TS転生者は推しのアイドルを救いたい   作:アキレスけん

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 ※怜奈視点


08.亀裂

「……そこまで。今日はもう、終わりにしましょう」

 

「えっ……」

 

 休養も終わり、久しぶりのレッスンの日。ダンスの先生にパンパンと手を叩かれて私は声を漏らす。

 

「体調を崩すのは仕方ない。忙しくて練習時間を取れないのなら、密度をあげればいい」

 

「……でも、心ここにあらずな子を上達させてあげることはできないわ」

 

「…………」

 

 いつも厳しいながらも私を褒めてくれる先生は、悲しそうな目で私を見ていた。的確な指摘に、言葉が出ない。

 

 あれだけレッスンにのめり込んでいたはずなのに……まるで風船が萎んでしまったみたいで。一度抜けてしまったものは、いまだに戻ってこない。

 今の私の頭を占めるのはどうしようもない無力感と、ヒカリのこと。

 

「悩みがあるなら、誰でもいいから相談なさい。とにかく、()()怜奈さんにはこれ以上やっても意味がないわ」

 

「……すみません、でした」

 

 『意味がない』……。私が100%悪いのはわかりきっているのに、その言葉が心をさらに冷やしていく。

 はくはくと、何度か息を吐いて、私はどうにか謝罪の言葉を絞り出した。

 

 

 何をやってもヒカリに勝てない、まがい物の星。一生ヒカリの添え物の私。

 

 こんなことなら、ヒカリと出会わなければ――。

 

「……ッ!?」

 

 私、今何を思った……? そんなこと、思うわけがない! 私の原点……出発点なのに!!

 

 ダメだ、忘れよう。おかしい……そうだ、今はちょっとナイーブになっているだけ。休養明けだし、良くないことを考えてしまっているだけなんだから。

 今日はもう帰ろう。帰ってお風呂に入って、ご飯を食べて、寝て……そして、すべて忘れよう。

 忘れなきゃ。

 

 

 

 その日の夜、私は夢を見た。

 

『怜奈ちゃん、怜奈ちゃんっていつになったら俺と同じところまで来てくれるの?』

 

 無邪気な顔で、いつものように私に笑いかけるヒカリ。ただその目からは、いつも感じる温かさだけが感じられなくて。

 

『一緒に一緒にって言ってたからずっと一緒にいたけど……もう俺、待ちくたびれちゃったよ』

 

『ヒカリ……私、あの……』

 

『だから……ばいばい!』

 

『ヒカリッ! 待って! 私……待ってぇ!!』

 

 

「待ってぇ!!」

 

 自分の悲痛な声で目が覚める。

 

「はっ……はっ……」

 

 全身びっしょり汗まみれの私。当然、ヒカリはいない。横に置いてあるスマホを見れば、時刻は朝の6時1分。

 

「最悪……」

 

 着替えて、シャワーを浴びる。熱いぐらいのお湯の温度で、この憂鬱な気持ちごと流してしまいたかった。

 

「怜奈、ほんとに大丈夫なの? 元気ないわよ?」

 

 朝ごはんのテーブルにつくと、お母さんからの言葉が耳に届く。ここ最近、いつも聞く言葉だ。

 

「大丈夫だよ、もうすっかり休んだし。むしろ休みすぎたぐらいだし」

 

 だから私も、いつもどおりの言葉を返す。こんなこと、話したってどうしようもない。

 勝手にヒカリに追いつきたい私が、勝手にヒカリに劣等感を覚えているだけの話。全部、自分勝手な話なのだ。解決できる問題でもない。

 

「ごちそうさま!」

 

 少し強引に話を終わらせるために手早く食べ終える。この間病院のお世話になったのに、これ以上両親に迷惑はかけられない。

 

「じゃあ、いってきまーす!」

 

 身支度を整えた私は、わざとらしいぐらいに元気に家を出るのだった。

 

 

 

 

 

 学校では、おおむねいつも通りに過ごせていたと思う。

 お母さんと同じようにこちらを心配した言葉をかけてくるヒカリをいなしながら、平凡に授業を受ける。最初は少し寂しそうにしていたヒカリも、私が前までみたいな気安い態度をとるとすぐにほにゃりとした笑顔を見せてくれた。

 ……本当に、可愛い。ヒカリはとても素直で……みんなが魅了されるのもよくわかる。一番最初に魅了された私だから、そんなことは誰に言われなくてもわかっていた。

 

 私がその会話に気づいたのは、本当に些細な偶然だった。

 

 放課後、先生から軽い頼み事を引き受けた私は無事にそれを終えて、廊下を歩く。上の階にある自分の教室に荷物を取りに戻ろうとして階段を上り始めたとき……上から女子たちの声が聞こえたのだ。

 複数人のその声はどうやら踊り場でおしゃべりをしているらしく、なんとなく気まずいなぁと思いながらも私はそのまま上がろうとして――。

 

「てか星川、全然元気そうだったね~」

 

 私の名前が聞こえて、足を止めた。思わず彼女たちから気づかれないように身を翻し、下の階の壁に隠れてしまう。

 彼女たちは私がいるとは夢にも思ってもいないのだろう、気楽な様子で話し込んでいた。

 

「まじね~、いつもどおり涼しい顔してたよね」

 

「月島のオマケなのにね」

 

「ちょ、それ言いすぎっしょ(笑)」

 

 見えないから顔はわからない……けれど、声には聞き覚えがあった。クラスメイトとして会話は何度もしたことがある子たち。

 ……別に、特別に仲が良かったというわけではない。

 

 

 けど。

 

「だいたいさぁ、幼馴染かなんか知らんけど同格みたいな雰囲気出してんのウザいよね~」

 

「ビジュが圧倒的に負けてんじゃんね……それなのに『私は他とは違う』みたいな感じ出してるのダル」

 

 ……そんなこと、思われてたんだ。

 

「月島に勝てないからあたしら見下してメンタル保ちたいんしょ」

 

「なら月島から離れればいいのに」

 

「きゃはは! いやそれしたらアイドル続けられないじゃん、ウケる!」

 

 私はそんなこと、思ってないのに。

 ただ、ヒカリに追いつきたくて必死に努力して……諦められないから、頑張ってるだけなのに。

 

 それでもこんな風に思われるんなら……。

 

 

 私の価値って、なに?

 

 

「違う!!」

 

 俯いた私の耳に、声が聞こえた。いつもはぽやぽやして、オドオドしてて……怒鳴り声なんて聞いたことすらない。

 私が間違えない……聞き間違えるわけがない、いつも聞いている声。

 

 凛としたヒカリの声には、いつもの甘さがなかった。

 

「月、島……」

 

「マジ、聞かれてたの?」

 

 向こうの廊下から現れただろうヒカリに、3人は動揺をあらわにする。壁から少しだけ顔を出して上の階を見れば、ヒカリは険しい表情で3人をにらみつけていた。

 その顔には、普段は影も形もないような『怒り』が溢れていて、思わず目を見開く。

 

「怜奈ちゃんはッ……! 怜奈ちゃんはそんなくだらないことしないッ!!」

 

 爆発したようなヒカリの声に、3人も……私も身を竦めた。

 

「怜奈ちゃんは努力家で、昔からずーっと一生懸命頑張ってきたんだ!! 自分に人一倍厳しくて……でも気づかいのできる優しい人で、誰かを見下したり傷つけるような人じゃない!!!!」

 

「それに怜奈ちゃんは誰よりも輝いてるし、可愛い!! お、私は怜奈ちゃんがいたから、ここまで頑張って来られたんだ!! 他の誰でもない……怜奈ちゃんだから!!!」

 

「ちょ……声デカいって……」

 

「怜奈ちゃんの価値は私が一番わかってる!! 見る目のないお前たちなんかに怜奈ちゃんをバカにする権利はない!! 怜奈ちゃんを……!!」

 

「怜奈ちゃんを侮辱するなぁッッ!!!!!」

 

 ヒカリのあまりの剣幕に、3人は言葉を失ったように立ちつくしていた。

 やがてあまりの大声にまだ残っていた生徒たちがまばらに集まりだし、ざわつき始める。

 

 硬直から立ち直った3人のうちの一人が、虚勢をはったように言い捨てた。

 

「は……はっ! 冗談だってのにマジになんなよ! ウザ! ……帰るわ」

 

 ヒカリに背を向けて階段を下りるその子を慌てて他の2人も追いかけていく。

 

「ッ!? ……ちっ」

 

 もはや隠れることも忘れて階段で立っていた私に気づいて、ぎょっとした顔を見せるが……舌打ちだけをして通り抜けて。

 3人は私を置いてそのまま去っていったのだった。

 

「……えっ!? 怜奈ちゃん!?」

 

 その3人を視線で追っていたヒカリが私に気づいたとき、私は弾かれたように走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 そのまま家まで走り去り、自室へ入ると私は力強くドアを閉めた。バァン! という乱暴な音が鳴り響き、一拍して静寂が訪れる。

 

「…………」

 

 ドアに背中をつけて、ズルズルと力が抜けたように座り込んだ。

 恐らく買い物か何かだろうが、お母さんが家にいなくて良かった。……今はどうやっても、誤魔化せる気がしないから。

 

 ヒカリが私を庇ってくれて、嬉しかった――。

 

 ヒカリが私抜きではっきりと強い意見を言えて、寂しかった――。

 

 自分自身が、惨めだった――。

 

 

 心の中がグチャグチャで、もう何もわからなくて。

 あの場にいたら何か取り返しのつかないことを言ってしまいそうで。私はヒカリから逃げた。

 

「何なのよ……もう、わかんない……」

 

 膝の上で腕を組み、その上に顔を押しつける。不思議と涙は出てこなくて、その場で私はうずくまっていた。

 

 5分だろうか、それとも30分だろうか。どれぐらい私がそうしていたかはわからない。

 ふと、自分の後ろでコンコン、と音がした。ドアに背中を預けているのだから、衝撃も伝わってくる。

 

「……怜奈ちゃん」

 

 今、一番会いたくない人の声だった。そういえば、急いでいたから家の鍵を閉めていなかったことに今さらながらに気づく。

 ……何もかもが遅い。

 

「帰って」

 

 自分とは思えない、低い声。ドアの向こうで、息を吸ったような音がした。

 

「でも、あの……怜奈ちゃん、聞いてたんだよ、ね」

 

「…………」

 

 それでもヒカリは私に話しかけてくる。声には固い意志が感じられて、それがまた私の心をささくれさせる。

 

「……あんなの気にしないでいい! 怜奈ちゃんは、全然――」

 

「あんたに何がわかるの」

 

「っ……」

 

 それ以上聞きたくなくて、ヒカリの声を遮った。

 ……あぁ、だから話したくなかったのに。

 

「私だって気にしないようにずっと努力してきた! ヒカリの隣に並べるように、歌も、ダンスも、オシャレも!! でも、全部ダメだった!!」

 

「ダメって……! そんなことな――」

 

「じゃあなんでヒカリのオマケだなんて言われるの!? あんた、言われたことないでしょ!? 誰かのオマケだなんてさ!!」

 

 やめて、それ以上言わないで。止まって、私の口。

 

「……さっきはあんなこと言ってたけど、ヒカリだって一回ぐらい思ったことあるんでしょ? 私じゃ釣り合わないって」

 

「そんなこと……!!」

 

「それならどうしてソラプロのオーディション合格辞退したのよ!」

 

「……!!」

 

 言った。言ってしまった。もっと落ち着いているときに、ちゃんと話し合うつもりだったのに……こんな気分で。

 

 でも、苦しかった。辛かった。それを知ってから、ずっとずっと思っていた。

 

 ……私がヒカリの足をひっぱっていたんだって。

 何がヒカリの隣に立てるように! 何がヒカリに誇れる私であるように!! 大好きな幼馴染を一番邪魔してたのは、私自身だったのに!!!

 

「知ってるんだからね、本当はヒカリが合格してたこと。私が受かってないからって断ったこと」

 

「なんでッ……」

 

「ふざけないでよ! 不合格だった私の隣であんた俺もって言ってたじゃない! ウソつき!!」

 

「ちがっ! 違くて、怜奈ちゃん……!!」

 

「私のこと、心の中で馬鹿にしてたの? さぞかし滑稽だったでしょうね……ほんとは落ちてたのは私だけだったなんて!」

 

「違う!! 違うよぉ!! ごめんなさい!!」

 

 ヒカリの声が切羽詰まってきて、少し激情が収まる。昔から……この声には弱い。

 

 本当はわかってる、一番近くでヒカリ(あなた)を見てきたんだもん。そんなこと、ヒカリは私に思っていない。

 わかってはいるのに……止まらないの。

 こんな状態で、話したくなかった。ヒカリの頼りになる私でいたかった。

 

 ほんとの私は、こんなに醜いのに。

 

「……怜奈ちゃん」

 

「わかってる、ヒカリはこんな私にも優しくするんだもんね。あんたに嫉妬しているような奴にもさ」

 

「え……?」

 

「……今日は、もう帰って」

 

 困惑しているヒカリを無視して、血を吐くような気持ちで言葉をひねり出す。

 ……これ以上は、ダメだ。

 

 また、ご飯食べて、お風呂に入って。ベッドに入って……それから、いつもの私に戻らなきゃ。

 

 じゃないと、抑えられない。

 

「……ダメだ! ほっておけないよ!!」

 

 …………。

 

 ……あぁ、やめてって。帰ってって言ったのに。私、これ以上嫌な自分になりたくないのに。

 

 

 どうして帰ってくれないの?

 

 

「もううんざりなの!!!!」

 

「……ッ!?」

 

「わかってる、全部わかってる! ヒカリが良い子なのも、私じゃ釣り合わないのも、全部、全部全部!!!!」

 

「わかってるから、自分が嫌いなの!! こんなことしか考えられない自分も、八つ当たりする自分も!!!!」

 

 止まらない、止まらない。一度流れ始めてしまえば止めることのできない水のように、私の口からは言葉があふれ出していた。

 

「みじめなのよ! あんたといると、自分がどれだけ小さいのかわからされるの!! こんなことなら――」

 

 やめろ! やめろやめろやめろ!! 

 

 その先だけは、その先だけは言ってはいけない。言ったらダメだ。

 

「――こんなことなら、ヒカリと出会わなければよかったのに!!!!」

 

「…………!!」

 

 

 

 

 

 

 私は、本当に度し難い愚か者で。

 

 癇癪も抑えられないガキで……最愛の親友を自分で傷つける、クズだった。

 

「っ……ごめん、なさい……」

 

 最後に聞こえたヒカリの声は、震えていた。きっと、泣いていたのかもしれない。

 でも、あの日のような背徳感などは微塵も感じず……遠ざかる足音だけを私は無気力に聞いていた。

 

 追いかけることもできず、私はその場に崩れ落ちた。

 辛うじてドアにズルズルと寄りかかって……座ることすらできずに、床に力なく転がって四肢を投げ出す。

 

 ……まるで、死体みたいだ。

 

「私……」

 

 ぼんやりとした頭で、虚空に問いかける。

 

「何がしたかったんだっけ……?」

 

 

 答える声は、どこにもなかった。




曇らせ「やったか……!?」
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