※ヒカリ視点
「ど、どうしよう……!?」
俺の情けない声がその場に響く。
事務所内にある、小さな部屋。黒色の座り心地の良いソファに白いテーブルが置かれたその部屋は、ちょっとした打ち合わせや待ち時間などに使われる部屋だった。
そんな部屋にいま、俺と怜奈ちゃん……そして、マネージャーと社長が揃っていた。
みんな、険しい顔をしている。
「う~む……」
社長が顎に手を当てて低く唸った。目線の先には、テーブルの上に置かれたゴシップ誌。
その雑誌の開かれたページにはこう書かれている。『人気絶頂のアイドル、Contrastに熱愛発覚!?』……と。
写真は、この間俺と怜奈ちゃんでデートしたときのものだ。最後に海の近くでキスをした瞬間が収められていて、捏造でもなんでもなく……間違いなく俺たち本人だった。
焦った様子の塚原さんに急遽事務所に呼び出されて、見させられたのがこの雑誌である。つい最近発売したこの記事が、ネットでも話題になっているらしい。
俺も怜奈ちゃんもまったくの寝耳に水で今こういう状況になっているというわけだ。
そりゃあ、そうか。俺たちは曲がりなりにも人気アイドルとして活動している。スキャンダルを狙う奴はいくらでもいる。
……危機意識が足りなかったのかもしれない。
思わず苦い表情になった俺の肩に、手が置かれる。隣を向くと、怜奈ちゃんが真っすぐな瞳でこちらを見ていて……少し落ち着く。
そうだ、俺は一人じゃない。やらかしてしまったことには違いないけど、怜奈ちゃんが一緒にいるんだ。落ち込んでいる暇があったら、この事態の収拾を考えなければ。
俺たちの様子を見て、塚原さんが確認するように声をかけた。
「いちおう確認するけど……この写真に間違いはないのね?」
「……はい」
「えぇ、私とヒカリで間違いありません」
「そう、わかったわ」
塚原さんの声音に怒りの色はない。淡々と事実を確認して、頷いている。誌面を見ている社長も同様に、穏やかなものだ。
だからこそ、言うべきことがある。
俺と怜奈ちゃんは目を合わせ、その後二人に向き直る。深々と頭を下げた。
「社長、マネージャー。迷惑をかけて申し訳ありません」
「ごめんなさい……私たちのせいで」
俺たち二人だけならば自業自得で済むけれど。事務所に迷惑がかかってしまったことは事実だ。
だからこその謝罪だったのだが、上から降ってきた声はやけに朗らかなものだった。
「はっはっは! いやいや、君たちが謝罪する理由がどこにあるのだね? 何も悪いことなどしてないだろう?」
「社長の言う通りです。頭をあげて、二人とも」
頭をあげると、二人ともが穏やかな目をしていた。とてもスキャンダルを持ち込んだアイドルへの目つきではない。
逆にたじろいでしまう俺たちに社長はなおも言う。
「我が社ではアイドルの恋愛を禁止していないのだから、問題などない。違うかね?」
「それは……でも」
「なぁに! こういった記事は芸能界ではよくあることだよ! むしろ私のほうこそ申し訳ない」
信じがたいことに、社長は本当にまったく俺たちに思うところはないようだった。
確かに俺たちは現実、悪いことをしたわけではない。ただこういったスキャンダルで受ける影響というものは相当大きいはずだ。何せアイドルはイメージが大事な仕事である。
それなのに未成年である俺たちを気づかって、揺るぎもしないその姿は……実に頼りがいのある歴戦の風格を醸し出していた。
ダンディってこういうことか……! くっ、流石は怜奈ちゃんを見出した社長……参考になるぜ……!!
「社長……ありがとうございます」
「まあ、とりあえず対応を考えましょうか。落ち度はないとはいえ、現実問題ファンを騒がせていることは事実だからね」
塚原さんの言葉に、浮ついた思考を改める。
そうだ……事務所の人たちは本当に良い人たちだけど、世間の目というものはそんなに甘くはない。
恋人禁止ではないと知っていても憤るファン。そもそも恋愛自由なことを知らない、あまり俺たちに詳しくない人。俺たちのことなどどうでも良くて、話題に乗っかりたいだけの人。俺たちのことが嫌いな人。
応援してくれる人たちもいっぱいいるが、そうじゃない人たちだっている。だからこそ、対応を間違えてはいけないのだ。
「私たちを応援してくれるファンの人たちが不安になっているのを放置するのも嫌です。……社長、記者会見を開くのはありですか?」
「それはまあ、構わないが……先ほども言ったとおり謝罪をする必要は――」
「いいえ、謝罪会見じゃなくて……記者会見です」
「……なるほど! ははは、うむ、うむ! いいじゃないか! なぁ、塚原くん!」
「怜奈ちゃんの覚悟が決まってると何かちょっと不安ですが……そうですね、通達を出しておきます」
俺が考え込んでいるうちに、あれよあれよと話が進んでいっている。
……あれ? 記者会見するの? 事務所の声明文とかじゃなくて?
うっ……で、できるかなぁ。たくさんのマスコミの前で、ちゃんとしっかり、隙を見せないように……元コミュ障の俺にはつらい試練だ。普段のバラエティ番組などの好意的な人たちに囲まれるのとはわけが違う。
で、でもやらなければ! 自分たちの言葉で伝えるのが一番ファンの人たちにとって誠実なのは間違いない。怜奈ちゃんの言う通り、ファンの人たちを悲しませるのは本意ではないのだ。
「私も事務所に迷惑をかけたくはないので……どこまで言っていいのか、打ち合わせがしたいです」
「おぉ、いつになくやる気だね怜奈くん! もちろんだとも! 責任は私が取るから、ドーンと構えておきたまえ!」
「社長、焚きつけないでください。わかったわ、怜奈ちゃん……しっかり、話し合いましょう」
怜奈ちゃんの目は過去に類を見ないぐらいに燃えている。
ここは怜奈ちゃんの恋人でもある俺も、大いに役割を果たすべきだろう!
「あ、お、俺もッ……!」
「だいじょうぶ。ヒカリは私の隣にいてくれるだけでいいから」
「ヒカリちゃんは記者の人に質問されたときに答えてくれるだけでいいからね。あとで一緒に予想される質問への答え考えておこうか」
マッハで隔離された。解せぬ。
もしかして二人とも、俺のこと要介護者か何かだと思ってる?
確かに仕事のときは頑張って笑顔でおしゃべりしてるだけで本質は身内以外と全然しゃべれないコミュ障だけどさぁッ……!!
いやそれ致命的じゃん、草。
草じゃないが。
意気揚々と意見交換をするみんなの話を聞きながら、俺はせめて余計なことは言わないように気を引き締めるのだった――。
※不穏はありません。
次回、掲示板回。