※ヒカリ視点
「ネットに動画投稿……ですか?」
「えぇ、そう。今はインターネットでの活動も大事だから、暫定的にうちでもやってみようってことになって。『Contrast』の公式チャンネルを作って、色々やってみない?」
とある晴れた日の午後、うららかな日差しが窓から差し込むオフィスの一室。事務所で色々と打ち合わせをしていたときに、マネージャーの塚原さんから告げられる。
寝耳に水の言葉に俺も怜奈ちゃんも一瞬きょとんとしてしまうが、塚原さんはそんな反応も織り込みずみといった感じだった。
「最初のうちは収録したもののカットシーンを許諾を得て動画に回したりとか。後々大きくなっていったらチャンネル用に専用で動画とかも撮ると思うけど」
「なるほど……確かにまあ、新しいファンの人たちへのアピールにはなりますね」
口元に手を当てて怜奈ちゃんが考え込む。目を細めて、今後の展望を考えているようだ。
キレ長の涼しげな目が美しく、その横顔を眺めているだけで幸せな気分になれる。
「ヒカリちゃん? 怜奈ちゃんに見惚れてないで話を聞きなさい」
「あっ、はい……ごめんなさい」
じーっと怜奈ちゃんを見つめていたら、苦笑いの塚原さんに注意されてしまった。
いかんいかん、恋人を作っても仕事に支障は出さないって誓ったんだ。ちゃんと集中しないと……。
クスッ、と隣で怜奈ちゃんが俺を見て笑う。
うっ……そんな怜奈ちゃんも可愛い……いやいや、我慢我慢。
ゴホン、とわざとらしく咳を一回して、塚原さんは話を続けた。
「それでね……動画はともかくとして、ひとつまずは目玉が欲しいのよ。毎週一回、1時間ほど事務所で二人に生配信をしてほしいと思っているんだけど……どうかしら?」
「な、生配信……!!」
「いやそこ? ヒカリ、もう色んな生番組出てるんだからいい加減に慣れなさいな」
『生配信』という宣告に慄く俺に怜奈ちゃんが呆れたようなジト目を向ける。
だって、何度やっても慣れないもんは慣れないんだよぉ!!
そんな俺をスルーして、怜奈ちゃんは冷静に考え込んで質問を投げかける。
「1時間……テレビ番組みたいに何コーナーか分ける感じですか?」
「ネットは自由さが売りだからそこまで厳密には決めてないわよ。質問コーナーとか雑談とか、あと緩い企画とかをやる感じね。それは基本的にこっちで考えておくから大丈夫」
あ、結構ゆるーい感じなんだ……。じゃあそんなに緊張しないでやれるかな……?
いやでも待て、出演者が基本的に俺と怜奈ちゃんだけってことは、カメラはずっと固定で映されてるってことだよな……うっ……気が抜けない……。
……いや、怜奈ちゃんの言うとおりいつまでも『生』にビビってたら成長なんてできやしない!
毎週やるって言うなら嫌でも週に一回はやることになるし、克服するチャンスと前向きに捉えよう……!!
「わ、わかりました……! やります! やらせてください!!」
「こら、まだ肝心な部分聞いてないでしょ。いやまあ私も賛成ではあるけど、話は最後まで聞く癖つけないと」
意気込んで前のめりになった俺の頭が、怜奈ちゃんに軽くポンと叩かれた。
それを見て、塚原さんが笑う。
「曜日と時間でしょ? 曜日はそっちの希望に合わせるけど、時間は平日ならだいたい学校帰りの夕方あたりを予定してるわ。休日ならお昼時ね」
「うーん……」
怜奈ちゃんが唸りの声をあげる。
……確かにこれは考えどころではある。
平日は俺たちは基本的に学校があるので、融通が利く仕事なら放課後以降になるのが基本だ。スケジュールの関係でどうしても平日の午前とかになる仕事のときだけ、学校に申請してお休みをいただくことになっている。
だからまあ夕方ぐらいの時間になるのは自明の理と言えるだろう。サラリーマンが帰ってくるもっと夜遅くのほうが集客率は良いかもしれないが、今度は俺たちの年齢的な問題も出てくる。配信場所が事務所だとなるとあまり夜遅くはまずい。
休日はまあ基本的に仕事以外はフリーなので、塚原さんが調整さえすればいつでも空けられる。だったらご飯を食べながらでも見やすい正午あたりというのは妥当だろう。
どっちを取るべきか……。
個人的には、休日は毎回じゃなくても怜奈ちゃんとお出かけしたりもしたいから平日がいいんだけど……言ってもいいのかな。
「日曜日が一番仕事休みの人が多いと思うから人は増えると思うけど……逆を言うと日曜日が必ずスケジュール固定になるのはちょっと嫌ですね」
「まあ、確かに場当たりの仕事と違ってこの日は予定があるのでっていう休み方は難しいものね……あらかじめ毎週日曜配信と決めちゃうと」
「正午だと真ん中だから午前の予定でも午後の予定でも影響ありそうですしね……ヒカリ、平日がいいかと思うんだけどヒカリはどう?」
「お、俺も平日がいい! ……けど、なんか公私混同かなって。大丈夫かな?」
怜奈ちゃんと意見が一致したのは嬉しいけど、自分たちの都合を優先してることに罪悪感を覚えてしまう。
「何言ってんの、公私混同しないためにオフでリフレッシュするんでしょ。後ろめたいことなんてないじゃん」
「ヒカリちゃん気にしすぎ。誰だってお休みは必要なんだから……子供がそういうこと気にしなくていーの」
少し顔を下げてしまった俺に怜奈ちゃんも塚原さんも、軽い調子で言い放つ。
そう言われると少しだけホッとしたような気分になるから不思議なものである。まぁ……確かに自分の私生活を全て捧げるっていうのもまた違う話だもんな。
「それじゃあ真ん中あたりで……木曜日の18時30分あたりとかどう?」
「いいですよ、問題があったらまたそのとき考えましょう」
「わ、わかりました!」
結局平日に俺たちが毎週生配信をするということが決まり、その日の打ち合わせは終了するのだった。
そして、時はすぎ……今日は俺たちの生配信第一回、当日だ。
事前に公式のSNSで告知はしたし、ファンの人たちから期待のコメントもたくさんもらった。何より第一回というものは何においてもとても大事なものである。始めが肝心とはよくいうもので、最初につまらないと思われた人を連れ戻すことは難しい。
だから、最初こそ気合を入れて頑張らなければいけないのである。その次以降に手を抜いていいというわけではないけれど、ことさらに大事なものである。
「ヒカリってなんでも緊張するのね。はい、リラックスリラックス」
「うっ……、自覚はしてる……」
見かねた怜奈ちゃんが俺の肩をつかんで、軽く揉みほぐす。自分でも考えすぎかとは思うけども、性分というのはなかなか変えられないものだ。
俺たちがいる場所は、事務所のスタジオの一室。元々余っていた場所を配信の撮影用にとカスタマイズしたらしく、パソコンやマイク、カメラなどの機材が整然と並んでいる。俺と怜奈ちゃんは休憩用の革のソファに沈み込んで、今は待機している状態というわけだ。
やることや、配信の基礎などはこれまでに事務所と一緒に打ち合わせしながら予習した。
時計を見ると、ちょうど18時20分になったところ。あと10分か……と思っていると、ドアがコンコンとノックされる。
怜奈ちゃんが返事をすると、一拍開けて塚原さんが入ってくる。
「そろそろ時間だから、準備しておいてね。スタッフとして私とか、他の人も待機してるけど……あくまで主役はあなたたちだから」
「はーい。ほらヒカリ、カメラの前にくる」
「よ、よーし。やってやるぅ!」
言われて、俺も怜奈ちゃんも立ち上がり、カメラとパソコンの前の椅子に座る。配信者が使うような、フカフカでなおかつ自由に回転する動きやすいゲーミングチェアである。
そして残りの10分、座った状態で待機する。暇ではあるが、緊張感のある暇というのは心臓に悪い。ドキドキしたまま時間が何倍にも引き延ばされているような感覚は何ともいえない焦燥感がある。
「ヒカリは抜けてるからなぁ……変なコメント拾っちゃダメだからね?」
「えー!? ひ、拾わないって!!」
そんな俺を気づかったように怜奈ちゃんがしきりに話しかけてくれて、少しだけ肩の力が抜ける。
……そうだ、俺は一人じゃない。『Contrast』は二人で一つ。一緒に頑張れば何とかなる!
「そろそろ始めまーす。30秒前~!」
スタッフさんのカウントダウンが、小さな部屋に反響した。
「じゅー、きゅー、はーち……」
「…………」
その時を静かに待つ。
「さん、にー、いーち……始めます!」
言葉とともに、デュアルモニターでパソコンを操作してくれるスタッフさんが、配信を開始する。
ここからの俺はただの『月島ヒカリ』ではない。アイドルの『月島ヒカリ』だ。
怜奈ちゃんと一緒に、ファンに楽しんでもらわなければ!!
「こんコントラスト~! 画面の前の皆さん、『Contrast』の星川怜奈でーす!」
「こん……えっ!? 何それ!? あっ……『Contrast』の月島ヒカリです!」
「えー? 挨拶! 何か特別感あってよくない?」
開幕、いきなりアドリブを入れる怜奈ちゃんに驚いてツッコミを入れてしまう。
れ、怜奈ちゃんめ……俺がアドリブ苦手なことを知っててこんなことするんだから……。
・こん~
・こんばんはー
・きちゃぁああああぁあ
・待ってた!
・こん……なに!?
・開幕困惑で草
・今日も怜奈とヒカリは元気だな(後方父親面)
・生配信まじで嬉しい!
瞬間、一気に流れるコメントたち。見たことは何度もあるけど、自分自身がそれをする側になるとは思ってもみなかったので何だか新鮮な気持ちになる。
「始まりましたよ、Contrastのライブ配信! これから毎週、この時間にやっていこうと思いますのでファンのみんな、よろしくね~!」
「な、なんといっても生放送ですからね! みんなと一緒にお喋りとか、色々やっていきたいです!!」
怜奈ちゃんがカメラに向かって手を振ったり、ピースを決めながら説明をする。隣にいる俺も便乗して一緒にポーズを決めてみる。少しぎこちないかなと思ったけど、コメント欄を見る限り好評そうだ。
・い き が い
・助かる
・毎週見られるのありがたい…これで助かる命がある
・かわいい
・ひかりん可愛いよひかりん
・視聴者参加型とかありますか?
・ちょっと恥ずかしがってるの可愛い
・これがカップルチャンネルですか
・ご結婚おめでとうございます
滑り出しは上々、といった感じだろう。配信を見に来るぐらいの熱心なファンだから、基本的には俺たちに好意的な人たちがほとんどのはずだ。
まぁ、これは事務所でやってる公式の配信だからアンチや荒らしが来てもすぐにスタッフの人たちが対応してくれるだろうけど。
とにかく、まずは記念すべき第一回! きっちりファンのみんなを楽しませて成功させないと!!
俺たちの配信はこれからだ!!
ライブ配信のコメントって意外と難しいですね……。掲示板とはまた違う。