を繋ごうとする前には照れたようにほっぺを赤くする。
……そういうとこ、そういうとこ。
可愛い幼馴染の攻撃にすでに負けそうな私を尻目に、ヒカリプロデュースのデートが幕を開けるのだった。
「ふれあい広場……」
「そう、期間限定で珍しい動物いっぱい来てるんだって! 怜奈ちゃん、動物好きでしょ!?」
午前中に向かったのは、入場料を払って自由に動物とふれあえるお店だった。犬や猫などの気軽にペットとして飼えるものではなく、普通の家庭ではお目にかかれないような動物たちがいるらしい。
看板を見ると……カピバラ、アルパカ、ウサギ、ブタ、リスザル。なるほど、確かに普通の家庭ではなかなか見られないようなラインナップである。
「確かに、テレビでしか見たことない動物ばっかり……すごいわね」
「でしょ!」
ヒカリはキラキラを目を輝かせていて、正直これヒカリのほうが来たかったんじゃないのかと思う。
……まあどっちにしろ、私も動物は好きだから何の問題はない。こんなのが期間限定で開催してるのは普通に知らなかったし、存分に堪能しよう。
……そう思って入場したんだけど。
「わ、わ、なんだなんだ……!?」
その場でジッとしている大人しいウサギを撫でているだけの私とは裏腹に、ヒカリの周りにはたくさんの動物たちが集まっていた。
ヒカリの真横に佇んで顔だけをヒカリに向けているカピバラ。正面から足元に群がってフンフン匂いを嗅いでいるマイクロブタたち。アルパカは首を伸ばしてしゃがんでいるヒカリの頭に擦りつけ、リスザルは肩へとよじ登ろうとする。白と黒が混ざった小さなウサギはヒカリの腕に抱かれて何やらご満悦に鼻をヒクヒクさせていた。
まるで、アニマルプリンセスだ。
「すごい懐いてる……」
係員の人も思わずといったふうにこぼしていた。
どうやら、ヒカリの魅力は種族の壁を越えて動物にも通用するらしい。そこにいる全てというわけではないけど、ヒカリの周りにはずっと動物たちがついて回っていた。
動物も可愛い。ヒカリも当然可愛い。
……なんだこの光景は? 天国か?
可愛いと可愛いが合わさると破壊力は加速度的に増すということを私は知った。困惑しながらもおっかなびっくり動物たちを順番に撫でくり回すヒカリを私はスマホで激写する。
クッ……! カメラも別に持って来ればよかった……!!
写真にも残しておきたいけど、動画も撮っておきたい。一台のスマホだと同時にこなすのは不可能だ。私としたことがこんな絶景を余すことなく楽しむことができないなんて……。
とりあえずある程度写真を撮ったら動画を優先しよう。あとでヒカリのご両親にも見せてあげなければいけないし。
「た、助けて怜奈ちゃん……! 離れてくれない……!!」
弱々しいヒカリの声を無視して、時間の許す限り私はこの光景を堪能するのだった――。
ヒカリは果たして男らしさ(笑)を見せられることができるのか…!?
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