ニチアサ風味な世界に転生したので、ポエマーとして頑張ります 作:聖成 家康
顕現した《クモミクロン》に対し、"シャドウ"は不意打ちで足蹴を喰らわせる。
「なっ……! おのれ、卑怯者めが!」
「《ミクロン》に与える慈悲はない」
虚空から取り出した銃剣——《アンチノミーブレイカー》でさらなる追撃を仕掛ける。
ブレイカーの装填口に、もう一つのキーを差し込んだ。
《カミュレオン!》
《アンロック!》
セキュアキーに秘められた能力が解放。
一瞬にして、"シャドウ"の姿がそこから消えた。
《ミクロン》は手当たり次第、背部から触腕を伸ばして攻撃する。しかし、そのいずれも虚空を裂くばかりであった。
火花が散る。虚空からの斬撃が、《ミクロン》の装甲を切り裂いたのだ。
また一閃、もう一閃と。虚空からの不可視の斬撃が、《ミクロン》を追い詰めた。
タイムアウト。カミュレオンキーの効力が切れ、"シャドウ"が虚空から引きずり出される。
されど、そうなろうとも戦局は彼に傾いていた。
「く、くそ。このままでは」
こうまで弱い《ミクロン》が目の前に湧いてくれたのはショウレースの参加者としてはありがたい限りではあるが、武装スレイヴ——正義のヒーローとしてはいささか首を傾げたくなるような状況だ。
今日に至るまでスレイヴに撃破されてきた《ミクロン》はウイルスからの学習データを吸収し、そのぶん強力になっているはずなのだが。
「悪夢は終わりだ」
ブレイカーに、レイブンキーを装填する。
《レイブン!》
《ローディング……》
必殺技のためのエネルギーが、ブレイカーへとため込まれていく。
あたりに闇が満ちたかと思えば、それは即座に晴れていき、彼の剣へと収束していった。
トリガーを押し込めば、エネルギー解放が承認される。
《リリース!》
《ブレイク・オブ・レイブン!》
闇の剣を振りかぶる。大気にほとばしる黒き稲妻、空を引き裂く矛先。そのすべてが、白昼夢に見た刹那の幻のように感じられた。
解き放たれた斬撃は、絶叫ごと目の前の怪人を葬り去る。
炸裂する斬撃と、爆ぜる爆炎。そのさなかでウイルスが浄化され、囚われていた者を解放する。
道端に倒れそうになる恋子を、彼は寸前のところで抱きかかえた。
《さあ! 暫定第8位”シャドウ”、討伐数がまた一つ増えた! 絶好調だ!》
ドローンが飛び回る。いま、日本中でこの光景が放送され、民衆を湧き立たせる餌に使われている。
彼は傷つき眠る彼女とそのドローンを交互に見た。
《ショウレース》。
エンターテイメントとして親しまれるこのゲームの真相は、突如として現れ、爆発的に繁殖したウイルス起源の怪人に対抗すべく政府が発案した《武装スレイヴ》の力を惜しみなく使うための舞台装置。多くのスレイヴが誕生するように仕向けるため、《ミクロン》討伐数に応じて順位付けを行い、見事長期間1位の座を保ち続けた者は「どんな願いも叶う」という条件をつけた。
そんな、人の不幸を飲み込むようなゲームが、いまや当たり前になっているのだ。
彼は、仮面の中で苦汁をにじませた。
大鷲ウツロの願い、それは「ヒーローがヒーローとして存在できる世界の実現」である。
そのためには、別に1位になる必要などなかった。
ただ、このゲームを壊せさえすれば。
◇
彼は転生者だ。とはいっても、前世は何の面白みもない人生である。
高校教師としての責務を全うし、大病を患って若くして亡くなってしまった。
幼い頃は特撮ヒーローに釘付けになり、大人になっても子供が特撮ヒーローに憧れる気持ちに寄り添えるような大人だった。
特撮ヒーローが当たり前のように存在する世界に生まれ変わっても、決してそれは変わらなかった。
しかしながら、世界は違った。
この世界ではヒーローが食い物にされている。多くの人は気づかず、尊敬や敬意の対象にしているだろうが。
恋子を病院に預けた。ウイルスへの拒絶反応が強く、命に危機はないものの、目覚めるのに時間がかかるとのことで、足早に病院をあとにする。
自宅のマンションの一室につき、ベランダに出て街を眺めた。
どこかで戦う武装スレイヴを撮っているのか、ドローンが空を舞っている。
——やはり、こんな世界は間違っている。
このゲームになんの意味がある?
「……ショウレースは潰す」
だが、ショウレースの裏にいる存在が不明瞭だ。政府なのか、それともまた別の何かなのか。加えて、ショウレースに反旗を翻す真似をすれば、上位の武装スレイヴたちとの対立は必須だ。
……正直、あれらの相手をするのは気が引ける。
「奇をてらう、それが最善か」
思い立ったらすぐ行動、はあまり得策ではない。
来たるべき時、それを掴み取るまでなるべくショウレースに身を投じる必要がある。
できることなら、上位スレイヴたちの協力も得たいが。
ウツロは考えないようにした。
一度、自分よりに二位上の武装スレイヴの本体——要は変身者と相対したことがある。スレイヴとして強いだけでなく、上位スレイヴはどこか一癖二癖もある人間ばかり。正直コミュニケーションすら面倒だ。
順位は変動していないか、スマホで検索しすぐに出てくる情報を用いて確認する。
1位
武装スレイヴ オーガ/時盛オウガ
討伐数 909985体
2位
武装スレイヴ ハンドレッド/空道ヒロ
討伐数 102584体
3位
武装スレイヴ ノイン/ACE
討伐数 101258体
上位三人は、会う機会すらないだろう。この辺りは武装スレイヴである以前に、著名人でもある。討伐数も桁が違う。討伐数は定期的にリセットされるにも関わらずこの有様である。協力を仰ぐにしても、ここから攻めるのはナンセンスに違いない。
スクロールして、さらに順位を確認してみる。
4位
武装スレイヴ ツヴァイ/???
討伐数 15258体
5位
武装スレイヴ ソティエ/蒼カネヤ
討伐数 6850体
6位
武装スレイヴ セージ/???
討伐数 5125体
7位
武装スレイヴ コンボ/???
討伐数 4120体
この辺りなら、8位の自分であっても話が通じるだろうか。討伐数も四桁台と、自分に近くなってきた。ウツロはここらでスクロールする指を止める。やはり、自分の順位の近しいスレイヴのほうが会う機会もあるだろうし、何より接しやすい気がする。
しかし、4位のツヴァイの本体と会ったことはあるが、かなり複雑な境遇だ。故に協力対象から除外。
「コンボ、セージあたりか」
話が通じそうなのはそこら辺りだ。素性を公表しているスレイヴは大抵ろくなものじゃない。自分と近い順位かつ素性が知れぬスレイヴは、その二人しかいなかった。
しかしどう接触を図るものか。
普段ポエムのことしか考えていない彼には、それに至るまでのプロセスが不明だった。
「……」
無駄か。
下手に反旗を翻せば、悪者に転じるのは自分の方だ。武装スレイヴとしてではなく、《ミクロン》と同等の扱いを受けて処分対象に成り下がるだろう。
よくできたゲーム。崩すのは簡単ではない。
彼は無力感に打ちひしがれた。
ヒーローなど、この世界ではまやかしに過ぎないのだと。
◇
「ごめんなさい、大鷲先生。迷惑かけたみたいで」
恋子は目を伏せながら呟く。
病院のベッド、鼻に微かな不快感を与える清潔すぎる匂いに包まれる中で、目を覚ました彼女は療養に勤しんでいた。後遺症はなく、すぐにでも退院できるとのことだが、彼女自身のトラウマもあるのか、退院日はまだ先立った。
「……」
ウツロは拳を握る。
《ミクロン》はウイルス性の怪人。早急に根絶しなければますます手がつけられなくなり、彼女のような被害者が増える一方だ。世間にもそうした意見は一定数ある、しかしながら、武装スレイヴを通じたエンタメの影響力は凄まじく『スレイヴが助けに来てくれるから安全』という認識が広がっている。
『今やショウレース暫定二位を独走中の、大人気女優ACE! スターオブ・ザ・スターとまで言われる彼女の私生活を、我々は掴むことに成功しました——』
何気なく点けられているテレビに、一人の女性が映る。サングラスと煌々としたブロンドの髪。いかにも自信家といった表情。大人気女優のACE——武装スレイヴ"ノイン"。
元々は女優として大成していたはずだが、いつの間にかスレイヴとしても有名になっていた。理由は明白、宣伝のためだろう。そういう奴は多い。
このような奴がいるから。
「大鷲先生?」
「……講義は、俺が代わりに受け持つべきか」
「いやいや、悪いです。課題とかオンデマンドでなんとかします。もともとなんてことない講義ですから」
自嘲気味に言う。
窓の外から陽光が差し込んでくる。もう昼だ。気温もかすかに上がってきている。
「喉乾いたなー、誰かジュース買ってきてくれないかなー」
ここぞとばかりに我儘を言った。
ウツロはため息混じりに立ち上がりながら、穏やかな表情を見せる。
「……何がいい」
「炭酸!」
「あとで払えよ」
そう言い残し、喜ぶ恋子を尻目に病室を出る。
病院内の自販機で飲み物を選ぶ彼に、一人の人影が駆け寄って来る。
彼に、というよりかは床を転がってきた一枚のメダルに、といったところか。
「……?」
それをひょいと拾い上げた。
手のひらサイズで、若干欠けている銀色のメダルだ。
「そっ、それ! それ、僕のです!」
一人の青年が声を上げた。
赤い柄物のシャツを着こなした普通の青年。リストバンドの黄色、靴の緑が目立つ。されど、茶髪と童顔が不思議とマッチし、外見は良かった。
ウツロは黙ったまま彼にメダルを手渡す。
青年はメダルを見回し、安堵して内ポケットに納めた。
「良かったぁ……」
息を吐露した彼を横目に、ウツロはジュースを購入しその場を離れようとした。
「あ、待って!」
青年に呼び止められ、ウツロは不機嫌そうに踵を返した。
「ありがとう。これ、すっごく大事なものだったんです」「そうか」
ウツロは冷たくあしらって、病室に戻る。
不思議な青年だった。自分とはきっと相容れない存在であろう。
病室に帰り、ジュースを手渡す。
「やったぁ、大鷲先生のチョイス?」
「適当だ」
恋子は仮にも病人にも関わらず、甘ったるい炭酸飲料をごくごくと喉に流し込む。
陽光が差し込む中、昼間から飲んだくれる者のように喉を鳴らした。
「いやぁ、しばらく水しか飲めなかったからなぁ」
「俺はそろそろ帰る」
「え?! タイミング!!」
恋子はベッドから乗り出しそうになりながら彼を引き留めようとする。
あまり長居していられるほど、彼とて暇ではなかった。
だが彼にも多少の情がある。しばらく彼女に背を向けたまま葛藤していた。
その時だった。
彼女のベッドの向かいにいた患者が突如として苦しみだし、どす黒いオーラに包み込まれる。
そして瞬きする間に、一体の《ミクロン》が咆哮を轟かせた。
見覚えのある個体だった。
「ハハッ! こうも簡単に出戻れるとはな!」
クモ型……倒したはずだ。
怯える恋子の前に、ウツロは立ち塞がった。
「大鷲先生……?」
不思議がる彼女に、彼は告げる。
「これからのことは、全て悪い夢だ。微睡みの見せた、悪い幻想だ」
そう言って彼は、ドライバーを装着。
溢れ出る暗黒のエネルギーと、彼を覆い尽くす闇の粒子。やがては形成された装甲が火花を上げ、背後にいた彼女は短い悲鳴を上げた。
躊躇なく、"シャドウ"への変身を遂げた。