ニチアサ風味な世界に転生したので、ポエマーとして頑張ります   作:聖成 家康

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1話 はじまる

 

 

「深淵が覗くとき、深淵もまたこちらを覗く」

 

 人々が逃げ惑う中、彼彼女らが畏怖するそれに立ち向かわんとする男がいた。

 白髪(ウィッグ)を靡かせ、黒ずくめの衣服に身を包んだ男。腰には鍵穴付きの本を模したようなバックル型デバイスが巻きつけられている。

 

「《武装スレイヴ》か。ちょうどいい。貴様を吸収してもっと強くなってやる」

 

 人々が畏怖する対象。それは怪人。

 青黒いゴツゴツとした肉体、カマキリの鎌を思わせる悍ましい刃物を両腕に携えている。

 

「人々に悪夢を見せる《ミクロン》。思いあがった者には、粛清を」

「何わけのわからんこと言ってやがる!」

 

 カマキリ型《ミクロン》は、男を切り殺さんと構えた。

 

 そんな中でも彼は冷静に懐から変身のためのアイテムを取り出した。

 

 

《レイヴン》

 

 それは、鍵だった。あらゆる生物のDNA情報が武装データとして組み込まれているセキュアキー。《武装スレイヴ》の変身のための必需品である。

 

《セット アンロックド!》

 

 腰のベルト——セキュアドライバーの鍵穴へと差し込まれたキーが光り輝く。

 認証を確認し、変身シーケンスを展開する。

 

 カマキリ型《ミクロン》は鎌を振るい、斬撃波を放つ。

 

 万物を断つそれは、漆黒の翼が陰へと葬り去った。

 認証(オーソライズ)されたセキュアキーが生成する、カラス型の武装装甲。彼の周りを、護衛するかのように飛翔する。

 

 彼は自身を鼓舞するよう、右目を隠すようなポーズを取った。

 

「変身」

 

 セキュアドライバーの可動部を、ぐるりと一回転させた。

 封印が解かれたように、重装甲で蓋をされていたコアが露出し、そこから溢れだすエネルギーが男を()()させる。

 

 

《リリース!!》

《ユア・スレイヴ! レイヴンズ・メモリー!》

 

 カラス型の武装装甲が展開され、下地となったスーツの上へと装着されてゆく。

 黒と白のコントラスト、凛々しきその様は悠々と空を舞う(からす)そのもの。

 

 

 《武装スレイヴ》——シャドウ。

 ミクロン討伐数3065体。《ショウレース》暫定8位。

 

 

「かかってこいやぁっ!!」

 

 カマキリが荒れ狂うかの如く突撃。

 振り払われた鎌が、十字を描いて空を裂く。

 

 その強烈な斬撃を、シャドウは片腕のみで受け止めた。

 火花が散る。されど、それは大したダメージの証明ではなかった。

 

 反撃として繰り出されたパンチ。

 人間の骨をも優に砕く威力。カマキリの青黒い肉体が悲鳴を上げながら軋み、体液と欠片が亀裂の隙間から噴き出した。

 

「ぬぉっ!?」

「軟弱なお前に、思い知らせてやる」

 

 シャドウが天に向けて掌を広げる。

 すると、粒子として転送される専用武器が姿を現す。

 

《アンチノミーブレイカ!!》

 

 黒と白、そして剣と銃。まさに二律背反の武器。

 踏み込み、斬り払う。僅か三フレームにも満たない刹那に、カマキリ型《ミクロン》は大ダメージを負った。

 

 弱過ぎる。かなり低級の《ミクロン》であるようだ。

 

 斬撃による猛攻を叩き込む。

 反撃を貰いそうになったら、一歩退いてエネルギー弾を乱射する。

 

 それだけで撃破はできそうだが——一応、ヒーローとしての責務は果たさねばなるまい。

 その思いで、彼は必殺技の姿勢を取る。

 

《ロック・オン……!!》

 

 ドライバーを操作し、展開されたコアを再び装甲の下へと隠す。

 くるりと回転させ、エネルギーを充填したコアを再び展開すれば、充填されたそれが一気にあふれ出してゆく。

 

《レイヴン・アグレッシブ・ブレイク!!》

 

 ——暗闇。

 太陽の恵みすらも弾くほどの暗闇が辺り一帯を覆い尽くす。

 その中で響くのは、キィィィ、という甲高い音のみ。

 

 闇が晴れる時、シャドウは飛翔していた。

 空中で繰り出される足蹴は、闇の中で溜め込んだエネルギーが上乗せされ、空気を叩き割る勢いで押し出しながら放たれた。

 

 《ミクロン》に対応する隙すら与えず、そのまま回し蹴りを叩き込む。

 

 轟、と音が爆ぜる。

 

 《ミクロン》に直撃したシャドウの必殺技——"デイドリームパニッシュメント(本人考案)"のエネルギーが、一気に爆ぜた。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 弱過ぎる《ミクロン》は爆散し、跡形も残らず消えてゆく。必殺技に乗せられたセキュアエネルギーが、ミクロンウイルスを浄化する。

 

 ばた、と人が倒れた。

 ミクロンウイルスにより正気と人の形を失っていた人が、解放されたのだ。

 

 

『さぁ、本日も絶好調!! 暫定8位の《武装スレイヴ》シャドウ!! 総討伐数は3066体に昇格だぁぁっ!!』

 

 彼の頭上を飛び回る二機のドローン。

 シャドウを舐め回すように見ながら、五月蝿い音声が街中に木霊した。

 

『シャドウ、視聴者の皆にコメント頼むぜ!!』

「……」

 

 カメラを回された緊張で、特段何も思いつかなかった彼は淡々と変身を解除し、その場を去ろうとした。

 

『相変わらずクールビューティー! シャドウの勇姿に皆、敬礼だぁっ!』

 

 日本全国で配信される《ショウレース》の生配信ライブ。いつ、どこで、どんな熱いヒーローの勇姿が見られるかわからないそれは、今や同時接続者数が夕暮れ時の影より多い大人気コンテンツだ。

 それ故、《武装スレイヴ》はヒーローであると同時に芸能人である。

 

 

「ちょっと待ちなぁ!」

 

 ベタな展開で彼の前に立ち塞がる人影。

 同じくセキュアドライバーを身に着け、大きな耳とチョビ髭を取って付けたような男だった。

 

「ぶっ飛ばすぞぉ……! シャドウ。いつもいつも8位あたりをウロウロしやがって。俺にとっとと譲れ! この《武装スレイヴ》ノルンダー、決闘(デザイアデュエル)を申し込む!!」

 

 ノルンダー。その名を聞いて、彼は記憶を辿る。

 確か30位ぐらいの武装スレイヴでは……? それがなぜ8位の自分への反感を買うに至ったのか、到底理解が及ばなかった。

 

『おおっとここで、暫定85位 武装スレイヴ ノルンダーからの決闘(デザイアデュエル)の果し状だぁぁっ!! ノルンダー、これは賭けに出た!! 85位から8位までのし上がれば人気間違い無しだぁ!!』

 

 大方、《ミクロン》との戦闘直後で消耗しており、そこを突けばやれると確信したのだろう。

 彼——大鷲ウツロは、ため息まじりにセキュアキーを構えた。

 

 

「夢うつつな奴だ」

 

 

 ◇

 

 

『《ショウレース》、定期順位発表を行います。本日午前10時30分頃、武装スレイヴ シャドウとノルンダーによる決闘(デザイアデュエル)が行われました。これにより、ノルンダーがペナルティとして103位に転落。また、シャドウの討伐数は増加し——』

 

 ウツロはカフェで一息ついていた。

 そんな一時でも、《ショウレース》関連の情報は嫌でも飛び込んでくる。

 

 武装スレイヴは有名人だ。《ショウレース》の生中継で顔を出すと、非常にやっかいなことになる。それを逆に利用する武装スレイヴもいるらしいが、大概顔出しはしていないのが現状。ウツロも勿論そっち側だ。

 

 コーヒー片手に、彼はタイピングに勤しむ。学生たちのレポートを評価してやらねばならなかった。

 

 《ショウレース》は、ヒーロー……武装スレイヴたちによる一種の競技。ウイルス性の怪人 ミクロンの撃破数に応じて順位が変動。時には、自身より格上のスレイヴに闘いを申し込んで順位をどんどん上に上げていく、リアルタイム性の高いコンテンツだ。

 上になればなるほど、無論メリットはある。

 なんと言っても金だろう。一桁台になれば、三桁の者がハンカチ咥えて発狂するほどの金額が毎月入ってくる。

 次に知名度。これは……全員が全員メリットになり得るわけではない。これを使って、さらなる儲けを得ようという悪知恵が働く者以外には、デメリットにもなり得る。

 

 金には困らないが、急に職を辞めれば「あいつ武装スレイヴじゃね?」と怪しまれる世界。

 彼はこの世界に転生してからずっと、前世と同じような道を辿り、地方の大学で非常勤の講師として働いていた。担当講義は『日本の美味しいご飯文化②』。

 

 

 タスクを一通り終え、彼はカフェを出る。

 このあとは特に予定などはない。《ミクロン》探しに精を出してもいいが、朝っぱらからやった弊害か気乗りがしなかった。

 

「あれ、大鷲先生?」

 

 そんな声に、彼は思わず足を止めて視線を後ろへと向けた。

 スーツ姿の小柄な女性が、ポニーテールを跳ねさせながら駆け寄ってくる。

 

「奇遇ですね。今日は……そうか、非勤務の日か」

 

 美輪恋子。同じ大学に所属する教員だ。担当講義は『世界の美味しいご飯文化①』。

 

「何の用だ」

「もぉ〜その態度! 見かけたから声をかけただけですっ!」

 

 少し怒られ、彼の頭の上に?が浮かぶ。

 何か気に障る言い方をしただろうか。

 

「研究室には来られないんですね」

「……非常勤だ」

「もぉ〜、そういうとこ!」

 

 ナチュラルにキックが放たれる。

 腰に直撃した。(武装スレイヴとはいえ)アラサー男児にその威力の蹴りはあまりよろしくない。

 さっきから何が悪いのだろう、と?が頭上から消えなかった。

 

「最近物騒ですから、あんまりプラプラしないでくださいね」

「物騒……」

「物騒ですよぉ。今日だって《ミクロン》が朝から出たって話だし……いつ自分が怪物になるかわからないんですから」

 

 消えかかる声で言う恋子に対し、ウツロは目を伏せた。

 世間は《ショウレース》で盛り上がるが、それは《ミクロン》になる人がいてからこそのもの。《ミクロン》がいなければ順位の付けようがなくなってしまう。

 

「君はどう思う」

「えっ」

「この世界の理、この世界の歯車を」

「な、なんですか急に……ふふ」

 

 ガチの引き笑いを彼は初めて見たかもしれない。

 さっきからうまく伝わらない。何なのだこれは。

 

「怖いでしょ、そりゃあ。自分が、隣の人がいつ怪物になるか分からないんですよ? 冷静に考えれば気が気じゃないですよ」

「……そうか」

 

 やるせない気持ちで、彼は頷くことしかできなかった。

 

「じゃあ、私講義あるので。失礼しますね」

「……あぁ」

 

 跳ねるポニーテールを見届け、ウツロも帰路につこうとした。

 

 しかし——異様な気配を感じ即座に振り向いた。

 

 

 彼女が道の真ん中で蹲り、そこから紫色の粒子が溢れ出していた。

 ミクロンウイルスの侵食反応……そんな気配は無かったが、既に感染してしまっていたようだ。

 

 彼女の悲鳴が響きわたったかと思えば、その刹那、《ミクロン》がそこに顕現した。

 

「ぐひひいっ!! やぁっと、やぁっと出られたぁぁ!!」

 

 クモ型の《ミクロン》が、シャバの空気を堪能しながら、人々を襲い出す。

 糸で絡め取り、殺しはせずにその場で拘束していく。奴らの世界に持ち帰り、新たなウイルスの媒体にするためだ。

 

 

「ひどい悪夢だ」

 

 ため息まじりに、ウツロは呟いた。

 

《レイヴン!》

 

 

 

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