すでに脳内にイメージが出来上がっていて、崩したくない方は見なくてもだいじょうぶです。
※怜奈視点
「ちゅーわけで、負けたヒカリちゃんには罰ゲーム! 今から怜奈ちゃんがクジを引いて、その紙に書かれていた衣装を着てもらいます!」
「う~……はい」
無事に勝負もすべて終わり、最初に言ったとおりの罰ゲームがヒカリには与えられる。スタッフさんが再び持ってきてくれた紙が入ったくじ箱の前に立ち、私は鼻歌でも歌いそうなぐらいに上機嫌だった。
「怜奈ちゃん楽しそうやなぁ……ヒカリちゃん、2人きりのときもこんな感じなん?」
「うーん、まあ……? 基本的にいつもニコニコでとっても可愛いです」
「うおっやぶ蛇……」
二人のやり取りを聞きながら精神を集中させる。ヒカリとの勝負は私の勝ちで終わったが、本当の勝負はここからなのだ。
罰ゲームの衣装には当然ながらかなりの種類がある。私がその中から好きに選んで決めていいわけではなく、あくまでどの衣装になるかはくじ運しだい。つまり、ここで望んだ衣装を引き当てることこそ最後の大勝負……!
「引ける……絶対引ける、私は引ける……!」
「罰ゲームでこんな真剣な人初めて見たで」
「真剣な顔の怜奈ちゃんカッコいいですよね!」
「……あー、スイッチ入るとどっちも同じようなもんなんや」
箱の中に入れた右手に全神経を研ぎ澄ます。このくじ箱の中に満たされたエネルギーを右手で感じ取り、私の望む方向へと力を動かすんだ……!
私が望む衣装……宇宙を感じろ……今の私ならできる。ヒカリのためなら……私はできるはず!!
「……! これっ!!」
「さぁー怜奈ちゃん引きました! カメラにも見せてください! どうぞ!!」
言われて、私は自分でもまだ確認しないままその紙を開き、カメラに向ける。
私には確信があった。私の全身全霊を懸けた右手は、思うままの結果を手に入れられたはずだ。なぜなら、私はヒカリを愛しているから。
だから当然、書かれていた紙の内容は――。
「おぉ、『猫耳メイド』! ヒカリちゃんの衣装は『猫耳メイド』に決定!!」
「っしゃぁあ!!!!」
「え、えー!? メイド……ネコミミ!?」
私が引き当てたのはメイド服。それもただのメイドではなく……ネコミミメイドさんだ。
絶対ヒカリに似合うと思った。いやヒカリはどんな衣装でも世界一可愛く着こなせるんだろうけど、そういうことではなく。
ヒカリの可愛い金髪猫耳メイドさん姿が……私は見たかった!!
そんなの、ロマンじゃないか。有史以来数々の争いごとを繰り返してきた人類でも、そこに関しては何の争いも起こすことなく団結することができると思うのだ。
だから、引いた。これは運じゃない、必然だ。私の愛が引き寄せた必然。
あぁ、なんて最高な結果だろう。
「怜奈ちゃんがだいたい今何考えてるかボクでもうっすらわかるようなってきたのが嫌やなぁ。美人はそれでも様になってるからずるいわホンマ」
「私は運命をねじ伏せました。今ならなんでも成し遂げられそうです」
「着させたかったもの引けたんやね?」
「当然じゃないですか。私はヒカリの恋人の星川怜奈ですよ?」
「アカン楽屋で挨拶したときの印象がどんどん崩れてく。ボクよりオモロイこと言うの勘弁してや」
……? 何も面白いことなんて言ってないけど、何を言っているんだろう小日向さんは。小日向さんのほうがきちんと場を回してるしトークも面白いしで、私なんてまだまだ敵う気がしない。
「じゃ、じゃあ、着替えてきま~す……」
「はいはい〜! ゆっくりな〜!」
ヒカリはスタッフに連れられて着替えをしにスタジオからいったん離脱する。となれば私と小日向さんでトークを繋ぐのが道理だろう。もしかしたらカットされてオンエアでは一瞬でヒカリのメイド姿が披露されるシーンになっているかもしれないけど、だからといって無言でいるというのもプロとしてはどうかと思う。
というわけで私は、気になっていたことを小日向さんに聞いてみる。
「逆に小日向さんは見たくないんですか? ヒカリの猫耳メイドさん姿。そんなの、全世界の男のロマンじゃないです?」
「答えにくいこと聞くのやめぇ! ボクがそんなん何か感想言うたら下手したら炎上するで!!」
「大丈夫ですよ。ヒカリの可愛い姿を見たい気持ちなんて全人類共通ですから、炎上なんてしませんって」
「なあこれノロけてんの? 無意識にボク怜奈ちゃんのノロけ聞かされてるんかな!?」
打てば響くとはまさにこのことだろうか。私の拙いトークにも大げさに、ときに強調して、ときにツッコミを入れて面白い雰囲気にして返してくれる。これこそがプロの技術というものだろう。お笑いの道を行く人というものは、やはりすごい。私の目指す道ではないが、芸能界の先達として尊敬に値する。
それから小日向さんと他愛もない雑談を繰り広げること、数分ほど。スタッフから合図が出て、ヒカリの準備が終わったことを把握する。
小日向さんは気を取り直すように手を打ち鳴らし、明るい笑顔で司会進行を再開させた。
「さあ! それではヒカリちゃんの準備も整ったということで! 改めて登場してもらいましょう! ヒカリちゃん、どうぞぉ!!」
「ど、どうも~……」
最初に二人一緒に登場した場所から、今度はヒカリが一人で姿をあらわす。
その姿を見たとき、私は覚悟していたというのに一目で釘付けになってしまった。
そのメイド服はクラシカルでシンプルなタイプとは違い、可愛らしく仕立てられていた。
配色は白と黒を基調としている点は同じだが、やや黒の比率が高いのは黒い猫耳を意識してだろうか。胸元にハートの形の金属ボタンをつけ、そこからは大きな黒のリボンが存在を主張する。腕部分は肩から腕に伸びる最初の部分で縛られてそこからもリボンが垂れ下がり、袖口に向かうにつれてゆったりと広がっていく。袖には当然ながら白いフリルがつけられていて、ただでさえ小さいヒカリのお手手がフリル付きの袖からちょこんと出ている様子がとても可愛らしかった。
ヒカリのたわわなお胸は露出が全然ないのにすごい迫力で、その下の小さめのコルセットによって存在感を強く主張している。白いエプロンや黒のスカートにはワンポイントのように猫の肉球のマークがあしらわれていて、可愛い系にアレンジされたメイド服に非常によく似合っていた。
黒系要素が強めだからか、スカートから覗くスラっとしたおみ足は黒のニーソックスに覆われていて、可愛さの中にシックさが混ざっているように感じられる。頭には当然ヘッドドレスと、それと一体化している黒い猫のお耳。尻尾もそれと合わせた黒だが、先っぽのほうにリボンを飾り付けられていて大変にプリティな仕上がりだ。
ヒカリは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも、生来の真面目さゆえかちゃんと手でネコの手を作っている。眉毛をへにょんと垂れさせて、瞳を潤ませるその顔はどことなく煽情的で……自制心の塊である私ですら危うくここが収録現場であることを忘れてしまいそうな、危うい魅力に溢れていた。
総じて、一言だけ言うとするならば。
良い仕事してますねぇ。
「あ、あれ……? 何か言ってよ、怜奈ちゃん。……あの、小日向さん?」
スタッフも含めヒカリの圧倒的な可愛さに時が止まったかのように静まり返っていたのを、当の本人は不安に思ったらしい。恥ずかしげな顔をさらに不安そうに歪ませて、ヒカリは私たちに話しかける。
いち早く再起動を果たした私は、あえてヒカリを無視して小日向さんのほうを向く。
そして、両手を合わせて小日向さんを拝む。
「小日向さん、そして提案してくださったディレクターさん。今日は本当にありがとうございました」
「いや終わらすなぁ!! これ罰ゲームやから! まだ怜奈ちゃんのご褒美も残ってんねんで!?」
すると小日向さんは流石プロで、私の発言にツッコミを入れるべく復帰を果たす。よし、これで空気もさっきまでの雰囲気に戻ったはず。
小日向さんは私にツッこんだ後、ヒカリのほうを向いて感心したように話しかける。
「いやぁ……ごめんなヒカリちゃん。さすがファンを熱狂させてるアイドル。ボクちょっと圧倒されてもうてたわ」
「え、そ、そうですか……? 似合ってます?」
「似合いすぎてビビリ散らかしてます、ホンマ! 拝んどったらご利益ありそうやわ、はー、南無南無……」
「な、なに言ってるんですか! ……あ」
ようやくほっと安心した様子で小日向さんとトークをするヒカリが、私の視線に気づいて声を漏らす。
そして、何かを言いたそうにこちらを何度もちらちらと確認する。その小動物のようないじらしさが、相変わらず無自覚なんだと思うと……今すぐにわからせてやりたいが私はプロだ。
我慢して、望んでいるであろう言葉を返す。
「ヒカリ、すっごい可愛い。世界一、いや宇宙一可愛い」
「へ、えへへ……♡ そ、そう、かな……?」
「うんうん、もう二人の世界があれば何でもええんやね。ボクもだんだんわかってきたで」
テレテレとはにかむヒカリの頭を撫でて存分に愛でていたら、苦笑した遠い目の小日向さんの声が聞こえる。
バカな……番組をスムーズに進行させるために抑えたっていうのに、なんでそんな『仕方ないなぁ』みたいな顔で見られなければいけないのだろう。まったくもって理不尽である。
だがまあ私とてアイドルの端くれ。この後私のご褒美タイムもあるのだから進行には協力しよう。まあもうすでに私はご褒美をもらっているようなものなのだが。
「さて、それじゃ今度はご褒美ということで! 言った通り怜奈ちゃんには新宿の超人気店『ドゥスール』さんのプレミアムショートケーキを食べてもらいましょう!!」
「うわ~……いいなぁ」
ヒカリが羨ましそうに私の目の前に置かれているケーキを見るが、あげることはできない。個人的には別に分け与えて一緒に食べても何の問題もないのだが、これはプライベートではないからだ。
わざわざゲームまでやって勝者と敗者に分けたのに、勝者だけの特権を分け与えてはバラエティ的にはよくないだろう。これはあくまで、私のご褒美だ。
……ん? ご褒美?
「小日向さん!」
「ん? どしたん怜奈ちゃん? もう食べてええよ?」
「せっかくなんだし、メイドさんになったヒカリにあーんしてもらえるご褒美もください! メイド服だし、ちょうどよくないですか!?」
「えぇー!?」
「すごいナチュラルに追加の報酬ねだってくるやんキミ? せやけどそんなん後付けやし、ヒカリちゃんが可哀想じゃ――」
言いかけて、私と小日向さんがスタジオのカメラ外のある人物を捉えた。激しく頭を振って存在をアピールしているその人は、小日向さんが番組中何度もネタにしたディレクターさん。
彼は頭を縦に何度も振りながら、右手のサムズアップで心情を示していた。……つまるところ、『いいぞ! どんどんやれ!』ということ
言いかけた口を閉じて、少し呆れ気味に小日向さんは笑い……ヒカリへと絶望の言葉を告げる。
「えー、今ディレクターから『やれ!』と必死にアピールされたんで、オッケーということで! ほなヒカリちゃん、がんばって!!」
「なんでぇ!? そんなルールなかったのにぃ!?」
「テレビって恐ろしいわね、ヒカリ」
「元凶が何言うとんねん。ごめんなぁヒカリちゃん、クレームは怜奈ちゃんとそこのディレクターに頼むで!」
「う~……」
私と小日向さんを交互に見て、そして最後にディレクターを見たヒカリは……満面の笑みを浮かべるその姿にどうあっても反論は通らないと悟り、覚悟を決めたようにスプーンを手に持った。
宝石のようにイチゴが飾り立てられた真っ白なショートケーキを慎重にスプーンですくい、イチゴもしっかり一つ収め……そのスプーンを私に向かって差し出す。
「ご、ご主人様……あーん……」
「そこまでやれとは誰も言うてへんで! ヒカリちゃん!」
空気を読んだのか、わざわざ呼称までメイドさんに則って私にあーんを遂行するヒカリ。そんないじらしくも健気なヒカリに胸がキュンキュンするが、その方向性で行くならまだ足りないものがあるはずだ。私は妥協しない。
「ニャン♡は?」
「えっ……」
「猫耳メイドさんなんだから語尾にニャン♡も必須でしょ? やってほしいなぁ~」
「鬼や……」
私の言葉に元々赤かった顔をさらに染めて、ヒカリは小さくうなり声をあげる。そうして『あー』だの『うー』だの往生際の悪い声をあげて逡巡しながらも、最終的に私に向き直る。
ケーキが乗ったままのスプーンを再度差し出されて、私はヒカリの言葉を待った。
「ご主人様ッ……あ、あーん、だニャン♡……」
「美味しいぃー!!!!」
「やりたい放題やなキミ!!!」
言い終えると同時に私はスプーンからケーキをかっさらう。なめらかなクリームの安っぽくない後を引かない甘さと、イチゴの酸味がほどよく混ざり合った味は、何とも言えない美味しさだった。何より、ヒカリに手づから『あーん』をしてもらっているのだ。ケーキよりも甘ったるい声でニャンとまで言ってもらえて、脳みそがしびれるような快感だ。私はこれより美味しいケーキを食べたことがない!
「はー、幸せです。この番組、出られてよかった……」
「なんやろ、本来めっちゃ嬉しい言葉なはずなんやけど、この敗北感……」
「あぁ~……! ニャンって! ニャンってなにぃ!?」
その後もヒカリにあーんしてもらいながらケーキを食べ終わり、トークの間もヒカリのメイドさん姿を私は存分に堪能した。
罰ゲームとはいえ、最後の宣伝のときでさえメイドさんだったヒカリはもはや半分ヤケクソで、ライブの告知を『絶対来てくださいだニャンご主人様!!』と締めくくっていた。これにはファンも大満足だろう、私も良い仕事をしたものだ。
つつがなく収録は終わり、小日向さんやスタッフの皆さんとも挨拶や雑談をして。
楽屋に戻った私たちは苦笑したマネージャーに出迎えられた。
「怜奈ちゃん、暴走しすぎ」
「バラエティですから、あれぐらいでちょうどいいんですよ! どうせ本音だし!」
「いいけどね……ほんと、こうと決めたら一直線なんだから」
マネージャーの言いたいことはわかる。いくら大多数に認められたからといって、私のイメージはみんなの中で変わっていっているだろう。私のファンをやめた人も中にはいるかもしれない。
でも、いいんだ。それでいい。私はもう、ヒカリのことで自分を偽るのはやめたから。それで離れていくファンのことは、寂しいけど仕方がない。私は今でも応援してくれているファンを大切にして、アイドルをやっていく。ヒカリと、一緒に。
マネージャーも私の表情から決意を感じ取ったのか、控えめに微笑んだ。ずっと私たちのことを気にかけてくれている、大切なマネージャー。アイドルとしてだけではなく、一人の人間としても心配してくれていることは、今はもうわかっている。
本当に私は恵まれていると、常々そう思う。そしてその出会いを、大事にしたいとも。
「……れ、怜奈ちゃんっ」
めぐり合わせに感謝していると、隣から最愛の人の声が聞こえた。私を呼ぶ、甘く、柔らかな声。
私が視線をそちらに向けると、そこには頬をほんのり赤く染めたヒカリの姿。へにゃりとしていた眉毛は気持ちキリッとしていて、何かを言おうとしているのがわかる。
「どうしたの? ヒカリ」
「あ、あのっ……俺、怜奈ちゃんの好きなとこ、言えないわけじゃないからっ!」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。真剣なヒカリの表情に、考えを過去に飛ばし……少しして合点がいく。
「テレビで、みんなに見られてるのが恥ずかしかっただけでっ……俺、怜奈ちゃんの全部が、好きだし……いっぱい言えるし」
心拍数勝負のときに私がヒカリの好きなところをいっぱい言ったのに、自分は恥ずかしくてただ好きとしか言えなかったことを弁解しているのだ。
「…………」
「ヒカリちゃんって……」
あまりの可愛さに、何も言えない。頭がクラクラとして、倒れてしまいそうだ。心拍数勝負のときにこれをやられていたら、私の負けだっただろう。
どうしてヒカリはこんなに可愛くて、私を何回も好きにさせるんだろう。
何度好きになっても、止まらない。ずっと、毎日好きになり続けてる。
可愛くて可愛くてたまらなくなった私は、思わずヒカリを抱きしめる。
「れっ、怜奈ちゃん……?」
「そっか……じゃあ、今度、聞かせてもらうね? 二人っきりで、一つずつ……♡」
「ッ! ……う、うん♡」
「こらそこ、そういうのも二人っきりでやりなさい」
やっぱりヒカリは宇宙で一番可愛い。これが世界の真理だということに、私は子供の頃から気づいていた。
世界の真理を誰よりも深く理解している私が無敵なのは、きっと当然のことなのだ。
後日、収録した番組が放映され、それはそれは物凄い反響があったという。
記者会見のときのように視聴者にウケが良く、その回の『小日向あつしのやったりますよ!!』はいわゆる『神回』と呼ばれネットでたくさんの感想を生み出していた。
ヒカリが絡むと、またこれだ。まったく、本当に私の愛しの恋人は他人を知らず知らずのうちに魅了してしまう天才である。
少し妬けて、でもそれ以上に大大大大大好きな私のヒカリ。
はぁ、ほんとうに……困った子だ♡
小日向「キミやキミ」