TS転生者は推しのアイドルを救いたい   作:アキレスけん

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 ※怜奈視点


07.雁字搦めになって

 私とヒカリのアイドル活動は、概ね順調な滑り出しだった。

 ……いや、正直なところかなり恵まれていたと思う。

 

 社長は本当に私たちに期待してくれているのか、デビュー曲も有名な人に頼んでくれた。デビューライブも盛大なものだったし、宣伝だってイチ新人にかける熱意ではなかったはずだ。

 

 そのおかげで私たちのアイドルユニット『Contrast』は瞬く間に有名になっていった。

 

 有名アイドルになるということは、当然忙しくなるということでもある。

 ライブ活動、テレビ番組への出演、雑誌の取材、写真撮影。私とヒカリは目まぐるしい量の仕事に忙殺されていた。それに合わせて日々のレッスンや学校生活まであるものだから、最初の頃はてんてこ舞いだったものだ。

 

 ……それでも、とても充実していた。

 

 自分がかつての憧れみたいな高みへと少しずつ登れているという高揚感。そしてそれが子供の頃に約束し合ったヒカリとなのだから、何も言うことはない。

 確かに忙しかったけど、社長やマネージャーは私たちのことを気づかって仕事の量を調整してくれたし、デビューしたての頃の忙しさを謝罪して改善に努めてくれた。学生である私たちが学校生活を健やかに送れるように、サポートしてくれる家族たちもいる。

 

「俺もうダメ……骨は拾って……怜奈ちゃん……」

 

「そんな口が利けるなら大丈夫そうね。ほら、移動中寝ればいいんだから、行くわよ」

 

「鬼~!! ……へへ」

 

 泣き言を口にするわりにヒカリは、楽しそうに笑っている。

 

 それを見て私も、幸せだなぁと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日常が終わったのは……些細なことだ。

 

 

 

 その日は何回かやったことのある雑誌用の写真撮影の仕事で、私たち以外にも一人の共演者がいた。

 

「お疲れ様、怜奈ちゃん」

 

「お疲れ様です!」

 

 個別の撮影をいったん終えた私に声をかけてきたのは、同じアイドルであり、先輩でもある『三浦菜緒(みうらなお)』さん。センター分けにした茶髪のロングヘアで、有名なアイドルの一人だ。

 ウェーブロングの髪型に少し細いタレ目。ぱっちりとしたまつ毛と右目の下の泣きぼくろがチャームポイントな、おっとりお姉さん系アイドルである。

 爆発的に売れたようなわかりやすい絶頂期などはないものの、いつでも安定して仕事をこなしている安定感の塊のような先輩。そして、個人的に勝手に親近感を覚えている人だ。

 

 彼女はその穏やかそうな雰囲気とは裏腹に、歌やダンスなどのパフォーマンスにとても力を入れている。アイドルという枠組みを超えるようなクオリティのそれは、一朝一夕では足りぬ並大抵ではない努力と揺るぎない精神力によって培われたものなのだろう。

 

 私も、そういう存在でありたい。子供の頃にアイドルを目指すきっかけとなったあの人とは別の……私がある意味目標にしているアイドルでもあった。

 

「まだ学生だっていうのに、大変ね。毎日目まぐるしく忙しいでしょう?」

 

「えっと……まあ、はい。正直すごい忙しいですけど、ありがたいことですから」

 

 菜緒さんがヒカリが撮影している様子を見ながら話しかけてきて、そのまま他愛もない話をする空気になる。私は内心緊張しながらも、先輩との会話に心を踊らせていた。

 

「それに今はまだ実力も追いついてないと思いますし……今のうちにもっと成長したいです」

 

「……そうね」

 

 今の私たちの状況は、いわばボーナス期間だ。事務所の宣伝とスタートダッシュのおかげで売り出しに成功した、まさに旬の時期。鉄は熱いうちに打てとはよく言うけれど、話題のアイドルだからどこもみんな仕事をくれる。

 私たちの真価はきっと、それが終わってから。お茶の間から新鮮さが消えたときに、生き残れるかは私たちの頑張り次第なのだ。だから、浮かれて天狗になるわけにはいかない。

 

 それがわかっているのだろう。私の言葉に菜緒さんは下手な慰めもせず、苦笑してくれた。やっぱりこの人は素敵な人だ。

 

 私が密かにがんばろうと決意を秘めていると、菜緒さんがポツリと、まるでひとり言のように言った。

 

「でもまあ……辛いわよね、相方のバーター*1扱いでアイドルをやるっていうのは……」

 

「えっ……?」

 

 意味がわからず、思わず菜緒さんのほうへ顔を向ける。正面を向いていた菜緒さんが私へ向き直ると、きょとんとしたような顔で私を見る。

 

「……もしかして……聞かされてなかったの? ごめんなさい、忘れてちょうだい」

 

「どういうことですか……!? ……教えてください」

 

 目を逸らす菜緒さんに近づいて、私は言う。声を荒げそうになって、ここがスタジオだということを思い出して小さく尋ねなおす。

 それでも、目だけは菜緒さんを見据えたまま。

 

 菜緒さんは腕を組んでしばらく逡巡したのち、重く息を吐く。私を見て目を細めて、ずいぶんと言いにくそうにしていたけど……やがて語り始めた。

 

「偶然うちの社員が話しているのを聞く機会があったのだけど……あなたたちうちの事務所のオーディションにも来てたそうね?」

 

「……そう、ですね。はい、最初のオーディションです」

 

 菜緒さんの事務所は業界最大手のアイドル事務所、ソラプロダクションだ。……私とヒカリが一番最初に受けて、二人とも落ちた会社。

 

「そのオーディション、本当は月島ヒカリさんは受かっていたらしいの」

 

「……ぇ」

 

 だからこそ、菜緒さんの言葉が何を言っているのかわからなかった。

 本当はヒカリが受かっていた……? 本当はって……なに?

 

「……それは、どういう」

 

「ヒカリちゃんがあなたと一緒じゃないと嫌だと言ってきかないんで、繰り上げで他の人にしたらしいわ」

 

「元々定員が1名だったから泣く泣くだったらしいけど……こんなことなら2名にしてでもうちに入れるべきだったって嘆いてたわ。ずいぶん勝手よね」

 

「…………」

 

「だから、今ユニットで活動してるあなたたちを見て…………本当にごめんなさい、失礼な憶測だったわね」

 

「……いえ」

 

 菜緒さんから聞かされた言葉はとても受け入れられるような話じゃなくて……それでも、その苦しそうな顔がとてもウソを言っているとは思えなくて。

 私は……否定の言葉だけを返した。

 

 ヒカリが……ヒカリは、本当は一番最初っからアイドルとして認められていた。

 ただ、私のためだけにそれを捨てていただけ。私と一緒にアイドルを目指すっていう約束のために。

 

 私の……ために。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

「はいオッケーでーす! ありがとうございましたー!」

 

「ありがとうございました!」

 

 大きな声で、我に返る。

 気づけばヒカリの個別撮影も終わっていて、ヒカリがこちらに向かって駆け寄ってきていた。

 

「怜奈ちゃん! あっえっと……三浦さん! お疲れ様です!!」

 

「お疲れ様、そんなに固くならなくても大丈夫よ」

 

「……お疲れ様」

 

 最初に全体撮影やそれぞれの絡みのある撮影は撮ったから、今日の仕事は終わりと言える。緊張する個別撮影から解放されたヒカリのテンションは高かったけど、私はとてもそれについていけるような気分ではなかった。

 

 私の反応が微妙なのを察知して、ヒカリの形の良い眉が下がる。

 

「ど、どしたの怜奈ちゃん? 具合悪い?」

 

「……ちょっと疲れただけよ。ありがと」

 

 『ヒカリ、私のせいで最初の事務所の合格辞退したってほんとなの?』

 

 本当は聞きたかった。ぶちまけて、話し合って、この腹の底にたまるモヤモヤした気持ちを払拭したかった。

 でも、ここはスタジオで……スタッフさんがいっぱいいて、隣にはまだ菜緒さんもいるから。何も言えず、私はただ笑った。

 

 菜緒さんが申し訳なさそうな目でこちらを見ているのを、努めて無視をする。

 

 

 二人っきりになったとして……それ、聞く勇気があるの?

 

 

 ――もう一人の私の声だけが脳に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……思えば、私たちがアイドルデビューを果たしてから1年が経ち、アイドル活動という特殊な生活のルーチンにも慣れてきていた。

 目の回るような忙しさにも慣れていて、スマホを触るような元気も今となっては生まれている。

 それがまた、いけなかったんだろう。

 

 結局ヒカリに話すこともできずに私は、ネットでSNSをぼんやりと眺めていた。

 何か元気を出したくて、楽しい話題や面白い何かを見つけられないかと……そんな軽い気持ちだった私が見つけたのは、一件のコメント。

 

『Contrastって言うわりにはあんま釣り合ってないよな』

 

 些細な投稿。でも、私はその投稿を見て頭をハンマーで叩かれたかのような衝撃を受けた。

 

 ……だってそれは、私自身が子供のころからずうっと思ってきたことだったから。

 

 その人は別に有名人でもなく、普段の投稿を見ても私個人を嫌っている、いわゆる『アンチ』というものでもなかった。何気ない世間話のような、正しくひとり言。特段、バズってるわけでも炎上しているわけでもない。私を攻撃してやろうという意思も別に感じない。

 

 だからこそ、嘘偽りない本音であることが痛いほどによくわかった。

 

 その投稿には身内のノリで数件の返信がついていた。

 

『しゃーない。月島ヒカリがヤバすぎるだけ』

 

『事務所の方針でユニットにされたんだろうけどかわいそう(笑)』

 

『結果バク売れしてるんだし逆に感謝してるだろ』

 

 ただの文字の羅列。だけど私は画面から目を離せなかった。心臓が握りしめられたかのように苦しい。

 

 ……わかってる、わかってた。わかってたことだろ。そのために、ヒカリにふさわしい存在になるために私はずっと努力してきたんだから。

 誰より、私がわかってる。

 

 

 

 ……()()()()()

 

 

 

 アイドル活動が順調で、思いあがってたんじゃないの? 私はヒカリに並んだ……隣に立ってるって。じゃなきゃ、そんなにショックを受けるワケがないよね?

 

 もう一人の冷静な私が、私を責める。

 

 困ってるふうにしてたけど、ほんとは嬉しかったんだよね? ヒカリは告白されないのに、自分だけ男子から告白されて。ヒカリよりちょっとだけ勝ってるかもって。

 

 ()()()()()()()()

 

 

「……知ってたわよ」

 

 私のほうがヒカリより男子に人気があるからなんかじゃない。

 ……私のほうがまだヒカリよりチャンスがありそうだから。常識の埒外にいるわけでもないただのアイドル……もしかしたら自分でもワンチャンあるかもしれない。だから、イチかバチか告白してみる。

 それに、もし私と付き合えたら……いつも一緒にいるヒカリとも接触できるチャンスがあるから。

 

 全部、わかってた。告白してくる男子の目を見れば……真剣かどうかぐらい。

 

 

 

 私は気づけば、ネットで自分から『星川怜奈』の評価を探していた。

 

 そんなことしなくていい。逆効果だ。やめろ。頭の中ではもう一人の私の止める声が聞こえるのに、スマホを操作する手は止まらない。

 

 そうして私は、見た。

 

『数年後にはソロ活動のほうが増えてそう』

 

『ぶっちゃけユニットよりヒカリちゃんもっと見たい』

 

『方向性の違いにより(邪魔)ってことですか? わかりません』

 

『いるだろ、引き立て役として』

 

『組まなくても他アイドル全員引き立て役レベル定期』

 

 ネットでの、正直すぎる私への評価。

 

 この日、私は眠れなかった――。

 

 

 

 

 

「おはよー怜奈ちゃ……だ、大丈夫? なんか、眠そう」

 

「あ、あー……ちょっと昨日夜更かししちゃってね」

 

「えー!? ダメダメそんなの! 身体によくないよ!」

 

「あはは、漫画が面白くて……気をつけるわ」

 

 翌日、大げさに心配そうにするヒカリに私は曖昧に微笑んだ。

 眉尻を下げて空色の目を細めるヒカリは、まるで芸術のように綺麗で。改めて私は理解した。

 

 私はまだヒカリの隣に立つのに全然ふさわしくないって。

 

 『Contrast』だって、あっという間に売れたのはヒカリの類まれなる存在感のおかげだ。そこにいるだけでヒカリは他者を魅了してしまう。

 社長が私たちをユニットにしたのだって、きっと私たちが幼馴染だからで……私の才能を見込んでのことではない。

 

 まだ……足りない。

 

 

 私はその日から、レッスンの量を増やすことにした。

 

 

 

 

 

「怜奈ちゃん……まだやるの?」

 

 気づけば、ヒカリが私の隣にいる。

 

 決意の日から、数週間。私は今日もがむしゃらにレッスンをする。

 

「はぁっ、はぁっ……ええ、当然よ」

 

 先生が帰ってからでも、レッスンルームはまだ使える。時間いっぱいまでやらなければ、差なんて一生埋まらないのだから当然だ。

 

「き、今日はもうやめよ? ほら、今日はお母さんが怜奈ちゃんも連れて夕飯食べに来いって――」

 

「……悪いけど、無理。今はがんばりたいの」

 

 ギクシャクとした空気を感じながらも身振り手振りで明るく振舞っていたヒカリに、私は遮るように口にする。

 ……その声を聞いていたら、決意が鈍りそうだったから。

 

 私の言葉に、ヒカリがグッと何かを堪えるような表情をした。

 

「怜奈ちゃん……最近ちょっと無理しすぎだって。ずっと顔色悪いし、塚原さんも心配してたよ」

 

 塚原さんは私たちのマネージャーだ。彼女も最近、私に対して苦言を呈していた。アイドルは身体が資本なんだから、休む時は休め、と。

 

「大丈夫よ、二人とも心配しすぎだって」

 

「でも……」

 

 それに、そんなものは『持っている者』の意見だ。……持っていない者は、足りないものを補うために、何かを犠牲にするしかないのだ。

 私にとってはそれが時間というだけの話。立ち止まっている暇はないんだから。

 ヒカリに追いつくには、それぐらいはできないと。

 

「それより、あそこのステップをもうちょっと――」

 

 立ち上がって、違和感を覚える。

 あれ、私の身体ってこんなに反応が悪かったっけ?

 

「……怜奈ちゃん?」

 

 おか、しいな……なんか、あた、まが。

 

 わた、し。ふら、つい……て。

 

「怜奈ちゃんッ!!!!」

 

 

 

 

 

 私の症状は疲労による立ちくらみだった。

 

 ヒカリに呼ばれたマネージャーが大慌てで私を病院に連れていき、私は病院で診察を受けたのだ。

 お医者さんの先生は10代で過労で倒れたという事実に酷く憤慨していて、私は無茶をしたことを怒られた。

 そしてそれ以上に、マネージャーに対して怒りをあらわにしていた。アイドルという特殊な職業だからこそ、しっかりと大人が監督するべきではないのか。人様の子をあずかっているという責任の重さをしっかり考えてほしい、と。

 マネージャーは神妙な顔で謝罪をしていて、私は思わず反論してしまう。

 

「あの、違うんです! 塚原さんはずっと忠告してて、私がそれを無視して――」

 

「それを止めるのが大人の役目です。忙しくて手が回らないというのなら、その体制こそ見直すべきものです」

 

 先生は毅然とした態度だった。

 ……マネージャーは一言も反論もせず、おっしゃる通りですと言った。

 

 その後、社長にも謝罪され、私の両親にも話が広がり……私は1週間の強制休養となった。休養といっても経過を見るために入院していたのは最初の1日だけで、あとは仕事やレッスンをしないで普段通りに過ごしていただけ。

 

 結局私のしたことはみんなに迷惑をかけて、心配をさせたことだけだったのかもしれない。

 

「……私、何やってんだろ」

 

 最近レッスン漬けで見ていなかったスマホで、ネットを巡回する。

 たかが数週間で私の評価が変わるわけもなく、あいかわず『Contrast』はヒカリのことばかり。わかっていたはずなのに、自分のやってきたことが全て無駄だったと言われたように感じた。

 

 ……ほんとに、何やってんだろ。

*1
※元々は物々交換という意味。芸能界用語では、売れている芸能人を出演させることと引き換えに同じ事務所の若手や売り出したい芸能人の出演を約束させることを意味する。




 ▽曇らせ は ちからを 溜めている!!
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