※前半ヒカリ視点、後半怜奈視点。
「ふふ……楽しかった……」
「それなら、良かったです……」
ニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべている怜奈ちゃんに、俺は汗を拭いながら返事をする。心なしか、お肌もツヤツヤとしているように見えるから不思議である。
動物ふれあい広場に行くところまでは良かったんだけどなぁ……。
怜奈ちゃんも可愛い動物好きだし……普段見られないような珍しい動物とふれあえるなんて貴重な体験だからこれは良いプランだぞ!って。動物と戯れるギャンカワな怜奈ちゃんを後方彼氏面で眺められて一石二鳥だと思ってたのに……。
まさか俺が動物にあんなに囲まれるとは。なんか美味しそうな匂いでも出てたかなぁ俺。今世のお母さんが動物アレルギー持ってるからペットなんて飼ったことないし、こんなことになるなんて思わなかったよ。
めっちゃ可愛かったけど、ぎゅうぎゅうで死ぬほど汗かいた……。
あと、カピバラさんの毛ってあんなにゴワゴワしてるんだな。もっと柔らかいと思ってたよ。顔はイメージ通りぬぼーってしてて可愛かったけど。
……ま、まあ、多少のハプニングはあったけど怜奈ちゃんも楽しんではくれたから成功だろう!
今の時間は正午をちょっと過ぎたぐらい!
ふっ……時間配分まで完璧で怖いぜ……。
「お腹減ったよね、お昼にしよっか」
「あ、もうそんな時間か。そうね」
歩きながらさりげなく話題を出す。スパダリを目指すものとして当然、お昼ごはんのこともしっかり考えているのである。
「どこ行く? もう決めてたりするの?」
「ふっふっふ……もちろん」
今日は俺がエスコートするという話をしっかり覚えているのだろう。目線で見ながら聞いてきた怜奈ちゃんに俺は含み笑いをこぼす。
「すぐだから着いてきて!」
優しげな表情で見つめてくる怜奈ちゃんの手を取って、俺は駆け出した。
5分ぐらいでたどり着いたのは、ふれあい広場からすぐ近くにある巨大な自然公園。
遊具が置いてある子供たちの遊び場スペースや、散歩用の道が区画された外周。この暑い季節にはありがたい噴水もあり、地面はもちろん青々しい草に覆われている。
俺たち以外にも遊んでいる子供たちや犬の散歩をしている人、ランニングをしている人など様々な人が利用している。初めてきたけど良い雰囲気の場所だ。
下調べ、ヨシ!
「公園……?」
「じゃーん! お弁当作ってきたんだー!!」
疑問符を浮かべている怜奈ちゃんに、俺はバッグから二人分のお弁当を取り出して見せた。
「あ……お弁当」
きょとんと目を丸くする様子に、俺はサプライズの成功を確信する。
……そう! お昼とは俺の手作りのお弁当だ!!
やっぱスパダリの要件って言ったら料理が上手いのは必修科目だからな! 今日は早起きして二人分のお弁当を作ってきたのである!
外食でスマートに高級レストランを予約するというのも一つの手だが、生憎だけど俺にはそんな知識も経験もない。慣れていないことに見栄をはって失敗するのが一番ダメなことだろうと思った俺は……自分の得意分野で攻めることにしたのである。
俺には前世の記憶がある。引きこもり生活が長かった前世の俺は一時期、家でできる趣味……料理にハマっていた時期があった。今世でも不自然に思われない程度にはお母さんのお手伝いをしてきたので、実は俺は料理デキる系アイドルなのだ。
自らの手作り料理で恋人を喜ばせる。これはこれ以上ないぐらいにスパダリしているのではないだろうか……!
「ここ雰囲気もいいし、ピクニック気分で食べられるよ! ……ちゃんとシートも持ってきたからね!!」
「なるほど……だからカバンが大きめだったんだ」
「そういうこと! ちゃんと怜奈ちゃんの好きなもの作ってきたよ!!」
こういうのはロケーションも大事だからね。青空の下、草っぱらの上で風を感じながらご飯を食べるとより美味しくなるだろう。
引きこもりだった俺は怜奈ちゃんのおかげで外に出る勇気をもらえた。数年かぶりに外にでたときの感動は今でも覚えている。やっぱり人間は、太陽の下で生きる生き物なんだなって思えた。
まあ、とはいっても暑いから日陰を選ぶんですけどね。
デカい木のおかげで良い感じに日陰になっている場所を見つけたので、そこにシートを敷くことにした。直射日光が当たらないだけで、ずいぶんと涼しく感じる。
俺は手早く水筒のお茶と弁当を用意して、怜奈ちゃんに渡してあげた。
「わっ……すごい。ヒカリって……料理得意なんだ」
「実はね! 怜奈ちゃんの前で料理とかする機会なかったもんね!」
「しかもほんとに私の好きなおかずばっかり……」
「シェフ月島はお客さんの要望にきっかりお答えします!」
お弁当の内容発表! 怜奈ちゃんの好きなエビチリ、甘い卵焼き、きんぴらごぼうにミニトマト。しそのふりかけご飯に、デザートは小さく切り分けたキウイだ。
毎食作るお弁当とかは冷凍食品とかバンバン使うだろうけど、今日は全部自分で作った。もちろん冷凍食品が悪いという話ではないが、愛情は込めたかったので……気分の問題だ。
「さ! 食べて食べて!!」
「……うん、いただきます」
俺の言葉に、怜奈ちゃんは静かな所作でお箸を手に取る。そして最初に卵焼きをつまんで……口に入れた。
「……美味しい」
「ほんと!?」
「えぇ……甘さがちょうどいい。私の好きなほんのり甘めな卵焼き」
高評価に思わず頬が緩む。ぽつりと漏れ出た言葉は、本当に思わず口に出たといった感じだったのでなおさら嬉しい。
見た目は少しクールビューティっぽく見える怜奈ちゃんだけど、笑ったり虚を突かれたりすると少し幼く見える。キレ長のツリ目が柔らかく細められる表情が、俺は大好きだ。
満足した俺は自分のお弁当から卵焼きを一つ食べる。……うん、我ながら良い出来だ。
その後怜奈ちゃんは一しきり順番におかずとご飯を食べ進める。全てのおかずを一口は食べ終えたところで、いったん箸を置いた。
「全部美味しい……」
その表情は何かに感じ入ったようで、少し照れ臭くなってしまう。
「へへ……」
でもそれ以上に、怜奈ちゃんが喜んでくれたことが心底嬉しかった。
何だか胸がキュンと熱くなって、誤魔化すように麦茶を口に含む。
「ま、まぁ!? これで俺のスパダリ力が相当なものだってことはわかってもらえたかな!?」
ごほん、と咳払いをして気持ち大きめに声を張った。
……これで少しは頼りがいがあるところを見せられただろう!
「スパダリ……スパダリ……? いやこれ甲斐甲斐しく尽くしてくれるお嫁さんでは……?」
ぼそぼそとつぶやいた怜奈ちゃんの言葉は、俺の耳には届いていなかった。
◆
「な、なかなか……面白かったね」
「顔真っ赤よ、ヒカリ」
「そ、そそそそそんなことないけど!!?」
まだ余韻が残っているヒカリをからかってみると、本当に顔を赤くして反論してきた。
……はぁ、ほんとうに。このデート中何度も思ってきたことだけど……わざとやってるのかしら?
昼食を食べたあとは、そのへんを適当に見てウインドウショッピング。買ってすぐ帰るわけではないので大量にだったり大きなモノを買ったりなどはできないけど、こういうのは一緒に見て回るのが楽しい。
その後はゲームセンターへ行って遊んだ。私はクレーンゲームぐらいしかあんまりやらないけれど、ヒカリが誘ってくれたので銃でゾンビを撃つゲームとかもやってみた。最初は勝手がよくわからずにすぐやられたけど、ヒカリがコツを教えてくれたりしたので後半は結構良い感じに動けてたと思う。
あとはちっちゃい犬のぬいぐるみをクレーンゲームで狙って散財したり、久しぶりにプリクラを一緒に撮ったり……久々のゲーセンだったけど、なかなかに充実した時間だった。
そうして、夕方ぐらいになって来たのがこの映画館だったのだ。
ヒカリが事前に予約していたという恋愛映画。まあカップルの定番かと思い見てみたんだけど……。
結構過激なシーンがあった。キスもなんか結構尺割いてねっとり映されてたし、濡れ場もわりとあったのだ。もちろんR-18とまではいかないけど……高校生のカップルが見るものではないかもしれない。
ちょっと過激だなぁって思ったものだから隣のヒカリを見たら、私よりずっと動揺してたからびっくりした。いやあなたが選んだんでしょこれ。……さてはどういう映画かは調べずに高評価なだけで選んだな?
顔を真っ赤にして『え……?』とか小さく漏らしてるヒカリを見てると、映画の内容も相まってなんだか変な気分になってしまうのが一番の問題だった。
……あぁ、カップル向けの恋愛映画って、そういう効果も目的なのかしら。
頭の中のもう一人の自分だけが妙に冷静だった。今度、家デートのときに恋愛映画を見るのはありかもしれない。
「これぐらいの時間になると、外もだいぶ涼しいわね」
映画館から外に出て、空気を感じる。
夏だから、まだ完全には日は落ちきっていないけれど。夕焼けはもうすぐ消えて、一日の終わりが訪れる。
少し冷たくなった風をうけて、私は腕を真上にあげて肩を伸ばした。
「うん……怜奈ちゃん、最後にちょっとだけ、いい?」
どこかで夕食でも食べて終わりかと思っていた私に、ヒカリが後ろから声をかけてくる。後ろを振り向くと、いつもとは違う真剣な表情。
ヒカリのあまり見せない表情に胸が高鳴る。無言でうなずいた私を見て、ヒカリは私の手をとって歩き出した。
電車でたった二駅。それから少し歩いてたどり着いた場所は海だった。
カモメの鳴く声を聞きながら、二人で砂浜の前の石塀に立つ。手をついて見るその光景は、月並みだけど綺麗だった。
沈みかけている夕日でオレンジ色に染まる海は、まだ私にはありもしないノスタルジックさを思い起こさせる。そしてちょっとだけ……私の感情故の錯覚かもしれないが、情熱的に感じた。
隣のヒカリを見ると、夕日に照らされた金髪が風で揺れている。
キラキラ、キラキラと……まるで宝石のように輝く髪が舞うその姿は、言葉を忘れるぐらいに美しくて。
空色の目が真反対の赤の光を受けて、私をじっと見つめていた。吸い込まれてしまいそうな魔性に、私はごくりと唾を飲み込む。
ややあって、ヒカリは口を開く。
「怜奈ちゃん……あの、今日……楽しかった……?」
少し不安そうなその言葉が、何物も触れがたい『絶世の美少女』を『私の幼馴染』に引き戻す。
ようやく息ができたような気がして、私は自然と笑みがこぼれた。
「楽しかった……当たり前でしょ? ヒカリと一緒にいて楽しくないわけないじゃない」
「え、えぇー……嬉しいけど、そうじゃ、そうじゃなくてぇ!!」
「……ちゃんと嬉しかったわよ。ヒカリのエスコート」
そう返すと、真っ白な肌が一瞬で真っ赤に染まる。……私の言葉でヒカリが真っ赤になる瞬間が、私は好きだ。
ヒカリが私のために考えて、私を楽しませようと全力を尽くしてくれた。嬉しいし、楽しいに決まってる。
ヒカリの愛情を疑ったことはないけど、いつもは私が考えて私が誘っていたことだ。私への『好き』を感じられる一日で、まさに至福の時だったと言えよう。
……まぁ、スパダリかどうかには甚だ疑問の余地があるけれど。
そもそも何をやっても可愛いヒカリはどうやってもスパダリには向いていないと思う。どれだけ尽くしても、頼りになって何でも叶えてくれるカッコ良い人っていうより、健気に好きな人を支える愛らしい存在にしか見えない。
いや、これは私にフィルターがかかりすぎているだけなのかな? でもヒカリが銀河一可愛いことなんてこの世界の常識だしなぁ……。
「……れ! 怜奈ちゃん……!」
少し大きなヒカリの声に、我に返る。一人分ぐらいの距離があった空白がいつの間にか埋まっていて、肩と肩が触れ合うぐらい近くにヒカリがいる。
「か、可愛いね……!」
無理したような震え声がヒカリから飛び出てきた。顔は真っ赤なままで、汗をかいて……微かに震える手で私の肩に触れてくる。
その不審げながら可愛い幼馴染の様子に、流石の私も気づく。
……これ、もしかして自分からキスしようとしてる?
あのヒカリが! 引っ込み思案でいつも私の後をついてきたヒカリが!! 自分から私にキスをしようとしている!!?
嬉しさに脳内が満たされて、胸がドキドキしてきた。ぎこちない様子でお世辞にもスマートとは言えないが、そんなことはどうでもいい。私は……ヒカリからキスをされたい。
身を任せるように目を閉じる。私の行動に、すぐ近くで生唾を飲み込むような音が聞こえた。もう片方の肩にも手を添えられて、いよいよその時がくるのだと期待が高まる。
私とヒカリでは10㎝以上も身長に差があるので、少し膝を折ってヒカリの顔に合わせるのも忘れない。
ヒカリの息を感じられるぐらいの距離が、徐々に縮まっていく。1分にも、10分にも、1時間にも感じられるぐらいの……短くて長い時間。
柔らかい何かが、とうとう私の唇に触れた。
「っ……」
「…………」
初めてのキスは〇〇の味って表現をよくするけれど、私たちの初めては味なんてわからなかった。それどころじゃなかったから。
今だってわからない。わからないけれど、唇と唇がふれあっている……ただそれだけで、私は世界で一番幸せになれる。それだけは真実だった。
少しして、ゆっくりと唇が離れていく。喪失感を覚えながら目を開けると、そこには当然ながらヒカリの顔。やりきったような達成感と、何とも言えないような気まずさと……隠しきれないたくさんの喜び。その全てが見て取れるような面白い表情だった。
思わず、自分の唇に手を当てる。
「ふふ……キス、されちゃった」
「っ……えへへ、どう? 上手くできてた?」
緊張が霧散したヒカリがいつものようにほにゃりとした笑みを浮かべる。キスをしたあとに上手くできたかわざわざ聞いてくる無邪気さ。私が大好きな、その笑顔。
その顔を見ると……もう、我慢できない。
「えぇ……すごく良かったわ」
「へへー……!」
「――だから」
言って、ヒカリを抱き寄せる。突然のことに抵抗もできないヒカリが私の腕の中にすっぽりと収まって、潤んだ目が私を見上げた。
「もう一回」
「ふえっ……」
すべすべのほっぺたに手を添えると、蕩けたように目を細める。けれど決して私から目を逸らさなかった。
あー、だのうー、だの言葉にならない呻きを数回漏らしても引かない私を見て……ヒカリはやがて目を閉じる。
……あぁ、もう。可愛い、好き、可愛い、大好き、好き、好き、好き。
見ていると自分の中から無限に愛しさがこみ上げてきて、堪らなくなる。本当に……ヒカリは罪な女だ。
私の人生はきっと、ヒカリに出会ったことでずいぶんと変わってしまったんだろう。けれどもそれがまったく嫌に思えない。むしろ出会えて本当に良かったとすら思っている自分がいる。
絶対に、死んでも離してあげないから。
最愛の人を見つめて、私は顔を近づける。
「ぁっ……」
この日、私たちは初めて大人のキスをした――。
キスの味は……内緒だ。
ヒカリ…スパダリ(笑)
怜奈…次のステップへと進むことに無事成功する。最近、女の子同士の方法について調べているらしい。