書いてたら長くなったので前中後編の3話でお届けします!
※怜奈視点
20.『小日向あつしのやったりますよ!!』(前編)
『小日向あつしのやったりますよ!!』というテレビ番組がある。
ピン芸人、『小日向あつし』の冠番組で、基本的には小日向さんとゲストだけで構成されている対面型の番組だ。番組の前半で小日向さんとゲストでゲーム勝負をして負けたほうは罰ゲーム、勝ったほうは高級料理などをご褒美で食べられる。そして後半にはトークをして、最後にゲストが宣伝などの告知をして終了する。一連の流れはだいたいそんな感じである。
そんな番組に、『Contrast』へオファーが来た。
私たちへ来る仕事はマネージャーが勝手に受けることはなくきちんと私とヒカリに意思を確認してくれる。だけどまあ、悪意を感じる仕事以外は基本的に受けることに決めていた。選り好みをしたくないというのももちろんあるけれど、単純に私は色々なことに挑戦するのが好きだからだ。身体を張るロケとかもいつかはやってみたい、楽しそうだし。
当然バラエティは普通に好きなので、私もヒカリも二つ返事でそのオファーを受けることにした。
小日向さんは芸人としてはポピュラーな関西弁のおじさんだ。関西弁だが荒っぽさは微塵も感じられず、穏やかで気の良い雰囲気は見るものに不快感を与えない。軽妙なトークで相手を立てるように話を引き出すのも上手で、ネットでもアンチがかなり少ない人格者としても有名である。
……まあ、芸能人なんて表の顔と裏の顔が違うことなんてよくあることだから、本当にそういう人なのかはわからないけど。元々悪い噂を持っている人よりは安心性が高いだろう。
それに勝負事の企画も一度やってみたかったし楽しみなのだ。
久しぶりのワクワクな予定に、私の心は少しばかり浮かれていた。
「怜奈ちゃん……楽しそうでかわいい……」
そんな私を見て、ヒカリがまるで聖母もかくやといった慈愛に満ちた表情で私を見つめていた。
なんだその表情は? 可愛いな、あとで二人っきりになったら覚えてなさい。
オファーを受けてから数日後。私たちはとあるスタジオで『小日向あつしのやったりますよ!!』の収録に臨んでいた。
リハーサルも終えて今は楽屋で本番までの待機中。私とヒカリはペットボトルのお茶を飲んで軽くおしゃべりをしていた。
「き、緊張したけど……話しやすい人だったね、小日向さん」
「そうね、評判通りの人だった。トーク力すごいなぁ……」
リハーサルや楽屋での挨拶で小日向さんと話した印象をヒカリと確認しあう。日に焼けた浅黒い肌で柔和に笑う小日向さんは、噂通りの朗らかな人だった。
おでこが丸見えなぐらいに刈り揃えられた短い茶髪に、細いタレ目。笑うと目尻に皺ができて、親しみやすさを感じさせる。男性にしては少し高めの声は、軽快な関西弁との親和性も高く不快感は微塵もなかった。
何より、ヒカリに対してそういう視線を1ミリも見せなかったところが信頼に値する。
誰もが知っている事実だが、ヒカリは可愛い。めちゃんこに可愛いし、この世界で一番美しい生き物であることは間違いない。だからこそ男性はどうしてもヒカリを見るときに多少なりとも『欲』の視線が混じるし、私としてもそれは仕方ないとも思っている。それは生物としての性なのだから、行動や態度に表さないのなら私が何を言うこともなかった。
ただ、小日向さんの視線にはそういったものが一切感じられなかったのである。初めてあったときにもヒカリの大きい胸に目線がいくこともなく真っすぐに顔を見て挨拶を交わし、『テレビで見るよりべっぴんさんやなぁ』と笑うその姿にも下心が感じられなかった。娘を見るかのようなその視線に、緊張しいのヒカリも次第に警戒を解いていったのがわかった。
近しい人物では社長もそうだけど、こういう人は信頼できる。私の持論である。
「とりあえず絶対勝負に勝ちたいね。ご褒美、リハだと明かされなかったけど何食べられるんだろう……」
「怜奈ちゃんの足を引っぱらないようにしないと……!」
心配要素もなくなった私たちは雑談に花を咲かせる。私としては、女子二人がゲストだしなんとなくご褒美はスイーツなんじゃないかなぁと密かに思っている。まあ、願望も入っているのだが。
「二人とも、そろそろ収録始めるみたいよ。準備してね」
「「はーい!」」
ドアの外から塚原マネージャーの声が聞こえて、私たちは同時に返事をかえすのだった。
「小日向あつしのやったりますよ!! 本日も始まりました! いやー、今日はごっつ緊張してるんですけど……今日のゲスト誰やと思います? 思います言うてもテレビ欄にはどうせガッツリ書いてるから視聴者の皆さんは
「はよ言えやって怒られそうなんで紹介します! 今日のゲストの『Contrast』のお二人です! どうぞ~!!!!」
「どうもこんにちはー! 『Contrast』の星川怜奈でーす!!」
「こんにちは~、『Contrast』の月島ヒカリです」
小日向さんのフリを受けて、私とヒカリはセットの奥の登場口から現れる。テレビでよく見る煙が下からプシューっと放たれる中、足早に小日向さんへの隣へと向かう。湧き上がる歓声の中、私とヒカリはほどなくして小日向さんと並び立った。
「や、ほんまによく来てくれはりましたね! 今をときめくアイドル二人がですよ!?」
「えー? わりと出たかったですよ! 私、この番組前から見てたんで」
「え、ホンマに? いやぁ、それは嬉しいわぁ! もしかしてヒカリちゃんも?」
「あ、えっと……この番組のオファーをもらって、見てきました! 面白かったです!」
「いや見てへんかったんかい! そんでめっちゃ真面目な子やん! ありがとうなぁ!!」
オープニングとして小日向さんがいつもの通りにトークをして、私たちをいい感じに番組の雰囲気へ馴染ませる。私とヒカリの両方に自然に話を振り、ヒカリの天然気味な回答も見事に捌いて笑いに変える。流石は熟練の技といった感じで、スムーズにトークは進行していく。
小日向さんが柔らかに笑いながら、少し遠慮がちに言った。
「これ触れてええんかな……? 言うてまうけど、あの衝撃の記者会見、僕も見てたで~! すごかったなぁ」
「なんかネット上とかでも反響すごいらしいですね。でもそんなにすごいことしてないと思うんですけど」
「それ思ってるの怜奈ちゃんだけだからぁ!!」
「えげついなぁ怜奈ちゃん!」
ヒカリが可愛いお顔を真っ赤にして私にツッコミを入れる。
あの記者会見から2週間ほど。どうやら世間ではあの記者会見は相当に反響が大きかったらしく、私たちのファンも、ファンでない人たちも結構な騒ぎになっていた。
その大半はポジティブな反応だったし私としては特に気にもしていなかったのだが、どうやら私の言動や態度が面白かったらしい。
まあ、面白いならいいか。
アイドルとして生きると決めた以上、注目されるのは宿命みたいなものだ。好意的なものだったのなら、それでいい。
私はそう思うのだが、ヒカリはずいぶんと恥ずかしがっていた。そういうところも、とても可愛い。
「えー、そんな日本中から公認されたカップルの二人に来てもらったもんやしね! 今日はボクは司会に専念して、『Contrast』のお二人で勝負をしてもらおうと思てます!」
「えっ!?」
小日向さんの明るい宣言に驚きの声をあげるヒカリ。私も声にこそ出していないが、内心では少しばかり驚いていた。
リハーサルではゲーム自体はやらなかったものの、段取りとしてはいつも通り小日向さんとゲストである私たちが勝負をする流れになっていたはずだ。
……うーん、これは、言ってもいいのかなぁ。
気分を害していないというのが傍から見ても分かるように、軽い感じで聞いてみるかな。
「えー? リハではそんなこと聞いてないですよ~!」
「言うてへんもーん! サプライズっちゅうことで、堪忍なお二人さん!」
「え、えぇ~……怜奈ちゃんと勝負、ですか……?」
「なんかディレクターがな、『絶対こっちのほうが面白いんで、小日向さんはちょっと引っ込んどいてください!!』って言うねん。せやからボクのせいちゃうで! 悪いのは全部ディレクター!!」
あはははは、とスタッフの笑い声が入る。最近のバラエティではスタッフの笑い声はそのまま使われるので、たぶんここもいい感じにディレクターの顔が編集とかで入って笑いどころになるんだろう。
番組の進行としては、確かに悪くないと思う。私たちは客観的に見ても今話題性に溢れているアイドルだし、恋人同士であることも全国に知れ渡ってしまっている。
ゲーム企画で二人を争わせてキャッキャとさせたほうが視聴者的には見てて面白いだろうという判断は、まぁ、わかる。小日向さんが悪いというわけじゃないけど。
私はびっくりしながらも納得して、明るく笑顔を浮かべて冗談を言った。
「じゃあ勝ったほうが小日向さんの罰ゲームを決める権利をもらえるってことですか?」
「いやなんでやねん! ボク関係あらへんやろ! そこは二人で完結してもろて!」
「怜奈ちゃんに勝てるかな~……」
一つ問題があるとすれば、ヒカリだ。
まず、大前提としてヒカリは誰かと勝負をすることが大の苦手だ。元々温和で誰かとぶつかり合うことが嫌いなヒカリは、闘争心というものが基本的にない。誰かの嫌がることをするという発想がないヒカリはテレビゲームでも対人ゲームはすこぶる弱い。プレイするのはもっぱら協力系のゲームか、牧場を経営するようなほのぼのとしたスローライフ系のゲームである。
そして、まあそもそも……あまり要領も良くない。いや、誤解しないでほしいのはヒカリのそういうおっちょこちょいなところは可愛さを際立たせる長所なのであって、決して悪い点ではないのだ。ただ、単純に何をするにしても物覚えは良いほうではないという話。
私は比較的何でもある程度のレベルまではスムーズにこなせるタイプなので、私とヒカリが勝負することになった場合、圧勝してしまう可能性がある。テレビの撮れ高的にそれはどうなんだろう。
……ある程度は、接戦を演じてあげたほうがいいのかなぁ。でも、手を抜くっていうのもヒカリが知ったら傷つくだろうし。
「ご褒美は新宿にある超人気スイーツ店、『ドゥスール』さんのプレミアムショートケーキを丸々1個! 現役女子高生の二人に出すならやっぱ甘いものやと、スタッフさんが用意しました!」
「お、おぉー! 美味しそう……!!」
ご褒美のケーキを見ながらもそんなことを脳内で考えていた私は、続く小日向さんの説明でその考えを放棄することになる。
「そして……罰ゲームはこちら!」
じゃーん! と声に出して右手をかざすと、スタッフの人がタイヤ付きの衣装掛けを押して現れる。
そして、その衣装掛けには様々な可愛らしい衣装。メイド服や巫女服、ナース服など、コスプレ色が強いが色々な衣装がズラリと並んでいるいるようだった。
「勝ったほうがこの箱からクジを引いてもろて、負けたほうはその衣装を番組終了まで着て過ごしてもらいます!! もちろん健全な衣装しかないですからね! 事務所の許可もきちんともろてます!!」
小日向さんの言葉に、私は今度こそ衣装に釘付けになる。
この衣装を……合法的にヒカリに着せられる……?
胸が高鳴るのを感じる。しかもこれは番組の罰ゲーム……私が何かをしたわけでもないし、不可抗力というわけだ。私に責任はないのに、ヒカリの可愛い姿を思う存分に愛でられる。こんなに都合の良いことがあろうか。いや、ない(反語)。
まあ私がお願いをしても何だかんだ言ってヒカリは着てくれると思うが、罰ゲームというのも良い。恥ずかしがりながらも真面目なヒカリは抵抗をしないで着てくれるだろう。そのときの表情と赤くなった頬を想像するだけで、ニッコリと笑顔になれそうだ。
私はさっきまでのテレビ的盛り上がりへの配慮を一瞬にして脳内から追い出した。
……まあ? ゲームといっても勝負ごとだしね? 真剣勝負で忖度とかするのは失礼なことだよね、ヒカリにも、視聴者にも。
ギラついた目を隠すこともなく、ヒカリを見つめて微笑む。
「ふふ……ヒカリ。絶対、負けないから」
「すでに気持ちで負けてる気がするぅ……」
「怜奈ちゃーん。テレビでしちゃアカン顔してるでいま」
小日向さんの苦笑いしながらの言葉も、今の私の耳には入らなかった。
ぜっっっっっったい着せてあげるから、覚悟しててよね! ヒカリ♡!!!
罰ゲーム……バラエティ番組……何も起こらないはずもなく……。