TS転生者は推しのアイドルを救いたい   作:アキレスけん

9 / 9
 オリジナルで週間7位入ってました。
 みんな読んでくれて感謝なんだぜ。お気に入り入れてくれた人、評価してくれた人も、感想くれた人もいっぱいありがとなんだぜ。うれし~。

 感謝するぜ、読者と出会えたこれまでの全てに!!


 ※前半ヒカリ視点、後半怜奈視点


09.隣に。

 ……失敗した。

 

 失敗した失敗した失敗した!!!!

 

 どこへ向かうかもわからないまま、泣きながら走り抜ける。もうとっくに怜奈ちゃんの家は遥か彼方だけど、一刻もはやく……消えてなくなりたかった。

 

 

 怜奈ちゃんを救いたい。最初前世を思い出したときは、ただそういう気持ちだった。自分を救ってくれた存在である怜奈ちゃんの死を、何としても救いたくて。そのために今世を捧げるつもりだったんだ。

 でも、幼稚園で運命的に怜奈ちゃんと知り合って……幼馴染として一緒に育っていくことになって。

 

 ちょっとずつ、ちょっとずつ。前世では知らなかった怜奈ちゃんを知っていく。

 気を許した人の前だと、ちょっと言葉遣いが乱暴なところ。勉強でも、練習でも、いつでも何かをやるときは一生懸命なところ。鈍くさい俺を仕方ないなぁと笑いつつ手を引いてくれるところ。

 何より、俺に向けてくれる屈託のない無邪気な笑顔。

 

 知らなかった、全部……知らなかったから。ファンの前だけでは見られない怜奈ちゃんが、俺には何もかも驚きで……気づけば、前世より大好きになっていた。

 アイドル『星川怜奈』じゃない、等身大の怜奈ちゃんが誰より大切な存在だったから。

 

 ずっとずっと、一緒に過ごしていけたらって……思ってたんだ。そのためなら、どんなことだって成し遂げられるって。

 

 

「はぁっ……っぐ、はぁっ、ひぐっ……」

 

 

 でも、違った。()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

 一番大切な人をずっと苦しませていたのは、他でもない俺自身だった。俺が隣にいたから、怜奈ちゃんは悩んで、悲しんで……今ももがき続けている。あれだけ希望に満ち溢れていた怜奈ちゃんを曇らせているのは、この俺なんだ。

 ……その事実が、俺の胸を容赦なく抉る。

 

「……っく……」

 

 息が持たなくなり、立ち止まる。知らない間に通学路を外れ、街のほうまで来てしまっていたらしい。

 ふと隣を見ると、服屋さんのガラスケースに映る自分の泣き顔があった。

 

「ッ……! こんなもの……!」

 

 瞬間、沸騰したかのように怒りが沸きあがり、両の拳を握りしめる。鏡の自分と睨み合い、数秒して……怒りはすっかり消え失せる。

 代わりに俺の心を埋めるのは、どうしようもない虚無感。

 

 わかってるんだ。悪いのはこの顔じゃない。お父さんとお母さんが生んでくれたこの容姿に罪があるわけじゃない。そんなものは過ぎた傲慢だ。

 本当に悪いのは……怜奈ちゃんの内心に気づきもせず能天気に怜奈ちゃんを傷つけていた、俺自身。

 

 俺がソラプロを辞退したのは、決して怜奈ちゃんのためなんかじゃなかった。『俺』が怜奈ちゃんと離れたくなかったから。俺がただ……怜奈ちゃんと一緒にアイドルをやりたかったから。それだけだ。

 それが怜奈ちゃんをどれだけ傷つけるかなんて、考えもしなかった。必死にがんばっている人の気持ちを、侮辱する行為だった。

 

 等身大の怜奈ちゃんを好きになったはずなのに……やっぱり俺はまだどこかでアイドル『星川怜奈』を信仰していて。俺の今世の容姿が優れていようとも、怜奈ちゃんはそれより上で輝いてくれると無条件で信じていた。だって、怜奈ちゃんは俺の最愛で、最高のアイドルだったから。

 

 ……怜奈ちゃんだって、高校生の一人の女の子なのに。

 

 俺が何も知らずに怜奈ちゃんを褒めたたえていたとき、怜奈ちゃんはどんな気持ちだったんだろう。隣にいる幼馴染と常に比べられて、侮られて、いつも過小評価されて……そんな原因が自分のことを無責任に持ち上げてくる。

 屈辱だっただろう。悲しかっただろう。

 

 

 俺は……本当にバカだ。

 

「何がっ……怜奈ちゃんを守る、だよ……」

 

 間違い続けてきた。俺の存在は、怜奈ちゃんには負担だった。

 

 ……怜奈ちゃんに、嫌われてしまった。

 

 

 本当に、度し難いバカだと思う。怜奈ちゃんをあれだけ傷つけておいて、怜奈ちゃんに嫌われた事実に身勝手にもこんなに落ち込んでいる。

 俺の悲しみなんて怜奈ちゃんに比べたらただの自業自得だっていうのに……ほんとうに救えない。

 

 

「…………」

 

 

 走っていたときはあれだけ軽快だった身体が、まるで力が抜けてしまったかのように億劫だ。もう息は整っているのに、走り出すことができない。

 

「……帰らない、と」

 

 それでも、いつまでもここにいるわけにはいかない。重い身体に鞭を入れて、俺は何とか歩き出す。

 ゾンビのような遅さでノロノロと動き、家のほうへと歩みを進める。

 

 ……あ、信号、ちょうど青か。

 

 ぼんやりとした頭で青緑の光だけを何と確認する。

 自然と顔を下げながら、俺は横断歩道を渡りはじめた。

 

「危ないッッ!!!!」

 

 不意に、俺の耳に誰かの叫び声が聞こえた。次いで、プーッというクラクションの音。

 気配を感じ左を振り向くと……そこには、スピードが乗った状態の白のワゴン車。

 

 

 まるでスローモーションのように時間の流れが遅く感じられる世界の中、俺の脳裏にふと、前世の記憶が蘇る。

 

 

『本日午後6時20分頃、人気アイドルである星川怜奈さんが乗った車が現場へ移動中、白のワゴン車と衝突事故を起こしました。ワゴンを運転していた男性は〇〇県に在住の〇〇〇〇さん、会社員。事故はワゴン車の信号無視が原因で起こっており、現在星川怜奈さん及び運転手の3人は病院へ緊急搬送されたとのことで――』

 

 

 

 そうだ……怜奈ちゃんが前世、死んじゃった交通事故。

 何か忘れていると思ったら、今日……だったっけ。

 

 はっ、と思わず自嘲の笑みがこぼれた。

 救いたいとか言っておいてさ……怜奈ちゃんとの日常が幸せすぎて、結局最初の目的すら忘れてんじゃん。ほんとにバカだな、俺。

 

 

 まぁでも……いいか。ここで俺が轢かれるってことは、怜奈ちゃんは死なないってことだもんな。

 

 

 

 俺で、良かった。

 

 

 

 最後にそう思って、俺の意識は闇に消えていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も考えられずにしばらく床で死んでいた私は、落ち着いてみて自分のやらかしたことの重大さに気づいていた。

 

「……何やってんの、私。いやほんとに……最悪……」

 

 ヒカリを泣かせてしまった。しかも、考えうる限り最悪な八つ当たりで。

 

 ……何? ヒカリに並ぶことを勝手に自分の目標にして……届きそうになくて一人で焦って迷惑をかけて……挙句の果てに心配して来てくれた当の本人に罵声を浴びせて泣かせたって?

 意味わかんない、何考えてるのその女? 死んだほうがいいんじゃない?

 

 いや、落ち着け。すぐ飛躍してドツボにハマるのは私の悪い癖だ。当たり前だけど、私が死んだら悲しむ人がいる。自己嫌悪している脳味噌でも、それぐらいの分別はある。

 

 ……ヒカリの泣き声なんて、聞きなれてると思ったけど。

 

「あの声は……あーッ……クるなぁ……」

 

 あんな、絶望しきったような声なんて初めて聞いた。ピーピー泣いてる可愛らしい泣き方とは違って、本当に傷ついてる声は……きつい。

 傷つけたのは、自分のくせに。

 

 罪悪感がじくじくと私の胸を突いて、今すぐに頭を掻きむしりたい気分だった。

 

「…………」

 

 今すぐにでも、謝りたい。土下座でもなんでもして、ヒカリに泣き止んでもらいたい。

 

 ……でも。

 

 もし、拒絶されてしまったら?

 

「ッ……!」

 

 いつも全身で私が好きだと言ってくれていたヒカリ。きっとバカな私は、それに甘えていたんだろう。

 ヒカリが私のことを嫌って、私の元から離れていってしまったら? それを想像するだけで寒気がした。

 

『何? 怜奈ちゃん……俺と一緒にいるの、嫌なんでしょ? ……もう、話しかけないで』

 

 脳内のヒカリが、冷たい目をして私に吐き捨てる。今まで見たこともなかった温度のなさに、私は息が止まったかのようだった。

 

 想像だ、所詮私のただの妄想……そうわかっているのに、私は恐怖している。

 

 じゃあ、自分で突き放すようなこと言わなきゃよかったのに。ほんと、バカだね。

 

 もう一人の私の声に、何も反論することなどできない。……本当に、私は甘えきったガキだ。

 当たり前のことがどれだけ恵まれていたことなのか、失いそうにならないと気づくことすらできない。ようやくわかったときには、もうやらかしたあとで。

 

 ……それでも、失いたくないから。

 

 

「……謝らなきゃ」

 

 置きっぱなしのスマホを恐る恐る手に取った。直接謝罪するのは当然だけど、まずはヒカリに連絡をしないと。

 少しの逡巡の後、覚悟を決めてヒカリに電話をかけようとしたとき。

 

「……うわっ!!」

 

 私のスマホから着信を告げる音楽が鳴りだした。あまりにも良いタイミングにびっくりしてスマホを落としそうになったが、すんでで持ち直すことに成功する。

 

 もしかして、ヒカリ!? 現金にも少し期待しながらスマホの画面を見ると、マネージャーの塚原さんだった。

 

 ……ヒカリなわけ、ないか。

 

 自分勝手な落胆を覚えながらも、電話に出る。

 

「……もしもし? お疲れ様です、怜奈です。どうしました?」

 

「怜奈ちゃん! 良かった、出た……!!」

 

 電話越しに聞こえた塚原さんの声は、何故か鬼気迫るものだった。

 

「ど、どうしたんですか? そんなに焦って……」

 

 不穏な気配を感じながら、言葉を返す。

 嫌な予感が、背中から這い上がってくるようで……私の声は、自然と上ずっていた。

 

「……いい? 落ち着いて……落ち着いて聞いてね、怜奈ちゃん」

 

 言って、深呼吸の音が電話から漏れ出る。落ち着いてと言っている塚原さんの言葉は、まるで自分自身にも言い聞かせているようだった。

 

 息を呑んだ私が続く言葉を待つ。

 たっぷりと時間をおいたあと、意を決したかのように塚原さんは言った。

 

 

「ヒカリちゃんがね……交通事故にあったの」

 

 

 

 聞いた言葉を、私はすぐに理解できなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰ってきたお母さんに事情を説明して、私は母の車で一目散に病院へと向かった。

 普段お母さんと二人きりのときは他愛もないことを話したりするけれど、当然そんなことをする空気でもなく……暗い沈黙のまま車は夜の街を走らせる。

 

「塚原さん……!」

 

 市内の総合病院。言われた場所まで早歩きで移動すると、扉の前で立っているマネージャーの姿を確認する。思わず声をあげて近寄ると、近くの長椅子にはヒカリのご両親が座っていた。

 

「ぁ……」

 

「あぁ……怜奈ちゃん、よく来てくれたね」

 

 この娘にしてこの親ありというような美貌のヒカリのご両親。いつも柔和に笑っているダンディなヒカリのお父さんは、今日はずいぶんくたびれて見えた。隣で祈るように両手を組んでいるヒカリのお母さんの背中を励ますように撫でながら、いつもより力のない声で私に笑いかける。

 

「陽介さん……あの……」

 

「愛さんも、ありがとうございます。……ヒカリもきっと、心強い」

 

 どう声をかければいいか迷っている私のお母さんにも、ヒカリのお父さん……陽介さんは微笑んだ。

 ……心配で心配で仕方がないはずなのに、どうしてそんなに強いんだろう。

 

 私は、こんなにも怖いのに。

 

「……怜奈ちゃん」

 

 口を挟まずに見守っていた塚原さんが、静かに声をかけてきた。顔色がずいぶん悪いが、声は幾分かしっかりしているように感じる。

 

「……ヒカリは?」

 

「いま、手術中。……ヒカリちゃんもきっと頑張っていると思うから、待っててあげましょ」

 

 塚原さんの声は、何かを堪えているようで……それでも言葉には無理に明るさをのせていた。

 陽介さんも、塚原さんも、きっと本当は不安なはずなのに……私を励ますように振る舞う。

 

 ……私が、いつもヒカリと一緒だったから。

 

 堪らなくなって、私の目からは涙がこぼれ落ちた。

 

「うっ……ふっ……」

 

「怜奈……」

 

 お母さんが私の肩を優しく抱き寄せてくれるが、止まらない。

 罪悪感が嗚咽とともに押し寄せてくる。

 

「私がっ……私のせいで……!!」

 

「……怜奈?」

 

「今日、ヒカリと喧嘩してッ……ひどいこと言ってッ……!!」

 

「ヒカリを傷つけたからッ!」

 

 そうだ、ヒカリは通学路でもなんでもない場所で事故にあったと聞いた。ビルや色んなお店が立ち並ぶ、街中の横断歩道で轢かれた、と。

 

「私が……私が……!!」

 

 私があんなひどいことを言わなければヒカリはそんなところに行かなかった。いつものように私と一緒に家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って……寝る前に私とちょっと電話で無駄話をして。健やかに1日を終えられたはずなのに。

 

「あぁああぁ……ごめんなさい……! ごめんね、ヒカリぃ……!!!!」

 

「怜奈っ!」

 

 泣き崩れて、お母さんに支えられるように抱きしめられる。

 このままヒカリが死んじゃったらどうしよう。なんで私はあのとき、あんなことを言ってしまったんだろう。いくら考えても時間は巻き戻らない。ヒカリはもう、事故にあってしまったんだから。

 後悔先に立たずなんて言葉、ただ意味を理解してるだけだった。こんなにも苦しいなんて知らなかった。

 

「怜奈ちゃん、それは違う」

 

「ぇ……?」

 

 ふいに、低い声が私の耳に届く。

 涙でぐちゃぐちゃの顔を上にあげると、そこには確固とした意思を感じさせる目の陽介さんがいた。

 

「ヒカリは事故にあった。それだけだ……それだけなんだ」

 

「でもっ……」

 

「君と喧嘩をして呆然としてたから事故にあった。そうだとしても、それはただの結果なんだ。怜奈ちゃんが悪いなんてことはないし、誰にもそんなことは言わせないさ」

 

「そんなことをしたら、私はヒカリに叱られてしまう」

 

「…………」

 

 真剣な口調の最後、冗談めかして陽介さんは寂しそうに笑った。

 

「……そうね」

 

 うつむいていたヒカリのお母さん……フィリアさんが顔をあげる。

 

「ヒカリはいつも言っていたもの……怜奈ちゃんがすごい、かわいい、大好きって。きっと、怜奈ちゃんが自分を責めているって知ったら悲しむわ」

 

 その綺麗な顔は憔悴していて、いつもより生気が薄れていたけれど。決意を秘めた目だけは、力強い輝きに満ちていた。

 

「それに、ヒカリなら必ず手術は成功するわ! 怜奈ちゃんと離れ離れになるなんてあの子が受け入れられるはずないもの!!」

 

 両手をパン、と叩き最後には笑顔でそう言う。陽介さんは『あぁ』と言って、その両手を自分の両手で包み込んだ。

 ……その笑顔が、ヒカリと重なった。

 

 あぁ……そっか、そうだった。

 

「……はい」

 

 私は、ヒカリのこんな笑顔が大好きで……ずっと見ていたくて。

 だから一緒にいたいって、そのためにがんばってきたんだ。

 

 私は自分の手で、涙を拭う。

 愛に満ち溢れた、ヒカリのご両親。そんなご両親がいたから、ヒカリはあんなにもステキな子に育ったんだろう。それがわかった。

 

 私のためだけじゃない、みんながしっかり振るまっているのは……まだ信じてるから。

 

 信じたいから。

 

 ……だったら、私が信じないでどうする。

 ゆっくりと目を開ける。お母さんの支えから抜け出して、私はしっかりと自分の足でその場に立った。

 目は背けない。私はヒカリを信じてる。

 

 だから……行かないで、ヒカリ。

 

 私、まだ伝えてないことがあるの。あなたに……やっとわかった、私の本当の気持ち。

 色々回り道して、いっぱいあなたを傷つけて。ようやく気付いた私だけど。

 ヒカリの目が覚めたら、一生分謝るから。それでうんと甘やかしてあげて……ヒカリのお願いも聞いてあげる。それでまた一緒にアイドルやって、一緒に笑って……。

 

 

 一緒に、生きていこう?

 

 

 

 手術室の扉を見つめて、私は祈るように両手を握りしめた。

 

 

 涙は、もう流さない。




 ワゴン「1話からずっとスタンバってました」
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