無事ここまで書けて良かったです。見てくれるみんなのおかげだぞい。
※ヒカリ視点
「うぅ、う~……」
控え室で、唸りをあげる俺。なんだかこの後のことを考えるとお腹がキリキリ痛むような気がするし、喉も渇いてくる。テーブルに置いてあるペットボトル入りのお水を飲んで気を落ちつけようとするも、満たされるのはお腹だけ。
「そんなに飲んだら会見中にトイレ行きたくなるわよ」
「わかってるけど……」
対して、怜奈ちゃんはあっけらかんとしたものだった。俺の隣の椅子で涼しげに脚を組み、右手で自分の毛先をクルクルと弄くり回しているその姿は、とてもこれから記者会見に赴く人とは思えない。
やっぱりすごいなぁ……怜奈ちゃんは。
社長やマネージャーとも念入りに打ち合わせしてたし、怜奈ちゃんにとって記者会見は自然体で臨めるものなんだろう。強い、絶対に強い!
今ごろ、続々と記者たちが集まっているはずだ。俺たちの出番はもう少ししてからだけど、すでに俺の緊張はピークを迎えている!!
怖いよぉ!!(直球)
「大丈夫よ、ヒカリ」
「ぁっ……」
挙動不審な俺を見かねて、怜奈ちゃんが俺の手を自分の手で包んでくれた。
「そんなこの世の終わりみたいな顔しないの。可愛い顔が台無しよ」
「怜奈ちゃん……」
人肌の温かさが手から伝わってきて、なんだか少し気持ちが和らぐ。
「いや……別にその顔でも世界一可愛いか……」
「怜奈ちゃん……?」
「何でもないっ! とにかく……私が守るから」
「っ……!!」
か、かっこいい……! くっ、なんでこんなに怜奈ちゃんは完璧なんだ……!
お、俺は元男なのに……こういうとき、俺がしっかりしないといけないはずなのに! でも、なんか心地いい……。やばい、怜奈ちゃんにあやされるの、クセになっちゃいそう。
優しい目で見つめられて、じんわりと俺の心に熱がこもる。そのままお互いしばらく見つめ合って、どちらも何もしゃべらない。
あ……なんか、このままずっと二人っきりでいるのも……。
「二人とも、準備ができたし……そろそろよ」
「ひゃいっ!? わかりました!!」
ノックの音とほぼ同時に、少し大きな塚原さんの声。静寂を破るその声に驚きのあまり必要以上の大声を出してしまった。
あぶないあぶない……記者会見前だっていうのに、二人の世界に入るところだった。こういう危機意識の低さが今回のスキャンダルに繋がってるっていうのに。
気持ちを切りかえるために両手で軽く頬を叩く。
「いたっ!」
強く叩きすぎた。
「ふ、ふふっ……何やってんのよ」
「え、えへへ……」
アホな行動に怜奈ちゃんは肩を震わせる。突然目の前の人が自分の頬を自分で叩いて痛がっていたらそりゃあそうなる。ちょっとやばい人だ。
は、恥ずかしい……! 何をやってるんだ、俺は。
「い、行こう怜奈ちゃん!」
「……えぇ、そうね」
ツボに入ったらしい怜奈ちゃんの肩を叩き、無理やりさっきの失態をなかったことにしようとする俺。
数秒ののち怜奈ちゃんは頷いて、椅子から立ち上がった。
少しだけ、緊張がましになったような気がした。
アホな行動にも、意味があったのかもしれない。
ザワザワとした喧騒の中、俺と怜奈ちゃんは記者会見の会場のすぐ横で待機をしていた。
白い壁に、白いテーブル。マイクが置かれ、そのテーブルの前では大勢の記者たちが今か今かと俺たちを待っている。
今までテレビでしか見たことのない光景だ。だけど、今からこれを乗り越えなければいけない。
記者会見には結局社長も出席するとのことで、今も俺たちの隣にいた。基本的には怜奈ちゃんのやりたいように任せるが、何かあったときに矢面に立つしフォローもすると言ってくれた。
社長はしっかりと責任を果たしている。……なら、ここで俺が逃げるわけにはいかないのだ。
グッと握りこぶしで力を入れると、司会の人の声が聞こえた。
『それではお時間になりましたので、これより記者会見を始めさせていただきます』
マイク越しの声に、ざわめきがピタリと止む。塚原さんに促されて、俺と怜奈ちゃんは最後に一回顔を見合わせる。
……だいじょうぶ、ちゃんと、伝えるだけ。
頷きあって、社長に続いてテーブルに向けて歩き出した。
途端、パシャパシャとフラッシュが鳴り響く音。
緊張をあくまでも表には出さないようにしつつ、俺たちは椅子に座る。
始まりの言葉は、社長からだった。
「このたびはお忙しいなか、我々の記者会見にお越しいただき誠にありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
続いて俺たちも感謝を述べ、頭を下げる。形式的なものだが、こういう場面ではそれは特に大事なことである。
「我が社所属のContrast二人の熱愛報道に関しましては二人とも話し合いましたが……週刊誌に書かれていることは概ね事実であります」
瞬間、またフラッシュの嵐。
社長が怜奈ちゃんに目配せをすると、怜奈ちゃんがマイクを持ってしゃべりはじめる。
「私とヒカリは、同性同士ではありますが真剣にお付き合いをさせてもらっています。写真は、オフの日に二人で出かけたときのもので間違いありません」
「えっと……はい、そうです。私は星川怜奈さんとお付き合いをさせてもらっています」
いちおう順番的に俺もしゃべったほうがいいだろうと思って、おっかなびっくり言葉を発する。隣に怜奈ちゃんがいると、不思議と少し怖くないような気がした。
『それでは、これより質疑応答の時間に入らさせていただきます』
事実としてはこれしかないから、自分たちから何かを説明することはあまりない。なのでほぼこの会見は記者を通して視聴者やファンの疑問に答えるという趣旨だ。
司会者の言葉に記者の人たちが一斉に手をあげる。テレビでは今の俺たちのほうが映っているから、あまり見ない光景だ。
やがて一人が指名され、マイクを渡された記者の人がしゃべりだす。
「一日新聞の鈴木です。お二人は幼馴染とのことですが、アイドルになる前からそういうご関係だったのでしょうか?」
「いいえ、アイドルデビューをしてからですね。近すぎてお互いに気づいていなかった部分もありました。アイドル活動をしていく中でお互いの関係性を見直していくうちに、そういう感情に気づいたことが大きいと思います」
「なるほど……ありがとうございます」
落ち着いた返答をする怜奈ちゃんに、記者の人は形式的に礼を言って座る。とりあえず、されるであろうわかりやすい質問に対しては事前に答えも考えている。俺にいつ来ても大丈夫なように心構えだけはしておこう。
その後も悪くない雰囲気の中、質疑応答は進んでいく。
「失礼ですが、お二人の恋愛対象は元々女性であった、ということで間違いないでしょうか?」
「違うと思います。私も、ヒカリも、今でも同性に対して特にそういった感情は抱きません。たまたま好きになった人が同性だった、という認識です」
「はい。私も怜奈ちゃ……怜奈さんだから好きです!」
「お二人が交際をしていることは元々周りの方々はご存じだったのでしょうか?」
「社長と私たちのマネージャー、そしてお互いの両親は知っています。交際をすることになった折、私たちのほうから伝えました」
「先ほど交際を始めたのはアイドルデビュ-をしてからだとおっしゃっていましたが、何かきっかけなどはあったのでしょうか?」
「内容は伏せますが、喧嘩をすることがありまして……その後、仲直りをする過程でお互いの好きが友愛ではないことに気がついたのがきっかけだと思います」
「星川さんと月島さんのどちらから告白をしたのですか?」
「……私です。ヒカリは最初戸惑っていたのですが、少しして受け入れてくれました」
質疑応答は俺が想定していたより、和やかなものだった。あまりに悪いほうに想像しすぎていただけなのかもしれないけど、俺たちを追及するような雰囲気というより単純に深掘りされている感じだ。
でもなんかだんだん質問おかしくなっていってない? 完全にもう厳かな会見っていうより恋バナ会見になってるけど?
芸能人はそういう部分もあるとはいえ……恥ずかしいもんは恥ずかしいのだ。
密かに俺が羞恥に悶えている中、また一つ質問がされた。
「……今回の件、ファンへの責任に関してはいかがお考えですか?」
言い終わって、明らかに場の空気が変わった。微かなざわめきと、発言者への注目。
記者の男性は一見真面目そうな顔でこちらを見据えているけど……どことなくイヤな感じがする。こちらを食い物にしてやろうという、獲物を見るような目。
とうとう来た。予想していたとはいえ、身体がこわばるのを感じる。
横目でチラリと怜奈ちゃんを見る。
……笑顔のまま、少し目を細めて怜奈ちゃんは平然と答えを返した。
「おっしゃっている意味がよくわかりません。責任というのはどういう意味でしょう?」
「この事態を引き起こしたことへ、ファンの方たちに申し訳ない気持ちはないのかと」
「望まない形で話題になったことで不安な気持ちにさせてしまったことは申し訳なく思っています。ですが、私たちとしてはお休みの日にデートをしていたところを撮られてしまったわけですから……私たちも被害者といえば被害者じゃないですか?」
失言を引きずりだそうとしているのか食い下がる記者に対しても、怜奈ちゃんは動揺もしない。ファンへの謝罪も深刻になりすぎず、『自分も被害者』だと笑顔で小首を傾げて言うその姿は茶目っ気に溢れていた。
売り言葉に買い言葉ではなく、アイドルらしく笑顔で……愛嬌を振りまいて意見を主張する。
まだ10代の少女の完璧ないなし方に会場の空気も少しマイルドになるが……記者はなおも引かなかった。
「恋人を作ってしまったことには特に思うことはない、と?」
「知っているかと思いますが……うちの事務所は恋愛は自由ですよ?」
「ではなぜ今までそれを隠していたのでしょうか? ファンの方に不義理だとは思いませんでしたか?」
「プライベートですから。流石にちょっと恥ずかしいです」
……こいつ、いったいいつまで続けるつもりなんだ。何とかスキャンダルな感じにしたいんだろうけど、流石にしつこすぎて俺のほうが腹が立ってきた。
怜奈ちゃんは完璧な対応だし、周りも少し呆れたような視線を記者に向けているというのに……。
ムカムカとしていると、社長が司会の人に目配せをするのが横目に見えた。
『質問は一回につき一つとさせていただいております。次の方――』
「いえ、だいじょうぶですよ!」
強制的にシャットアウトさせようとした司会の声を明るく遮ったのは、他ならぬ怜奈ちゃんだった。
司会の人も、記者も。そしてもちろん俺も……びっくりして怜奈ちゃんに視線を向ける。
みんなの視線を一身に受けた怜奈ちゃんは、なんだかとても楽しそうな顔をしていた。
「ヒカリはとても人気だから……ファンの方たちもショックを受けたとは思います」
そこに自分から触れるのか。その話題を出したら、行きつく先は謝罪ではないのか。
怜奈ちゃんの考えがわからない俺が不安に思っているなか、怜奈ちゃんは明るく言い放つ。
「でも、私思うんですけど……これ私も被害者なんですよ!」
……ん?
想像だにしていなかった言葉に、俺も、みんなも……あの悪意ある質問をしていた記者でさえ言葉を失った。
『何言ってんの?』……そんな言葉が共通認識として浮かんでいるような気さえする。
ざわめきすら消えた静寂の中で、怜奈ちゃんだけは生き生きと言葉を綴る。
「ファンのみんなも、聞いてください! ヒカリってば酷いんですよ!! 小さい頃から私にずーっとくっついて、何かあるたびに大好き大好きって言ってきて!!」
「え、ちょ!?」
「私、10年以上もずっとこれを食らい続けてるんですよ!? しかも私が告白するまで無自覚だったし……そんなことあの『月島ヒカリ』にされたら女の子だって好きになっちゃいますよね!?」
「何言ってんの怜奈ちゃん!!?」
怜奈ちゃんの勢いは止まらない。緊張していたことも、さっきまでの悪い雰囲気もすべて忘れた俺が大声を出しても、意にも介さない。
――すでに会場の空気は、変わっていた。
「これ私、よく持ったほうだと思いますよ! ねぇ、さっき質問してくれたそこの記者さん!!」
「え、あ、はい」
「考えてみてくださいよ! あなたがもし私の立場だったとして! ヒカリに毎日のようにスキンシップをされて無邪気に好意を伝えられ続けて……友達で収まれますか!!?」
「ぃえ……えっと……そう、ですね」
「無理ですよね!?」
「……無理です」
「えぇえええぇえええ!!!??」
ブフッ、と……誰かが吹き出す音がした。漏れるどころじゃない、明確に笑い声まで聞こえた。もうここはすでに追及の場所ではなくなっている。
……いやいやいや! おかしいでしょ!! なんだよその理論は!? 俺がまるで怜奈ちゃんを誑かしたみたいに!!
「ヒカリは魔性の女なんです……私も普通の女の子だったのに、変えられちゃったので」
「ち、違いますよ! 大好きっていうのは怜奈ちゃんがいっつも可愛くてカッコ良いから自然に口から出ちゃうだけで、私が悪いみたいなッ――あ」
思わず反論しようとして……というかほぼ最後まで言いかけて、我に返る。
みんなの視線が今度は俺に向いている。興味深そうな……微笑ましそうな生ぬるい視線。ボッ、と一気に顔が熱くなる。
お、俺は生放送でいったい何を!! うわー! こんなのもう学校行けないよぉ!!
「ね!? みなさん、これ演技じゃないですからね! いつもこうですからね!?」
「怜奈ちゃぁん!!!!」
当の元凶はというと、ブレーキが壊れたかのような暴走特急っぷりを発揮していて……俺はもう怒りを込めて名前を呼ぶことしかできない。
目の前の記者の人たちみんなが怜奈ちゃんの言葉に深く頷いたのが見えた。なんでだよぉ!!?
なんだろう……俺、人生で初めて怜奈ちゃんに怒りを感じているかもしれない!
「ですから、私はヒカリが好きです! ごめんなさい、これだけは変えられません!!」
「怜奈ちゃん……♡」
ごめん、やっぱウソです。怜奈ちゃん好き、大好き。
これだけの人に囲まれているのに。生放送で日本中に見られるというのに。照れも茶化しもせず真摯に頭を下げる怜奈ちゃんは本当に素敵だ。
……そっか、これが怜奈ちゃんの狙いだったのか。険悪な空気にすることもなく、俺たちの関係をみんなに認めてもらうための。
だったら俺も、恥ずかしがっている場合じゃないんだ。ちゃんと、役割を果たさなきゃ。
俺は立ち上がって、怜奈ちゃんの隣で頭を下げた。
「私も、怜奈ちゃんが……好き、です。ずっと……ずっと」
パシャ、パシャとフラッシュの音が鳴り響く。でも、記者会見の最初の頃に感じた殺伐とした雰囲気はもうどこにもなかった。
パチ、と手を叩く音が聞こえた。パチ、パチと最初はまばらだったそれはいつの間にかこの場を包み込む拍手となり、祝福となって俺たちに鳴り響く。
俺たちが頭をあげると、記者の人たちは笑顔を浮かべていた。
……なんか、なんだろう。嬉しいんだけど、変な感じ。
いつの間にか社長も立っていて、一緒に頭を下げていたことに気づく。低く、されど快活な声で社長は記者たちに声をかけた。
「ファンの皆様も色々思うところはあるかもしれませんが……これからも彼女たちを温かく応援していただければ幸いです。恋人がいるからといってアイドル活動を疎かにするような子たちではありませんので」
「……今までどおり、いえ、今まで以上にがんばっていきます。これからも、どうかよろしくお願いします」
「ふぁ、ファンの人たちに笑顔になってもらえるようにがんばります!!」
最後に、もう一度軽く頭を下げた。さっきより短めだけど、気持ちは十二分に込めて。
……一時はどうなることかと思ったけど、これで良かった、のかな。
もっとやり方はあったんじゃないかなと思うけど……結果的には良い雰囲気の記者会見にすることができた。
でも、あとでちょっと文句は言わせてもらおう。そう思って隣の怜奈ちゃんを見る。
「ッ……」
蕩けるような笑顔で見つめ返されて俺はあえなく撃沈した。
なに、その表情……。慈愛の女神すぎるだろ……好き……。
結局俺は、怜奈ちゃんに勝てる気はしない。だけど、それでいいと思っている。
だって、怜奈ちゃんに振り回されるのも幸せだから。
ちなみに、良い感じに締められたと思っていた記者会見は終わらなかった。
悪意のあるような質問は一切なかったが、みんなが怜奈ちゃんと俺のことを聞きたがって突っ込んだ質問をいっぱいしてきたからだ。
あー!! こんなんクラスで絶対ネタにされるぅ……!!
やっぱり、ちょっとぐらいは恨み言を言うべきなのかもしれない。
ハキハキと喋る怜奈ちゃんは、今日も最高に可愛かった。
たぶん今後10年以上は擦られることになる記者会見。